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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
233/237

Phase7 第八十五話 『人の想い』

 リアム・アーノルドは本来、『レベル5モルフ』としてある身体能力強化をなしにしても、人間だった頃の状態でも異常な能力を秘めていた。

 天性がもたらしたその才能は、その全てを戦闘能力に活かされ、彼の存在を奮い立たせている。

 彼がまともな人間であったならば、恐らくはスポーツにおける全競技において、トップクラスの成績を残していた筈だろう。


 脳から神経を伝って電気信号を送り、身体を動かすというその反応速度の速さ。必要最低限に留められた筋肉に、常人ではありえない腱の強さ。それも、彼の瞬発力を極限に高めていた要因の一つだ。

 それら最高クラスの能力に更に『レベル5モルフ』の身体能力強化を活かしたのが、今のリアムだった。


 例えばそれが世良望であっても、ミラ・ジノヴィエフであっても、リーフェンであっても、桐生大我であっても、誰が相手であろうと、リアムは恐らく、戦闘では負けることはありえないだろう。


 それほどの圧倒的な身体スペックを持ち合わせて、彼はこれまで生きてきた。

 だが、今この時だけは違った。

 かつて、これほどまでに生死を分けた戦いをしたことがあったか? いや、なかった。

 相手が人間であろうと動物であろうと、リアムは自身の奥の手すら使わずして、余力を残した状態で相手を殺すことができていた。


 なぜ、今回は違う?


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


「――っ!」


 これまでの動きとは明らかに違う、笠井修二と椎名真希の二人同時の連携攻撃。まるで、事前に打ち合わせをしたかのような、組み立てられた動き――。相手の動きを感知する全方位集中感知能力をフルに使っても、リアム自身の身体能力強化を使っても、対応が間に合わなくなってきている。


 なぜ、そんな動きができる? 一緒にいた時間の長さ? 絆? いや、そんなものではこの連携の速さは理由には繋がらない。


「ちぃっ!!」


 左腕は椎名真希の蹴りを受け流す為に、右腕は剣で笠井修二に対抗する為に、リアムは役割を定めて動きを変えていた。

 だが、みるみる内に彼らの動きは、その連携の動きが速くなってきている。

 それも、ただ速いだけではない。互いにとって、リスクになりうる攻撃手段を互いがしているのだ。


「やぁっ!!」


 椎名真希の上段蹴りを、リアムは左腕で防御の姿勢を取って受け止めた。

 その瞬間、笠井修二が椎名真希もろとも斬りかかろうと、椎名真希の真後ろから剣を振りかぶる。


「――くっ!」


 リアムは後方へと下がった。その瞬間、笠井修二が剣を振るったと同時に、椎名真希は胴体を下げて、笠井修二の剣を躱したのだ。


「何が起きている?」


 同じようなパターンで、笠井修二が攻めに転じた際にも、椎名真希は構わず笠井修二とリアムもろとも蹴りかかろうとしていた。

 それすら、笠井修二はわかっていたかのように動きを変えて、視界の外にいたはずの彼女の蹴りを躱していたのだ。


 ただ付き合いが長いからという理由では説明できない。何かしらの要因が存在している。

 そして、リアムは笠井修二の動きに注視した。


「……まさか」


 笠井修二の動き、リアムの動きまでも複合模倣し、対人戦闘においてはほぼ最強に近い存在となった彼の動きに、違和感を示した。

 今、共に戦っている椎名真希の動きに近い動きを、彼が偶にしている。


「椎名真希の動きまでも模倣したか。いや、それだけでは……」


 動きを模倣したとて、リスクのある連携攻撃を取れる理由にはならない。

 もっと根本的な、それこそ、模倣した以外の何かが――。


「――――」


 模倣? 模倣するということは、いわば学習能力の高さからくるものだ。

 学習能力――、他者の動きをコピーする。それは、他者の動きを知るからできるというもの。


「まさか……椎名真希の動きを読んで、こんな真似ができているのか?」


 理論上、ありえない話ではなかった。

 笠井修二はこれまで、致命的な重傷を負うことはなかった。

 それは、笠井修二が相手の動きを模倣する上で、その癖のようなものを直感的に感じ取っていたからではないのか?

 だから、笠井修二は椎名真希の次の行動を予期して、椎名真希はそれを理解して動いている?


「……つくづく、厄介な能力だ。それゆえに、惜しい」


 これほどの素晴らしい才能を持ち合わせていながら、それでも敵対の意思を見せるのだから、リアムも笠井修二達のことを目をつけてきたのだ。

 実際、笠井修二の言う付き合いの長さや絆という発言に対しても、分からなくはないものだ。

 これほどの連携攻撃の軸の要が笠井修二にあっても、椎名真希も同じ考えの元で動いている。


 それに、その連携は二人に留まらない。


「当たりやがれ!!」


「――――」


 視線は笠井修二達に向けたままに、リアムは自らを狙って撃ってくるデインの射撃を、持ち前の身体能力による機動力で躱した。

 この男もそうだ。笠井修二とは動きが合っていないが、椎名真希の攻めに向けて、さっきは彼女目掛けて撃ち、椎名真希がそれに応えて動いた。

 各種において、連携攻撃を合わせることで、リアムは攻めに転じることが難しい状況に追い込まれていた。


 だが、あくまでそれほどの覚悟で突っ込んでこないと、リアムは倒せないという証だ。


「なっ!?」


「きゃっ!」


 二人同時に攻撃を仕掛けてきた瞬間を狙って、リアムは深く腰を落とす姿勢になり、一撃で仕留めようと、間合いに入ったその瞬間に横薙ぎに剣を振るった。

 二人とも、リアムの反撃に反応こそすれども、無傷ではいかず、彼らの体に傷が生まれた。


「リスクを取って動く、か。ならば私もリスクを取るまでだ」


 リアムは判断した。この劣勢を覆す為には、自身もリスクを取って戦わなければならないと。

 ただでさえ、リアムは最強格に近い『レベル5モルフ』を2体にして相手取っているのだ。

 既に本気で臨んでいるにしても、自身の命を掛けていなければ、それは本気などではない。


「きたまえ、人類の救済者であり、滅亡の先へと向かう者達よ。この戦いは、あくまで人類の命を長引かせるかどうかの天秤にしかならないということを知れ」


「言われなくても……そのつもりだ!!」


「うんっ!! ここで終わらせない!!」


 リアムと笠井修二達、互いに違う思想を持った者達が再びぶつかる。

 これまでの戦闘と同じぐらいに、それは激しくなっていき、誰の目にも追えない戦闘が繰り広げられていく。


 もう既に、笠井修二達は体力の限界を超えてきている。

 それでも動けるのは、気持ちの力が強くあったからだ。


 ここで負ければ、世界は、人類は滅ぶ。

 リアムという存在がいる以上、ここで止めなくてはどうしようもなくなってしまうのだ。

 他の誰かじゃない。自分達の力で、なんとかしないといけない。


「はぁっ!!」


「――なに?」


 椎名が前に出た。そして、リアムはその行動に違和感を示した。

 これまでの椎名真希の動きから見て、彼女は蹴り技のみしか使ってこなかった。いや、使えなかったのだと、そう仮定していた。

 椎名真希はリアム目掛けて、右ストレートで殴りに掛かってきたのだ。

 リアムの間合いを理解していながら、その行動に出る理由は何か裏があると感じてしまうのは道理だった。


「――――」


 リスクを取った連携攻撃を危惧したリアムは、椎名真希の右ストレートを頭を後ろにして避けた。

 その瞬間、椎名真希は避けたリアム目掛けて飛び膝蹴りを仕掛ける。


「っ!? 見えているぞ!!」


「――っ!」


 右ストレートを囮にした飛び膝蹴り、リアムは全方位集中感知能力で、その動きを読んでいた。

 彼は残る左手で腹目掛けて仕掛けてきた飛び膝蹴りを受け止め、残る右手の剣で椎名を両断しに掛かろうとする。


「させるかっ!!」


 そして、笠井修二がそうはさせまいと、リアムの剣を自身の剣で止めた。

 互いの動きが止まった瞬間、一気に戦況は動く。


 リアムの腰目掛けて、何者かが飛び込んできたからだ。


「――なっ!?」


 全方位集中感知能力で、リアムは何かが迫ってきていることは気づいてはいた。

 しかし、その存在はリアムにとっては想像の外にあったものだ。


「う、がぁぁぁぁぁぁあっっ!!」


 テオパルド・フィンガー。既にモルフへと感染し、腕を片方失って、致命傷を負った彼は、残る力を振り絞って、リアムの動きを止める為に飛びついてきたのだ。


「っ、邪魔を……するなぁぁっっ!!」


 笠井修二もろとも、剣を押し切り、リアムは組み付いてくるテオへと剣を振り抜いた。


「がっ!?」


「テオさんっ!?」


 テオの体が、胴体からリアムの剣によって真っ二つに切断される。

 それでも、彼は死ぬその時までリアムを離さない。


「人間がっ! 調子に乗るなぁっっ!!」


「やぁぁぁぁっっ!!」


「っ!」


 確実に即死させる為に、リアムはテオの首を両断しに掛かったが、椎名がそうはさせなかった。

 後ろ回し蹴りでリアムの側頭部を狙い、リアムはその蹴りをモロに受けてしまう。


 だが、リスクを取ってでも彼はテオを殺し切るつもりだった。


「おおおおおおっっ!!」


 首に異常なほど力を込めて、椎名の蹴りを持ち堪えたリアムは、構わずテオへと向けて再び剣を振りかぶる。

 その時、彼の剣へと銃弾が当たり、剣の軌道がズレてしまった。


「――っ!?」


「今だっ!!」


 リアムの赤黒き剣の刀身へと銃弾を当てたのは、離れた位置から撃ち込んできたデインだった。

 テオへの攻撃を牽制し、ギリギリの状況下でリアムが固有能力からデインの意識がなくなったその一瞬を突いた。


 ここが、勝負だった。


「あああああああああっっ!!」


「ちぃっ!」


 椎名真希がリアムの腹部へと蹴りを仕掛け、そのままリアムは吹き飛ばされる。

 そして、飛ばされるリアム目掛けて笠井修二が剣での刺突を仕掛けた。


「くっ!」


 体を逸らしたが、剣はリアムの右肩を貫いた。

 心臓部分を狙った一撃を避けられてしまった笠井修二だが、彼はまだ諦めていない。


「お、おおおおおおおおおっっっ!!」


 押し切る。ここで押し切って、リアムを倒す!

 もうそれしかない。俺が……俺がやるんだ!!


「く……」


「――ッッ!?」


「くくく、くはっ! はははははっ!! いいぞ! ようやく私も楽しくなってきたっ!! 殺してみせろっ!! ()()!!」


 焦りを見せていたリアムの表情が一変し、彼は右肩を貫いた笠井修二の剣の刃を左手で握った。


「しまっ――!?」


 判断を間違えた。リアムに剣を掴まれて、笠井修二はリアムの右肩を貫いた剣を引き抜くことができない。

 このまま、リアムが地に足がつけば、姿勢制御が間に合って笠井修二へと剣を振りかぶることができてしまう。


 もう、足が地につく。その瞬間だった。


「やっ!」


「なっ!?」


「――っ!?」


 可愛らしい掛け声と共に、地に足がついたリアムの足元へと、椎名真希が地面を強く踏み抜いた。

 それが何を引き起こしたか――単純な結果だ。椎名が踏み抜いた地面が地を割り、リアムが地面を踏み込むことができなかったのだ。


 椎名は知らなかった。それは、シャオ自身も扱う中国拳法における諸派に伝わる動作――震脚と呼ばれるものだった。

 反発力を抑え込んだ踏み込みが、コンクリートの地面を割ることもできるとんでもない技術だ。それが、『レベル5モルフ』の身体能力強化が上乗せされた脚力で踏み抜けば、周囲に届くほどの地割れを引き起こす結果となる。


「お、おおおおおっっ!!」


 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 笠井修二はバランスの崩れたリアム目掛けて、力任せに剣を引き抜き、その腹部へと剣を突き刺した。


「ッッ!!」


「がぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 この勢いは崩さない。崩してたまるかっ! 椎名が作ったこのチャンスを、俺がなんとかするんだ!!


 千載一遇のチャンスを、笠井修二はモノにする為に、リアムの腹部へと剣を貫かせたまま地面を強く蹴った。


「――っ、吹き飛べっ!!」


「くっ!」


 リアムの体ごと、笠井修二は地を蹴って駆け抜けようとした。

 しかし、笠井修二の狙いこそ分からずとも、このままなし崩しにされるわけにはいかないと考えたリアムは、片翼となった羽を強引に振り、至近距離から笠井修二へと暴風が直撃する。


「――ッッ!」


「なぜ……」


 離れない。掴んだ剣から手を離してもおかしくはないほどの暴風だ。

 なのに、なぜ離れない?

 掴む手は皮膚が破れていてもおかしくはない。常人なら、痛みで限界がきてもおかしくはないほどのものだ。


 どうして……諦めない?


「ご……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 叫び、喉が壊れるほどの雄叫びを上げ、笠井修二は真っ直ぐに突っ走る。

 筋肉は悲鳴を上げ、全身は裂傷を負って痛みが酷い。頭痛は途切れなく襲い掛かり、視界もブレて見える。


 だが、それでも――。


「俺は……独りじゃないっ!!」


「――っ!!」


 リアムはその時、笠井修二の背後に幻影を見た。

 彼がこれまで歩んできた人生で、共に戦い、歩んできた者達。

 笠井修二にとって、かつての同胞達の姿の幻影を――。


 そして、リアムは――笠井修二は共に空中へと投げ出された。

 笠井修二が真っ直ぐに突っ込んだ先は広場の上がった先、およそ十メートルの高さもある場所からの墜落だった。


 体勢を整えられない……っ! が、それは笠井修二も同じこと。このまま地面に落ちてしまえば、すぐさまに――。


 地形がリアムに利を与えたと、そう自身で解釈した瞬間であった。

 笠井修二は未だ、リアムの腹部に突き刺したままの剣を離さず、そのままリアムの腹部へと足を入れ込み、勢いよくその体を蹴った。


「っ!」


 笠井修二の剣が抜け、リアムは地面へと垂直に猛スピードで落ちていく。

 だが、これだけでリアムは倒れない。たとえ地面に叩きつけられようとも、受け身さえ取れればすぐにリカバリーができる。


 そう、考えていた。


「がはっっ!!?」


 地面へと強く打ち付けられる。その筈だった。

 しかし、リアムの体は未だ空へと向いたまま、手足が自由に動かせなくなる。


 そして、気づいた。彼の胸部から突きでてる棒状のもの。それは、噴水塔の中央にあるシリンダー部分だ。

 鋭く尖ったそれがリアムの体を貫き、串刺しにさせたのだ。


 笠井修二は空中に投げ出された瞬間、この手段を咄嗟に思いつき、リアムを噴水塔目掛けて蹴り落としたのだった。


 リアムは動かなくなる。そして、彼の血が噴水塔の水の受け皿となるプールへと流れ落ち、赤く染まっていく。


「はぁっ! はぁっ!!」


 地面へと投げ出された笠井修二は、体力の限界がきていたのか、その場から立ち上がることも出来ず、地面に頭をつけたままいた。

 全ての力を使い切ったつもりだった。『レベル5モルフ』の身体能力強化をフルに使い、固有能力である完全模倣能力を、あらゆる他者の動きを複合させるという荒技は、身体的負担は甚大だったのだ。


 もはや、笠井修二はこれ以上戦えるような状態では決してなかった。


「修二!!」


「し、いな……」


「大丈夫!? しっかりして!」


 笠井修二の安否を確認しに駆け寄ってくる椎名は、まだ全然元気だった。

 笠井修二はホッとした。この戦いで、彼女が死ぬことにならなかったことを――。


「俺は……大丈夫。ありがとうな」


「うん……うん!」


 死ぬほどの状態ではなかったことを確認した椎名は、嬉しそうだった。

 彼女にとっても、笠井修二にとっても、お互いにとって死んでほしくはない間柄だ。

 だから、笠井修二も椎名真希がこうして駆けつけてきてくれたことが嬉しく思えた。


「おい、生きてるか!?」


「デイン、こっちは大丈夫!」


「そうか! あの野郎は……死んだか」


 高台から階段を降りてくるデインは、噴水塔に突き刺さったリアムを見て、状況を理解した。

 何もかも全て、あの二人が……いや、それだけじゃない。


「テオの野郎は……」


「ぁ……」


 戦いに集中し過ぎたこともあり、もう一人の存在に気づくのが遅れてしまった。

 テオは、リアムへと組みついたまま空中に放り出され、そのまま地面へと落ちていっていたのだ。


 そして、彼はもう動かなくなってしまっていた。


「テオ……さんっ!」


「こいつも……よくやったよ」


「ぅ……うぅ……」


 もう既に息絶えてしまっていたテオへと、椎名とデインが駆け寄る。

 半開きとなった目を、デインが手のひらで閉じさせて、せめてものたむけとして死者を慈しむ。

 彼ら、サイレントハウンド部隊はもう、誰一人として生き残ることはなかった。

 だが、それでも果たすものはあった筈だ。


「復讐は果たせたんだ。こいつにとっても、後悔はもうない筈だ」


「――――」


「それに、まだ終わっちゃいねえ。そこらかしこで、あの巨大生物がまだ暴れ回ってる。俺達のやるべきことを、忘れるなよ?」


「……うん」


「よし、そうとなりゃ……」


 重い腰を動かして、デインは立ち上がった。

 彼も、先のボリスとの戦闘のこともあって、体はボロボロだった。

 リアムとの戦いでは大した役には立てなかったが、動ける今だからこそやるべきことをするべきだと、そう考えていた。


「おい、立てるか?」


「……ああ。助かる」


 立つことができない笠井修二へと肩を貸し、立ち上がらへたデイン。お互いにヘトヘトだった彼らは、不恰好ながらもゆっくりと前を見据える。


「お前のおかげで……助かったよ」


「……ほとんど何もしてねえよ」


「いや、あの時、リアムの剣に銃弾を当てていなかったら……多分、こうはならなかった」


「じゃあ、褒美は全て終わった時に精算してもらうことにするぜ」


「……はっ」


 まともにデインと会話をしたのはこれが初めてのことだが、どことなく誰かに似てるような雰囲気を感じた笠井修二は笑った。

 そして、彼らは椎名真希の所へとゆっくりと歩み寄る。


「行こう、ミスリルへ――凱旋だ」


「……うん」


 デインがそう言うと、椎名は目を擦って立ち上がる。

 そして、彼らはゆっくりと歩き出していく。


 今も奮闘を続けている、ミスリルへと――。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「司令! もう限界です!! 五体目が……っ!!」


「――っ」


 巨大要塞ミスリル――。今も尚、巨大生物の侵攻に抗っていた風間達は、次々と現れる巨大生物達の侵攻に対して、既に限界を迎え始めていた。

 むしろ、ここまでよくやれた方だっただろう。ミスリルに存在する主要兵器を巧みに操り、なんとか巨大生物達を撃破してきたのは、風間の手腕あってのものだ。

 しかし、数の暴力とは恐ろしいものだ。

 どれだけ撃破しても、次から次へと現れる巨大生物達の侵攻に、それぞれの兵器の次弾装填に間に合わなくなってしまっている。


「風間司令、どういう状況だ?」


「アーネスト大尉……」


「……なるほど、よくここまでやれたものだ」


 作戦司令室へと帰還したアーネストは、監視モニターからの映像から状況を瞬時に把握したようで、風間へと労いの言葉を掛ける。


「まだ終わっていません。士気が下がっていない今……ここで下がるわけには……」


「無茶は承知か。だが、そろそろ限界だ。地下の避難所への避難を考えるべきタイミングだ。少なくとも、そこまでは奴らもくることはない」


「……ですが、それではいずれ食糧が保たなくなります」


「――――」


 撤退の方向を勧めるアーネストだが、その場合の懸念は今、風間が指摘した通りだった。

 確かに、民間人が避難している地下であれば、巨大生物の脅威には被害を受けることはない。

 だが、いつまでもそこで居られるわけでは決してないのだ。

 いずれ食糧が尽きてしまえば、地上の巨大生物に喰い殺されるか、餓死するかの二択を迫られることになる。


 今、ここしか、巨大生物に抗う手段は残されていないのだ。


 二人は黙した。どうしようもない状況だったのは分かりきっていたことだ。

 それでも抗うと決めた風間は、すぐに撤退の指示を下そうとはしなかった。

 部下の命を預かっているのだ。そう簡単な判断は下せないのはアーネスト自身も理解していた。


「……これまでか」


 諦めの言葉を吐き出したアーネストは、目線を下げて俯いた。

 母国を蹂躙され、何もできない自分に腹立たしさを覚えていたのだろう。彼の拳は、血が出そうになるほど握り締められている。


 しかし、その時、風間は監視モニターの一つに違和感を示した。


「――なんだ、あれは?」


 風間の呟きに、その場にいた全員が顔を上げた。

 そして、真っ先に気づいたのはアーネストだった。


「……きて、くれたかっ!!」


 アーネストの目に、光が灯った。

 それは、この窮地を逆転させる、最高の援軍だった。



 外は、相変わらずの地獄絵図だった。

 巨大生物達はこのミスリルに人がいると当たりをつけたのだろう。遠方にいる巨大生物達もこぞって、ミスリルへと迫ってきていた。


 その時、ミスリルへと侵入した一体の巨大生物は、その大きな顔を空へと上げた。

 音が聞こえた。それは普通の人間であれば耳がつんざくような音――。それが聞こえたと同時に、巨大生物は空から爆撃を受けて、その場に倒れ伏す。


 最初は一機だけだったそれは、遠くの空から次々と姿を現していく。


「よりどりみどりだ!! 総員、あのデカブツを仕留めるぞ!!」


「「「了解!!」」」


 空を駆け抜ける戦闘機の群勢、それが凄まじいスピードで空を飛び回りながら、地上にいる巨大生物達へとミサイルを飛ばし、次々と撃破されていく。

 アメリカは一枚岩ではない。指示系統を失った今でも、母国を愛する者達の気持ちは一つだった。


「俺達の国をめちゃくちゃにしてくれやがって!! これでも食らいやがれっ!!」


 ミスリルの周囲にいる巨大生物達を、地上からは決して届かない距離から爆撃を仕掛けて、抵抗もできることなく次々と駆逐されていく。


 それを監視モニターから見ていたアーネストは、涙を堪えた。


「風間司令、私達は……勝ったぞ」


「あれは……?」


「アメリカ空挺部隊……あいつら、上の指示もなくして自分の意思でここまできたのだ」


 それは、誰にとっても予測外の援軍だった。

 今のアメリカを動かしているのは、上層部の者達ではなかった。

 個々の判断で、彼らはこの地へと戦闘機を飛ばしてきたのだ。


「もう、大丈夫だ」


「……いや、これからです」


「なに?」


「彼らが奮闘しているのならば、我々が休んでいるのもまた違う話です。――総員、次弾装填を急げ!! 勝利は目前だ!!」


 風間は声を荒げて、ミスリル各所にいる兵士達へと指示を煽っていく。

 彼の目には、この先を見据えた何かを見ていたのだ。


「最後まで戦うぞ!! 生き抜く為にっ!!」


 確固たる意思を示して、風間はアメリカ軍兵士達へと鼓舞していく。

 そして、風間の号令に呼応していく、ミスリル各所にいる兵士達。もはや、彼らの間には人種等による境目はとうになくなっていた。


「大したものだ。大和魂とでも言うのか、この場合」


「いえ、これは一人の人間として……ただ、それだけですよ」


「……そうか」


 風間平次のその姿勢に、アーネストは少し妬ましくも感じていた。

 本来であれば、風間の役目は自身が負わなければならなかったものだ。

 軍人として――いや、一人の人間として、彼はできすぎている。


「私も手伝おう。キミは……私にとって共に戦う戦友だからな」


「ありがとうございます」


 もう、彼らには互いを疑るべくものは何もない。

 最後の最後まで、彼らは同じ人間という立ち位置で戦場へと向き直っていった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「……ぅ」


 目覚めは、それほど良くないものだった。

 今、自分が何者なのか、それすら分からないままにして、一人の男が目を覚ます。


「隊長! 無事ですか!?」


「雪……丸?」


「よ、よかったですぅ……し、死んでしまったかと……」


「馬鹿っ! 不知火、縁起でもないこと言うんじゃないよ!」


「おま……えら……」


 肩を借りて歩かされていたのは、神田慶次だった。

 そして、彼は気づいた。今、自分を運んでいるのは、神田のいた部隊のメンバーであったことにだ。


「どうして……ここに……」


「隊長を置いて放っていくなんて……俺達にはできなかった。それだけです。水臭いですよ、俺達……仲間でしょ?」


「――――」


「それに……倒したんですね。一人で……」


「……ああ」


「やっぱ凄えや、俺達の隊長は」


 褒め称えながら、笑みを浮かべる雪丸に、神田慶次は目線を合わせずらかった。

 なにせ、リーフェンと戦う前に彼らとは決別の意を示したところだったのだ。

 今更、どんな顔を向けていいものか、向ける顔なんてあるのかと、自問してしまう。


「……隊長、俺は、サクがいなくなったあの日を、一度足りとも忘れたことはない」


「――――」


「あいつがいて、俺達の部隊があったんだ。死んでしまっても、サクは俺達の部隊の一人だ。だから、勝手に部隊を解散するなんて言われても、あいつが納得しないですよ?」


「……は」


 真っ当なことを言われて、神田慶次は否定の一つも思い浮かばず、思わず笑ってしまった。

 そう、その通りだった。

 神田慶次は結局、サクのように他の誰かを死なせないよう、立ち回りたかっただけ。その気持ちも、雪丸達は理解した上で今ここにいる。

 顔向けできないなんて、そんな話ではなかったのだ。


「さあ、行きましょう。皆のところに」


「……そうだな」


 そうして、もう一つの戦いは終幕を迎えた。


 全てを掛けて臨み、戦った者達の結末。

 そして、未だ終わらない戦いへと赴く者達の結末。


 アメリカ国内を蹂躙したモルフウイルスによるテロ、その七日間の激闘、それはこの日をもって終息へと向かっていく。


 長い長い月日を重ねて――、物語はLast Phaseへと進んでいく。

残り、恐らく四話になるかと思われます。

Last Phaseと名を括る以上、これで終わりというわけではありません。

最後までよろしくお願いします。


また、Last Phaseの内容は笠井修二視点の話です。

これまでは他の仲間達の視点がほとんどでしたが、ここだけは主人公視点となります。

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