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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 第三十七話 『撃滅戦』

区切れないのでこの一話はちょっと長めです!

大体一万文字ぐらいですね。

 既に、車の速度は出せる最大のスピードで道路の上を走りぬけていた。

 二車線の道路を他の一般人が通ることもなかったのは幸いだった。逃げる先に誰かがいれば、到底無事では済まなかったからだ。


「おおおおおお!!」


 この平和な国ではありえないだろう。全速力で走る車の荷台の上から、サブマシンガンを連射する青年がいた。

 彼の表情は不安と焦りに満たされており、少しでも気を抜けば死ぬともいわんばかりの形相であった。


 それもそのはずで、今、彼が乗る車を追いすがる圧倒的な脅威が迫ってきていたからだ。


「――――ッッ!」


 サブマシンガンの銃弾を受けたその脅威は、自身の頭と言っていいのか、他の生物ならばありえない多数の眼を撃ち抜かれて悶え苦しんでいた。

 それでも追いすがる速度は僅かに下がるのみで、決定的なダメージとは到っていなかった。


 最悪なのは、どれだけ銃弾を撃ち込んでもたちまちに再生してしまうことであった。

 あの大小無数の眼も、何度潰しても数分と経たずに元通りとなっていたのだ。


「化け物め……」


 あまりの理不尽さに、銃を撃った本人である笠井修二はそう呟いた。

 どれだけやっても、今のままではジリ貧だということは目に見えていた。

 車の荷台に乗りながらの攻撃手段は銃器しかなく、もうその残弾数も残り僅かとなっている。


 このまま追いつかれれば、あの巨体に踏み潰されるか、あの大きな口の中にある牙で噛み殺されるかのどちらかであった。


「アリスさん、もうすぐ弾切れになります!」


「っ! まずいわね」


 さしものアリスも、その絶望的な状況に唇を噛み締めていた。

 この状況で頼りになるのは、銃器を扱える修二のみだ。


 高尾が運転でなんとか引き離そうとはしてくれてはいるが、それでもつかず離れずの距離を保っているために、撒くことが不可能であるのだ。

 打開方法があるとすれば、アリスの指定した場所まで向かうことなのだが、どうやら目的地まではまだ遠いようであった。


「ちくしょう、考えろ考えろ」


 頭をフル回転させて、修二は現状を打破する方法を思案する。

 そうしている内にも、化け物となったアベルが接近しつつあったのだが、時間はそう残されてはいない。


 体を動かしながらでも考えろ、とサブマシンガンの銃口をアベルへと向ける。


 そして、再び修二達の乗る車へとアベルが目の前まで接近してきた時だった。

 引き金を引こうとしたその直前に甲高い発砲音が聞こえ、その瞬間にアベルが大きく傾いたのだ。


「――――ッッッ!!」


 先ほどとは違い、アベルは大きく後退し、修二達からかなりの距離が開く。

 一体何が起こったのか。ただ分かることは、誰かがアベルの頭部への発砲したことだけだった。

 それも、ただの銃ではない。

 威力も、修二の持つ銃器とは明らかに桁違いであったのだ。


「おい! 大丈夫か!?」


 知らない声が聞こえて、修二だけではなく、皆がその方向を見る。

 アベルの横合いから、軍用車が飛び出してきたのだ。それが、修二達の乗る車と並走する形となって、黒いヘルメットを被り武装した者がこちらを見て尋ねてきた。


「あんたたちは?」


「海上保安庁特殊警備隊だ。感染地帯の鎮圧に回っていたら、奇妙な怪物がいたのでな。君達は見ない顔だが、どこの所属だ?」


「『SST』……。俺は隠密機動特殊部隊の隊員の一人です。ご存知かは知らないですが、国が作った非公式の部隊で、ある任務についていました」


「隠密機動特殊部隊……聞いたことがないな。だが、隊服から見ても嘘は言っていなさそうだ。さっきの怪物はなんなんだ?」


 当たり前の疑問だろう。

 修二はモルフの件について、話すべきか逡巡していたが、そこでアリスが代わりに前に出ると、


「あれは今、日本にいる暴徒と同じような類よ。私たちは今回の日本国内で起きている異常な現象について調査していて、細菌ウイルスが関与していることが分かったの。あの化け物は、その細菌ウイルスをばら撒いた奴の親玉ってところね」


「細菌ウイルス、か。大方、その可能性は我々も疑っていたが、やはりというところだな。とにかく、君たちは本件において重要参考人となる。今から我々と――」


 ――同行してもらう。

 そう言われることを悟った修二達だったが、それは後方からの轟音に掻き消されることとなった。


「――――ッ!」


「なんだ!?」


 その場にいる全員が、予想外の出来事に息を呑み込んでいた。


 アベルが再び現れ、障害物を破壊しながらこちらへと迫ってきていたのだ。


「嘘……だろ!? どんだけしつこいんだよ!?」


 それは、執念と呼んでいいのか分からない程のものだった。

 まだ力尽きていなかったこともそうだが、ここまでして修二達を追いかける理由とはなんなのか、まるで理解が及ばなかったのだ。


「クソッ! 撃て!」


 特殊部隊の男が指示を出して、それに従うように各々が持つアサルトライフルから銃弾が放たれる。

 だが、アベルはこれを意にも介さない様子で、首を振って乱雑に躱そうとするのみでスピードは落ちていない。


「っ! ダメだ! あいつは目を撃たないと止まらない!」


「くっ! 全員目を狙え! ここで仕留めるんだ!」


 修二の指摘に、すぐに目を狙うようにしていた隊員達であったが、アベルは学習したのか、射線を切るようにして身を捻る。

 銃弾が命中していないわけではないが、胴体に当たっていても効いているような雰囲気はない。


 そのまま至近距離まで追いつかれて、アベルがその巨大な顎を大きく開く。


「修二君!」


「――っ!」


 袖をおもいっきり引かれて、修二は後ろに倒れこむ。

 そして、さきほどまで修二がいた場所へとアベルの顎が突っ込んだ。


「おわぁぁぁぁぁ!」


 アベルの顎がぶつかったことによって、車体が大きく揺れる。

 それだけで済んだのは幸いであった。

 今、アリスが修二を引かなければ、修二はアベルに喰われていたのは間違いなかったのだ。


「クソッ! いい加減諦めやがれ!!」


 残り少ない弾が入ったサブマシンガンを躊躇なくぶっ放して、アベルの目を抉る。

 たまらず、悲鳴を上げながら後退するアベルを見て、修二は並走する特殊部隊へと顔を向けると、


「すまん! 何か武器をくれないか!? もうこっちは手持ちがない!」


「わかった! これを使え!」


 少ないやり取りの中で、特殊部隊の男はすぐに銃を投げつけた。

 修二が持つサブマシンガンと同じ型のモノが二丁と、セカンダリーウェポン(補助武器)である自動式拳銃を二丁、アリスの分と合わせて二人分といったところだろうか。とにもかくにも、これだけあれば十分ではある。


「助かった!」


「あんた、エイムは悪くないな! 別動隊のスナイパーはこいつがここまで来たせいで合流に時間がかかる! 足止めは任せてもいいか!?」


「問題ない!」


 互いに作戦を言い渡しながら、修二は受け取ったサブマシンガンを手に持った。

 別動隊のスナイパーとは、おそらく一番初めにアベルの頭を撃った奴のことだろう。

 明らかに威力が違っていたし、アベルも足を止めていた。


「――待てよ」


 ふと、思い出す。

 なぜ、アベルがスナイパーの攻撃で足を止めるほどのダメージを負ったのか。

 修二達が同じようにして頭を狙っても、こうはならなかった。

 弱点が頭ではないと考えていたのだが、目を撃った時は怯んでもいたはずだ。


「アベルの弱点は、何か別にある……?」


 同じ頭でも、威力が違えば変わるものだろうか。

 スナイパーライフルの威力は、貫通性能が高い。

 それはすなわち――、


「あなた達! 避けて!!」


 その声にハッと我に返った修二は、アリスが叫んだことに遅れて気づく。

 それは、修二に対してではなく特殊部隊の面々に言ったのだろう。状況はすでに動き出していた。


 アベルが蛇行のような動きをしだして、その巨大な頭で、すぐ側にあった車を掬い上げるようにして、こちらへと飛ばしてきたのだ。


「マズイっ!! 避けろぉぉぉぉ!!」


 特殊部隊の男がそう叫んで、運転手へと告げるも間に合わない。

 飛ばされた車は、特殊部隊が乗る車両へとぶつかって、大きく制御を失うようにして回転し、後ろへと下がっていく。


「あっ――」


「助け――」


 呆気に取られていた修二は、行動に移そうと体を動かそうとしたが、手遅れであった。

 助けを求めようとした特殊部隊の男が手をこちらへ向けた瞬間、アベルの脚に車ごと踏み潰されて、そのまま置き去りにされていく。


「う、そだろ……」


 アベルは、喰い殺すわけでもなく、踏み潰して特殊部隊の者達を圧死させた。

 こうも呆気なく殺されるという事実が、修二の心に隙を生んでしまっていた。


「ボーっとしない! くるわよ!」


 アリスが修二へ諭して、修二自身もすぐに気を取り直す。

 アベルは、未だにしつこく修二達を追いまわしてきていた。

 さっきと同じようにして、蛇行のような動きをして銃の射線から逃れようと――、


「違う。また車を飛ばしてくるぞ!」


「高尾!!」


「くそったれがぁっ!!」


 アベルが停車していた車を飛ばしてきたと同時、高尾が大きくハンドルを曲げて、激突を避けた。


「きゃぁぁぁぁ!」


「椎名! 掴まれ!」


 遠心力に振り回されながら、椎名を車から振り落とされないよう手を握ってそれを防いだ。


「あ、ありがとう」


「気にすんな。椎名は危ないから振り落とされないよう何かに掴まっててくれ」


「うん。でも、大丈夫? このままじゃ……」


「大丈夫。何度も死線を潜ってきたんだ。この程度、屁でもないさ」


 安心させるように椎名へとそう言ったが、内心では違っていた。

 ぶっちゃけた話、ここからどうすれば、あのモルフとなったアベルを倒す事ができるのか、まるで対抗策が思いつかない状況だ。

 せめて、アベルがこちらを見失った状況にもつれこまさせて思考する時間さえあればというところではあったのだが、奴はこちらを絶対に逃がさない。


 今も尚、徐々に接近しつつあるアベルを見ながら、修二は唇を噛んだ。


「アリスさん、このままじゃ――」


「修二君、銃を持ちなさい。もうすぐ、着くわ」


「え?」


 言われたことの意味が分からず、思わずアリスの方を振り向く。

 そして、景色が変わる。


 ちょうど山間部の中へとたどり着いたのか、長いトンネルの中を修二達は通っていた。

 それを追うようにして、アベルもトンネルの中へと入ってくる。

 巨体が引っかかることなく突き進んで、状況が変わることがなかったことに修二は銃を握りしめた。


「アリスさん、ダメだ! トンネルが大きすぎて、これじゃ撒けない!」


「そんなことしないわよ。ここで奴を叩くわ。修二君、なんとかしてあいつの動きを鈍らせることできないかしら?」


「鈍らせるって、何を?」


「このトンネルを破壊して、奴を生き埋めにさせる。もうそれしか方法がないわ」


 唐突にそう言われて、修二は瞠目した。

 生き埋め。その方法の確実性の無さを理解していたからだ。


「ま、待って下さい! そんなことしたら、俺達も巻き添えを食らいますよ!? それに……そんな簡単にトンネルを破壊するなんて!」


 できるはずがない。そう考えていた修二の推測はあながち間違いではなかっただろう。

 そもそも、トンネル自体の構造を良く知るわけではないが、手榴弾のような爆発物を用いても簡単に崩落させることができるとは思えなかったのだ。


「話を聞きなさい。まず、奴との距離が近いから巻き添えを食らうことについては私も同感よ。だから、出来る限り奴との距離を離させるの。修二君には、それをお願いしたい」


「っ! でも、どうやって……」


「そこをなんとかして考えて。このトンネルは、日本に来てから一度だけ通ったことはあるわ。このトンネルを抜ける前のところで、ある工事があったのを覚えてる。修二君、そもそもトンネルって、どうやって破壊するか知ってる?」


 知るはずもないことを聞かれて、修二は答えることができない。

 時間がないことをお互いに理解していたように、アリスはそのまま続けるように説明しようとする。


「コンクリートってのはね。そこまで寿命があるわけではないの。時が経てば、ヒビだって入るし、その度に補修工事をしないといけないわ。使わなくなったトンネルを破壊する工事の方法を聞いたことがあるの。実に、この先にあるのがうってつけの条件なのよ」


「うってつけの条件?」


「トンネル自体はね。元々、上部の土の荷重に耐えないといけないのよ。その為のコンクリートなのだけれど、この先にあるトンネルの壁には、左右に二つの大きなヒビが入っているわ。以前、通った後に通行止めになってたから調べてみたのだけど、トンネルが崩落する条件はね。三箇所によるひび割れの断面破壊がそうだとされているの」


「――――」


「もちろん、他にも条件はあったりするのだけれど、このトンネルに至ってはその条件に合致してる。だから、残りの一箇所はこの粘着式手榴弾で爆破させる。そうすれば、なんとかなるはずよ」


 アリスの説明に納得がいきつつも、危険なことには変わりのない賭けの要素が強い作戦であった。

 トンネルの破壊条件についても理解することはできたが、それを素人が実行するのもかなり飛びぬけた話だ。

 だが、今はそんなことに逡巡する余裕もない。


 他に方法が無い以上、修二はアベルの動きを止める方法を探さないといけないのだ。


「――わかりました。なんとかしてみます」


「ええ、頼むわ。私も、何か思いついたらすぐに伝える」


 互いに役割を決めて、修二はアベルへと向き直った。

 さすがにトンネルの中が狭いこともあってか、外とは違って、修二達の乗る車に追いつくのが難しくなってきていた。


「アベルを止める為には、奴の急所を狙わないと……」


 一番簡単なのは、この距離からアベルの顔にある大小無数の目を撃ちぬくことだった。

 だが、再び奴が現れてからは、それをしてもそこまで距離が開いていないことからも、あまり効果は期待できないだろう。

 何か一つ、アベルを大きく怯ませる手がないと、動きを止めることは叶わない。


「修二君、急いで! もう時間が少ないわ!」


 アリスの声に焦りながらも、修二は思考を止めなかった。

 ここで冷静になれなければ、この作戦は絶対に成功しないと考えていたからだ。


「奴は一度だけ、大きく怯む瞬間があった」


 その瞬間だけは、鮮明に覚えていた。


「あの特殊部隊の人が言うには、スナイパーライフルでアベルは撃たれたはず。でも、それは威力が高かったのが本当の理由か?」


 仮に弱点が頭部だとしても、今までの銃撃にダメージがなかったのはおかしい。

 だとするならば、あの時、スナイパーライフルで撃たれたのはどこなのか。


 刹那、修二の頭の中で一つの記憶が思い起こされる。

 モルフとなったアベルに追いかけられたあの時、アベルが大きく口を開いた時のことだ。


「まさか……アベルの本体って」


 その瞬間、修二は全てを理解したようにアリスへと振り向いた。


「アリスさん! 奴の動きを止める方法を思いつきました!」


「どうするつもり?」


 思いついても行動に移さない修二へと尋ねるようにアリスが聞いて、修二は迷わずにこう提言する。


「車を減速させて下さい! 奴が大きく口を開いた瞬間、一気にアクセルを全開にして振り切ってほしいんです。その後は――俺がなんとかします!」


 修二の発案に目を見開いたアリスは、その意図を理解したように笑みを浮かべると、


「そういうこと。その手は思いつかなかったわ。上手くいけば、トンネルを破壊せずに奴を倒すことができるかもしれないしね」


「ええ、ですが期待はあまりしない方がいいです。多分、その弱点には当てても仕留めきれないと思いますので」


「そうね。でも十分よ。じゃあ、仕上げは任せるわよ」


「アリスさんも、最後は頼みますよ」


 互いにそこで会話を最後に、修二はアベルへと、アリスは高尾へと向き直る。


「高尾! 今すぐ車を減速させて! あの化け物に寄せるのよ!」


「はぁっ!? 何考えてんだ!?」


「説明している時間が惜しいの! 早くしなさい!」


「くそっ! どうなっても知らねえぞ!」


 言われた通りに、高尾が車を操作して、緩やかに減速していく。

 縮まっていくアベルとの距離に肝を冷やしながらも、修二は一点のみを目で見て離さなかった。


「いい加減に終わりにしよう、アベル」


 必死に追いかけてくるアベルへとそう言い放ち、修二は銃を構える。


「お前が、俺達を追いかけてくる理由は知らない。知らないけど、俺達や他の人達に危害を加えるなら話は別だ。ここで、朽ち果てろ」


 モルフとなり、人を襲う限りは見過ごせない。

 加えて、アベルは『レベル5モルフ』のなりそこないだ。

 どんな理由があろうと、意識があって人を殺したというのならば、修二はそれを許すなんてことは絶対にしない。


「おい、まだか!?」


 後ろから聞こえる高尾の叫びに、これ以上は限界だと言いたいのだろう。

 もう、すぐそこまで迫ってきているアベルはまだその口を開いていない。


「もう少し……もう少しだ!」


 チャンスは一瞬かもしれないし、ないのかもしれない。

 だが、ギリギリまで接近したアベルが、その行動に出ないことはまずありえないと修二は踏んでいた。


 ――そして、その瞬間はきた。


「見えた。今だ!!」


 アベルがその巨大な口を開いて、修二はその中にあるものへと狙いを定める。

 口の中にいたのは、アベルが人間の姿をしていた時そのものだった。

 赤い血で全身を濡らし、逆さまの姿をしたアベルは、憎悪の表情を顔に浮かべてこちらを見ている。


 修二が合図を出して、高尾がアクセルを全開に踏むと同時だった。


 サブマシンガンから銃弾が連射されて、口の中にいたアベルへとそれが当たっていく。


「――――ッッッッ!!!!」


 その瞬間、アベルはその巨体を大きくよろめかせて、悲鳴を上げた。


「ビンゴだ! やっぱり、あれが弱点だったんだな!」


 先の特殊部隊がスナイパーライフルを撃ってアベルの動きを止めた要因。それは、口内にいた人間体のアベルに銃弾が命中したことだった。

 どれだけ修二が頭部へと銃弾を当てても倒れなかったのは、その頭部が弱点というわけではなかったからであった。


 口内にいる人間体のアベルに攻撃を当てたことによって、大きく距離が遠ざかっていく。

 それでも完全に止まらない所を見るに、再生をしているのだろうが、修二自身の目的は果たした。


「アリスさん!!」


「任せて! いくわよ!」


 ちょうど同じタイミングで、アリスは手に持っていた粘着式の手榴弾を高く放り投げた。

 それがトンネルの天井へとついたのを確認して、アリスはもう一つの機器を取り出す。

 恐らく、起爆させる為の遠隔装置といったところだろう。


「皆、伏せなさい! 何か飛んできたら危ないわ!」


「っ!」


 修二は、荷台に掴まっていた椎名に覆い被さるようにして、そのままアベルの方を見た。

 そして、アベルがちょうど、粘着式手榴弾の真下を通る時だった。


 アリスが持つ粘着式手榴弾の遠隔起動スイッチを押して、爆発が起こった。



 爆風がここまでくることはなかった。

 それでも、その光景は圧巻であった。


「す、げえ」


 トンネルは崩落して、天井から土砂が降り注いで、一瞬でトンネルを塞いだのだ。

 アベルの姿でさえももう完全に見えなくなり、生き埋めになったことは確かであった。


「お、おい。どうなったんだ?」


 運転しながらでは状況が分からなかったのだろう。高尾が恐る恐る聞くようにして尋ねてきた。


「無事に終わったわ。作戦成功よ。高尾、よくやってくれたわ」


「そう……か。助かったのか」


 安堵の声が聞こえ、車はゆっくりと減速し、そのまま車体を道路の脇に止めた。

 もう追いかけてくることはないと分かっていてそうしたのだが、修二自身、未だに実感が湧かないでいた。

 それほどに呆気なく、上手く行き過ぎたことが意外だったのだ。


「本当に……倒せたんですね……」


「そうよ。あなたの機転が無ければ全員、死んでいた。あんな無茶な作戦、良く思いついたわね」


「え、あ、すみません」


「褒めてるのよ。さすが、桐生さんがいたとされる部隊にいるだけあるわ」


 どうやら褒められていたようであった。


 確かに、椎名を危険に晒す可能性がある方法を取ったことに対しては、修二自身でもどうかしていたと今更ながらに思わざるをえない。

 あの場面、どうあってもギリギリの選択肢を選ぶ以外に切り抜けることは困難だろうと修二は考えていた。

 それほどに、修二達はあの変異したアベルに追い込まれてしまっていたのだ。


「どうして……俺たちを追いかけてきていたんでしょうね?」


 修二は、生き埋めになったアベルのいるトンネルを見ながら、そう呟いた。

 最後の最後まで、その理由が分からなかったからでもある。


「多分だけど……あなたや椎名ちゃんが『レベル5モルフ』だからっていう可能性もあるわね。あの男がその『レベル5モルフ』のなりそこないってことなら、あなた達を喰えば元に戻るなんて短絡的な考えでもしてたのじゃないかしら」


「――――」


 実に、アリスの言う通り、それは短絡的な考えだろう。

 確かに、アベルは修二と椎名が『レベル5モルフ』だという認識はあった。

 それ故にここまで追いかけてきたというのならば、あの執念さにも納得はいく。


「それで? これからどうするんだよ?」


 運転席から降りてきた高尾が、これからの展望をどうするかについて尋ねてきた。


「そうね。ひとまず、椎名ちゃんをどこかに保護しないといけないわ。それに、修二くんも……」


「俺も……ですか」


 なぜ、修二も保護対象になるのか、その意味は言われなくても分かっている。

 修二自身が先ほど伝えたように、修二は『レベル5モルフ』である可能性が大いにありうる。

 修二の推測次第では、もう間違いないものだと考えているのだが、そうであるならば、むざむざと戦地に送るわけにはいかない。それがアリスの判断ということだろう。


「あなたの話していた通りなら、もうあなたも平然と外を歩ける存在じゃない。それは分かっているのでしょ?」


「はい。ですが……俺はまだ隠密機動特殊部隊の一人です。助けられる人がいるなら、俺はそれをしたい」


「その意味がどういうことか、分かっているの?」


 強く、険しい面持ちで、アリスは修二に窺う。

 分かっているに決まってる。

 修二が未だ表に出てこない謎の組織に奪われること。もしくは、モルフに殺されて死んでしまうこと。

 そのリスクが陣営に、いや人類にとってどれだけの損失か、分かっていて修二は言い切ったつもりだった。


「だとしても、俺は逃げたくありません。幸いに、連中はまだ俺のことについては全くのノーマークです。俺の出来る仕事も、生存者の誘導ぐらいなら役に立つはずです」


「――そう。頑固なのね。それでこそ、あなたらしいわ」


「え?」


 予想外の切り返しに、修二は思わず目を見張った。


「それでいいのよ。特別だからといって、何もしないなんてことは必ずしも良い結果を生むとは限らない。その意思を確認できて良かったわ」


「――――」


 アリスは、何かを思うように両手を組むようにして目を伏せていた。

 それは、修二にとっては好ましい判断をしてくれたことには違いない。

 だが、それよりも、彼女のその佇まいには何かを感じさせざるをえないように思えた。


「修二……また、離れ離れになるの?」


 これまで、アリスとのやり取りを黙って聞いていた椎名が、ふと修二にそう尋ねてくる。


「ああ。また、行かなきゃならない。でも、安心してくれ。俺はもう、以前の俺とは違うからさ」


「知ってるよ。すごく見違えたもん。……でも、さっきみたいにまた無茶をしたら……」


「それも、全部覚悟の上だよ。だから、こうだ」


 修二はそう言って、椎名の小指を自身の小指で掴む。


「約束する。必ず、帰ってくるって」


「修二……」


 指切りをしようとする修二のその行為に、椎名はどこか寂しげだ。

 こんなことが何の保障にもならないことは修二も分かっている。

 この約束がどれほど重いものかも、重々よく分かっている。


 だから、修二は必ず守り通すつもりだ。

 絶対にもう、椎名を一人にはさせないと――。


「修二は強いね……私は、何もできないのに……」


「そんなことないよ。生きててくれるだけで、どれだけ他の人達が安心するか、椎名にだって分かるだろ?」


「……うん」


「椎名にだって、できることはあるんだ。だから、何もかも背負い込む必要はない」


 生きていると知っただけで、どれだけ人に力が出るかは、修二自身が一番身に染みた経験だ。

 だから、生きていくことも互いにできることに違いは無い筈なのだ。


「――で? もう一度聞くが、これからどうするんだよ?」


 それまで、結局どうするのか結論が出なかったことにイライラしていた高尾が、もう一度尋ねてきた。


「そうね、どうしようかしら。さすがに今は桐生さん達がいるとされる渋谷に戻るのは賛成はしないわね」


「でしたら、俺達の本拠地である隠密機動特殊部隊の訓練地はどうですか? あそこなら、避難場所にも指定されていますし、安全な筈です」


「なるほど。そうしましょう。高尾、運転できる?」


「……構わないが、約束の事、覚えているんだろうな?」


「ええ、私が取り次いであげる。ただし、聴取された時はありのまま答えるのよ。さもないと、奴らの一味と疑われるからね」


 確認を取った高尾は、アリスのその言葉に了承したのか、特に何も言わずに運転席へと戻っていった。


 現状、奴らの一味と言われると、それは『フォルス』のことを言っているのだろう。

 もちろん、高尾はただ無理矢理に付き合わされていたわけであり、内情を知るわけでもなかったわけだから、罪に問われるかは五分五分といったところだろうが、それは修二に知る由はない。


 今となっては、『フォルス』の一味は誰一人捕縛できていないこともある。

 組織の幹部がどれほどいるかは分からないが、少なくとも大元であるボスのアベルが死んだことだ。

 組織が空中分解するには違いないだろうが、誰一人捕まらなかったのは手痛い事実であった。


「椎名を取り返せただけでも、大きな成果か」


 何も落ち込む必要はない。

 元々、修二にとっても、国にとっても最優先目標は椎名の奪還にあったことだ。

 それ以上を求めるのは、あまりに欲を掻いてしまっているだろう。


「あいつら、無事でいてくれてるかな」


 修二は夜空を見上げて、同じ空の下で今も命懸けで戦っている筈の仲間達のことを想う。

 渋谷の現在の状況を、修二は知らない。

 それでも、彼らには生きていてほしいと願うばかりである。

 半年間、彼らとの付き合いは悪いものではなかった。

 修二にとって、彼らは大切な仲間だ。

 ただ、祈るしかないだろう。


 きっと、生きていてくれるということを。




アベル(モルフ変異体)は周囲の生物を取り込むことであの質量へと大きく姿を変えました。

しかし、その弱点は元の人間体に依存しており、口の中にいたアベル自身が本体となっていました。

なぜ、ティラノサウルスをモチーフにしたのか。ある意味ではリンドブルムに関係している部分もありました。

周囲の生物を取り込むことにより、リンドブルムもあの質量へと変異しています。

ですが、リンドブルムはアベルと違い、弱点があからさまではないので、正直、リンドブルムの方が脅威度は圧倒的に高いです。

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