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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Last Phase 第八十七話 『運命の袋小路』

「死体がない?」


 緊張感がある空気の中、そう確認したのは笠井修二だった。

 それは、あの七日間の地獄が終わってから少し経ち、巨大生物との戦いに落ち着いた頃のことだった。

 雲行きの怪しい表情をしていた笠井修二に、その確認の意味をまず伝えようとしたのは、多々良であった。


「ああ、キミ達が殺したとされるリアムの死体、それがあの噴水塔のある場所を探しても、どこにもなかった」


「いや……でも俺達は確かに奴を……」


「まだ奴は生きている。そう考える方が自然かもしれないな」


「風間司令……」


 リアムの死体が見つからない理由について、考えられる可能性を示唆したのは風間だった。

 当時の状況について、一番に理解しているのは笠井修二。その為に、当時の状況を確認する為に笠井修二をここに呼んだわけだが、当人でさえも信じられない様子でいた。


「もしも彼がまだ生きているのだとすれば、まだ終わっていないということですか」


「弓親さん……」


「実際のところはどうなんです? 噴水塔に串刺しにしたとのことですが、損傷具合で言えば」


 弓親からの問いかけに、笠井修二はその時のことを思い出した。

 ハッキリと覚えている。確かに、リアムは胸部を貫かれ、仮に『レベル5モルフ』だったとしても、致命傷となる脊髄を損傷していたのは紛れもない事実だ。

 再生能力も行使できず、死へと向かうだけだった筈だ。

 なのに、生きている? その事実に驚愕するしかできず、笠井修二は額に汗を滲ませていた。


「何にしても、奴が生きているのであれば見つけ出す必要はあるだろう。だが、今は後回しにすべきことだな」


「うむ、私もそう思う」


「え?」


 風間の意見に同調したアーネストに、笠井修二だけは疑問を浮かべていた。


 あれだけのことをしでかした男だ。放っておけば、何をまた企むかなんて分からない。すぐにでも、リアムを見つけ出す必要があるのは急務だろうと考えていたのだが、


「アメリカもボロボロにやられてしまっている。とてもじゃないが、人手はいくらあっても足りない状況だ。まずはこの国を立て直すことが先にすべきことなんだよ」


「でも、この間にまた奴が何かをしでかしたら……」


「それはないだろう」


「ないというのは……」


 ハッキリと断言する風間に、笠井修二はその意味を理解できなかった。

 ただでさえ、今の状況に追い込んだのもリアムの策略の結果。奴の思い通りの展開にはならずともしても、次なる手を考えて行動を仕掛けてくるのも不自然な話ではない。


「今やクリサリダの一味で残っているのはリアムのみ。奴一人で何かを企てるにしても、今回のような甚大な被害になるとは考えにくい」


「どうして……一人だと?」


「出水君から聞いていてね。ロイと呼ばれるアメリカ陸軍の男がクリサリダの一味であり、その男がハッキリと断言していたそうだ。アメリカ中に現れた巨大生物は、クリサリダの組織の者達があの姿になったものだと」


「……ということは」


「人類を終わらせに掛かった奴の目論見から見て、全ての組織の構成員があの巨大生物になったと考えるのが自然だろう。その場合、奴にはもう仲間がいないということにもなる」


 妙に焦っていなかったのは、そういった理由があったからだった。

 リアムとて、たった一人では次なら手を模索することは相当の時間を要する筈だろう。

 今はまだ、アメリカという国を正常に戻す為に、先に優先すべきことがあるだけの話だった。


「とはいえ、この件は私達が預かることだ。キミはもう、リアムのことは忘れてくれて構わない」


「いや、それなら俺も……」


「キミは十分に戦った。これから先、これ以上、キミのモルフの力を借りて戦うわけにもいかないんだ」


「――――」


「キミも、出水君達にも、とても辛い思いをさせ続けてきたからね。安心したまえ、アメリカは強い。我々だけでも、奴はなんとかできるさ」


 風間には、笠井修二達を戦線に出し続けてきたことに対して思うところがあったのだろう。

 確かに、デインの血のおかげで、もうモルフウイルスによるテロは事実上、不可能というところまできた。

 リアムがこれから何を企もうとも、もうモルフウイルスは役に立たないのだ。

 だから、これから先はアメリカ軍による武力による制圧、その為には、笠井修二の力を借りる必要はないとの判断なのだろう。


「……分かりました。リアムのことは任せます」


「よし。それと、ラノック君のところに会いにいきたまえ。定期検診の時間がこの後あるのだろう?」


「あー、忘れてました。今から行きますね」


「ああ、ついでに出水君達とも顔を合わせてくるといい。アリス君はあの病院にはいないが、仲間達もそこにいる筈だ」


「アリスさんは大丈夫なんですか?」


「彼女は一命は取り留めているよ。今まで通りの仕事はもう難しいだろうが、この国を救った英雄の一人だからね。最低限の生活は保障できるさ」


「そっすか……良かった」


 これから行く病院にアリスはいないことを知らされ、彼女の容態について確認した笠井修二は、その言葉に安心した。

 出水や神田と同じく、アリスもかなりの重傷を負っていたことは聞かされている。

 かなりの失血で危ない状態だったそうだが、そこはアメリカの医療技術の凄さだったのだろう。生きていてくれたことは、笠井修二にとっても本当に喜ばしいことだった。


「では、いってきます」


「ああ、気をつけていきたまえ」


 コクリと頷き、笠井修二は部屋を後にした。

 そして、彼はラノックへ会いに行く。


 そこから先は、今の時間へと繋がる話だった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「すごい人多いね。皆、忙しそう」


「……そうだな」


「修二、なんだか元気なさそうだけど、何かあった?」


「ん? いや、そんなことはないけど」


 顔色が悪いように見えたのか、椎名に心配された笠井修二は、平常心を装っていた。

 ついさっきのことを、少し思い出してしまったのだろう。


 もう、全てが終わった。その筈だったのに、リアムはまだ生きている。

 その事実を聞かされて、彼の心には妙な不安を感じていたのだ。


「そう? ごめんね、私の買い物に付き合わせて」


「気にすんな。俺も椎名と話があったからさ」


 今、彼らは自分達の生活の為に、食べ物や生活用品の確保の為に買い出しにきている。

 あの七日間の地獄以降、アメリカのドルは異様なまでの価値の暴落を引き起こしたのだが、国民達の力もあってだろう。一つ一つの値段は高いが、生きていけないほどでもなかった。


「それにしても、修二とこうやって歩くのってなんか新鮮だね」


「そうかぁ? まあ、確かにそうか。色々あったし、あまり話す機会もなかったもんな」


「うん、私も修二も、『レベル5モルフ』の力があるから、アメリカの人達と話すことも多かったもんね」


「……あまり思い出したくはないなぁ。一時はクリサリダの仲間とも疑われた時もあったし、あれはキレそうになったわ」


「仕方ないよ、ずっと隠し続けてきたんだし」


「嫌になるよなぁほんと」


 このように自由に行動ができるまで、本当に長い時間を彼らは要していた。

 お互いに『レベル5モルフ』の力を持つ彼らは、クリサリダによる相手の出方を見る為にも、その力をアメリカ側に隠し通し続けてきたのだ。

 その反動もあってか、笠井修二達への事情聴取は終わりが見えないほどの長さがあった。


「あっ、缶詰売られてるよ。これ、買っていこっか?」


「お、いいね。買い出しの距離遠いし、一週間分ぐらいは買っていくか」


「うん!」


 売り場は賑わいを見せていたが、そこまで大したものが売られているわけではない。

 缶詰とはいえども、貴重な食料だ。笠井修二達は、最低限の生活となってはいるが、自分達で生活していくことを決めて自分達で行動をしていたのだった。


「あ、そういえばデインから伝言貰ったぞ」


「そうなの? 何か言ってた?」


「いや、あいつもうアメリカから出ていくからって、次また俺に会いたいなら金持ってこいよってさ」


「……ふふ、デインらしいね」


「図太い奴だけどな」


 もう会うことはないだろうという伝言だけは、彼女には伝えなかった。

 デインの言葉を借りれば、また会いに行くなら金を持っていけばいいのだろうというのが笠井修二の解釈だ。

 何も、一生会うことはないなんて言ってしまうのは、椎名も寂しい筈だ。

 だから、またいつか会えることがある筈だと、椎名にはそのことを意識してほしかった。


「それとさ……椎名」


「ん? どうかした?」


「あー、いや、んーとだな」


 声を曇らせ、言いたいことをハッキリと言えないでいた笠井修二に、椎名はキョトンとしていた。

 言わなければと、ずっと考えていたことだ。


 あの時の返事を――、椎名が笠井修二に告げた告白を、それに対する返事を、笠井修二はずっと考えてきた。


 今、ここで言うのもまた違う気がするが、二人きりの今だから言わなければならない気はしていたのだ。


「椎名」


「……?」


「俺……さ。――っ!?」


 椎名の想いに対しての笠井修二の返事、それを伝えようとしたその時だった。

 彼の目線の先、人がごった返した民衆の中に、一瞬だけ見えた。


 なんで……?


 そう笠井修二が考えたのは、ごく自然な反応だった。

 だって、ここにいる筈がない。奴は、あの男はアメリカ側が必死に見つけ出そうと躍起になっている筈。


 見間違いかと、そう考えたのは、笠井修二が希望に縋っていただけのもの。

 だが、あの姿を笠井修二は忘れもしない。


「? 修二?」


 椎名は気づいていない。戸惑う笠井修二の挙動に、首を傾げている。

 それに、もう笠井修二は肌で感じていた。

 気のせいだと思いたいその感覚が、確証へと変わっていく瞬間を。


 戦ったあの時と全く同じ。自らの存在を相手に塗り付けるかのようなべっとりとした感覚。あの時と変わらない感覚が、笠井修二を支配していたのだ。


 椎名は……気づいていない? なんで俺だけが……いや、そんなことを考えている場合じゃない。武器は……ない。しかも……俺は抗ウイルス剤を打っているから……モルフの力も……。


 最悪の事態を次々と想定していき、徐々に心が乱れていく。

 なぜ、椎名はこの感覚になっていないのか、それが分からず、それ以上に自分達の置かれている今の状況がどれほどのものかを、再認識してしまう。


 ……落ち着け。椎名を……椎名だけは、何としてでも逃がさないと……。それが、俺の出来る最善……。


「修二?」


「椎名、悪いけど用事思い出してさ。先に帰っててくれるか?」


「え? だ、大丈夫だけど、何かあった?」


「いやぁ、ラノックさんに言い忘れてたことがあってさ。結構、急を要するやつだから、急ぎたいんだ。ちょうどタクシーあるし、あれで先に帰って飯の準備でもしててくれよ」


「いいの? タクシーって今だと凄い高いけど……」


「大丈夫大丈夫。俺、アーネストさんから限度額無限のクレカ貰ってるから、せっかくだからこれ使ってけ」


「う、うん」


 平静を装い、笠井修二は椎名へと先に帰るよう促していく。

 この場に、タクシーがあったのは暁光だった。あの男が笠井修二ではなく、椎名を追うようなことがあっては、それが一番困る事態だ。


 でも、勘でしかないが、なんとなく笠井修二は気づいてはいた。

 この纏わりつくような嫌な感覚、それを笠井修二だけに向けているということは、きっと奴の目的は笠井修二のみにあることに。


「ね、ねえ修二。本当に大丈夫?」


「だーいじょうぶ。体調なら何も変わりはねえしよ」


「……分かった」


「おう」


「じゃあ、先に行って待ってるね」


「――――」


 椎名は笠井修二の様子の変化に気づいていたのだろう。

 それでも、それ以上の詮索はしてこなかった。


 本当に、それで良かった。絶対に、彼女だけは巻き込みたくないという、笠井修二の思いがあったのだから――。


 椎名はタクシーへと乗り込み、そのまま帰りの方向へと車を走らせていった。


 それを見送った笠井修二は、自身の置かれた状況に息が荒くなってきていた。


「――っ」


 どんどんと、どんどんと笠井修二に纏わりつくような嫌な感覚が強さを増していく。

 感じるだけで怖くなる。まるで、死が目の前にあるかのような恐ろしい感覚――、それでも、笠井修二は一人でなんとかするしかないと考えていた。


「……クソッ!!」


 笠井修二はその場から駆け出した。

 まるで意味を為さない、逆効果の選択肢を選んで――。




 重い体を動かして、笠井修二は全速力で走っていく。

 どれだけ走っても、この嫌な感覚は取れることはなかった。

 笠井修二は自分では気づくこともなく、どんどんと人気のない場所へと走っていった。

 してはいけない選択をして、無意識のうちに彼はそうしてしまっていたのだ。


 そうしていく内に、笠井修二はある瞬間を思い出した。


『私の固有能力、全方位集中感知能力は全てを把握できる。キミの動き、それがどこから動き出しているのか、私には認知できているのだ』


「はぁっ、はぁっ!!」


『いわゆる直感的な力に近いかな。異常聴力、私を軸にして、半径千メートル地点にいる生物の全て、その存在を認識することができるのだ。そして、私のテリトリーの中に近い者は、その動きさえも認知することが可能となる』


「はぁっ、はぁっ!!」


 最悪だ。走りながら、笠井修二は自分が追い詰められているという最悪の事実に気がついてしまった。

 どれだけ走っても、どれだけ逃げても、絶対に逃れるなんてことはできない。

 あの男の固有能力の前では、逃げることなんて許されないのだ。


 この嫌な感覚が続いていることが良い証拠だった。

 奴は……笠井修二へとジワリジワリと距離を縮め、近づいてきている。


 どうする……どうする!? 俺はもうモルフの力がない……。戦うための武器も何もない。どこに逃げても、あいつは必ず俺を追い詰めてくる。

 なんで今……こんな時にっ! なんで生きているんだ!

 死んだって、確実にそう思っていたのに、何でなんだよ!


 どれだけ考えても、答えなんて出ない。

 そうして走り続けて、笠井修二は茂みに足を取られ、そのまま草の地面を転がった。


「うわっ!」


 受け身も取れず、勢い余って転んだ笠井修二は、腕に僅かな擦り傷を負った。

 本来ならば、大したことのない傷だと思っていた。しかし、何故か信じられない痛みを感じてしまう。


「くっ……」


 こんな情け無い姿でいるのは、考えもつかなかったことだ。

『レベル5モルフ』の再生能力を行使できなくなった今の体は、以前とはまるで違う。

 傷だってすぐには治らず、運動神経も並のようなものとなってしまっているのだ。


「早く……」


 こんなところで足踏みをしている場合ではない。とにかく、人がいる場所へと、助けを呼べるところまで走らなければと、ようやく考えがついたその時であった。


 茂みを踏み締める、足音が聞こえた。


「……っ」


 人の気配――笠井修二を追って、誰かが近づいてきている。

 誰かなんて、分かりきっていることだ。


 どうして、自分を追いかけてくる? やろうと思えば、椎名といたあの時にけしかけてくることはできた筈なのに、何故……。


 考えても考えても、頭の中を巡るのは嫌な考えばかりだった。


 そして、奴は笠井修二の前へと姿を現す。


「――っ」


「……何をそんなに怯えている?」


 銀髪の髪は、以前よりも短くなり、それでも、声はあの男のもの。

 リアム――、確実に殺したと思っていた男が、笠井修二の目の前へと歩みを寄せ、最初に投げかけたのがその言葉だった。

 喉の奥から声を発することができない。

 異様な圧迫感が、彼の体を蝕んでいる。


 何をどう話せばいいのかも、わからない。


「……キミの姿を見た時、違和感を感じていたんだ。以前に感じた、キミの中のモルフの力、それが今では薄いものとなっている。……そうか、キミは……捨てたのか」


「……なんで、俺を……」


「キミならば、キミであればきっと理解してもらえると、私はずっと考えていた。この世界は間違っていることに……なのに、キミは別の道を歩んだ。どうしてそんなことをしたんだ」


「――っ」


 何故、そんな話を持ちかけてくる? 俺を殺しに来たんじゃないのか? モルフの力を捨てた? そんなの……そんなことは当たり前だ。俺は……俺は人間なんだからっ!


「人間という枠に収まり、それで満足なのか? この世界を真に正せるのは、我々だけだったというのに」


「何を……言っている? 俺は、俺は人類が滅ぶことなんて望んでなんかいない!」


「……だが、人間は今も、これからも地球を蝕む害虫だ。その事実から目を逸らしているのは、人間そのものだと、心のどこかでは気づいている筈だろう」


「それで……あんな殺戮を望んだとでも言いたいのかっ!? 何人……何人死んだと思っているんだ!! 死んだ人達はもう帰ってこない……俺の友達だって……っ!」


 真っ向から、笠井修二は言葉で反論をする。

 致命的な状況でも、言葉で解決するなら何だってしてやるつもりだった。

 笠井修二は自身の言葉に、間違いがあるとは考えてもいなかったからだ。


「目を逸らすなと、そう言っている」


「……あ?」


「命の天秤を、人間基準で見る彼らに、一体何を求める? 自分達の欲望のままに自然を汚し、自分達の欲望のままに他の生物の命を蹂躙する人間に、本当に正義があると、そう考えているのか?」


「分から……ねえよ……」


 リアムの言葉に、心に迷いが生まれていたのは事実だった。

 笠井修二だって知っている。

  海に垂れ流した有毒ガスがなんだの、北極の氷が溶けて人間の住む場所が今後無くなっていくだの、やれ戦争だ、核兵器だ。そんなものはどうだって良かった。

 そう考えてきたのは、かつては普通に生きてきた頃の自分だってことも知っている。

 それが、人間基準で見て、何も考えてこなかったことも、自負しているつもりだ。

 ただ、それでも――。


「命を無闇に扱う彼らに、自分達が逆の立場だったらと考えたことがあると思うか? 人間のエゴで、死んでいった動物達がどれほどいるか、考えたことがあるか? モルフはそれを逆転させる手段だった。なのに、キミ達はそれでも醜く抗おうとする。滑稽極まりないものだ」


「なんだよ……それ。俺達人間が全部悪いとでも言いたいのか?」


「人間がいなくなれば、世界はリスタートできたのだ。その世界に私達がいなくても、元の形に戻ることができたのだ。この世界が歪んでいる、その事実を理解しないことが、どういう結果をもたらすかを知っていて、何もしない人間。これ以上の悪がどこにある?」


「そんなの……分からねえだろうが! これからを生きる人間が、変えていける可能性だって……」


「……やはり、キミは私とは違うようだ。全てを捨て、脆弱な存在へと返ったキミを、私は見過ごすわけにいかない」


「――っ!」


 思想と思想、それらのぶつかり合いは、結局は何も変わることなんてなかった。

 リアムは笠井修二を殺し、また暗躍する。その考えが直に分かり、笠井修二の心は途端に乱れていく。


「うっ……」


 死の恐怖に怯えた笠井修二は、その場から駆け出した。

 モルフの力がまだあれば、そんな真似はしなかっただろう。

 だが、今の彼はもう、ただの人間でしかない。

 逃げることしか、出来ないのだ。


「はぁっ、はぁっ!!」


 とにかく走るしかない。誰か、誰かに助けを求めないと、このままだと殺される。

 森林の奥地へと駆け抜け、それでも市街には出られない。

 まるで、ここが笠井修二の墓場だと指し示すかのように、状況はより一層、悪い方向へと向かっていく。


「クソッ!」


「死ぬのが怖いか?」


「っ!」


 どれだけ走っても、リアムは笠井修二を逃がすつもりはない。

 そう思い込ませるつもりなのか、リアムは先ほどと変わらない一定の距離に立っていた。


「これまで死んでいった動物達も、同じような気持ちだったのかもしれないな。鳥や豚、彼らの最後の断末魔を聞いたことはあるか?」


「はっ、はっ!」


「今のキミは、それと同じだ。この世界の真実を知りながら、のうのうと生きる人間。せめて、同じ苦しみをその身に味わい、命を燃やし尽くすといい」


 一歩一歩、ゆっくりと笠井修二へと迫るリアム。

 その手には赤黒き剣が握られており、笠井修二を殺す為にあるものだと、そう見せつけるかのようにしてある。


 怖い。嫌だ、死にたくない。せっかく、皆で生き残ってきたのに、ここで死ぬ。こんな何もないところで……死にたくない!


「う、ああああああああっっ!!」


 錯乱した笠井修二は、リアムの胸元目掛けてその手で殴り掛かった。

 せめてもの抵抗は、まるで意味を為さずして、拳は当たって止まる。


 そして、笠井修二の抵抗を見たリアムは、冷め切った目で彼を見ると、


「見るに……耐えないな」


「ぐぼぁっっ!?」


 笠井修二の腹部へと、見えない速度で蹴り上げるリアム。

 無防備な状態で蹴りを受けた笠井修二は、そのまま茂みの奥へと吹き飛ばされていく。


 大量の血を口から溢して、笠井修二は悟った。


 俺は……ここで死ぬのだと。

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