荒ぶる昼休み
番外編です。基本的には修二達クラスメイトの学校生活を主軸としています。
多少、テンプレ展開が多いのと、かなりギャグ路線に突っ走っているので苦手な方はすっ飛ばしても本編にはあまり影響しないです。
ただ、クラスメイト達のこんな側面があったということだけの紹介として見ていただいても問題ありません。
時刻は現在、十二時二十八分を過ぎた頃だ。
教室の中は静かな雰囲気を保ちつつあり、授業を担当する教師の黒板にチョークを書く音だけが聞こえるのみの様相となっていた。
側から見れば、それはごく普通の学校の授業風景であり、むしろ誰も喋らないのは行儀が良いという見方もできただろう。
だが、それは違う。
普段は何かと鉄平やスガがうるさく、授業崩壊とは至らないが、教師達のブラックリストメンバーに入れられる程の問題児達だった。
修二もそれに巻き込まれたりなどして、はた迷惑な話だが、その候補に上がりつつあることにまだ彼は気づいていない。
しかし、今日の彼らは少し違う。
スガも鉄平も、授業を聞いているかと言われれば話を聞いていないように見えるが、授業の邪魔をすることはなかった。
それもそうで、今日は特別な一日であることにクラスメイトの皆が知っていたのだ。
黒板の上部に貼り付けられた丸型の時計の針が十二時三十分の位置へと進み、学校中にチャイムが鳴り響く。
その瞬間、今までジッとしていたスガと鉄平が立ち上がり、駆け出した。
「よっしゃあ!! 授業終わり一番乗り!」
「すまん、修二!」
クラスの全員が「あっ!」と言ってスガと鉄平に続き、教室の外へと走っていく。
鉄平が何故か謝っていたのが気になるが、それよりも――、
「いや待てよお前ら。せめて授業終わりの挨拶くらいしてけよ!」
修二がツッコミを入れたが、彼らには聞こえていない。
クラスメイトの八割が教室の外へと消えて、部屋の中に残っていたのは修二と椎名、あと世良と福井の四人のみであった。
「修二は行かないの? 今日が最後なんでしょ、購買屋さんの限定パンって?」
「まあ、一応行ってはみるけどな、椎名達はどうするんだ?」
「私も修二と同じで残ってたら買おうかなと思ってる程度だし、今から行こうかなって。行こう、世良ちゃん」
「う、うん」
椎名は世良を連れて、そのまま教室の外へと走って出て行った。
そう、今日は昼休みの購買屋にて、一ヶ月に一度販売されるとされる限定パンの最後の販売の日だった。
そのパンは、生徒達の購買屋における貢献度の高さから日々のお礼にて開発された、どう見ても赤字と言わんばかりのパンである。
あまりに原価が合ってないこともあり、やりすぎて本日が最後の販売ということになってしまったので、学校中の生徒達が今日という日を待ち望んでいたのである。
そんなこんながあって、クラスメイト達の大半がこぞって出て行ったのだが、その中でも一人だけ残っていた福井に修二は顔を向けて、
「福井は行かないの?」
「あっ、うん。私は今日、弁当だから……」
そう言って、福井実里は鞄から弁当を取り出した。
欲がないのは素晴らしいと言わんばかりだ。是非ともスガと鉄平にも見習ってほしいものである。
そこで、修二は鞄の中から財布を取り出そうとして、ふと気付いた。
「財布がない」
盗まれたのかと思い、焦っていたが、気になることを思い出す。
「……そういえば鉄平のやつ、なんで謝ってたんだ?」
そこで気づいてしまった。
朝、鉄平は宿題を見せてほしいとのことで勝手に修二の鞄に触れていたのだが。
「あの野郎っ!!」
猛ダッシュで財布を盗んだ犯人を追いかけに、修二は教室の外へと駆け抜ける。
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廊下はパニックとでも言わんばかりに人混みに溢れていた。
というか全く進めないので、足止めを食うばかりであった。
「おいおい、これじゃ購買屋まで辿り着けねえぞ」
スガが焦りながら前へと進もうとするが、人混みの群れに跳ね返されて何も出来ずにいた。
まるで、デパートの広告セールの目玉商品に食いつく主婦達を相手にしているかのような防御網であったのだ。
「ふっふっふ。甘いな菅原君。今日まで俺が何の準備もなく過ごしてきたとでも思うかい?」
人差し指を振りながら、鉄平は余裕の笑みでそう答える。
「でもよ、こっからどうするんだ? 多分もう購買屋も人だかりでいっぱいだぞ? 限定百個しかねえってのに」
「ショートカットっ!!」
鉄平は何をとち狂ったのか、窓から飛び降りようとしだしたのだ。
ここはニ階だ。この高さから落ちても、足が怪我するだけでただの馬鹿である。
だが、そうはならなかった。
よく見ると、窓には梯子がかけられており、そのまま地上へと難なく降りれられるという算段だった。
「ほら急げ、スガ! 早くしねえと売り切れちまうぞ!」
「お、おう! 今更だけど、お前ってかなり馬鹿だよな……」
正直、ここまでやるやつだとは思いもしなかった。
というか危険すぎて、普通に停学を食らってもおかしくないことを彼はやっていたのである。
バレないことを祈りつつ、スガは梯子を降りて、地面に足をついた。
「ふう、じゃあ、良い子達が真似しないように梯子は地面に立てかけといてっと」
鉄平は窓に掛けた梯子を外して、それを地面にソッと置いた。
確かに、他の生徒も見ている中で真似をして怪我でもされたら大変だ。
多分、鉄平の場合はそれで他のやつが追いつかれても困るからという安直な理由だろうが。
「よっしゃっ! じゃあ行こうぜ!」
「行かせるとでも思ったか?」
怒気を孕んだ声を聞いて、鉄平はビクッとその肩を震わせて後方を見た。
そこには、今まで見たこともないような般若の形相をしたクラスメイトの姿があった。
「し、修二君?」
「お前、俺の財布何勝手に持ち出してんだよ。とりあえずそれ返せ」
「ま、待て! というかどうやって追いついたんだよ!? 今日はミスって財布を忘れてしまったんだ。今日だけでいいから貸してくれ下さい!」
「非常階段使ってすぐに降りたし、それにそんなに用意周到な準備しといて財布忘れてんじゃねえよ! 俺が買う可能性を消す為に俺の財布持っていっただけだろうが!」
鉄平の語尾が最後だけ敬語にすり替わっていたが、修二は許す気はないようだった。
むしろ、お金を貸してくれと言われれば、修二は貸していただろう。
悪の道に手を染めた鉄平を断罪せんが為に、修二はその足で鉄平へと近づく。
「す、スガ……助けてくれ」
助けを乞うような顔をして菅原を見た鉄平であったが、彼は親指を立ててこう応えた。
「ドンマイっ!」
「スガぁぁぁぁぁぁ!!」
必死の叫びも虚しく、鉄平の持つ修二の財布は元あるべき場所へと帰っていった。
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「いつも思うんだけど、鉄平ってかなり馬鹿だよな?」
走りながら、修二は並走するスガへとそう言った。
「まあ、あいつはどんな手使ってでも目的を成し遂げようとするからなぁ。あっ、俺は知らなかったぜ、修二の財布を鉄平が持っていたことは」
正直、スガもあまり信用には足らないが、今は気にしないでおいた。
パンを買う手段を失い、地面に沈んだ鉄平を放っておいて、彼らは再び購買屋へと向かっていた。
建物の中を通らない以上、地の利としては修二達に分がある。
どれくらい購買屋に辿り着いた生徒がいるかはまだ分からないが、この調子であれば問題なく買えるだろう。
と、そう思っていたが、購買屋のある体育館下の通路に辿り着いた修二達は、その光景を見て戦慄した。
「お、おい、嘘だろ?」
あろうことか、百人近い生徒達が既に購買屋へと歩を進めていたのだ。
列を為していないことは幸いで、どうやら皆、取ったもの勝ちのような様子で周囲と揉み合っている。
「やべえ! 急ぐぞ修二!!」
なぜ昼休みなのにこんな疲れないといけないのか、と修二はふとそう思っていたが、渋々とスガの後をついていく。
人だかりは、通常のルートである教室がある建物からずっと続いていた。
「おいおい、これもう無理だろ? 普通に割り込みしないと無理だぞ」
「ふっふっふ、甘いな修二君。俺が何の準備もなく今日まで過ごしたとでも思っているのかい?」
「なんか鉄平みたいな喋り口だな……。良いアイデアがあるのか?」
人差し指を振りながら、スガは妙案ありげな顔をしてそう言った。
ちなみに、先ほどのスガと鉄平のやり取りを修二は見ていないが、大体いつも鉄平はそのような調子であった為、既視感を覚えていたのであった。
「列はもはや意味をなさず、限定百個のパンは買ったもの勝ち……ならば、先手必勝だ! 修二、俺の後についてこい!」
スガがそう言って、もみくちゃになった列の中に飛び込む。
正確には、女子が多い箇所へとだ。
「え、ちょっと!? 誰かお尻触った!?」
「誰よ! どさくさに紛れてセクハラしてるバカは!?」
女子陣から怨嗟の声が轟く。
それが誰の仕業かは、傍で見ていた修二には良くわかる。
「ほら、ここからいけるぞ! こい修二!」
「……お前、最低だな」
鉄平だけではない、スガも大概の馬鹿であることは承知の上であったが、ここまでやるとは思いもしなかった。
遠い目をしながらスガの後をついていき、そこで見知った声が聞こえた。
「っ!? ちょっと、スガ!? 何してんのよ!!」
「やべっ!」
スガが妙案(セクハラした隙に割り込むこと)を繰り返していると、その手を掴んだ白鷺が罰の悪そうな顔でスガを睨みつけていた。
その横には黒木もいて、白鷺の肩の後ろから顔を覗かせて軽蔑の眼差しを浮かべている。
あっこれヤバいやつだ。
早々に巻き込まれることを予感し、修二はスガに見えない位置へと移動する。
「おい、スガ。どういうことかなこれは?」
狂気を孕んだ声が聞こえてくる。
というか、ここまでキレた白鷺を修二も見たことが無かった。
スガもスガで、顔から溢れ出んばかりの汗が流れ出ている。
「い、いやあ、事故ですよ事故。こんだけ人だかりになればあり得るじゃん?」
「最低、死ね。ねー、みんな、ここにセクハラの犯人いるよー」
黒木の声を聞いて、被害者達がごっそりスガの方を向いた。
これは関わっちゃいけないやつだと考えた修二は、スガの視線から消えるように気配を消した。
「い、いや、待て。冤罪だ!! し、修二!? どこ行ったの!? 助けて! 命が危ない!」
自業自得だろ、と思いながら修二は手を合わせた。
まあこのまま変態のレッテルを貼られるのはスガだけで良かったのだが、ここまできたよしみだ。
最後に話だけでも聞いてやろう。
「俺、先行ってるからなぁ」
「えっ、ちょっと、修二君!? 見捨てないで! じゃあせめて俺の分も買ってきてくれよ!」
「一人一個までだろ? お前の分まで買えねえよ」
「そんな!? この日の為に朝食抜きにしたんだぜ!? 俺の努力はどうしたら良いんだ!!」
「いや、それはお前の自業自得だろ……」
それを最後に、スガの悲鳴が聞こえて修二はそそくさと退散した。
これ以上いれば、自分もセクハラの犯人扱いされそうな気もしたのだ。
なんだかんだで購買屋の受付までが見えてきて、修二は少し希望を抱いた。
そして、同時にこう思う。
「なんで俺こんなことしてるんだろ?」
正直なところ、修二はそこまで限定パンにこだわってはいない。
買えるなら買いたいとは思ってはいるが、ここまで苦労して買うほどのものではないとも思っている。
最悪、買えることができたならばスガと鉄平に分けてやろうと考えていたところで、修二は自分の手を誰かが握ったことに気づいた。
「あっ、修二? 修二も買いに来たんだ」
「おっ、美香か。よくここまで辿り着けたな」
美香が、人混みの中からひょっこり顔を出して修二の横に出た。
ここに来るまで、知り合いらしき知り合いに出会うことは少なかったので、若干だが気持ちが軽くなる。
「花音と沙耶香とはぐれちゃってね。え、と……修二も誰かに分ける為に限定パン買いにきたの?」
「いや、なんとなくだけど、なんかあるのか?」
「あっ、知らないんだ。今日販売される最後の限定パンってね。厨房のおっちゃんが学生に向けて、青春を謳歌してほしいってことで、御利益付きの特産品を使用した具材を使ったらしいのよ」
「へぇー」
御利益と聞いて、ここまでの人だかりには納得いった。
来年になれば受験シーズンでもあり、役得に預かりたいのは自然だろう。
「なんでも、限定パンを買って、好きな人と分け合って食べると結ばれるとかなんとか……なんだか渡す方も恥ずかしいよね」
……前言撤回。ここにいる奴ら全員それ目当てで集まってきてるのか?
どこまで飢えてるんだよ。と、思いながら、修二は先ほどの考えを全て無にした。
スガと鉄平に分けようかと考えていたのだが、そんな場面を誰かに見られればたまったものじゃない。
別の意味で変態扱いされかねないので、買えることができたならば、こっそり一人で食べようかと修二は考えていた。
「でも、そうなると美香もその御利益目当てなのか?」
修二の言葉に、美香は顔を赤らめて答える。
「え、いや、それは……皆で食べようと思ってたの! わ、私も御利益のことはさっき聞いたばっかりでさ!」
あたふたと慌てながら、美香は否定した。
どうやら御利益目当てではなく、皆で分けて食べる為にここまで来たようだ。
スガや鉄平とは違って、優しいやつだと修二は微笑む。
「そっか。なら、俺もそうするよ。皆で一緒に食べる為に買ってやろうぜ」
同じ目的の意思表明をして、修二は早速、受付へと歩を進めていくと、美香がボソッと何かを呟やいた。
「……本当は、先に分けたい人が目の前にいるんだけどね……」
「ん? なにか言ったか?」
「ううん、なんでもない。ほら、行くよ!」
聞き取れない声で何かを言っていたような気がするが、美香に背を押されて修二は前へと進むしかなかった。
前列にはおよそ三十名近い数の生徒達が溢れていた。
例えるならばそれは満員電車のように押し合う形となっており、そこに突入するのは中々に危険であった。
「どうしよう。これじゃ進めないね」
美香は困った様子で前へと進もうとしたが、隙間がない。
そんな様子を見かねた修二は意を決して、
「美香、ちょっと手、借りるぞ」
「え? ちょっ、修二!?」
修二は美香の手を掴んで、混戦する人だかりの中へと突っ込んだ。
このままでは埒があかないと悟り、強行突破を選んだのだ。
その際、怪我をしては堪らないので、美香には後ろについてきてもらう形にはなったが、上手いことに先陣を切った修二が人混みに押される形となり、美香には特に被害はなかった。
「っ! 修二、無理しないで!」
「大丈夫! 美香も手離すなよ!」
「う、うん!」
頬を赤らめて、美香は修二の手を強く握り返した。
もう少しで受付まで辿り着ける。
その目の前まで来たところで、鐘の鳴る音が聞こえた。
「売り切れでーす!! 限定パン先着百人分、ただ今売り切れ致しましたー!!」
ようやっとのところで、限定パンの売り切れの音頭が取られてしまった。
「ま、マジで……?」
今までの苦労はなんだったのだろうと言わんばかりの疲労感が修二へとのしかかった。
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「かー! さすがに無理だったなぁ。最後だから食べてみたかっんだけどな。限定パン」
教室で、リクは悔しそうにそう呟いていた。
残り少ない昼休みということもあり、皆、購買屋で買った普通のパンを頬張っていた。
「なんだ、リクも買いに行ってたのか。どこまで辿り着いたんだ?」
「いや、全然。廊下に人が多すぎてそこでギブアップだったよ。修二こそ、聞くところによれば受付まで辿り着けたらしいじゃねえの。そのタイミングで売り切れは泣けるけどなー」
全くであった。
まさかの百一人目の客になるとは修二も思いもしなかったのだ。
仕方なく、その場で普通に売られているパンを買うことになったので、すぐに教室に帰ることはできたが、ただの昼飯を買いに行っただけなのに、昼休み感が全く感じられなかった。
「まっ、別に俺はそこまで執着心はなかったからなぁ。そこにいる馬鹿二人は別にしてな」
「あいつら、何したんだよ?」
修二とリクが見るは、机に向かって突っ伏すスガと鉄平だ。
スガの後頭部にはヘンタイと書かれた紙が貼られており、何があったかは一目瞭然であった。
「罪に罪を重ねた連中だ。ほっとけほっとけ」
手を振って、修二は気にしないよう勧めた。
鉄平はどうやら梯子を勝手に持ち出したことを誰かにチクられたらしく、教師陣から放課後呼び出されるとのことであった。
自業自得ではあったが、さすがに昼飯も食べてないだろうと思って、ついでに買ってきたパンを机の上に置いておいたのだが、彼らは食欲よりも絶望感の方が優っているようで手をつけていない。
「うぅ、購買屋……いきたくない」
「変態で……すみません……」
ボソボソと何を言っているのかはよく分からないが、相当応えたのだろう。
次の授業も大人しくしていそうなので、結果オーライではある。
「あっ、修二、リク! 見てこれ!」
ウキウキと元気の良さそうな声で、椎名が駆け寄ってきた。
その手には、誰もが手に入れられなかった代物、限定パンが握られている。
「えっ! 椎名買えたのか!? すごいな!」
「うん! 中々進めなかったから、保健室の先生にお願いして窓から外に出て向かってね。購買屋も人だかりが凄かったんだけど、世良ちゃんがついてきてって言ってそのままついて行ったら受付まで辿り着けちゃったの。私もビックリしちゃった!」
「マジかよ世良、すげえな」
「ぼ、僕は人が少ない道を通ろうって思って向かっただけだよ。た、偶々だよ」
オドオドとしながら、目を逸らしたまま世良はそう言った。
これの才能の一つというやつであろうか。
あれだけ苦労した修二からすれば、なんともまあ皮肉めいた結末である。
「それでね。この限定パンなんだけど、世良ちゃんと私の分を皆で一緒に食べない? 最後だし、せっかくだからさ」
「おっ、いいのか椎名? 修二、良かったな。苦労がちょっとだけ報われたぞ」
肩を揺さぶられ、リクが修二をなだめるようにそう言った。
それをすると、椎名と世良が昼飯が少なくなってしまい困るのではと思ったが、どうやら別で食べ物は用意していたらしい。
限定パンも、かなりの大きさで分ける意味では申し分なさそうである。
「相変わらずだな、椎名は。ありがとうな」
椎名はいつも周りに優しい。
自分の喜びは、一人じゃなく皆で分かち合おうとするやつだ。
修二は、そんな椎名を陰で尊敬していた。
「それじゃあ、分けていくねー。はい、どうぞ」
そうして、椎名と世良は限定パンを一口サイズに分けてクラスの皆に配っていった。
机に突っ伏していた彼らも、椎名から渡されてめちゃくちゃ元気になっていた。
なぜか、スガが泣きそうなぐらい喜んでいたが、それほど美味しかったのだろうか、少し気になる思いだ。
椎名はそれから修二の元へと近づき、一際大きなそれを渡しにきた。
「はい、修二。どうぞ」
「ん、ありがとうな。てかこれすげーな」
限定パンとまでしか知らなく、現物も見たことはなかったが、形状はホットドッグのそれに近い。
挟まれているのは、世界三大珍味と言われし品々や高級そうな肉と一緒にある。
正直、美香が言っていた御利益効果の特産品がどれなのかはさっぱり分からないが、少なくとも普通の高校生はこんなものを食べる機会はほぼないであろう。
「はい、召し上がれ」
言われるがまま、その一口サイズのパンを口に放り込み、味わった。
「うっまっ! なにこれ!? 初めて食べたわこんなの!」
人生で一度として、味わったことのないものだった。
修二はほぼ一人暮らしのような生活をしていた為に、質素な食事が多い。
元から高級品に触れることはほとんどなかったので、新鮮な気分となっていた。
「これは確かに人気でるよなぁ、ありがとう、椎名」
「美味しいよねこれ。また販売してくれたらいいのにね」
「はは、そしたら購買屋さんが潰れちまうって」
軽口を交わし合い、感想を伝え合ったところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「おっと、もう終わりか。疲れたけど楽しかったわ。礼はまた今度返すよ」
「いらないよ、私こそ日頃のお礼ってことでいいんだからさ」
義理チョコみたいな感じだなと、思いつつ修二達は自らの席へと戻っていく。
渡した本人は無意識だったのかもしれない。
限定パンを分けると結ばれるという御利益のことは知ってはいたが、それはあくまで御利益というだけのものだ。
それでも、渡した本人も気づいてはいなかった。
修二に分けられたパンだけは皆とは違って、少し大きめのものを渡していたことを。




