第二章 第二十六話 『降臨』
話数を間違えて投稿していました。
第二十六話として認知いただくようお願い致します。申し訳ございません。
監視モニターが多数ついた画面の前に、一人の年老いた男が立っていた。
その男は、この地下実験施設の統括を任されていた研究員、イヴァンである。
彼は、モニター越しに移る謎の特殊部隊の面々の戦いの様子を見ていた。
「ふむ、身のこなしも悪くはない。これが普通の兵隊基準でいえば、こういう戦闘になるのか。平地ではやはり『レベル4モルフ』は戦いづらいようだな」
『レベル4モルフ』と戦闘を繰り広げる三名の隊員達の様子を眺めながら、イヴァンはそう感想を漏らしていた。
彼は、この地下実験施設に侵入した特殊部隊の扱いをどうするのか決めかねていた。
いつも通り、実験体として扱うのも良かったのだが、特殊部隊と出会う機会など、そうはない。
せっかくなので、戦闘データを記録しようと彼らが通った道にある『レベル4モルフ』を収容したロック式の扉をわざと解除し、戦わせていたのだ。
結果は、想定以上であった。
モルフのウイルスを大国にばら撒けば、当然、銃を持った対戦闘のエキスパートが現れることは必死である。
その為には、戦闘データがあれば尚こちらとしても動きやすいのだ。
かつては、『フォルス』の戦闘メンバーを使って戦闘データを取ろうとしたが、これはあまり意味をなさなかった。
彼らは一人ひとりが特殊な武器を用いて行動する集団だ。
一般的な国の軍隊は基本、白兵戦では銃やナイフを使用して制圧する。
それとは違った戦闘方法をする彼らでは、戦闘データはあまり意味をなさないのであった。
「一対一ならまだしも、乱戦になれば犠牲は出しつつも制圧はできるとな……。なるほど。興味深い」
モニター越しに移る特殊部隊の戦闘を眺めて、イヴァンはそう推察した。
今のところはこの特殊部隊の面々が優勢だった。
どこかで『レベル4モルフ』と一度戦ったことがあるのか、明らかに知っている動きをしていたのだ。
数体ほど地上に放り込んだ『レベル4モルフ』の一体に遭遇した可能性はあるが、この様子ではそういうことだろう。
特に、一人だけ明らかに動きが良い人間がいた。
他の隊員からは、神田と呼ばれている青年だ。
この男だけはスペックが他と違い、能力が抜きん出ている。
一つ一つの挙動からしても無駄な動きはまるでなく、あの『レベル4モルフ』を相手に一対一で対応できているのだ。
「――ほう」
そうして、感嘆していたイヴァンだったが、戦闘はすぐにでも終わった。
特殊部隊の面々は、誰一人欠けることなく『レベル4モルフ』を掃討したのだ。
それだけでも予想外の事実ではあった。
イヴァンの想定では、ここで神田以外の人間は死ぬとさえ思っていたのだ。
しかし、この出水と名乗る青年と関西弁の男は、『レベル4モルフ』の弱点を見抜いた上で、連携を行い、倒す事ができていた。
これだけでも、イヴァンからすれば素晴らしい戦闘データが得られたと考えていた。
ともすれば、どれだけのモルフに、正確には感染段階の分かれたモルフに対して動けるか試そうと、新たな刺客を送り込もうとしたイヴァンであったが、ここで変化があった。
神田が倒したモルフに動きがあったのだ。
その変化は、イヴァンはよく知っていた現象であり、それを見ていたイヴァンは口元を歪ませると、
「おっと、ここでそうなるのか」
モニター内の彼らには、イヴァンの声が聞こえていることだろう。
マイクをオンオフと切り替えているのだが、ここではあえて煽った方が面白そうではあったのだ。
見る見るうちに、『レベル4モルフ』は変異を繰り返し、人間を殺す為だけに特化したような歪な姿へと変貌を遂げていた。
その様子を驚愕の表情で見ていた特殊部隊達は、この変異形態のことを知らないのだろう。
「どうやら、君達はこの形態を知らないようだね。さあ、第二ラウンドだ」
狼煙をあげるようにそう言って、戦闘は再び継続される。
それからは、イヴァンは出水達へともう一つの感染段階である『レベル4モルフ』の亜種形態の説明をして、絶望を塗りつけさせていた。
あえて教えるまでもなかったのだが、ここは逆に知る事でどういう反応と対応を取るのかを見たかったという好奇心で、イヴァンは出水達へと介入していたのだ。
戦闘は過激さを増していっていた。
あの神田という男でさえも苦戦するほど、厄介な相手になっていたのだ。
あの盾のような変異武器がある限り、後ろからショットガンでも撃たなければ倒す事ができないだろう。
もっとも、流れ弾を気にしている彼らには、その行動に移せない様子だった。
だが、出水という男がモルフに馬乗りにされたとき、神田がとび蹴りをして吹き飛ばしたことで状況は変わる。
すぐに立て直せないモルフへと銃弾が撃ち込まれて、このままでは弱点である頭部を破壊されつつある状況だったのだ。
――これまでか。と、心の中でそう呟いたイヴァンであったが、別のモニターに変化があった。
それは、彼が精魂込めて作った最高傑作、『戦龍リンドブルム』である。
「……馬鹿な」
あまりにも衝撃的な映像を見て、イヴァンは驚愕に打ちひしがれるようにしてモニターに食い入りながら目を見開いていた。
「早すぎる……いくらなんでも」
イヴァンからすれば、それは想定外の更に上をいく現象だった。
今、『戦龍リンドブルム』は小康状態となっており、簡単に言えば眠りについているような状態だ。
少なくとも、今地上で起こしている全国的なモルフの発生に対し、鎮静化が図りつつある状況で放とうと考えていたのだが、今はまだ地上が混乱に陥っている状況。その状況で放てば、どうなってしまうのか、それは誰の目から見ても分かる最悪の事態だった。
だが、イヴァンはそんなことをまるで気にしない。
映像の中にいる『戦龍リンドブルム』が動き出そうとしているその様子を眺めていたイヴァンは、両手を大っぴらに広げて、
「ははははっ!! 素晴らしい! まさか、これほどとは!」
感動に一人で叫びながらそう言ったと同時、地下実験施設の全体が大きく揺れる。
『戦龍リンドブルム』が地上へ動き出そうと暴れているのだ。
咆哮を上げ、何が起きたのか、その瞬間にあらゆる電子機器が壊れて、辺りは真っ暗となる。
「っ! 何だ!?」
それは、イヴァンも知らない現象であった。
何が起きたのか分からず、パネルを操作しようとしてもうんともすんとも反応しない。
この地下実験施設の中にある電子パネルを壊されたのか分からないが、その際には予備電池が働いて動くように設定していたはずだったのだ。
なのに、それが作動するまでもなく、周囲の電子機器は完全に動かなくなってしまっていた。
「まさか……これが『戦龍リンドブルム』の――」
その先を言うことはできなかった。
その直後、天井が崩落し、イヴァンのいた部屋の中は瓦礫に埋まってしまったのだ。
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あれから、出水達はなんとか揺れの中を走って、地下の出口を見つけていた。
一番始めに分かれ道があったもう一つの道から、地下にくる前の出口へと辿り着くことができたのだ。
未だに収まらない揺れに焦りを感じつつも、冷静になって動こうと、出水達は来た道を戻っていた。
そして、ようやく入り口であるレストランの厨房まで辿り着くことができた。
「ようやくここまでこれたな。けど、ここにきても全然揺れがすごいんだけど……」
「ここも安全じゃないだろう。とにかく、地上へ抜けよう」
神田の提案に、出水も同じ思いだった。
安心するまでもなく、地上へと向かおうと一同は休む間もなくレストランを後にした。
そこから出口まではすぐの場所だ。
「あのおっさんはほっといてええんか?」
清水の問いに、出水は誰のことを言っているのかは理解出来ていた。
恐らく、この階層で拘束しておいた榊原のことだろう。
「榊原のことか? あのおっさんはほっとけ。自衛隊の人達がもう回収してるだろうし、今は俺たちがここにいる方が危ない」
出水としては、榊原をどうするかは悩ましいところではあった。
奴らとの関わりがあった以上、その情報を詳しく知るためにも回収すべき立場ではあるのだが、状況はそうも言っていられない。
今、天井が崩落すれば、出水達はここで死ぬ事になるのだ。
そうでなくても、自衛隊の人達が榊原を回収するということも風間から聞いている。
だから、優先しているかどうかも分からない榊原の回収は、出水としては反対だったのだ。
「地上の出口に、さっさと行かねえとな」
地上へ出られる階段は至る各所にあり、地上のモルフを気にしなければ、どこからでも出られる。
地上には陸自の応援部隊もいるはずであり、出水達が地上へと進んでいこうとしたのはそのためであった。
地下に降りる前はいたモルフの群勢も、今頃は陸自の部隊が殲滅してくれているだろうという期待があったのだ。
そして、出水達はようやく地上へと辿り着くことになったのだが。
「な……んだよ、これ」
地上へ出て、最初に述べた一言はそれしか出てこなかった。
助かった安心からの言葉ではない。
それよりも遥かに絶望を知らせるような光景が、目の前に広がっていたのだ。
「おい! 逃げるぞ!」
神田の叫びに、出水は足がすくんでいた。
それほどに、信じられない光景が目の前を支配していたのだ。
「――――ッッ!!」
けたたましいほどの咆哮の主は、誰の目からみても明らかであった。
あの地下にいた巨大な化け物、イヴァンの言っていた『戦龍リンドブルム』が地上へと出てきていたのだ。
「――――ッッ!!」
咆哮を上げ、『戦龍リンドブルム』は降臨する。
この混乱した地上で、出水達はただ見ていることしかできない。
「おい! 出水!!」
神田の声に、ハッとした出水は、ようやく硬直から逃れられた。
だが――、
「なっ!?」
街灯が、出水達が持っていたライトが、全ての電気が突如消えて、辺りは真っ暗となる。
月明かりがあったおかげか、何も見えないわけではなく、目も慣れていたこともあって幸いに周囲を見渡せてはいたのだが、そんなことよりもその現象に驚きを隠せなかった。
たまたま電気の供給が止まったのならば、まだ分かる。
だが、出水達の持つライトまで消えることに関しては、どうあっても説明できる状況ではなかったのだ。
「なんだ!? 何が!?」
どういうことなのかまるで分からず、理解が追いつかなくなっていた。
「っ! あかんで! 今すぐ逃げなあかん!」
清水がそう言って、全員がその意味に気づいた。
その瞬間、二十メートル先にいた『戦龍リンドブルム』が動き出して、すぐ近くにあったビルへと突進したのだ。
「うわあぁぁぁっ!!」
瓦礫が飛び交い、運良く当たらなかったことは幸いであったが、風の衝撃で出水達は吹き飛ばされていた。
前も後ろも地面も空も、どこがどうなっているか分からないぐらいに目が回って、砂煙が周囲を囲む。
何も見えなくなり、そして再び、『戦龍リンドブルム』が咆哮を上げたのだろう。けたたましいほどの鳴き声が、地面を揺れるほどに一帯を支配していく。
「クソッ! 神田、清水、琴音! どこだ!?」
何も見えない中、仲間の居場所を探るが、返事がない。
荒れた砂煙が収まり、ようやく視界が戻ってきた時、出水は状況を理解することができた。
――皆、なんとか無事だ。
だが、神田も清水もその場に蹲り、衝撃に耐えていた様子だ。
だが、その中で琴音は、気を失ったように倒れていた。
「琴音!」
身を抱き寄せ、安否を確認したが死んではいない。
気絶しているだけであることを確認した出水は、ホッとして、
「清水、琴音を安全な場所に運んでくれ」
「出水? 何するつもりなんや?」
「……ここまできたんだ。やれることをやるだけさ。神田、いけるか?」
やることは決まっている。
半ばヤケクソみたいなものだが、虚勢を張ったその表情で神田を見ると、彼は装備をチェックしていた。
「無論、俺はいけるぞ」
「さすがだな。よし、いくか」
「ちょ、ちょい待てや! お前ら、まさかあれとやり合うんか!? そんなん無理に決まっとるやろ! 逃げる以外にできることなんかあるわけないやん!」
清水は、無謀なことをする出水達を引き止めようとする。
だが、琴音の肩を持つ以上、物理的に止めることはできなかった。
無謀なことは、出水も神田も承知の上だった。
あれほどの規格外を相手にして、誰も勝てるとは思っていない。
「俺たちも意味のない戦いをするわけじゃない。せめて、弱点でも割り出せれば一攫千金ものだ。やべえと思ったらそりゃあ逃げるさ」
「っ! 本当に大丈夫なんやな……! 死んだらあかんぞ!」
そう言って、清水は琴音を連れて避難していく。
それを見送った出水は、再びリンドブルムを見た。
リンドブルムは、頭を突っ込んだビルから顔を出し、何かを咥えていた。
「あれは――、まさか隠れていた人間か!?」
リンドブルムの口の中に、三人程の人の姿が見える。
咥えられたその中で叫ぶように声を出していることから、生きた人間であることは間違いなかった。
「クソッ! 神田、助けるぞ!」
「……ダメだ。間に合わない」
動こうとする出水を神田が引き止め、訳もわからないまま、リンドブルムの方向を見る。
その瞬間、リンドブルムはその大きな顎で、咥えていた人間を噛みちぎったのだ。
誰が誰の血かわからない程、リンドブルムの口元に血が零れ落ちていた。
間に合わなかったことに悲観こそすれど、それよりもその残虐性に出水は戦慄していた。
リンドブルムは何の意味もなくビルに突っ込んだわけではなかったのだ。
どう嗅ぎ取ったのかは分からないが、ビルの中に人が隠れていることを理解していた。
それを襲ったということはつまり、
「まさか、あれもモルフだから人を襲ってるってのか!?」
だとすれば、この都心部だけの話だけではない。人間さえ見つけられれば、奴は喰い殺すまで活動し続けるはずだ。
そうなれば、この日本という国そのものの危機になる。
「な、なんだこの化け物は!?」
「クソッ! 撃て、撃てぇ!」
近くに、銃を持った隊服を着た者達がいた。
あれは、見たことがある隊服だ。
「あれは、陸自の応援部隊か!?」
風間より応援を要請していた、陸上自衛隊の応援部隊が、リンドブルムと対峙していたのだ。
彼らは元々、地上のモルフを掃討する為に集められていたはずだ。
ならば、リンドブルムのことはまるで情報にないことであり――、
「ダメだ! 逃げろぉぉぉ!」
出水の叫びは、無情にも陸上自衛隊の隊員の銃声音に掻き消される。
放たれた銃弾は、的の大きいリンドブルムへと当たりはするも、硬い鱗が全てを跳ね返し、傷一つつかない。
そして、陸上自衛隊の隊員の存在に気づいたリンドブルムは、振り返ってその大きな爪を大きく上げる。
「クソッ!」
「待て、出水! 今行っても俺たちが狙われるだけだぞ!」
「だからなんだ! このままじゃあの人達がっ!」
――死んでしまう。その言葉を口にしようとしたその時、リンドブルムの爪が一人の隊員を切り裂いた。
「う、うわぁぁぁぁ!」
生き残ったもう一人の隊員が、仲間の無惨な死体を前に、恐怖に打ちひしがれる。
もはや力の差は歴然であった。
まるで、ライオンとネズミが戦い合っているような、それほどの圧倒的な差があるのだ。
「くっ!」
神田との言い合いを振り切って、出水は助け出そうと駆け出す。
間に合うか間に合わないかなど、もうどうでもよかった。
今動かなければ、助けられるかもしれない命が確実に消えてしまうのだ。
「や、やめっ」
助けを乞うように、隊員の男は戦意喪失して銃を地面に落とす。
だが、そんな降伏さえもリンドブルムは何一つ気にするまでもなく、見上げる隊員へと向けて、その大きな脚を振り上げる。
そして、勢いよく振り下ろされたその脚が隊員を踏み潰し、それまでに聞こえていた叫び声は聞こえなくなった。
「そんな……」
出水の駆け出しも助けも、もはや意味を為さなかった。
「――――ッッ!!」
リンドブルムは、踏み潰した自衛隊員の事など目もくれずに咆哮を上げる。
もはや、どうしようもない状況であった。
出水達が何をしても、虫ケラのように殺されるだけ。今の現状戦力では、歯が立たないことは明白であり、足止めすらできないほどだ。
「こんなの……どうすればいいんだよ」
廃墟となった市街地の中で、出水は一人佇み、絶望に顔を歪めるのみだった。
立ち向かう勇気はある。
だが、それをして何の意味があるというのか。相手は銃弾を跳ね返し、残虐なまでの攻撃手段を持っているのだ。
そんな相手にたとえ挑んだとしても無意味であると、出水の脳にはしっかりと焼き付けられてしまっていたのだ。
「――――」
おそらく、あと数秒もしないうちにリンドブルムは出水達に気づくだろう。
そうなれば、どう足掻いたとしても死は免れない。
必死で足掻き、たとえ弱点を割り出せたとしても、それを連絡する手段は残されていないのだ。
「こんな……ところで……」
悔しさに、両の拳を力強く握ることしかできない。
そう、諦めかけていた時だった。
「出水、何か聞こえないか?」
「え?」
神田がそう言った直後から少しずつだった。
確かに、遠くから聞こえるような何かの音が、徐々に大きくなってきた時だった。
「あれは、まさか――」
彼らは、それを認識したと同時に駆け出すこととなった、




