第二章 第二話 『成長』
かくれんぼの訓練が終わり、修二達は最初に集合していた隊舎の外へと再び集められた。
出水も清水も先に見つかっていたので、修二が外に着く頃には彼らはもうそこにいた。
二人を見た修二は呆れたような様子で、
「お前ら早すぎな。なんですぐ見つかってるんだよ」
「いや、ほんまなんでなんやろな……絶対バレへん思ってた女子トイレの中に隠れてたのに、一直線で隊長きたんやで? 変態すぎるやろ」
それは、お前が変態すぎるだろ。
と、まあ念の為、隊長には聞かれてはいなかったが、最終的には修二も見つかってしまったので強く言うことはできない。
「俺もまさかだったなぁ。清水がすぐに見つかって、ビックリしてたところに現れたからな」
「ちなみにどこに隠れてたんだ?」
「んー、俺達の部屋のベッドの下だな」
なるほど、灯台もと暮らしというやつだ。
まあ、位置把握をされていることを知っていれば、二人ともそんな場所に隠れることはなかったのだが。
「おい、笠井」
互いに感想を伝え合っていると、横から神田が声を掛けてきた。
「ん、どした?」
「なんであの時、俺を助けた? 助けなくても、お前は隠れていればこの訓練はどの道、俺達の勝ちだったはずだ」
修二が声を上げて、鬼塚隊長の注意を引いたことにより、神田は逃げることができた。
修二としては助けなくても本来は逃げていれば結局、修二達は鬼塚隊長とのかくれんぼに勝っていたのだ。
だが、分かりきったことを聞かれたからか、修二は首を捻って答えた。
「なぜって、お前は気づいてなかったのか? この訓練の意味に」
「笠井の言う通りだ。どうやらお前は、今回の訓練でのMVPだな」
修二に重ねるように、鬼塚隊長が四人を見ながら答えた。
全員が隊長へと向き直り、背筋を伸ばした状態で指示を待つ。
「楽にして構わん。神田、この訓練の意味について、お前はどう解釈した? 答えてみろ」
「まず、俺達の位置が把握されていることは、二人が見つけられた時点で理解していました。ですので、この訓練は隠れるだけが目的でなく、隠れながら移動するというのが本来の目的であると認識していました」
鬼塚隊長の問いに、神田はそのままの考えを口にした。
それを知らなかった二人は「あっ」と言って、驚いていたが無理もない。
実際、修二も二人が見つかってから気づいていたのだ。
「五十点だな。基本は間違っていないが、少し違う。お前達は皆、各々がバラバラに動いて隠れることでやり過ごそうとしていたが、位置がバレれば当然、対応されることは必死だ。ならば、一人ずつ確実に潰されることも想定していたはずだ。実際の戦闘でそれが起きた際、お前は一人で逃げることを考えるのか?」
「――――」
鬼塚隊長のその言葉に、神田は何も言うことができないでいた。
それもそうで、今回、訓練に対して理解していたのは修二だけだった。
この訓練は一人が生き残る為に逃げ回るのではなく、チームで協力して、互いに逃がしていくという訓練であったのだ。
「この訓練の本質に理解していたのは笠井修二だけだ。この男は俺から逃げ切ることに成功して、尚且つ神田、お前を助けて逃がすことに成功させた。そこは評価として見ても妥当なところなんだよ。最後、見つかったのはコイツのミスだがな」
鬼塚隊長が間接的に修二を褒めていたので頬をかいていたが、それに気づいたのか、鬼塚に指を指された。
「だが笠井、お前はお前で八十点だ。やり方が雑なところもあるが、あの時点で自分の位置をバラすバカが居ると思うか? 自分を犠牲にしても、両方が生き残らなければ何の意味もないのだぞ?」
確かに修二はあの後、すぐに鬼塚隊長に見つかり、そのまま退場する流れとなった。
あれ以上の手段を思いつかなかったこともあるが、とにかく助けることに必死だったところでもあるのだ。
「この訓練はな、ゲリラ戦を想定して行った訓練の一貫だ。実際にはそれに失敗し、退却する為の方法を模索するというものだが、今回はお前達の勝ちのようだな」
ゲリラ戦とは、小部隊における奇襲によって、敵陣営を混乱させる戦法だ。
位置把握をされていたのは、どうやらその敵部隊から逃げる方法を、自分達で考えて動くということなのだろうが、そこまでは修二も把握できていなかった。
「でも鬼塚隊長。俺達は武器の一つも持っていないんですよ? それで逃げるだけってのは些か無理がありませんか?」
出水の指摘に、実際その通りで、修二達は何一つ武器を持たず、逃げ回る以外の方法は取れなかった。
敵からすれば格好の的であり、脅威にすらならない。
修二も場当たり的な運もあったが、あそこでロープが見つかっていなければどうしようもなかったのだ。
「最悪を想定した場合のものだからな。仮に武器を持たない場合、お前達がどう動くかというのも見たかったところもある。それに、そんなことをさせてたら、かくれんぼの意味が無くなるだろうが」
それもそうだ。初めからこの訓練の本質を教えてくれなかった時点で、鬼塚隊長は修二達四人がどうするかだけを見ていたのだ。
「とにかく、初回の訓練でこれなら先行きは暗くなくて済みそうだな。では次の訓練へと進むぞ」
鬼塚隊長のその言葉に、修二達は顔を青くした。
「え、と、訓練って終わりじゃないんですか?」
「何を言っている? あんなものはお前達の士気を上げる為の嘘に決まっているだろ? まだ午前だぞ。昼食を取ったらすぐ始める。いいな?」
平気で嘘をつく鬼塚に辟易しながら、修二達は泣きそうになっていた。
△▼△▼△▼△▼△▼
「はあー、マジで死ぬかと思った。やっと一日目が終わったよ」
夜食を済まして、机に突っ伏す出水が項垂れるようにそう言った。
それは出水だけでなく、修二も清水も同様で、既に体力がほとんどない状態なのだった。
「まあそもそも、朝から罰則食らわなかったら、ここまで疲れてたかどうかもあるけどな」
修二に憎まれ口を叩かれて、清水はビクッと身体を震わせた。
「そ、それは悪かったて。勘弁してやもう……」
「まあ、確かに二度とやりたくはないな……あの地獄は……」
出水も同じ気持ちのようだ。
とはいえ、多少の体力をつける意味では走り込み等のトレーニングは今後もあるだろう。
初めに無茶な事をしておけば、今後も少しは楽に感じることもあるかもしれない。
「それで、昨日は会話にも参加しなかった神田君が珍しく一緒の席にいるのは何かあったのかな?」
修二が、向かいの席にいる神田に対してそう指摘した。
先日は話しかけても無視されていたのだが、どういう風の吹き回しか、今回は夜食を共にしていた。
「気にするな。少しお前の話を聞いてみたいと思っているだけだ」
「なんだよ、その気になる女の子にアタックするような言い方は……。俺はノンケだぞ?」
修二の揚げ足取りに対して神田は何も答えず、なんともまあやりがいのない相手であった。
スガや鉄平なら、このようなやり取りでよく笑い合っていたことも懐かしく思う。
「隊長はチームでの訓練を想定している。ならば、一人でいるわけにもいかないだろう」
「なんだよ、打ち解けに来たんじゃないのか。まあ、確かに間違ってはいないだろうけど」
今日の訓練のかくれんぼもそうだが、基本的に一日の訓練を通して感じたのは、個人の能力というよりかはチームでの連携と言ったものを試しているような雰囲気を感じられた。
それも上手くはいかず、神田は個人プレー、清水は足を引っ張っていたりなど、出水とはまだ上手くやれていた方であったぐらいであった。
特別何かに秀でた者の集まりというわけではないので、先行きは暗そうではある。
それはもちろん、修二も同じなのだが。
「笠井修二、お前はなぜこの部隊に入ることになったんだ?」
それは朝、修二と神田が会話していた時の話のことだった。
突然、そのことを聞いてくるとは思わなかったので、修二も目を丸くしていたのだが、
「あれ、興味出てきたのか? 意外だな。あと俺のことは修二でいいよ。苗字で呼ばれることあまり少ないしな。……この部隊に入るきっかけか、うーん」
腕を組みながら、修二は少し悩んでいた。
桐生に口止めされていた通り、詳しい概要については話すことはできない。
とはいえ、入るきっかけ自体を話すなとも言われてはいない。
言葉を選んで話さなければいけないことは確かだ。
「おっ、それは俺も気になる。だって、修二ってなんか俺らとは違う感じがするもんな。なんというか、普通の暮らしをしてそうな雰囲気があるし」
出水がそう言っているが、修二から見ても出水の印象は同じものだ。
多分、本人自身が知る何かがあって、それ故の発言だと考えられていたが。
「きっかけはまあ、生き別れの幼馴染に会う為……かな。ちょっとしたことがあってさ、今はその女の子に会うことができないんだ。その子に会う為の条件が、入隊ってことになったってところだよ」
どうして会えないのかまでは話せないが、一応間違ってはいないと修二は考えている。
幼馴染の椎名は今もどこにいるかは分かっていないが、厳重な施設で隔離されているとのことだ。
この国におけるトップシークレットの扱いで、今の修二ではまだ会うことさえも許されていない。
「へえー、女の子か。もしかして彼女か?」
「ぶふっ!」
飲んでいたお茶を吐き出してしまった。
間違っているのだが、これはこれで勘違いされそうになってしまった。
「おい、その反応彼女やろ!? お前、俺達という存在を置いといてなんちゅう奴や!」
「いや、なんでそうなるんだよ……。彼女じゃなくて幼馴染だって。子どもの頃から仲が良かったんだけど、今は会えないんだ。本当に、それだけだって」
椎名のことを異性として見ているかどうかと言われれば、難しい。
もちろん、それは修二のタイプではないとかそう言う意味ではなく、幼馴染として一緒にいた期間が長かったこともあり、そんなことを考えたことがなかったのだ。
「その幼馴染とやらは、お前にとって大切な存在なのか?」
神田が、何かを考えているように、机を見ながらそう聞いてきた。
「ああ、聞くまでもねえだろ? 多分、今俺が世界で一番大切にしたい存在だ。……守るって約束しちまったからな」
リクとの約束を思い出すように、口が滑ってしまった。
それを聞いていた清水は、ワナワナと手を震わせながら修二へと指を差してきて、
「あっ、やっぱり彼女やろ!? そうでないならその女の子好きなんやな! え、どんな子なん?」
「うるせえ」
食ってかかる清水を手で押しのけながら、修二は少し後悔した。
今だからこそ少し落ち着いてはいるが、椎名の容体は修二にも分かっていない。
椎名が生きているということは、少なくともモルフのウイルスに殺されてはいないはずだ。
だが、具体的にはどうなったかまでは知らされていない。
世良の言っていた、『レベル5モルフ』のことが気がかりであった。
奴は、自分の血を分け与えたと言っていた。
そして、世良と同じ存在になれるとも。
分からない事は多いが、それでも修二のやることは変わらない。
今は訓練生という扱いだが、晴れて部隊の一員になれることができれば、椎名とも会えるはずなのだ。
心の中でそう誓いを立てていると、修二達のその様子を見た神田は「ふっ」と口元を緩めた。
「そうか、大切な存在なんだな。午前は悪かったな」
そう言って、神田は頭を下げて修二へと謝罪した。
その様子があまりにも意外すぎて、修二も困惑する思いだった。
「あ、ああ。いいよ、そんな細かいことは。俺も言いすぎたしな。仲直りってことでいいだろ?」
修二もそう言って、手を差し出した。
仲直りの握手と、再び、チームとして頑張ろうという二つの意味としてだ。
「俺は他人の感情を読み取ることが苦手でな。その意味では迷惑をかけることはあるかもしれない。よろしく頼む」
神田は、頭を上げて、修二の手を握った。
その手の感触を確かめて、修二もにこやかに笑った。
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起床ラッパの音が、朝を知らせた。
二日目の朝がやってきたのだ。
この音を聞けば、すぐに起きなければいけないのだが、今回は修二も早く起きることができていた。
神田も先には行かず、既に着替えを済まして入り口で待機していた。
だが、一人を除いて未だ眠りこけている男を、修二と出水はまたも賢明にその足で蹴り続けていた。
「てめぇ、清水! お前なんでまだ起きてねえんだよ!? 昨日一番早く寝てたじゃねえか!!」
先日の晩、あれから自分達の部屋へと戻った修二達はあまりにも疲弊していたこともあり、すぐに眠りにつくことになった。
清水に関しては、ベッドに入った瞬間に眠りにつくというのび太君ばりの荒技をこなしていたのだが、それはそれで今日すぐに起きられるだろうという期待を修二達も感じていたのだ。
その期待も、今となっては裏切られることになってしまったのだが。
「うーん、あと五分だけ……」
寝ぼけるようにそう言うが、五分後に外に出なければ、また地獄を見る羽目になってしまう。
修二と出水は青筋を額に浮かべながら、もう一度清水へと蹴りを決め込んだ。
「起きねえとまた走らされるんだぞ!! 早く起きろ!」
無理矢理蹴り起こして、修二達はギリギリ集合場所へと到着することができた。
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「それで、何でお前達は既に息切れをしているのだ?」
「お、お気になさらず……」
鬼塚隊長の疑問に対して、修二と出水は現在も息切れを起こしながら、苦しそうな様子だった。
あれから、清水を無理矢理起こして、着替えまでも修二がやらされる羽目となり、猛ダッシュすることになってしまったのだ。
罰則ほどではないが、既に体力を半分近く持っていかれることとなってしまった。
「だ、大丈夫です……」
「そ、そうか。では訓練を始めるぞ。今からお前達には二人一組となってもらい、銃撃戦を想定した訓練を行う。各自、目の前にある銃を手に取れ」
鬼塚隊長の指示に、修二は地面に置いてある拳銃を拾い上げた。
それを見ると、どうやら実銃ではなく、ペイント弾が入ったレプリカの一種だと思われる。
「そのペイント弾入りの銃を使用して、チーム同士で戦ってもらう。施設内は汚れるので、外でやることになるが、まずはチームを作るぞ。こちらで既に指定してあるので、呼ばれたら組になれ」
今回はチーム戦ということで、お互いに戦い合うとのことだ。
訓練の内容を聞いた修二は、少し嬉しそうではあった。
なぜなら、今回使用できる武器が武器であるからだ。
修二は、先の御影島での騒動で実銃を使用した経験がある。
それなくしても、彼には命中させるだけの能力が備わっているのだ。
得意分野での訓練に対して修二は意気揚々としていたが、鬼塚隊長が言うチームメンバーの相手次第では、まだどうなるかは分からない。
「それでは、チームを発表する。一チーム目は、笠井修二、清水勇気。ニチーム目は、出水陽介、神田慶次だ」
清水と組むことが分かり、修二はペアとなってお互いに顔を見合わせた。
「おっ、修二か。よろしく頼むで」
「ああ、よろしく」
先日の訓練では良いとこなしの清水だったわけだが、修二からすれば特段問題はないと踏んでいた。
修二がサポートすることで、然程形にはなるだろうとそう思っていたのだ。
移動を開始して着いた場所は、至る所にベニヤ板が縦に刺さるようになっていた地帯だ。
恐らく、障害物としてあるのだろうが、一メートルの高さもない為、まともに立つ事さえ難しいように見えた。
「ここが今回の訓練の場所だ。まず、ルールを説明する。お前達は互いに端と端から動き出すことになるが、その銃には残弾数が一発しかない。要するに使用できるペイント弾はたったの一発ということだ。お前達はたった一発のそれを使って、相手を撃たなければいけない。全員が弾切れになった時点で訓練は終了。いいな?」
「え、と、質問いいですか?」
手を上げたのは出水だ。疑問があったのだろうが、考えたことは修二と同じだろう。
「なんだ?」
「勝利基準って何なのでしょうか? これ、下手すると誰も当たらずに終わる可能性もありますよね?」
出水の質問は、修二も同様に考えていた。
残弾数が一発しかないということは、外した時点でもう勝つ事は不可能となるのだ。
つまり、ただの一発も無駄にはできないということなのだ。
「勝利基準については、ここでは話さないこととする。というより、これが何を評価として見るべき訓練かを各自考えて動け。勝ち負けに関してはそのついでのようなものだ」
具体的な基準は教えられず、修二は先日のかくれんぼ同様に考えさせられることとなった。
この訓練が何を評価するものなのか、予想されるものとして考えられたことはあった。
まず、チームプレイは言わずもがなであるが、一番は撃ちどころだと思われる。
貴重な一発をどこで使うのか、それを見られている可能性は高い。
実際の戦闘をイメージした時、修二がラスト一発の拳銃を持たさせられたならば、使い所はかなり迷うだろう。
そして、もう一つ気になることがあった修二は鬼塚隊長へと向いて、こう聞いた。
「隊長、撃たれた者はその後どうなるのでしょうか?」
「当然、撃たれた者は死んだ者として判断して構わん。撃たれた者のペイント銃の弾がまだ残っていた場合、生きている者はそれを使ってもいいぞ」
大体、ルールを理解することができた修二は、改めて清水へと向き直って、作戦を立てることに決めた。
「よし、清水。後で作戦立てるぞ」
「なお、作戦を作り合う時間は無しとする。チームはそれぞれ持ち場へとつけ」
マジかよ……。
いきなり出鼻を挫かれて、修二はその場で転けそうになった。
作戦も立てられないならば、その時々に合わせて臨機応変に動く必要がある。
「修二、俺かなり不安やねんけど、いけるかな?」
「俺もだよ。とにかく、一番危険なのは神田だ。当たると感じた時以外は撃つなよ?」
すぐに弾切れを起こされればどうしようもなくなってしまうので、念入りに清水へとそう伝えた。
互いに持ち場に着き、修二のチームと神田のチームはお互いに障害物に隠れるように、その姿勢を低くした。
立ち上がれば射線が通る為、姿勢を低くしながら移動をする他にないのだ。
制限が多いことを考えれば、この訓練はかなり実戦に対して想定されているとのだろうと修二は考えていた。
「最後に伝えておくが、お前達はまだ銃の撃ち方も教えられていないヒヨッコ共だ。今回はお前達の好きにやって構わん。泥臭くても何でもいい。自分達でやれるだけのことをやってみろ」
鬼塚隊長は、腕を組みながら修二達へとそう指示した。
今回は負けた時のペナルティもない為、練習という意味での訓練だということだろう。
修二は深呼吸しながら、心を落ち着かせた。
あの緊張感を思い出せ。誰がいつ死んでもおかしくなかった、あの時の自分を。
前提として、修二は御影島での一日のことは本当は思い起こしたくはなかった。
なぜなら、あの時の事件は修二に強烈なトラウマを植え付けられることとなり、連日、夢にまで出てくるほど、精神的なストレスを引き出すこととなっていたからだ。
死んでいった者達のことを、忘れるつもりは修二にもない。
修二は責任感が強い性格もあって、それが引き合いとなって起きたことも、医療関係者からは聞かされていた。
それでも、椎名がまだ生きている。
それだけを考えて、修二はこの訓練に本気を出して取り組もうと、御影島での自分をイメージさせた。
その瞬間、血に塗れた死体が脳内をフラッシュバックさせて、修二は思わず吐き気を催した。
「お、おい。修二、大丈夫か? どないしたんや?」
「だ、大丈夫。ルーティンみたいなやつだよ」
「そんなルーティン聞いたことないで……」
清水に心配そうにされながらも、修二はなんとか平静を保とうとした。
多少、胃にくるものがあったが、頭は冴えていた。
これならば、集中はできそうだ。
「それでは、始めるぞ。訓練開始!」
スタートの合図が出て、修二はまず清水へと向き直った。
「よし、清水。まずはあいつらの動向を様子見するぞ。遮蔽物が多いけど、迂闊に顔を出したり、立ち上がったりはするなよ」
「了解や。でも、せやったらいつ仕掛けるんや?」
「まず予測だけど、神田と出水は別行動をとるはずだ。神田は一人で動く方が絶対にメリットが強いからな。俺達は逆に、付かず離れずの位置を保って敵陣に移動していくぞ」
「わ、わかったで」
いつ仕掛けるかについては話さなかった。
というよりも、それはあまり意味がないのだ。
あらかじめ、どの場面で撃つことを決めていたとしても、必ず想定外の状況は生まれる。
必然的な条件を作り出すにしても、今の修二にはそれを思いつく時間が足りない。
ならば、個人の判断で打つ他にやれることはないのだ。
「あとは、出水がどう出るか、だな」
遮蔽物に隠れながら、神田チームの陣地へと少しずつ進みながら、修二はぼそりとそう呟いた。
神田も要注意だが、出水がどうでるかまでは予測ができない。
そもそも、修二以外の四人がどうやって集められたのかは知らないのだ。
出水も清水も、何かしらに秀でた能力を見込んで、ここに集められたはずだ。それが何かは分からない以上、相手の出方を伺うしかできないが、そのことが余計に不安を感じさせた。
「清水、もしろ相手が別行動を取っていたら、まずは先に撃たせるぞ。一人の位置が割れれば二人で、もしくは生き残った方が畳み掛ける。いいな?」
清水も黙って頷いた。
もう一人を警戒しないその作戦はリスクが高いが、その分は修二がカバーするつもりでいた。
そうして、自陣と敵陣の真ん中の辺りまで歩を進めたところで、修二は疑問を感じた。
「動きがないな……」
神田も出水も、まるで気配を感じられなかった。
どこかに潜んでいることは間違いないが、位置を特定することが出来ない。
それは相手も同じことだろうが、違和感はあった。
そして、その理由が何故かはすぐに分かった。
出水が、目の前の遮蔽物から姿を現したのだ。
「出水おったで! 撃つぞ!?」
清水が構えたが、修二はその姿を見て、危機感を感じた。
出水は銃を持たず、丸腰の状態で姿を現したのだ。
「清水!! 待て!」
制止させようとしたが、間に合わなかった。
立ち上がり、引き金を引こうとした瞬間、清水の頭部にペイント弾が命中したからだ。
「うわっ!」
赤色のペイントが、清水の頭部を濡らして、思わず倒れ込んだ。
「清水! 命中させられたら、その場から動くな! 訓練終了まではそのまま死んだフリをしろ!」
鬼塚隊長が、その様子を眺めて、清水へと動かないよう指示を出した。
それを聞いて、清水は倒れてからピクリとも動かなくなった。
いきなり仲間が一人消えて、ピンチとなった修二は状況を即座に分析して理解した。
今、清水を撃ったのは神田だ。ペイント弾が命中した箇所から見ても、出水とは違う方向から撃たれていたことは見えていた。
そして、出水自身はペイント銃を持っていないこと。これは神田が、出水の分のペイント銃を所持しているからだろう。
出水は囮として、引きつける為に姿を現したのだ。
まんまと引っかかり、修二は身を低くして出水へと銃口を向けるが、その瞬間に出水は遮蔽物へと身を潜めた。
「くっ!」
「神田! 修二は清水のすぐ側にいるぞ!」
――やられた。
出水を逃し、果ては修二の位置までも特定されてしまい、状況は劣勢となってしまった。
このまま、出水は修二の居場所を神田へと伝達する為だけに動くつもりなのだろう。
そうなれば、修二は袋のネズミ同然となる。
恐らく、神田は立ち上がっていて、もう一つのペイント銃をこちらへと向けているはずだろう。
先手を取っている以上、身を隠す必要はないからだ。
「どうする? このまま相打ち狙いで出水だけでも狙うか? いや、それだと仮に成功しても、最終的に生き残るのは神田だけだ。この訓練の勝負自体は俺たちの負けになってしまう」
打開案を模索しようにも、一人しかいないこの状況ではそれが思いつかなく、修二は歯噛みした。
チームメイトとの連携をこの訓練で見られていることは分かっていた。
それが分かっていたはずなのに、神田達にしてやられたのだ。
個人プレーをすると考えていたが、これでは神田達の方がよっぽどチームとして動けている。
膠着状態に陥りながら、時間が経てば経つほど神田達が有利になるその状況で、修二はふと清水を見た。
そこには清水が持つペイント銃があり、それを見た修二は一つ考えを浮かべた。
「虚をつく方法は一つだけある。でも、その後が問題だ。当たるかどうか……」
毎度お馴染みの賭けになることに躊躇ったが、それでもやることに決めた。
出水はおそらく、障害物の陰からこちらを窺っているはずだ。
ならば、やるならば早い方が良い。と修二は深呼吸して、自分の持つペイント銃の銃口を掴む。
「俺の負けだ。お前らの連携には恐れ入ったよ、さすがにこっからの巻き返しは思い付かねえ、降参だな」
降参宣言をしたが、これで訓練が終わるわけがない事は分かっていた。
だから、口だけでなく行動でも示すように、修二は持っていたペイント銃を真上へと放り投げる。
「っ!?」
出水がそれを見て、狼狽えていたのを確認できた。
ここからが勝負だ。
修二は放り投げたペイント銃には目もくれず、その場から走った。
そして、清水のすぐ側に落ちているペイント銃を拾い、そのまま真っ直ぐ一直線に駆け抜ける。
端のところに行くまでは神田との間に障害物がある為、神田も修二が何をしているかは分からないはずだ。
「神田! 修二が突然走り出したぞ!」
今更、神田に伝達しようとももう遅かった。
修二は、そのまま横っ飛びするように正面へと飛び込んだ。
正確には、障害物がなくなるところへとだ。
ペイント銃を構えたまま横っ飛びした修二は、空中のその姿勢から神田へと照準を合わせて発砲した。
「マジかよ!?」
出水が驚く声を上げて、その様子を眺めていた。
修二も、引き金を引いた瞬間に成功したと思っていた。
だが、修二が発砲した瞬間、合わせるように神田も修二へと向けてペイント銃を発砲したのだ。
「うっそっ!?」
驚くままに、それを避けることも叶わず、神田の撃ったペイント弾はそのまま修二の左肩に当たり、修二の撃ったペイント弾は神田の胸元に当たった。
お互いにペイント弾を撃ち込まれて、両者は呆然としていたが、ここで訓練は終了だとすぐに理解した。
「い、生き残ったの俺だけか?」
修二のすぐ側にいた出水は、意外な結末に立ちすくんだままでいた。




