Phase7 第七十七話 『最悪の巡り合わせ』
「はぁっ、はぁっ!!」
息継ぎをしながら、彼女は地獄と化した地を駆け抜けていた。
本気を出せば、もっと速く走ることはできていたことだろう。
しかし、それをしなかったのにはしっかりとした理由がある。
彼女は一人で走っていた。目的地は分かっている。そして、その目的地ももう近くであることも知っている。
とにかく急ぎ、向かわなければと、彼女はペースを乱さずに駆け抜けていく。
そして――。
「椎名……?」
「……デインっ!?」
そして、彼らは再び巡り合う。世界の命運を背負っているのは、彼ら二人も同様。その最後の仕上げがまだ残っていた。
Phase7 第七十七話 『最悪の巡り合わせ』――。
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巨大生物が現出してから、今も地鳴りが周囲一帯を轟かせていた。
彼ら二人のいる地帯の近くに巨大生物がいなかったのは偶然だったであろう。
それもまた、運命の一つだったのかもしれない。
「他の奴らは……どうした?」
「サーシャさんは近くにいるよ。でも、フィンさんは……」
「――そうか」
フィンの安否に関して、口籠る椎名のその反応に、デインは察した。
彼らは元々、二人で行動を共にしていた身だ。クリサリダの傭兵であったサイレントハウンド部隊の面々と行動を共にしてから一週間――そう、たったの一週間ではあったが、それなりに打ち解けてきていた間柄だった。
彼らの死は、少ない期間の付き合いであっても、決して何も思うことはないというわけではない。
「デインは? まさかテオさんとセルゲイさんも……?」
「いや、あいつらとは別行動になっちまった。セルゲイの方は……分からねえけど、とにかく今の状況までは知らねえ」
デインのその口振りにも理由はあった。セルゲイはデインの目から見ても、到底助かる筈もない重傷を負っている。
特にこの非常事態の中では、医療に携わる人間に診てもらうことも不可能に等しい。
その結果としてどうなるかなど、デインとしては経験上、分かっていたことだが、そこに関しては何も言わなかった。
「そう……でも、ここで会えて良かった。このまま一緒にいこう」
「ああ、とはいえ……このままお前と俺の目的が果たされるっていう状況なのか?」
「それは……」
今の現状は、二人ともよく知っている。アメリカ各地に現出した巨大生物は、人間文明を破壊する勢いで暴れ回っている。
仮にデインを連れ帰るという任務が果たされたとしても、それは解決に繋がるのか? そこは椎名自身も疑問に感じていた。
「ともかく……行くしかないと思う。他に出来ることがないなら……それしか……」
「悪い、余計な質問だったな。俺としてもここまできてはいさよならなんて言える立場じゃねえからよ。約束の金、忘れんなよ?」
「……うん」
二人の約束、それを互いに忘れることはなかった。
デインの血、それがモルフウイルスの抗生剤を作るにあたってとても重要なものとなる。
今更、約束を反故にしたところでなんの解決にもならないことはデインも承知していた。デインを連れ帰ることができたとしても、事態の解決には向かわないかもしれないが、やれることはそれくらいしかない。
デイン達には、あの巨大生物に対抗する術を持ち合わせているわけではないのだから、やれることをするしかないのだ。
「そういえば、サーシャは近くにいるって言っていたが、何をしてるんだ?」
ふと、先程の椎名が話していたことの中で気になっていたことを問いただしたデイン。
こんな状況で別行動を取る理由、それが分からなかったのだ。
「前の月島さん達と同じやり方だよ。もうミスリルが近いから、もしかしたら敵と遭遇する可能性もあるからって、そう言ってた」
「敵……か」
ネパールの時の焼き直しのようなものだった。
あの時は椎名は一人のようであったが、実際には一人ではなかった。椎名の四方を囲むようにして動き、万が一の事態が発生した際には狙撃し、事態の解決を図る。
今回はサーシャ一人だが、彼女の狙撃の腕前は二人も知っていた。
万が一、二人が危険な状況に陥れば、彼女は迷わず応戦をしてくれることだろう。
「サーシャさんはこうも言ってたよ」
椎名は続けて説明をしていこうとした。
それは、デインと再会する三分も前の出来事だった。
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フィンを残して先へ進んでいた椎名とサーシャの二人。彼女達を追いかけていた巨大生物はもういない。
一旦、安全が確保された状況でサーシャは足を止めて、椎名へと話を持ちかけていた。
「もうすぐミスリルに着く。悪いけど、こっからは一緒にはいけない」
「え? ど、どうしてですか?」
突然の話の切り出しをされて、椎名は戸惑った。
ここまできて、別行動を取る理由が分からなかったからだ。
巨大生物が蔓延る今の現状、一人はむしろ危険――それが分かっていながら、一人になろうとする意図は自殺行為ともいえたからだ。
「安心しなよ。実際にはあんたの後ろをついていく。覚えているだろう? ミスリルにはあのクリサリダの連中も向かっているんだ。もし、あのエレナのような奴と出くわした時、簡単に倒せられると思うかい?」
「それは……」
「だから、あえてここは別行動を取る。例えばあんたが敵と遭遇した時、相手はあんたしか目に映っていない。もし、奇襲を掛けられるとしたら私だけだからね。その為に別行動を取るんだ」
サーシャの説明は、すごくわかりやすく簡潔的なものだった。
この先、敵と遭遇する可能性が高いことは、前回、烏丸から受け取ったUSBメモリーカードから解析した際に判明していたこと。クリサリダの連中は、総じてこのミスリルへと向かおうとしていたのだ。
何を目的としているかは定かではないが、このまま進めば、その連中と戦う可能性は必然と高くなる。
その時、一人でも奇襲をかけられる人間がいるとすれば、今の状況ではサーシャが適任なのだ。
相手が『レベル5モルフ』の力を有していたとしても、スナイパーライフルによる狙撃を避けることは簡単ではない。
恐らく、何の問題もなく命中させられるだろう。だから、サーシャは一人、椎名の後ろをついていくことを考えたのだ。
「もし、あんたが敵の誰かと遭遇したら、私が狙撃地点に移動し、そこから発砲を仕掛ける。ましてやこんな状況だ。下手に戦いを長引かせたら、巨大生物も一緒に相手することになる。かなり合理的だとは思うよ」
「確かにそうですね。……わかりました。任せます」
「よし、じゃあこのままあんたはミスリルへ向かいな。ただし、速度は調整しなよ。全速力で走られたらとても追いつけないからね」
「き、気をつけます」
安易に『レベル5モルフ』の身体能力強化を使えば、椎名はサーシャを置き去りにして先へと進むことができてしまう。そうなってしまえばサーシャの作戦は意味もなくなる為に、そこだけは注意していくよう持ちかけていた。
そして、彼らは一定の距離を保ちながら、ミスリルへと向かい始めた。
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「――って、ことがあったんだ」
「なるほどな。あの女にしちゃ、良い判断だ」
「やっぱり……敵と出会う可能性は高いかな?」
椎名は不安をそのまま口に出し、その可能性についてをデインにも聞いてみた。
本当は、彼女もこのまま何も起こらずにミスリルへと辿り着きたい。
もしも遭遇すれば、交戦は免れず、またエレナのような嫌な瞬間を目の当たりにしてしまうかもしれない。
そんなことを椎名は望んでおらず、できるなら何も起こらないことを祈るばかりだったのだ。
「……分からねえよ。ただ、遭遇する可能性については俺も同じ考えだ。その時はその時、あの女が上手くやってくれるだろうよ」
「……そう、だね」
何が起ころうとも、サーシャの狙撃があれば問題はない。
デインの考えはサーシャと同じで、特に不安はない様子だった。
しかし、椎名は完全に不安を払拭しきれているわけではなかった。
その理由は彼女自身にも分かっていない。単純な思い込みかもしれない。
今、彼らが取っている行動が、最悪の事態を招くのではないかという、一抹の不安――。
「とにかく、こんなところで油売ってる暇はねえよ。行くぞ、もうミスリルは見えてきてんだ。さっさと終わらせる。それだけ考えとけ」
「……うん。分かった」
椎名の不安に、デインも気づいていたのだろう。
今は余計なことは考えず、先を進めと、彼はそう諭した。
デイン自身、この先に待ち受けるなにかに気づいているわけではない。現状を見定めて、そうするべきだと判断しているだけだ。
ミスリルとの距離はおおよそ二キロメートル近くといったところだろうか。
アメリカという広大な地から見れば、現在の距離はそう遠くもない。徒歩で向かうにしても、巨大生物との接触を抜きにすれば一時間もあれば到着するといった頃合いだろう。
そんな距離がありながら、二人は聞こえた。
ミスリルがある方向、その方角から、とてつもない爆音が立て続けに聞こえてきたことにだ。
「な、なんだ!?」
「すごい音……もしかして、あの巨大な化け物と戦ってるのかな?」
「だとしても何使ってやがるんだ……。いや、そういえばここってアメリカだよな。軍事兵器ならなんでもござれってか」
耳を塞ぎたくなるような轟音が、この距離にしても聞こえてくる。
爆心地から距離があり、ここまで爆風が届くほどでもないが、明らかに異常だ。
一体、どうなっているのか、二人には予想もつかない。
ミスリルでは今も、激戦が繰り広げられているということにも――。
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「左極部、エラ!! B区画三区内郭部へ向けて撃て!!」
『了解!!』
無線越しでの指示が飛び、風間の指示に従って、エラが発射管を力強く引いた。
ミスリル内部へと侵攻しつつある巨大生物、その一体がB区画の建物を破壊し、徐々にではあるが本丸であるD区画へと迫り来ようとしていた。
そして、E区画左極部より取り付けられていた主砲から砲弾が飛び、それがB区画へと侵攻していた巨大生物へと直撃する。
「右極部、レックス!! A区画にいる巨大生物へ向けて
、三十秒後に迫撃砲を放て!! A区画にいる兵士はすぐさま退避!! 急げ!!」
『了解です!!』
「B区間にてモルフとの交戦中の兵士は内郭通路まで後退!! D区画外郭通路にいる者は至急、B区画の兵士と合流だ!!」
風間からの的確な指示をもとにして、アメリカ軍の兵士達がそれぞれに動き出していく。
ミスリルへと侵攻しつつある巨大生物を食い止め、未だに死者一人出さずに立ち回る風間の采配は見事と言わんばかりだった。
まるで、将棋を打つプロの棋士のような、巧みな采配をする風間の動きに、周囲にいた者達も何一つ意見を出すことなく黙って指示に従っている。
「電磁砲、用意!!」
『はっ!!』
風間からの号令に伴い、左極部にいたエラを含めた兵士達が持ち場についていく。
現在、ミスリル内部に侵攻している巨大生物は五体、二体は主砲と迫撃砲の砲撃により、仕留められている。
残り三体――、まだ増え続けはするだろうが、現状を打破する為に、まずはこの三体を仕留める必要がある。
ジリジリと、D区画へと近づく巨大生物。外にはたくさんの兵士達がいたが、その者達は巨大生物が現出してすぐに殺されてしまっている。
よって、行き場を失った巨大生物達は獲物を求めて彷徨っているのだが、その一体はこのD区画に人がいると気がついているような様子だ。
主砲や迫撃砲、モルフを引き寄せる要因ともされる音は、そのあまりにも大きな爆音の影響で周囲一帯を轟かせており、巨大生物達にとってはどこから鳴り響いたものかの区別ができておらず、結果的にこのミスリルへと巨大生物の大部分が近づくまではなかった。
ここまでは運良く事を運ぶことができた。ならば人類にできることは、一体でも多く巨大生物を倒すことだけだった。
「今だっっ!!」
風間の号令に、左極部の人員達が呼応する。
左極部外郭にある大型兵器。大砲のような筒が大きく伸び、発射口はそれほど広くもない巨大な兵器が機械音を上げていく。
フレミングの法則――。磁場が電流に及ぼす力の向きを指示する法則であり、右手、左手の法則とそれぞれがある。
電磁砲とは、筒の中に敷かれた電気を通しやすい素材で作られたレールの間に弾を置き、電流と磁界を発生させて射出させるものだ。
小学校、中学校での理科の勉強でも、モーターや発電機などの実験でやったことはあるだろう。原理は同じようなもので、電磁砲とは磁場の中で電気を流すと発生する『フレミングの法則』で弾を動かすといったものとなっている。
電磁力による駆動する弾、いわば金属片が射出される時のその速度、それは音速を超えた超極音速――もはや誰の目にも止まらぬ、人類が作り上げた最高速の文明の利器だ。
機械音が高く鳴り響き、それが臨界点を迎えた瞬間、それは射出された。
ほんのごく僅かではあるが、砲口からそれが射出された数瞬、音が遅れて聞こえてきたように感じられる。
実際は音よりも速く金属片が射出されただけ、たったそれだけの意味が、何を意味するのか、答えはすぐに明らかになる。
『対象……撃退』
左極部にいたエラからの報告を受けて、風間も結果はモニターから見えていた。
電磁砲による金属片の命中により、巨大生物はその胴体に大きな風穴をあけて、力無くして地に倒れ伏したのだ。
その絶大な威力は、対象の最後の足掻きすら許さないものだった。
「冷却、急げ」
『はっ!』
次弾装填の準備ではなく、電磁砲の冷却を急がせようとする風間。その理由は、電磁砲のデメリットともされるものである。
射出する際に利用したレールは強大な熱を保ち、ある一定の温度を超えてしまえばレール自体が破損、曲がるなどの問題が発生してしまうからだ。
加えて、電磁砲は膨大な電気を食い散らかす。弾に関しては安価で済んだとしても、膨大な電気を使用する為には巨大な発電機システムを必要としてしまうのだ。
連発はできないにしても、火力は申し分ない。
次の巨大生物が侵攻するまでに、何としてでも間に合わせる必要がある。
「E区画には……神田君が向かってくれているな」
モニター画面を見ながら、指示を受けた神田慶次がE区画へと走り向かう姿が風間には見えていた。
道中、D区画エントランスホールで現れた巨大生物もアーネストと出水陽介、清水勇気の三人がしっかりと処理してくれている。
問題はない。今のところ、順調といっても差し支えのない状況だ。
安心ができる状況ではないが、彼らに委ねるしかないだろう。
あの白装束の女は必ず、E区画へと向かう筈。軍事設備を狙っていることも、風間は既に狙いを読んでいた。
彼女さえ止める事ができれば、まだ人類には勝ち筋は残されているかもしれない。
「足掻くしかない。頼んだぞ、若き世代よ」
風間が前線に立てない以上、白装束の女は兵士達に委ねるしかない。歯痒いが、これが今の現実だ。
足掻き続けて、少しでも生き残る未来に手を伸ばす。風間が出来ることは、彼らに道を与えてやることくらいだ。
「司令!! 巨大生物がA区画に……っ!!」
「よし、迫撃砲の準備を急がせろ」
「はっ!!」
次なる巨大生物が現れ、風間は自分の仕事に集中することにした。
戦いはまだ終わりじゃない。終わりが見えない状況に、風間は生きる道を探して、皆へと指示を与えていく。
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立て続けに聞こえてくる砲撃音、その音に立ちすくんでいた椎名とデインの二人は、その場から動きはしなかった。
「こりゃ……結構な勢いでやり合ってやがんな。このまま向かったら流れ弾にやられるんじゃねえか?」
「きっと、皆戦ってるんだよ。私達も急がなきゃ」
「……本当、怖いもの無しだよな、お前って」
ミスリル周辺が危険地帯であることを知りながら、それでも向かうと言う椎名に、デインは大きく息を吐いた。
別に反対しているわけでもない。どの道、ここで道草を食う理由もないのだ。
「椎名、向かう前に一つ確認したい。あの巨大生物と戦ったら、お前なら何体まで相手に出来そうだ?」
「そうだね……できても二体までかも……。見た目がそれぞれ違うから、あくまでも可能性の話になるかな」
「二体……か。まあ十分か、仕留めることは難しいか?」
「弱点があるかどうかも分からないからね……。でも、モルフと同じ頭部が弱点なら、それも相手次第でいけるかもしれないよ」
相手次第ならと、二度同じ返答を繰り返す椎名の答えを聞いて、デインは少し考えを巡らせる。
あの巨大生物は、同じ姿をした見た目をした個体は一体も存在しない。
弱点があるかは分からないが、モルフと同じだとして、頭部が存在しないような巨大生物も中には存在するのだ。
最低限の条件が整った状態で二体まで――それだけ聞いたデインは、万が一の事態が起きた時の行動を先に決めておくことにした。
「お前が死ぬなんてことはまずありえないと思ってるからな。最悪、逃げられると仮定して、万が一の場合は俺だけでもミスリルに向かう。その方針でも問題ないか?」
「うん。私もそうするべきだと思う。デインを守りながらだと足止めも難しいかもしれないし」
「癪には触るけど、否定はしねえよ。俺もあんな化け物とやり合いたくねえからな」
実力不足だと言われても、デインは文句は言わない。
元より、あれとまともにやりあえると言える椎名の能力が異次元に過ぎるのだ。
最悪の場合、デインだけでもミスリルに向かい、目的を完遂させる。足止めをする椎名は、死なない程度の立ち回りをして後を追いかけてくればいい。
方針が定まったことで、二人はようやくその場から動き出した。
今も戦闘の轟音が鳴り響くミスリル、その方角へと動き出した、その直後だった。
彼らの行先、その直線上にある建物が突如として破壊が巻き起こり、巨大生物が姿を現した。
「っ、マジかよっ!!」
「デイン、ここは私が!!」
前触れもないエンカウントに、デイン達はついさっきまで決めていた方針を使わざるを得なくなってしまう。
胴体は巨大化した人間のような、しかし、頭となる部位は蛇のように長細い顔が突出し、長い舌を出してデイン達の前に立ち塞がる。
異様な姿形をした巨大生物は、明らかにデイン達の存在を認識していた。
このままでは交戦は免れない。椎名がデインの前に立ち、すぐに戦闘体勢に入ろうとしたその時だった。
「――ッッ!? ガギャァアァァアッッ!!!」
蛇型の巨大生物が悲鳴を上げ、同時に胴体と繋がる首が根本から切断される。
そのまま地面に倒れ伏した巨大生物は、ピクリとも動くことなく絶命していた。
「な、なんだ?」
「……ぁ」
何が起きたのか、デインから見ても分からない。しかし、ふと気づいた。
デインのすぐ傍らにいる椎名真希。彼女の様子がおかしいことにだ。
「椎名?」
「あ……ああ……」
椎名は、デインの声に反応もせず、ただ一点だけを見ている。
あそこにあるのは巨大生物の死骸一つ。なぜ、彼女が萎縮しているのか、デインには分からなかった。
椎名真希がこの先へ向かうことに根拠のない不安を感じていた理由、それはしっかりとした理由が確かに存在していた。
彼女は『レベル5モルフ』であり、人間と違って五感が優れている特性を持っている。
当時の彼女の感覚では、何かが纏わりつくような粘着とした感覚がその時から感じ取られていたのだ。
そして、その要因は一重に、ある一つの原因が確かに存在していた。
何者かが椎名真希の存在に気づいて、彼女の存在に気を集中させていたということ。
それは、気配を感じ取るという動物由来の特性に近いのかもしれない。
『レベル5モルフ』である椎名真希がそれを感じ取ることが出来たのは、相手も同様の存在だからだということ。
それに気づけなかったのは、どうしようもないことだっただろう。
今、彼女が臆している理由は、その存在がすぐ近くにいるからという証明だった。
「ようやく、キミに会えた」
巨大生物の死骸の上に降り立ち、椎名の方を見ながら声を出す存在がいた。
銀髪の髪を腰まで伸ばし、その手に握るは赤黒く色に染まった剣。
温和な雰囲気を漂わせているように見えるが、椎名真希からすればそのようには決して感じ取ることができない。
存在そのものが、相対しただけで死を予感させる。たとえ差し違おうとしても、椎名には何一つ抵抗の一つも許されない圧倒的な存在感。
彼らは遭遇する。今、このアメリカで唯一出会ってはならない存在。互いに初対面ではありながらも、それでも分かる。
この男がクリサリダの人間であり、組織を束ねる格を持つ男だということを。
「少し、話をしようか。椎名真希」
銀髪の男は椎名真希へと話を持ち掛けた。
彼女のことを知っていながら、彼は一方的な雰囲気で口を紡ぐ。
クリサリダ構成員、No.2の男、リアム・アーノルドが――。




