第二章 第十七話 『合流』
危機一髪の状況下、清水はモルフを撃退し、神田を助けた。
あと一歩遅ければ、神田は感染し、手遅れになっていただろう。が、助けられた事実は良しとするが、それよりも――、
「清水、お前……下手したら神田に被弾してたぞ……」
「や、まあ結果的にどないかなったんやからええやん? いや、ほんまに、ちょっと頬つねんのやめてや、な?」
出水は、清水の危険的行動を注意しようと清水の頬をつねっていた。
それもそうで、清水が使った銃の問題があったのだ。
よく見てみると、コンパクトなタイプの銃を使っていたのだが、そのサイズとは現実に違い、威力は通常、神田達が装備している拳銃とは程遠いものであったからだ。
薬莢が長いその弾薬を使うその銃は、出水達が使用する拳銃よりも遥かに反動が大きく、威力も桁違いのものだ。
つまり、命中率が極端に低くなり、モルフに被弾するか、神田に被弾するか、もしくは誰にも当たらない可能性も十分にあったわけであった。
「大丈夫だ、出水。結果として俺はこうして生きているんだからな。清水、助かったぞ」
「ほらみてみい、あの神田がこう言ってるんやから。そう怒らんといてや、な?」
「お前に背中を預けるの躊躇しそうになるわ……。まあいいや、神田、立てるか?」
「ああ」と、出水の手を取り、神田は立ち上がる。
あれほどの戦闘を繰り広げ、正直なところ、肉体的疲労と精神的疲労は凄まじい。
念のため、頭部に被弾され、倒れていたモルフの生死を確認してみたが、どうやらもう問題ないようであった。
清水の撃った弾丸は、モルフの頭部を綺麗に貫通しており、再生する様子もなかった。
「しかし、よく俺たちを見つけられたな。清水」
「いや、ほんまにめっちゃ探したんやで? このビルの座標送ってくれたんはええんやけど、どの階におるんかまるで分からんかったしな。この階に来てから銃声音が聞こえとったから問題なかったんやけども」
つまり、清水はこのビルの一階から全フロアを調べ尽くしたということだった。
連絡する余裕がなかったこともあるが、少し申し訳ない気持ちになってしまう。
「そうか、すぐ連絡できなかったのはすまない。今までで一番キツい相手と戦っていたからな。他の階に生存者はいなかったのか?」
「いんや、全く誰もおらんかったわ。普通に考えてこんなとこに隠れるやつもおらんやろ。食料が備蓄されてるわけでもないしな。てか、そもそもお前らが戦ってたあれはなんなんや?」
清水が指を刺していた先は、先ほどまで戦闘を繰り広げられていたモルフの死体だ。
その疑問は当然のことだろう。
どこからどう見ても、これまで出会ったモルフとは姿形が異なり、笠井修二の話したどの感染段階にも属していなかったのだから。
「あれは、俺にも分かっていない。ただ、ありうるとすれば修二も知らないとされるモルフの感染段階、『レベル4モルフ』の可能性は高いと思う。実際、今までで一番厄介だと思わされたからな」
「あれがそうなんか……。よくそんな奴とやりあって生き残れたな」
「出水のおかげだ。あいつが隙を見て弱点の首をナイフで削ってくれたからな」
「や、やめろよ。俺は大したことしてねえって。結局のところ、生死を確認できてなかった俺のミスで神田を危険にさせたわけだし」
出水は照れつつも、自分のミスを謝った。
だが、出水が動いてくれなければ、神田はそのまま持久戦で撃ち負けていただろう。
いくら動きが鈍くなってきていたとはいえ、弾丸の消費数が圧倒的に厳しかったのは事実だ。
あの機動力を奪わない限り、勝ち目がないことは目に見えていた。
「そういえば出水、そのネックレスなんなんや? そんなん持ってたっけ?」
清水は、出水が手に持っていたネックレスを見て疑問をぶつけていた。
それは神田も知らないものだったので気にはなっていたが、
「ん、ああ。これか、気にすんな。俺にとってのお守りみたいなものだよ」
「……よう見たらそれ女物のネックレスやないか。お前まさか女おったんか! あんなけおらんおらん言うてたから仲間やおもたのに、お前ぇぇ!!」
「や、やめろ! 首を絞めるな! 彼女がいないのは事実だって! これ形見だから、お前の想像してるのとはちげえよ!」
形見と聞いてさすがに察したのか、清水はそれを聞いて首を絞める手を解いた。
「か、形見か。なんかすまん……」
「いいよ、もう今さっき解決したことだからな。清水、神田。俺、自分の過去に何があったのか思い出せたよ」
その告白に、神田は目を見開き驚いた。
出水は、自身の過去を覚えていないと皆に打ち明けていた。
思い出そうとすると頭痛が起きるとのことなので、無理に聞こうとはしなかったのだが、形見と言っていたということは、つまりそういうことなのだろう。
「そうか、じゃあもう大丈夫なんだな?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「俺は全然大丈夫ちゃうけどな。なんで二人の中で解決しとんねん」
口を尖らせていた清水に対して、出水と神田は笑っていた。
何があったのか、具体的なことは神田も知らない。
だが、出水がスッキリした面持ちである以上、これ以上何かを追求する必要もないだろう。
過去はあくまで本人の問題だ。
それは神田自身も同じで、もう区切りはついている。
「さて、じゃあそろそろこのビルから離れるか。もう夜になってるからな。修二もそろそろ攫われたお姫様を救出してる頃かな?」
「あいつなら大丈夫だろう。アリスさんと桐生さんもいるからな。俺達は俺達で、市民の救出を急ごう」
修二と離れてから、既に二時間が経過していた。
恐らくだが、もう彼らは敵のアジトに着いている頃合いだろう。
あちらのことも気にはなるが、神田達には市民を救出する任務がある。
今はもう三人しか隊員がいない状況下ではあるが、それでもできることをやるしかないのだ。
「とりあえず降りるか。次はどの場所を探るんだ?」
「それやねんけどな、弓親さんと話してたんやけど、鬼塚隊長と離れる場所になった市街地周辺に行った方がええて話になったんや」
「弓親さんが? どうしてそこに?」
「なんや、言うには感染区域とされる都市の中でも、区域外に近い周辺の避難はもう完了してるらしいわ。あとは一番モルフが多いとされるあの場所にまだ生存者がおる可能性が高いらしくてな」
「なるほどな」と、目を瞑り、出水は少しだけ思案していた。
今は鬼塚隊長ももういなく、修二も別行動で指示を出せない。
つまり、今この場で指示を出すのは出水陽介ということになるのだ。
「分かった。じゃあ一番危ないところに戻ろう。清水、手持ち見たからわかるけど、銃弾のストック、神田に渡してくれ」
「ほいほい」
清水は弓親の車から預かってきた弾のマガジンを神田へと渡していく。
これで、弾切れになることは最悪逃れられるだろう。
持ち物を整理しつつ、神田はもう一度死体となったモルフを見た。
「あれが市内にいる可能性もまだあるのだろうな」
「怖いこというなよ、まあ、確かにそうなんだけど……」
モルフは時間に応じて感染段階を上げていく。
それは個人差があるとのことだが、今ここで『レベル4モルフ』? の疑惑がかけられているこの死体があるということは、他にいてもおかしくはない。
だが、一つ奇妙なことはあった。
「そういえば、今日の午後に感染が確認されたと言っていたが、なんでこんなに早くにこの感染段階のモルフが出てきたのだろうな?」
神田は、今の現状を落ち着いて頭の中で整理して、単純な疑問を口にした。
その疑問は、当然の帰結だった。
思えば、神田は夕方に『レベル3モルフ』とも対峙していた。
笠井修二が言うには、幾ら早くても十時間かそれくらいはならないとの見込みだったが、これも個人差というやつなのだろうか?
「それは俺も考えていた。神田が『レベル3モルフ』と対峙したって聞いた時からな。あの時はそれどころじゃなかったから何も言わなかったけど、こいつを見て少し考えを変えたよ」
「考え?」
「ああ、確証はないけど、そもそもどうやって連中は市中感染を起こさせたと思う?」
その疑問に対し、神田も清水も顎に手を当てて考え込んだ。
その点に関しては、確かに出水の言う通り疑問だった。
空気感染を引き起こさせないウイルスとのことで、血液に潜り込むことで感染するということは、そもそもどうやって市民を感染させたのか。
笠井修二から聞いた、御影島での島民の感染は主に予防接種と称した注射からのものと聞いている。
今回、東京都市内での大規模な感染は、モルフに噛まれた上での感染もあるだろうが、元となる感染源があるはずなのだ。
そのことに対し、出水は指を二本立てて推測を立ててみた。
「ありうるとすれば二つ。まず一つ目は御影島と同じように、注射と称した感染の可能性だな。でも、これだけだとそこまでの数のモルフは出せない。他に考えられるとするなら、食べ物や飲み物に混入させた可能性もある」
「その二つの可能性のどちらかということか?」
神田の問いに、出水は首を振って、
「いや、混入の方は一つ目の派生だな。二つ目なんだけど、これは俺も可能性が高いやつだと思ってるんだが、連中が感染者自体を東京にばら撒いた可能性だ」
二つ目の可能性に対し、清水は動揺していた。
それは、考えたくなかったもう一つの可能性だ。
「ちょ、ちょっと待てや。それなら何か? この状況を作り出した奴らは感染させた奴を放り出したってことか? そんなん現実味なさすぎやろ」
「いや、それなんだが、一つ気になることがあってな。今は全国的に感染しているらしいから一概には言えないけど、どうしてここまで広範囲に感染者がいるとお前は思う?」
「そりゃ……」
「食べ物や飲み物に混入するにしても足がつきやすくなる。そんな大それたことを、わざわざ飲食店に納品してやるほどリスクはかけられないと思うんだ。だとすると、感染させた者をこの東京にばら撒いたと考える方が筋が通るかと思われるけどな」
出水の推論に、清水は何も答えられなくなる。
神田もわかっているが、これはあくまで推論であり、確証はまるでない。
その気になれば、他の手段で感染者を誘発させることはできるかもしれないが、感染者自体を街中に置くという発想はあながち、ありえないわけではないだろう。
それに、その考えに至った理由は神田にも察することができていた。
「となると、このモルフも既に感染した者の可能性があるということか」
「そう! それが言いたかったんだ。もしかするとだが、このモルフも神田が見た『レベル3モルフ』も、実はこの街を感染者で埋める為に放たれた奴らなんじゃないか? それならば、この疑問に対して腑に落ちるんだけどな」
確かにその通りだ。
『レベル3モルフ』まではまだしも、このモルフの死体の疑惑についても、『レベル4モルフ』であった場合、この短時間でその感染段階に至るのはいくらなんでも早すぎる。
時間差的な問題からみても、その可能性は高くみてもいいはずだ。
「なるほどなぁ。てことはこのモルフは実験体みたいなもんか? もしくは事前に誘拐した市民を先に感染させたみたいな」
「まあ、さっきも言ったけど、確証はもてない。ただ、もしもそうならそうなるだろうな」
「ふーん、じゃあこの死体にもなんか手掛かり残ってたりせんのかな?」
そう言って、清水は死体となったモルフを調べようとした。
元々、全裸のような姿をしていたので手掛かりも何もないだろうとは思っていたが、
「清水、さすがにそんな都合良いものはないだろ。それより、早く任務に戻ろう。時間は有限なんだから――」
「おっ、なんやこれ?」
「え? マジでなんか見つかったの?」
予想外な反応で、出水は清水の元へと駆け寄る。
清水が触っていたのは、モルフの腰の辺り、ちょうど背中とお尻の間のところだ。
そこには、何か文字で書かれた刺青のようなものがあった。
「なんて書いてるんや、これ? 『No.134』?」
「生前が不良だったとかじゃないのか? 番号的になぜそれにしたのか気になるけどな」
「まあ、さすがにそんな手がかりはないわな。よっしゃ、じゃあちゃっちゃと行こか」
あまり意味のないものだと二人は思い、立ち上がった。
刺青を入れていること自体、神田の環境下では珍しくもないことだったので、神田自身も特に何か思うことはなかった。
そうしたまま、彼らはさっさと動こうとそのビルを後にしようとする。
そして、三人はビルを離れて、次なる目的地である渋谷近辺へと向かおうとしていた。
およそ三kmほど歩いた先にある地区のため、その間に準備は怠らず、歩きながらでも手持ちの武器を整理していく。
ここから先、神田達は、誰も知らなかった。
日が暮れ、夜の暗さがどれほどモルフにとって有利に働くかなど、唯一の体験者である笠井修二がいないことが、それを彼らに体感することとなる。
今更ですが、第二章のクライマックスは二部構成です。
後半戦は第一章共に無茶苦茶な展開にするつもりです(笑)
あと、第一章からそうですが、過去投稿の内容の誤字脱字を未だ見直せていないのは申し訳ございません。
極力、投稿前に確認はしていますが、それでも気になる部分は出てくるかもしれないです。
今月中にはなんとか全話見直しを図れるように努力します。




