体育の授業?
番外編は本話で終わり! リクエストがあればまた投稿します!
「これは由々しき事態だ……」
 
それは、朝の登校時間の出来事であった。
なにやらいつもと様子の違う鉄平が、ふと真剣な表情でそう言い出したのだ。
 
「なんだ? とうとう留年の通告でもきたの?」
 
「……修二は俺を何だと思っているんだ? いや、それも確かに危ないんだけど」
 
否定しないのか。
というか、まだ一学期の終わり付近なのにもう成績の心配とは一体こいつは何をしに学校に来ているのだろう。
 
と、呆れ混じりにそう考えていた修二であったが、どうやら思い悩むことは別の問題のようだった。
それもどうせ大したものでもないとは思っているのだが。
 
「あーもしかしてあれか? 次の体育の授業のことか?」
 
「次の体育?」と、疑問に感じたことをそのまま口に出した修二だったが、鉄平はそのスガの言葉に「そうそう」と相槌を打つと、
 
「次の体育の授業、担当している先生が育児休暇で休みになってるんだよな。なんでも、半月前に子どもが生まれたとかなんかで」
 
ふむ。良いことではないか。と、何を思い悩んでいるのか疑問に感じていたが、次に発せられた言葉で全てを理解した。
 
「その代わりの授業担当がさ、三年の生徒の体育の授業を任されている木崎がやるそうなんだよ」
 
「げっ」
 
誰から見ても嫌な顔をしていると思われるような表情をした修二は、それで鉄平が何を言いたいのかが分かった。
 
基本的に、修二の学校の授業は教科に分かれてそれぞれ担当教員が就くことになっている。
ただ、学年によってもそれは同じで、一年生には一年生の担当教員が、二年生には二年生の担当教員というように枝分かれしているのだ。
 
今回の事例は、修二達の体育の授業の担当が休みを取ったことによって、三年生の担当をしている体育教師が代わりにやるということであった。
 
「あの人の授業はスパルタを極めているって聞くしな。スガ、サボるか?」
 
「……いいね!」
 
「お前さっき留年がどうとか言ってなかったけ?」
 
サボる段取りを組みだしたスガと鉄平は、修二を他所に作戦会議をし始めていたが、正直なところ、修二も出来るならばサボりたいとは考えていた。
 
――木崎佳苗。
体育の授業を担当し、鬼教師と名高い彼女は男子陣も女子陣も恐怖を抱く程の存在だった。
授業がスパルタということは修二も今初めて知ったわけであったが、修二自身、木崎と面識がないわけではなかった。
彼女の部活顧問の担当がサッカー部であり、修二は一年生の頃、サッカー部に所属していたので、木崎のことはよく知っているのだ。
 
だが、知っているという風に修二の記憶は留まっていなかった。
あれは悪夢だ。
どう考えてもオーバーワークすぎる練習内容もそうだが、試合においても彼女は全く生徒への容赦がなかった。
というより、それは修二が退部した原因でもあった。
 
修二は元々、スポーツに対しては楽しくやる派であった。
同好会でもいいのでは? と、思う人間もいるだろうが、中学校の頃からそういう気質だったので、修二としては高校の部活においてギャップを感じずにはえなかったのだ。
そのせいか、スポーツをやる意味での楽しみが殺伐としたものへと転換したことにより、修二としてはやりがいが無くなってしまったのである。
 
そうして、結局二ヶ月ともたずに退部することになったのだが、正直なところ木崎とはそれ以降の関わりが全く無かった為に、気まずいものはあったのだ。
 
「まあ、根に持っている可能性はあるかもだしな」
 
何かしらの諍いがあったわけではないが、退部したことによる因縁を持たれていてもおかしくはない。
まだ子どもながらにそう考えていた修二は、今日の体育の授業を不安に思っていたのだった。
 
△▼△▼△▼△▼
 
「……サボるんじゃなかったの?」
 
運動場の砂の上で三角座りをしながら、修二は隣を見た。
そこには、朝の登校時にサボる段取りをしていたスガと鉄平が、体を震わせて絶望に満ちた表情をして同じように三角座りをしていたのだ。
 
「おい、大丈夫か?」
 
「修二、そっとしといてあげなよ」
 
ぼそりと、小声で修二の後ろから声が掛けられた。
 
「美香、何があったんだ?」
 
「なんていうか、サボろうとしたところを見つけられちゃったみたいでね。ほら、二人とも教師陣から目を付けられてるから、木崎先生も予測してたんじゃないかな?」
 
「なるほど、自業自得だ」
 
美香の説明に納得がいった修二は、スガ達に目もくれずに何も言わなかった。
しかし、こうまで憔悴した彼らを見ると何があったのか問い詰めたくなったが、なにやら嫌な予感がするのでやめとこうと思った。
 
「でさ、今日って何すると思う?」
 
「なんだろうね。私もちょっと怖いけど、木崎先生って女の子には優しいって聞くし、どっちかっていうとあまり心配してないというか」
 
「マジかよ。だから、白鷺とか茅野も平然としてるのか」
 
「男子陣はかなり怯えてるよね。リュウ君以外は」
 
美香の言うとおり、確かにリュウ以外は緊張感を保った表情をしていた。
珍しいことに、あのリクでさえもいつもとは違う警戒した様子を見せている。
 
これは、本当に覚悟しないといけなさそうであった。
 
「さて、それでは全員揃いましたね」
 
声を聞いた途端、修二と美香は会話をやめて、背筋をピンと伸ばした。
バインダーを持った木崎が、修二達クラスの座る前へと立っていた。
 
「授業を始める前に、先ほど授業をサボろうとした生徒が二名いました。当人は心当たりありますね?」
 
ギクッと体を強張らせたその二人は、俯いて木崎の顔を見ようとしない。
先ほども言ったとおり自業自得ではあるのだが、わざわざ見せしめにするほどかと修二も考えていたのだが。
 
「今回は始めということで大目に見ます。その代わり、男子陣は連帯責任ということで外周ダッシュしてくること。五分以内に戻らなければ授業終わりまで外周を続けて下さい。以上」
 
「「「「え」」」」
 
呆然としていたクラス全員(男子のみ)が、あっさりと言った木崎の言葉に動揺していた。
その手にはストップウォッチのようなものが握られており、木崎は何の合図も持たずにそのスタートボタンを押した。
 
「マジかよぉぉぉぉっっ!?」
待ったも掛けられず、男子陣営は絶望に叫び、一斉に走り出す。
ほぼ同時に動き出したのだが、リュウだけはもの凄い速さで他の男子陣を置き去りにして前を駆け抜けていった。
その中でリクは本気で怒っている時の表情をしながら鉄平達を見ると、
「おい、スガと鉄平! お前らほんと後で覚えとけよ!」
「すんませんすんません!!」
「もう嫌だ……」
本気で後悔していたのか、鉄平とスガは全力疾走をしながら謝罪し続けていた。
それもそうだろう。今回の件は間違いなくこの二人のせいでこうなったことに違いなかったのだ。
とはいえ、今更愚痴愚痴言い続けても仕方なかった修二は心を入れ替えようとする。
「はぁっ、仕方ない。さっさと終わらせて戻ろう。授業時間は五十分だ。残り四十五分耐えたらなんとかなるだろ」
「やっぱり修二は俺達の親友だぜ」
「お前、後でクラス全員分の飲み物奢れよ」
絶対、反省していないだろうと考えた修二は調子づいたスガにそう釘を刺しておいた。
とにかく、今は五分以内にこの学校の外周を走り切らないといけないことが先決だ。
この学校の外周の距離は、頑張って全力疾走を続けていればなんとか五分以内に戻ることはできる距離だ。
ただ、全力疾走をし続けなければいけないのが問題なのだが、修二はサッカー部を辞めてからグータラと生活していたわけではない。
たまにだが、朝早くにジョギングをすることもあるし、リクとも一緒にしていたこともある。
体力としてはまだなんとかこの外周ダッシュには耐えられるだろうと考えていた。
「はぁっ、はぁっ……」
と、そう考えて心を無にして走ろうとした時、後方で一人、息も絶え絶えな男子生徒がいた。
クラスの中で言えば、運動が苦手な方とも言える竹田だ。彼は、まだ僅か外周の二割程度の距離を全力疾走しただけにもかかわらず、足が止まりかねない程のスピードになっていた。
「おい、竹田。大丈夫か?」
「だ、大丈夫……です。大丈夫、ですから……」
「無理すんな。元は鉄平とスガのせいでこうなったんだし、ほら、肩貸してやるから」
「で、でもそれじゃあ笠井君が……」
「気にすんな。一人置き去りにしてずっと外周なんて鬼畜なことさせられてるのを見てる方が嫌なんだよ、俺は」
修二自身、外周を一時限丸々走りたいなど微塵も考えてはいないが、それでも誰かがそんなことになるのを見ているほど馬鹿でもない。
他の皆が走り切ることは別に何も思わないが、一人でも脱落者が出そうなのであれば、修二は我が身犠牲にしてでも寄り添う。
甘いと言われればそうだが、それが彼のポリシーでもあった。
竹田と並走しながらいると、前に走っていたスガと鉄平も同じように速度を落として修二達の隣にきていた。
「どうしたんだよ、お前ら?」
「いやぁ、俺達のせいで竹田が外周延々とやるのも虫が悪いじゃん?」
「竹田、マジで悪いな。元は俺らが撒いた種だし、俺も付き合うぜ」
どうやら、鉄平達も自分達のせいで竹田が外周を続けることになるのを見かけていたのか、一緒に走るつもりだった。
このままのペースでいけば、まず間違いなく五分以内にグラウンドに戻ることは無理であろうが、仕方のないことだ。
最悪、修二にはペナルティを一人だけ回避させる手段を考えていたからだ。
「まっ、なんとかなるさ」
「ごめん……」
「大丈夫大丈夫、修二がこう言ってるんだから、なんとかなるって」
「お前のせいだってこと忘れんなよ?」
鉄平がまたふざけだしたのでとりあえず釘を刺し、四人はそのまま外周を走り切った。
当然、五分以内に戻れるわけもなく、グラウンドに戻ると走り切った他の男子陣と準備体操を終えた女子陣達が修二達の帰りを見ていた。
「七分経ちましたね。何か言うことは?」
修二が戻ってきたと同時、木崎は追い討ちを掛けるようにしてそう言ってきた。
なんとも性格の悪い言い草である。
元は鉄平達の不始末でもあるのに、それを他のクラスメイト達にまで押し付けるのは非合理なものだ。
だが、修二には考えがあった。
「すみません、俺が足を攣ってしまって……竹田が肩を貸してくれたんです。五分以内に戻れなかったことには言い訳はないですが、今回は俺の準備不足もあったので竹田はそのまま授業に参加させてあげられませんか?」
「え?」
修二のその弁明に、竹田は驚くように目を見開いていた。
それもそうだろう。事前にそんな打ち合わせをしなかったのは、竹田が了承しない可能性があったからだ。
この方法ならば、修二が外周をすることで竹田を授業に参加させられる。
全くもっての嘘なのだが、別に構わないことであった。
「……それは嘘ではないのですね?」
「ほんとの本当ですよ。今だってまともに走るのも辛いですし」
修二は痛がる素振りを見せながら足を攣ったように見せかける。
木崎には恐らく、修二が嘘を吐いていることがバレているだろう。
だが、そんなことは関係ない。証拠があるわけでもないし、これで竹田が外周をせずにいられるならばそれに越したことはないからだ。
「……わかりました。では、鉄平君と菅原君の二人は外周を続けなさい」
「「えっ!?」」
二人して珍妙な声を上げたが、木崎は構わなかった。
驚いているのは修二も同じだった。
どうして修二が走らなくていいのか、その理由が分からなかったからだ。
「足を攣らせたのでしょう? なら、無理に走る必要はないです。元々、この二人が招いたことですからね」
「――――」
「さっ、それでは授業を始めます。男子達は準備体操をして、女子達は待機。――あと、笠井君はちょっと来なさい」
そのまま、木崎は他のクラスメイト達に指示を出して、修二を呼んだ。
一対一で話すこととなることに拒否感はあったが、そう言われたのなら仕方ないと考え、修二は木崎と共にグラウンドの端へと歩いていく。
「笠井君、君は相変わらずですね。他の誰かを優先にするのは部活をやってたあの頃とまるで変わらない」
「……なんのことでしょうかね?」
「今更、嘘は吐かなくても大丈夫です。ただ、一つだけ気になることがあってね」
「気になること?」
やはりというべきか、修二が嘘を吐いていることは木崎にはお見通しだったようだ。
それでもシラを切ろうとしたのは、木崎に何か言われるのが怖いが故のことであったが、修二は木崎の気になっていることについて聞こうとした。
「君は今でも、部活を辞めたことを後悔していませんか?」
「――どうして、そんなことを聞くんですか?」
質問の意味が分からず、修二は木崎にそう問う。
今は体育の授業中であり、今更、修二が辞めた理由をここで聞こうとするなどどう考えてもおかしいのだ。
ネチネチ言われるのも嫌だったのだが、木崎はそんなつもりがなかったのか、こう言った。
「君が部活を辞めた要因は私にあると思ってね。君だけじゃない。君以外の子達もほとんど退部してしまった。だから、一度聞きたかったんです。部活を辞めて後悔していないのかどうか……」
「――――」
なんと答えるのが正解なのか、修二には分からなかった。
それほど、今目の前で話している木崎の様子は見たことがなかったからだ。
修二の知る木崎はもっと冷酷で、優しさなど欠片も見せないスパルタ顧問だった。
修二以外の部員の何人かも辞めたとのことだが、そのことを気に留めているのかとも思われた。だが、それは多分、見解の違いもあるだろう。
「先生は……俺が後悔していると?」
「最近、分からなくなってしまってね。常に全力というのが私のモットーなのですが、生徒達は私についてこれない。いや……そもそも、全力を出すことを拒んでいるようにも見え始めてしまって、君も含めて、サッカー部で皆は何を目指していたのかを知りたかったのですよ」
その返答を聞いて、修二は驚いた。
修二自身、木崎が何を考えていたのかまでは分からなかった修二だが、彼女なりにも生徒達が何を考えていたかが分からなかったのだ。
もちろん、辞めた理由は厳しすぎることが原因でもあるだろうが、修二としてはその中でも少し違いはあった。
「俺は……ただ部活をやってて楽しくなくなってしまったのが理由ですよ。それ以外に理由なんてありません」
修二は嘘を言わず、本音でそう木崎に返答を返した。
嘘偽りない本音を言う方が良いだろうと考えたからだ。
ただ、それでも修二は続けてこう伝えた。
「サッカー部を辞めたことを後悔はしてないですよ。今は今で十分楽しんでますからね」
「……そうですか」
「俺は木崎先生のやり方を否定する気はありません。強豪校ではあれくらいの厳しさは当たり前でしょうし。ただ、俺個人の意見としてはですが――」
修二はそこで数秒だけ間を置いて、こう言った。
「生徒達がやりたいことをやらせてみるのもありかもしれませんよ。彼らにも、自分達のやりたいサッカーってのがあるかもしれませんから」
「――――」
修二の言ったことが必ずしも正しいわけではない。
ただ、辞めた部員達の中には同じように考えていた者達も少なくない筈だ。
修二自身、やりたいサッカーが出来なくなったから辞めたのが理由であり、それ以外に理由なんてものはない。
「――君は、今も楽しんでいますか?」
「当たり前ですよ。スガや鉄平、クラスの皆との学校生活は俺を飽きさせてくれませんから」
修二はそう言って、笑顔で木崎に返した。
何が正しいことなのかは分からない。
それでも、修二は自分の選んだ選択に間違いがなかったことだけを木崎に伝えた。
「それなら良いんです。それが聞けて良かった」
珍しく、普段は鉄仮面の如き無表情の木崎が微笑んでいた。
また怒られるのではないかと覚悟していた修二であったが、その木崎の表情にあっけらかんとしていると、
「さ、授業に戻ります。あなたは足を攣らせたと聞いているのでそのまま授業終わりまで見学するように」
「え、あ、はい」
「返事が曖昧ですね。授業参加できるんですか?」
「い、いやー、ちょっと厳しいっすかね」
嘘を正当化しなければ、鬼の外周ダッシュをさせられかねない雰囲気を感じた修二は木崎に言われた通り、足が攣って授業に参加出来ない意志を伝えた。
木崎がこうも気遣うのも珍しいことなのだが、彼女なりに何か思うところがあったのかもしれない。
サッカー部を辞めた理由も、辞めたと知った木崎からすれば息が詰まる思いだったのだろう。
辞めた原因が自分にあると考えれば、思い悩む部分があってもおかしくないことだったのだから。
「修二ー……助けてくれー……」
「お前らは黙って走ってろ」
せっかく良い気分になっていたところで後ろのフェンスから助けを求める鉄平達に辛辣な言葉を浴びせて修二は椅子に座りながらゆっくりしていた。
というか、よく考えてみれば元はこいつらのせいだよな?
「うぅ……毎週木崎の授業なんて耐えられない……」
「抜け出そうとしなかったらこんなことになってないっつの……たくっ」
ため息を吐き、修二は空を見上げた。
雲一つない青空を見た修二は穏やかな気分になり、独り言を呟く。
「ほんと、退屈しないな」
いつまでもこんな生活が続いてほしい。
何気なく、時には波乱こそある人生こそが修二が望む未来だった。
次回より第二章開幕です。
第一章よりも長くなるのと、視点キャラが多いのでかなり気合い入れています。
第一章と同様に午前一時投稿に集中しますが、毎日投稿を目指せられるかがまだ曖昧です。
応援してくれている方が増えれば本気出して毎日投稿出来るようにします!(笑)
第一話は明日から投稿予定です!
 




