第二章 第十六話 『ずっと傍に』
日は落ち、夜になろうとする時間帯。その中で、出水は由依の家の前まで来ていた。
ふーっと、落ち着いて深呼吸をして、玄関のチャイムを鳴らす。
そして、以前話をした由依の母親が、玄関のドアを開けて出てきた。
「あら、あなたは――」
「夜分遅くにすみません。由依のことで少しお話が……」
「……その話はあまりしたくありませんの。今日はお引取り願えないでしょうか?」
案の定、というより予想通りの反応だ。
何も、それで疑うようなことはないが、失礼なことをしているのは出水の方であることは自身でも理解している。
だから、出水はあえてこう答えた。
「由依の件について、手がかりが見つかったんです」
賭けに近いその言葉を口にして、出水は由依の母親の表情を見た。
一瞬、目を見開くような動作を見せた後、彼女は無表情となって、
「手がかり……とは?」
その言葉を受けて、出水の額に冷や汗が浮かぶ。
黒か白か、それを判別したいが為の嘘だったのだが、狙いは間違っていなかった。
これは、限りなく黒に近いグレーだ。
普通、自身の娘に関して、手がかりが分かれば少しは喜んでもいいはずなのだ。なのに、平静を装うようなこの態度は、出水からすれば怪しさしかない。
単純に黒と考えなかったのは、断定できる証拠がなかったからである。
緊張感が全身を包み込みながらも、出水は勇気を振り絞って答えた。
「ここで話すのは少し……よろしければ中でお話させていただけませんでしょうか?」
「……わかりました。夫に確認させますわ。少し、お待ちいただけるかしら」
そう答えて、由依の母親は家の中へと入っていった。
一瞬、緊張が解け、出水はそこで大きく息を吐いた。
「とりあえず、作戦は成功、か」
警戒されてはいたが、ここで追い返されれば全ては無意味となってしまう。
もしも、由依の家族に何か関わりがあれば、さすがに出水を帰すわけにはいかないはずだ。
口から出まかせを言う程度ならば追い返す程度で済むが、核心を突くならば話は別だ。
つまり、問題はこの後にかかっている。
「お待たせしましたわ。中でお話を伺うので、どうぞ」
「……どうも」
由依の母親から、家の中へと案内されて、出水は由依の家の中へと入る。
頭の中では常に状況を整理しながらという器用なことをしていたのだが、その腹心はかなり焦ってはいた。
由依についての手がかりに関して、これは本来ならば警察を通しての事柄だ。
警察を挟まずして、話し合ったところで何も進展などない。
それでも聞こうとしたのは、一刻も早く娘の居所を知りたいが故のことか、それとも……。
「お前が由依と付き合っている男か」
リビングに入ったところで、奥の椅子に腰掛けた野太い声をした中年の男が出水へとそう投げかけた。
由依と若干似ているような顔をした男であったが、その佇まいからは不思議と貫禄がある。
ただ、一つ目に付いたのが、男の前のテーブルの上にある一升瓶の品々だ。
七、八本程度か、普通な感想を述べるならば、酒豪と称してもいいほどに良い呑みっぷりではある。
ただ、由依のあのことがなければだが。
「はじめまして、由依とお付き合いしています、出水陽介と申します。夜分遅くにおかけして申し訳ございません」
「あー、それは気にすんな。それよりもおめえ、由依について何か知っているって? とりあえず座れや」
手招きされ、出水は由依の父親の正面に座る。
部屋に入るとき、部屋の中を瞬時に視線だけを動かして見ていたが、別段怪しいものは感じなかった。
端っこには、誰のものかわからない使用済みの雑貨類などがまとめられている程度で、それ以外は普通だった。
だが、その中に一つだけ、出水の中で確信を得るものがあった。
「それで? 由依について、何を知ってるんだ?」
「そのことについて、できれば警察の方も呼んでいただけないでしょうか? 話の流れに関して、それほどに重要ですので」
「ダメだ、今ここで話せ。お前の話に信憑性があるかどうかさえ疑わしい」
あっさりと否定され、出水は息を詰めた。
だが、警察を呼んでいないことは理解できた。
ここからは、本当の賭けになる。
「わかりました。その前に、伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「なんだ? 話してみろ」
出水はそこで深呼吸をして、
「――どうして、そこに俺が由依に渡したネックレスがあるのですか?」
指を刺した先、雑貨類が置かれたものの中に、由依にプレゼントしたネックレスが置かれていた。
その出水の指摘に、由衣の父親は一瞬、眉を下げるような仕草をしていたが、出水は続けて、
「由依は、俺があげたプレゼントを大事そうに毎日つけていました。つけていなかった日は一度もないくらいにね」
「何が言いたい? たまたま付け忘れていただけだろうが」
「付け忘れていた? それは行方不明になった日の話ですか? そこまでの話はしていないのですが」
「――――」
出水の反論に、由依の父親は口を噤んだ。
由依は、プレゼントしたネックレスを肌身離さず着けていた。
由衣のことをよく知っている出水が、由衣が行方不明になった日に限って着け忘れるなど、違和感を感じさせずにはいられないのだ。
それはつまり、今回の騒動がこの家族に関わりがあるとみて間違いがないとの確信であった。
静かな空気の中、目の前にいる由依の父親はこちらの目をジッと見つめている。
そして――、
「そうか、なら――お前も死ね」
突如、頭に強烈な衝撃が走った。
横倒しに倒れ、地面を転がり、激痛が頭の中をグルグルと回り続ける。
意識が朦朧とし、平衡感覚すら掴めないほどに眩暈が止まらない。
「がっ、あっ……」
生暖かい感触を感じて、それが自分の血であることを理解する。
一体、何が起きたのか、視線だけを動かしてみると、由依の母親がちょうど出水が座っていた真後ろに立っていた。
その手には、それで殴ったと思わしき金属バットがあり、全てを理解した。
――やっぱり、こいつらが。
由依の行方不明の原因が、これでハッキリした。
この家族が、由依の行方不明に関わっていたということだ。
だが、そこで立ち上がろうとして踏ん張ろうとした直前、ふと殴られる前の由依の父親の言葉が頭に過ぎった。
『そうか、ならお前も死ね』
「お前も――?」
痛みを忘れて、出水は全身から嫌な汗が止まらなくなる。
この男の言うことに間違いがなければ、それは――、
「このガキ、どこまで勘がいいんだ。せっかく、警察の目を欺けたってのによお!」
そう言って、男は出水の腹を蹴り上げる。
肺の中の空気が押し出され、痛みと苦しみが同時に襲い掛かる。
もはや、虫の息といってもいいほどに痛めつけられた出水は、それでも意識だけは離さなかった。
この男は、殺さなければいけない。
憎しみが膨れ上がり、殺意の目を向けて、必死に蹴られた腹を抑え続ける。
「どう……して……」
「ああ?」
「実の……娘を……」
「あー、何を勘違いしてるのか知らねえが、由依と俺達は血は繋がってねえ。親権はあるが、由依からすれば俺は叔父なんだよ」
「なん……だと?」
「それとなぁ、殺したってのは不可抗力だ。元々、あいつを人身売買をしている連れに売り渡すことが目的だったんだが、抑える時に暴れて、頭をぶつけて死んだんだ。かといって、死体をそのままにするわけにもいかねえ。だから、由依は誘拐されて行方不明ということにしたんだよ」
真実を告げられて、出水は息が止まるかのように瞠目した。
由依は死んでいる。
そのことだけで、心は限界まで擦り切れてしまった。
「由依の……死体は……」
「さあ? どこぞの山の中にでも埋められてるんじゃねえの?」
ぷつりと、何かが切れるような音がした。
それから、なにがあったのかは覚えていない。いや、もう思い出すこともできなかった。
その後に残っていた記憶は、自身が血まみれの中、憎い二人の男女が目の前に横たわっていたのみだったのだ。
その死体には全身に刺し傷があり、目は抉られ、もはや五体満足とはいえないその惨状の中、出水の手には血に塗れたナイフが握られていた。
そして、意識が完全に途絶した。
それから先は、はっきりと覚えていた。
ショックの影響で記憶が完全に抜け落ち、出水は自身がここにいる理由すら分からないでいた。
なぜ、自分は独房の中にいるのか、その理由がわからないままも、何も思うことはなかった。
どうしてかは分からないが、全てがどうでもいいと、投げやりな気持ちになっていたのだ。
そうして、ある日、一人の男が尋ねてきた。
「面会だ。出ろ」
言われるがまま連れてこられ、そこで出水は知らない男と出会う。
面会といわれ、はじめは親かと考えていたが、目の前にいるのは初対面の男であった。
「はじめまして、出水陽介君だね? 俺は織田哲也っていうものだ。よろしくね」
挨拶をされて、出水は光を失った目で織田と名乗る男の顔を見た。
見た目からして、普通の一般男性のように見えるが、かなり筋肉質なガタイをした男だ。
なにかの聴取なのだろうが、どうせ何を聞かれても答えようがない為、出水は何も答えようとしないつもりだった。
「キミのことは調べさせてもらったよ。重度の記憶障害、主にエピソード記憶による体験的記憶の欠如が原因で、あの事件のことはまるで記憶にないと……」
この男の言うことが、まるで理解ができない。
記憶障害という言葉の先から、するすると頭が理解することを拒むように記憶からなくなっていく。
そのせいで、この男の話したことが何一つ、頭の中に残ることはなかった。
「今のキミにこんなことを話しても無意味なことはわかっている。隊長にも止められたしね。だから、これは俺の独り言だと思って聞いてくれて構わない。すぐに忘れるとは思うがね」
何が無意味なのか、話の脈絡が繋がらず、出水は困惑していた。
「キミのガールフレンドだった石井由依についてだが、ちょうどキミが犯行に及ぶ直前に我々が見つけたよ。ちょうど、山に埋めに行こうとしていたところだったんだろう。兼ねてよりマークしていた人身売買組織を捕らえた時にね」
石井由依という知らない女性の名前を聞いて、出水は頭に頭痛が走った。
「その捕らえた構成員を非人道的な尋問をした際に判明したことだが、どうやらキミが殺したあの夫婦が石井由依の殺害に関与していたらしい。現場の状況から推察して、キミは真実を知って犯行に及んだと見ているが……今となっては分からないことだ」
頭痛が酷くなっていく。
何の話をしているのか、出水にはまるで理解ができなかった。
だが、それでも織田という男が何を言っているのかを理解しようと頭を手で押さえながら、必死で痛みに耐える。
「……どうやらこれ以上は危険だな。今日ここに来たのはこの話をしにきたのが本題ではないんだ。やるかどうかはキミの意思次第だが、聞いてくれるかな?」
「なん……だよ」
「キミがこの少年院をでても、もうまともな生活を送ることは不可能だ。その意味でじっくり考えてほしいのだが、キミを日本の非公式の特殊部隊にスカウトしたい。そうなれば、キミの戸籍等云々は全て死亡扱いとなるが、少なくとも飯は食えていけるはずだ」
なぜか、この話については理解することができた。
非公式の特殊部隊とは何のことかはわからないが、ろくでもないものだけは確かだ。
「なんで、俺がそんなのに……」
「キミが今も苦しむ理由を、取り戻したくはないかい?」
その言葉を聞いて、出水は目を見開いた。
この男の口車に乗せられようとしていることだけは分かるが、出水は自身の頭痛の原因を知りたい。
いや、知らなければいけない気がしていた。
それが、その特殊部隊と何が関係しているのかはまるで分からないが、そこにしか手掛かりがないと言われているようだったのだ。
「改めて言うが、これはキミが決めることだ。無理強いはしないし、断ってくれても問題はない」
織田はそう言って、席から立ち上がった。
まだ聞きたいことはたくさんある。
痛む頭を押さえながら、出水は織田との間にある透明ガラスに手を突いて、
「ま、て、本当に、俺が何者なのか、原因が分かるのか?」
「それこそ、キミ次第だ。俺から言えるのはそれだけだな」
「……」
何も答えられず、出水は考えた。
全てを捨てて、国の犬になれと言われているようなものだ。
慎重に考えなければ、意味がない。
「そうだ、キミに渡す物があったんだった」
「?」
織田は手に持っていた袋の中から、ネックレスを取り出した。
女性用のような、綺麗なネックレスだ。
「これを持って、あとはどうするか決めたまえ。一応話しておくが、キミに勧めている部隊は俺も所属している。来る気ならば、俺は待っているよ」
織田は、その言葉を最後に面会室から出て行った。
去り際に渡されたネックレスを手に取り、出水はそれを見つめていた。
このネックレスを見ても、頭痛は起きない。
ただ、何か懐かしいようなそんな感覚があった。
そして、これからどうすべきかはもう決まった。
出水は、自身が何者なのかを知りたい。
そのためならば、なんだってやってやるという思いで、出水は隠密機動特殊部隊に入隊することとなった。
△▼△▼△▼△▼
全てを理解した出水陽介は泣いていた。
「由依……」
自身が何者で、何があってここにいるのか、全てを理解することができた。
自分には、愛すべき大切な人がいた。
そして、その人はもうこの世にはいない。
後悔と悲哀の感情が心を抉っていた。
あの昼ご飯を一緒に食べていた時、どうしてもっと話を聞いてやることができなかったのか。
どうして、もっと早く助けだせることができなかったのか。
変わったかもしれない過去を思い、それが無駄であることも頭では理解しながらも悔しさに呻いていた。
「由依がいないのに……俺が生きる意味なんて……」
自分がここに立つ理由はないと、震える手で蹲っていた。
もはや、モルフのことや日本の命運など、どうでもよかった。
出水には、生きる理由も戦う理由もないのだ。
例え、ここで自死を選んでも出水は構わないほどに、精神は限界まで擦り切れていた。
「ああああああ!!」
突如、雄叫びが聞こえ、その方向を見る。
今も神田は、隙を作ろうと必死にあのモルフを相手に戦っている。
なんとかして隙を作り、その瞬間を出水に討たせるようにと、踏ん張っていたのだ。
だが、それを見ても、出水は立てないでいた。
「神田……ごめん……」
謝り、涙で顔を濡らし、出水は戦意を喪失していた。
落としたナイフを拾うこともせず、ただ力なく膝をつくことしかできない。
もう何が正しいのかさえ分からないまま、顔を下に下げると、
『陽介、ありがとうね』
「っ!?」
もういないはずの由依の声が聞こえた。
顔を上げ、周囲を見ても、由依はどこにもいない。
当たり前だ。由依はもうこの世にいないのだ。
ならば、これは幻聴なのか。
『陽介は頑張り屋さんだね。私も見習なくちゃ』
これは幻聴ではない。
出水の中にある、由依との思い出の記憶だった。
まるで、今の不甲斐ない自分を奮い立たせようとしているかのように、彼女の声が出水の頭の中に反芻させていた。
「ダメなんだ、由依」
絶望しながらも、彼女の声に反論しようとする。
出水にとって、由依は生きる理由そのものだったのだ。
どれだけ自分が醜いことか、そんなことはとうにわかっていた。
「俺には、もう生きる理由も……何も」
『陽介はもう、一人じゃないでしょ?』
静かに、嘆くようにうな垂れた出水へと、彼女はふいにそう言った。
思い出の中の一部の記憶だ。
決して、出水の嘆きに呼応して返事をしたものではない。
でも、それでも、出水はその声に反応して、
『私だけじゃなく、もっと色んな人達も大切にして。陽介はもう、一人ぼっちじゃないんだから』
優しく、引き付けるかのような声色で、由依はそう言った。
何も言えない出水は、その声をただ聞くことしかできなくて、
『それに、大丈夫だよ、陽介』
「な、にが……」
縋るように、出水は彼女の声に耳を傾けていた。
『なにがあっても、私は陽介の傍にいるから――』
「――――」
スッと、重荷となっていたものが落ちるかのような感覚が出水の胸の内から感じられた。
由依の笑顔が好きだった。
どんな表情をしていても、彼女が最後に見せる笑顔が、誰よりも優しくみえたから。
由依と一緒にいる時間が幸せだった。
何もしなくても、何をしていても、ただ傍にいるだけで落ち着いていられたから。
その全てを失っても、今はなぜか、落ち着いていられた。
それが過去の記憶であろうと、今の出水にとってはかけがえのない大切な思い出だ。
なによりも、それがあるだけで出水は、彼女が今も側にいるかのように感じられた。
「――ありがとうな、由依」
前を向いて、出水は立ち上がる。
力無くした数分前までの出水はもうそこにはいない。
彼女は傍にいてくれる。
きっと、今もずっとそうだ。
胸のポケットに仕舞っていた、誰のものか分かっていなかった由依のネックレスを取り出し、それを見た。
「俺はもう、後ろは向かない。約束するよ」
小さくそう呟いて、出水は再び戦場へと向かう。
自分を好きでいてくれて、救ってくれた彼女の存在に感謝しながら――。
△▼△▼△▼△▼△▼
もはや白兵戦とは思えない、そんな形容し難い戦闘が繰り広げられていた。
部屋の中を縦横無尽に駆け回るモルフは、神田の銃撃から間一髪のところで避けていた。
ただ、間違いなく弱ってきていることだけはその動きから見てもわかってはいる。
蜂の巣のように銃弾を撃ち込んだ痕はもう既に再生しきっていた。
だが、弱点である頭部に被弾し、多少なりともダメージはあったようで、初見で出会った頃よりもスピードが落ちていることは確かだ。
それでも神田の銃撃を避け続けているのだから、その化け物ぶりには驚嘆せざるを得なかった。
攻撃態勢を取るモルフに対し、神田はすかさず回避行動をとる。
「――くっ!」
この攻撃が、かなり厄介であった。
目まぐるしく移動しながら、その合間に突撃するように牙だけで襲い掛かってくるのだ。
銃弾を避けるほどのスピードで接近してくるわけなので、常に意識していないと避けることは至難であった。
「まだだ……まだ……っ!」
それ故に、神田は一人で戦おうと決めていた。
このモルフには、隙が見つかる気配がない。
二人で銃撃を浴びせようとしても、今一人でやっているこの現状と何も変わらないことを分かっていたからだ。
ならば、隙を作らせて、出水に討ち取らせることがベストだと考えていた。
攻撃態勢に入り、壁に張り付いたモルフが、一直線に神田へと迫る。
それを予期していた神田は、この瞬間を狙っていたかのように、
「ここだ!」
しゃがみこむように伏せて、上を通り過ぎようとするモルフの腹部目掛けて銃弾を撃ち込んだ。
体勢が悪かったこともあり、反動で腕が軋むが、そうも言っていられない。
モロに銃弾を受けて、転がり込むモルフを見た神田は叫ぶ。
「出水、今だ!!」
「うおらぁぁ!」
横合いに待機していた出水が飛び出してきて、持っていたナイフをモルフの首に突き刺した。
「――――ッッ!」
突如、叫び声をあげて、モルフは抵抗しようと必死で暴れ出した。
だが、出水は逃さないようにヘッドロックを極めて、牙に噛まれないようにしつつ、その首を抉っていく。
「いい加減に、おねんねしやがれってんだ!!」
対抗するように出水は叫び、神田はただ見ていることしかできなかった。
それもそうで、組み伏せているこの状況下、神田が何をしようと逆効果であったからだ。
出水を信じるしかない状況で、モルフの動きが徐々に弱まってきていることが目に取れた。
「もう少しだ、出水!」
「んなろうがぁ!」
首の骨を刈り取ろうとしているが、硬くてできないでいる。
しかし、ダメージは確実に与えており、次第にモルフは完全に力を失くすように動かなくなった。
「はぁっ、はぁっ! やったか? って、あんまフラグ立てたくないんだけども」
「大丈夫だ、もう動いていない。よくやってくれたよ、出水」
「ほんとだよ。こんな危険な役回り、もう二度とごめんだぜ」
そう言いながらも、出水はいつもよりも清清しい面持ちで答えていた。
なにか、憑きものでも取れたかのような、軽々しい様子で出水は、
「まっ、こんな化け物相手に一人で立ち回ってた神田もさすがだけどな。ほんと頼りになるぜ」
笑顔で、出水は神田の肩に手を置いた。
その慣れないテンションが気にはなったが、今は上手く難を凌げたことを良しとして、
「ふっ、俺こそ頼りにしている。一人じゃ、何もできないからな」
「一人で何でもできる奴がそれを言うと嫌味に聞こえるわ。んじゃ、まあ行くと――」
出水が最後まで言葉を噤もうとしたその瞬間、倒れていたモルフが神田目掛けて飛び込み、押し倒してきた。
「ぐっ! くそっ!」
牙を押し込もうと、モルフはなりふり構わず神田の首筋へと迫ってきていた。
最後の死力を尽くそうとしているのか、今までよりも遥かに大きい力で、神田を押さえつけてきており、引き離すことさえできない。
「神田!!」
出水が、神田へとしがみつくモルフを引き剥がそうとするが、間に合わない。
もうすぐそこまで迫ったモルフの牙が、神田の首筋へと辿りつこうとしたその時、
「出水! どけぇ!」
この部屋にいなかった第三者の声が聞こえ、出水はその場で立ち止まると、銃声が鳴り響いた。
そして、先ほどまで神田に襲い掛かってきていたモルフは頭を貫かれ、倒れていた。
「間一髪やったな、大丈夫か? 神田」
部屋の出入り口に、別行動をとっていた清水が銃を構えた状態で立っていたのだ。




