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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 第三十二話 『死の先の世界』

 袖箭ちゅうせんと呼ばれる隠し武器がある。

 中国が発祥とされており、時代を遡れば三国志の時代から使われていたとの伝承らしいが、その用途は至極単純であった。

 本来の袖箭は、管の中にバネが仕掛けられており、そのバネの仕込みから鋼鉄の矢尻を発射するという極めて殺傷能力の高い武器とされていた。


 普通の拳銃と違うのは、その名称の元、袖の中に隠し持つことができるという利点にあるのだが、構造上、一発撃つのが限界とされている。

 暗殺向きの武器としても知られているが、クラウスの持つ袖箭は違っていた。


 同じ暗殺用の暗器武器に違いは無いが、クラウスの持つ袖箭は改造されており、鋼鉄の矢尻を鋭い針にすることで、装填数を増やしている。

 さらに、刺しどころがよければ致命傷にはなるが、尋問用として使用できるように威力はそこそこに抑えていた。


△▼△▼△▼


「おおおおおおおっ!!」


 修二が吠えたと同時だった。

 クラウスからの射撃を警戒した修二は、足元にあった空のダンボールを蹴り上げ、クラウスの視界を封じるようにした。


「ちぃっ!」


 そのせいでクラウスは修二の居場所を見失うこととなるが、迷わず袖箭を射出。

 飛ばしてくることを読んでいた修二は、位置を入れ替えて避けていたが、その時間稼ぎだけで十分であった。


「終わりだ」


 背中に掛けていたサブマシンガンを手に構え、その銃口でクラウスを捉えていた。


 呆気ないほど一瞬すぎる攻防ではあったが、修二にとってはこの状態に持ち込むことがどれほど難しいかは骨身に染みていた。

 お互いに殺傷能力が高い武器を持っていて、どちらが先手を取れるかが鍵になる戦いだ。

 いつでも殺せるという状況にさえ持ち込めば、相手も迂闊には動くことができない。


「まだ――」


「動くなと言ったはずだ」


 右手をこちらへと向けようとしたクラウスに対し、修二は迷わずに発砲した。


「ぐっ!」


 右手に被弾し、袖の中に隠し持つ暗器武器が壊れたのか、針のストックが袖からたくさん落ちてきていた。

 相手の武器を無力化するために狙った修二であったが、これでクラウスの武器は無くなったといえるだろう。


「両手を頭につけて膝をつけ。お前を縛って、拘束する」


「――っ!」


 痛みに目を剥いていたクラウスだが、従わなければ撃たれるという修二の威圧に負けたのか、言う通りにしていた。

 そのままゆっくりと近づき、今度は武器破壊をされないように距離を少しだけ保っていた。


 ――本当は殺すべきではないのではないのか。


 葛藤を胸に抱きながら、修二は自問していた。

 ここで拘束しておけば、少なくともクラウスを無力化することができる。

 だが、拘束が解かれれば再び修二へと牙を剥く可能性は圧倒的に高い。

 不安要素を消し去るためにも、ここで殺しておけば楽なことには違いなかった。


「――――」


 だが、修二は引き金を引こうとしなかった。


 殺す選択肢ももちろん考えていた。

 ただでさえ、日本をめちゃくちゃにしようとした連中だ。

 殺したところで誰も文句は言わない。


 だが、修二は、


「お前は今回の件の重要参考人になる。覚悟しとけよ。多分、簡単には死ねない」


 そう言って、国に処遇を任せることに決めた。

 どちらでも良かったのは本音だ。

 しかし、修二の知りえぬ情報を持っていたことも事実であり、それを殺して闇に葬るのは違う気がしたのだ。


「言ったはずだ……」


 両手を頭につけたクラウスが、苦悶した表情でそう呟いた。


「俺の暗器武器がこれだけじゃないということをな」


 クラウスの声を聞いたと同時、銃口を向けていた修二は動揺した。

 すぐさま引き金を引くことを迷わなかった修二だったが、距離を縮めていたことが仇となった。


「ふっ!」


 上体を逸らせ、素早い蹴りがクラウスから修二の首元へと向かってくる。


「くっ!」


 相打ち覚悟で撃たなかったことは、賢明な判断だった。

 クラウスの蹴り。その靴先から刃物が飛び出して、一瞬で殺しにかかってきたのだ。

 ただの蹴りではないと考えていた修二は、それを視認する前に後方へと下がり、再び銃口を向けようとする。


 しかし、クラウスの方が対応が早い。


「――っ!」


 腰の後ろから取り出した円形の刃物を取り出し、それを投げつけてきたのだ。


「――チャクラム」


「がっ!」


 投げつけられた刃に、修二は持っていたサブマシンガンでガードして弾いたが、クラウスはその一瞬の攻防の隙に距離を詰めてきた。


「――くっ!」


「ふっ!」


 クラウスの蹴りを受けた修二は、サブマシンガンで受け止めたことを後悔した。

 狙い通りのように、修二の持つサブマシンガンを蹴り飛ばし、修二は武器を失う。


「クソッ!」


「死ね!」


 すかさず、クラウスは刃のついた靴先を使い、修二の首を狙おうと蹴り上げてきた。


「っ! ああああ!」


 その攻撃を見切った修二は避けるのではなく、あえてクラウスとの距離を詰めた。

 距離さえ詰めれば、刃は届かない。

 そのままクラウスの右足を左腕でホールドし、修二は右拳でクラウスの顔面を殴りつけた。


「がっ!」


 ガードが間に合わないクラウスは、なす術なく殴られ続ける。

 このまま気を失うまで殴り続けようと、五発程顔面を殴りつけた修二だったが、足元に触れた硬い感触を感じて、即座に判断を変えた。


「っ、らぁ!!」


 最後に振りかぶる様にして放った右拳が、クラウスの顔面に直撃し、そのまま壁へと吹き飛ばされる。


 その瞬間、修二は足元に落ちていた、蹴り飛ばされたサブマシンガンを手に取り、すぐさまクラウスへと銃口を向ける。


「っ終わりだ!!」


 引き金を引くことに、躊躇いはなかった。

 ここで殺すことが最優先と感じた修二は、生け捕りという選択肢を完全に頭から失くしたのだ。


 もうクラウスに反撃の余地はない。

 このまま銃弾の雨を浴びせて、修二は先に進む。

 そして、救うのだ。

 囚われの身となった、幼馴染を――。


 この時、修二に何一つミスは無かった。

 殺すことを最優先にし、躊躇なく引き金を引けていた筈だったのだ。


 ――だが、その引き金を引くことはなかった。


 銃声音が鳴り、修二はそれが自身のサブマシンガンから鳴ったものではないことをすぐに理解した。

 なぜなら、引き金を引いていないのだ。

 なら、一体誰が銃を撃ったのか。


「ぐっ、ぶっ!」


 直後、修二は吐血し、背中に感じる激痛が全てを理解させる。


「……おせえよ。エルー」


 クラウスが何かを言っている。

 誰だ、エルーとは……。


 後ろを振り向く間もなく、更に銃声音が鳴る。

 そして、激痛が尚も修二の背中へと襲いかかる。


「がっ! あっ!」


 撃たれたのだ。

 何度も何度も、修二の背中へと銃弾が撃ち込まれ、耐え難い痛みが全身を襲いかかる。

 そのまま地面に前のめりに倒れた修二は、なんとかサブマシンガンを持つ手に力を入れようとするが、


「まだ息があるの。さっさと死になさい」


 後ろから女性的な声を聞いた直後、更に数発、修二の背中へと銃弾が撃ち込まれた。


「ぉ……え」


 手に力が入らなくなり、修二は胃から逆流したのか、血と胃液が混じったものを吐き出していた。


 苦しい。痛い。

 何が起きている?


 状況が理解できず、全身に強い悪寒が襲いかかる。

 全身の体温が奪われるような感覚に、修二はようやく気づく。

 自身が取り返しのつかないほどの致命傷を受けていることに。


「ちっ、弾切れね。でももう十分でしょ。――クラウス、あなた何を遊んでいるの? もうボスは撤退の準備を始めているわよ」


「俺も流石に焦ったんだよ。まさか、こんなところにまで侵入者がくるとは思わなかったからな。危うく、死ぬところだった」


「……そのまま死ねばよかったのに」


「おいおい。仲間に対して失礼だな。……まっいいや。こいつはどうするんだ?」


 視界の端で、クラウスが修二に指を差して誰かに尋ねている。


 思考が上手く回らない。

 誰に話しかけて、どうしてこうなって、この男は誰で、俺は一体どうなって、椎名はどこに、アリスさんが助けに、出水と神田と清水は生きてるのか、俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺はオレはオレはオレハ――。


 ぐちゃぐちゃになっていく思考に、修二は何も考えられなくなっていく。

 這いつくばる地面に、冷たい液体の感触を感じる。


 ――ああ。


 これがなんなのか、理解するだけでも恐怖が頭の中を支配していく。


 ――これ、全部俺の血か。


 薄れゆく意識の中、ようやく理解する。

 死が近づいていることを。


「放っとけばいいんじゃない? もうトドメを刺さなくても、虫の息なんだし。どんな手当を施してももう助からないわ」


「まあ、確かにそうだな。それじゃあボスのところに戻るか」


 修二の傍らで、そう話し合う男女がいた。

 もう誰が誰なのか、修二の頭の中は錯乱したように訳がわからなくなってしまっていた。

 少なくとも分かることは、修二を放ってどこかに行こうとしていることだけだ。


 ――ダメだ……。


 言葉を発することさえできない修二は、頭の中でそう呟く。


 ――待ってくれ。俺は行かないといけないんだ。


 微かな意識の中、残る使命感が修二を焦らせていた。


 ――椎名を助けないといけないんだ……だから……。


 ここで死ねば、修二は椎名を助けられなくなる。

 そんなことを敵に伝えたところで、何の意味もないことすら判断ができなくなってしまっているのだが、それでも修二は頭の中で何度も反芻するようにその言葉を口にしようとする。


 口すら動かせずに、それでも何度も何度も言葉に出そうと必死だが、それは叶わない。

 もう、この部屋に誰も残っていないことすら気づいてもいないのだが、修二は助けを求めるように動かない手足に力を入れようとする。


「――――ぁ」


 指先に力が入らない。

 強烈な眠気が脳を支配し、修二はそれに抗うこともできずに力を失っていく。


「――し、いな」


 最後の最後で、修二は幼馴染の名を呼んだ。


 椎名を助けないといけない。


 それは、ずっと決めていた修二の覚悟だった。


 椎名を守らないといけない。


 それは、親友と約束したことだった。



 ――椎名を……ぉ。



 その瞬間、意識が途絶し、修二は視界が真っ暗になった。


 笠井修二は、そこで死んで――。



△▼△▼△▼△▼△▼



 何度、失えばいいのか。

 何度、こんな目に遭わないといけないのか。

 何度、こんなことを繰り返していれば、報われる日がくるのか。


 そんなことを考えなかったことは、一日としてなかったのかもしれない。


 この理不尽な世界で、どうして自分は生きているのか、自分だけが生きているのか、いつも分からなかった。


 やがてくる死が近くとも遠くとも、死ぬのは他の人じゃなく、自分であってほしかった。


 そうすれば、自分が罪の意識に苛まれずに済んだからだ。


 そうすれば、自分が悲しむことも、怒り苦しむこともなかったからだ。


 本当は分かっていた。


 自分は最低な人間であることを。


 どれだけの惨劇が目の前で起きようと、結局そんなことを考えているのは、自分の平静を保ちたいが故のこと。


 自分が生きていれば、自分が苦しむ。

 そんなエゴイスティックな、自己愛の末路がそれだ。


 結局、自分は自分のことしか考えていなかった。


 その結果が、今の結果だ。


 取り繕う必要も、もう必要ない。


 死んでしまった今、自分は地獄へ行くことも拒まないつもりだった。


 そうして、彼は目を開けた。



「――え?」


 笠井修二は死んだ。

 こうして考えることができる今だからこそ、それは理解できていた。


 その筈であったにも関わらず、彼が見ていた景色は予想外なものだった。


 辺り一面が白一色の世界。

 どこまでも続く地平線の先まで、地面と空の区別もつかないほどの白一色の世界が目の前に広がっていたのだ。


「ここは……」


 天国と呼ぶには、そこは何もなさすぎていた。

 死後の世界とは、そういうものなのかとも思われたが何か妙であった。

 自分の手足もそのままに、死ぬ前の姿をしてあるのだ。


 痛みも何も感じないということは、やはり自分は死んだのだと結論をつけざるを得ないのだが、疑問は尽きなかった。


「でも、死ぬなら天国じゃなく地獄だと思ったんだけどな」


 地獄という世界の定義を誰もが知るわけではないが、少なくともこんな何もない世界なわけがない。

 しかし、天国とも呼べないその場所は、言うなれば無。何も無く、誰もいない無の世界と呼んでもいいだろう。


「……生まれ変わるとかあるのかな。それでも、あの世界にもう一度転生なんてしたいとは思わないが」


 あれほどの理不尽な世界をもう一度生きたいとは思いたくもなかった。

 痛いのも苦しいのも、正直ごめんだ。

 だが、心残りはあった。


「椎名、ごめんな……」


 救いたかった。

 守りたかった。


 その願いは届かず、自らの無力の果てが今の結果だ。

 あの時、もう少し周りを気にしていれば、修二は死なずに済んだのかもしれない。

 いや、それを言えば、一度銃口を向けた時点でトドメを刺しておけば、こんなことにはならなかったはずだ。


 全ては自分の甘さが原因であると、そう結論せざるを得なかった。


「桐生さんに言われた通りだったな。俺は、甘さを捨てきれなかった」


 もっと修二が無慈悲に、それこそ任務を遂行する為の精神力があれば話は変わっていた。

 それができなかったのは、隠密機動特殊部隊の対人格闘訓練の終わりに、桐生が指摘していた通りの結末だった。


「……今更、そんなことを掘り返しても意味がないんだけどな」


 もう自分はあの世界に戻ることはできない。

 考えるだけ無駄だと考えた修二は、その白一色の何も無い世界を見渡し、歩き出そうと一歩、前へ踏み込んだ。


「――なんだ?」


 踏み込んだ瞬間、目の前に光が灯った。

 何もないその場所から眩しい光が現れて、それは人型のような姿となっていく。


「――――」


 その光は徐々に色がついて、人の姿となっていく。

 足元からゆっくりとその姿が露わになると同時、修二は目を見開いた。


「――え?」


 ありえないことだった。

 ここにいるはずがない、その鮮明に映った姿をした男は、修二がよく知る人間だったのだ。


 それは、かつて修二に想いを託し、死んでいった親友の姿をしていて、修二は唇を震わせて、その名を呼んだ。


「リク……?」


 白一色の世界で、立ち尽くしていた親友は、その声に反応するように微笑を浮かべていた。



今回の内容はかなり物語の中でも重要な転換点となります。


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