第二章 第十五話 『出水陽介』
正直なところ、体はもうクッタクタであった。
早く帰って、飯食って風呂に入って、暖かい布団の中で寝たい。
そんなことを考えつつも、使命感が邪魔をして、体はしっかりと休むことはなかった。
――元々、何で俺はこんな部隊に入ることになったのかな。
思い返すように、記憶を掘り返そうとした。
しかし、トラウマが蘇るかのように、頭痛が出水を襲いかかろうとする。
出水は、自分の過去を思い出せないでいた。
いや、厳密には少しだけ違う。
頭の中で思い出すことを無意識的にシャットアウトし、なぜ自分がこのような部隊に入り、命懸けの戦場に行くことになったのか、記憶の蓋を閉められるように思い出せなくなっていたのだ。
隠密機動特殊部隊は皆、日陰者達の集まりだ。
神田や修二が話していたように、皆、過去に何かあってこの部隊にいる。
それは清水も例外ではないはずで、出水も同じだ。
それなのに、出水は自身が何故、何があって隠密機動特殊部隊に匿われたのか、それは分かっていなかった。
――断片的な記憶はある。
それが誰なのかは思い出せない。
可愛らしい女の子だった。歳は出水と変わらない程で、笑顔が綺麗な女の子だ。
そしてもう一人、四十代ぐらいのおっさんで、脳裏に焼けつくのは狂気に歪んだその顔だ。
なんとなくだが、記憶にある女の子と顔が似ているようにも見られたが、少なくともその雰囲気から良いやつだとは思えない。
「ぐっ」
再び、頭痛が頭の中を駆け巡るように走ってきた。
どうして、今こんなことを考えているのか。今は任務中で、神田に託されたのだ。
神田は今も、あの危険なモルフと命懸けの戦いをしている。
出水がやることは、隙をみて、あのモルフを確実に仕留めること。
だが、確実に仕留めるということは、至近距離まで近づかなければいけないのだ。
手に持つナイフを力強く握りながらも、その手は震えが止まらない。
きっと、今こんなことを考えているのは、死ぬかもしれないだとか、そんなことを考えているからだ。
出水は、死ぬのならば、せめて自身が何者なのか知りたかった。何も分からないまま死ぬなんてことは、それこそあってほしくないのだ。
頭痛が酷くなっていく中で、出水は自身が持つナイフを見た。
まだ一度も使用していない、新調したであろうナイフである。
それを見た瞬間、出水はそのナイフが血に塗れて見えるようにフラッシュバックを起こした。
「がっ!」
痛い痛い痛い。
頭の中に何かが入り込むような感覚が突如として押し寄せてくる。
目を閉じて、意識していないにも関わらず、知らない記憶が出水の脳内に駆け巡った。
そして、全てを理解した。
△▼△▼△▼△▼
出水陽介は、ごく普通の平凡な高校生であった。
それこそ、笠井修二と変わらないほどに、友達もいて、家庭も一般的な環境で暮らしていたのだ。
少しだけ違うとするならば、彼には大切に想う彼女がいたということだ。
彼女の名は石井由依。
お互い一目惚れという、なんとも運命的な成り行きで付き合った関係だった。
まあ、見た目が綺麗だからというだけの理由だとか、そんなわけでもない。
きっかけは高校に入学する前のことだ。
合格者の受験者番号の発表の時、自分の番号があってめちゃくちゃに喜んだ。
なぜなら、その高校はその地域の中でも学力がそうとう高い者にしか入れない難関高であったからだ。
あまりの嬉しさに、一人ガッツポーズで喜んでいると、すぐ隣に泣いている女の子がいた。
その時、自分はやってしまったとさえ思っていた。
泣いているということは、受験落ちした者だと思ったからだ。
だが、ここでそそくさと離れていくのも味が悪く、持っていたハンカチをその泣いている女の子に渡すと、彼女は笑顔で礼を言った。
後で分かったことだが、彼女は受験に落ちて泣いていたわけではなく、合格して嬉し泣きしていたとのことだった。
そんなことにすぐ気づくわけではなかったが、それでも出水は彼女のその笑顔を見て、惹かれたのだ。
出会いがどうのこうのって、皆は思うことはあるのかもしれない。
でも、出水にとっては、人に惹かれる瞬間っていうのは単純なものだと考えている。
それほどに、彼女の笑顔は他の誰よりも眩しく映っていた。
そんなこんなで、高校生活は幕を開けた。
中学の頃の友達が一人もいない中で、どうしようとは考えていた時、後ろの生徒から肩をちょんちょんと突かれた。
「あ、あの、この前、ハンカチくれた人……ですよね?」
後ろを振り向くと、出水は目を見開いて驚いた。
あの時の、泣いていた女の子だったのだ。
女の子と話すことに慣れていないわけではなかったのだが、それでも緊張してしまう。
「あ、ああ。そうだよ、同じクラスだったんですね」
なぜ、最後敬語になったのかは自分でも分からない。それほどに緊張してしまったのか、彼女と目を合わせるのも難しかった。
「ふふっ、どうして敬語で話すの? って私も人のこと言えないけど。あっ、そうだ! ハンカチ、返さないと!」
彼女はそう言って、あの日、渡したハンカチを鞄から取り出した。
正直なところ、あげたようなものなので、そこまでしてもらわなくても良かったのだが、
「あの時はありがとうね! ハンカチ忘れてたから、顔がグシャグシャのまま帰らないといけなくなるとこだったの」
「お、おう。役立ったなら良かったよ。それにしても、返さなくてもよかったのに」
「むう、そんな人の好意を踏み躙ることはできません」
彼女は頬を膨らまして、ジト目で出水を見る。
可愛らしい仕草に余計目を合わせられないのだが、仕方のないことではある。
ぶっちゃけた話、惚れてしまっていたのだ。
お互いをよく知っているわけでもない、ただ一目見たあの日以来から、ずっと――。
「あっ、そういえば自己紹介まだだったよね。私は石井由依って名前なの。あなたは?」
「俺は出水、出水陽介っていうんだ。よろしくな」
お互いに自己紹介をして、彼女の名前を知ることができた。
それから仲良くなるまでは、そう日がかかることはなかった。
テスト勉強を一緒にし合ったりなど、そのついででご飯を食べに行ったりなど、周りから見れば付き合ってるようにしか見えないだろう。
だが、実際は付き合っていたわけではなく、友達のように接していたようなものであった。
出水からすれば、常に緊張しながら由依といたのだが、彼女はどうだったのだろうか。
自分の想いを伝えたいが、中々勇気を出せずにいた中、そんなこんなで半年ほど経った頃、出水はある決心をした。
由依に自分の想いを伝えようと。
「えっ……」
驚くような反応が由依の口から溢れた。
人生で初めての告白をして、恥ずかしさと緊張の絶頂期であったが、それよりも怖さが勝っていた。
この気持ちを伝えて、もしも振られてしまえば元の関係に戻れなくなってしまうのではと、そんな考えが交錯していたからだ。
それでも、伝えたい想いがあってこそ踏み切ったのだが、出水は閉じていた目を開けることができないでいた。
「……嬉しい」
静かな空気の中、由依から返答があった。
その一言を聞いて、出水は下げていた頭を勢いよく上げて由依の顔を見た。
「私も……実は陽介の事が好きだったの。初めて出会ったあの合格発表の日から、もう一度出会った時からずっと」
口の中が渇くような、そんな感覚だった。
今ある現実が嘘のような、信じられないような目で出水は由依を見ていた。
由依は頬を赤らめながらも出水のことを見つめ続けていた。
「ほ、ほんとに?」
「うん、ほんとにほんとよ。よろしくね! 陽介!」
由依はそう言って、出水に抱きついてきた。
そうして、出水は由依と付き合う事となった。
初めは、実感が湧かない日々であった。
片想いだと思っていたのに、まさかの両思いであったなど、誰が想像できたことか。
由依と付き合ってから、出水は幸せの絶頂期であった。
さすがに、周りの知り合いには付き合っていることがバレてしまい、揶揄われることも多々あったが、特に気にはしなかった。
想い人と一緒にいれる時間が、出水にとってはなによりも幸せだったのだ。
そんなこんなで半年程経ったある日、昼休みの中で、出水は由依と昼食を食べようと誘いに向かった。
付き合っているにもかかわらず、実はあまり一緒に昼食を取ったことがなかったのだ。
特にそれを気にしていたわけではなかったのだが、クラスの男友達に指摘されて、一日だけでも一緒に昼食を共にしようと出水は由依を探していた。
そうして廊下を歩いていると、向かいから由依の姿が見えて、
「おっ、由依。良かったら昼食でも……」
「ご、ごめん! 今日はあまりお腹空いてなくて!」
由依は、焦ったようにそう言って、出水の横を駆け抜けていった。
誘いを断られたことにショックは無かったが、なんとなく違和感を感じた。
それが気になり、出水は由依の後をこっそりとついていってみた。
由依は、誰もいないラウンジの中に入り、その一角のテーブルの椅子に腰掛けると、ため息をつくようにしてポケットから飴玉を取り出した。
それを口の中に放り込むと、何かを思うようにして天井を見つめている。
「何かお悩みでもあるのかな? お嬢さん」
「えっ!? よ、陽介? どうしてここに?」
「なんとなく気になったからかな。お腹空いてないなんて嘘ついて、なんでかなーって聞きたくなったのもある」
「い、いや、私、本当にお腹空いてないよ?」
その時、由依のお腹からグーっと音がした。
言い訳すらできない状況で、由依は顔全体を赤らめてテーブルに俯いた。
「意外と身体は正直なようで」
「も、もう! 陽介の変態!」
「変態!?」
なぜか、言われもないことを言われて、途端に周りを見たが誰もいなかった。
今ので誤解されて、セクハラ野郎なんて噂が流れればたまったものではない。
ホッと息をつくと、出水は改めて由依を見て、
「弁当、忘れたの?」
「……あのね、陽介。話していなかったんだけど、私の家庭って、結構貧乏なんだ。だから……」
なるほど。
つまり、お金がないから弁当を作ってもらえない。
購買屋でパンを買う金もないということなのだろう。
しかし、そこまで困窮しているのは、家族はどんな働き方をしているのだろうか気になるところではあるが、出水としてはあまり人の家庭に茶々を入れる程、お節介な人間ではない。
「んじゃ、俺の弁当一緒に食べようぜ。今日、一緒に食べようと思ってたから結構作ってきたんだ!」
「えっ、いいの……?」
「遠慮はいらねえよ。一緒に食べる方が美味しかったりするだろ?」
精一杯の笑顔で、出水は由依へとそう言って、持っていた弁当箱を二人の間に置いた。
 
「……ありがとうね」
 
礼を言った由井の表情は、どこか寂しげな様子だった。
少し動揺した出水だったが、少し考えれば分かることであった。
同情をしていたわけではないが、由依は意外に一人で物事に図ることが多い。
それが、周りに迷惑をかけたくない一心のものであることは、側で見てきた出水には分かっていた。
だからこそ、この好意にも遠慮しがちではあったのだろう。
そんな由依の様子に、出水は、
 
「等価交換ってやつだよ」
 
「え?」
 
「ほら、俺は由依と一緒にご飯を食べられる、由依は昼食が食べられる。お互いにウィンウィンなやつじゃん? 遠慮したい気持ちは分かるよ。由依は周りに迷惑をかけないよう一生懸命な女の子だからな。でも、少しは周りを頼ってもいいんだぜ。俺達の仲なんだからさ」
 
言いながらも恥ずかしいことを話した出水は、少し顔を背けながらも由依を見た。
由依は驚いたかのような表情をして、すぐに小さく微笑んだ。
 
「ふふっ、陽介は本当にお節介なんだから。陽介がいて、本当に良かった……」
 
「おうよ、由依が困ったときには瞬時に目の前に現れるぜ、俺は」
 
「うーん、それはちょっと怖いかな」
 
しまった、少し調子に乗りすぎてしまったようだ。
しかし、お互いを全部何もかも知っていたわけではないが、これで良かったのではないかと思う。
由依にも悩みはあって当然なのだ。
ならば、少しでも相談に乗るならば、自分自身がやりたいし、救ってあげたい。
そんな高校生の青春らしさの心を抱えながら、出水はそう考えていた。
由依のこの純粋な笑顔を見られるならば、自分はなんだってできるとさえ思っていた。
だが、なぜこの時、自分は由依の家族環境に関して、親身に聞いてやることができなかったのか。
思えば、ここが分岐点であったのだろうと思う。
 
 
――それから一週間ほどしたある日、いつもと同じように登校し、いつもと同じように自分のクラスの教室に入り、いつもと同じように自分の席に座ると、何かが違っていた。
いつも早くに登校していた由依の姿がなかったからだ。
遅刻するなんて珍しいなと思いつつ、待っているとチャイムの鐘が鳴る。
程なくして、由依は欠席とのことになったらしいが、学校にも連絡もなしに無断欠席なんて、由依らしくないとは思われた。
 
二日目――由依は今日も来ない。授業のまとめたノートは作ってやったが、由依がきたら少しご褒美をもらなければ。思えば、告白以来、手を繋いだこともない関係だ。
なにか恋人らしいことをしたい、と考えながら、デート計画を練り直す。
 
四日目――由依は今日も欠席だ。さすがにおかしい。インフルエンザにでも罹ったのかと思われたが、先生に聞いても返事はくれなかった。
ちょっと怖いが、由依の家に行って何があったのか聞いてみよう。
 
七日目――さすがに限界だ。不安が重なりつつある中、出水は由依の住む実家に行こうと決意する。
 
何があったのかは分からない。それでも、一目会えれば、この嫌な焦燥感も少しは晴れるはずだと、出水は由依の実家の前へと来ていた。
ただの風邪であってほしい、そう願いながら玄関のチャイムを鳴らして、ドアが開いた。
由依の母親らしき人が出てきて、出水はお辞儀をすると、
 
「すみません、こんな時間に。僕は由依と同じ学校のクラスメイトなんですが、由依さんは今、いらっしゃるのでしょうか?」
 
問いかけに対して、由依の母親は一瞬、表情が歪むようなそんな仕草を見せて、真顔になり、
 
「由依は、いないですわよ……。一週間前から、行方が知れなくなっているの」
 
「――は?」
 
行方不明?
その先の言葉を心の中で呟き、出水は理解に至るまで数秒間、硬直していた。
唐突にそう答えた由依の母親は、出水のその反応に目を伏せると、
 
「一週間前の朝、いつも通りに由依は学校へと登校しに行ったわ。でも、それっきり、夕方になっても帰ってこなかったの。あなたは、何かご存知であったりしますの?」
 
「いえ……僕も、初めて知りました。由依は、一週間前のあの日、学校にも来ていなかったのですから」
 
行方不明という事実にうろたえながらも、出水は一週間前のあの日を思い出そうとした。
由依は、朝から学校に来ていなかった。
それはつまり、登校中の間で何かがあったということ。
だが、一体何があったのか、考えたくもない予想が次々と浮かんでは頭を振って消そうとする。
 
「警察の方に捜索願いは出しているのだけど、手がかりが見つからなくて……。どこかに遊んでいるのか、誘拐なのか、今も私たち家族は心が張り裂けそうな思いで」
 
「……すみません、心中穏やかでないときにこんなことをお聞きすることになって」
 
「いいえ、ところで、あなたは由依の彼氏さんなのかしら?」
 
「え、と、はい。少し前からお付き合いさせていただいております。今日伺ったのも、由依のことが気になって」
 
「そう。でも、今はまだ分からないことだらけなの。今日は、この辺にしてもよろしいかしら?」
 
「あ、はい……。すみません」
 
出水は、これ以上何も聞けないだろうと思い、お辞儀をして、その場から離れようとした。
すると、由依の家の中から、ガラスが割れるような音がした。
 
「今のは?」
 
「あら、父が酒を飲んでイライラしているのだと思います。こんな状況ですからね」
 
「そうですか……」と、その言葉を最後に、出水は背を向けて、由依の実家を後にした。
考えることは尽きない。
今も、お腹の中の胃を絞られるかのような不快感が押し寄せてきている。
どうして、由依が行方不明になったのか、考えられる可能性は一つしかない。
由依の母が言うように、未だどこかで遊んでうろついている。この可能性はまずないはずだ。
そもそも、由依にはそこまでの資金を持ち合わせていないはずであり、まして一週間も家を離れて遊ぶなど、性格からみてもありえないのだ。
ならば、もう一つの可能性、それは誘拐だ。
何者かが朝の登校中、由依を攫ったのだ。
 
でも、何のために?
 
嫌な感覚が全身を駆け巡る中、出水はどうすべきかを考えていた。
このまま警察に任せて、由依の身柄が見つかるまで大人しくするかどうか。
それは、考えるまでもなくNOだ。
自分だけが何もせず、今も苦しんでいるかもしれない由依を放っていくなどありえない。
だが、手がかりがないことも事実だ。
今ある情報のみを頼りに、出水は由依の登校ルートを調べた。
しかし、何一つ痕跡らしい痕跡はなく、すぐに手詰まりになる。
それから、何日も何日も徹夜してでも、出水は由依の手がかりを探ろうと必死になっていた。
学校に行かずとも、例え風呂に入らずとも、そんな時間はもったいないと感じるほどに、必死に由依を探した。
「どうして……」
こんなことになってしまったのか。
由依は今も無事で生きているのだろうか。
時間が経つごとに増していく不安感が、出水を限界まで苦しめていた。
「どこに……いるんだ……由依」
自宅の一室で、出水は自身の無力さに嘆きながら由依の安否を気にしていた。
警察からは、あれから何も進展が得られていないとのことである。
ただ、ここまで何も手がかりがないのも不自然ではあった。
 
由依の実家の周辺は田舎道のような場所ではなく、車の通りも多い地帯であり、監視カメラが至る各所に張ってあることは確認済みだ。
仮に車の中に連れ込まれたとしても、怪しそうな車に関しては目星がついていてもおかしくないはずである。
 
そうして仮説を立てていくごとに、出水はある違和感を感じた。
「あれ?」
 
由依は、自身の家族が貧乏であることを明かしていた。
それは、昼ご飯すらないほどに切迫した家庭環境であることも聞いている。
あの時、出水が由依の実家を訪ねて去ろうとしたとき、あの母親はこう話していた。
 
『あら、父が酒を呑んでイライラしているのだと思います。こんな状況ですから』
 
こんな状況で酒を呑むとは、逆におかしい話だ。
そもそも、家計管理が難しいはずなのに、そのお酒はどこからでてきたのか?
 
あの時は、由依の行方不明のことを知って冷静な判断ができていなかったが、今ならばその矛盾がハッキリとわかる。
 
――由依は自宅の中にいるのではないか?
 
その仮説が浮き彫りになろうとした時、出水は問いただす必要があると感じて、その場から立ち上がる。
少なくとも、由依の家族の関係は良くないことは確かだ。
あの時、初めて母親と出会ったとき、どうして嫌な顔を一瞬したのか、それを含めて全てを聞かなければならない。
 
「もしも、万が一があれば……由依の親御さんに限って、そんなことはないと祈りたいけど……」
 
机の下にあった、まだ自分に中二病のような時期があった頃、護身用として買っていたナイフを取り出して、それを服の内側に仕舞う。
工具用に使われるタイプのナイフの為、そこまでの切れ味はないが、あくまで護身用だ。
せめて、勘違いであってほしいと願いながら、出水は自宅を後にした。
 




