第二章 第十三話 『忍び寄る脅威』
繰り返される放送を聞いて、神田と出水はその状況を受け入れられずにいた。
今の放送に間違いがなければ、今ここにいる東京だけでなく、全国各地でモルフが発生しているということになる。
「どう……なってるんだ……」
出水は、わけもわからない様子で、驚いたままテレビ画面に釘付けになっている。
それは神田も同様で、放送の内容をただ聞くことしかできないでいた。
「神田、もし全国各地でモルフが発生しているなら、もう……」
出水はその先を言おうとはしなかった。
神田も、出水が何を言いたいのかは分かっている。
俺たちにできることはないと、そう言いたいのだろう。
正確には、出水達だけではもうこの事態を収拾させることが不可能だということなのだが、的は得ていた。
しかし、だからといって諦めることは違う。
「ダメだ。出水、確かに状況は最悪を極めてるが、それで俺達が何もしないのは違う。一人でも多くの国民を助けることが俺達の任務のはずだ。ここで諦めたら、救えた命も救えなくなるかもしれないんだぞ」
「で、でもよ、これって間違いなくテロだろ? こんなの、もう救ったところで、日本は……」
――崩壊する。
このまま手つかずになれば、それはまず間違いないだろう。
仮に万が一、鎮静化させることができたとしても、日本という国が経済的に破綻するのは目に見えている。
だが、それはそれとしても、人命を見捨てる理由にはならない。
「俺たちにできることをやるしかない。後のことは上がなんとかしてくれる。鬼塚隊長も……そうするはずだろ?」
「……」
自分達にできることなど、結局のところ、目の前にいる人々を救うことしか残っていないのだ。
出水の士気はかなり落ちているが、それでもやるしかない。
避難の準備が完了すれば、残りはモルフの制圧のみとなる。
ただ、神田には敵が何を考えているのかは理解できていなかった。全国各地にモルフのウイルスをばら撒き、戦力を完全分断させることは理にかなっているだろう。
だが、奴らの目的はおそらく、笠井修二の幼馴染である椎名真希の誘拐が目的だったというのが今までの推測だ。
それならば、東京だけでも十分な段取りだったにも関わらず、こちらの動きを分散、混乱させたのには何か他の目的があったのではないかと考えざるを得ない。
その目的に関しては現状、突き詰めることは困難だが、それこそ考えている余裕はない。
今は、とにかく人命の救出が最優先であることを胸に秘めて、神田は立ち上がる。
「出水、ここで無理ならお前は先に離脱しろ。責めるわけじゃない。ただ、今のお前ではこの先、続けるのは無理だ」
「いや、やるよ。すまん……弱いところを見せたな。俺も行かせてくれ」
神田の提言に対して、出水は気を引き締めるように立ち上がる。
それが虚勢であることは分かっていた。
だが、神田はそれに対しては何も言わない。元よりチーム行動が苦手な神田に、出水の行動を否定する理由はないのだから。
「ニュースを見ている限りでは、東京全域が感染地帯のような感じだな。となると、ここも例外じゃなかったということか」
「そういうことだな。……待て、出水。何か音が聞こえる」
咄嗟に銃を構えて、二人は入り口を見た。
何かが走るような足音が聞こえる。生存者であることも考えられたが、楽観視はできない。
もしも『レベル2モルフ』であった際、迂闊に飛び出せば、神田達はそこで終わってしまうのだ。
入り口のドアに身を寄せながら、顔だけを外に出して様子を伺うと、二人の男女がそこにいた。
モルフではない。生きている人間であることも、動作を見て分かる。
見た感じ、何かに追われているような雰囲気であった。
「こっちだ! こっちまで走ってこい!」
出水は、状況を把握した上で走る男女へと声をかけた。
こちらの存在に気づいた二人は、安心したかの表情を顔に浮かべて近づいてくる。
若い男女のカップルのように見えた。
短髪の爽やかそうな顔をした青年が、彼女の手を握って神田達の元に辿りつくと、
「た、助けてください! 後ろから変な集団が追いかけてきて……」
息も絶え絶えなその様子に、神田は青年の後ろに何がいるのか、すぐに察することができた。
「こっちにこい! ひとまず隠れるぞ!」
二人を先ほどいたラーメン屋の中に誘導して、身を潜めた。
「声は出すな。絶対にだ」
「は、はい」
出水の指示を聞いて、二人の男女は震える足をそのままに言う通りに頷く。
そして、少ししたら複数の走る足音が聞こえて、すぐにラーメン屋の前の通りをそれは駆け抜けていく。
全身に血の跡を残した化け物――モルフだ。
彼らは、神田達の存在に気づくことなく、目の前を通り過ぎていった。
あと一歩、誘導に遅れていれば戦闘は避けられなかっただろう。
ホッと息をついて、逃げていたであろう青年と女性を見やる。
見たところ、二人とも怪我らしき怪我はない。
感染していることがないことを確認した神田は、二人の生存者に状況を確認しようとして、
「生存者はお前達だけか?」
ヒッと、怯えた様子の二人を見て、首を傾げる。
何を怖がっているのか、もしくは味方だと思っていないのかと考えられたが、どうすればいいか神田には思い浮かばない。
「おい、神田。お前はちょっと言い方が硬いんだよ。ごめんな、俺達は国から派遣された特殊部隊なんだ。生存者は君達だけかい?」
「えっと、はい。僕達だけです。あの、助けていただいてありがとうございます」
青年の男は、出水へと頭を下げて礼を言う。
彼女と思わしき女性も、青年の男の後に続いて頭を下げていた。
酷く怯えている様子だ。体も震えている。
「ああ、いや気にしなくていいよ。俺達の仕事だからな。ところで君達の名前は?」
出水が優しく問いかけ、青年の男は顔を上げた。
「お、俺は菊池友也っていいます。こっちの彼女は田村優菜です」
「そうか。菊池、田村、今から避難するけど、俺達がいるからにはもう大丈夫だ。指示に従って、絶対に離れたりするなよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
優しく、そう言った出水に対し、菊池と田村はホッと安心するように不安から解放されて腰を下ろしていた。
神田には、出水のように不安を取り除くことはできなかっただろうと考えていた。
人付き合いが苦手だったこともそうだが、目先の任務を遂行することを優先する癖があり、市民の感情など頭になかったのだ。
逃げ惑うことしかできないこの状況下において、この場にいる二人の生存者だけでなく、今も尚、逃げ続けている生存者達も、不安と恐怖で押し潰されそうになっていて当たり前の筈だ。
「よし、神田、とりあえず移動しつつ避難誘導しよう。……どうした?」
「ん、ああ、なんでもない。そうしよう」
出水の対応に見とれていた自分がいたことにハッとした神田は、改めて銃を持ち上げる。
今は考えるのをやめよう。
できることをやらなければ、どこで命取りになるか分からない状況だ。
頭を切り替えて、神田はラーメン屋の出口へと向かい、外の状況を確認する。
先ほど、駆け抜けていったモルフの姿はなく、辺りには人気は全くない様子だった。
「大丈夫だ、進もう」
「よし、あっとそうだ。菊池、田村、もしもまたあの化け物を見ても絶対に慌てずに落ち着いてくれよ。必ず俺達が守るからな。あいつらは音に敏感らしいから、叫んだりすると余計に集まるかもしれないんだ。不安な気持ちもわかるけど、そこだけは徹してほしい」
「わ、わかりました。あ、あの……あの人達って何なのでしょうか?」
菊池に問われた疑問に対し、出水はそこで躊躇うかのように返事を止めた。
モルフに関しての情報を話すべきなのか、躊躇ったのだ。
あくまで機密情報であり、それを特殊部隊である神田達が知っているということになれば、原因がこちら側にあると推測される事態にもなりうる。
「あれは……まだ判明していないんだ。ただ、その暴徒を生かしたまま捕らえた時にわかったことなんだが、どうやら心臓が止まっていてな。生きている人が襲い掛かっているわけじゃないそうなんだ」
出水は、嘘と本当の情報を与えつつ、菊池へとそう答えた。
本当はきちんと説明したい。傍にいる神田でも、出水が考えていることが分かっていた。
だが、むやみに情報を与えて混乱されてもデメリットしか残らない。
せめて、生きている人間の意志によって今回の被害が起きたわけじゃないことを伝えて、取り繕ったのだ。
それを聞いた二人は少しだけだが、不安に表情を強張らせていた。
「あ、あの、もう一ついいですか?」
もう一人の田村と名乗る女性が、そこで口を開き、出水へと問いただす。
「どうした?」
「私達二人とは別に、逃げてる途中でビルの中に入る二人組を見たんです。逃げることに必死で、何も伝えることはできなったのですけど……」
「マジかよ。ちなみにそこはここから近いか?」
「この先のビル街の一角にあります。ただ、逃げてるって感じはしなかったんですが……」
「……そいつらの格好とか覚えてる?」
「えっと、何も入ってなさそうな大きな鞄とかを持っていました。二人ともです」
「――――」
それを聞いた出水は頭を押さえるように、表情を歪ませていた。
もう一組の生存者ならば、助けに向かえばいい話である。
なぜ、そのように頭を悩ませるのか、分からなかった神田はどういうことか出水に問いかけようとした。
「どうした、出水? 生存者なら助けに向かえばいいだろ?」
「本当に逃げてるとか隠れるって話ならな。もちろんいくけどさ。ただ、まずは二人を避難させてから向かおう。弓親さんに連絡するよ」
上手く理解できなかった神田は、首を傾げていた。
そのまま、弓親と連絡を取った出水は、大通りに来るように位置情報を送り、二十分もしない内に弓親が乗る避難車両がやってきた。
どうやら清水は途中で降りたらしく、出水の送った位置情報の場所へと向かってきているらしい。
菊池と田村を乗せた車は、そのまま感染地帯から離れるように去っていった。
最後、お礼を言うように何度も頭を下げていたが、助かったことは本当に良かったことだ。
そして、神田と出水は、菊池達が話していたビル街の一角にあるとされる大手企業会社の建物へと向かっていった。
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時計の針は午後四時半を越えた辺りだ。
季節は冬で、もうすぐ陽も落ちて外も暗くなる頃合の中、二人の男は、とある大手企業会社のビルの中にいた。
建物の中には人影がなく、全員が避難したと見受けられる。
概ね、ここまでは想定どおりであった。
「よし、誰もいねえな」
電気も点いていない通路の中、大城克己という男は、笑みを浮かべながらそう言った。
「か、かっちゃん、本当にやるのか? これって犯罪だろ?」
かっちゃんと呼ぶ大城の後ろを歩く男は、友人の伊藤恭平だ。
彼は震えるようにビビりながら、大城の後についてきている。
「何ビビってんだよ。むしろ今がチャンスなんだぜ。お前はこの会社で働いてるんだから、中の道のりも詳しいはずだし、前に歩いてほしいんだけどな」
「で、でもよ、いくらなんでも盗みはヤバいよ。バレたらタダじゃ済まないぞ」
「大丈夫だって。今は緊急時だから誰もいないし、あんな化け物が外に彷徨いてたら誰もこんなとこにいないだろ? 誰かいたら逃げてきたってことにすりゃいいんだよ。んなことより、金庫の場所、ちゃんと分かってるんだよな?」
「あ、ああ。わかってるよ」
歯切れが悪いままそう返事をした恭平に、大城は黙ったまま再び笑みを浮かべる。
そう、彼らはこの混乱騒動の中、誰もいない会社の中の金庫から金を盗みだそうとしていたのだ。
恭平はこの会社で働いていたとのことであり、経理の役職についていたことから、金庫のパスワードも把握していた。
月末の為、金庫にはまだ銀行に入金されていないお金がたくさん残っていることも聞いており、それを全て盗もうという算段だったのだ。
「しっかし、まあラッキーだよなぁ。手薄になった会社から金を取れたら、俺たちも当分は楽に過ごせそうだし、あの化け物には感謝様々だぜ」
「でも、大丈夫かな。今さっきニュースを見たけど、全国で化け物がたくさん湧いてるって言ってたし、日本が大変なことになるんじゃ……」
「んなもん、国がどうにかすることだろ? 国民の安全を確保するのがあいつらの仕事だぜ? こんなことになったのは全部あいつらが悪いんだ」
悪びれもなくそう言った大城に、恭平も何も答えなかった。
同感だという認識なのだろう。今回、起きた騒動に関しては、大城達にはまるで関わりはない。
むしろ、なぜこんなことになっているのか、国の人達に問いたいほどであった。
どの道、多くの人々が犠牲になることは分かっている為、危険は承知としてもお金を手に入れたいのが大城の考えだった。
「エレベーターは使えないし、階段を使うしかないな。恭平、何階に行けばいいんだ?」
「十三階だな、経理課がある部屋はその階層にあるよ」
案外、高いところにあることを嫌味に感じながら、それでも大金が手に入るなら良しとしようと、大城は階段を上っていく。
念のため、あの化け物がいないかどうかは入念に確かめつつ、ゆっくりと進んだ二人は、目的の部屋のある十三階へと到達していた。
道中もそうだが、まるで人の気配がなかったことから、本当に誰もいないのだろう。
心の中でガッツポーズを取りながら、大城達は金庫のある部屋、経理課がある部屋の前へと来ていた。
「ここだな。恭平、パスワードは覚えてるんだろな?」
「何回か金庫を開いた時があったからね。大丈夫だよ」
「よーし、じゃあ行くか」
準備は万全であることを確認した大城は意気揚々とした気分で経理課の部屋の中へと入る。
部屋の中は、パソコンや資料がたくさんデスクの上に置かれており、壁際にある窓ガラスには外の景色が映りこんでいた。
さすがは大手企業の建物といっていいだろう。
ここにくるまでもそうだが、小さい会社とは比べ物にならないほど、規模が大きい。
部屋の中は、先ほどと同じように人の気配がないことを確認した二人は、そのまま金庫があるとされる場所まで歩いていく。
恭平の事前情報によれば、監視カメラも部屋の中にはついていなく、盗んだ後、この騒動が鎮静化してからバレる可能性もない。
入り口の監視カメラには映っていただろうが、そんなものは後で壊せば済む話だ。
そして、金庫があるデスクの前に大城と恭平は立っていた。
金庫は、誰にでも見えるような位置にポツンと置かれていた。
だが、仮にこの大きさのものを持ち運ぶのは無理がありそうで、やはり恭平を連れてきて正解だったと改めて考え直していた。
早速、金庫の中のお金を盗もうと大城は恭平へと顔を向けて、
「よし、恭平。金庫の方、早めに開けてくれ」
大城が指示した時、恭平は全く別の方向を見ていた。
その額には、この寒い中であるにも関わらず、汗が伝い落ちている。
「恭平?」
「か、かっちゃん、今、音がしなかった?」
「はぁ? お前、こんな時に何言ってんだ。俺には何も聞こえなかったよ。気のせいだろうし、さっさとやろうぜ」
急かそうとした大城だが、恭平は尚も部屋の中を見渡そうとしており、埒が明かない。
イライラした大城は、仕方ないとばかりに背中にかけていた金属バットを手に持って、
「わーったよ。俺が、調べてきてやるから、お前は金庫の中の金を取り出せ。それでいいだろ?」
大城の提案に、恭平は緊張した面持ちでゆっくりと頷いて了承した。
なぜ、そこまで怯えているのかが分からないが、例えあの化け物がいたとしても一人ぐらいならどうにでもなる自信はあった。
そうでなくとも、大城としてはさっさと金を回収して、この場所から立ち去りたいのが本音だ。
金属バットを両手で持ち、大城は部屋の周囲を歩いていく。
警戒は念の為していたが、特に何も見当たらない。
杞憂だとばかりに、一番奥のデスクの角を曲がったところで、地面に妙なものが落ちているのが見えた。
「なんだ、これ? 人の………髪の毛?」
地面には、大量に落ちていた人間の髪の毛らしきものがあった。
実際に触ってみてもそうとしか思えない程、髪の毛のような質感をしていた。
こんなところで散髪をしたとは考えづらく、どちらかというと抜け落ちたという解釈の方が正しく見えた。
気持ち悪い感覚を表情に浮かべながら、余計にさっさとこの場から立ち去りたいと考えた大城が立ち上がろうとしたその時、
「うわぁぁぁあ!!」
突如、恭平の叫び声が聞こえて、大城はすぐに振り向いた。
「恭平!?」
焦った大城は、すぐさま恭平のいる場所まで走っていく。
何が起きたのか分からず、恭平のいる金庫の場所まで着いたとき、恭平はそこにいなかった。
代わりに、地面には赤黒い液体が引きずられたかのように跡を残している。
それが何なのかは、鉄臭い匂いですぐに分かった。
「恭平……? おい、嘘だろ?」
地面に残る血の跡を辿るように、ゆっくりと大城は歩いていく。
先ほどまでの楽観的な気分の大城はそこにいなく、今あるのは訳のわからない恐怖と絶望に満たされていた自分のみだ。
喉が詰まるかのような感覚に陥り、走ったわけでもないのに息切れが止まらない。
――この部屋の中には、間違いなく何かがいる。
そう確信を持っていた大城は、金属バットを握る握力を緩めずにいた。
血の跡を辿りながらゆっくりと歩を進めるが、跡が無くなった場所には何もいなかった。
「どう、なってるんだよ……」
恭平がどこにもいない。
あの血の跡が、誰のものなのかも考えたくもなく、ただその場に大城は立ち尽くしていた。
――そして、大城は真後ろに人の気配を感じ取った。
「――――」
後ろに誰かがいる。
背筋に悪寒が走るような感覚を味わい、大城はその体を震わせていた。
恭平ではない。クチャクチャと音を鳴らしている何かが、大城の後ろにいるのだ。
恐怖でどうかなりそうなその体を精一杯に動かそうと、大城はゆっくりと首だけを動かして、後ろにいる何かを確かめようとした。
そして、その存在を視認してしまった。
△▼△▼△▼△▼△▼
神田と出水は、二人の生存者がいるとされる大手企業のビルの前へと来ていた。
道中、何度か戦闘にはなったが、数も少なかった為、問題なく制圧することはできていた。
出水が言うには、この混乱に乗じて盗みを働こうとしている奴らがいるとの見解である。
詳しく話を聞けば、神田も納得することができた。
確かに、誰もいない建物の中は盗み放題ではあるのだ。悪いことには違いないが、そんな人間がいてもおかしくはない。
どちらにせよ、避難誘導が任務の二人にとっては、そのはた迷惑な生存者を救出することは優先事項に含まれる。
ビルの中に入り、神田と出水は銃を構えながら進んでいく。
人の気配は感じなかった。
逃げた市民が隠れている可能性も考えられたが、一階には誰もいないことは、調べた際に把握できていた。
「もしも盗もうとするなら金だろうな。この混乱で企業データをパクろうなんて考える奴の方が珍しいし」
「つまり、どこに向かえばいいんだ?」
「まあ、金を管理するとしたら金庫がある場所だろうな。実際にそこにあるかはわからないけど、経理課あたりを探ってみる方が早いかもしれない」
出水の素早い推測に、神田はビルのエレベーターの横にある案内板から、階層毎の部署名を見ていく。
見ると、経理課は十三階にあることがすぐに分かった。
「十三階だな。エレベーターは電気が動いていないのか。使えないから階段でいくしかないだろう」
「めんどくせえなぁ。十三階ってめちゃくちゃ体力使うじゃん」
不満を零しながら、出水は階段がある方角へと歩いていく。
盗み終えた生存者が階段を降りてくる形になれば楽だったが、そうはならなかった。
結局、十三階まで上った二人は、経理課のあるとされる部屋の前まで歩いてこれた。
「ここだな。もしかしたら暴れる可能性もあるけど、そこは任せてもいい?」
「構わない、取り抑えるのは俺がやろう」
暴漢対策は出水も心得てはいるが、うっかり誤射するのは怖いのだろう。
それに、相手が武器を持っていれば、それはそれでモルフより厄介ではある。
神田ならば、問題なく対応できるだろうというのが出水の考えのようなので、神田はそれに従うのみであった。
「じゃあ、入るぞ」
部屋のドアをゆっくりと開けて、中へと入っていく。
モルフがいる可能性も考慮して、銃を構えたままの入室となったが、特に気配は感じられない。
だが、神田は警戒を全く解いていなかった。
「誰もいねえな。もう出払った後か?」
「出水、構えろ。血の匂いがする」
神田の指示に、出水は顔を青くして銃を構えた。
油断ができるような状況ではない。
確かにこの部屋の中には、血の匂いが感じられた。微かに感じる程度でも、神田はすぐに理解できていたのだが、あまりにも濃く匂いが感じられる。
それは、この場所で何かがあったということなのだ。
付かず離れずの距離を保ちつつ、二人は部屋の中を探っていく。
そして、音のようなものが前から聞こえてきていた。
「――――」
それに気づいた二人は、物音を立てないように進みながら、音の根源へと歩を進めていく。
はじめは、何の音か分からなかった。
クチャクチャと音を立てていたそれは、考えると何かを食べているかのようにも思われた。
そうして近づくと、そこには何かがいた。
人の姿をした、人間のような何かがしゃがみ込み、死体の上にいる。
そいつは、神田達に気づいたようにこちらを振り向き、神田達もその姿を視認したことで目を見開いた。
人間の死体を食べている、これまでに見たこともない悍ましい化け物がそこにいたのだ。
主人公である修二サイドの話はかなり後になるかと。
次回、第一章で登場しなかったあれが出ます。




