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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 第五話 『妹』

 対人格闘訓練が終わった後、修二と清水は桐生から受けた怪我を治療する為、施設内に完備されている治療室へと来ていた。

 修二自身はそこまで傷を負った程でもなかったが、清水の方は顔面を強く殴打したこともあり、彼は痛そうな様子で、


「いってぇ、あの桐生とかいうおっちゃん、手加減ってもん知らんのかいな」


「まあ、俺はあの人の戦闘を見たことあるけど、あれでも十分手加減されている方だと思うぞ」


「マジで? それは幾らなんでも盛りすぎてんとちゃうん?」


 軽口を叩きながら、清水はベッドに寝かされていた。

 桐生に地面に叩きつけられた時に鼻を強く強打したようで、骨にヒビがいったのではと心配していたが、どうやらギリギリ受け身を取ったので、大事には至らなかったようだった。

 かくいう修二は、桐生に吹っ飛ばされた衝撃で腕に擦り傷を負ってしまったので、消毒等の後始末をつけようとしていた。


「あ、あの……」


 椅子に座っていた修二は、医務室に入ってきた女性に話しかけられる。

 凛々しい顔つきをした若い女性だ。

 いや、どちらかというと十代後半のような若々しい女の子のようにも見えたが。

 その女性は、修二達を見ると礼儀正しく頭を下げた。


「訓練の方、お疲れ様でした。この医務室の担当をしております静蘭と申します。よ、よろしくお願いします」


 静蘭と名乗る女性は緊張しているのか、修二達を見るや頭をペコリと下げて自己紹介をしていた。

 随分と礼儀正しい子だなと考えていた修二だったが、ベッドに寝ていた清水は目をキラキラとさせながらこう漏らした。


「修二……、俺、この施設きて女の子と出会ったん初めてやぞ」


「なんか、下心感じるからやめろ……。てかさっきアリスさんっていう女性にさっき会ってたじゃん」


「あの人は……人ってよりか猛獣みたいな感じやん?」


 どうやら暴力的な女性はカウントしてないのか、失礼な物言いをする清水であったが、清水の言葉で静蘭は少し怯えている様子であった。


「あー、ごめんごめん。こいつの言うことは無視していいよ。鼻折れたわけじゃないのに午後の訓練サボってここにいるようなやつだからさ」


「いや、でもほんまに鼻めちゃくちゃ痛いんやけどな……」


清水の言う通り、鼻をよく見てみると腫れているようにもみえるが、サボろうとしているのは事実なので修二は軽く受け流すと、


「それで、静蘭? だっけ。昼休みに押しかけてごめんな。消毒液とガーゼとかあると助かるんだけどさ」


「あっ、はい! わかりました。すぐにお持ちしますね」


 静蘭は敬語で返事をして、すぐに道具を探し出す。

 修二はあまり医務室に行く気は最初なかったのだが、なぜか桐生に行けと強く指示されたので渋々行く事になっていた。


 身体の方は別段問題はない。

 そもそも、軽傷であるのでほったらかしていても問題ないのだが、気になることはあった。

 あの一瞬の攻防の後、修二は全く力が入らなくなったのだ。

 それは、修二が妙な動きをした後のことだ。

 自分でも分からない、思ってもいなかった動きをしたことを、今でも奇妙に感じている。

 どうして、あんな動きをしようと体が反応したのか。頭で考えて動いたというよりは、勝手に体が動いたかのような動きだった。

 それを本能的な動きと捉えていいものか、修二は自身の手を見つめていると、静蘭が修二の前にガーゼと消毒液を渡すように手を差し出した。


「お、お持ちしました。どうぞ」


「ん、ありがとう」


 静蘭に消毒液とガーゼを渡されて、修二は傷口に治療をしようとした。

 しかし――、


「あれ?」


 修二は腕の傷口を見て、疑問を感じた。

 先ほど確認した時よりも、腕の傷口が小さくなっているようにも見えたのだ。

 疲れたのかと考え、気のせいかとも思いつつも治療を続けていると、


「修二、お前もそんな怪我してないやん。サボりたいのって実は修二の方とちゃうん?」


「そう言われると否定できねえな。でもまあ、桐生さんに行けって言われたからなぁ」


 サボる認識はないが、これではそう言われても仕方ない。

 傷口にガーゼを当ててテープを巻き付けながらいると、傍にいた静蘭が何かを言いたそうにモジモジしていた。


「どうした? 静蘭」


「あ、あの、笠井修二さんですよね? さっき、桐生さんって仰ってましたけど、ここに来ているんですか?」


「ん? ああ、きてるよ。今日はいつもと違って特殊訓練だからな。それが?」


「あ、ご、ごめんなさい。では、笠井嵐さんもここにきているのでしょうか?」


「えっ?」


 思わぬ名前が飛び出し、修二は治療の手を止めてしまった。

 なぜ、彼女が父の名前を知っているのか、息子である修二には見当がつかなかったからだ。


「なんで、来ているって思ったの?」


 修二は、静蘭と名乗る女性のことが気になり、疑問を投げかけた。

 


「え、えと、実は少し縁があって、御礼も言いたかったですし……」


「御礼?」


 何のことかと思い、首を傾げたが、何か既視感を感じた。

 思えば、神田も父に御礼を言いたいなどと言っていたものだが、静蘭も同じようなことを言っているのだ。

 そして、ふと思いついた。


「もしかして、神田の妹さん?」


「あっ、えと、そうです。神田慶次は私の兄でして」


「えっ! そうなん!?」


 清水がビックリしたように飛び上がった。

 それを見た静蘭がビクッと身体を震わせて怯えていたので、修二はすかさず清水の頭を叩いた。


「怖がってるじゃねえか。寝てろ」


「いや、でもさすがに驚くで? あの無愛想なやつの妹がこんな別嬪さんなんやし」


「まあ、確かに似ても似つかないけどな」


 清水の言う通り、確かに見た目は可愛らしい女の子だ。

 なぜ、こんな施設にこんな若い子がいるのか疑問に思っていたが、その理由がよくわかった。

 神田慶次と神田静蘭は戸籍を消しているのだ。

 恐らく、表向きには修二同様、死亡扱いとして公表しているのだろう。

 ヤクザに関わっているわけだから、普通の暮らしが出来ない意味で保護していることまでは修二にも推測できた。

 ただ、父のことをどう説明すべきか、それだけは迷いに迷いかねていた。


「静蘭、ごめん。一応確認したけど、今日は嵐さんは来てないよ。一人で来たって桐生さんが言ってたしな」


「そ、そうですか」


 それを聞いた静蘭は少ししょんぼりしていた様子だ。

 修二は、父が死んでいることはあえて告げずに、来ていないということだけ伝えた。

 兄である神田の方は父の事を知っていたのだが、それでもむやみやたらに父のことは話したくなかった。

 それに、隣には清水もいるわけなので、あまり追求されると御影島の件に関わりかねないのだ。


「でも、そっか。神田の妹さんがここで働いてるってなんか運命感じるな。兄とは仲良いの?」


「あ、兄とは仲は良いです。でも……」


「ん?」


 急に歯切れが悪くなった静蘭を見て、訝しげにしていると、


「兄は、私を助けてここに来ることになったんです。兄は気にしていない様子でしたけど、それでも自分が許せなくて……」


「……なるほどな」


 修二は、静蘭の言いたいことがわかっていた。

 敵対しているヤクザから静蘭を助け出す為に、神田は死に物狂いで奔走したのだ。

 その結果、神田も妹である静蘭も、桐生が率いる隠密機動特殊部隊に引き取られることになったわけだが、自分が攫われなければこんなことにならなかったと、おそらくそう言いたいのだろうということだけはわかっていた。

 その考え方は、御影島での修二の立場に通ずるものがあったので、修二も静蘭の気持ちが理解できていた。

 だから、修二はあえて静蘭にこう聞いてみた。


「静蘭は兄貴が隠密機動特殊部隊に入ることは反対なのか?」


「いえ、そんなことはありません! 私達を助けてくれた方々には感謝しかないですし、そんな部隊に兄が入ることに誇りすら感じています。ただ……」


「ただ?」


「隠密機動特殊部隊って、死ぬ危険があるかもしれない任務をするのですよね? そんな危険な場所に兄が行くって考えると、どうしても……。ごめんなさい、言っていることが矛盾していることは分かっているんですが……」


 静蘭はそう言って、身体を震わせていた。

 兄である神田のことが心配でたまらないのだろう。

 その気持ちは、修二にも分かる。

 修二には兄妹がいるわけではないが、父が隠密機動特殊部隊の一人であると知った時はたまらなく不安だった。

 だから、静蘭はきっと――、


「静蘭は、兄のことが大好きなんだな」


「――え?」


「俺にも、大事な人がいるんだ。今はまだ会えない状況だけど、俺もその人が好きでさ。いつか会える日を待ち遠しくしてるんだ」


 修二と共に生き延びたもう一人の幼馴染。彼女に会う為に、修二は隠密機動特殊部隊に入隊しようと決意した。

 その気持ちは、今になっても変わらないままだ。


「その人に会うためにも俺は絶対に死ねない。神田も同じだよ。妹のキミを守るために死にものぐるいで頑張るだろうし、俺も絶対にあいつを死なせない。だから、心配はしてもいい。でも、信用はしてやってくれないか? 最悪の未来より、最高の未来を考えたいじゃん?」


「――――」


 修二は微笑みながら、静蘭へとそう伝えた。

 椎名に会うためにも死ねない。それは神田も同じで、静蘭の生きる目標を失わせないためにもと、そう考えているはずなのだ。

 だから、修二は分かったようなことを言えた。


「分かりました……。あの、差し出がましいお願いなのはわかっています。どうか、どうか兄を、よろしくお願い致します」


「おうよ、任せろ。それに、あいつなんだかんだ俺たちの中で一番優秀なんだぜ。静蘭が思うよりも、ずっとあいつは強いさ」


 親指を立てて、修二は静蘭へと安心させるように笑顔を見せた。

 たったの五ヶ月の訓練生であったが、それでも修二達は強くなれた自信はある。

 あの時、御影島で何もできなかった頃に比べれば、修二はなんだってやれるとそう考えていたのだ。


「っと、そろそろ身体も楽になってきたな」


 治療を済ませて、修二は座っていた椅子から立ち上がる。

 午後からは、桐生とアリスを交えた合同訓練があるのだ。

 それに、桐生には椎名の件で聞かなければならないこともあった。急ぐ案件でもないが、椎名に会う為の権利を得た以上は、早めにそのことを確認しておきたい。


「さて、それじゃ行くかな」


「あ、あの笠井さん」


 袖を引いて、修二を引き止めた静蘭の手には、布のようなハンカチが握られていた。


「これ、良かったら使って下さい。私にできることは少ないですけど、少しでも役に立てたら私も嬉しい……です」


 顔を下に向けながら、静蘭はハンカチを修二に差し出した。


「おっ、いいのか? ありがとうな、大事に使わせてもらうよ」


 差し出されたハンカチを受け取って、修二は礼を言いながら静蘭の頭を撫でた。

 ヤクザの家系とは思えない程、優しさに富んだ女の子だ。

 神田が守りたい気持ちもよく分かる。


「修二、お前って中々隅に置けんやつよな」


 清水がボソッとそう呟いた。

 どう言う意味なのかよくわからないが、いつもの調子でちゃかしているのだろう。


「お前はとりあえずゆっくり寝てろ。午後の訓練、参加できるなら途中からでもこいよ?」


「あたたた、なんか腹が痛くなってきたわ。あのおっちゃんのせいやで、これは」


「嘘つけ、お前腹蹴られてないだろ」


 なんやかんや清水の冗談をかわしつつ、修二は医務室を後にしようとした。


「んじゃ、またな。静蘭」


「はい! 気を付けて行ってくださいね!」


「おう!」


 強い返事を返し、修二は医務室から出ていく。

 静蘭から受け取ったハンカチを胸ポケットに仕舞い込み、午後の訓練の集合場所へと修二は向かっていった。

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