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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 第四十三話 『壊滅』

「なんとか、民衆も落ち着いたようだな」


 訓練地の中へと入り、先ほどよりも避難民達の互いのスペースが空いたことを確認した神田はホッと息を吐く。

 ほんの数分前までは、体が当たるほどに人と人との間隔が無かった状況だったのだ。

 それが、知り合いというのならばまだ良いだろうが、見知らぬ人とくればそうはいかない。必ず、不安とストレスが溜まり、どこかで誰かが暴走することもありえたぐらいだった。


「しかし、助かった。修二、完璧なタイミングだったな」


「気にするなって。全員、無事にいられたし、間に合って良かったよ」


 言いながら、修二も当面の問題が少しでも楽になることに安堵していた。

 聞くによれば、避難市民が訓練地の中にごった返していたようなのだが、修二達が到着するまでには既に対策を立てていたようだったのだ。

 しかも、その先導をしたのが神田と聞いて、修二も驚いていたぐらいだ。


「失礼な言い方だけど、お前がこういう方面で先導したのって珍しいよな。出水とかならやりそうな雰囲気もあったけど」


「出水……か」


「ん?」


 出水の名を口に出して、なぜか神田が浮かない顔をしていたことに修二は違和感を感じた。

 そういえば、さっきの戦闘には出水はいなかった。清水こそ戦闘には参加していたが、なぜ、彼がそこにいなかったのか、修二は嫌な汗が頬を伝う。


「なあ……出水は?」


「出水は……今は治療室にいる」


「っ! 大丈夫なのか!?」


 治療室にいると聞いて、無事とは言い難い状況が目に浮かぶ。

 出水は修二にとっても大事な仲間だ。彼が死ぬなど、考えたくもない。


「無事を祈るしかないだろうな。重傷だが、あいつは死なないと俺は信じている」


「……感染したわけじゃないんだよな?」


「ああ」


 神田が肯定の返事を返したことで、修二は少しだけ心の不安が取り除かれる。

 モルフのウイルスに感染したとするならば、出水に助かる道はまずなかったからだ。

 それこそ、椎名のような『レベル5モルフ』にでも期待しなければ、どうあっても絶望なのだが、そもそも、『レベル5モルフ』自体、簡単になれるようなものではない。

 御影島の島民に関しても、今、この日本の中でも、『レベル5モルフ』になった人間をまだ見つけたことはない。

 なにかしらの条件があるのだろうが、椎名も、そして、修二も自身がどうして『レベル5モルフ』になれたのか、それは分からず終いだ。


「死んでないことは一番良いこと……だな」


「修二?」


「ああ、なんでもない。それより、隊長はどこにいるんだ?」


 自身の状況については、今は先送りにしようと、修二は鬼塚隊長の所在を神田に尋ねる。

 鬼塚隊長も、出水同様に姿を見ていない。

 どこか、訓練地内で今後の展望について、模索していると考えていたのだが、


「――死んだよ」


「え?」


「鬼塚隊長は……死んだ」


 短くそう返答を返され、修二は頭の中が真っ白になる。

 鬼塚隊長が死んだ。その事実は、修二にとって耐えがたい事実だったからだ。


「俺は、俺たちはあの人に生かされたんだ。鬼塚隊長がいなければ……俺たちはここにいなかった」


「――――」


「修二、お前も父の死を知った時、こんな気持ちだったか? 俺は、人の死を見て、ここまで心が締まる思いをしたのは初めてだ……」


「……父さん、か」


 鬼塚隊長の死を嘆くよりも先に、修二は御影島でのあの惨劇を思い出す。

 鬼塚隊長と父さん。修二は父の死を間近で見てきたとき、どんな気持ちになったか。

 一重に言えば、悲しみと怒りに打ち震えていた。父を殺した人物への怒り。何も出来なかった自分への怒り。そして、大好きだった父が死んでしまった悲しみ。

 思い出せば、それだけでも心が苦しくなる。

 鬼塚隊長の死にざまを直接見た修二ではないが、神田の立場はいわば、当時の修二と同じようなものだ。


 だから、言葉はしっかり選ばないといけなかった。


「神田、鬼塚隊長は死ぬその前、後悔していたと思うか?」


「後悔……か。いや、なかっただろうな」


「なら、きっとそれが答えだよ。俺たちは、後ろを向くわけにはいかない。死んだ人達のためにも、前に進むしかないんだ」


 以前までの修二ならば、きっと今のような答え方はしなかっただろう。

 なぜなら、今の言葉文句はほとんどリクからの受け売りのようなものだったからだ。

 彼はあの白い世界の中で、修二にこう言ったのだ。


 後ろを見るな。前を見ろ、と。


「お前は、強いな」


「なめんな。これでも豆腐メンタルしてんだからな」


 ふざけたいわけではないが、本音でもあった。

 修二自体、精神の持ちようでいえば、誰かの死を見るだけで気持ちの沈みようは半端じゃない。

 それだけ、彼は大事な人たちを目の前で失ったのをこの目で見てきたからこそだが、それを神田はきっと理解してくれはしないだろう。


 鬼塚隊長はもういない。恩師ともいうべき人を失った修二達は辛い気持ちに駆られるが、それでも前に進むことに集中するしかなかった。


「あっ、お兄ちゃん! それに、修二さんも!」


「静蘭?」


 互いに無言になっていたその時、通路から神田の妹である静蘭が修二達を見つけて、避難市民達が座る道を避けながら近づいてくる。

 彼女も、この訓練地に元々いた娘だ。

 危険が少ないこの場所にいたので、特にモルフに襲われる危険はなかったのだが、無事なことを確認できた修二は気持ちが安らいだ。


「修二さん! 無事でよかったです!」


「ああ、静蘭も何事もなかったようでなによりだ。随分と焦ってたけど、どうかしたのか?」


「は、はい! お兄ちゃん、修二さん。出水さんが……」


「え?」


「出水が……なんだ?」


 静蘭が出水のことを口走り、その顔を俯かせたのを見た修二達はごくりと唾を呑み込む。

 凶報を聞く前触れのように感じた修二は、違ってくれと祈っていたのだが、


「出水さん……なんとか危険な状態からは脱したようです。本当に……よかったよぅ。お兄ちゃん……」


「そ、そうか……。なんとか、なったんだな」


「ビックリしたぜ……マジで……」


 静蘭はその場で泣き崩れて、神田の胸に蹲る。

 本当に心臓を掴まされるような感覚だったが、出水はなんとか無事なところまでは達せたようだった。

 それだけでも聞けて、本当に良かった。

 これ以上、誰かが死ぬなんてことは、絶対にあってほしくなかったからだ。


「でも、それでもギリギリだったのは間違いなかったようで……とにかく絶対安静はしておかないといけないんですけど……」


「安心しろよ。あいつが起き上がろうとしたら俺が飛び蹴りして寝かせてやるからさ」


「そんなことをすれば出水が死ぬぞ。修二」


 冗談を真に受ける神田に、修二も「え?」と困惑の表情を向けていたのだが、それを見ていた静蘭は「ふふ」と笑うと、


「皆が無事でいてくれて本当に良かった。皆が一緒じゃないと、私、嫌だったから」


「静蘭……」


 笑いながらも、目尻に涙を浮かべる静蘭に修二も真剣な表情になる。


「当たり前だ。俺たちは絶対に死なねえ。明日を見る為にも、絶対にな」


 どれだけ絶望に陥ろうと、どれだけ痛い目に合おうと、修二は絶対にあきらめない。

 たとえ、今、日本がここまで酷い惨状に陥った状況下でも、それは同じだ。


「それで、これからどうする?」


「そうだな。とりあえず、桐生さんのところにいって指示を仰ごう」


 特に何か出来ることがなかった修二達は、そのまま桐生のいる場所へと赴こうと考える。

 まだ、この訓練地の付近にも生存者が残されている可能性はあり、その救助に出る必要もあるかもしれないのだ。

 何もせず、避難市民達とここにずっといるわけにもいかない。


 そう考えていた矢先であった。


「ん?」


 ふと、修二は違和感を感じた。

 今、修二達がいるのは訓練地内にある建物の三階。通路は当然、避難市民達がたくさんいるのだが、修二が視線に捉えたのはそこではない。

 窓の外。ここは三階であり、外には誰もいない筈。なのに、その窓の上の端に、何かが見える。

 白い手。人の手が――。


「――――」


 その時、修二だけが気づいていた。

 神田も、静蘭も気づいていない。

 窓の外に張り付く、異形の生物に――。


「モル――」


 その先を言い切ることは出来なかった。

 言葉より先に体が動いて、静蘭へと飛びつき、そのまま地面へと倒れこんだと同時に窓が割れて、外壁に潜んでいたモルフが静蘭のいた場所へと飛び込んできたのだ。


「なっ!?」


「皆! 逃げろぉぉぉっっ!!」


 神田もその時に気づき、驚きの声を漏らすが、修二の判断の方が早い。

 咄嗟に、その場にいた避難市民へとこの場から逃げるよう促すが、


「きゃぁぁぁっっ! あなたっ!」


 通路の端から女性の声が聞こえ、その方向を視界に入れると、息が詰まる。

 そこには、全身が白い血色をした化け物が、避難市民の一人である男性の首へと嚙みついていたのだ。

 そのすぐ傍で叫んでいるのは、恐らくは噛まれた男性の妻だということが分かる。


「マズいっ! 静蘭!」


「え? きゃあっ!」


 殺気を感じた修二は、静蘭を抱きかかえたまま、地面の上を転がる。

 そして、修二達の目の前にいた化け物が修二目掛けて襲い掛かりにくる。


「――っ!」


 駄目だ。間に合わない。

 せめて、自分の体を犠牲にしてでも静蘭を守ろうと、修二は庇う姿勢を取る。

 もしも、自身が『レベル5モルフ』であるならば、これがモルフであっても感染して死ぬことはない筈。そう思い込んで、賭けにでたのだが、


「らぁっ!!」


「ッッ! ギャァァァァッ!」


 その瞬間、後ろにいた神田が飛び出し、白い化け物へと手持ちのコンバットナイフで首を抉る。

 首から血が噴き出し、国を抉られた化け物は甲高い声で悲鳴を上げた。


「神田!」


「お兄ちゃん!」


「修二! 静蘭を連れて逃げろ! こいつは『レベル4モルフ』だ!」


「なっ!?」


 神田がモルフをくい止めながら、衝撃的なことを告げる。

 修二自身も、今、相対している白い化け物をモルフだとは断定していたのだが、それがまだ見ぬ感染段階である『レベル4モルフ』だとまでは予測できていなかった。


 だが、今はそのことに驚いていられる余裕はない。


「神田! 任せるぞ! 静蘭、皆! ここから離れるんだ!」


「あっ、は、はい!」


 修二が静蘭へ、その場でへたり込む避難市民達へそう指示を出した時だ。

 皆が一様に叫びながら、パニックのごとく、走り出す。


 パニックにさせることは本当は良い判断だとは言えない。

 だが、今は神田も修二も、持ち前の銃を所持していなかった。

 無手で相手ができるほど、モルフは甘い相手ではない。『レベル4モルフ』なら、それはなおさらであろうが、ならば、この場から一刻も早く離れさせるためにも、避難市民達を煽る他に術がなかった。


「修二さん! お兄ちゃんが!」


「あいつを信じろ! 神田なら何とかしてくれる!」


 静蘭が兄である神田の安否を気遣うも、修二は静蘭の手を離さない。

 本当は修二もここで神田に加勢して戦いたかった。だが、神田は目でそれをするなとそう伝えてきていた。

 妹である静蘭を無事な場所へ、避難市民達を守れと、そう暗に告げていたのだ。


「静蘭! 桐生さんは今どこに!?」


 修二は走りながら、静蘭へ桐生の所在を問いかける。

 なぜ、この訓練地にモルフが現れたのか、その原因は分からずとも、あれとやりあえるのは桐生かアリスぐらいだ。

 武器さえあれば、修二や清水も戦えるが、今は圧倒的な戦力をぶつけたい。


「桐生さんは一階に……多分、椎名さんと一緒にいます!」


「――! 分かった!」


 椎名と一緒にいると聞いて、修二は少しだけ安心する。

 つい数時間前までに、椎名を守ると誓ったばかりだ。ならば、桐生と合流して、椎名と静蘭を守りながら避難市民達を誘導しようと考えて、一階へと続く階段を降りていったところだ。

 修二と静蘭は、そこで立ち止まる。


「おい……嘘だろ?」


「酷い……」


 目に見えたのは、目を疑うかのような光景だった。

 地面を埋め尽くすように倒れる避難市民達の死体。どれも、首から多量の血を垂れ流し、息絶えてしまっていたのだ。

 修二達がさっき、上で一悶着があった少し前に、既に下の階にもモルフが侵入してきていたのだ。


「静蘭、走れるか?」


「え?」


「無理なら抱きかかえる! 急ぐぞ!」


「あっ――」


 静蘭が返事を返すよりも先に、修二は静蘭を背中におんぶして、その場からダッシュした。

 その理由は、モルフという存在を知っていればこその判断だった。


「え?」


 静蘭が驚き、修二は歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべる。

 修二が走る中、周囲にいた避難市民達が死した状態で立ち上がったのだ。

 それがどういうことなのか、修二自身が一番理解していた。


「モルフウイルスに感染してる……。クソッ! 何がどうなってるんだ!?」


 そもそも、どうして訓練地にモルフが現れたのか。

 この訓練地は、四方を高さ六メートルの外壁に囲まれた、いわば要塞のようなものだ。

 モルフがよじ登れるわけもなく、はじめから訓練地の中にでもいない限りはまず侵入は不可能に近いのだ。


「避難市民達の中に紛れてた? いや、それならなんで『レベル4モルフ』にもう感染段階が上がる。そんなわけがない」


 独り言のように推測を挙げながら、修二は一階の通路を走る。

 迫り来るモルフを避けながら、奥に見える明らかに一体だけ様相が違うモルフがいるのを見た修二はハッとした。

 白い血色の肌をした化け物。『レベル4モルフ』だ。

 その『レベル4モルフ』は、天井へと吸い付いているかのように張り付き、修二達の存在に気づく。


「まさか……『レベル4モルフ』が壁を乗り越えてきたのか!?」


 だとすれば、絶望的に過ぎる状況であった。せっかくの避難所としてあるこの訓練地は、『レベル4モルフ』の感染段階にはまるで機能がしないということであり、どこにも逃げ場がないということになるのだ。


 正面に見える『レベル4モルフ』は、修二の顔を見るや、その口元から涎を垂らし、一気に動き出した。


「っ!」


 天井から壁へ、壁から地面へ、地面から壁へと、とんでもない跳躍力で数十メートルあった距離を縦横無尽に飛び回りながら迫ってきたのだ。


「クソッ!」


 静蘭を背負っている以上、修二には反撃の手段がない。

 どうにかして、避ける手段を考えようとしたその時だ。


「修二! 避けろや!」


「――っ」


 関西弁の男の声を聞いて、修二は静蘭を背負った状態で窓側の壁へ張り付くように移動する。

 その瞬間、『レベル4モルフ』の後方にいた清水がサブマシンガンを連射して、モルフの胴体に被弾する。


「グギャッ!!」


 聞くに堪えない悲鳴を聞いて、清水はなおも追撃の手を緩めない。

 足が止まったモルフの頭部へと向けて、清水は何度も銃弾をぶつけていく。

 そうして、弾切れになった頃合いに、『レベル4モルフ』は動かなくなる。


「清水! 助かった!」


「走れ! 後ろきとんぞ!」


 安心する間もなく、修二は清水の指示に従い、すぐにその場から走り出す。

 後ろには、感染して間もないモルフとなった避難市民が修二達へと迫ってきていたからだ。


「状況は!?」


「最悪や! 外も中も、あの『レベル4モルフ』がおって大量の死人が出とる! 桐生さんとアリスさんが外の奴らを対処しとるけど、それでも統制が取れてない!」


「くっ! 椎名はどこなんだ!?」


「お前の幼馴染か? あの子なら琴音って子と一緒に裏口前に避難させてる。桐生さんの判断や」


 どこにもいなかった椎名の居場所を聞いて、修二は唇を噛み締める。

 裏口からいつでも逃げられるようにするために、桐生がそう判断したのだろうが、それで本当に大丈夫なのかと、嫌な予感を感じつついたのだが、


「お兄ちゃんが……お兄ちゃんがまだ上にいます。どうしよう、修二さん?」


「神田……。清水、武器は持ってるか?」


「いや、すまん。俺の分しか今はない」


 時間が無いことは分かっていても、どうしようもない状況に苛立ちさえ覚える。

 上の階には、まだ神田がいるのだ。

 それも、少なくとも二体の『レベル4モルフ』の相手をしている神田をここでほっておくわけにもいかない。

 それに、道中には感染したモルフがたくさんいる状況だ。

 神田が仮に二体を仕留めたとしても、無事に降りてこられるとは思えなかった。


「清水、静蘭を頼む。俺は神田を助けに――」


 無茶でもなんでも、とにかく神田を助けに行くために、清水へと静蘭を預けようとしたその時だ。

 上の階から急に人が一人、飛び降りてきて、修二と清水はギョッとする。

 そして、そこには上の階にいた神田が立っていた。


「神田! 無事だったか!」


「お兄ちゃん!」


「なんとか無事だ。上の階にいた二体は片づけてきたぞ」


「三階から飛び降りてきたんか? どんな足してんねん」


 二体を片付けてきたこともそうだが、確かに三階から飛び降りてくるなど、普通の思考ではないだろう。

 修二ならば、同じことをすれば骨折する自信があったからだ。


「ともかく、無事でよかったぜ。とにかく、武器を取りに行こう。このままじゃ、役立たずに過ぎる」


「そうだな」


 互いに頷き、修二達は銃器が置いてある隊舎を目指すこととなる。

 そこにさえ辿り着けば、今の最悪の状況に少しでも光明が差すと考えていたからだ。


 しかし――、


「おい、お前ら! 何をグズグズしてる!」


「桐生さん?」


 動き出そうとしたその時、遠くにいた桐生が修二達へと向けてそう叫ぶ。

 その隣には、今も戦闘を繰り広げていたアリスもいて、


「今すぐ裏口へ向かいなさい! ここはもう駄目よ!」


 そう言って、二人は急かすようにして修二達へと告げる。

 なぜ、この場では断トツの制圧力を誇る彼らがそうも焦るのか、その意味が分からなかった修二だったが、隣にいた清水が口を開くことでそれは明らかになる。


「お、おい。あれ、なんや?」


「そんな……」


 静蘭も同様に驚愕の表情を浮かべて、修二も絶句していた。

 訓練地を囲む四方の外壁。その壁の上から、無数の『レベル4モルフ』がどんどんと侵入してきていたのだ。

 あふれるようにして現れるモルフに、桐生達も対応が困難になってきていたのだろう。

 だから、修二達に裏口に逃げるよう告げたのだ。


「でも……まだこの中には生きている人が……」


「何人かはもう向かわせたわ! 今は自分の命を優先しなさい! 手遅れになれば、あなた達も無事じゃ済まないわよ!」


「っ! 分かりました!」


 即座に判断に従い、修二達は走り出す。

 桐生達も後ろにつく形で、迫り来る『レベル4モルフ』の首を跳ね飛ばしながら修二達へと近づけさせないようにしてくれている。

 とにかく、なんとしてでも椎名のいる訓練地の裏口へと向かおうと、全員が足を止めずに走っていった。


「修二! こっち!」


「椎名!」


 椎名の姿が見えて、裏口へ続く、地下への階段が見えてきた。

 そして、椎名のあとに続く形で、皆が地下を降り、裏口へとたどり着く。


「全員、いるか? 今から脱出するぞ」


「桐生さん。でも、どこに逃げるんですか?」


「弓親に連絡を取る。まずはこの乗用車に全員、乗り込め」


 有無を言わさず、修二達は大型トラックの中へと入っていく。

 逃げ場なんてどこにもない。

 それは、日本のどこにいても同じことだと、修二は心の小さな隙間でそう考えていた。


「修二、これ……」


「これは……父さんの?」


 その中で、椎名は修二に型の古いサブマシンガンを渡そうとした。

 それは、かつて御影島で父が使っていたサブマシンガンだ。


「桐生さんが持っていけって。私も、一目見て気づいたんだけど……」


「そうか……」


 父の残した、最後の形見であるサブマシンガンを、修二は大事に持っていた。

 本当ならば、それはここに置いて残されるであろう代物だったのだが、桐生が持ってきたという事実を聞いて、修二は少しだけ頬を緩める。


「桐生さん、ありがとう」


 本人には聞こえていない声量で、修二は一言、そう言った。

 桐生自身、感謝の言葉など必要ないとよく言う立場でもあるために、あえて修二は直接そうは言わなかったのだが、それで構わなかっただろう。


「出水はどうする? こんなトラックで運んでたら傷に触るぞ」


「それ以外にどうしようもないからねえ。我慢してもらうしかないわ」


 桐生とアリスがそう言って、出水の容態について淡々と言葉を交わす。

 出水は今、救急車で運び込まれるときに使うような担架の上に寝かされている状態だ。

 確かに、車の揺れが大きい大型トラックの移動は出水には酷だが、今はどうしようもない状況だ。

 アリスの言う通り、出水については一旦、衝撃を少しでもマシにするために、背中にクッションシートを置かせて移動させるしかなかった。


「よし、車をだせ」


「てか、なんで俺が運転手なんだ? お前ら俺を運送業者か何かと間違えてねえか?」


「あら、お似合いじゃない。高尾」


「本当、減らず口の多い女だな……おい」


 大型トラックを運転するのは、かつてフォルスの下に無理矢理つかされていたヤクザの構成員、高尾であった。

 彼は不満を漏らしつつも、大型トラックのエンジンを起動して、走らせようとした。


「なんとか、一難は去ったのか……」


 そう言って、修二は息を吐いた。

 一難、といえば聞こえはいいかもしれないが、それでも死人が多すぎた。

 せっかく、避難所まで逃げ込み、安息であった場所が急に地獄と化したのだ。

 それを守れなかったのも、また、同じことだった。


「――っ。馬鹿野郎。後ろを向くな」


 またも、自分のせいだと考えようとした修二は自身の頭を叩く。

 リクに言われた言葉を、また忘れそうになっていたのだ。


「一人でも多く、助けるんだ。この手が動く限り、ずっと――」


 なにがあろうと、後ろは向いていられない。

 そのためには、修二自身も生き残っていないと話にならないのだ。

 一人でも多く助け出し、そして、守り通す。

 それが、修二の立てた新たな誓いであった。


△▼△▼△△▼△▼△


 長かった一日が終わり、これからが立て直しのチャンスだと、そう考えていた。

 だが、この問題はあくまで氷山の一角に過ぎなかったことを、修二は甘く見積もってしまっていた。

 今、全国的に発生しているモルフの鎮圧。それを何とかするために、修二達は寝ることさえ惜しんで動き続けていた。

 しかし、どれだけ鎮圧に回ろうとしてもモルフに感染する市民達の規模はその何十倍にも及んでしまっていたのだ。


 一番の問題は人手不足にあった。

 今回の日本におけるモルフの発生。それを見越して、東京に兵力を一極集中させてしまったことが一番の要因でもあったのだ。

 加えて、渋谷に現れたとされる異形生物、戦龍リンドブルムの電磁パルスの影響により、渋谷に残された自衛隊員達の足取りが掴めなくなったことも大きくあった。

 互いに連絡を取れない中、撤退すら出来ずに渋谷内にいたモルフに襲撃され、そのほとんどが死んでしまったとのことであったのだ。

 そのせいで、動かせる人員が数多く不足し、どれだけ奮闘しようとしてもモルフは増え続ける見込みとなってしまった。


 空からの爆撃という手段も考えられてはいたらしい。

 だが、生きている国民がいるかもしれない現状、そのような非人道的な手段に出ることは出来なくなり、地上からの制圧にしか手が回せなかったこともあった。


 アメリカの駐留軍は、手を貸してくれなかった。

 あろうことか、アメリカからの支援を無くされた日本は、どう足掻いても滅亡への一歩を辿る他になかったのだ。


 そうして、時は流れ、三ヶ月が過ぎた日――。


 国連からの発表により、日本は壊滅したとの世界的報道がされることとなった。




これにて第二章は終幕。

幕間は連続投稿の予定!

その一は2月8日19時に。その二は同日20時に。その三は2月9日19時に投稿予定!

第二章に関するあとがきは幕間その三にて書き綴る予定。

誤字も多くありましたが、ここまで見てくださった方々は本当にありがとうございます。

第三章に関しても、プロットは既に練ってあるので、できるだけ早めに投稿できるようにします!

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