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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 第六話 『桐生の思惑』

 昼休憩の時間。休憩室には鬼塚、アリス、桐生の三人がテーブルを囲むように椅子に座っていた。


 鬼塚は桐生とは面識があるが、アリスとは初対面であった。

 アメリカのエージェントであるとは聞かされているが、信用はしていない。

 CIA等の諜報機関の可能性も消し去ることはできず、正直なところ、国の機密部隊である隠密機動特殊部隊の面々と会わすことも当初は反対していたのだ。


 しかし、桐生が問題ないと言ったこともあって、仕方なく訓練に参加させることになったのだが、なぜアメリカのエージェントがこの日本にやってきたのか、それは鬼塚自身にも分かっていなかった。


「――――」


 沈黙が休憩室の中を支配していた。

 この部屋には鬼塚達以外の人間は誰もいない。

 ただ休憩をしている、というわけではないことは鬼塚自身も分かっている。


「ちょっとちょっと、なによこの重苦しい空気は。何かしゃべりなさいよ」


 アリスは、その沈黙の空気に耐えられなかったのか、声を出してそう促した。

 なにせ、堅苦しい男二人と席を共にしているのだ。居づらいと思われても仕方ないだろう。


「桐生さん、少しお尋ねしたいことがあるのですが――」


 鬼塚はアリスの言葉に続けて、桐生へと投げかけた。

 気を使うことも多いが、鬼塚としては率直に尋ねたいことが多くあったのだ。


「今回の訓練を経て、彼らは晴れて隠密機動特殊部隊の正隊員となることになったわけですが……私は疑問に思っています。どうして、訓練生期間を五ヶ月という僅かな時間で彼らを正隊員に任命することになったのでしょうか?」


 それは、桐生自身にも分かっているはずの問いであった。

 通常、隠密機動特殊部隊は非公表の部隊でありながら、自衛隊員や警察関係者ではなく一般人を起用した異質な部隊だ。

 その訓練期間はおよそ、四~五年はかける必要があるほどに時間を労する。

 だが、なぜか今回、訓練生として召集された四人については、たったの五ヶ月で正隊員の任命ということになった。


 その理由は、鬼塚自身も知らないことだったのだ。


「急ぐ理由は分かりません。ですが、今、隠密機動特殊部隊の隊長は私です。むやみに部下を死なせるつもりは毛頭ないのですよ。そこだけはハッキリさせてほしいのです」


 鬼塚としても、今の四人の訓練生のことは大切に思っている。

 幾ら正隊員だとしても、あの四人はまだ若い。

 鬼塚は、彼らを死なせるリスクを少しでも減らしたい、そんな思いであったのだ。

 だから、なぜ彼らがすぐに正隊員となることになってしまったのか、せめて、誰の指示によるものかだけは知りたかった。


「五ヶ月の期間は元々、風間の指示だ。今後のことも考えて、奴らには急ぎ正隊員にさせる必要があったんだよ」


「陸将が? 今後のこととは一体……」


 風間とは、現在自衛隊の中でも、陸将の地位に属する方だ。

 鬼塚にとっても上官の位置に立つ者となっており、頭が上がらない人物でもある。

 しかし、なぜそんな上司に当たる人物がそのような指示を出したのか、それを考えていると、


「――奴らが動くかもしれない、のでしょ?」


 そこで、割り込むようにアリスがふと意味深なことを呟いた。

 桐生はアリスがそう言った時、その鋭い目つきでアリスを睨むと、


「アリス」


「あら、喋っちゃいけなかった? でもそんなこと言われてないし、それに隊長さんにはちゃんと話さないといけないんじゃない?」


 二人は何かを知っているような口ぶりであった。

 なぜ陸将が五ヶ月を指示したのか、奴らとはなんなのか、鬼塚は戸惑いながらも桐生の言葉を待っていた。


「鬼塚、話す前に質問だ。お前はあの四人の中で、誰が一番副隊長に向いていると思う?」


 桐生は、鬼塚の知りたいこととは何の関係性もないような質問を切り出してきた。

 そのよくも分からない質問に対して、鬼塚は深く考えず、正直に答えようとした。


「副隊長、ですか。能力に関して言えばですが、出水でしょうな。彼は指揮系統能力が他の三人と比べて一段と高い。笠井も悪くないですが、彼は少々奇抜な発想が過ぎるときもある。あれでは、他の隊員を危険に及びかねませんからな」


 鬼塚はこの五ヶ月間、訓練で彼らの能力をしっかりと見定めていた。

 それぞれ個性を持った者達でありながら、一人一人がその能力に特化させるように訓練をさせてきたつもりだ。

 その為に、副隊長の能力があるとするならば、出水が適任であることも彼は判断していたのだ。


「……そうか。鬼塚、よく聞け。この国で有事の事件が発生した際、その時の副隊長は笠井だ。あの男の指示に従って部隊を動かせ」


 桐生がそう指示して、鬼塚は自身の意見とは真逆のことを言われたことに瞠目した。


「ど、どういうことですか!? どうして笠井に!」


 テーブルに手を突いて立ち上がり、理由を問いただそうと桐生へと尋ねる。

 それは、自身の考えを否定されたからではない。

 ただ、有事の際という言葉に難色を示したからだ。


「これから起こるかもしれない未曾有の事態に、対処ができる者が笠井だからだ」


「ですから! その未曾有の事態とはなんなのですか!?」


 詳細を語らない桐生に、鬼塚も我慢ができず怒鳴り込むように尋ねる。

 隣にいるアリスは依然として反応を示さないが、話せない理由があるのかとさえ感じられるほどだ。


 だが、次に桐生が話した言葉は、鬼塚の想像の外にあるものだった。


「――モルフ」


 一言、桐生がそう発して、鬼塚は閉口し、力を失くすように椅子に座った。

 その単語がどういう意味なのか、桐生がなぜ笠井を副隊長に任命させようとするのか、それを聞いただけで理解したのだ。


「こんな場所でホイホイ話せるような内容じゃないからな。察しただろ?」


「どうして……日本でそれが起きると?」


「密偵の調査報告でな。このところ、首都近辺で妙な動きをしている連中がいる。すぐに捕らえはしたが、そいつらは全て雇われただけの何も知らない連中だった。だが、麻薬ではなく武器等の移動や細菌を調べる為の特殊機器が運ばれていたりなどの情報から、まず間違いなく奴らはこの日本にいることはもう分かっているんだ」


 それは、想像したくない最悪の事態を生むことになる前哨であった。

 この日本で、平和に暮らす一般人に御影島の再来を起こすことなど、世界への宣戦布告に近いものだ。


「どうして、奴らが日本にウイルスをばら撒くという根拠に至ったのですか……?」


「御影島の資料を読んでお前は知っている筈だ。あの事件はあくまで試験的な実験段階。どこかで本番を起こす為のものだということをな。それに、足取りを意図的に隠しているというのがあまりにも不可解すぎる。明らかに、自分達の存在を隠そうとしているのが見え見えだ」


 桐生の推測を聞いて、鬼塚の表情は強ばるばかりだった。

 御影島でウイルス災害を引き起こした連中の素性は、未だ判明すらしていない。

 首謀者の一人である碓氷氷華ですら見つけることは叶っておらず、足取りが全く掴めないことから、かなり大きな組織であるということは予測していた。


「それで……民衆の避難の準備は?」


「平行線だ。いつ起こるか分からない非常事態に上層部も業を煮やしているが、すぐに全隊への連絡ができるようにはしている。アリスがこの日本にいるのも、奴らを捕らえるためだからだ」


「でも、もう少しで割り出せそうなんでしょ? 首都近辺にいるってされるネズミの居所は?」


 アリスがそう言って、桐生も頷いた。

 どうやら、連中の居所は近いところまで掴めているようで、最悪の事態を回避する為に桐生達は動いているのだろう。


 だが、それは相手も把握している筈。

 万が一、日本国内でそれが起きた時には、非公表部隊である隠密機動特殊部隊は間違いなく死地に赴かなければならないのだ。


「また、彼らを死地に送り込むかもしれないということですか……」


「今回はまだ、事前に情報がある分マシだ。お前はまだ対峙したことはないだろうが、笠井修二はあの渦中にいた人間だ。情報共有と対処はあいつから問いただせばいい」


 それが、笠井修二を副隊長に指名させようとする理由だった。

 モルフに関して、実際に相対していたのは桐生と笠井修二のみだ。


 現在、隔離されている椎名真希に関しては戦線に出すことは叶わないが、その二人の経験はかなり大きなものとなる。

 文面で見てはきたが、鬼塚には実際どれほどモルフが脅威になるのか、理解はできないでいた。

 ただ、あのウイルスが市内にばら撒かれることがあれば、それは地獄の始まりを意味することになるのはわかる。

 ウイルスのことも何も知らない民間人だ。

 パニックになることは必死で、未曾有のバイオハザードとなることは否定しようがなかった。


「機動隊も陸上自衛隊も、感染した民衆を相手にするのは容易ではないだろうな。それこそ、SATのような実働部隊でなければ事態の収集は難しい。それは風間も懸念していることだ」


「情報共有はしないのですか……?」


「できるわけがないだろう。モルフのウイルスはトップシークレットの秘匿情報だ。おいそれと話せる問題ではない。それが民間人であれば尚更だ」


「家族や友人に情報が漏れるリスクもあるものね。実際はそうした方がいいのだけど、政治って難しいところよね」


 やれやれとため息をつくアリスに、桐生は手を組んだまま顔色一つ変えない。

 その中で、鬼塚だけは難しい表情をしていた。


「一応、いつでも動けるように自衛隊は動いている。臨時的なものだが、他県にいる自衛隊のメンバーもこちらへ派遣させているそうだからな」


「目的は民衆の避難誘導というところですか?」


「そうだ。実働する部隊も準備させているが、事が発覚した際には警察からも機動隊を要請する準備は整っている。つまるところ、全面戦争だな」


 耳が痛くなるような話だった。

 それでも、事が起きた時に被害をゼロに抑えることは不可能に近いだろう。

 なんとか被害を最小限に抑える為には、この国の全戦力を持って最善を尽くすしかないのだ。


 それが、日本という国ができうる最善策であるということを、目の前にいる白兵戦最強の男、桐生は暗に鬼塚へと伝えていた。


「今度は、一体どれほどの被害が出てしまうのでしょうか……」


「おい、それを防ぐのが俺らの仕事だぞ。最初からそんな想定してんじゃねえよ」


「気持ちは分かるけどね。実際、想像がつかないというのが総意だろうし」


「――アリス」


 真っ当な意見を言う桐生に対して、アリスは現実を伝えた。

 桐生はそんなアリスを目で睨むが、アリスは平然とした顔だ。


 どちらの言い分も、鬼塚としては受け止めなければならないことだ。

 だが、それ以上に鬼塚は、自身の心の内である感情が湧き上がり続けていた。


 その時、桐生の持つ携帯から着信音が鳴った。

 焦燥感を感じつついた鬼塚を前に、桐生は電話の相手を確認して耳に当てた。


「――なんだ?」


 アリスも鬼塚も、桐生の電話対応をただ黙って見ていた。

 そして、沈黙が場を支配し、十秒ほど経過したとき、


「なんだと?」


 桐生は顔色を変えて、携帯を持つ手に力が入っていることがここからでも見て取れた。


「……分かった。すぐに現場へ急行する。今日任命された部隊についてはどうするつもりだ?」


 何を話しているのか内容は分からないが、隠密機動特殊部隊のことを口に出して、鬼塚はその額に汗を浮かべた。

 まるで、必要とあらば彼らを出動させるかのような、そのような口振りにも聞こえたのだ。


「――了解だ」


 その後、桐生は電話を切り、椅子から立ち上がると、


「アリス、ゴタが起きたようだ。俺はすぐに現場へ向かう。お前も来い」


「あらら、意外と早かったわね」


 ゴタという単語に、鬼塚は嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 それは、警察が隠語として扱うものだが、意味としては喧嘩や揉め事等に使われるようなものであり、そのような現場に桐生が派遣される方が違和感に感じる。

 だが、その疑問はすぐに桐生が応えてくれた。


「鬼塚、言った側で悪いが、午後の訓練は中止だ。事態が動いた可能性がある。警察内部の情報だが、連日、一般市民が何者かに無惨に殺されたという事件が起きているらしい。検死の結果、どうやら食い殺されたとのことだ。おそらく、無関係とは思えない。俺とアリスは直ちに現場へ急行する」


「えっ!? それはつまり…….」


「まだ確証が取れていない。あいつらには悪いが、いつでも動けるように準備だけはさせろ。事態が動けば、全隊を動かさせるぞ」


 突然すぎる指示に、鬼塚は動揺の色を隠せないでいた。

 だが、その様子を桐生も感じ取ったのか、


「おい、しっかりしろよ。お前は部隊の隊長だろうが。お前の役目は、誰も死なせずに生き延びることだ。俺がお前を隊長に指名した時にも言ったはずだが?」


「え、ええ。わかっていますとも」


「まあ、仕方ないわよ。民衆が暴徒化して、それを対処しろなんてこの国の正規部隊にも難しいでしょうしね」


「その為の隠密機動特殊部隊だ。ナメるなよ、俺がいた部隊はそんなに甘くない」


 アリスの物言いに、桐生は自信満々に反論して見せた。


 桐生の言うとおりである。

 隠密機動特殊部隊の隊長は今、鬼塚が牽引する立場だ。

 隊長がみっともない行動を見せれば、隊員の士気にも関わる。

 それを理解した鬼塚は真剣な表情に戻すと、桐生へと言った。


「すみません、桐生さん。ダメなところを見せてしまって」


「何が起ころうと、適切的確に判断して動け。お前を信じるぞ」


 鬼塚の肩を軽く小突いて、桐生は休憩室の出口へと向かう。

 それに合わせて、アリスも桐生の後に続くように席を立った。

 鬼塚は席を立ち、敬礼のポーズを取って、


「桐生さん、どうかご無事をお祈りしています」


「死なねえよ。なにかあればまた連絡する」


 そういい残し、桐生とアリスは休憩室から出て行った。

 誰もいなくなった部屋の中、鬼塚は敬礼の姿勢を崩して、そこに立ちすくんでいた。


 ――始まる。

 もしも桐生達が敵勢力を早期発見し、捕らえることができなければ、日本という国は甚大な被害を被ることになるのだ。


 死した人が生きている人間を襲う。

 空想上のようなそんなウイルスの特性を知ったとき、鬼塚は当時、恐怖した。

 そのようなウイルスの存在だけではない。

 そのウイルスを使って、人道に反して使用する者達がいることに恐怖したのだ。


 そして、可能性として今、この日本で御影島と同じことが起きうるかもしれないという状況を聞かされ、鬼塚は戦慄していた。

 何のメリットがあって、そんなことをするのか。

 何の罪もない人々に、なぜそんなことができるのか。


 答えの出ないことを考えながら、鬼塚はその身体を震わせていた。

 これが、怖いということなのだと、心にしっかりと刻みこまれたのだ。



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