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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 幕間その二 『見えざる敵』


『2022年2月8日 12時30分 日本国内において、大勢の暴徒が発生。人を襲い、喰らおうとするカニバリズムに陥り、渋谷区全域が混沌と化す』



『同日 午後14時11分 全国規模で暴徒が発生。無秩序状態と化した全地帯の異常事態に対し、国は直ちに緊急事態宣言の発令。市民の自宅待機を命じる』



『同日 午後15時25分 暴徒達の中に異変が発生。皮膚を失った状態で闊歩する化け物がいるとの目撃情報があり。付近には多数の惨殺死体があり、自衛隊員も巻き込まれている模様。機動隊を向かわせ、直ちに事態の収拾に当たる』




『同日 午後19時53分 渋谷区中央にて未確認の大型生物を確認。陸上自衛隊陸幕長の指示により、戦闘機を三機出動。撃滅作戦を開始』




『同日 午後20時14分 出動させた戦闘機からの応答不明。渋谷区全域の電気系統が消失し、街中にいた自衛隊員の応答も途絶える。風間二等陸佐の推測で、電磁パルスの発生を疑われる。その場合、出動させた三機の戦闘機の墜落も視野に入れることとなった』




『同日 午後21時03分 正体不明の未確認大型生物へと桐生隊員を向かわせる。無事、撃退の旨の報告を二時間後に報告あり』




『翌日 2022年2月9日 空港などの全ての交通施設に壊滅的被害の確認。押し寄せる人民に対し、暴徒が潜んでいた模様。海軍及び陸軍が対応にかかるも、これに失敗』




『翌日 2022年 2月10日 全国規模の暴徒の増加により、全てのテレビ局及びラジオ局が甚大な被害を受ける。現時点で把握できる死者数は百万人を超えると推測。この影響により、全ての国民は混乱に陥る』




『翌日 2022年2月11日 国連連合は日本国の壊滅を即時判断。事態の収拾は絶望的と見て、周辺各国へと避難民受け入れの指示。これを受け、アメリカ以外の各国は拒否。暴徒の流出と、自国へのリスクを考えてとの報告あり。避難民の受け入れは難航を極める』




『2022年2月16日 アメリカ合衆国からの報告書確認。出来うる限りの避難民を確保の後、以降の活動を停止。日本国内の生存者は無しと断定。死亡者は推定9500万人を超える見込み』




『2022年2月28日 国連連合の発表。日本国の壊滅をここに宣言する』




『2022年3月10日 アメリカ合衆国からの発表。今回の日本壊滅における原因、それを未確認生物兵器によるものと断定。原因は尚も調査中だが、何者かによる国家への攻撃との見解。周辺各国はこれに反発。日本国の関係者への説明を要求する』




『2022年 3月20日 日本国 内閣総理大臣 志木 勝弘の声明発表 一連の事件について、細菌ウイルス〈モルフ〉と呼ばれるウイルスによるテロが要因との説明。情報を隠していたことの追求・非難を受け、その翌日に自殺を図り、真相は闇に葬られる』










 そして、4月1日――





△▼△▼△▼△▼△▼


 それは、あの最悪の一日からおよそ二ヶ月が経ったある日。

 日本は壊滅し、一部の避難民と同じようにしてアメリカへと逃げ込み、同盟国であるアメリカのサウスカロライナ州の一端、日本人を匿っているとある一角の村の出来事だ。


 寂れたこの場所で、日本人を歓迎してくれるアメリカ人は一人もいない。

 むしろ、軽蔑の眼差しを向けられることの方が多かった。


 なぜなら、原因がどうあれ、あの凶器のウイルスが日本でばら撒かれたという事実は覆せなかったからだ。

 それに、内閣総理大臣の自殺によって、日本が情報を隠していたことの説明がされなかったことも大きくある。

 多くの人間は、テロよりも日本独自で引き起こしたものと考えていてもおかしくはないのだ。

 国民が被害者であることは変わりないが、それでもその国の人間だったものだ。

 疫病神だと思われても、なんらおかしくはないだろう。


 それでも迫害等の運動や襲撃が起こらないのは、アメリカ政府の完全保護下にあることと一部の日本の自衛隊員が残っていたことも挙げられる。


 自衛隊員とはいってもその数は知れており、ほとんどはあの日本での事件により死亡していた。


 その中で、厳重な監視体制の下、運び込まれる二人の人間がいた。

 これほど厳重とは彼も驚いてはいた。


 なぜなら、まるで一国の大統領を守るかのような、そのような体制を組んでいるのだ。

 何も知らない人達からすれば、それは異様な光景だったであろう。


 そのようにして運びこまれていたのは、二人の男女。笠井修二と椎名真希だった。

 彼らは、とある人物と会う約束となっていた。


 それは、桐生とも大きく関わりのある人物らしく、彼も同じくして車両の座席に腰掛けていた。


「着いたな。降りるぞ」


 車が止まり、二人は目的の場所についたことを理解する。

 桐生の指示の下、二人は車を降りて、とある建物の中へと入っていく。


 そこは、他の建物とは違っていた。

 コンクリートでできたその建物は他よりも一段と大きく、中は多くの人が入れる会議室のようなものまである。

 中でも、武器がところどころに立て掛けられているところを見るに、ここが軍隊の出入りをする場所だということもわかる。


「おい、入るぞ」


 ノックもせず、桐生は目的の部屋の中へと入っていく。

 無礼も極まれりというところだが、彼らしいといえば彼らしい。


 そして、後に続いて修二と椎名も部屋の中へと入っていく。


「やぁ、はじめまして。君達が例のモルフ感染者か」


 初対面からそう言い放った男に、修二は思わず身構えた。

 それは、この男が内情を知っていたからだ。


「あなたは?」


「いや、すまない。感染者などと、失礼なことを言ったね。私は風間というものだ。もう肩書きとしては失っているが、元陸上自衛隊二等陸佐を務めていた者だよ」


 元、という言葉に、修二は思わず言葉を失った。

 この風間という男は、言うなれば日本の自衛隊の中でもかなりの上についていた役職ということになる。

 それも、国が滅んだ今となっては意味のない肩書きではあるのだが。


「それで? こいつらを連れてきて、何が聞きたい?」


「そう焦るな。桐生、君にとっても無関係ではいられない話だからね」


「――――」


 今、この部屋にいるのは風間と桐生、修二と椎名の四人のみだ。

 他に聞き耳を立てている人間がいれば、かなりマズイ話をしようとしているところではあった。


「盗聴の危険は?」


「問題ない。アメリカの関係者にバレるとマズイことも多いからね。抜かりなく、準備は出来ているよ」


「ちょ、ちょっと、一体何を?」


 さすがに他人事では済まなさそうな雰囲気に、修二は待ったをかけた。

 盗聴の危険もそうだが、なぜそんなものがあるかもしれないのか。また、アメリカの関係者とは何のことか、修二にはまるで理解が及ばなかったからだ。


「笠井君と椎名君。まず始めに伝えておく。ここでの話は他言無用で頼むよ。事はもう、私たちだけではない。全世界――人類にとっての危機になりえない状況だからね」


「それは、どういう――」


「その話をする前に一つ問いたい。君が話してくれたこと。自身が『レベル5モルフ』であるという事実は本当なのかい?」


 唐突に話題を切り出されて、修二を一瞬躊躇った。

 全員の視線が修二へと向いて、返答を待っている様子だった。


「――はい。実際に試したとかそんなわけではないのですが、その確証はあります」


「……なら、君はいつ、どこで感染したのだ?」


「御影島で、世良に殺されかけた時のことです。致命傷を負って、死ぬ間際のあの瞬間、微かに残っていた記憶で思い出しました。目を覚ました時、自分は何事もなかったかのように傷が癒えていたのですが、あの直前、俺は椎名の手を握ったのです」


 自身の感染した経緯を話していき、修二の中の推測ではあるが、それを伝えていく。

 それは仮定の話のようなものではあるが、ありうる可能性はそれしか考えられなかったことだ。


「椎名の『レベル5モルフ』としての特性、それは超速再生能力であることを聞いています。なんでも、自身の傷でも他人の傷でも関係なく治せるとか。それが俺が生きていた原因であり、モルフに感染した原因でもあります」


「えっ?」


 修二の説明に、椎名が驚くようにしてこちらを見た。

 それもそうだろう。

 椎名は、自身の感染した理由は知っていても、修二が感染した理由、それが自分に関係があることなど知るわけがなかったのだから。


「つまり、君は御影島の時点で既に『レベル5モルフ』になっていたと、そういうことだね?」


「はい。ただ、そのことに気づいたのは椎名が誘拐されたのを助けた後でした。確かに、あの時まで気づかなかったのは自身でもおかしいぐらいだとそう思っています」


「なら、お前は虚偽の発言をしたということか。それはどうしてだ?」


 桐生が割り込むようにして、そう尋ねてくる。

 それは、修二が御影島での一件の後、取調べを受けた時のことだろう。

 修二は、世良に受けた傷の話には一切触れていなかったのだ。


「……すみません。ただ、怖かったのです。あれが夢なのかって、そう否定するようにして、そうしないと自分を保てなくなるような気がして」


 精神的に不安定になっていたと、修二はそう言いたかったのだ。

 あの時はそれだけではなく、父やリク、椎名の事やクラスメイトのことも相まって精神的にギリギリの状態だった。

 自分が何者なのか、それを話すことさえも恐ろしく感じてしまっていたのだ。


「……まあいい。それでお前は本来、死んでいたはずのところを生きていたと、そういうことだな?」


「――はい」


 話す内容に間違いはない。

 だが、それだけでも十分足りうる証明にはなっていた。

 風間も桐生も、修二の話に対しての否定意見は出なかったからだ。


「でも、それじゃあ私のせいで修二は……」


「椎名、違うぞ。それを言っちまえばむしろ逆だ。あの時、椎名が俺を感染させなかったら俺はとっくに死んでいたんだ。それも、二回もな」


「でも、修二は私と同じで、もう取り返しがつかないんでしょ?」


「死んでお前を守れなくなるよりは遥かにマシだよ。今だってピンピンしてるしな。こんなの、どうってことねえよ」


 自分は問題ないと、修二は椎名に言い聞かせようとした。

 椎名に落ち度はない。

 そのことは、修二自身が一番良く分かっていることだ。


「椎名も言っただろ? 自分のせいにするんじゃなくて、今できることをやろうって。今、それを言い返すぜ」


「――っ」


 卑怯だとも言いたげに、椎名は困惑した表情で見つめてきた。

 だが、実際その通りではある。

 修二としても、椎名には負い目を感じてほしくはない。

 御影島の時の修二の立場からすれば全く違うものだが、それでも椎名が後ろを向くのは修二も許すはずがない。

 それに、全ての元凶はあのウイルスでもあり、そうさせた世良に原因があったのだから、修二達には何一つ非はないのである。


「では、君達二人は『レベル5モルフ』であるということか。何の因果か、考察の余地は多くあるな」


「風間。そうなると、この二人の扱いはかなり至難になるぞ」


 風間と桐生はそう言って、修二達の件に関して考えを巡らせていた。

 扱い、という言葉に修二は疑問を抱き、修二はそれを尋ねようとした。


「どういうことでしょう?」


「君達の件についてだが、現状、知る者は限られているのだよ。特に、アメリカの上層部はこのことを知らない」


「知らないって、どうして……」


 修二達、日本人を匿ってくれたのは他でもないアメリカという国家だ。

 恩を返すというわけではないが、情報を共有するという意味ではお互いに顔を立てる意味で必要なことのはずである。


「修二君。君は、日本でのあの事件。どう見ている?」


「っ! それは……」


 突如、違う質問を投げかけられて、修二は困惑した。

 それはどういう意味なのか分からないが、なにかしら意味があるとするならば、


「組織の全貌はまるでみえず、こちらの動きを全て読み込んだ上での全国規模でのモルフの発生。そして、なぜか椎名真希の居場所が特定されて、混乱の隙に誘拐をしたこと。これは、本当に偶然だとそう思うかい?」


「まさか……」


 風間の言いたいことが少しずつ分かってきた。

 そして、なぜここで四人のみの密談をしているのか、その理由も理解した。


「どこかに裏切り者が潜んでいる可能性が高いということだ。いや、可能性ではなく、ほぼ確実的にね。それがどこにいるか分からない以上、迂闊に君や椎名君のことは話せないのだよ」


「そんな……裏切り者なんて」


 いるはずがない。

 そう言えなかったのは、修二自身が一度体験したことがあったからだ。

 御影島で、修二は世良に対して何の疑問も抱かずにいた。

 彼女はずっと修二達を騙し、皆を死なせて、挙句の果てには世界を壊そうとまで計画していた女だ。


 その一種の経験が、修二の中でないとは言い切れないという根拠となってしまっていたのだ。


「単独ではなく、複数である可能性も高いだろうな。今、笠井修二が『レベル5モルフ』であることを知る人間はアリスと、あとあのヤクザだったか」


「高尾って名乗ってましたね。でも、裏切り者とは無縁そうですが」


「そういう風にして誤魔化すのも特徴の一つだと覚えておけ。まあ、確かにないだろうが、アリスについては俺の方でなんとかしておこう。他は誰も知らないんだな?」


 桐生の念押しに、修二は躊躇わずして頷く。

 修二の周りの人間。神田も出水も清水も、このことは知らない。

 落ち着いた時に話すべきことだと考えていたが、この密談をきっかけに話せなくなることは間違いなかった。


 ただ、アリスがアメリカ側の人間であるということも問題の一つだろうが、桐生が対処するからにはどうにかなりそうな雰囲気はあった。


「アリスは今、副大統領のエージェントになっているらしいな。あいつも迂闊に話そうとは思わないだろうが、その線はどうだ?」


「いや、それはないだろう。そうだとするならば、今回の日本での一連の事件は、全てアメリカという国が起こしたことになるんだぞ?」


「――まあ、それもそうか」


 可能性の一つ一つを辿るようにして、風間と桐生はそう話し合っていた。


 しかし、修二も椎名も正直なところ、話についていけていない。

 今の話にしたって、アリスと繋がりがあるアメリカの副大統領に疑惑の可能性をかけるなど、あまりにも飛躍しすぎている話だ。


 それに、それだけじゃない。今の修二達の立場も問題だ。

 見えざる敵は、明らかに『レベル5モルフ』の力を欲しようとしている。

 今回の日本全土におけるテロ計画も、椎名を連れ去る為の算段だったことはまず間違いがない。

 結果的に、敵は椎名を連れ去ることはできなかったが、それでもこちらは国を失うという最大の痛手を負っている。

 今も日本のモルフを一掃するための計画は練られているのかもしれないが、おそらくずっと先の話だろう。


 途方もない現実に、足元がすくわれる思いだった。

 どうして、こうなってしまったのか。

 なぜ、自分達の故郷があのような目に合わなければいけなかったのか。


 修二には、今の自分の感情が分からなかった。

 怒り、悲しみ、恐怖。様々な感情が入り乱れ、どれが今の自分の心境なのか、もはや分からなくなってしまっているほどだ。


「風間さん、桐生さん」


 心の余裕がない中で、修二は風間と桐生へと呼びかけた。

 剣呑な雰囲気の中、息が詰まる思いだったが、修二は先のことを問いただそうとした。


「俺達は、どうしたらいいのでしょう?」


 修二の問いに、辺りが静寂と化す。

 答えが得られない状況の中で、修二は恐怖を抱いた。

 このまま、いつどこで狙われるかも分からない生活を過ごしていくなど、普通の精神状態ならば無理がある話なのである。

 静寂が部屋の中を埋め尽くして、そこで風間が口を開いた。


「まず、椎名君に関してはこれまで通り、厳重な保護下においておくことは必須だ。笠井君に関しては、これから新設する部隊の一員として普段通りに行動してもらいたい。というのも、理由があるのだが」


「理由?」


 椎名とは違い、修二だけが前線に立つ意味での理由ということだろうか。

 息を呑み、次の言葉を待っていた修二は、なんとなくだが風間の言いたいことが分かった。


「君の今の状態を知る者はここにいる四人と、あとアリスのみだ。どこまで敵が把握しているのかを探りたい意味での囮になってもらうのは非常に申し訳ないと思っている。隊長は桐生が、君は隊員としていてもらいたい。主に椎名君の警護も兼ねてだが、どうかね? 君の意見を聞きたい」


「――――」


 改めて、修二がここに呼ばれた意味を理解する事ができた。

 修二自身が『レベル5モルフ』という話だけという問題ではない。

 今後の自身の立ち回りを、その重い責任と覚悟を問う為にここへ呼ばれたのだ。


 修二が『レベル5モルフ』であることを知る人物は限られている。

 その中であえて前線に立つ事によって、敵の動きを探ろうとしたいのだろう。

 それは、椎名よりも危険なことであり、命が保障されるものでもない。


「修二……」


 頭の中を整理させていると、椎名が真っ直ぐな瞳で見つめてきていた。

 椎名も、風間の話す意図を理解したのだろう。


 その瞳を見た修二は、心の迷いを消した。


 ――なんだ、何も迷う必要はないじゃないか。


 元より、修二はこれからどうするかは決めていた。

 それは、ずっと前からそうだ。

 隠密機動特殊部隊に所属してから、今もずっとそれは変わっていない。


「――やります」


 迷いなく、ハッキリと修二は風間の目を見てそう伝えた。

 自分が『レベル5モルフ』で、敵の素性を暴く為に囮になることなど、些細なことだ。

 修二が戦う理由、そんなものはもう既に決めていたことなのだから。


「椎名を守れるのなら、俺はなんだってやります。どれだけの重しが圧し掛かろうと、それは変わりません」


 椎名を守る。

 それが出来るのであれば、修二はそれだけで構わない。

 それが、親友と交わした最後の約束なのだから。


 その様子を見ていた桐生は、「ほう」と一言、言葉を紡ぐと、


「良い表情だ。お前の警護は俺が務めることになっている。その覚悟もあるということだな?」


「――? ええと、はい。それは」


 守られるだけならば、大した覚悟は必要ないはずだ。

 むしろ、桐生という戦力が近くにいるだけでもどれだけ頼りになることか、その期待は計り知れない。

 その言葉の意味をよく理解することができずに、曖昧な返事をした修二だったが、後の桐生の言葉で安易に答えたことを後悔することになる。


「風間、こいつの管理は俺がやる。こいつを実戦で使えるレベルまで仕上げさせないといけないからな。訓練時、手を抜けば死ぬかもしれないということは忘れるなよ」


「え?」


 思いがけないことを口にされて、修二は思わず固まった。

 訓練という言葉を聞いて、それが何を意味しているのか即座に理解したのだ。


 修二は一度、桐生と対人格闘訓練をした経験がある。

 あの地獄を、彼は忘れたことはない。


「まあ、彼は再生能力も持っている。そう簡単に死にはしないさ」


 風間があっけらかんととんでもないことを口にしだして、それが冗談とは思えない雰囲気を感じ取ってしまった。

 その様子を隣で聞いていた椎名は、修二へと薄く微笑みながら、


「頑張ってね!」


 何のことかあまりよく分からなかったのだろう。

 相変わらずの天然具合を発揮させながら、修二を鼓舞していた。


「憂鬱だ……」


 待ち受ける地獄にそう愚痴を叩きながら、それでも修二の心の中で後悔は何一つなかった。


△▼△▼△▼△▼


 笠井修二と椎名真希が退室した部屋の中で、桐生と風間は互いに向き合い、テーブルに置かれたコーヒーを飲んでいた。


「それで、まだ話していないことがあるんじゃないのかよ?」


「ん? ああ、そうだな。さすが、勘が鋭いだけあるな」


「長い付き合いだ。お前のやり口はいつもそうだろうがよ」


「心が痛むね。だが、その通りだ」


コーヒーを飲み終えた風間は、真剣な面持ちのまま桐生の顔を見ると、


「それで、話していないこととは何のことかな?」


「しらばってくれんじゃねぇ。さっきの会話で、お前は一つ矛盾点を話していた。裏切り者の件だ」


「ーーーー」


「お前、本当に裏切り者の目星はついていないのか? 俺には、どうにも嘘をついているようにしか聞こえなかったのだが」


「目星はついていない。……だが、容疑者はある程度絞れているというのが本音というところだね」


「なぜそれを言わない? どっちが裏切り者か分からねえぞ、これじゃあな」


「言わない理由は単純。簡単に口に出していい者ではないからさ。たとえ、容疑者だとしてもね」


風間の抽象的な物言いに、桐生は目を細める。


「あの時、アメリカは我々の国でのモルフ制圧に及ぶ軍事的な援助は何一つなかった。それなのにも関わらず、どうして最後は自国への避難民受け入れを表明したのか、君は分かるかい?」


「……国連に圧力を掛けられたからではないのか? あいつらとしては建前上、拒否したいつもりだったかもしれないだろ」


「その可能性はある。だが、いかんせん辻褄が合わないのだ。なぜ、何一つ援助が無かったのか……」


 両手を組みながら、風間は目を伏せていた。

 桐生は、風間のこんな姿を見るのは初めてであった。

 いつだって彼は決断を誤らず、あらゆる事件性においても的確な推察をしてきた男だ。

 それが、ここまで憔悴したところを見たのは、桐生としても初めての経験である。


「ーー俺はお前の判断を信じるつもりだ」


「……今度は、当てにならないかもしれないぞ」


「それでもだ。俺はお前と出会った時から既に心を決めている。あの男を見つけ出すまでは、お前と共に戦うとな」


「桐生……」


「いつまでもウジウジしてんじゃねえよ。お前の売りは突飛な発想とその行動力だろうが。やられっ放しで納得できるほど、甘い人間じゃねえだろ」


 たとえ、どれだけ追い込まれようとも逃げることだけは許容しない。

 桐生の言葉を聞いて、風間は目を閉じた。


「そうだな。君には、先に伝えておこうと考えている。ーーこれからについてだ」


「ーーどうするつもりだ?」


眉を顰める桐生を見ながら、風間は、


「これから、まず間違いなくこの国か、別の国でモルフウイルスが発生する事案が起きる筈だ。その時、アメリカ側が関与しなければいけない状況に陥った時は、我々が出る可能性は高いだろう。そこでーー」


「ーーーー」


 二人以外に誰一人いない部屋の中で、彼らはお互いに秘密の共有を図る。

 そして、風間の意図を聞いた桐生は、数秒だけ押し黙ると、


「……了解した。本当にそれで良いんだな?」


「ああ。頼むぞ」


「無論だ」


 二人は、お互いに確認を取り合うとそれ以上は語らなかった。


 その思惑は、桐生と風間だけの秘密となり、修二や椎名に明かされる時はない。

 そして、未だ判明していない見えざる敵に対しても同じことだった。



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