第一章 第八話 『最後の頼み』
屋敷の入り口まで辿り着いた椎名と世良と鉄平は、その扉をノックしていた。
「夜分遅くにごめんなさい! 誰か! 誰かいませんか!? 友達がケガをしてるんです!」
時刻はおそらく十一時を回る頃だ。普通の住民ならば就寝時間に値する頃合いだろう。
修二と別れてから、鉄平の容体はどんどん悪くなっていた。
福井に噛まれた血が止まらなく、熱まで出てることが分かり、応急処置として傷口に布を巻き付けたりなどして血を止めようとしたが、鉄平は未だ苦しそうにしている。
――出血場所は腕だけだ。
なのに、なぜここまで容体が悪化するのか、椎名にはまるで分からないでいた。
「鉄平! もう少し待っててね! もうすぐ助かるから!」
修二はまだ戻ってきていない。
島の状況が分からない以上、今外にいるのはあまりにも危険であることに変わりはない。
まずは、屋内に避難することが最優先である。
「世良ちゃん、どうしよう……。やっぱり家の人寝てるのかな?」
「と、とにかく緊急時だから、中に入ることを優先しよう?」
世良の言う通り、今は緊急事態だ。
最悪、扉を叩いてでも中にいる人を起こすしかない。
そう思って、椎名は入り口の扉のドアノブを回すと。
「開いてる……」
なぜか、玄関の扉の鍵が閉められていないことが分かった。
この島の人たちの防犯対策はしっかりしていないのかとも思われたが、不自然ではあった。
だが、そう考える余裕はなく、今は緊急時の為、不法侵入であろうと事情を説明すればなんとかなると考えつつ、椎名と世良は鉄平を担いで屋敷の中へ入っていった。
「暗いね……」
屋敷の中は外灯がついた外と違い、全くの暗闇の中だった。
多少目が慣れていることもあり、ぼんやり見えてはいたが、動き回るのは難しいだろう。
「だ、誰かー! いませんか? 友達が暴漢に襲われて怪我してるんです! 助けてください!」
椎名は屋敷の中に入ってから何度か屋敷内にいるであろう住民を起こそうと声を張り上げたが、反応は無かった。
「どうしてだろう……留守なのかな?」
「で、でもおかしいよ。鍵は開いていたし、靴だってあるんだよ?」
世良の言う通り、玄関には住民のものらしき靴がニ足あった。
男性と女性のものらしき靴が一足ずつあり、夫婦で暮らしているのかもしれない。
玄関から中に入るのを躊躇っていると、鉄平が苦しそうな表情で椎名に語りかけた。
「うっ、椎名ちゃん…… 。とにかく、今は緊急時だ。包帯でもなんでもいい。中に入って探そう」
鉄平は腕を押さえつつ、椎名達にそう提案した。
確かに、逡巡している余裕がないことは事実である。
鉄平は今も血が止まらなく、腕から地面に流れ落ちるように血が落ちているのだ。
「――うん、わかった。鉄平と世良ちゃんはここで待ってて。私が家の中を見て回るから」
一人で行くことに、反対する者はいなかった。
この状況下で、今は鉄平を一人にできないことは明確なのだ。
「き、危険を感じたら、絶対すぐ逃げてね。椎名ちゃん」
「大丈夫だよ。修二が来たら、事情を説明してあげてね」
「わ、わかった。あと、外からこの屋敷の外観を見てたけど、左の部屋を見てみても良いと思う。右は多分、手洗い場だと思うから……」
「ん、ありがと。じゃあ行ってくるね」
世良の助言通り、椎名は玄関から左の部屋へと入ろうとする。
屋敷の玄関からは二階に続く階段と、左右にある扉が二つあった。
この屋敷自体、お金持ちが住むであろう土地面積であることは入る前から思っていたことだが、かなりの広さである。
そのまま左の扉から部屋へと入っていった椎名は、まずはじめに電気をつける場所を探した。
「スイッチはどこなんだろう」
ぼんやりと薄暗く見えはするが、人の気配はしなかった。ただでさえ不法侵入ということもあるが、そうも言ってられない。住民がいたら、すぐに事情を説明するつもりで椎名もいた。
扉のすぐ近くを探した椎名は部屋の電気をつけるスイッチらしきものを見つけた。
スイッチを押した時、天井のライトが部屋を明るくした。
その部屋はリビングであることが分かった。
台所と、食事用のテーブルだろうか。二人分の椅子が対面にあることから、二人暮らしというのは玄関の靴からと一致した。
「これ、どうしたのかな……?」
就寝をしていると思い込んでいた椎名は食事用のテーブルを見た時、ある違和感を感じていた。
テーブルの上には、晩ご飯を食べていたであろう、食べ物があちこちに散乱していたのだ。
後片付けをしていないことは百歩譲っても、それがテーブルの至る所に――それも床に落ちていることが妙な雰囲気を醸し出していた。
夫婦喧嘩かもしれない、と椎名は考えるのを止め、今は目的のものを探した。
椎名はあちこちの引き出しから、救急箱がないか探し回った。
しかし、それらしいものが見つからず、途方に暮れていると、
「っ?」
ドンっと、真上から音が聞こえた椎名はビックリしたように天井を見た。
「二階から?」
二階から何か物音が聞こえた椎名は、ここの住民ではないかと考えた。
まだ玄関から右側を見ていないが、先にここの住民から事情を説明して、救急箱を分けてもらう方が早いとそう考えた椎名は一度玄関に戻ろうとした。
玄関へと戻ると、世良と鉄平は変わりなくそこにいた。
状況を説明しようと、椎名は世良達へと顔を向けて、
「世良ちゃん、鉄平。多分、上に人がいる。ここの人だと思うから、先に事情説明して救急道具を分けてもらえるよう言ってみるよ」
「ま、待て……。ほんとか? 中に人がいるって?」
鉄平は、何か疑問があるように続けた。
苦しそうな様子はまるで変わらないが、彼は何か思うことがある様子で、
「おかしい……なぜ、さっき椎名ちゃんが玄関で呼んだ時は反応がなかったんだ?」
鉄平の言う通り、確かに妙であった。
もしも先ほど気づいていたのならば、今、住民が椎名達の存在に気づくのは理屈に合わないのだ。
しかし、そんなことを考えていられる余裕が無かった椎名は鉄平の容態を見て、
「分からない……けど、今は鉄平の傷を早くなんとかしないといけないし、私、いくよ!」
鉄平の傷は一刻を争う状況だ。今も血が止まらず、このままでは出血多量で命の危機に及びかねない状況である。
それに、何故かは分からないが、鉄平の容体は時間が経つごとにどんどん悪くなっていっているように感じるのだ。
「ま、まって椎名ちゃん。せめて笠井君が来てからでも……」
「ありがとう世良ちゃん、でも今は時間がないの。ここの人に話をつけたらすぐに戻ってくるから!」
世良が止めようとしてそう提案したが、椎名は自分の意思を伝えて我が儘を通す。
鉄平は、クラスの皆の性格はよく分かっている。
伊達に人の話を盗み聞きしてきたということもあるが、彼は人間観察が得意だった。
椎名がここまで頑固になれば、もう止められないことも分かっていた上で、椎名はそう言ったのだ。
「分かったよ椎名ちゃん。ただし、何か少しでも危ないと感じたら、絶対にすぐに戻ってくるんだ」
鉄平はそう言って椎名を行かすことに決めた。
椎名も頷き、急ぐようにして二階へと昇っていく。
二階へと昇った椎名は、音が鳴ったとされる部屋の前へ来ていた。
音はあれ以降聞こえなくなっていた。
もう一度寝てしまった可能性もあるが、あえて立て篭もっている可能性も椎名は考慮していた。
もしも、空き巣と間違えられて攻撃されればたまったものではない。厳密に言えば、椎名達がしているのは空き巣に近い行為なのだが、ちゃんと説明するつもりではいたのだ。
物音がした部屋の前に立ち、椎名はすぐに入ろうとせず、コンコンと扉を叩いて中に人がいるかを確認しようとした。
「す、すみません。どなたかいらっしゃいませんか? 勝手に家に上がりこんでしまったのは申し訳ありません。友達が重症で……救急道具を貸していただきたいんです」
事情を説明するように、声を掛けたが反応はない。
この様子だと、立て篭もっている可能性はなさそうではあった。寝ている可能性が高いので、直接部屋の中に入って確かめようと、薄暗い中、椎名はそのドアノブを掴んだ。
「なんか、ヌメっとしてる……。これ、何?」
薄暗くてよく見えないが、ドアノブは何かの液体で濡れていた。水とは思えないヌメりがあり、椎名は不快に感じる。
だが、今まで何故気づかなかったのか。その液体は床からずっと続いており、椎名が通ってきた道のりからあったのだ。
それが何かは分からなかったが、逡巡している余裕はない。
そのまま椎名はドアノブを回し、部屋の中へと入る。
部屋の中は寝室のような作りだった。
真ん中に二人用のベッドがあり、その周りにはぬいぐるみのようなものがたくさんあった。
だが、一番気になったのは鼻をつん裂くような強烈な異臭がしたことだった。
「うっ、何の臭い?」
異臭に耐えれず、手で口を覆っていると、部屋の端に蹲っている老人がいることに椎名は気づいた。
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
具合が悪いのかもしれないと思っていた椎名は、ベッドの横にいる老人へと近づいていく。
「勝手に入ってごめんなさい! あの、今玄関で友人が怪我をしてて、救急道具を分けていただきたいんです! あの……、大丈夫ですか?」
事情を簡単に説明した椎名は、蹲る老人からの反応がないことに違和感を抱く。
よほど具合が悪いのか、もしかすると怒っているのかわからないが、このままだと拉致が開かない。
薄暗いので電気をつけようと椎名はドアの入り口にあるスイッチを押した。
電気がつき、寝室が明かりに照らされ、椎名は蹲る人の異変に気づく。
その老人の足元には、多量の血と吐瀉物があった。
血と胃液が混ざり、鉄臭い匂いと胃液の匂いが混じって、強烈な匂いを生み出していた。
「え、え? 大丈夫ですか!?」
「うぅぅ……」
呻き声をあげながら、老人は下を向いている。
椎名は老人の背中を手で揺すり、少しでも楽にさせようとした。
そのまま前屈みに、老人の顔を見ようとしたところで、椎名は見てしまった。
老人は具合が悪く、蹲っていたわけではなかった。
老人は一心不乱に何かに噛み付いていたのだ。
その老人は、誰のものとも知れない腕らしきものに一心不乱に食いついていることに椎名は気づいた。
「え、きゃぁぁぁぁ!!」
あまりの現象に、椎名は後ろへ手をついて倒れる。
床にある血は老人のものではなかった。
誰のものか分からない、腕の断面から垂れていたものであったのだ。
「ひっ!」
椎名は恐怖で腰を抜け、動けないでいた。
腕に噛み付いていた老人は、椎名の存在に気づき、ゆっくりと立ち上がろうとする。
その口周りは血で濡れ、まるで口裂け女のように裂けていた。
目は白目を剥いており、それでも椎名のことが見えているのか、ゆっくりと近づいてきていた。
「や、やめて……。こないで!!」
声を上げてみたが、老人は止まらなかった。
椎名は腰が抜けており、立ち上がることも逃げることもできない。近くにあったぬいぐるみを投げつけるが、老人はものともしない。
「だ、誰か……」
世良も鉄平も、先ほどの叫び声が聞こえていないのか、助けにはこない。
この訳の分からない状況で、椎名は恐怖で震えていた。
もう近くには投げつける物もない中、泣きながらただ叫ぶしかなかった。
「誰か……誰か助けてぇ!!」
老人が椎名に手を伸ばし、襲いかかろうとしたその時、部屋のドアが押し開けられた。
「椎名に触ってんじゃねぇぞこのクソ野郎が!!」
笠井修二が、手に持った鉄パイプで椎名に襲いかからんとする老人の頭を打ち抜いたのだった。
バキッと頭蓋骨が割れるかのような音がし、老人は側にあったベッドに背中から叩きつけられていた。
「し、修二?」
「大丈夫か!? 椎名!」
突然の状況に、椎名は頭が真っ白になっていた。
幼馴染である修二が、普通の人間ならば死んでもおかしくないぐらいの勢いで鉄パイプを振るったのだ。
それは、今まで見てきた修二とは違う雰囲気を感じていた。
ベッドに叩きつけられた老人は、普通ならば脳震盪で立てないはずであった。
しかし、何事もないように立ち上がろうとしていたのを見て、修二は舌打ちをした。
「まだ動けるか。なら……」
修二はそう言って、持っていた鉄パイプを握りしめる。
まるでトドメを刺さんとするかのように、ゆっくりと血だらけになった老人へと近づいていこうとしていた。
「待って! 修二、何をするの!?」
「もうこの人は死んでいるんだ。あのホテルで見ただろ? あいつらと同じ……スガも福井も、死人になったはずなのに動いて俺たちを襲おうとしていたんだ。だから……楽にしてやらないといけない」
「えっ……? 菅原君って?」
スガが、福井があの化け物と同じことになっていたことを椎名は知らなかった。
ただ死んでしまったということを聞いていたのみで、何があったのかまでは緊急時もあって聞けていなかった。
だが、問題の本質はそこではない。
今、修二はその手に持つ鉄パイプで何をしようとしているのか、分かった上で椎名は修二へと手を伸ばそうとして。
「やめて修二! それだけはダメっ!!」
必死の懇願も、腰が抜けて身体が動かず届かなかった。
そして、修二は鉄パイプを老人の頭へと、力いっぱいに叩きつける。
頭から床に叩きつけられた老人は、それでもまだ動いていた。
もう、ほとんど虫の息のような様子を見た修二は目の色を変えて鉄パイプを振り上げ、
「これで……終わりだ!!」
「駄目ーーっ!!」
椎名の声も虚しく、修二がもう一度振り下ろした鉄パイプにより、老人の頭は今度こそ潰れてしまう。
完全に動かなくなった老人を見て、椎名は声が出ない。
友人が、大切な人が、自分のせいで人殺しをしてしまうなど耐えがたかったのだ。
だが、それは修二も同じ様子だった。
修二も椎名も、ただの高校生である。
人が死んだこと、それを自分の手でしてしまったこと。どんな理由があるにせよ、やったことに対する精神的な磨耗は彼らを限界まで擦り切れさせようとしていた。
「お、俺は……椎名を守る為に……。こうするしか、なかったんだ……」
血生臭い匂いと、その惨劇の様子が二人を追い詰めていった。
△▼△▼△▼△▼△▼
椎名は何も言えなかった。ただ呆然として泣きながらその現実を見つめていた。
修二は、持っていた鉄パイプを無意識に離し、床に落とす。
生き残る為に殺した。友達を助ける為に殺した。
言い訳のように、修二は頭の中で自分に言い聞かせようと心の平静を保とうとしていた。
しかし、自分がしたことは心の中に深く傷を残していく。
その時、部屋のドアが開き、鉄平の肩を持った世良が入ってきた。
「だ、大丈夫か? 修二、椎名……?」
「鉄平……」
苦しそうに鉄平は修二達の顔を見たが、その表情だけで状況を察することができた。
「世良ちゃん……ありがとう。座らせてもらってもいいかな?」
「う、うん。無理しないでね」
世良は鉄平を壁にもたれさせ、ゆっくりと座らせようとした。
修二も、鉄平の容体について、ハッと思い出したかのように動き出した。
部屋の中を探り、目的のものであった救急箱を見つけて、修二は鉄平の元へと駆け寄る。
「鉄平、もう大丈夫だ。もう助かるからな」
消毒液や包帯、諸々の用具を取り出し、修二は処置に動き出した。
鉄平は修二に治療されながら、ただ呆然としていた椎名へと目を向けて、
「椎名ちゃん……。辛いのは分かる。でも修二のしたことは責めないでくれ。こいつは、椎名ちゃんを守る為にするべきことをしたんだ。だから……誰にも責められない」
「喋るな! 鉄平! まだ血が止まってないんだぞ!」
無理をして話そうとする鉄平を怒りながら、修二は手を動かし続ける。
電気が点いているこの部屋の中だからこそ気づいたが、鉄平はかなり危険な状態であった。
最初に二手に別れたあの時よりも、腕から流れ出ている血の量が尋常ではなかったのだ。
息切れを起こしつつある鉄平は、処置に図ろうとする修二の腕を握って止めた。
「いいんだ、修二。もう俺は助からない。だんだんと、意識が遠のくような感覚がするんだ……。
足ももう、ほとんど感覚がない……」
「やめろ!言うなっ! 俺が絶対に死なせない!! 皆で生き残るんだ!! そうだろ!?」
修二は泣きながら、止めようとする鉄平の手を払う。
だが、椎名も世良ももう気付いていた。鉄平の血はあまりにも出血していた。
輸血する医者もここにはいなく、出来ることはほとんどないのだ。
それを否定するように、椎名も修二と一緒に鉄平の処置に加わった。
「鉄平君。大丈夫だから……! きっとなんとかするから……そんなこと言わないで……」
椎名も泣いていた。目の前の現実から目を背けようと必死に手を動かそうとして修二を手伝おうとするが、包帯を巻き付けても血が滲みでて止まる気配はない。
「くそっ! なんでだよ!? 腕を噛まれただけじゃないか! なんで血が止まらないんだ!!」
福井に噛まれた鉄平の右腕は傷痕こそ深いが、ありえないほど血が止まらなかったのだ。
まるで、血を凝固する作用が全く働かないように、人体の働きが完全におかしくなっていた。
「修二、椎名ちゃん、世良ちゃん。聞いてくれ……話さないといけないことがある」
「黙れっ!! そんなもん、治った後にいくらでも聞いてやる! だから……黙ってくれよ……っ!」
修二の手は震えていた。
もうこれ以上、友達が死ぬところを見たくなかったのだ。
誰かが死ぬぐらいなら人を殺すことだって覚悟した修二だったが、目の前の友達を守ることすらできないでいた彼はこの訳の分からない状況に、自分自身に怒りを感じていく。
「聞いてくれ……。俺が死んだら、お前達はすぐにここから移動するんだ。どこでもいい、安全な場所を見つけて皆と合流して、この島を脱出するんだ……」
「そんなこと言わないで……。鉄平君を置いて、できないよそんなこと……」
「駄目だ……修二、お前なら分かるだろ? 俺は多分……やがて俺が俺じゃなくなるはずだ……。だから手遅れになる前に、ここから離れるんだ」
「手遅れって……鉄平、お前」
修二も、薄々と鉄平の言いたいことは分かっていた。
恐らく、自身があの化け物と同じようになるのだと――福井やスガのことを知っている修二と鉄平は、その考えたくもない最悪の事態を考えていたのだ。
「そんなこと、信じると思うか? 俺が……」
「否定したくなる気持ちは分かるよ。でも、今までのことを思えば、俺の言ったことは辻褄が合ってしまうんだ」
あの化け物に噛まれたり傷をつけられたりなどすると、同じように化け物になると鉄平は考えていた。
事実、福井と菅原はその犠牲者となっていたわけであり、この島の住民にいたっても、同様の懸念材料となっていたのだ。
「なぁ、修二。何も分からないまま……ってのは嫌でさ。お前の考えを聞きたいんだ。お前はこの島で起きてることがさ、誰かの思惑ってのは考えられるか?」
今も息切れが続く鉄平は、苦しそうに修二へと尋ねる。
会話などしていられる余裕もないのだが、その気がかりは修二もあり、推測までを話そうとした。
「……俺は、この事態を引き起こした犯人は、美香を殺した犯人と同一だと思ってる。どうやってかは分からないけど、あまりにも偶然にはできない」
「だよな……。もう一つ、疑念に感じてることがあるんだ。なんで犯人は、俺たちクラスメイトの誰にも見つからずにあのホテルから逃げられたと思う?」
「それは……」
その疑念は修二にもあった。
何故、美香が一人になったと犯人は理解していたのか。
行方不明になった福井を除く三人はどこに行ってしまったのか。
あのホテルは通路でさえ、皆が行き来していたのだ。わざわざ美香だけを狙って殺す必要性が分からない。
「俺は、あの三人の誰かが関わってるんじゃないかって思ってるんだ……」
「そんなこと、信じられると思うか? 俺たちの友達が、そんなこと……」
ただの高校生がこんな事態を引き起こしたなどとは修二も考えたくもなかった。
だが、なぜここまで修二たちの行動を把握していたのか、部屋割り自体もホテルに着いてから決めていたはずだったのだ。
あまりにも犯人は、修二たちの動向を把握しすぎている。
そう考えていた修二だったが、鉄平が苦しそうに咳をしたところで思考を止めた。
「鉄平!!」
「ごほっ、修二、椎名ちゃん、世良ちゃん。俺の最後の頼みだ。このふざけた事態を引き起こしたクソ野郎をぶっ倒してくれ……! 俺と、美香とスガと福井の仇を……頼む……」
鉄平は似合わないことを言い、修二と椎名の腕を掴みながら力強くそう言った。
修二は信じられない様子で歯を食いしばり、首を横に振る。
「やめろやめろやめろ……! 死ぬな鉄平! お前はそうやって冗談を言って……俺たちを怒らせたいんだろ!? なあ、そう言ってくれよ! 鉄平!!」
「鉄平……君……」
世良は、椎名を掴んでいた鉄平の手を握り、下を向いて震えていた。
椎名は顔を涙で濡らし、修二は鉄平を死なせない為に処置を図っていたが――、
鉄平はその言葉を最後に、息を引き取った。
「ふ……ざけんなっ……。死んでんじゃねえよバカヤローっ!!」
「うぅっ、鉄平君……!」
「……」
鉄平の息を引き取った最後を見た三人は、鉄平の手を離さなかった。
鉄平からの最後の頼みを確かに聞いた修二は、静かにその決心を固める。
「必ず……必ずだ……! この事態を引き起こしたクソ野郎を、俺が必ずぶっ倒してやる! お前の頼みは、絶対に忘れない……!」
誓う。この痛みも、なにもかも報いは受けさせると、鉄平の顔を見ながら笠井修二はもう一度、鉄平の手を握りしめ決意をその心に秘めた。