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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
222/237

Phase7 第七十四話 『最初で最後の――』


 ミスリルにいる全ての区画に声が轟く。

 その声の主を知る者は限られているだろう。

 ある者は聞き流し、ある者は耳を傾けていた。外の状況を知る者達にとって、その声は大した希望には繋がりはしない。

 たとえ何を言われようとも、現状を覆す方法などないと、当人達が一番に理解していたからだ。


『聞こえるか? 私の声が聞こえる者は、そのまま黙って聞いてくれ』


 不意に聞こえたその声に、反応する者達は少なくなかった。

 ミスリルを取りまとめるアーネストの声ではないことを、皆が声を聞いて理解しながら、彼らは未だ座り込んでいたままだ。


『私は風間平次。かつて、滅ぼされたあの日本の生き残り……その取りまとめをしている者だ』


 まずは自己紹介を始めていった風間は、全区画にいる生存者達へと語りかけていく。

 日本人、それはアメリカ人の一部においては、差別的な目線を向けていた対象でもあった。

 日本が滅び、その生き残りをアメリカへと難民として受け入れ、彼らの土地に土足で入り込もうとする者達。

 アメリカ人にとって、移民や難民に対する目線は冷ややかといっても過言ではない。

 そんな対象でもあった、日本人である風間が表舞台に出てきたことで、一部の者達は聞く耳も持たない様子でいた。


『今の状況はもうキミ達も分かっていることだろう。ミスリルの外は膨大な数の巨大生物が溢れ、このミスリルにも迫っている現状だ。既に、甚大な数の犠牲者が出ていることもこちらで把握している』


 外の現状を知る者と知らない者、そのどちらに対しても今の状況を説明しようとしていく風間。知っている者からしても、改めて聞かされて再び絶望に顔を歪める者達もいた。

 しかし、風間は嘘は言わない。今起きている現状の結果を確実に伝達する為に、話を続けていく。


『どうしようもない状況、それは私もそう感じている。現に、巨大生物が現れてからも指示がないことを鑑みて、もう先は短いと悟った者達も少なくないだろう』


 残酷な語りかけであると、この時に考えた者達もいただろう。

 絶望し、戦意喪失した者達。今も必死にミスリル内部へと侵入をしてきているモルフの排除をしている者達。次の指示を仰ごうと待機している者達。

 その全てに風間は紛うことなき事実を伝えていく。


 決して、ポジティブな話などではない。むしろ、士気を下げる発言だと揶揄されてもおかしくはない語りかけだった。

 それでも、風間は止まらなかった。


『そんな状況でこの話をするのは卑怯だと私も考えているが、真実を話さなければいけないと思う。……キミ達の愛するこの国の大統領は暗殺され、副大統領であるシェリルはこのアメリカを裏切り、クリサリダというモルフテロを引き起こした主犯格だった。当然、今起きている巨大生物による蹂躙に関しても、彼が関与していた』


 誰もが信じられないと言うであろう真実を聞かされて、全区画にいた人間は驚きに顔を歪めていた。

 大統領が死に、副大統領がこの事態を引き起こしたこと。とても信じられない、その真実に対して、だ。


『副大統領であるシェリルは全ての真実を語り、死んだ。私が殺したのだ。彼は最後まで人間を憎み、人間のままにして死んでいった。まるで……全てをやり遂げたと言わんばかりに……な』


 全ての経緯を語っていく風間の発言を聞いて、鼻で笑う者も中にはいた。

 そんなことはありえないと、怒りに満ちた表情をする者も中にはいる。


 誰も、風間の言葉に対して良い意味で受け取る者はいなかった。

 そんなことを今話してどうなるというのか?

 そんなことを聞かされてどうしろというのか?


 期待を胸に宿し、聞いていた者達も、今やこの演説に意味はないと感じていた。

 ただただ絶望を与えるこの演説に意味なんて……何もないと。


 しかし、それでもこのミスリル内部にいる全ての区画では、静寂が満ちていた。


『この戦いに終わりがあるとすれば、それは我々人類の滅亡がいつになるか、そう考える者達も少なくないだろう。考えてみてほしい。キミは……キミ達はどんな死に方を望んでいた?』


 突然の語りかけに対して、戸惑う者達も中にはいた。

 死に方なんて、考えたことはなかった。

 それは風間の言葉を聞いた者達、全員が同じように考えていたことだ。

 死ぬことは怖い。誰も、死ぬ為に戦いたいとは考えていない。


 だから逃げたのだ。

 死にたくないから、今こうして絶望している。

 なのに、そんなことを聞かれてどう答えろと言うのか。


『――私は、死ぬなら自分の生きた証をこの世に残して死にたい』


 風間自身の意見が彼の口から語られ、それが皆の耳へと伝えられていく。

 生きた証、何かを為したという証。それがどうしたというのか。


『なんでもいい。キミの隣には今、誰がいる? 仲間か? 友人か? それとももう死んでしまったか? だとしても、死んでしまった者達に残したいものは何もないか?』


 風間の言葉を聞いて、周囲を見る者達。大事に遺品を抱える者達。それぞれが彼の言葉に対して反応を見せていた。

 後悔も無念も、その全てが彼ら一人一人にある。

 失ったものが多すぎた彼らには、確かに何かが心の中に宿していた。


『私は大事な仲間を守る為に戦ってきた。死んでいった仲間も少なくはない。だが、彼らの死を無駄にしたいと考えたことは一度足りともない』


 風間平次のこれまでの人生を知る者は、今聞いている者達にはほとんど知らないことだった。

 それでも、その心境を理解してやれることはできた。


 なぜなら、これを聞いている者達全員が同じ心境だったからだ。


『私は一人でも戦う。それが無意味な戦いだとしても、最後の最後まで足掻くつもりだ。キミ達はどうだ? このアメリカを……キミ達の愛する国を蹂躙され、本当に何もかもを捨てて諦めるつもりか?』


 その問いかけは、強制の意味は含まれてはいなかった。

 ただの問いかけに過ぎない、純粋な風間の疑問だった。


 ミスリル全区画にいるアメリカ軍の兵士達全員が、風間の言葉を黙って聞いていた。

 その心境は、モニター越しに見ていた風間でも見て取れるものではない。

 彼らの心、一人一人に対しての問いかけだ。


『私はキミ達に問う。日本人もアメリカ人もこの時は関係ない。同じ人間として、同じこの地球で生きてきた者として、本当に今が諦める時か? まだ、終わりじゃないと考えているのは私だけか?』


 全てを投げ出す瞬間は今じゃないと、風間は皆の心に問いかける。

 諦めるのは簡単だ。でも、立ち上がるのは簡単ではない。

 風間の語りかけに対して、全員が全員ではないが、確かに少しずつ変化を起こす者達もいた。

 これまでに死んでいった仲間達や家族達のことを思い浮かべた者達。忘れていたわけではないが、彼らの死をどう見るかは、生きている者達の特権なのだ。


 彼らの死を無駄にするか、それとも――。


「だめ……だ」


 それは、絶望に伏していた一人の男の口から溢れ出た、本当にか細く弱々しい声だった。

 数多くいるアメリカ軍の兵士の一人、ただの一兵卒であるその男の声は届いていない。

 届かない。たった一人では、どうしても――。


『ここで無様に死に、何もかもを無駄に終わらせるか? 一人では戦えないか?』


「俺は……っ!」


 呼応する。最初は一人だった者が二人、四人と、風間の問いかけに対して、その目に生気が灯る。

 名も知らない、国も違う、そんな他人の言葉に、ミスリルの中にいる全ての人間が風間の言葉に共鳴していく。


『一人が怖いのなら、私が支える。立ち上がる者も、立ち上がれない者も皆同じだ!! 私達は皆が共に生きる同志だ!! これまでも……これからもそうなのだ!!』


 語気を荒げさせ、風間は声を大にしてそう語る。

 これが彼の思惑なのだとしたら、まんまと乗せられている。しかし、そんなものはどうだっていい。

 よほどの狂人でもなければ、作戦司令室からこのような行為に及ぼうとする者なんていやしない。

 彼の本心で持って、皆へと語りかけているその言葉に嘘などあるものか。

 重要なのは、彼ら一人一人の心だ。

 たとえ、嘘っぱちの演技だとしても、揺らぐ自分達の心に嘘はつけない。


 だから――。


「そうだ……」


『戦える者は……立ち上がってくれ。それでも無理な者は、そのままでいい。私に見せてくれないか? 自由と平等を愛し、大国を築いてきたアメリカは、この程度ではない。違わないか?』


「そうだ!!」


『ミスリル全区画の者達へ告げる。私はただの一人の人間。ただの人間として、最初で最後の指示をキミ達に与えさせてほしい。この最後の戦いで、必ず生きた証を残してみせろ!! 生き延びた者も、死んだ者も皆同じだ!! 私が必ず、無駄にはさせないっっ!!!』


 宣言の後に、全区画にいるアメリカ軍の兵士達が立ち上がり、揃って声が広がった。

 熱気が、士気が蘇り、彼らの目に光が灯ったのだ。

 圧倒的な戦力差に変わりはない。なくとも、彼らの意識の全てを一変させたという事実は確かにあった。


 そうして、モニター画面越しに演説をしていた風間は、士気の蘇った兵士達に向けて、合図を出す。


『これより私が総指揮を取る!! 全区画それぞれの配置を見直し、巨大生物への迎撃、合わせてミスリル内部に潜むクリサリダの残党を追い詰める!!』


「「「「おおおおおおおおおっっ!!!」」」」


 地位も国籍も年齢も何もかもが関係ない。ただ同じ人間として生き抗うという想いを胸に、ミスリルにいる全ての人間が風間の演説に呼応した。

 風間にとって、それは最初で最後の指令でもあった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 ミスリルの命運を賭けた号令、それを見届けていたアーネストは胸が締め付けられていた。

 自身ではどうしようもなかったこの状況を、日本人であるこの男が希望を植え付けさせたのだ。

 ハッキリ言って、アーネスト自身も風間の演説に胸を打たれていた身だった。


「大尉、申し訳ない。勝手な真似をして」


「いや……それはこちらの台詞だ。キミの演説を聞いて、私は自分の無力を知ったところだよ」


「そんなことはないですよ。それと、これからのことについて話しておきたいのですが」


「分かっている。キミの言う通り、ミスリルの総指揮官はキミだ。とはいえ、どうするつもりだ?」


 全権を風間へと委ねたアーネストは、この状況への逆転の一手をどうするつもりなのかを問いかける。

 士気を上げたことに関してはさすがというべき他にない。しかし、重要なのはどう行動するかだ。


 未だ、あの巨大生物への対処方法がないとされているこの状況で、風間が一体何を考えていたのか、それを聞き出そうとする。


「区画毎に役割をハッキリさせます。現状、外からの応戦は無謀でしかない。なので籠城戦を元に動き出します。その為には、まずはE区画にいるクリサリダの残党を潰すことが最優先です」


「E区画だと? なぜ、奴らがそこにいると考えた?」


 取り逃したであろう白装束の女の行き先を知る様子でいた風間に、アーネストはその理由を問いかける。


「シェリルはあの白装束の女――リーフェンと呼ばれる『レベル5モルフ』であろう女へと自分のやるべきことをやれと言い、別の場所へと向かわせた。D区画が奴の目的ではないのだとすれば、残されたのはE区画のみです」


「……シェリル副大統領がクリサリダの首謀者というのは本当か?」


「ええ、彼自身がそう答えていました。それを証拠付けるものはないですが……。まさか首謀者であるとは思いもよらなかったですがね」


「……キミがそう言うのなら事実なのだろう。疑う理由などありはしない」


 風間の発言の全てを信じて、アーネストは深くは聞いてこなかった。

 裏付ける証拠はなくとも、嘘をつく理由もない。信じ難い事実だとしても、それを受け入れるしかできないのだ。


 そして、アーネストは風間の肩に手を置き、彼に背を向ける。


「ここはキミに任せた。好きに動くといい。たとえ失敗したとしても、私は何も言うまいよ。信じると決めたからな」


「失敗などさせません。必ず、私が皆を先導させます」


「頼り甲斐があるな。是非とも我が国の将官に推薦したいぐらいだ」


「……叶うのならば。でも、私はこれが最後の仕事だと考えています」


「――――」


 二人の会話はそれほど長くは続かなかった。

 風間にもアーネストにも、両者にはミスリルの中で共に戦うという強い意志がある。

 その強固な絆は、共にいたからこそ芽生えたものだ。

 だからこそ、これ以上の問答は必要ない。


「私も参戦する。任せたぞ」


「はい」


 その会話を最後に、アーネストは作戦司令室を後にする。

 残された風間は、再び全区画が映るモニター画面へと視線を向け、マイクを握る。


 最初で最後――。その言葉に嘘はない。これが、風間平次という人間の大きな仕事だ。


「全区画の者達へ告げる。今から出す指示は一度だけだ。集中して動くように頼む」


 始まる。風間平次の最初で最後の――一世一代の仕事が。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「A区画にいる者達は侵入しているモルフをそのまま対処! 戦闘に入っていない者達は援護に向かい、共に掃討に当たれ!! B区画にいる者は――」


 モニター画面の全てに視界を広げて、ミスリル全区画の全ての現状を目視で把握しながら、風間は指示を飛ばしていく。

 今、現状で問題なのはミスリルへと侵入してきているモルフの対処、まずはそこをなんとかしないと、他の区画にいる者達にも影響が出てしまう。


「B、C区画にいる者はD区画中央エリア外郭通路へと向かえ! C区画にいる者は銃弾の補給を忘れるな! また、B区画にいる神田慶次は急ぎ、D区画からE区画への道へと走れ!!」


 D区画へと繋がる他の区画、B、C区画にいる戦闘員達をD区画へと誘導する算段を立てる風間。その中でも、神田慶次へと名指しして指示を出した彼は、思惑あっての狙いでいる。


 ミスリル全区画の人間が、風間の指示に即座に動き出していく。

 生きる為、必ずこの戦いで無駄に死なない為に、彼らは強い意志を持って行動を開始していく。


「D区画にいる戦闘員はE区画へと向かえ。このミスリルへと侵入した白装束の女はそこにいる。奴と出くわした者は、必ず一人で相対するな! 無理もするな! 今の現状位置さえ把握できればそれで十分だ! 決して命は無駄にするな!!」


 そして、ここD区画にいる戦闘員には、目下最大の脅威ともされる白装束の女の位置の捕捉を指示していく。

 戦えとまでは言わない。戦ったところで、これまで死んでいったアメリカ軍の兵士達と同じ末路を辿る可能性が高いことは風間もよく理解していた。

 ならば、あの女の位置を把握し、それに基づいた作戦を立てる方が効率的だったからだ。


「あの女は何か企みを持っている筈だ。E区画にいる者達は自分の身を最優先にし、情報の共有に当たれ! ミスリルE区画両極部の配置についている者は、迫撃砲の準備を! ミスリル内部へと進行しつつある巨大生物を迎え撃つ!」


 ここ、ミスリルには対白兵戦だけに留まる兵員を備えているわけではない。

 今、風間が言った通り、万が一の他国からの襲撃に備え、ミサイル等の設備がE区画にはあるのだ。

 その一つとして、巨大生物を迎撃する為にあったわけではないが、迫撃砲も運用されていたのだ。

 対地対空を想定した兵器ともされており、決してあの巨大生物にダメージを与えられないわけではないだろう。


 風間の指示をもとに、ミスリル全域にいる者達が動き出していく。

 まるで一つの生物のように――まとまった動きを見せて皆がそれぞれの役割を明確にしたままに指示通りに動く。


 ある程度の指示を出した風間は、指示通りに動く兵士達の動きを見計らい、モニター画面へと目を移していく。

 そして、マイクには聞こえない範囲で、彼の胸中で一つだけ気がかりともされていた不安を口に出した。


「もう一人いるであろうクリサリダの残党、そいつを炙り出すキッカケになるか……どうか」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 D区画エントランスホール――。

 風間へと報告する為に動き出していた出水陽介と清水勇気は、突如始まった風間の演説と指示に、その足を止めていた。


「凄えな……風間さん。てか外ってそんな状況だったのか」


「しかも出水の予想通りにE区画にあの女がおるって知ってたしな。どうするんや? これやと報告する意味もないで」


「そうだな……。神田もこっちに向かうようだし、俺らもE区画に向かうしかないだろう。ちょうど、指示通りにいくなら俺達もD区画に今いるわけだし……」


 当初の目的から外れた二人は、次にやるべきことを見据えるならE区画へと向かうという方向性にシフトしようとする。

 風間の指示通りに動く意味では間違ってはいないし、二人には外の巨大生物に対抗する術を持ち合わせているわけではない。

 ならば、あの白装束の女を追うことが先決ともされるだろう。


「俺はかまへんで。やられた借りを返さなあかんしな」


「お前にしては勇気あるじゃねえの。まっ、俺も同じこと考えてたけど」


「いつまでも臆病でいるわけにはいかんのや」


 E区画に向かうのであれば、それは命の危険があることを指すと同義。あの白装束の女と相対すれば、死ぬ可能性は限りなく高くなる。

 それでも行くと、二人は自身の覚悟を表に出して声を揃えた。


 二人して結論を導き出したことで、そのままE区画へと向かおうとしたその時だった。


「っ、出水!!」


「おわっ!?」


 突如、清水が出水の体ごと突き飛ばし、二人は地面へと倒れる。

 それと同時に、銃声音が鳴って、二人がいた位置へと銃弾が飛んだ。


「なんだ!?」


「隠れるで!!」


 突如の襲撃に、二人は近くの物陰へと潜む形となり、銃撃のする位置から射線が届かない場所へと隠れ込んだ。

 一体誰が――と、恐らくはこちらへと銃口を向けているであろう何者かの存在を断定しようと、出水は身を乗り出そうとする。

 すると、まるで狙いすましたかのようにして顔を出そうとしたその箇所へと正確に銃弾が過ぎる。


「うおっ!?」


 下手に顔を出していれば、出水の顔面を貫通していたであろう銃弾は横合いの壁へと直撃する。

 確実に手練れだった。舐めてかかれば、こちら側がやられるぐらいの相手だ。


「クソッ! せっかくまとまったって時に……誰だ!?」


 ミスリル全域で皆がまとまったという矢先に、このような敵意を剥き出しにしてくる相手が味方であるとは到底考えられないと考えていた出水は、襲撃者の存在が何者かを怪しむ。

 迂闊に顔も出せない今の状況では、相手が何者かなど断定する余裕はない。


「待て、出水。……銃声音からして9mm弾――M18を使っとるな。てことは、アメリカの兵士の誰かや」


「なんでそれが分かるんだよ……。いや、むしろ助かる。ってことは、相手はアメリカ軍の誰かってことか」


 清水の目ざといというか、銃声音から使用している銃を割り出すという謎の特技のおかげで、敵がどういう相手なのかを特定することはできた。

 とはいえ、あれほどの技術を持つ時点で軍人であることはおおよそ予想が立つ現実だ。

 しかし、何の為に出水達を狙おうとしているのか――そこはまだ明らかになっていない。


「おいっ! どういうつもりだ!? 俺達は敵じゃないぞ!!」


「……ちっ」


 単なる誤射のつもりなら、出水も怒るだけで済んだのだが、舌打ちが聞こえてきたことでそれは期待できないものだと判断する。

 訳がわからないが、あえて言うなら一つだけ分かることはある。


「……白装束の女以外にまだ敵がいるってことか」


「なんやてっ!? じゃあ……」


「今、俺達に攻撃を仕掛けてきている奴もクリサリダの組織の一員である可能性は高い」


 清水が言おうとしたことを、出水は先んじて言葉に出し、唇を噛む。

 だとするならば、想定以上に最悪な状況だ。

 今、出水達がいるのはD区画からE区画へと向かう連絡通路の目の前。下手をすれば、風間が指示を出し、それに従った者達がここに集まる形ともなる。

 そうなれば、風間の狙いである白装束の女を追い詰めるという作戦が頓挫する結果となる可能性が高い。


 ――それだけは何としてでも避けないといけない。

 今、この場にいる出水と清水だけが、襲撃者をどうにかすることができる唯一の可能性だ。

 せっかく仕上がった指示系統を麻痺させない為には、出水達の行動が鍵になるのだ。


「……やるしかねえな」


「俺達二人で……やな」


 言葉を交わすまでもなく、二人は意見が一致していた様子で、その手に拳銃を握る。

 銃口を向けられている以上、先手を取れるのは相手側だ。

 つまりは、先手を取る相手をどうにかしない限り、後手に回る出水達には反撃する余地がない。


「清水、俺に作戦がある。いけるか?」


「無論やな。頼むで、副隊長」


「いつの話してんだよ……」


 他愛のない会話をした後、出水と清水は作戦を共有し合っていく。

 現状、膠着状態となっていることには変わりなく、出水達が動かない限りは、襲撃者にとっても何も出来ないところとなっている。いくら先手を取れるからとはいっても、隙を見せれば危ないのは襲撃者側にとっても同じこと。


 つまりは、今この時だけが二人が情報交換ができるというアドバンテージがあったのだ。


「――ってな感じだ。やれるか?」


「……それ、俺の責任重大すぎひん?」


「お前を信用しての作戦だよ」


「そんな言い方すんのほんまずるいわぁ」


 作戦を聞いてから、清水は愚痴を溢してはいたが、作戦自体にやる気がないわけではない様子だった。

 二人とも、違いこそあれども幾度とあった死戦を潜ってきた者達だ。

 今更、この程度で怯むほど弱くなんてなかった。


「合図は俺が出す。タイミング、間違うなよ」


「よっしゃ、任せろ」


 二人の作戦が決まり、彼らは息を鎮めた。

 相手は軍人。迂闊に飛び出せば、その瞬間に狙い撃ちしてくることは間違いない。

 それは襲撃者にとってもよく理解していることだ。

 先手を取れるという現状、襲撃者も無意味に近づく必要はない。

 隠れる場所は一点のみ。そこから襲撃者の後ろ側へと回り込むこともできないことを把握していた襲撃者は、ただあの隠れている一点のみを凝視していた。


 凝視する。それはつまり、視界が狭くなるということだった。


 その時、銃声音と共に視界の外にあった立てかけられていた用具類が音を立てて倒れる。


「――っ!?」


 襲撃者からすれば、別の方向に新手が現れたように感じたのだろう。すぐさま、意識がその方向へと向かう。


 しかし、そこには用具類が倒れていただけで、人はいなかった。


「今だっ!!」


 タイミングを見計らい、出水が飛び出した。

 襲撃者はたまらず、飛び出してきた出水へと銃口を向けた。

 単なる陽動作戦。それに気づいたのは今この瞬間だった。

 襲撃者の持つ拳銃の引き金が引かれ、銃弾が出水へと向かっていく。

 しかし、一瞬の意識のズレは、その弾道をも狂わせてしまう。

 本来は頭部を狙い撃ちするつもりだった弾道は、出水の胸部へと向かう形で逸れたのだ。


「ぐっ!」


 出水の胸部に銃弾が被弾する。しかし、襲撃者は殺したとは考えていなかった。

 恐らく、あの男は防弾チョッキを着用している。ならば、痛みはあっても戦闘不能な状態にまでは追い込められていないのだ。


 だが、このまま奴の頭部を狙えばこと足りる話。

 襲撃者にとっては、ほんの数秒あれば修正できる範囲なのだ。


「……てめえかよ」


 襲撃者の顔を見た出水が、憎らしい表情を向けていた。

 正体がバレたとて、襲撃者にとってはどうでもいいことだ。

 どうせこのままお前は死ぬ。その思いのままに、再び拳銃の引き金を引こうとして――。


「もう一人忘れとんちゃうかっ!?」


「がっ!?」


 出水の頭を吹き飛ばそうと、その引き金を引く直前、襲撃者の拳銃を持つ手に発砲を仕掛け、襲撃者の手首に銃弾が直撃する。

 その勢いで襲撃者は拳銃を飛ばされ、手首からは血が流れていた。


「お前は……」


 清水は襲撃者の顔を確認した。知っている顔だった。

 ミスリルの中で出会った人間。アメリカ軍に属する人間。

 そして、出水達が苦手だと感じる人物。


「うぜえ奴らだ」


 襲撃者は苦虫を噛み締める様子で、出水達へと殺意の目を向けていた。


 アメリカ軍直属、ロイ・バーンズ少佐が――。

最終話までのプロットが完成しました。

あとは細かい部分だけですが、できる限り早めに完成させたいと思います。

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