第二章 第三十三話 『親友との約束』
辺り一面、白い世界の中、何もないその場所には、いるはずもない親友の姿がそこにあった。
「リク……」
形容し難い、様々な想いが内側から込み上げてくる。
「リグぅ」
我慢ができないほどに、修二は涙で顔を濡らし、親友に泣きつく。
ここが死後の世界というならば、やはり修二は死んだということになる。
それはつまり、
「ごめん、ごめん……、俺、お前との約束をまた果たせなかった……」
リクとの最後の会話の時、託された願いを修二は果たすことができなかった。
椎名を守ること、それがリクが託した願いであり、修二はそれを胸に秘めて戦ってきた。
だが、結果は残酷だった。
「俺は結局……誰も守れなかった……。そう誓ってきたのにも関わらず……俺は」
御影島で、ほとんどの友人を死なせてしまったあの事件以降、修二は何があっても椎名だけは守り通すと決めていた。
結局、自分は弱かったと、そう結論するしかなかった。
どれだけ武器を持とうと、どれだけ決意を胸に抱こうと、修二の辿る運命はいつだって最悪の結末を辿る。
もう懲り懲りだった。
あの世界で、修二はちっぽけな存在であり、大事な幼馴染一人守り通すことができない矮小な存在だと、そう認めざるを得ない。
誰かを救おうなどと思い上がること自体、甚だしかったのだ。
「やっぱり、お前がいないと……俺は」
涙目になりながらも、修二は目の前にいるリクへと近づく。
まやかしなんかじゃない。一挙手一投足、どこからどう見てもリクだと疑うまでもないその姿に近づいたその時、リクは首を振って片手で修二の胸を押した。
「リク?」
その行動に、修二は怪訝そうにしながらリクの顔を見た。
こちらを見て微笑んでいたその表情は、不意に無表情となって、
「だっせえな」
そう言って、リクは呆然としていた修二へと糾弾した。
「ほんとにだせえよ。いつまでもウジウジウジウジと、女々しいったらあらしねえ。俺は、そんなことを言わせるためにお前に椎名を託したわけじゃねえんだぞ?」
「リ、リク……」
厳しい口調で、リクは尚も修二を糾弾し続ける。
その言葉に何も言い返せないのは、リクの話していることが正論だという自覚があったからだ。
「極めつけには、こんなところにきてまで、だらしないぐらい泣きまくりやがって。幼馴染として恥ずかしくなってくるわ」
押し黙る修二へと、リクは怒って愚痴を言い続けた。
何も言うことができない。
何も、何一つ成し遂げられなかった修二に、何も言う資格なんてない。
リクとの約束を無碍にした自分には、もう、何も――。
「――だから、お前はまだこっちに来たらダメだ」
「――――」
その言葉に、修二は顔を上げる。
それは、見損なって突き放す為に言い放った言葉ではない。
リクは腰に手を当てたまま、修二の顔を見る。
「俺との約束を果たすまで、お前はこっちにくるな。生きて、生きて椎名を守れ。幼馴染なら、かっこいいとこ見せてくれよ」
椎名を頼むと言われた。
それは、リクが生きていた頃、最後に頼まれたことと何も変わらない頼みで、リクは修二にそう伝えていた。
だが、それができるならそうするつもりだ。
今、ここがどこにいるのかは分からないが、修二の中ではこの世界は死後の世界だと思っていた。
自分は不意を突かれ、銃弾を背に受けて死んでしまったのだ。
それならば、もう――、
「お前は死なねえよ。修二、最後に一つ、聞いてくれないか?」
「な、にを?」
修二の考えを分かっているかのようにリクはそう言った。
ただ呆然としていた修二は、リクの言葉を待っていて、そして――、
「お前のことを憎んでるクラスメイトなんて、どこにもいないって、ちゃんとよく覚えておけよ」
「――――」
その言葉を聞いて、修二は胸の内にあった重たいものが落ちていくような感覚になった。
呼吸が楽になり、ずっと背負っていた苦しさも、もう何も感じなくなっていく。
修二は、今の今までずっと自身を責めていた。
御影島へクラスメイトを誘い、たくさんの友人が死に、幼馴染は感染して、全ては修二自身が何もしなければこんなことにはならかなかったと、ずっとずっと考えてきていた。
無意識的に、皆に恨まれているだろうとも思っていたのだ。
自分だけがのうのうと生き残ってしまい、夢にだって何度もあの惨劇が思い起こしてきていた。
きっと、自分は恨まれている。そんなことを考えてずっと生きてきたが、それは違っていたのだ。
誰も、修二の行いを責めてなんかいない。
あの時、あの場所で誰よりも奔走して、死なせないよう尽くしたのは修二自身なのだ。
そのことを修二は認識せずに、ずっと自らの行いを悔いて生きてきた。
つまり、リクが言いたかったのは、
「お前の優しさは俺だけじゃなく、皆が知っていることだ。だから、いつまでも後ろを見るな。俺は、俺達はいつだって、お前の後ろにいるからな」
そう言って、修二の胸を小突き、リクは一歩後ろへと下がる。
「だから、これで本当のさよならだ」
リクの姿が、薄ぼんやりと消えていこうとしていた。
「ま、待って。リク、いかないでくれ!」
消えゆくリクに手を伸ばし、その手を取ろうとしても、足が前に進まない。
どれだけ駆け出しても、ただの一歩も前に進まない。
まだ話したいことがたくさんある。
これが最後なんて、認めたくなかった。
必死に手を伸ばして、リクの姿が完全に消えようとする直前、リクは最後に言った。
「絶対に生き延びろよ、修二――」
その言葉を最後に、リクの姿は完全に消え失せて、同時に白い世界が眩い光で覆われた。
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背に冷たい感覚を感じながら、修二は目を覚ました。
起き上がると、そこはエルーと呼ばれる敵の女に撃たれた通路の床の上だった。
なぜ、自分は生きているのか。間違いなくあの傷は致命傷であり、死にゆく感覚も確かに感じていた。
「俺は……一体……」
頭痛が激しい。
血を多く出し過ぎたのだろう、床には冷たい感触があった自分の血が埋め尽くすようにあった。
撃たれた跡を確かめようと手で背をなぞると、確かに隊服が破れた跡があり、そこから傷跡を確かめようとすると、
「傷が……ない?」
隊服を貫通して、体内に弾丸が撃ち込まれたはずにも関わらず、その肌には傷がない。
それだけでなく、クラウスに針で撃ち抜かれた肩の傷跡もなくなっていたのだ。
どれだけ触っても痛みすら感じず、あるのは撃たれた痕跡である破れた隊服だけだ。
――何が何だか、わけがわからないでいた。
先ほどまで、自分は死の淵に立ち、もうこの世にいないはずのリクと会話をしていたはずだ。
なのに、どうして自分は生きているのか。頭を回転させて考えてみても、何も分からない。
だが、この現象には心当たりが一つだけある。
「世良の時と、同じ……」
御影島で世良と相対した時、修二は世良のナイフで目を抉られ、首にナイフが刺さったことがあった。
その傷はなぜか無かったことになったかのように傷跡さえ残さずになっていたのだが、今回のことと無関係だと言えるのだろうか。
もし、これが無関係でないのだとすれば、
「再生……している……のか?」
ありえない想像をして、可能性のある現象を考えるならば、それが腑に落ちてしまうことが恐ろしく感じた。
そんな現象、普通はありえないのだ。
だが、その再生能力について、一つだけありうる存在があることを修二は一番よく知っている。
「まさか、モルフの力……なのか?」
考えられない憶測だった。
修二はことこの今に至るまで、一度も感染した経緯はない。
モルフに噛まれたこともなければ、意識が薄らぐ現象に陥ったことさえない。
意識があり、生きているということは、ある一つの感染段階しか考えられないのだ。
だが、それを立証する原因が、まるで記憶にない。
自分が『レベル5モルフ』であるなどと、信じたくなかったのだ。
「俺は、どうなってしまったんだ……」
顔を手を覆い、考えても何も答えがでない。
――あれからどれほどの時間が経ったのか。
アリスさんはもう、椎名を救出したあとだろうか。
行動基準を決められないでいた時、頭の中で声が呼び起こされた。
『絶対に生き延びろよ、修二』
先ほど、白い世界の中で最後に修二に言ったリクの言葉だった。
「そうだ……迷ってる時間なんてない」
今、自分に何が起きているかなど、そんなことは後回しだ。
一刻も早く、椎名を救い出して、脱出すること。
それが今やるべきことなのだ。
落としていた銃を拾い、それがまだ使用可能であることを確認して、再び前を見据える。
もう、椎名のところまで、すぐそこまで来ているのだ。
「待っていろよ、椎名」
もう二度と、親友の願いを破らないことを誓って、修二は歩き出す。
△▼△▼△▼△▼
ビルの中はほとんど人気は残っていなかった。
ほとんどが一階で囮になってくれているアリスへの対処に必死なのか、クラウスとの戦闘以降は誰とも遭遇していない。
「どこだ……どこにいる」
椎名がいるとされる屋上は、まだもう少し上の階層であった。
修二達の死を見届けたクラウスともう一人、エルーと呼ばれた女は、恐らく修二の目指す屋上に向かっているはずだ。
実際は修二は死んでいなかったのだが、これは彼らにとっても想定外のことだろう。
修二自身、自分の身に何が起こっているのか皆目見当つかない状態だが、今は命があることを憂うべき状況だ。
「もう、躊躇わない。誰が出てきても、殺すしかない……」
自分に言い聞かせるように、サブマシンガンの銃身を強く握りながら、修二は前へと進んでいく。
あの時、クラウスを殺しておけばこんなことにはならなかった。
少なくとも、今頃は椎名の元へと辿り着けていたはずなのだ。
殺さなければ殺される。
命のやり取りをして、改めて身に染みた。
拘束や尋問などと、甘い考えでは目的は達成できないのだということを。
修二には、それだけの実力を兼ね備えているわけではないのだから、速やかに障害を排除する以外に道はないのだ。
「何者だ!?」
「侵入者だ! 撃ち殺せ!」
そうして、目の前に『フォルス』の一味らしき二人の男が立ち塞がっていた。
二人とも拳銃を所持しており、その銃口を修二へと向けてきている。
「――どけ」
一言、そう述べて、修二は戦闘態勢に入る。
その一言をきっかけに、二人の男は修二へと狙いを定めて、
「クソがっ! 死ねぇ!」
二人の男が同時に発砲したと同時、修二の体に妙な違和感があった。
いや、目覚めてからずっとそうだった。
なぜか分からないが、妙に体が軽く感じたのだ。
何をすればいいのか、どうすればこの場を乗り切れるのか、頭ではなく本能で既に体が動かしていた。
「はぁっ!」
二人の男が発砲したと同時に、修二はその重い装備のまま空中にバク転した。
天井に届くかというぐらいにジャンプした修二に対して、『フォルス』の一味の男達が放った銃弾は空を切っていた。
「なっ!?」
「なんだこいつ!?」
そのまま、空中を回転する修二は、ちょうど体が逆さまになる瞬間に、持っていたサブマシンガンで目標を狙う。
そして、そのまま連射して二人の男の眉間へと銃弾を撃ち込んだ。
「がっ!」
「ぐあっ!」
二人の男は、そのままなすすべなく地面に倒れ伏して動かなくなる。
身動き一つ取らないそれは、もう死んでいることの証明だった。
着地姿勢を取った修二は、敵の生死の確認を取ろうともせずに自らの手を見る。
自分がしたこともない動きをしたことに対する違和感に、強烈な不快感を感じていたのだ。
「本当に、どうなっているんだろうな……」
修二は特に身体能力が高いわけでもない。
訓練生として半年間の訓練を受けたことがあっても、現役の自衛隊員に比べれば劣るのは自分でも分かっていた。
ただ一つ分かることは、あの動きは自分が見たことのある動きであったことだ。
かつて、対人格闘訓練で観戦したあの時、出水と神田がアリスとやり合った時に見せた、アリスの動きそのものだったのだ。
「ははっ、いよいよ化け物染みてきたな。俺は……」
もはや笑うことしかできない。
体が全快していたことも、驚異的な身体能力も、もう偶然と割り切ることはできなかった。
確実に、修二の身に何かが起きていることは明白だったのだ。
「それならそれで、都合は良い」
今のままでは戦力不足であることを認識していた修二は、自身の異常事態についても呑み込むこととした。
最優先目標は椎名の奪還。
それ以外はもう、修二の頭の中に残っていなかったのだ。
「今、行くぞ。椎名」
覚悟を決めた修二は、自分で撃ち殺した『フォルス』の一味の死体の傍を通り過ぎていく。
不思議と、人を殺した時の嫌な感覚は感じなかった。
それどころではないという圧迫された状況の為か、もしくは自身の頭がおかしくなってしまったからか、今の修二には判断しようもないことだが、そんなことはどうでもよかった。
一秒でも早く、椎名を助けなければ取り返しのつかないことになる。
そうした焦りに取り込まれそうになりながらも、修二は足早と先へと進み、とうとう辿り着いた。
屋上へと続く、最後の階段だ。
「ようやく、着いた」
もはや罠の警戒すらせずに、修二は勢い良く屋上へと続く扉を開けた。
「――あ」
外はもう暗く、侵入してきた時と比べると陽が完全に沈みきっていた。
遠くに見える夜の街に、外灯が照らしているのが良く見える。
今となっては人っ子一人、外に出てはいないだろうが、修二の目線はもう一つの場所へと釘付けにされる。
「椎名!」
「――お前は……どうして生きている?」
クラウスが、死んだと思っていた笠井修二を見て瞠目していた。
その目の前には、後ろ手を縛られていた状態の椎名と、エルーと呼ばれていた、修二を背中から撃った女。そして、スーツ姿をした見たこともない男がそこに立っていた。
「修二!」
椎名が修二の存在に気づいて、驚いた様子で名前を呼んだ。
なぜここにいるのか、そのような疑心に満ちた様子だった。
「これはこれは、ここまで辿り着く者が現れるとはね」
スーツ姿をしたオールバックの男が、修二を見ながら拍手をして称えていた。
クラウスやエルーとは違う、武器の一つも持たないその男は、修二に臆することなく自己紹介を始める。
「私の名はアベル。『フォルス』を束ねるリーダーであり、キミの敵である人物だ。どうぞ、よろしく」
そう言って、アベルと名乗った男は不敵に笑みを浮かべていた。
次話、27日19時に投稿予定。
今回、修二の身に起きている現象。それについては明確な描写が第一章でもありましたが、それでも謎は複数残っています。
第二章で明らかになった情報と照らし合わせると答えが出ます。
そして、ここから主人公である笠井修二の立ち位置は大きく変わることになります。




