Phase6 第六十三話 『増え続けていく敵』
クライス→キースに名前を変えています。
どこぞのフォルスのメンバーの敵と名前が被っていたので。
午後九時四十二分――。ミスリル内部にモルフ侵入の報を受けてからもうすぐ一時間が経過しようとしている最中、出水達はB区画から侵入してくるモルフを食い止めようと今も尚、銃声音を鳴らしながらモルフを撃退していた。
「やっべぇ! 銃口から煙噴いてるんですけど!?」
「俺もや! ニックス頼む!」
「任せろぉぉぉいっっ!!」
緊張感があるのかないのか、本人達は真面目にやっているつもりなのだが、出水達の使用する銃が連射の影響で熱を保っていたことで堪らずニックスに迫り来るモルフの処理をお願いする形になる。
銃の欠点とも言うべき現象だった。休む間もなく撃ち続けていれば、当然ながら射出口の筒は熱を保つことになり、最悪は銃口部分が曲がって壊れてしまうことになるのだ。
場合によっては爆発の危険もある為、非常に危ないのだが、そのリスクはもう一人の男がカバーしていた。
ニックスは前に躍り出ると、持ち前の運動神経でモルフの襲撃を躱しながら手に持つナイフと拳銃で応戦した。
ニックスの体へと掴みに掛かろうとするモルフの手を跳ね除け、体術による動きでモルフを怯ませた隙に弱点である首か頭を狙い撃ちする。その方法を最短最速で行うことで、次々と襲い掛かってくるモルフを順番に殺すことに成功していた。
「どっこーいっ!!」
随分と気の抜けた叫びと共に、ニックスは噛まれるリスクすら無い様子でモルフを撃退し続けている。
その間は何も出来ない出水達だが、何の心配もない様子でニックスの戦いを見守っていた。
「あいつ凄えな。ここまでできる奴だとは思わなかったぜ」
「体術ができるってのはレイラからも聞いてたしなぁ。俺には無理やわあんなん」
ニックスの真似をしろと言われても、出水達には同じことは出来る自信はなかった。
モルフとの戦闘では、一番に気を使わなければならないのは自分の身の安全だ。一度でも噛まれてしまえばそこで終わり。それを防ぐために銃の使用がモルフに対する一番の対抗策なのだが、近接格闘術による迎撃は本当に最悪の手段でしかない。
それを真っ向から使用していくニックスの動きには一切の無駄な動きがなく、出水達から見ても素直にそれは尊敬していた。
「にしても……次々と現れやがるな、モルフ。これってかなりヤバいんじゃねえの?」
「外に集まってた奴らが全部入ってきとるんなら分からんでもないやろうしな。てか何でこんなことなってんねんや」
B区画に侵入したモルフの数はとどまることを知らない。侵入させた原因は分からないが、一つだけ分かることはある。
「外に繋がる門が開いてるとしか考えられないだろうな。一時的に開いたのなら閉めたらいい筈なのに、そうなっていないのは今の状況が証明してる。今も開き続けた状態だってことだろ」
「なんやそれ……。一体何があったんや」
外からミスリルの中へとモルフが侵入し続けている原因は、間違いなくB区画の出入り口が開いているということ。この量のモルフがまだいるとなると、それは現在進行形であるという出水の推測は当たりと見るに違いない。
しかし、その原因を出水達は知る由はなく、出来ることは侵入してくるモルフを撃退し続けるしかない。
このまま永遠にモルフとの戦闘を続けることになれば、圧倒的に不利なのは出水達の方だ。
銃弾の数にも限りがある以上、どこかで必ず弾が枯渇する瞬間はくる。
だから、今やるべきことを出水は冷静に考えを呟いた。
「俺達でB区画の出入り口に向かって、なんとか閉めるしかない」
「正気か? さすがにそれはキツいやろ」
「俺達以外にもアメリカ軍は集まって迎撃してるんだ。できないほどでもない。……けど、迎撃する軍人の数が妙に少ないことも気になる。何してやがるんだよ……」
このままジリ貧の状況が続くのならば、門を閉めることを最優先にするのが一番の解決策だ。
しかし、それをするためにはアメリカ軍の力は必要不可欠だ。そのアメリカ軍が何故か少ない今の状況に、出水は苛立ちを見せていた。
少しでも応援の数が増えれば、モルフの前線を押し返すことも出来るのに、それが叶わないのが今の状況なのだ。
何かあったことだけは分かるのだが、情報が錯綜している今は何一つ分かりようがない。
「とにかく、俺達は俺達でやるべきことをやるしかない。清水、いけるか?」
「……病み上がりやってのになぁ。しゃあないわ」
考えても仕方のないことは後回しにするしかない。そう結論付けた二人はそれぞれが持つ銃を見た。
熱を保っていた銃は冷めたのか、いつでも撃てる状態となっていた。
「よし、ニックス! 下がれ! あとは俺達がいく!!」
「了解だ! 清水の友よ!!」
「あいつ、何で俺の友達やって呼び方ばっかしとんやろなぁ」
ニックスは呼ばれたことで後ろへと後退し、出水達へと銃撃の妨げにならないようにした。
そのタイミングで出水達は銃を構え、まだ前から迫り来るモルフ達へとその銃口を向けた。
「応援が来るまで持ち堪えるぞ!」
とにかく今は撃ち続けるしかやることはない。やるべきことだけは明確な今の現状、出水達はモルフの撃退という現状維持の選択を選んでいた。
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同刻、D区画の四階に位置するそのフロアの一室、アーネスト達がいる作戦司令室での出来事だ。
そこではB区画のフロアの様子が監視カメラによって映し出されていた。B区画だけでなく、ほぼ全てのフロアの様子がそこには映し出されていたのだが、アーネストの目線は全てがB区画の様子だった。
「あの白装束の女はD区画を目指している節がある。奴をこっちに寄せつけないようにするぞ」
「しかし……あの女は傷一つつけられることなく仲間を殺し続けています。このままでは……」
「狼狽えるな。何の為の要塞だと思っている? ――隔壁を下ろすぞ」
神妙としたアーネストの指示に対して、顔を強張らせる部下達。
このミスリルには外側に対してだけではない、内側への侵入者に対する対策が事前に備え付けられていた。
その一つが隔壁――それは文字通りの意味を為すものだった。
「白装束の女をD区画に近づけるな」
「「了解!!」」
アーネストの指示に迷わず返事を返す部下達は、モニター画面の前に座り、キーボードを操作していく。
「風間司令、キミはどうする? ここは我々に任せても大丈夫なのだが」
「……そうですね。私にもやるべきことはある。ここは任せます、アーネスト大尉」
「ああ、キミの部下は私が守る」
「ん?」
「キミの部下、神田慶次君がD区画に侵入したモルフを撃退した。もうキミ達を疑うことは何一つないさ。そして、今もB区画で戦う日本人達がいることも知っている。彼らを守るのは私の責務の一つだ」
「……助かります」
「必ず勝つぞ」
「――――」
芯のこもった強い言葉を掛けられ、風間はこくりと頷いて作戦司令部を後にする。
もちろん、風間も監視カメラのモニターを見ていたのだから、出水達の動きに関しては知っていた。
彼らはもう、誰かに何を言われずとも自分達で行動できる強い意志がある。もう、風間という存在がいなくても彼らだけでも十分にやっていける。
教え子達が巣立つ瞬間を見た、そんな感じさえあった。
もう、何も指示を下す必要はないだろう。
――あとは、こちらでやるべきことを果たすだけだ。
「風間司令」
「多々良君、待っていてくれたのか?」
作戦司令室の外で待機していた多々良平蔵は、覚悟を決めた様子で通路の端に立ったままいた。
その顔を見た風間も、もう何も言わなかった。
多々良の後ろには、日本人である軍人達が数名いる。出水達のように武装した彼らも、これからやるべきことを理解している様子なのか、その表情には緊張が走っていた。
そして、風間は皆の顔を見て、こう伝える。
「さあ行こう。我々の決着をつけに」
彼らも同じくして動く。クリサリダという組織との戦い、その決着へと向けて――。
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午後十時二十一分――。出水達はニックスとの連携を頼りに、未だ迫り来るモルフの撃退を続けていた。
ほんの少しずつではあるが、モルフを撃退しながらB区画の入り口、外へと繋がる道へと少しずつ前線を押し上げつつあった彼らは、徐々に余裕がなくなってきていた。
「ちくしょう! とうとう『レベル3モルフ』まで現れやがった! ニックス、気をつけろ!!」
「おう! こいつは中々手強いな!!」
「気をつけろや! そいつは体の一部が武器化しとる! たまに頭部をガッチリ守ってるやつもおるから、簡単には倒せんぞ!!」
出水達の前に立ち塞がるモルフの群勢、その中には全身の皮膚がなく、右腕が刃物に変異した『レベル3モルフ』がいる。
動きが鈍いことから、『レベル2モルフ』から感染段階を上げた方の『レベル3モルフ』であることは確かなのだが、それ以下の感染段階と比較すればこちらの方が厄介なことは確かだ。
今まではニックスも体術で上手く捌けていたのだが、鋭い刃という武器を持ったモルフ相手に、即座に殺すことができていない。
その間に、後ろから攻めてくるモルフの対処も間に合わなくなってきてしまっていた。
「下がれ、ニックス!!」
「すまぬ! 任せる!」
さすがに数が増えてきたことによって、手数に押し負けかけていたニックスは後退した。シフトチェンジしたタイミングで、出水達も銃口で狙う先はある一つに既に狙いを定めている。
「仕留めるぞ!」
「分かっとるわ!!」
こちらへと接近する数多のモルフ。その中で狙うべきは『レベル3モルフ』だった。
速度で言えば他の『レベル2モルフ』の方がこちらへと接近してくるのは速いのだが、前線を押し上げている要因は『レベル3モルフ』だ。
二人の考えは互いに同じだった。モルフは再生能力があるが、知能に関してはそこまでのものではない。
銃弾を恐れない点は抜きにすれば、これはこちら側にとって優位になる。
だから、彼らが狙った箇所というのは――。
「足だ!!」
二人の銃口から放たれた銃弾は、『レベル3モルフ』の両足へと被弾し、『レベル3モルフ』は足から崩れていく。
地面に手をついた奴はすぐに立ち上がることができず、右手が刃物に武器化していたこともあって、上手く体勢を立て直すことができない。
足止めに近い行為だが、それで十分だ。何故なら――、
「ニックス!!」
「よしきたぁっ!!」
すぐそこまで迫ってきていた『レベル2モルフ』だが、出水達が銃撃したタイミングでニックスが飛び出し、いつもの形へと戻る。
近接格闘術を用いた戦闘法で、ニックスは前方にいるモルフ達を順番に殺して回っていく。
こうなれば、『レベル3モルフ』の脅威なくしていつも通りの連携を組むことができるのだ。
モルフとの戦闘に関して言えば、出水達は一日の長がある。日本での経験、そしてメキシコ国境戦線、彼らが得た経験は、モルフとの戦闘慣れをしているに十分な力を発揮することができる。
「まだまだ増えやがる……っ! どうするか……」
「もう、だいぶ弾を消費したで。このままやと先に進むとかキツいんとちゃうか……?」
どれだけ殺しても、どれだけモルフを撃退し続けても、奴らの数は減るどころか増え続けている。
それだけミスリルの周囲にモルフが集まってきていたのだろうが、それは必然すぎるものだった。
ただでさえ、生きた人間がこの要塞の中にいたのだ。
モルフ達は生きた人間を襲う為に、奴らは行動し続ける。その為に、モルフは入ることができなかったミスリルの周囲へと続々と集まる結果となってしまっていた。
だから、侵入を一度許してしまえば、堰き止めていた水が押し入るようにしてモルフが雪崩れ込んでしまうのだった。
そんな今の状況を、いつまでも維持できるとは到底思えない。
「アメリカ軍の応援が来ない以上、俺らも下がるしかない……けど、神田が避難に間に合わせているかどうか……」
ここで下がれば、それはD区画へのモルフの侵入を許すことと同義だ。
もしも神田が妹である静蘭の避難と共に民間人の避難誘導に間に合っていなかった場合、最悪は襲撃される恐れさえあるのだ。
「ダメだ……もしも民間人が襲われでもすれば……」
そう、その可能性があることが問題なのだ。例えゼロに近い可能性であろうと、数パーセントの可能性があるのならば、ここに残らない選択肢はない。
民間人を守ることが軍人としての務め。それは隠密機動特殊部隊にいた頃から口を酸っぱくして教えられたことだ。
その信念は今も確かにある。だから――。
「戦うしか――」
死を賭してでもモルフを撃退するしかない。その覚悟を決めようとしたタイミングで、後方から無数の足音が聞こえた。
「――っ!」
最初は反対方向からもモルフがやってきたのだと、そう考えていた。
しかし、それは違っていた。
全身がカーキ色に染まった軍服を纏い、全員が同じ銃を手に持つ者達――そう、アメリカ陸軍の軍人達であった。
その中には、先ほど顔合わせした者も混じっていた。
「バルダ!」
「待たせたな! 応援を呼んできたぞ!」
先に後退したであろうバルダが応援を引き連れてやってきてくれたという事実に、出水は喜びを隠せないでいた。
ただでさえギリギリであった今の状況に、この数の応援が来てくれたのはナイスタイミングと言わざるを得ない。
「ここは俺達に任せろ!! お前達は下がってるんだ!」
「いや、俺らもまだまだやれるで! 仲間外れにすなや!」
「違う! お前達には他でやってほしいことがあるんだ!」
「他にやってほしいこと?」
清水の問いかけに、頷いて見せるバルダ。彼は目線を横に向けると、その方向に流されて出水達も目線をそこへと向けると、そこにいたのは――。
「アリスさん!?」
アメリカ陸軍と共にいるのは珍しい、いつもの戦闘服に着替えていたアリスがそこにいた。
彼女は背中まで伸びた茶髪の毛を後ろで束ね、動きやすい格好で準備を完了させている様子だった。
「久しぶりね、出水君、清水君。元気……というか少し疲れてそうな顔ね」
「そんなことないっすよ。まだまだやれます」
「俺も俺も。こんなん準備運動みたいなもんやでな」
戦闘に集中しきっていた二人の隠しきれない疲労の様子を見抜かれたことで、出水達はから元気をアピールしていた。
特に体を動かしていないとはいえ、彼らも連日の疲労は完全に回復したわけではないのだ。
そこはアリスも承知の上で、話を進めようとする。
「じゃあ、ここは彼らに任せて私達もいくわよ」
「え、どこに?」
このまま一気にB区画の侵入経路を辿っていくものだとばかりに考えていた出水は、アリスの言葉に疑問を投げかける。
彼女は二人の顔を見ると、真剣な顔つきになり、
「決まってるでしょ。今、このミスリルに侵入しているとされる無法者を倒しに、ね」
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午後十時三十分。出水達はアリスと共にB区画の中を走っていた。
モルフの迎撃はアメリカ軍に任せて、出水達は別行動を取るという算段だった。
出水達だけでなく、バルダやキース、ニックスも一緒に後ろについてきている。
「それで……どういうことか説明してもらえますか?」
状況がいまいち理解しきれていなかった出水は、アリスへと説明を求めた。
このミスリルで起きていること、その原因についてだ。
「私も聞いている限りの情報でしかないから、全部を把握しているわけじゃないわ。ただ、モルフが侵入した原因はたった一人の侵入者によって行われたこと。そこまでよ」
「一人だけって……何なんだそいつは……」
「ヤバすぎやろ。とっくにアメリカ軍に射殺されてもおかしないやん」
「そんな簡単にいけば苦労はしなかったんだけど……残念ながらまだ生きているらしいわ。何でも、今もたった一人で数多くの陸軍を殺し回っているってね」
「――――」
信じられない話を聞かされて、二人は黙りこくってしまう。
それもそうだ。アメリカ軍は出水達よりも遥かに制圧力に長けた存在。それをいともたやすく殺し回っているなど、普通ではない。
しかし、その話を聞かされてある予測を立てることもできる。
「クリサリダの人間……もしかして、『レベル5モルフ』ですか?」
「分からない……。でも、あり得る可能性かもしれないわね。一人でそんなことができることをするとしたらね」
出水の質問に、アリスは同じ考えを持っている様子で意見を言う。
二人とも、『レベル5モルフ』の力を持つ者と出会っているからこそ、その可能性については否定がしきれなかったのだ。
「でも、そんな奴相手に俺達でどうこうできるんですか? 奴らの戦闘を見てきたことがあるっていっても、何か対策を打てるほどのものはないですよ」
「情報共有は貰ってる。今も足止めしてるらしいけど、その侵入者を罠に嵌める為に私達は動くのよ」
「罠?」
真っ向からでは戦っては勝てないとされる相手に、アリスは誰からか作戦を言伝に貰っているようだった。
罠に嵌める。それなら確かに、真っ向からやり合うよりも倒せる可能性の幅は広がるものだ。
その罠の内容に関して聞こうとした矢先、アリスは出水の隣で並走していた清水の顔を見る。
「な、なんやのん?」
「……清水君、悪いけど、囮になってくれる?」
そして、彼らは作戦の内容を聞かされる。
危険は承知の上での作戦、それを聞きながら、彼らはA区画へと向かっていく。




