第二章 第四十一話 『避難所の苦難』
戦龍リンドブルムを撃退し、混沌と化していた渋谷の脅威は去った。
そう思っていたのは、それを見ていた出水と神田の二人だけだった。
だが、それで全てが終わるわけではなかった。
「清水! もっと速く走れ! 囲まれる!」
「無茶言うなや! はぁっ! 人抱えて走ってるんやぞ! もうこれが限界や!」
清水がそう言って、息を切らしながら体力の限界を訴える。
清水の背中には意識が朦朧とした出水がいて、それを囲む形で移動をしている。
「走れ! 足を止めるな!」
「っ!」
桐生の掛け声を聞いて、より一層走る足に力がこもる。
今、神田達の周囲には、この渋谷内で感染したであろう市民達がモルフとなって襲いにきていた。
もう既に、感染段階はレベル3以上を超えてしまっており、周囲にいるのはほとんどが異形の姿をした化け物しかいない。
桐生がなんとか圧倒的な剣技で首を斬って応戦していたのだが、現れる数の方が遥かに多い。
まして、機動力の高い『レベル4モルフ』がいては、逃げる事すら困難な状況となってしまっている。
桐生と神田のどちらかが欠けてしまえば、出水を背負っている清水や、生存者である八雲琴音に被害が及ぶことは確実だ。
「ちぃっ! 数が多い。おい、前方を任せるぞ! 左右後方は俺が食い止める!」
「っ! 了解!」
桐生の指示に従って、神田は大きく返事を返す。
もはや渋谷内に安息の場所はない。
そう知らせるかの如く、モルフがあらゆる方向から湧き出るようにしてきていた。
「クソッ、リンドブルムとの戦いの余波の影響か……!」
リンドブルムが咆哮を上げたことも、あの大規模な戦闘の音に釣られてやってきたのだろう。
そうでなければ、ここまでの数のモルフが現れることはおかしい。
「ど、どうするの!? このままじゃ……」
琴音も、流石にこの状況に危機感を覚えたのか、縋るように神田を見る。
神田としては、返答をする暇もないぐらいに余裕がないのだが、その状況はすぐに変わる。
遠くから車のエンジン音が聞こえ、それが近づいてきたと同時に数体のモルフを吹っ飛ばした。
「弓親さんか!? ナイスタイミングやで!」
それは、弓親が乗っていた避難車両であった。
まるで、状況を全て把握したかのように、彼は後部座席の扉を開けたままにして、
「早く乗って!」
そう指示が飛び、清水と琴音はすぐに乗り込む。
神田と桐生は、弓親の乗る車へと近づくモルフを片付けながら、即座に車へと乗り込んだ。
「出せっ!!」
「了解!」
桐生の一声に、弓親はすぐにアクセルを全開にして、追い縋るモルフから一気に距離を離す。
そうして、危機的状況から脱出することに成功できたのであった。
「あ、危なかったで……弓親さん、ほんま助かったわ」
「気にしないで。これが俺の仕事ですから」
弓親はそう言って、なぜか以前とは違い、敬語口調で答える。
正直、かなりギリギリだったというのは誰もが思っていたことだ。
あのタイミングで弓親が現れなければ、神田達の誰かが犠牲になっていてもおかしくはなかった。
「弓親、状況はどうなっている?」
「良くはないですね……感染地帯は収まるどころか、拡がりをみせてきています。特に、ニュースでもあった各主要都市は完全に機能麻痺している状況です」
「避難は完了させたのか?」
「……それも、どうやら情報が錯綜していて、知る限りの情報ですが、生存者を匿う避難所へとモルフが押し寄せ、全滅した区域も出ているそうです」
桐生と弓親の会話を聞きながら、事態が切迫していることはよく分かった。
神田もTVのニュースでしか知らないが、全国の主要都市に同時にモルフが発生したとこのことだった。
それが収まることなく、被害が広がりつつあるのならば、かなり絶望的な状況とも言える。
「……そうか。俺達の体も一つずつしかないからな。風間からはどうするか聞いていたりはしていないか?」
「今のところは……アリスさんから連絡があったようで、椎名真希の奪還には成功したとの旨は預かっています」
「――そうか」
それを聞いた桐生は、気のせいか少し笑みを浮かべているようにも見えたが、不意に窓の外へと顔を向けながら、
「今はとにかく、一時撤退が望ましい。隠密機動特殊部隊の訓練地へ戻るぞ」
「ええ、あそこならば、そう簡単にはモルフも攻め入られませんからね」
互いに納得し合い、弓親の乗る車は神田達のホームでもある、隠密機動特殊部隊の訓練地へと向かうこととなった。
「ぐ……」
「出水? 大丈夫か? もうすぐ戻れる。それまでは耐えろ」
苦鳴を上げる出水に、神田は気をしっかり持つよう促した。
状態は良くはない。
自然に治るとは言えないほど、出水は重傷を負ってしまっている。
そういった方面に詳しくない神田から見ても、出水の状態はかなり深刻だ。
恐らく、内臓等にまで影響を及ぼしている節さえ感じられる。
「とにかく、さっさと静蘭の元に戻らねえとな」
今も隠密機動特殊部隊の訓練地には、静蘭が残っている筈だ。
安全地帯にいるということから神田は安心こそしていたが、状況が良くなっていないということから、早く戻ってやりたいという気持ちが強くあった。
彼女は神田慶次にとって、唯一血の繋がった兄妹だ。
静蘭も心配しているだろうし、神田も安心させてやりたいのが本音だった。
医療に携わっているので、出水を助ける手立てになってくれれば幸いではあるのだが。
「今は待つことしかできない……か」
神田に今できることはない。
出来ても外の様子を警戒する程度で、目的地へと早く着くことを祈っていた。
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目的地である隠密機動特殊部隊の訓練地はすぐに着いた。
時間にしておよそ三十分といったところだが、そこで見たのは神田達にとっても予想外なものであった。
「なんだ、これ……」
目を見張ったのは、訓練地の入り口。その扉の前だった。
溢れかえるほどの人がごった返し、避難所となった訓練地へと避難市民が押し寄せてきていたのだ。
「開けて! 入れて下さい!」
「クソッ! 外は気味の悪い化け物ばかりだってよに、何で入れないんだよ!?」
「娘だけでもどうか……どうか入れてやって下さい!!」
そこは、阿鼻叫喚の嵐となっていた。
まるでコンサートのライブに押し寄せる客のような、それほどの数の人間が訓練地の前へと隙間なく押し寄せていたのだ。
「――どうなっているんだ、これは?」
「……ここは渋谷区から近い避難所でもあります。もう恐らく、避難市民を入れられる限界まで入りきってしまったんでしょう」
「せやったら、この人達はどうなるんや?」
「……どうしようもないですね。入れようにも匿える場所がない。さっきも言いましたが、全国各所の避難所が全滅した理由の一つがこれです」
弓親のその一言に、神田だけではない。清水も同様に絶句していた。
避難市民を匿える場所がない。だから、入れることができない。
それだけの事実が、これほどの無慈悲な状況を生み出していたのだ。
「せ、せやかて、このままにしてたらいずれモルフに襲われるんやで? そんなことがあったら……」
「ですから、上も混乱してるんです。避難所を指定するにも、モルフに襲われない建物の設計をされている地帯でないといけない。ここ以外に……そんな場所はないんですよ」
心臓を掴まれるかのような、痛々しい事実であった。
わざと、そうしているわけではない。
どうやっても避難させる場所を確保できないから匿うことが出来ないのだと、残酷な事実を民衆へと突きつけていたのだ。
これが現実だと、認識するのが恐ろしくなった。
国民を守ることが国の役目でもある。
それはあくまで最善を尽くしてのことであり、それでもどうにもならないことはどうやっても保証しきれなかったのだ。
「このままだと俺達も入れないが、それはどうするんだ?」
桐生の問いかけに、弓親はハンドルを握りながら苦しげに答える。
「……この先に裏から中に入れる場所があります。そこから、中に入りましょう」
それは、弓親も本意ではないのだろう。
今もここに危険に晒されるかもしれない民衆をほったらかしにして、自分達は安全な訓練地の中へと入ろうとするのだ。
それは、糾弾されてもおかしくないぐらいのことであった。
「でも、出水の容体は良くないわ。今はとにかく、自分達のことを優先しましょう」
琴音がそう言って、弓親も頷いた。
実際その通りで、出水の容体は一刻を争う。
意識を保っていられるのもあとどれくらいか、予想もつかないほどだ。
今はとにかく、出水の治療を優先として弓親は車を走らせた。
そして、人通りがまるでないその場所からシャッターが開き、神田達は訓練地の中へと入っていく。
「出水、もう大丈夫だ。もう着いたぞ」
神田が、出水へとそう伝えて、安心させようとした。
もう既に意識が薄弱となっており、神田の声に反応すらできなさそうな様子をみて、もうかなり危ない状態であることは誰の目から見ても明らかだった。
車庫内へと入ると、元々訓練地にいた人達が出迎えてくれた。
「タンカと医療担当を呼べ! 重傷者がいる! すぐに緊急治療室に運ぶんだ!」
「わ、分かりました!」
弓親の指示の通り、早急に解決すべき問題、出水を医療担当へ任せるべく動いていく。
琴音は出水の側についていき、そのまま一緒に医療班についていった。
「お兄ちゃん!」
「――静蘭」
そして、神田慶次の妹、静蘭がこちらへと駆け寄り、その手を握った。
「良かった……無事だったんだね」
「当たり前だ。お前を残して、死んでたまるかよ」
「うん……あの、鬼塚さんと笠井さんは?」
静蘭は物憂げに、ここに足りていないメンバーのことを問いただした。
そのことに対して、どう答えるべきか迷ったが、神田は真実を持って伝えようとした。
「修二は大丈夫だろう。さっき、無事の確認は取れた。鬼塚隊長は……」
死んでしまった。
そのことを伝えようとしたかったが、思わず口を噤んでしまった。
神田のその様子を察したのか、静蘭は俯きながら、
「……そう、でも、他の皆は生き残れたんだよね。今はそれを喜ぶしかないよ。とにかく、こっちにきて。清水さんも、ここの状況を知ってもらわないといけないから」
「……ああ、分かってる」
静蘭の話したいことは概ね予想は出来ていた。
外にいる、避難所へと入ることが出来ない民衆達のことを言いたいのだということに。
清水も何も言わないで、黙ってついてきていた。
「もう気づいていると思うけど、もう既にこの避難所の許容人数は大幅にオーバーしているの。お兄ちゃん達が外に出てから、たったの数時間ちょっとでね……」
「そんなに早くか。じゃあ、ここにいるのは……」
「建物の中も外も、ぎゅうぎゅう詰めになってるぐらい人で溢れ返ってる。中には不満を溢す人達もいて……暴動になりかけた時もあったんだ」
「は、はぁ!? なんでや、中は安全なんやろ!? なんでそんな……」
その状況の意味が分からず、清水が困惑気味に静蘭に尋ねた。
静蘭は静蘭で、俯きながら言いにくそうに答えようとした。
「そもそも……この事態が起こった原因を誰も分かっていないの。だから、皆が皆、不安に押し潰されそうになって……私達が原因じゃないのかと責め立てる人もいた」
「――っざけんなや! そんなふざけたこと抜かす奴はどこのどいつやねん!」
怒りが我慢の限界を超えた清水は、糾弾する相手を間違えたその者にとてつもない怒りを発したが、静蘭は首を振った。
「でも……仕方ないんです。気持ちは分かるんです。その人の気持ちを考えれば、なんでこんな理不尽な目に合わないといけないのかって、責める相手を見つけたくなるのは自然な反応だと思います。だから、その人のことを責めないで下さい」
静蘭は強い語気を保って、清水へと牽制をかけた。
それに気圧された清水は、さっきまでの威勢が消え、たじろいでいた。
「で、でも、筋違いは確かやろ?」
「それでもです……今はとにかく、落ち着かせることも必要ですから……話を戻しますね。それで、今、この訓練地は人が入れるスペースがほとんどありません。この扉の先は、人が通れるスペースさえないほどに、人で溢れかえっています」
静蘭が扉の前で立ち止まり、神田達へとそう説明した。
つまり、今のところはどうしようもないぐらい切羽詰まっているということだ。
避難市民を匿いたくとも、人を置ける場所はもうない。
仮にスペースを無理矢理確保して入れても、さっき静蘭が言った暴動が起きる確率がかなり高くなる。
いや、ほぼ確実的に起こることは自然と言える状況であった。
「どうしよう、お兄ちゃん……私じゃ、他に思いつくこともなくて……」
「――――」
静蘭は、縋るように神田へと頼み込む。
それは、無茶な願いだということを分かっていて、静蘭は求めているのだ。
この現状を打破する為に、何をすべきなのか。それを唐突に聞かれて、神田は考える。
神田自身、このままではいけないことは分かっていた。
このまま外の民衆を放っておけば、間違いなくモルフ達の餌食になることは目に見えていた。
誰も死なせない為に、目に見える人達を救う為に、神田は思考した。
無理難題だろうと何だろうと、思いつくことをするしかない。
それが妹の願いなら尚更だ。
だからこそ、神田は――、
「――分かった、後は俺に任せろ」
そう言って、静蘭の願いを叶える為に動こうとした。
△▼△▼△▼△▼
訓練地内の状況は、静蘭の言う通り、圧巻の様子だった。
見渡す限りの人、人、人。人一人分のスペースがほとんど無い状態で、避難民達がその身を寄せ合っていたのだ。
それを例えるならば、早朝に乗る満員電車の座るバージョンだと置き換えてもいいだろう。
それほどに避難民達がいて、静蘭の言う問題が見ただけでも分かるほどだった。
「こりゃ……見るまではなんとも言えんかったけど、確かにヤバいわな……」
清水も、想像していたものとは違っていたのか、その光景を見て開いた口が塞がらない様子だった。
神田も同様だった。
思っていたよりも、これは酷すぎる。
この訓練地は、四方の面積がそれなりにはある場所だ。
それを埋め尽くす程の人の山を見たのは、さすがに想像の遥か上を越えている。
静蘭の言う問題も、今なら即座に頷ける程だ。
このままでは、外の民衆を中に入れなくても暴動が起きうる。
今は落ち着いているが、外にいる人達はこの寒さに耐え凌ぎながらの避難生活だ。
まず間違いなく、いずれは何かトラブルが発生するだろう。
「――とにかく、なんとかするしかないな。清水、中の人達は任せるぞ」
「あ、ああ。それはええんやけど、どうするんや? なんか考えでもあるんか?」
「まだ確証が取れていないが、一つだけな」
清水は怪訝な表情を浮かべていたが、神田はとにかく、いち早く目的の場所へ向かおうと歩いていく。
まともに歩くことも難しい通路の中をゆっくり進みながら、神田はある一室へと向かった。
そこは、資料室である。
特段、機密事項のような物が置かれているわけではないが、週刊雑誌や電話帳、全国にある主要都市の詳細な概要が載った本などがあり、何かを調べる時に活用する場所でもあった。
「――これだ」
その中で、神田は一つの本を手に取る。
それは、地図帳であった。神田は地図帳を開けて、そこから東京都の拡大地図になっているページを開く。
「ちっ、さすがに船を使ってでしかいけない島はないか。でも、海浜公園……ここなら――」
「いえ、一つだけありますよ」
横合いからそう話しかけてきたのは、弓親であった。
彼は、神田の指でなぞる場所から一つ違う場所へと指を置いて、
「少し距離はありますが、猿島と呼ばれる場所が南にあります。ここなら、あなたの考えていることを実行できるのではないですか?」
「……何をしようとしているのか、分かっているのか?」
「避難民をモルフから安全な場所に運ぶ。そういうことでしょう?」
いつもとは違い、敬語口調で彼は神田の考えを見透かすかのようにそう言った。
「ああ、だが、ここは遠い。運ぶ道中でモルフに襲われる可能性も否定しきれない」
「ですが、海浜公園は一本の橋を通って行く場所。そこでは、モルフの進行を食い止めるのは至難の業ですよ」
そこは、神田も懸念していたことだ。
ここからすぐ南に向かう道に、神田が考えていた海浜公園があった。
そこならば、橋という一つの障害さえなければ、モルフから襲われない一時的な避難所に使える。
そう考えていたのだが――。
「移動手段についてはバスを……モルフは確かに今も感染地帯を広げつつありますが、全体に広がっているわけではありません。賭けにはなりますが、やるなら早い方がいいでしょう?」
「猿島への避難、か。だが、ここは船を使わないといけないんじゃないか? ヘリで運ぶにも、人数に限りがある」
「フェリーを使うしかないですね。それか、公的な船を間借りして、この島へと運ぶ。手続きは私がやりましょう。ここにいる人達の幾人かも運ぶつもりですか?」
「ああ。正確には、外にいる訓練地の入り口に近いところで居座ってる人達と、この避難所に入れない人達だ。いけるか?」
神田の問いに、弓親は微笑みながら頷くと、
「誰だと思ってるんです? やれることをやっていきましょう。では、私はそのつもりで動きますが、あなたはどうしますか?」
「……俺は外の連中を説得して、モルフが現れた時に対応するようにする」
「分かりました。くれぐれも、無茶はしないように気をつけて下さい」
「ああ、助かる。あんたは本当に、ここぞという時に役に立ってくれるな」
「はは、何を言うのですか。そもそも、私自身、役に立とうとしたのは今が初めてみたいなものですよ」
「そんなことない。鬼塚隊長の時のことだって、あんたの判断が無ければ、俺達は死んでいたんだ」
そう、あの時、弓親が鬼塚の判断を了解して、すぐにでも車を発進させなければ、間違いなく神田達はモルフに襲われていた。
非情な決断を、彼は進んでやってくれたのだ。
「――何のことです?」
「……は?」
「いえ、鬼塚隊長の時のことって、何のことでしょう?」
弓親のその問いかけに、神田は一瞬戸惑った。
なぜ、そんな反応をされたのか、理解が及ばなかったからだ。
「いや……だからあれだよ。鬼塚隊長が自分を犠牲にして、避難市民と俺達を逃がした時のことだ」
「……鬼塚隊長が……死んだ?」
その反応は、神田でさえも予想外なものであった。
まるで、そんなことを知らなかったかのような――、
「そう……ですか。鬼塚隊長が……」
「いや……何を言ってるんだ? お前はそのことを知ってる筈だろ?」
「……いえ? 初耳ですよ?」
「――――」
思わぬ発言に、神田は押し黙る。
ふざけて話しているわけでもない。ただ、本当に知らなかったと、弓親自身がそう言っているのだ。
ならば、あの時運転していた人物は誰だったというのか。
「よく分かりませんが、とにかく急ぎましょう。大して時間もあるわけじゃありません。それでは、先に準備してきますね」
「――――」
弓親はそう言って、足早と資料室を後にする。
何も言えず、神田は棒立ちしたままその背中を見送っていた。
一体、あの時に何があったのか、考えても答えが出るものではない。
しかし、今は一刻を争う状況だ。
神田もすぐにやるべきことをやろうと、後に続こうとした。
せめて、目の前の問題を片付けてから考えることにしようと、彼は持っていた地図帳を元の位置に戻した。
「これで、どうにかなるな」
やることが明確になったことで、神田は心の中の蟠りが一つ無くなった。
思えば、ここまで他人の為に動こうとする自分に驚いてもいた。
元を正せば、神田はヤクザの家系でもあり、自分以外の誰かの為に行動するなど考えられなかったことだ。
妹の静蘭は別としても、この変わりようは神田自身にとって成長の一つだということに、誰が気付けただろうか。
「俺は、あの人に少しでも近づけているだろうかな」
神田慶次には、尊敬すべき相手がいる。
もう、この世にはいないとされる相手だが、神田の命を救ってくれた恩人だ。
この理不尽な状況が片付いたら、神田は墓参りの一つでもしてやりたいと考えている。
同じ部隊にいる笠井修二も、喜んで了承してくれる筈だろう。
「……でも、今は目の前のことに集中すべきだな」
この先、どうなるかは分からない。
たとえ絶望的な状況でも、一人一人が全力でやればなんとかなると信じるしかない。
だから、神田はこれ以上先のことは考えないようにした。
今の自分に出来ることを全力でやり切る為に、彼は動き出す。
このタイミングで言うのもあれですが、モルフの感染段階について簡単にまとめていこうと考えています、
レベル1モルフ:感染初期。この時点で人間として生きていた時の意識は完全になく、死んでいる状態。人間のように走ったりするわけでもなく、のろのろとした動きで人間を襲います。いわゆるゾンビです。
レベル2モルフ:脳から変異を繰り返すことに成功したモルフウイルスは、より他者への感染を促す為に、足への神経を変異させることによって走ることを可能とさせた感染段階。猛スピードというわけではなく、駆け足程度で襲いにかかってくるようなイメージです。(個体差によってはめっちゃ足が速い奴もいます)
レベル3モルフ:全身への神経を掌握したモルフウイルスが、全身の細胞を変異させて見た目にまで影響を与えた感染段階。基本は、全身の皮膚が剥がれ落ち、筋肉と肉が露わになったグロテスクな見た目です。この段階で変わっているのは、両手両足の変異の様相です。感染を促す為に、腕を様々な凶器に変異させたり、足を変異させて跳躍を可能とさせたりなど、一体一体が違った特性を持っていることが厄介な点です。
また、この感染段階から、モルフ自体に強烈な殺戮衝動に駆られだし、感染を促すどころか、普通に殺しにかかってくることがザラです。
レベル4モルフ(パターン1):レベル2モルフからの移行パターン。皮膚はそのままに、全身の毛という毛が全て抜け落ち、歯を牙のように変異させて襲い掛かってくる感染段階。体重も異様に軽くなっており、血もほとんど残っていないことから、白い見た目をしています。(呪怨の俊雄くんみたいな……?)
また、体重が軽いので、跳躍力も半端じゃないです。動体視力と反射神経も異常になっています。
レベル4モルフ(パターン2):レベル3モルフから移行するパターン。全身の見た目はそのままに、パターン1の動体視力、反射神経、跳躍力などが異常なレベルの身体能力を発揮します。
しかも、レベル3モルフの武器変異を引き継いだままの状態になる為、他の感染段階とは比にならないほどの恐ろしさがあります。
レベル5モルフ:ネタバレになるので詳細は伏せますが、端的に言えば、生きたままモルフの力を扱える存在です。判明している情報では、腕を切り落とされても元通りになる再生能力。人間の限界を超えた力で動くことができる身体能力の強化。世良が使っていた、周囲のモルフを操ることが出来ること。
レベル5モルフについては、今後、かなり大きくピックアップされていくので、第三章からも一部謎に触れていったりもします。




