Phase7 第七十三話 『陥落へのカウントダウン』
人が絶望を感じる瞬間とはどんな時か。
家族を失った時。莫大な借金を背負った時。犯罪を犯した時。人によっては様々な瞬間で絶望を感じる瞬間がある。
だが、本当の絶望とはそのような間接的事象などではない。
自身の身に降りかかるもの。何があっても回避できない確実的な死。それを分かっていて何も出来ないことだ。
各地で巨大生物が大量発生してから約三十分が経過したその頃、アメリカ各地では大規模な災害が起きていた。
モルフテロが起きてから七日という日が経ち、まだ生き残っていた人間達にとっても、関係がない話などではない。
「おい! 早く出せ!! もうすぐそこまできてる!!」
「うるっせぇっ!! こちとらボートの運転なんてしたことねえんだよ!!」
「も、もうきてるっっ!!」
「っ、こなくそぉっ!!」
ボートの運転などしたこともない若き青年、ボルドーはエンジンを吹かした後、勢いよくハンドルを握った。
その瞬間、ボートは先端が上に向き、あわや後ろに落とされそうになりながらも、急発進することでその場から離れられた。
そして、ちょうどボートが停まっていたとされるその地帯をあの巨大生物が踏み潰していた。
「あっぶねぇ……もうちょっとで死ぬところだった」
「は、はは! どうだ!! 海まできたらもう追ってこれねえだろ!?」
「ああ、やっと俺達は助かったんだ」
「ビルツ、これからどうする?」
「……そうだな」
死ぬ思いをしてアメリカの大地を駆け抜けてきた二人は、今後の方針についてを語り合う。
もう、アメリカはおしまいだ。各地で発生したゾンビのような化け物に続いて、この世のものとは思えない巨大な生物達の群れ。あんなもの、たとえ群衆が銃火器を持っていたとしてもどうこうできるものではない。
逃げ場がないのであれば、この国から脱出するしかない、そう提言したビルツの考えを真っ先に行動に移したのがボルドーであった。
「俺達……今後どうなっちまうのかな」
「さあな。生きる為だ、他所の国に移って、安全な所で生きるしかないんじゃねえか」
「難民……か。皮肉だな、俺達が毛嫌いしてたあれに俺達がなるんだからよ」
「…………」
ボルドー達の行く末が、かつてはアメリカという国に土足で踏み込んできた難民達と同じ道を歩むことになることに、彼は辟易していた。
だが、そうなってしまうのも致し方ないことだった。
この国にいても死ぬことは免れない。生きる為ならば、たとえ泥を啜ってでも生き抜くしかないのだ。
ある程度、沖にまでボートを出したボルドーはスピードを緩めて、今も地鳴りが聞こえてくるアメリカの大地がある方角を見やる。
「泣きそうだぜ。あれ、俺達が平和に暮らしてた場所、なんだぜ?」
「っ」
強大な国力を持つアメリカが、戦争の地としては無縁ともされたあの地が滅びていく瞬間を目の当たりにしながら、二人は呆然とその光景を眺めているしかできなかった。
逃げ惑う以外に何もできない。ボルドーもビルツも、ここに来るまでにどれだけの大切な人を失ってくるところを見て、辿り着いたのか、それは痛いほど理解している。
ボートを動かさないまま、しばしアメリカの光景を見ていた二人は、揺れが強くなるボートに体を屈めた。
「おい、波が強くなってきてる。さっさとここから離れよう」
「ああ、……ん? なんだ? 波……っていうか、なんかこの辺だけ変じゃねえか?」
「あ?」
沖にまで出れば、波が多少強くなることは何も不自然なことではない。ボルドーが不自然に感じたのは、このボートを起点にして波が強くなってきていることだった。
「故障か?」
「いや……待て。何かいないか? 真下に……」
次第に強くなっていく波の高さに、ボルドーは持っていたスマホのライトを点けて海の中を照らす。
そして、そこにいたのは――。
「鯨……じゃないっ!? あれは!!」
「うおわっ!?」
何かに気づいた瞬間、ボルドー達が乗っていたボートが強く傾いた。
すぐにでもボートを動かそうとしなかったボルドーのミスだった。
ボートの真下、そこにいた何かは真下から水面目掛けてその巨大な口を開けて、ボートを丸ごと呑み込まんとする。
「う、嘘だろおいおいおいおいっっ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
全方位が何も見えなくなり、ボルドー達の乗っていたボートが丸ごと呑み込まれていく。
海の中に潜んでいた巨大生物、それがボルドー達を呑み込んでしまったのだった。
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海も陸も、どこにも安全な場所などありはしない。
巨大生物達は生きている人間を食い殺す為に、次なる獲物を探そうとそれぞれが動き出していた。
人間達にできることは逃げるか、隠れることだけだった。
「し、静かに……」
「うん……」
地鳴りがすぐ近くから聞こえ、音を出さないよう身を潜める二人の女性、マリーとルナは小さな小屋の中で息を潜めていた。
この七日間、ずっとゾンビ共から逃げ惑って、傷一つつくことなく奇跡的に逃げ続けることに成功してきた二人であったが、今回は少し違う。
突如、現れた巨大生物達に見つかり、必死に走ってここまでくることができたのだ。
しかし、逃げ切ることはできてもそこまてだった。
その小屋の中から移動することはできそうもなく、すぐ近くには巨大生物達が闊歩する最悪の状況が続いていたのだ。
「どうしよう……もう動けないよ……」
「待つしかないよ、マリー」
「でも……あんなのが歩いていたら……いつかこの小屋なんか踏み潰されるんじゃ……」
「――――」
最悪の状況を想定するマリーに、ルナは何も言えなくなってしまう。
実際、その通りだった。あの巨大生物達は目もない化け物も中にはいて、目の前に障害物があっても気にすることもなく突っ込んでくるのだ。
こんな小さな小屋など、あの巨大生物からすれば道端の石ころ程度に過ぎない。
「いざとなったら……私があなたを逃がすよ、マリー」
「そんな……ダメだよ、お姉ちゃん」
自己犠牲を想定して話すルナに、マリーは反対していた。
彼らは姉妹であり、大人になってからも一緒に暮らしているほど仲の良い家族だった。
幼き頃からずっと一緒だった彼女達にとって、お互いの絆の強さは他の者達には計り知れないものだ。
「お母さんもお父さんも皆あのゾンビみたいになったんだ。私は……あなただけでも生かしたいんだよ」
「お姉ちゃん……」
ここに来るまで、彼女達は二人だけで逃げていたわけではなかった。
家族であった父と母は、マリーとルナを生かす為にゾンビ共の犠牲となり、二人は生きてこられた。
助けに向かったルナは、母と父が人を食い殺そうとするゾンビになった瞬間を見ている。
あんな最悪の展開を迎えさせない為にも、マリーだけはなんとしても生かせたいと考えていたのだ。
だから、この状況だって同じだ。万が一、見つかるようなことがあったとしても、マリーだけは逃がす。
窮地に陥った状況だとしても、ルナの覚悟は決まっていた。
「お姉ちゃん……」
「静かに……。近づいてきてる……」
マリーが何かを言おうとしたのを止めて、咄嗟にマリーの口元に手を当てがってそれ以上話させようとしないルナは、次第に聞こえてくる足音に警戒した。
足音、というよりは這いずるような音。メキメキと木の板が潰れるような音も一緒に聞こえてくるということは、あの巨大生物の何かには違いない。
頼むからこの小屋に気づかずに過ぎ去ってくれと、心の底から祈っていたルナ。しかし、そんな希望は簡単に打ち砕かれてしまう。
「ひっ」
マリーが怯えた声を上げた。それと同時に、小屋の天井が勢いよく外れ、マリーとルナのいた小屋は外から丸見えの剥き出しの状態となってしまう。
マリーとルナは同時に見てしまった。
小屋の天井からは空が見える筈。しかし、それは見えなかった。
なぜなら、小屋の天井の上からマリー達を見下ろす巨大な異形の生物がいたからだ。
「ァアアアアアアア……」
「マ、マリー……」
「い、嫌……」
恐怖で足が竦み、動けない。
天井の上から見下ろす存在。腐った肉のような外観をし、口元は大きく、その奥は暗く何も見えない。瞼の奥はドス黒く、果たしてマリー達が見えているのかどうかも分からない強烈な印象を与えてくる。
聞いただけで気分の悪くなる唸り声を出しながら、その巨大生物は図体に似合わないか細い手のようなものでマリーの体を素早く掴んだ。
「マリー!!」
「や、やぁぁぁぁあっっ!!」
「は、離しなさいよっっ!!」
マリーの体が巨大生物の手に掴まれて、すぐさま助け出そうと手を伸ばしたルナ。しかし、マリーの体に手が届く前に、巨大生物はマリーの体を持ち上げてしまう。
「た、助けてっっ!! お姉ちゃ――」
「やめて!! マリーだけはっっ!!」
言葉の通じない相手に対して、ルナの懇願は何の意味も為さない。
新しいオモチャを手にした時の子どもの反応のような、まるで楽しそうに巨大生物はマリーの体を大事そうに掴みながら、そして――そのまま口の中へと放り込んだ。
「――ぁ」
マリーの体が、その姿がルナの視界から完全に見えなくなる。
さっきまで聞こえていたマリーの叫び声も、もう何も聞こえなくなってしまった。
そうして悟った。ルナはたった一人の妹をたった今、失ってしまったことに。
「は……はは……」
全身の力が抜け、手を伸ばしていたその手も力無く下げたルナは、乾いた声を上げた。
母を、父を、妹を――家族を失ったショックに、ルナは心が壊れてしまったのだ。
理不尽とも言える状況に、ルナは笑う。しかし、その目は笑ってなどいなく、涙でいっぱいだった。
「あはは……あはははははははっっ!!」
どうしようもない、ここから逃げ出そうとしても家族はどこにもいない。逃げることだって出来やしない。
壊れた心を少しでも安らぐ手段は、自分を壊すことだけだった。
なぜ、こんな目に遭わなければいけない。
何か悪いことをしたわけでもない。ただ普通に生きていただけで、どうしてこのような目に遭わなければいけない。
罪も罰も、与えられる謂れなんてないのに、どうして……。
ただただ自暴自棄になるしかできないルナは呆然としたまま、マリーを呑み込んだ巨大生物にその体を掴まれてしまう。
抵抗の一つもしない。したところで意味もない。逃げたところで安息の地なんてありはしない。
生きる気力を失った彼女は、弱者と強者の理に反することもできないままに、巨大生物の口の中へと放り込まれてしまう。
まるで、自然界では当たり前に見られる、弱肉強食の理通りにだ。
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巨大要塞ミスリル――軍事基地をそのままに、土地を広げて避難所として活用され、あらゆる敵の侵入を阻む為に作られたその要塞も、終わりの時は近づいていた。
要塞の周囲を壁にして、モルフの一匹も侵入できないように工夫されたその壁は、あらゆる箇所から破壊されてしまっていた。
破壊されてしまった要因、それはあの巨大生物によるものに他ならなかった。
運悪く外にいた神田慶次とレイラは、阿鼻叫喚と化した外から内へと逃げ切り、ミスリルB区画内部を走っていた。
「どうすればいい……俺達はどうすれば……」
「――――」
目的地もなく走っていた神田は、どこに向かえばいいのかも分かっていなかった。
目の前でたった一人の夫を殺されたショックで立ち直れず、沈み込んだままのレイラも何も言わない。
彼らにできることは何もありはしない。その事実をついさっきまでに突きつけられた現実だ。
指示系統も機能していない今の状況では、もはや神田だけに止まらず、このミスリルにいる全員が混乱の最中といっても過言ではなかった。
その証拠に、至る各所で座り込む者達が目に見えていた。
「もうダメだ……終わりだ……」
「なんなんだよ、あんなの聞いてねえよ……」
「俺達……死ぬのか」
通路の壁にもたれかかり、戦意喪失したアメリカ軍の者達が、口々に独り言のように絶望の言葉を噤む。
その手には銃も握られていなく、力無くして座り込んでいた。
――無理もないだろう。神田だって、これからどうしたらいいのかなど分かっていない。
ここまで戦ってきて、死に物狂いで生き残ってきたっていうのに、最後は死を待つだけの人生となってしまったのだ。
いずれは、このミスリル内部にも巨大生物が侵攻してくる筈だろう。
タイムリミットは近い。それを頭の中で思い浮かべるだけで、神田自身の走る足も少しずつだが力が抜けつつあった。
そうして、ふと歩く先に視線がよぎった。
同じようにして壁に背をつけて倒れているアメリカ軍の一人、その男が手持ちの銃に銃弾を装填し直していたのだ。
全員が全員、戦意喪失していたわけではない。中には戦う意思を持つ者もいるのだと、そう思いたかった。
だが、実の所は違っていた。
「ぁが……」
「おい、待てっ!」
その男がしようとした行動、銃弾を装填した拳銃の銃口を自身の口の中へと入れたところを見て、神田は止めようと声を上げた。
しかし、止めることは間に合わなかった。
声を上げた瞬間、口の中に銃口を突っ込んだ男は拳銃の引き金を引き、自決したのだ。
壁に男の血が飛び散り、力無くして倒れていく様を見て、神田は唇を噛んだ。
「……クソッ」
レイラを抱えながら、神田は何も出来ない自身に怒りを滾らせる。
どうしようもない現実だということは分かっている。
止める手段なんてものはなかったのかもしれない。
だが、早期にクリサリダの目的を把握出来ていれば、こんな状況にはならなかった筈だ。
ようやく分かった。あの時、三日目の夜にレオが話していた言葉の意味を――。
奴が言っていた種を撒いたという発言。それが三、四日後に起きるという事実。その全ては今の状況に繋がっていたのだ。
つくづく、あの時に聞き出せなかったことを悔いていた神田は、走っていた足を止めた。
どこへ向かおうとも、死を待つ以外にできることはない。
もう、何もできることはないのだ。
だったら、今更何かを行動しても意味なんて――。
「――?」
その時、神田はふと天井を見上げた。
このミスリル内部、その全域に聞こえているであろう誰かの声が聞こえた。
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巨大生物が外を蹂躙している最中、巨大な地響きだけが聞こえていたミスリル内部を走る二人――出水陽介と清水勇気の二人はD区画へと向けて走っていた。
彼らは、まだ内部にいるであろうモルフの駆除を任されていた身だった。
「なんの音だ? なんか凄え嫌な予感がするんだけど……」
「言わんでくれや。お前のそういう勘、ほんまに当たるんやから」
「多分、緊急事態かもしれないな。清水、顔の痛みは大丈夫か?」
「ま、今んところはアドレナリン出てるからな。全部終わったらめっちゃしんどいことなりそうやけど……」
「よし、ならいけるな」
「サラッと言うなや。もうちょい心配してくれ」
戦闘に支障はないことを聞いた出水は、清水を連れていくつもりで今後のことを考えていた。
清水自身、決して万全の体調であるとは言えないことは承知していた。
無理をさせるぐらいなら、清水にも下がってもらうつもりであったが、彼が大丈夫というのなら止める義理はないだろう。
「あの白装束の女、確かリーフェンだったか。あの女がどこに向かったか……それも突き止めねえと」
「あんなんともう一回やり合うなんて俺はごめんやけどな」
「でも……生きているのは確かだ。誰かがやらねえと死人が増える。このことを早く上に伝えないと……」
「どこに向かったのか検討つくんか?」
清水からの問いかけに、出水は少しだけ目を閉じた。
そして、彼は再び目を開けると、自身の考えを口に出す。
「あの女は最初はD区画に向かおうとしていた。それをわざわざB区画に進路を変更させて外に出た。アリスさんの話では、隔壁を下ろしてD区画への侵入を防いでいたらしいけど、俺はあの女がB区画に向かったのにはちゃんと理由があると思ってるんだ」
「どういうことや?」
「一つは別の進路からD区画へ向かおうとしていたこと。でも、結局隔壁を降ろされたらD区画には向かえない。だったら別の手段を取るしかないとあの女は考えるだろ? だから外に出ようとしたんじゃねえのかなって」
「……外からなら隔壁は関係ないってことか?」
「そういうこと。あの女の跳躍力なら、建物の上を飛び移ることはわけないからな。でも、D区画にわざわざ向かう理由が俺には分からないんだ。それで、ある仮説を思いついたんだけどな」
出水の推測に、反論一つなく黙って聞いていた清水。確かに、その推測に間違いはないように思える。
リーフェンは隔壁を降ろされてから進路を変更していた。そのどれもがD区画へと向かおうとしていたところを見るに、D区画へ向かう何かしらの理由があったように考えられた。
であれば、リーフェンが何かを目的にミスリルへと侵入していることは明白だ。
ただの虐殺の為だけではないというその推測は、明らかに真に迫っている気がした。
そして、出水は自身の仮説を言葉に出す。
「D区画より先、そこからしか行けないっていうE区画、そこに向かってる可能性は考えられねえか?」
「確か、軍事設備があるっていうあそこか?」
「ああ、俺も中には入れてもらったことはないけど、あそこにはアメリカ軍の主要設備がわんさかある。そんなものを使って何するのか知らねえけど……可能性はある」
「やったら、早よ報告した方がええかもな」
「そうだな。まずは風間司令にこのことを伝えねえと……」
出水達の目的が定まり、走る足を速める両者。リーフェンが何を企むにしても、それを阻止することは急務だ。
今動ける人員は限られている。何が何でも、このミスリルを守り抜く為に、彼らは走った。
そして、彼らはまだ気がついていなかった。
彼らの話を聞きながら、後ろから尾行している何者かの存在にだ。
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ミスリルD区画、作戦司令室。
白装束の女の足取りを追いつつ、ミスリル内部に侵入したモルフの駆除を主として指示を出していたアーネストであったが、彼はあることをキッカケに一切の指示も出さなくなってしまった。
出さなくなった、というのは少し語弊があった。彼は指示を出さないのではなく、出せなくなってしまったのだ。
あまりにも想定外の状況を目の当たりにして、どう指示を出すべきか、その正解を見出せなくなったのだ。
「これは……何だ?」
モニター画面に映し出されるは、B区画から外部壁上への映像。そこから見える到底計り知れない大きさをした巨大な生物の顕現。そして、それらがミスリル外壁部にいるアメリカ軍の兵士達を殺戮し回っているという現状。
頭の中で理解が追いつかず、ただただ目の前の悲惨な光景を眺めていることしか出来なかったアーネストは、沸々と湧き上がる怒りに両の腕が震えていた。
「全て……奴らの計画通りということか……っ!」
何もかもが、クリサリダの思惑通りに事が運んでしまった。
このアメリカに無数のヘリを用意し、民衆をウイルスに感染させ、前例のないほどの大量の死者を生み出し、要塞と名高いこのミスリルに白装束の女をむざむざと侵入させてしまい、まんまと逃れられ、その陽動に引っかかってアメリカ大統領が暗殺され、白装束の女の追跡を開始したと思えば、次は無数の巨大生物の顕現。
全てが筋書き通りの展開だったと言われても、否定の余地はなかった。
その責任の全ては、アーネスト大尉にあるのだ。ミスリルの軍の総指揮を任されて、名誉ある階級の元に行動をしてきたつもりだった彼は、クリサリダの野望に打ち負けてしまった。
そして、これからをどうするかについても、未だに答えを見出せていない。
これでは束ねる側としてのリーダーにも欠ける行いだ。
作戦司令室にいる全ての者達、アーネストの部下達は大尉の方へと不安な表情を向けている。
この地獄のような状況から、自分達が何をすべきか、その指示を待っているのだ。
「――――」
しかし、アーネスト大尉は何も言わない。何も言えない。何も出来ない。無意味に部下を死なせるような作戦など立てられる筈もない。
それほどに、今の状況は手詰まりとなってしまっている。
このまま、ただミスリルが陥落するのをただ待つ事しかできない。そのカウントダウンはもうすぐそこまで迫ってきていることには違いなく、何かするなら今しかありえないだろう。
傍観の一手を辿っていた矢先だった。
この作戦司令室の出入り口となる扉から誰かが入る足音が聞こえた。
「……キミは」
出入り口へと振り向いたアーネストは、この作戦司令室に赴いた存在に気づいた。
つい一時間も前に、共にこの状況を切り抜けようと意思共有した仲間、風間平次だった。
「アーネスト大尉、これは?」
「ああ……。見ての通りだ」
「……見ての通り、とは?」
「分からないか? 我々の敗北だ」
ハッキリと、そう断言したアーネストに風間は息を詰まらせる。
このミスリルを取りまとめる男が、ハッキリと敗北宣言を口に出したのだ。
それを聞いた風間は映像モニターに映る悲惨な光景をジッと見ると、そのままアーネストの隣へと歩み寄り、
「まだ、終わりじゃないですよ」
「……なに?」
「人類はまだ、終わらせてはいけない」
「この状況で、何か切り抜ける策があるというのか?」
風間の言い方によれば、まるでこの状況を切り抜ける策があるような言い回しだった。
希望に縋るようにして、アーネストは風間の顔を見ていた。
そして、風間はアーネストの前に立つと、
「どれだけ劣勢だろうと、人類は足掻くしかない。私は……私達はそうしてきた。これまでも、これからも――」
「――――」
「アーネスト大尉、ミスリル全区画へ声を通せるよう、部下に指示をお願いします。後は、私の仕事です」
一体、何をするつもりなのか分からないでいたアーネストであったが、風間のその言葉に今更反論する余地はない。
すぐさま、アーネストは部下達へと視線を向けると、
「全区画へ繋げろ」
「「「「はっ!」」」」
アーネストの指示に従い、部下達は言う通りに機器を操作していく。
そして、風間はモニター前にあるマイクを手に取り、全ての区画が映るモニターへと目を移した。
深呼吸をし、風間は心を落ち着かせる。
彼の口から語られるは何か――誰もこの時は分かっていなかった。
「聞こえるか? 私の声が聞こえる者は、そのまま黙って聞いてくれ」
そして、風間は語りかけていく。この絶望的な状況に対して、今尚、体感している者達全員へと向けて――。
補足:マリーとルナを襲った巨大生物はPhase2にて出水陽介と八雲琴音が病院の中で遭遇し、追い回された赤ちゃんのような呻き声を発するあの化け物が巨大化した姿です。




