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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase7 第七十五話 『もう一人の裏切り者』


 二人にとって、その者との出会いは決して良いものではなかった。

 出会うなり難癖をつけてきて、日本人であるからというそれだけの理由で差別的な目を向けてきたからだ。


 しかし、ただ嫌われているからだとしても、殺す理由には足り得ない。

 全ての人間が一丸となっている今の現状、それを翻すということは、敵という証明なのだ。


「てめえは……」


「随分とちょこざいな真似をするな、日本人。これもお前らの育った環境がそうさせたのか? さっさと楽になればいいものを」


 右手を使い物にできなくされたロイ・バーンズは、相変わらずの憎らしげな口調で出水達へと殺意ある言葉を投げかけてくる。

 この時点でも、まだ出水達を殺そうとするという意思表示をしてくるということは、出水の推測通りの展開だったということになる。


「何しとんねん!? お前はこっち側の人間やろが!!」


「うるせえよ。てめえらが余計な詮索していたから追ってみれば、上の奴らも同じように勘づいてやがる。これじゃあ計画に支障がでるんだよ」


「計画……やと?」


 まるで出水達を尾行していたかのような発言に追随して、計画という単語を聞いた清水は何のことかと首を傾げる。

 おおよそ、その予想は本人にも分かってはいた。なぜなら、出水が既にその可能性を口に出していたからだ。


 胸部を押さえながら、出水はその場から立ち上がり、ロイへと目を向けると、


「おい、計画がどうのって……やっぱクリサリダの一員なんだな?」


「だったらどうした?」


「ふざけやがって……。せっかく皆が一丸になったって時に、お前は何の為にこんなことをするんだ!!」


「偽善ぶるんじゃねえよクソが。ボスを殺した風間って奴も許せねえ……。もう少しで全てが終わるって時に、てめえら如きに邪魔されてたまるかよ」


「ボス……シェリルのことか」


 出水自身も詳細を知る訳ではないが、風間の演説の話にあった内容がその通りなのであれば、アメリカの副大統領であるシェリルがクリサリダの主犯格であったということだ。

 風間が予測していたミスリル内部の内通者、それがシェリルとロイの二人であったとするならば、今の状況にも説明がつく。


「てめえらの計画はこれまでだ。ずっとやられっぱなしだったからな。そろそろ反撃の時間だぜ」


「……ちっ」


 出水と清水の二人に銃口を向けられ、状況の分の悪さに舌打ちをするロイ。

 拳銃を失ったロイは武器を持たず、そのまましゃがみこむ体勢になっていた。

 そして、彼は右足首へと手を伸ばそうとしたが、


「させるかよ」


「ぐっ……!」


 何かを仕掛けようとするロイの右手を、出水が発砲して右手の甲を銃弾が貫く。


「同じ軍人だったことが仇となったな。どうせ隠してるんだろ? その足首にナイフとかでも」


「――――」


 ロイの考えを読み解くようにして、出水は冷静に対処していく。

 武器を失うことは軍人にとっては致命的だ。だから、彼らは武器をロストした際は別の武器を体中のどこかに隠し持つのだ。

 その基本は出水達にも受け継がれている為、ロイのやろうとしていることもすぐに気づくことができたのだ。


「手を上げて、そのまま地面に伏せろ。お前はもう終わりだ」


「はよせい」


 先手を取れる状況が入れ替わり、出水達はロイに降伏を勧める。

 このまま生け獲りにできれば、絶好の証人が手に入るということだ。


 ロイは両手を上げて、降伏の姿勢を取ろうとしたが、地面に伏せるまではしなかった。

 だが、その代わりに彼はあることを告げようとする。


「てめえらが何をどうしようと、人類の滅亡は変わらねえんだよ。そんなことも分からねえのか?」


「……意味が分からないな」


「くく、やっぱり分かってねえじゃねえか。何の為にここまで計画してきたと思っている? 俺はただの保険だぜ?」


「保険?」


 時間稼ぎなのか分からないが、ロイはその時だけは口がよく回っていた。

 しかし、出水としても気になる点はあった。

 ミスリルの崩壊ではなく、人類の滅亡。それは、言い方でみればアメリカだけに留まらず、全世界の人間に対しての意味合いに聞こえてくるのだ。


「巨大生物……あれはクリサリダの構成員達が自身の身を犠牲にして生まれた産物だ。ちょうど現代の科学力で説明するなら……ナノマシンと言うべきか。M5.16薬というモルフに襲われない抗生薬を餌に、実態は時限的に作動するという新型のモルフウイルス」


「……ちょっと待て。じゃあ琴音は……」


「てめえらの連れか。あれは関係ないな。あの女が受けたのは単なる試験品。むしろ、あれこそがまともなM5.16薬だったわけだからな」


「……胸糞悪い話聞いてる感じがするで」


 M5.16薬という、モルフに襲われない薬品が今回の巨大生物に関わっていたとするならば、琴音も例外ではないのではと疑った出水だが、それは否定される。

 しかし、その非道極まりない話を聞かされて、清水も気分を害していた。

 なにせ、仲間を犠牲にしてこの状況を生ませていたのだ。

 外を暴れ回る巨大生物達の正体は、クリサリダの構成員達の成れの果てということなのだから、実に胸糞が悪い。


「ここまで追い詰めたんだ。てめえらには教えてやるよ。クリサリダの最終作戦。世界を、人類を滅亡させるその手段っていうやつをな」


 出水達はロイを目の前にして、クリサリダの最終目的を初めて知れる立場にいる。

 そのことを聞かされて、出水はどうするべきかをまずは頭の中で整理を始めた。


 一刻も早く、ここで奴を捕らえるべきか――。しかし、奴の言う人類滅亡へのタイムリミットは遠くない現実の可能性もありうる。

 ここは奴に全てを吐き出させた後に、ロイを捕らえ、その情報を風間へ共有する方が良いのではないだらうか?


 状況が状況なだけに、出水は最善の手段を頭の中で構築していこうとする。

 そして、銃口は向けたままにして、ロイへとその先を促すようにした。


「話せ」


「……ミスリルE区画、そこには何があると思う?」


「アメリカ軍が所有する、軍事基地だ」


「そう、普通の人間には知り得ない、膨大な軍事兵器がわんさかとある。他国にも知り得ない、新型の兵器もな」


「それを使って何かをするつもりか?」


 問いただした内容、その可能性に関しては、出水も当初は考えてはいた。

 他国を攻め落とす関係でも、ミサイルなどの主要設備はそのE区画にはあるはずだろう。

 しかし、現実的ではないと考えていたこともあった。

 殺すだけの兵器がそこにあったとしても、人類を殺し切れるほどの兵器があるとは思えなかったからだ。


「答えを出すには早すぎるな。クリサリダのスパイはアメリカ軍の中にもいた。整備士を含め、ミサイルの主要設備を弄ることもできる連中も中にはいたんだよ。事前に、な」


「……何をした?」


 少しずつ明らかになっていくクリサリダの最終目的に関して、出水は焦燥感を胸に宿して慎重に問いかける。

 聞き逃してはならない、重大な情報に関わることだというのは、出水ももう分かっていた。

 尚更、ロイをすぐに捕らえる方向性に今向けてはならないことも同時にだ。


 そして、ロイは語る。これまで誰一人知ることはなかったクリサリダの目的、その最終手段についてを――。


「M5.16薬――時限的に作動すらしない即効性のある特殊ウイルスを全ミサイル設備に既に配備した。爆発性のあるものから散布するものへと変えて、空中でそれが広がれば、その周辺にいる地上の人間は全てがあの巨大生物へと生まれ変わる。そして、その狙いは全世界各所へと向けてだ」


「な……に?」


「どういうことや?」


「分からねえか? 今、ミスリルへと侵入している白装束の女、そいつが何をしようとしているか――」


 ロイが語り切る直前、出水は全てを察した。

 何が何でも、その目的だけは阻止しなければならないという焦り。始まってしまえば、このアメリカだけではなく、全世界が地獄へと変わるという最悪の事態。


「清水!! 今すぐ風間さんにこのことを――」


「もう無理だよ、バカが」


 今すぐにでもこの情報を風間へと伝えなければと、出水が清水に指示を出そうとした時だ。

 ほんの小さな、微かな音だったと思う。ロイの口元――、そこからカチッと音が鳴った。


「てめえらにはしてやられた。本当ならここでE区画に向かう連中を殺し、足止めをするのが俺の役目だった。生きたままそれができれば一番だったが、それももう無理だ。――だったら、最後くらいは足掻かせてもらうぜ」


「――っ!」


 何かをしようとしている。出水がそう感じた瞬間に、彼は既に引き金を引いていた。

 彼の持つサブマシンガンの銃口から連射される無数の銃弾が、ロイの体へと撃ち込まれた。


「出水!?」


「クソッ!!」


 躊躇いもなく、ロイを殺す方向へと切り替えた出水だったが、もう手遅れだった。


「がっ……ごぼっ!!」


 ロイの体からは被弾した箇所から血が溢れ落ちていくが、倒れない。

 奴は何かをした。口の中、その奥歯に何かを仕込み、それを噛んだのだ。

 結果、起こりうる事態には誰一人として想定のしていないものとなる。


「ぁ……がっ!? うがぁぁぁぁあああああっっづづっっ!!!」


 変異、膨張。ロイの体が人間としての体型を維持しないままに、どんどんと膨れ上がっていく。

 苦鳴を上げて、苦しみながらにしてロイはロイではなくなっていく。

 その勢いは、質量保存の法則を打ち破るようにして一瞬だった。

 このミスリルD区画、エントランスホールという広い範囲の中で、ロイは巨大な生物へと変貌していったのだ。


「やられたっ!! 清水、下がれ!!」


「な、何が起きてるんや!?」


「あの野郎、自分の体の中に仕込んでやがったんだ!! 外の巨大生物になった奴らと同じように……M5.16薬を……っ!!」


 答えを知ったところで、もう手遅れには違いなかった。

 この世のものとは思えない造形をした生物――血肉を剥き出しにし、巨大な骨の翼をその身に宿し、四本の足には一メートルもの長さの鋭い爪を地に突き刺して、髑髏の頭を残して顕現する。

 全長としては縦横にして約十メートル近く。恐らくは外にいる巨大生物達と遜色のない存在が今、出水達の目の前へと君臨しているのだ。


「やばいで!! こんな奴……銃撃で対処なんか無理や!!」


「っ! 清水! 近くの物陰に隠れろっ!!」


 二人の人間では太刀打ちなど出来はしないと、狼狽える清水に出水はすぐに指示を飛ばした。

 同時に出水も物陰へと飛び込んだ瞬間、骨だけとなった翼部分から小さな棘のようなものが出水達へと向かって飛んできたのだ。


「うおわぁぁぁっっ!?」


「くっ――!!」


 二人ともギリギリ寸前で物陰に隠れられたのは最善の判断だった。

 出水達が隠れたフェンスの壁、そこに撃ち込まれた棘状の物体は貫きこそしなかったが、その壁がなければ出水達の体を直撃していた。

 そして、目の前にある刺さった棘状の物体を見て気付いた。

 それがただの棘ではないということにだ。


「溶けてる? 溶解させる物質でも含まれてるのか?」


 壁となったフェンスが、まるでゼリー状に溶けていく瞬間を目の当たりにしながら、それがどれほどの危険を含んでいるかを出水は再確認する。

 あの巨大生物が飛び道具を持っていることに付随して、当たれば一撃必殺ともいえる有害なものを持ち合わせているということだ。


「どうすんねん!? こんなん……」


「諦めるんじゃねえよ、清水」


「出水?」


 どう考えてもまともにやり合える相手ではない。清水の意見はその通りとしか言えないが、出水は何か考えを含んでいる様子だった。


「俺達は軍人だ。ここで奴をなんとかしないと、他の皆がE区画に向かえなくなる」


「……ほんまにやるんか?」


「ここで死ぬとしても……。風間さんも言ってただろ? 死ぬなら何かを証として残せって。俺達にとって、それは今じゃないか?」


「――――」


 ここで巨大生物となったロイをなんとかする。それが出水達の死を招く事態になったとしても、それは次に繋がる死だ。

 誰かがやらねば、この世界の全てが危険になるのだ。

 だからやるしかない。たとえ二人でも――。


「清水、悪いが、俺と一緒に戦ってくれるか?」


 それは、卑怯な質問だった。断りたくても断れない。まるで一緒に死んでくれと、そう頼んでいるかのような卑怯な質問。

 しかし、これは出水だから清水に頼むことができた話だ。

 清水自身も重々承知の上で、手に持つサブマシンガンを握り直すと、こう答えた。


「何年の付き合いやと思ってんねん。さっさと作戦教えてくれ」


「……よし」


 清水からの返答を聞いて、笑みを浮かべる出水。馬鹿な行動だと、周りからは蔑まれるだろう。それでも、やらなければいけない時はあるのだ。


 そして、彼らは戦う。無慈悲、理不尽ともいえる最悪の相手と――。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 出水にとって、巨大生物との邂逅は二度目といっても間違いはなかった。

 一度目は日本での時、戦龍リンドブルムと戦った時を思い返せばだ。

 あの時は神田もいて、途中からの参戦だが桐生大我もいた。結局、ほとんどは桐生がいて倒せたといっても過言ではなかった。

 もう、あの人はいない。どこにいったのかも分からないが、今だけは同じようにいかないことは分かっている。


「左右に散るぞ!! 翼の動きに注意して、動きがあればすぐに物陰に隠れろ!!」


「っ!」


 出水の指示に従い、清水は出水とは逆方向へと走る。

 正面切って相手にすれば、またあの翼から棘状の物体を飛ばしてくる。ならば、どちらかに的を絞らせる方が賢明な判断だ。


 巨大生物、ロイは左右に動き出した二人の片方、出水へと向けて体を動かしていく。

 そして、走る出水へと向けて、骨だけとなった翼を広げた。


「くるで!!」


「分かってる!!」


 棘状の物体を飛ばしてくる予備動作、それにいち早く反応した出水は別のフェンスの陰へと飛び込んだ。

 そして、猛烈な音と共にフェンスへと棘が刺さっていく。


「頼む……耐えてくれ……っ!」


 フェンスが倒れてしまえば、出水にはあの棘を避ける手段はない。

 なんとか持ち堪えてくれることを祈って、出水は耐え忍ぶ。


「清水! 今のうちに射撃を!!」


「おっしゃぁっっ!!」


 ガラ空きとなった胴体目掛けて、射撃を試みる清水。今ならば、巨大生物となったロイにも反撃する手立てはないはずだ。

 真後ろからの射撃、回避不可の状態で巨大生物となったロイの胴体へと清水の銃弾が撃ち込まれていく。


「おらおらおらぁぁぁぁっっ!!」


 確実に命中こそすれども、巨大生物、ロイは苦しむ様子もなく、出水だけをただ体を向けたままだ。

 ノーダメージということだけはないだろう。ただ、意に返していないだけだ。

 問題は、出水だけを集中狙いしていたということにあった。


「っ!!」


「こっち向けやぁぁぁぁぁっっ!!」


 出水を守る壁となっていたフェンスを立て続けに棘状の物体をぶつけて、そのフェンス自体が耐久力に限界を迎え始めてきていた。

 強酸性のものなのか、鉄でできたであろうその素材を溶かす勢いだった。そのせいで、徐々にではあるが出水側から隙間として見え始めてしまってきている。


 少しでもこちらに意識を向けさせようと声を張り上げていた清水だったが、巨大生物となったロイは見向きもしない。

 確実に出水を殺す為だけに、今もなお、骨となった翼から棘を飛ばしていたのだ。


「おい!? っ、クソッタレがぁああっっ!!」


 このままでは出水が殺される。そう予感した清水はもうなりふり構わなかった。

 弱点がどこにあるかなんて知らない。とにかく、巨大生物、ロイの意識を自分へと向けさせる為だけに、清水は懐へと迫り寄った。


「バカっ!! そこはダメだ!!」


「がっ!?」


 出水の視界には、ロイへと迫る清水の姿が見えていた。同時に、彼がそこへと走ってはいけないという危険な予測もだ。

 清水は、まるで待ち構えられていたかのようにして、巨大生物、ロイの後ろ足を振り払われ、その巨大な足が清水の胴体に直撃して吹き飛ばされる。


 ほとんど無防備な状態での直撃だ。清水は野球ボールがバウンドするかのようにして地面を二度ぶつけ、そのまま壁へと激突する。


「清水ぅぅぅぅっっ!!」


 無事とは到底思えない清水の状態に、出水は彼の名を叫んだ。

 応答はない。しかし、そのまま清水の元へと向かうこともできない。

 なぜなら、今もなお、巨大生物となったロイは出水のいる壁へと向けて棘を飛ばし続けているからだ。


「クソッ! いつになったら弾切れになるんだ!?」


 無尽蔵に飛ばし続けてくる棘は、まるで無限のようだった。

 このままでは壁自体が溶けてなくなり、出水に直撃するのが先か――期待できそうもない棘の弾切れが先になるか、出水には何もできることはなかった。


 しかし、その時であった。銃声音が鳴り、巨大生物となったロイへと目掛けて銃弾が撃ち込まれる。

 銃声音が鳴った方向を見た出水は、誰が撃ったのかを即座に理解した。

 立つこともままならない、左足が曲がってはいけない方向へと折れ曲がり、血塗れの状態となった清水だった。


「こっち……向けや……ボケ……」


「清水!!」


 牽制の銃撃など、意味を為さない筈だった。しかし、初めて巨大生物、ロイは出水へと向けて飛ばしていた棘を飛ばすことを止めて、清水の方へとその体を向け直す。


「おい……待て。何で……」


 あれほど清水に関心がなかった筈のロイが、この土壇場で清水へと意識を向けたのだ。

 そもそも、先ほどまでずっと出水だけを狙い撃ちしていたこともおかしな話だった。

 これではまるで――そう、まるで、


「まさか……ロイの意識はまだある……のか?」


 モルフに知性はない。しかし、それに近い状態を出水は知っている。

『レベル5モルフ』のなりそこない。人間としての体を維持できず、意識だけは朦朧とした状態で生き続ける不幸な存在。それが今のロイなのだとしたら、奴の次の行動は明らかだ。


「やめろ……お前が殺したいのはこっちだろ……おいっ!?」


 満身創痍となっている清水へと向けて、巨大生物となったロイはその骨だけとなった翼を広げる。

 その動作が何を意味するか、二人にはよくわかっている。

 これは、ロイの性格を知る者ならわかる動きだ。

 より苦痛を、より苦しみを与える為に動き、残虐ともいえる虐殺をしたい。

 それが、出水と清水の二人に与える絶望だと、ロイ自身が考えていたのだ。


 だからもう、出水の声なんてロイには聞こえてなどいない。


「こいや……」


 片目だけで清水は異形の巨大生物となったロイを睨みつけ、その手に握るサブマシンガンの銃口を向ける。

 もはや意味すら為さないその武器を使ったところで、ロイには致命傷を与えるキッカケにはならないだろう。

 しかし、少しでも弱点を探るキッカケにはなるかもしれない。


「清水……っ!」


 覚悟を決めていたのは出水よりも清水の方だったのかもしれない。

 彼は死する覚悟で出水から自身へと意識を逸らし、そしてロイの攻撃に対して少しでも抵抗の姿勢を貫こうとしていたのだ。

 死ぬ瞬間まで、何があっても諦めない。清水勇気はもう、以前までの彼ではない。

 あのイライザとの経験を経て、彼は変わったのだ。


 足手纏いだとしても、力不足だとしても、努力して、無い頭で必死に考えて、どんな壁であっても逃げない。

 最後の最後まで、死ぬ瞬間まで――。


「繋いだで……出水……」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 そんな清水の、ホッとしたような表情を出水へと向けたその瞬間、清水のいる場所へと無数の棘がぶつけられた。

 一切の抵抗も許さない、当たれば即死の攻撃が清水へと――。


「――ぁ」


 出水は呆然とした。これまで共に戦った仲間が、友が、目の前で殺されたというやり場のない怒り、悲しみ。それらを直視できず、地面に頭を下げる。


「バカ……野郎……っ!」


 何が繋いだだ。そんなもの、俺に託してどうなるっていうんだ。

 俺が、俺が巻き込んだ。俺は結局、何も分かっていなかった。

 共に戦い、共に死ぬ覚悟をなんて言っても、あいつが死ぬ覚悟をしていたわけじゃなかったんだ。

 なんで気づかなかったんだ。俺が、俺が一人で戦うべきだって、どうして言えなかった……。


 地面に蹲り、出水は後悔に苛まれる。

 しかし、いつまでも下を向いてはいなかった。


 何か、妙な電子音が聞こえてきていたからだ。


「……え?」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 あー、死んでもうたかぁ。

 結構しぶとい方やったと思うけど、まあハッピーエンドの仲間入りにはならんかったなぁ、俺って。

 まあでも、モブはモブなりに頑張ったし、ええやろ。

 俺はここまでやし、あとは出水がなんとかしてくれることを祈るしかないな。


 ――死んだらどうなるんやろな。やっぱ天国とか地獄とかあるんやろか? あるんならせめて、来栖のおっちゃんと一緒のとこがええんやけどな。

 色々話したいことあるし、俺の口から伝えたいこともある。


 俺、一人でも誰かを守れるぐらい、強くなれたって、自信持って言えるようになったんやから、な。


 色んな奴におうて、色んな化け物と戦って、色んな世界を見て回った。

 その度に自分の弱さに気づいて、天井になんか手が届かんって分かっていながら、俺はあんたの言葉を頼りに生きてきた。


 やっと分かったわ、来栖のおっちゃん。


 あんたも一緒で、凄い人たちと出会って追いつくために必死に努力したんやなって。


 俺は来栖のおっちゃんの後を追いかけてきたんやなって気にやっとなったわ……。






 てか、死んでるんやんな? 俺。なんでまだ左足とか全身こんな痛いん?


 え、生きてないよなこれ? あんな棘まともに受けたら全身ドロドロなってるやろ。

 てかなんか……硬っ! なんかに俺、掴まれてる!?

 いや、怖い怖い。そんなわけないやろ。あんなけ死んだアピールしてこれで生きてたら恥ずかしいどころちゃうで!


 あー、まあええか。とりあえずそんなわけないやろけど、そー、と目、開けてみよ、かな。


「……ん?」


 清水勇気は目を開けた。はじめは目の前を見た。そこには何か黒い何かが見えていて、ハッキリとそれが何かまでは分からなかった。

 次に彼は周囲を見渡した。

 後ろは壁だ。しかし、彼の左右の壁はあの棘が刺さっており、ほんの少しではあるが溶け始めていた。


 ――生きている。その実感がハッキリとしてくる。

 なぜ? 何が起きた? どう考えても死ぬ未来しか感じなかったのに、誰が何をした?


 ふと、疑問に感じたのは目の前の黒い何かだ。

 まるで人の姿をしたような、清水を庇う姿勢でいる黒い何か。それをよくよく見渡してみると、清水はその正体に気づいた。

 そして――。


「無事か? 清水君」


「あ、あんたは……」


「よく頑張ったな。あとは私に任せたまえ」


 黒い何か、それは彼の身に纏う装甲のようなものだった。

 見覚えのあるそれは、清水も一度見ている。

 かつて、イライザとの戦いで見た、あの男が身に纏っていたもの。対モルフ戦闘駆動鎧――。


「ここからは、私の仕事だ」


 威風堂々、彼は清水に背を向けて立ち上がる。

 背中にはロイが放った棘が刺さったまま、しかしそれが人体にまでは届いていなく、彼は五体満足の状態で巨大生物、ロイの前に立ち塞がる。


 アメリカ軍、ミスリル総指揮官であったアーネスト大尉が――。

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