Phase7 第七十話 『戦地激走』
午前0時0分――。ミスリルから数十キロ離れた地点。
高速道路を大型バイクで走っていた笠井修二は突如発生した轟音に、走らせていたバイクを滑らしてその場で急停止した。
「っ、何だ!?」
目の前と後方、直線上となっていた高速道路がいきなり崩れ落ち、バイクで進めさせることが不可能となったことで彼はバイクを止めざるを得なくなってしまう。
そして、彼は見た。彼を挟み込むようにして突如として現れた巨大生物達を――。
「何だ……こいつは?」
今までに見たこともない存在を目の当たりにして、それが彼の中で危険信号を感じ、笠井修二はすぐさま腰に取り付けていた二本の剣を抜く。
これまで出会ったモルフとは何かが違う。明らかに異形すぎる存在を目の当たりにしたことで、笠井修二は戦闘態勢に入った。
そして、その判断は正解だった。目の前にいたスライムのような物体をした巨大生物と後方にいた八本の触手を持った巨大生物が同時に動き出し、笠井修二へと向けてその体を捕らえに掛かろうと仕掛けてくる。
「――っ!」
バイクに乗っていた笠井修二は、その座席部分に乗り上げると一気に蹴り上げ、その場を真上にジャンプする。
そして、先ほどまで乗っていたバイクが触手によっていとも容易くへし折られ、触手による捕縛から寸前で躱すことに成功した。
「モルフ……なのかっ!?」
敵であることは認識していても、それが何かが理解が追いつかない。
追いつかないままに、スライムのような巨大生物は真上へと飛んだ笠井修二目掛けて、体内にあった水らしき物質を圧縮させて超速的な速さで射出させた。
「くっ!!」
身を捻り、下手をすれば体に穴が空くであろうその攻撃を上手く躱しきる笠井修二。その間に、後方にいた八本の触手を持つ巨大生物があらゆる方向から触手を伸ばし、笠井修二の体を捕まえようと接近を仕掛けてきた。
「ナメ……るなっっ!!」
身を捻っていた最中であった笠井修二は、その体勢のまま回転し、二本の剣で自身の体を捕縛しにかかる触手の二本を斬り落とした。
そして、地面に着地したと同時に駆け出し、高速道路の上から離れようと飛ぶ。
「――っ!?」
しかし、相手は二体だけにはとどまらない。高速道路の下にいる別の巨大生物――長さで言えば百メートルはゆうに超える異常なデカさのあるミミズのような巨大生物が笠井修二へと目掛けて目の無い頭で突っ込んできた。
「がっ!?」
二本の剣で受け止めに掛かる笠井修二だが、圧倒的な重量をその体で受け止めるには彼の体は小さすぎた。
受け止めた笠井修二はそのまま物凄いスピードで吹き飛ばされ、数百メートル近くを飛ばされる。
そして、高層ビルの側面に足をついた笠井修二は前を見た。
見た瞬間に――先ほどぶつかりにきたミミズ型の巨大生物が笠井修二へとその頭を再びぶつけに掛かろうと突っ込んできている。
「お、ぁぁあああああああああっっ!!!」
高層ビルの側面を足で蹴り、突っ込んでくるミミズ型巨大生物の体の上を通り過ぎる。そして、ミミズ型巨大生物の体が高層ビルへとぶつかり、轟音を立ててそれが崩れ落ちる瞬間を彼は見た。
「ふざけんな……っ! 何だってんだ!!」
ミミズ型巨大生物の体の上に立っていた笠井修二は、あまりの過激すぎる状況に理解が追いついていない。
そして、巨大生物は視認した三体だけではない。彼の周囲には無数の巨大生物達が集結し、笠井修二を殺そうと周囲の建物を破壊しながら接近してきている。
「まさか……これがリアムの狙いか?」
自然現象でこんなことを起こせる筈はない。となれば、これはクリサリダによる何かしらの手であることは疑いようもなかった。
そして、彼の頭の中である言葉を思い出させた。
『キミも桐生も、人間と長くいすぎたことで余計な感情が生まれてしまった。だから、キミから奪うことにするよ。キミと共に過ごした者達を殺すことによってね』
「――っ! クソがァァァァァァッッ!!!」
笠井修二は吠える。リアムは笠井修二の仲間を殺すとそう断言した。
その手段が今までのモルフを使ったテロには止まらないことを笠井修二は気がついていなかった。
これだけの物量、そして今この場だけではない途方もない数の巨大生物が高い位置から見えていた笠井修二は、リアムのやり方に胸糞の悪さを覚えた。
その瞬間、笠井修二は自身の能力を開放する。
桐生大我の極限集中状態。アリスの柔軟性。そしてミラの超速スピード。
それらを複合させ、彼はミミズ型巨大生物の体の上を走り、飛んだ。
目では追い切ることすら難しい凄まじい速さで、彼は自身へと近づく一体の巨大生物の頭部へと向けて剣を振り下ろし、脳天から突き刺した。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
暴れ回る巨大生物に、剣を突き刺したまま息の根を止めに掛かる笠井修二。彼の視界に入る幾多もの巨大生物達が見えたことで彼は脳天へ突き刺した剣を引き抜き、後方へと跳躍する。
「――っ!」
しかし、笠井修二の周りには敵ばかりしかいない。四方八方、あらゆる方角から笠井修二を殺しに掛かろうと迫る巨大生物達。その一体が笠井修二の小さな体目掛けて巨大な掌をぶつけてきた。
「がっ、ぁぁあああああっっ!!!」
吹き飛ばされる直前、腕を使って守りに入っていた笠井修二は両の手に握る剣を振り抜いた。
回転しながら斬りつけ、巨大生物の掌は原型を失ってしまう。
再び宙に浮いた状態となった笠井修二は真下の建物の屋根に足を突いて、そのまま戦地を駆け抜けた。
「数が多い……っ! どんどん集まってきやがるっ!!」
たった一人でここまで生き残ってこられたのは、笠井修二が『レベル5モルフ』の力を有していたからに過ぎない。
しかし、生き永らえて巨大生物達の息の根を止めることができても、それ以上の数が攻め立ててくるのだ。
それぞれが同じ個体をした巨大生物は一体も存在しない。見た目は動物や虫、もしくは見たこともない何かが巨大化したような、それほどに悍ましい姿をした巨大生物達が一斉に笠井修二へと迫ってくる。
「……リアム」
建物の頂点と頂点を飛び越えていきながら、笠井修二は一際高い建物の上部で足を止めた。
そして、彼は目を瞑る。
この戦場でそのような行為は自殺行為に近いだろう。
しかし、笠井修二が目を瞑った数秒は、自身の覚悟を強める為でもあった。
「お前は……俺から……全てを奪おうとする。そうなんだな?」
ここにはいない、憎むべき男へと確認を取るように呟く笠井修二。
そして、彼の心の中は再びドス黒い憎悪を呼び覚ましていく。
「殺す……」
目を瞑るだけで、リアムの姿がイメージとして湧いて出てくる。
あの顔を、体を引き裂き、原型すら残らないほどに斬り刻みたいという強烈な殺意。それが再び甦ろうとする。
かつて日本でも同じように彼は怒り、憎しみに狂ってしまった。
その感情を掘り起こして、彼は全てを自身の持つ剣へと乗せた。
「必ず……殺す!!」
轟音を鳴らしながら、笠井修二のいる建物上部のすぐそこまで迫る巨大生物達を前に、笠井修二はその目を開けた。
笠井修二の視界、視界外、四方八方から迫り来る巨大生物達の群れ。それが建物を破壊しながら接近し、笠井修二の足場がどんどんとなくなっていく。
そして、笠井修二は動いた。動いた先は前方真っ直ぐ、笠井修二へと迫る巨大生物の一体へと彼は突っ込む。
「おああああああああああああああっっ!!」
まるで龍のような見た目をした巨大生物の背に飛び、強靭な背中を剣で削りながら走る笠井修二は飛んだ。
そして、三体の巨大生物達が笠井修二の行手を阻む。
「――――」
笠井修二の『レベル5モルフ』の固有能力。それは完全模倣能力だった。
今まで見てきた他者の動き、それを自身の動きに合わせて動くという超次元的なもの。いわゆる学習能力の極致とも言うべきものだが、この能力は不完全に近い。
なぜなら、彼が今していることと同じで、他者の動きを真似して動くその力は複合させることができる。
桐生、アリス、神田、ミラ、世良。これまで出会った類稀なる力を持つ者達の力を相乗して戦っているのが今の笠井修二だが、所詮はたったの五人だ。
彼が他の誰かの力を更に学習すれば、その力は更に倍増されていく。今はこれだけだが、それでも十分だった。
ミラの超速スピード。これは『レベル5モルフ』の身体能力強化を使った上での動きに直結するが、笠井修二も同じように身体能力強化を使える為、同様の再現を行うことができる。
目でも追えないありえない速さで翻弄し、笠井修二は巨大生物に捕捉されないままに地面を駆け抜ける。
桐生大我の極限集中状態。必要な分の情報だけを脳内で整理しながら、必要最低限の動きに合わせて速度を調整する動き。
笠井修二は巨大生物の動きを見計らい、捕らえようとしてくる彼らの腕や触手を掻い潜りながら安全な地帯を常に走り続けていく。
アリスの柔軟性。元はカポエイラが起源ではあるが、真っ直ぐな動きだけでは無数の巨大生物達の攻撃を避けることは難しい。よって、笠井修二は体操選手さながらの動きで体を曲げながらこれを躱していく。
世良望の変速軌道の動き。避けるだけではなく、笠井修二は接近をしてくる巨大生物達の腕や触手を両の手で握る剣を使って斬りつけ、隙があれば切断をして攻撃の手数を減らしていく。
神田慶次の敏捷性。世良の動きとアリスの動き。これらを複合させる上でも重要なものだが、笠井修二はこの二つの動作を同時に行わせることによって隙のない動きで立ち回ることができている。
複合させるという点では、この敏捷性がなければ実現しえないということにも直結するのだ。
彼が経てきたこれまでの経験を糧に、笠井修二は全てを使って立ち向かっていく。
「あああああああああああああああっっっっ!!!!」
叫び、喉が枯れるほどの大声を上げながら笠井修二は頭を低くしていた巨大生物の頭部を胴体から切断した。
まずは一体――、力を無くした巨大生物は地面へと崩れ落ち、その命を失う。
だが、たかだか一体だ。今、笠井修二の周囲には三十体以上の巨大生物達が群れをなしてきている。
絶望的な状況に見えるが、今の笠井修二にとってはチャンスでもあった。
なぜなら――。
「そんなに近ければ……動きずらいだろっ!?」
すぐ近くにいた巨大生物達の体と体がぶつかり、動きが鈍った瞬間を彼は見逃さない。
ミラの超速スピード×桐生の極限集中状態×世良の変速軌道の動き。
ほぼ同時と言ってもいいタイミングで、笠井修二は二体の巨大生物達の首元を抉る。
切断にまでは至らないが、斬られてはいけない箇所を斬った確かな感触はあった。
その展開通り、巨大生物はいつもの動きが出来ずに地面へと倒れ、のたうち回っていた。
「次……」
判断の早さが彼の動きを最大限に引き出した。
迫り来る巨大生物達は周囲の建物や仲間である巨大生物達とぶつかりながら、いつもの動きができていない。
隙ができたタイミングで笠井修二は攻めに転じ、数十秒も掛からずに五体もの巨大生物をその剣で仕留める。
が――。
「っ、ちぃっ!」
五体目を討伐した瞬間、笠井修二の持つ左手の剣が折れる。
笠井修二が持つ剣は桐生大我の残した剣を含めて三本。二本はアメリカにきてモルフに襲われていた男を助けた際に貰ったものだ。
その内の一本が折れたことで、笠井修二はすかさず背中に残していた桐生大我の剣を引き抜き、再び二刀流へと転じる。
「銃は使えない……父さんの銃は……こいつらには通用しない」
笠井修二が隠し持つサブマシンガン。それは亡き父が残した銃だ。
しかし、巨大生物達相手には銃撃は無意味であることは撃つ前から悟っていた。なので、近接戦闘を可能とする剣でしか巨大生物達に対抗する術はない。
「リアムを殺す為にも……今ここで剣を失うわけにはいかない……っ!」
残り二本――、笠井修二がリアムと戦う為にも、最低でも一本は残しておかないといけない状況だった。
「上等だ……っ! やってやる!!」
恐らくはもう一本の剣も時期に折れてしまうことは違いなかった。
それほどに巨大生物達の体を纏う鱗が強靭であったが故のことだが、彼は迷わない。
必ずリアムに辿り着く為に、笠井修二はこの場にいる巨大生物達を殲滅することを心に誓う。
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
再び能力を全開させて、彼は巨大生物達の群れへと突っ込んでいく。
轟音を立てて崩壊する建物の瓦礫を足場にしながら、笠井修二は多方向から同時に進軍する巨大生物達へと剣の刃をぶつける。
「――っ!」
最初の剣閃をヒットさせてから次の動作が早い。早くしなければ、たちまちに呑み込まれてしまう。
目まぐるしく入れ替わる状況に、笠井修二は視界を広げながら最善の選択を選ばざるを得なくなる。
巨大生物の持つ六メートルはある六本の鎌が同時に襲いかかろうとし、笠井修二は避けるのではなくあえて真っ直ぐ突っ込んだ。
そうすることで巨大生物の懐に飛び込み、鎌による直撃を防いだのだ。
「らぁっっ!!」
八つ目を持つ巨大生物のその目を全て抉り斬り、視界を奪うことに成功。その瞬間、八つ目の巨大生物の上から潰すように別の巨大生物がのしかかった。
「っ!」
続いて現れるのは四本の腕を持つ巨大生物。胴体は人間に近く、しかしその胴体から下は無数の触手を携える見るに耐えない悍ましい姿をした巨大生物だ。
笠井修二が攻撃した巨大生物を足場にしてのしかかってきたことで、笠井修二は後ろへと飛んで間合いを測った。
その瞬間、狙ったかのようにして四方向から別の巨大生物達が襲い掛かろうとする。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
一瞬だけ全方向に視界を寄せた笠井修二は、その一瞬の情報だけを頼りに縦横無尽に地面を駆け抜けた。
足場は少ない。少ないのならば、巨大生物の体を使えばいい。そして、笠井修二は巨大生物の背に乗り、そこからまた飛んで別の巨大生物の背へと飛び移っていく。
たった一人の矮小な姿をした人間一人――これが普通の人間であれば巨大生物達にとっては何一つ厄介なことなどなかっただろう。
それだけに、笠井修二は最悪の未来を想像してしまう。
この州だけだとしても、これほどの量の巨大生物がアメリカ各地にいるのであれば、どれほどの犠牲者が生まれてしまうか。
そして、それを引き起こしたリアムという男の面を思い浮かべるだけでも――。
「かっ……あああああああっっっ!!!」
剣の柄を握る力が強まり、笠井修二はスピードを一切殺さずに巨大生物の背に乗りながら瞬時に巨大生物達の息の根を止める。
傍目には何をしているかは分からないだろう。笠井修二は走りながら全ての動きを完結させている。
巨大生物達一体一体の姿はそれぞれが全て違う。
しかし、八割方は頭部らしき部位を剥き出しの状態でいる為、比較的狙いやすくもなる。
これがモルフであるならば、弱点は同じ――。そう結論付けた笠井修二は巨大生物達の頭部だけを重点的に狙い続けた。
「残り……十四」
ノンストップで走り続け、スピードを殺さずに巨大生物達を次々に屠りながら、残る獲物の数を笠井修二は再把握する。
足場が無くなっていきながら――しかし、相まって巨大生物達の死骸が増えていくことで、その死骸を足場にすることで笠井修二は自身の動きを阻害されることなく動くことができていた。
そして、巨大生物の数が残り三体にまで減らすことができたその時だった。
「……一体だけ、厄介なのがいるな」
楽に殺しやすい巨大生物達から順々に殺し回っていた笠井修二だが、今残されたのは殺すのが容易ではないと判断した巨大生物達だ。
残り三体の内、二体は先ほど相対したミミズ型巨大生物とスライム型巨大生物。どちらも弱点が見当たらないことと殺傷能力の高さから鑑みて、後回しにした二体だ。
そして、最後の一体は先ほど笠井修二が剣で攻撃を仕掛けた際、剣を折られてしまった巨大生物だ。
元々はそれなりに傷んでいたこともあって折れてしまったという事実はある。だが、あの巨大生物だけは他と一線を画していると、笠井修二はそう感じていた。
飛びこそしないが、翼のような羽があり、頭部は骸骨の形をした異形の化け物。特に武器らしい武器を持つようには見えないが、あの巨大生物に近づいた際、何やら奇妙な感覚に陥る瞬間が確かにあった。
それが何かは分からない。だが、下手に突っ込んでは危ないという危険信号を感じ取られた。
「――――」
距離を測りながら、走る足を止めずに笠井修二は目標の観察をする。
体力は無限ではない。それでも彼が温存をしなかったのは、走る足を止めてしまえばあのスライム型巨大生物の餌食になることが分かっていたからだ。
あのスライム型巨大生物の厄介なところは弱点の部位が分からないという点だけではない。
超高密度に圧縮された液体――水のようなものを体内から一気に射出させて、それをぶつけようとしてくるところだ。
何度か見てきたが、あれに触れた物体は鉄であろうがなんであろうが貫く瞬間を笠井修二は見た。
つまり、当たってしまえばそれだけで致命傷になりうるということだった。
「……リアムとやり合う為にも、これは温存するか」
そう言いながら、笠井修二はアメリカで助けた男に譲ってもらった最後の一本の剣を背中の鞘に戻した。
そして、父の形見であるサブマシンガンを手に取る。
「父さん……俺に力を貸してくれ」
亡き父の形見であるサブマシンガンを手に取った笠井修二は、左手にサブマシンガン、右手に桐生大我の剣を握った状態となる。
これが笠井修二本来のスタイルでもあった。巨大生物の群れとやり合っていた時は、銃器の類は不必要だと考えてはいたのだが、この三体の巨大生物に対しては何が有効かが見定められていない。
満に一つも油断はしてはいけない。
たとえ、先のことを見越した上での戦いであろうと、戦場では一瞬の判断が命取りだ。
これまで何度も死戦を潜ってきた笠井修二は、そのことを深く痛感している。
「――いくぞ」
笠井修二にとって正念場となる戦い、それが始まろうとする。




