番外編 その二 『尾行作戦』
なんやかんや番外編ではありますが、修二達日本人達が住む土地の背景などもこの話で明かされたりはしています。
とはいっても、そこまで本編には関係しません。
「うおおおお、遅刻だ!」
焦るように荷物を準備し、走り回っていたのは笠井修二だ。
彼は今日、大事な約束の日だったことを忘れて寝坊してしまい、寝癖も直そうとせずに慌ただしくしていた。
「クッソ、これじゃ清水のこと言えねえな……今日は静蘭と買い物にいく予定だったのに」
今日は、静蘭と予め決めていた買い物に行く日。
珍しく非番であった修二は、神田の妹である静蘭にある買い物に誘われていた。
「間に合うかなぁ。とにかく、走るか!」
最低限の荷物を揃えて、修二は自分の部屋から飛び出していく。
こんな時、『レベル5モルフ』の身体能力の力があれば、と悔やむ思いだが、使えないものに愚痴を言っても仕方ない。
とにかく、急ごうと修二は待ち合わせの場所へと走っていく。
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走る修二の後ろについていくように、尾行する人間がいた。
それに気づいていない修二を見て、彼らはニヤリと笑みを浮かべる。
ターゲットが何の警戒もなく向かったことに対して、作戦は順調だと思っていたのだ。
後は、然るべきポイントまで尾行し、修二を捕らえることができれば任務は成功したといっても良いだろう。
「――え、と、それで、これは何の集まりなのかな?」
一人、事情を理解していなさそうな椎名が、ポツリとそう呟いた。
彼女だけは、この状況についてイマイチ理解が出来ていない様子だったのだ。
「馬鹿ね、あれを見て何も思わないの? あんたって本当鈍感よね」
釘を刺すように、椎名にそう言ったのは琴音だった。
そう言われても、という雰囲気を出しながら、椎名は未だに困惑していたのだったが。
「あいつ、多分静蘭と待ち合わせしてるな。琴音の事前情報があって助かったぜ。えらくワクワクしてたって話だったからな」
「ワクワクしてたやと! ま、まさか……やっぱりあいつ!」
楽しそうにそう話す出水と、ワナワナと手の骨を鳴らす清水を見て、椎名は首を傾げた。
「え、と、修二と静蘭さんがどっかに買い物行くとかじゃないの? それだけで何でついていこうとしてるのか分からないんだけど……」
「あんた、本当に大丈夫? あの二人が……ていうか二人だけで行動してる時点で疑いなさいよ。どう見ても逢引きにしか見えないじゃない」
「あ、逢引き!?」
素っ頓狂な声を上げて、椎名も走る修二を見る。
確かに、彼の表情は楽しみにしていたかのようなそんな様子だ。
「え、え? つまり、修二と静蘭さんって……」
「シークレットなんて関係、久しぶりに見るけどね。あの様子だと……」
「そ、そんな……」
思いがけない発覚に、椎名は悲壮な表情を浮かべていた。
それもそうで、椎名はつい先日、アリスへ弟子入りする前に自身の気持ちに気がついたところだったのだ。
修二自身が椎名のことを異性として好きだとは思っていないと考えていたが、この状況は明らかにショッキングすぎる。
もしも、本当に彼らが付き合っているのだとすれば、早々の失恋と言っても過言ではないのだ。
「まだ確定してないだろ、琴音。椎名ちゃんを不安がらせるなって」
「出水は女心を理解してないようだから言ってあげるわ。静蘭のあの様子はどう見ても恋する女の子よ。そしてこの状況、リアルな昼ドラでも見てるような感じね」
「椎名ちゃんの前でそれを言うなよな……」
正直者の琴音と、気を遣えと言う出水だが、今は琴音の話に食いいってしまう椎名の気持ちもあった。
確かに、椎名も見ていた通り、静蘭は何やら朝からソワソワしている雰囲気があった。
「どうしたの?」と聞いても、「な、なんでもないでひゅっ!」と、焦るかのような様子だったのだ。
今思えば、どう考えても怪しかった。
他人の色恋沙汰に気の回らない椎名だからこそ、今の今まで気づかなかったのだが、思わぬ伏兵の登場に動揺を隠すことができない。
「ど、どうしよう!? 本当に付き合ってるのかな? 二人って!」
椎名が、出水の肩を全力で振り回す。
それも、『レベル5モルフ』の身体能力込みの力でだ。
「いだだだだだ!! 椎名ちゃん止めて! 首折れるぅぅぅ!」
「あっ、ご、ごめん!」
無意識的に本気で出水の肩を振って、危うく首の骨がイカレるかもしれないところで我に返った椎名は、咄嗟に手を離していた。
「し、死ぬかと思った……」
「しかし、二人でお出かけということは何か買い物かしら? 一体何を買おうって話なのよ」
出水を気にかけることもなく、琴音は修二達の目的を推測していた。
確かに、それは椎名も気になっていた。
わざわざ、二人だけで買い物に出掛けようとしたのだ。
つまり、それは――、
「プロポーズでもするんちゃうんか?」
「「「プロポーズ!?」」」
清水の発言に、その場にいた全員が声を大にして叫ぶ。
そんなことは、予想の範囲外であったのだ。
「い、いや、それはすっ飛ばしすぎだろ? ていうか、どっちからだよ」
「そ、そうだよ。修二が、そんな……」
ありえない推測だが、ありえそうであるのが怖くなってくる。
それが余計に、椎名を不安がらせることとなってしまっていた。
「いや、例えの話やで? あの様子やと、両想いでしたーとかありそうやん。まあ、修二が違うくても静蘭ちゃんは怪しいわなぁ」
「そ、そんなのダメ!」
振り切るように、椎名がそう言った。
珍しく、彼女がそう否定しようとしたのを見て、全員が目を丸くしていた。
「あんた、やっぱりあの男のことが好きなの?」
「――え……と」
「やめとけ、琴音。そんなこと直球で聞くなよ。いや、聞かなくても大体想像ついてたけど」
「知ってたの!?」
二人のやり取りに、思わずそう言ってしまったことを咄嗟に後悔した。
案の定、図星であることがバレた椎名はその場でモジモジしていると、
「あ……あの、このことは修二には内緒にしててほしいのだけど……」
「初々しいねぇ。まぁ、修二と静蘭ちゃんの件はまだ確定してないから大丈夫だよ。とりあえず、ついていってみようぜ」
出水にそう諭され、椎名は少しだけ安心すると、当の問題である笠井修二の後をついて行った。
「本当に、大丈夫かなぁ」
一抹の不安は消えないが、それでも椎名は修二の気持ちは気になっていた。
本当に静蘭のことが好きなのであれば、椎名も身を引くと考えるだろうが、それはその時になってみないと分からない。
とにかく、今は様子見するしかないと結論付け、笠井修二尾行作戦はこの時、開始された。
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日本人が住む人通りの街の南端、そこは海に近い場所となっているが、その外縁部は人で栄えていた。
アメリカ人がいるわけではなく、日本人達がそこにはいて、内需を高める意味で商売を行う人達がいたのだ。
今の日本人達がお金を生み出す方法はただ一つ。それはアメリカという国にとって需要のある仕事をすることのみだ。
海に近い場所でもあるので、漁港を作り、漁業権を一時的に借りることで漁獲した後、その収入の何割かはアメリカへと渡り、一部を貰い受けるという仕組みでもある。
それ事態、大した金額でもないが、生活できないほどではない。
娯楽というものに手を出せないが、生きることができるのならば、特に欲を出そうという日本人はどこにもいなかった。
魚だけでなく、農業や建設の枠もあり、余裕のある者は娯楽物を販売しようとする者達も少なからずいる。
最低限の生活物資を求める人達からすれば需要はさほどあるわけではないが、あくまで趣味の範囲で売り出す者達がほとんどの為、高収入の人達にとっては需要はギリギリある程度だ。
その中で、笠井修二と神田静蘭は娯楽物を販売する地帯へと歩いてきていた。
「うーん、こっからじゃ遠すぎて見づらいな。清水、どうだ? お前、目良いだろ?」
「せやなぁ。おっ、今止まったけど、あれは……花屋か?」
清水がそう言って、琴音も椎名も目を凝らして見てみたが、イマイチ状況が理解出来なかった。
清水の視力が良いということがカミングアウトしたのはこの瞬間が初だったが、椎名はそんなことを気にしてもいない。
ただ、修二が静蘭と何を買い物しに来たのか、本当にただのデートなのか、その真偽を問いたい思いだったのだ。
「花なんて買ってどうするのよ。あんた達は稼ぎが良いから手を出せるのは分かるけど、目的が曖昧だわ」
「うーん、なんだろうな。家に置くにしてもあれだし、……まさかお揃い?」
出水の発言に、全員が顔を振り向かせる。
まるで、その可能性があったかと言わんばかりの表情であったのだ。
「え、え? てことは、やっぱりあの二人は……」
確信を得てしまったかのように、椎名のテンションはみるみるうちに下がっていく。
しょんぼりした彼女を見た琴音は、出水の頭に拳骨を喰らわして注意した。
「なに椎名を落ち込ませてんのよ、あんたは。そもそもお揃いならネックレスとか指輪とかでしょ。なんでお揃いの花を買うのよ」
「っ〜〜。殴んなよな。まあ、確かに琴音の言うことも一理あるか。じゃあ、何してるんだ? あいつら?」
少しだけであるが、二人の推測を聞いて安心する椎名もいた。
でも、確かに変だ。
わざわざ皆に内緒にしてまでここに来る理由が花を買いに来ただけなど、どう考えても辻褄が合わない。
「部屋の飾り付け、とかかもしれないよね」
「あんた、わかってないわね……」
椎名がまだ安心できそうな推測を出したことで、隣にいた琴音がため息をつきながらそう答えた。
流し目にこちらを見ながら、琴音は続ける。
「静蘭よ。あのコが修二を狙っている現状は何も変わっちゃいないのよ? 下手をしたら、今日あのコは想いを伝えるかもしれないし」
「えっ!?」
「しかも、あのコ意外にスタイルも抜群だし、めちゃくちゃ美人な部類よ。普通の男の子が押されたら、靡いてもおかしくないわ」
「そ、そんな……」
絶望の情報を次々に繰り出され、またも最下層の気分に堕ちていく椎名であったが、それでも琴音は現実を伝えるように言葉を止めない。
「それに……あのコ、前に言ってたわ。ブラのサイズが合わなくなってきたって……」
「なんやと!?」
「なんでそこに反応してんだ変態が」
過剰反応する清水に、出水がチョップを喰らわし、地面に座り込むように悶えていた。
だが、椎名の頭の中の処理能力は限界を超えつつある。
容姿、性格、プロポーションと、全てが静蘭の方が上回っていると思い込んでしまっていたのだ。
「どうしよう……私じゃ釣り合わないよ……」
助けを求めるように、椎名は琴音の手を掴んだ。
見るに見かねた琴音は、椎名のその手を握り返し、言った。
「いい? あなたの強みはあの男と幼馴染ということよ。それは、静蘭にはない強さになってる。そこを最大限に活用して、静蘭から奪い取るのよ」
「う、奪い取る?」
確かに、椎名と修二は幼馴染であり、小学校の時からの付き合いでもある。
その付き合いの長さこそが椎名のアドバンテージでもあったのだが、琴音の言う奪い取るという言葉に不安を覚えた。
「奪うって、何を具体的にするんだよ?」
出水が、横から割り込むように琴音に問いただした。
「簡単よ。男はギャップに弱い生き物。なら、椎名が普段やらないことをすればいいのさ」
「普段やらないこと?」
男心を理解しているかのようなその言い草は、頼りになると錯覚させるほどだった。
だが、琴音の次の言葉は椎名でさえも予想外なものであった。
「女は恥じらい。あんた、修二に色仕掛けしてきなさい」
「ぶーっ!」
とんでもないことを言い放った琴音に対し、椎名は飲んでいた麦茶を吐き出す。
それほどに、琴音の提案は想像外に過ぎていたことだったのだ。
「なななな、何言ってるの!? で、出来るわけないよ、そんなの!」
赤面し、アワアワと手を振りまくる椎名であったが、琴音は動じなかった。
「でも、何もしなきゃ静蘭に修二を取られちゃうわよ?」
「……うー、でも……それとこれとは……」
「ウジウジしてると、本当に後悔しちゃうわよ。あなたは奥手なんだから、どうせ両想いだったらーとかそんな時に勇気を出すタイプなのは見え見えよ。そんなことしてると、簡単に横から掻っ攫われちゃうわ」
「――そりゃ……そうだけど」
琴音の言うことにも、一理はあった。
椎名は、自分の想いを伝えるのはまだ早いとも考えていた。
自分の為にがむしゃらに頑張るあの人に追いつく為に、せめて自分も強くなってからじゃないと、それを言うことは出来ないと、自らにセーブをかけていたのだ。
それ自体、間違った行動だとは考えていなかったが、そんな椎名の事情を状況は許してくれるとは限らない。
現に、静蘭が修二へと想いを伝えるには、今日という日はベストすぎたのだ。
「でも、色仕掛けってどうしたらいいの……?」
「そうねぇ。まあその方法は後日とってもいいとして、あの堅物男が告られてオッケーしちゃったら元も子もなさそうだからね。まずは……そう、あんた、今から修二達に会いに行きなさい」
「ええっ!?」
「簡単に言えば、偶然を装って会ってくるのよ。それだけでも、静蘭はすぐに行動を起こさない筈だわ。本当はあまり、あのコにとって不利なことはしたくないけど……」
そう言いながら、琴音もあまり勧めたくはなさそうな苦そうな表情をしている。
彼女にとって、静蘭も椎名と同じ友人だ。
どちらを応援すると言う意味では、偏ったつき方をしたくなかったのだろう。
そんな琴音の様子を悟った椎名は、少し考える素振りをして、
「……ううん、今は様子を見よう? 私も、静蘭ちゃんと修二の邪魔はしたくないから……」
「……あんたがそう言うなら私は別に構わないんだけど」
煮え切らない椎名の態度に、琴音も何か思うことがあったのだろうが、椎名は様子を見ることを選んだ。
椎名にとっても面白くない展開であることには違いはないが、それでも二人が組んだ予定を邪魔するのも忍びないのは椎名の中にもあったのだ。
「にしても神田がここにいたらどうなってたんだろうなぁ。嫌な予感しか感じねえよ」
「神田君が? なんで?」
出水の言葉に疑問を返した椎名は首を傾げた。
静蘭は神田慶次の実の妹ではあるが、今の状況を見たところで何かあるとは思えなかったからだ。
「あのシスコン兄貴がこんな現場見たらシャレにならん気がすんなぁ。下手したらこの場所が地獄絵図になりそうや……」
「なんとなく否定できないわね」
清水に続いて、琴音も同じように頷いていた。
妹を取られることを神田慶次が許さないということは分からなくもないが、あの人がそんなことで無茶な行動に出るとは椎名は思えなかった。
「私には難しくて分かんないなぁ」
皆の考えていることについていけず、置いてけぼりな椎名はそう心情を吐露する。
とにもかくにも、今は修二達の動きを見張るしか出来ない状況なのだが、ここから見る限りでは二人は仲良く話しているだけのようにも見えた。
少しだけ、それを見ていた椎名は心に針が刺さるような感覚になる。
「――なんか、楽しそうだね」
「そりゃ、あんたはこんな現場見てもいい気持ちはしないでしょうね。だから特攻してきなさいって言ったのに」
「でも……二人の予定を邪魔したくないよ」
「はぁー、本当にお人好しね」
そうため息をつく琴音だったが、椎名の心に変わりはない。
でも、なぜだか、二人の様子を見て嫌な気持ちになる自分がいることも確かであった。
そんな気持ち自体、あることに否定をしたくなる椎名だが、表に出すほど心に余裕がないということだろう。
「あっ、動いたね」
「本当だな。花一個だけ買っていったけど、お揃いとかじゃないんだな」
「とにかく、尾けるわよ」
修二と椎名は花を一本購入し、そのまま移動を開始していた。
それを確認した一同は、修二達の後を尾けようとその場を動き出す。
そして、その時だった。
「あっ」
「……おいおい、マジかよ」
その時、最悪の状況を一同は目にしてしまう。
移動を開始しようとした修二達の前に、脅威のシスコン兄貴、神田慶次がいたからだ。
「おいおい、ヤバいぞ! どうするんだ!?」
「これは……逃げた方がいいかもね」
「なんで?」
「あの寡黙な男が暴れ出したらこっちまで被害が来そうだからよ」
なぜ、被害が飛んでくるのか、よく分からないままでいた椎名だったが、その時、この場にいた清水が動き出す。
「おい、出水! 行くぞ!」
「お、おう。嫌なんだけどな……」
渋りながらも、清水の後をついて走り出す出水を他所に、椎名と琴音はその場から現場を見ることにした。
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「か、神田?」
「お兄ちゃん!? どうしてここに?」
突然の遭遇に、静蘭と修二は驚いて声を上げる。
どうしてここにというのは、色々な理由があったからだ。
「静蘭」
「な、なに?」
小さく名前を呼ばれ、静蘭は物怖じとしながら兄である神田慶次の顔を見る。
まるで、これから怒られると言わんばかりの状況に、修二も何が何だかという状況だったのだが、その直後、
「神田ぁっ! 落ち着けや!」
「――っ!?」
後ろから羽交締めをして現れた清水がそう言って、二人はなぜかその場で暴れ出す。
「修二、静蘭ちゃん! とりあえずこの場は俺達がなんとかするから逃げろ!」
「出水?」
その横合いから出水までもが飛び出して、修二達に逃げろと促す。
何が何だか分からない状況下で、修二は目の前で荒れ狂う三人を見やると、
「お前ら、今日って非番じゃないんじゃなかったけ?」
「はい?」
修二のその問いに、三人は目を丸くして固まる。
何を言ってるんだ? という雰囲気を醸し出しながら、修二もハテナマークを頭上に出して首を傾げる。
なぜか、隣にいた静蘭も顔中が汗だらけになっていた。
「ちょっとちょっと、何やってるのよあんた達」
「琴音に……椎名? なんで勢揃いしてるんだよ?」
そのまま、よく分からない状況のまま、琴音と椎名が現れ、修二は余計に訳がわからなくなる。
そして、一度黙考すると、少しだけ状況が分かってきた。
「もしかして、お前ら尾けてたの?」
「あっ、ち、違うの修二。悪気はなかったんだけど……」
「いや、それはいいんだけどさ、静蘭から聞くにはお前ら、今日予定あるって聞いてたんだけど……」
「「「え?」」」
全員が首をその場で傾げ、静蘭へと注目が集まる。
その中で、静蘭は顔を赤く染めながら、ワタワタと手を振りながら、
「ご、ごめんなさい! 嘘を吐いてしまったんですけど……修二さんと一緒に今日は行きたかったから……」
「俺と? いや、それも別に構わないんだけどさ」
「ていうか、あんたら一体何しにこんなところに来てたのよ?」
二人のやり取りを見ながら、琴音は修二達がなぜこんな場所で買い物をしていたのかを尋ねる。
それは、聞かれた修二も簡単な問いかけだった。
「いや、鬼塚隊長の墓のお供えを買いにな。ほら、あれからまだ色々と整理がついていない状況だっただろ? だから静蘭に一緒に買いに行こうって話になったんだけど……」
「鬼塚隊長の?」
「そうそう」
修二が静蘭と買い物に出かけた理由。それは、かつてあの日本で戦死した隠密機動特殊部隊の隊長、鬼塚の墓参りに供える為の花を買いに出かけにきていたことだ。
修二としては、出水達とも一緒に行こうとは考えていたのだが、
「午後からお前ら空きがあるから、買い物だけでも先に静蘭としておこうっていう段取りだったんだけど、ちょうどいいや。今からみんなでいこうぜ」
「お前のスルースキルすげえな」
出水がため息をついて修二にそう言っていたが、修二は何のことか分からず首を傾げる。
とにもかくにも、元々は皆で墓参りに行くつもりではあったので、ここで全員と合流できたのは運がよかった。
「ていうか修二、お前、静蘭ちゃんと一緒にいて何もなかったんか?」
「何かってなんだよ? 清水」
「……いや、ええわ。むしろなんもない方が安心やで」
「意味が分かんねえよ」
要領を得ない返事を聞いた修二は呆れていたが、なぜか後ろにいた神田の様子がおかしい。
まるで、初めて顔を合わせた時のような、殺気立った様子をしていたのだ。
「なぁ、神田の奴、なんか機嫌悪くねえ?」
「やめとけ、殺されんぞ」
「ええ? 俺なんかした?」
「静蘭と二人っきりで買い物してたからだろ。兄貴としてはほっとけねえ的な」
「あー……」
出水がそう言ったことで、修二もようやく察することが出来た。
よくよく考えてみれば、神田は静蘭の兄であり、妹の静蘭を大切に想っている身内だ。
そんな静蘭を神田の知らないところで連れ出したとなれば、機嫌を悪くするのも無理はないのかもしれない。
「でもよ、俺別にやましいことなんて考えてなかったんだけどなぁ」
「それを神田に言ったらややこしいことになるから絶対やめろよ」
なぜか、出水は強い口調でそう言ったが、修二も納得はいかなかった。
まあ、時間がたてば機嫌も治ってくれるだろうとも思いながら、各々が歩きだしていく。
「静蘭、あなた、皆の前で普通に本音出してたけど、度胸あるわね」
「え、えと……はい。でも、買い物に誘わなかったのはごめんなさい……」
「まぁ、私はその鬼塚って人のことは知らないけど、あとで合流するつもりだったんなら別に構わないでしょ」
「それは、そうなんですけど……」
琴音はそう言うが、静蘭としては申し訳ない気持ちがあった。
鬼塚隊長は、出水は神田達にとっても恩師のような存在であり、出来うるならば皆で買い物に出かけるべきだとは考えてはいたのだ。
それなのに、彼女が他のメンバーを誘わなかったのは単純で、
「あいつと一緒にいたかったんでしょ?」
「――ぁ」
琴音が見る先には、出水と清水がじゃれついていた男、笠井修二がいた。
そして、その隣には彼の幼馴染である椎名真希がいて、彼女はその様子を見ながら笑顔でいた。
「……私はやっぱり、ずるい人間です」
「そうかしら? 私的には頑張ったと思うけど」
「本当は、椎名さんに負けたくなかったからかもしれないですね」
少し涙目になりながらも、静蘭は胸中を明かすように答える。
静蘭も椎名の心の内を、薄らとではあるが気づいていた。
だから、少し焦ってしまっていたのだ。
「でも、これで終わりにしないんでしょ?」
「え?」
「人の恋愛事情にはあまり首を突っ込みたくはないんだけど、私はあなたのやり方は間違っているとは思わないわ。むしろ、それくらいの攻め気じゃないと椎名には勝てないわよ」
厳しい意見を言いつつも、琴音は静蘭に諦めるなとそう暗に告げていた。
琴音は厳しいようで、実は優しい。それは、友達である静蘭だからこそ、知っていた。
「ありがとう、琴音さん」
「礼はいいから、あんたも早くあいつらにまじってきな」
「はい!」
琴音に諭され、静蘭は気持ちの良い返事を返して修二達の下へと走る。
「あ、静蘭! 待て、今はマズい!」
「え、何がですか?」
「あかん! 神田が暴走する! 修二、逃げろぉ!」
「なんでそんな世紀末な叫び上げてるんだよ。って、おわぁっ! どしたの!? 神田!?」
「静蘭ちゃん、一緒にいこ!」
「うん!」
阿鼻叫喚の果てに包まれる光景を見ながら、遠目に見ていた琴音はため息を吐く。
なんだかんだ、仲のいい彼らは強い絆で結ばれており、今も、これからも変わることはないだろう。
椎名も静蘭も、特に仲たがいをしなくて済みそうで琴音も半ば安心できていた。
「ほんと、退屈しない奴らね」
殺し合いみたいな状況が目の前で起きているにも関わらず、琴音はクスッと笑いながら彼らを見ていた。
ずっと、これからも皆一緒にいられる。
きっと、ずっと、この先も――。
次回より第三章を投稿していきたいと考えております。
案外、番外編はこれが最後になるかと。
第三章 第一話 2月18日19時投稿予定




