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Levelモルフ  作者: 太陽
第二章 『終わりへの序曲』
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第二章 第四話 『対人格闘訓練』

 起床ラッパの音が鳴り響き、起床の合図が隊舎内に轟く。

 何度も聞いた音楽だ。

 もうすっかり慣れていた修二は、既に起床していて着替えも済ませていた状態であった。

 それは神田、出水も同様で、彼らは修二と同じく、既に準備は済ませていた。

 ただ一人を除いてだが。


「もうこの光景も何度目か分からねえな……」


 清水は相変わらず、眠りこけている。

 そもそも、この起床ラッパは聴いてから起き上がるということではなく、聴こえる前までに起床し、準備を済ませておくというものだ。


 清水の寝坊のせいで、あれから何度か遅刻したこともあり、地獄のランニングをしたことも懐かしいが、修二達は今更そんなものやりたくはない。

 だから、こういう時の対処法は出水と相談してどうすべきかは予め決めていた。


「出水、やるぞ」


「ああ。――おい、清水。今日の訓練はお前の大好きなあの声優さんが来るらしいぞ」


 耳元でそう呟いた出水の小言に反応して、清水はカッと目を見開いて起き上がった。


「な、なんやて!? 出水、今の嘘ちゃうやろな!?」


 なんでそれで起きられるのか、と眉をびくつかせる修二であったが、出水の顔は無表情のまま清水にこう言い切った。


「嘘だよ」


「お前、ぶっ殺すぞ!?」


「こうでも言わなきゃ、お前起きないだろ? ぶっ殺したいのは俺の方だ」


 怒りに顔を歪ませる清水だが、出水は気にせずに着替えを済ましていく。

 もはやこの光景は慣れっことでも言わんばかりの様子に、修二も何も言うことはなかった。


 今日の訓練はどうやら遅刻せずに済みそうであった。


△▼△▼△▼△▼


 いつも通り、厩舎の外のグラウンドに集まった修二達は、いつもそこに待っていた鬼塚隊長以外に二人、そこに立っていた。

 一人は修二もよく知っている人だった。


「集合したな。今日はお前達に紹介したい人達がいる。神田と笠井は知っているだろうが、俺が隊長に就任する前、隠密特殊部隊の隊長をしていた桐生大我さんだ。くれぐれも失礼のないようにな」


 腕を組んで、そこに立っていた桐生はかつて見てきた目つきの悪い形相で佇んでいた。

 だが、もう一人の女性は修二も知らない人だった。


「そして、その隣にいるのが……」


「あら、自己紹介ならやらせて。私の名はアリス。アメリカで護衛をしたりするエージェントをやっている者よ。よろしくね」


 そう自己紹介をしたアリスと名乗る人物は、桐生とは対照的に笑顔が綺麗な女性であった。

 サラリとした茶髪のロングヘアーをしており、服装がシュッとしていることからスタイルの良さがここからでもよくわかる。


「今日は先輩である二人を交えての訓練だ。お前達もあれから十分に成長したわけだが、まだ実戦経験には乏しい。そこで、今日は少し過激なことをする」


「過激なことって、なんでしょう?」


 少し戸惑っていた出水の言葉に、ニヤリと口を歪ませた鬼塚隊長は、


「対人格闘訓練だ。今からお前達には、この二人を相手に戦ってもらう。もちろん、教えられたことを全力でやって構わん。殺す気でやっていいからな」


 それを聞いて、修二だけは嫌な顔をしていた。

 殺す気でいけというのも、どういうことなのかわかるほどにだ。


「隊長、ええんですか? 俺たちも五ヶ月訓練やってきましたけど、さすがに負ける気はしませんで?」


 そう自信満々に言う清水だが、おそらく知らないのだろう。

 桐生は、清水のその言葉に「ほう」と、相槌を打つと、


「面白い。ならばお前は俺の相手だ。もう一人は……そうだな。笠井修二、お前がこい」


「えっ!? ……マジですか?」


「マジだ」


 ――最悪だ。


 指名されてしまったからにはもうどうしようもないが、さすがに勝てるわけがない。

 桐生の人外じみた動きは、側で見たことがある修二だからこそ知っている。

 かつて、『レベル5モルフ』である世良を圧倒していた桐生の動きは、人間の動きとは思えないほどの化け物クラスだ。

 鬼塚隊長もそれを分かって、あえてぶつけさせようとしているのだろう。

 なんとも性格の悪い訓練を組ませるものである。


「大丈夫やって修二。あのおっちゃん、身長低いし、体格なら俺たちの方が分があるやろ。俺達の修行の成果見せつけたろうや」


「お前、ほんと死亡フラグ立てるの上手いよな」


 結果は分かりきっているが、それでもやるしかない修二は覚悟を決めた。

 ともすれば、神田と出水はあのアリスという女性を相手にするということだろうか。


「それじゃ、私は神田君と出水君ね。お手柔らかにね」


「あっ、は、はい。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 気の抜けた返事をした出水と、普通に返事をした神田をよそに、修二は恨めしそうに二人を見ていた。

 アリスという女性がどの程度のものかは分からないが、少なくとも桐生よりかは劣るはずだ。

 それに、あの様子からすれば、そこまで訓練終了時の被害はそこまででもなさそうである。


「どうやら決まったようだな。これからやるのは二対一の勝負だ。終了条件はどちらかが動けなくなるまで。それまでは例え、転がされようと倒されようと立ち上がり、戦え。以上だ」


 訓練の終了条件を聞かされて、本当に死ぬかもしれないと考えていた修二は目が泳ぐばかりであった。

 なぜか、隣にいる清水は訓練開始をウキウキと待っているのであったが。


「それじゃあ、先に桐生さんの方から始めていいわよ。私もあなたの戦いぶりを久しぶりに見てみたいし」


 アリスの桐生への期待の眼差しに、桐生も了承したのか無言で前へ出た。


「ほんまにええんでっか? 何をやってもええ言うんでしたら、ほんまに殺す気でやりますよ?」


「構わん。どうせ大したことないんだから、さっさとこい」


 手をクイクイと挑発するように向けた桐生を見た清水は、青筋を額に浮かべて、


「ほなら、いきまっせ!」


「おい、待て清水!」


 修二の制止の声も届かず、清水は桐生へと殴りかかった。

 が、清水はフェイントをかけるように寸止めして、左脚を振り上げるように桐生の頭へと蹴りを決め込もうとした。


「甘いな」


 桐生はこれを読んでいたように、右手で蹴りを受け止める。


「そっちがな!」


 清水は受け止められた左脚をそのまま支点にして、残った右脚で桐生の頭を狙う。

 清水は意外に体幹能力が高い男だ。

 器用に身体を動かすことから、修二達とは違った個性的な能力を持っていたのだが、修二から見てもその一発は入るだろうと思っていた。


「遅いな」


 が、桐生はこれも余裕に左手で受け止める。

 確実に反応できないものだと思っていたのか、さすがに清水も予想外の表情を浮かべている。


「筋は悪くない。だが、その程度ならば実戦ではすぐに死ぬぞ」


 そう言った瞬間、桐生は清水の左脚を掴み、尋常ではない腕力で振り上げて、そのまま地面に清水を叩きつけた。


「ぶはっ!」


「まだ終わっていないぞ。立て」


 容赦なくそう言い放つ桐生に、さしもの修二も戦慄した。


「ちょっ、ちょっと、いくらなんでもやりすぎじゃ?」


「やりすぎ? お前は実際に殺し合いをした時にもそんなことを言うのか? その程度で隠密特殊部隊の隊員になれると思っているなら、今すぐここから去れ」


 冷酷にそう言い放つ桐生に、修二もこれがただの訓練ではないことを悟った。

 おそらく、本気だ。

 ここで何もできなければ、下手をすれば訓練生を辞めさせられる可能性もある。

 そうなれば、修二にはもう椎名と会う方法を完全に失うことになってしまう。


「――――」


 これが遊びではないことを理解した修二は、本気になろうと表情を変えた。


「そうだ。その気概でかかってこい。特別に、俺を一歩でもここから動かせることができれば、お前達の勝ちにしてやる。破格の条件だろ?」


 確かにそうだが、桐生を相手にするのならば、そうも簡単にはいかない。

 どうすべきか考えていた修二だが、とにもかくにも一人ではどうしようもない。


「清水、立て」


 桐生から目を離さずに、修二は清水へと呼びかけた。

 痛そうに鼻を抑えながら、清水はゆっくりと立ち上がり、修二の横についた。


「あのおっちゃん、只者やないで。どうする?」


「知ってるよ。ともかく、桐生さんを一歩でも動かしたら俺たちの勝ちだ。お前はさっきと同じ要領で攻撃を仕掛けてくれ。次は俺もいく」


 この訓練において、特に桐生を相手にしては小細工は意味をなさないことは修二が一番よく分かっていた。

 なので、できることは自らの最善を尽くすことのみなのだ。


「行くぞ! 清水!」


「おっしゃあ!」


 修二の合図で、清水は先ほどと同じように桐生へと殴りかかる。

 修二も、清水の攻撃範囲に入ると巻き添えを食らいかねないので、反対側から攻撃を仕掛けようとする。


「遅い」


 清水のパンチを上体だけ逸らすことで避けて、隙となったその顔面に桐生は裏拳を決め込んだ。

 ふらついた清水を見たが、この体勢ならばむしろチャンスだ。

 修二は右脚で、桐生の両足目掛けて足払いを仕掛けた。

 清水に対しての攻撃の影響で重心がズレた以上、確実にこれは通るはずだ。


 だが、桐生の左脚に修二の足払いが入った瞬間、修二の足がそこで止まった。

 桐生は足に力を込めて、修二の足払いに耐えたのだ。


「いってぇ!! マジか!」


 鉄柱に蹴りを決め込んだような、そんな感覚であった。

 激痛が右脚を襲い、修二は痛がっていたがそうも言っていられない。

 残った左脚で、絡みつくように桐生の足へと組み込み、転げさせようとするがそれでも全く動かない。


「なんだよ、これ……」


 本当に同じ人間なのかとさえ感じさせるほどに、桐生の足はテコでも動く気配がない。

 そうしている間に清水は平静を取り戻したようで、そのまま加勢に入る。


「この……っ、これならどうや!?」


 それは、鬼塚隊長に指南された技術だ。

 打撃だけが格闘技ではないということから、修二達は柔術に関しても教え込まれていた。

 清水は間合いを一気に詰めて、桐生の気を少しでも足から逸らせようと、腕や袖を掴もうと躍起になっていた。


「狙いが簡単すぎるんだよ、お前達は」


 桐生がそう言った瞬間、清水は反転するようにその身体を浮かせた。

 桐生は清水の手の動きを読んで、その腕を掴み、身体ごと回転させるかのように倒れさせたのだ。

 皮肉なことに、合気道のようなその技は清水が仕掛けようとしたことそのものだった。


「ぐあっ!!」


「清水!」


「お前も、いつまでそうしているつもりだ?」


 清水を安否を気遣っていたその瞬間の隙を桐生は見逃さなかった。

 修二の足を掴んで、無理矢理引き剥がした桐生はそのまま修二の顔面に拳を叩きつけた。


「がっ!」


 あまりにも規格外だった。

 初めから勝負になるとは思っていなかったが、いくらなんでも戦力差がありすぎる。


「この程度ならば、お前は訓練生でいる資格はないな。これで終わりならば、俺はお前達に除隊処分の申請を出すぞ」


 非情なその声を聞いて、修二は絶望しかけていた。

 このままでは本当に何もかもが終わってしまう。

 そう考えた修二は、打開策を練ろうと頭をフル回転させるが、何も思いつかない。


 どうすればいい。どうすれば、桐生さんを一歩でも動かすことを……。


 きっと、どんな手を使っても無理だろうという諦めが、修二の頭の中にはあった。

 だが、それでもなんとかするしかないと修二は立ち上がろうと足を踏ん張った。


 そして――、


「――?」


 体の内側から感じる妙な感覚。


 意図していたわけではない。

 修二はその両脚の筋肉を膨張させて、桐生に飛びかかったのだ。


「えっ!?」


 修二も何が起きたのか分からなかった。

 だが、もの凄い速さで桐生へと飛びかかったことにより、予測ができなかった桐生は咄嗟に修二の腕を掴み、その流れるままの方向に一直線に吹き飛ばした。

 そのまま地面に叩きつけられ、修二は痛みに悶える。


「くっそ! なにが!?」


 自分の身体とは思えないような感覚であった。

 一瞬だが、明らかに自分の動きとは思えない速さを体現させたことに、修二も何が起きたのか分かっていない。


「おい」


 桐生の呼びかけに、修二は顔を上げた。

 その顔は、何かに驚くようなそんな表情だ。


「お前、今何をした?」


「え? い、いや、俺もわかってないのですが……」


「……まあいい、続行だ」


 訓練は終わっていないと、そう告げた桐生に修二も顔色を変えた。

 さっきの感覚はよくわからないが、桐生にとって予測外の出来事だ。

 ならば、もう一度やるしかない。


 そう考えた修二は、もう一度立ち上がる姿勢に入ろうとした。


 ――この感じ、どこかで見覚えがある。


 今の自分の体勢に、修二はどことなく既視感を覚えていた。

 だが、その既視感が思い出せず、修二はその両足に力を込めると。


 筋肉が膨張し、先程の感覚がまた押し寄せてきた。


「きたっ!」


 先ほどの身を任せるような動きではなく、修二はその勢いで桐生へと再び飛びかかった。

 だが、その動きはまたしても修二の意図したものではなく、


「はあっ!?」


 まるで、何か武器を持ったような動作で桐生へとその手を当てようとしていく。


「――っ」


 だが、その勢いに桐生は押し負けて、一歩、二歩と後ろへ後退した。

 もちろん、ただの一発も当たることはなかったが、それでも桐生を動かすことには成功した。


 だが、そんな実感を修二は得ることができなかった。

 最後、桐生へと攻撃を仕掛けたあの動きはまるで……。


「おい」


 そう考えていた修二を遮るように、桐生が呼びかけてきた。


「お前、今の動き……」


「桐生さん、俺は一体……」


 桐生も分かっているように問いただしたが、修二には皆目検討つかないものであった。

 なぜなら、今の動きはあの……、


「はい! 桐生さんの負けで終わりねー! すごいじゃない、笠井君。本当に桐生さんを動かすなんて、早々できやしないよ!」


 アリスが修二達の会話に割り込んできた。


「やったな! 修二! ほんまよくやったで!」


 清水も喜ぶように修二へと抱きついてきて、思わず修二はその場に倒れる。


「お、おい。大丈夫か? せやんな、お前も結構やられとったもんな。ごめんやで」


「あ、ああ。大丈夫だよ」


 なぜかは分からないが、一気に力が抜けたことで修二は立ち上がることが困難となっていた。

 その事にいち早く気づいていた桐生は、修二へと手を差し伸べた。


「あ、ありがとうございます」


「とりあえず、勝負はお前達の勝ちだ。本当は勝たせる気はなかったが、認めてやる」


 ――認める。その言葉で修二はホッと安心するように息をついた。

 正直なところ、修二は除隊されることを覚悟していたのだ。

 桐生が本気を出さずにしてあの強さなのだから、客観的に見れば誰でもそう思うはずだ。


「さて、それじゃあ次は私の番ね。準備はもうできてるわよ。いつでも来なさい」


 アリスは準備万端と言わんばかりにその場で伸びをしていた。

 修二と清水は、離れた位置で観戦することになり、出水と神田の戦いぶりを見る事になった。

 全身が痛すぎて、医療室で休みたいこともあるが、アリスという女性の戦闘スタイルを見てみたい思いもあった。

 アメリカでエージェントをやっているとのことだが、いわゆるSPのようなものだろうか。

 もしかするとだが、大統領のような要人と絡んだこともある凄い人なのかもしれない。


「まあ、あんな美人な人、殺す気でいけなんて俺には無理やなぁ」


 隣で清水はふとそう呟いた。

 確かに男であるならば、躊躇するだろう。特に出水は女を殴るなんてことはできないように見えるが、神田はどうなのだろうか。


 修二達の中で一番能力が高いのは紛れもなく神田だ。

 彼の生い立ちを知る修二は、神田がどうするのかまではさすがに分からないでいた。


「さあ、来なさい」


 アリスが桐生の時と同じように挑発して、出水と神田は同時に動き出した。

 出水はアリスの横から、神田は正面からアリスへと一直線に迫り、互いに拳をぶつけようとした。


 だが、


「素直な動きね」


 アリスは二人の攻撃をおよそ紙一重で躱した。

 それも、身体をくの字に曲げて、だ。


「っ!」


 その動きを見て、出水は驚愕した。

 まるで体操選手のように、アリスはその身体を後方に一回転し、とんでもない跳躍力を見せていく。


「雑技団かよっ!」


「あら、この程度で驚いてる場合じゃないわよ」


 そのままアリスは手を地面についた状態で、カポエイラのように脚をぶん回した。

 神田と出水はその脚に当たり、互いに後ろへと倒れる。


「狙いは悪くないけど、私を女と思って油断してはダメよ。その気になれば、貴方達の首をへし折るくらいなら造作もないことだからね」


 恐ろしいことを口走りながら、アリスは平然とそこに立っていた。


「ちっくしょ、神田! とにかく機動力が厄介だ! 挟み撃ちで動きを封じるぞ!」


「――了解」


 短く返事をした神田は、出水の指示に従ってアリスの背後に回る。

 それに合わせて、アリスは二人の姿が視界に入るように身体の向きを変えた。


「あなた達が知らない格闘術を見せてあげるわ」


 笑みを浮かべながら、アリスは手を下ろしたままの体勢でそう言った。

 適切な間合いをとった二人は、仕掛けるタイミングを図っていた。

 だが、その様子を見ていた修二は、


「隙がない……」


 普通の一般人から見れば隙だらけに見えるが、修二から見るとどこからも攻撃が入る気がしなかった。

 アリスの戦闘スタイルは、その身体の柔らかさを駆使した俊敏な動きにある。

 それに加えて、先ほどの足技を見れば、リーチのアドバンテージは圧倒的にアリスの方が上だ。

 攻撃を仕掛けても、躱されつつカウンターを決め込まれるイメージしか湧いてこなかった。


「どうしたの? こないのかしら?」


 ジリジリと膠着状態が続き、ここで神田が動いた。

 その場から飛び蹴りをするようにアリスへと脚が飛んでいく。

 だが、アリスは上体を前に傾けてこれを回避。

 その瞬間、出水が動いて、アリスの脚へと修二と同じやり方で足払いを仕掛けた。

 が、アリスは上体を前にしたまま、膝を少し曲げて空中で回転するように回った。


「くっそっ!」


「その動きはさっき、笠井君と桐生さんの戦いの時に見てたわ。ただ見てるだけだと思った? 私は他人の戦闘も見て、自分ならどうやって対処するか勉強する人間よ」


 そのまま着地して、アリスは再び後退した。

 明らかに桐生とは別物の戦闘スタイルだった。

 ゆっくり動いている筈なのに、その滑らかな動きには全く無駄が感じられない。

 隣にいた清水も思わず見惚れていたようで、何一つ言葉を発していないが、通じるものがあるのだろう。

 清水もその持ち前の体幹能力を活かした攻撃手段を用いる。

 戦闘スタイルは別物だが、それでもあの滑らかな動きは尊敬に値するものだ。


「そういえば、私に対しての勝利条件はまだ提示してなかったわね。そうねぇ、桐生さんのように一歩も動かずにってのは少し難しいし……私に一発攻撃を当てることができたら、あなた達の勝ちでいいわよ」


「っ!」


 ナメられている。

 そんな様子を、修二は二人から感じ取った。

 一発でも当てたらという条件は、桐生と同じくらいに難題だ。

 現実問題、神田達の攻撃は全て見切られている。

 二人とも本気でやっている筈なのに、攻撃が当たらないのは彼女の技術の高さがものをいわせているのだ。


「神田」


 短く名前を呼んだ出水は、深呼吸をした。


「なんだ?」


「今から、お前は自分の好きに動け。俺も今からは自分のことだけ考えて本気でいく」


 出水は神田との連携を捨てて、何かをするつもりだ。

 ヤケクソのようにも感じられたが、ある意味効果的かもしれないとは修二も感じていた。

 神田は独断で動かさせる方が動きが良い。

 その手前、何かしらの作戦を立てて動くよりも、互いに好きに動く方がやりやすいのだ。


「あら、もしかして諦めたの?」


「――まさか」


 笑みを浮かべて、出水は両手をアリスへと向けて戦闘体勢を取る。


 そして、神田は猛スピードでアリスへと迫った。


「速いわね」


 そのまま乱打を繰り出し、アリスへと打ち込もうとしたが、アリスはこれを滑らかな動きでかわしていく。

 そして、その躱した勢いで回し蹴りを神田の頭部へとぶち込み、神田はぐらついた。


「あなた、単独で動く方が動きがいいわね。護衛とか向いてるわよ」


 だが、神田はすぐに正気を取り戻し、すぐさま右脚でアリスのお腹の部分へと狙いを定めた。

 だが、やはりこれを読んでいたアリスは再び飛び、空中へと一回転をして躱していく。


 その瞬間、出水は読んでいたように滞空しているアリスへと攻撃を仕掛けた。


「っ!?」


 出水の右拳が、そのまま回転するアリスへと向かっていく。

 空中からの姿勢では、避けようがないそのタイミングを出水は狙っていたのだ。


 そして、当たるかと思われたその瞬間、アリスは身を捻り、寸前の所でこれを躱した。


「なっ!?」


「惜しかったわね」


 当たっていたはずだった。

 なぜ空中姿勢で体勢を入れ替えることができるのか、疑問に感じるままアリスはそのまま手を地面へとつけようとして、


「ここだ」


 神田が、アリスの手を弾くように足払いの動きをした。

 着地姿勢を取れないでいたアリスは、そのまま地面を転がるように身体を打ちつけた。


「ったぁ。やられたわ」


 そのまま、アリスは敗北宣言をするように両手を上げた。

 つまり、それは、


「勝ったのか」


「ええ、あなた達の勝ちよ。大人気なく本気出してたけど、さすがにやるわね。上出来よ」


 勝負は神田達の勝ちに終わった。

 修二達同様、ギリギリの戦いだったが、目に見張るものはあった。

 あれだけやって、手を弾くことが限界だったこともそうだが、この二人の戦闘能力はずば抜けている。


「さて、終わったな。どうだった、先輩達との訓練は?」


「もう二度とやりたくないです……」


 不意にそうこぼした修二に、出水と清水もコクコクと頷いていた。

 それを見たアリスは苦笑しながら、


「あらあら、嫌われちゃったかしら?」


「アリス。お前、もっと反撃しろ。あれじゃあ格闘訓練とは言えないぞ」


「桐生さんにそう言われるとちょっと反省するわ。でも、この子達筋は悪くないわよ。これなら実戦でもやれるでしょ」


 アリスがそう言った時、修二は疑問に思ったことを口にしようとした。


「実戦っていうのは?」


「お前達を隠密機動特殊部隊の正隊員にできるかどうかの試験ということだ」


「ええっ!?」


 仰天した修二達だが、さすがに今の言葉は聞き逃せなかった。

 この訓練自体が、修二達が正隊員に足るかどうかを試す為の試験だったのだ。

 そんなことは全く持って聞かされておらず、思わず全員が鬼塚隊長へと振り向く。


「まあ、なんだ。その、お前達は無事合格したわけだから、良かったじゃないか」


「いやいやいや、待って下さいよ! じゃあ、もしも俺達が負けてたらどうなってたんですか!?」


「その時は残念だが、訓練生を辞退してもらうつもりだった。力ない者にならしてやるほど、隠密機動特殊部隊は甘くないからな」


 桐生が答えて、修二達は唖然としていた。

 つまり、あの紙一重の攻防に修二達は勝つことができなければそこで終わりだったのだ。

 勝ったから良かったものの、随分と後味が悪すぎることをしてくれたものだった。


「まあ、あなた達は合格できたんだから良かったじゃない。結果良ければそれで良しってやつよ! 使い方、合ってる?」


 アリスが桐生に確かめていたが、桐生は何も言わず腕を組んだ姿勢のまま修二達へと顔を向けて、


「ともかく、隠密機動特殊部隊に正式に入隊する以上、お前達は今よりも甘さを捨てろ。実戦じゃあこうはいかねえぞ」


 桐生は厳しいようで、それでも修二達へとそう促した。


 この訓練を経て、修二達は晴れて隠密機動特殊部隊の正隊員として任命されることになった。

 それは修二の願いが叶う意味でもあり、心の中では実感がすぐに湧かないまでも、椎名と会えるということが何よりも嬉しかった。



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