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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase6 第六十二話 『お兄ちゃん』

「なんで……モルフがもうここまできてるのよっ!」


 琴音の疑問に、答えを与えてくれる者はこの場にはいない。

 なぜ、モルフがこのD区画にまで侵入してきているのか、それはリーフェンの存在とミスリルの内部構造に起因していた。

 今も尚、リーフェンはたった一人でアメリカ陸軍を殺し回っており、モルフを殺す者達の手が足りていないのだ。

 そうでなくても、モルフを一体も殺せていないわけではないのだが、このミスリルは内部が非常に複雑に作られている。

 迷路のように隔てられたミスリルは、どこからでも各区画へと繋がる道を辿れることから、対処する軍人がいない通路を辿ってモルフがここまできてしまっていたのだ。


 今、ここに戦える人間は一人もいない。

 後ろには大勢の一般市民が今も地下へと降りる為のエレベーターへと乗ろうとしている。

 モルフが来たという知らせを聞いて、余計にパニックを引き起こしている現状、エレベーターも重量オーバーの警報音が鳴るのみで一向に事態は良くはならない。


「私が……なんとかするしか……」


 後ろに静蘭が控えている以上、静蘭を守れるのは琴音だけだ。

 武器も何も持たないが、琴音には一つだけアドバンテージがある。それは、琴音自身が持つ特異体質であるモルフから襲われないという特性だ。

『M5.16薬』をクリサリダの一員に投与され、奇しくもその力を得た琴音はモルフの獲物の対象にはならない。

 つまり、モルフから襲われないままにしてモルフを止めることができるということなのだった。


「静蘭、下がってなさい。あなたは前に出たらダメよ!」


「ぁ……」


 何が何だか分かっていない様子で、静蘭は琴音の背中を見続けていた。

 モルフという存在に知識はなくても、ミスリルに辿り着くまでの過程で嫌というほどそれは見てきてはいた。

 だから、あれがどれほど恐ろしく、残忍な存在であるかについては理解しているつもりだった。


 恐怖で足が竦み、動けないでいる静蘭。その弱った獲物を狙いに定めたのはモルフの方だった。

 涎を垂らしながら、虚ろとした目を向けてモルフが静蘭へと迫ってくる。


「この……っ!」


 琴音に対しては眼中にすら入っていないのだろう。モルフが狙っているのはあくまで琴音の後ろに控えている静蘭だ。

 目の前にいるのは二体のモルフ。果たして、一人で食い止めることができるのかと不安に駆られる琴音であったが、無理でもやるしかない。

 両手を広げ、横綱相撲のようにモルフを止めようとする琴音であったが――。


「どけぇぇぇっっ!!」


「っ!? 高尾!?」


 琴音へとモルフがぶつかりそうになる直前、間に割り込む形でモルフの顔面を殴りにかかる高尾。彼は最初にこの場にいなかった男で、ギリギリの所で助けにきた形だった。


「静蘭は無事か!?」


「え、ええ!」


「よし! こんな所で死なせてたまるかよ!」


 静蘭に傷一つついていないことを琴音から確認した高尾は、一息吐く形で安心していた。

 武器も持たない高尾は、素手という無謀な戦法でモルフに対抗しようとしている。日本にいた頃から喧嘩慣れしていた部分もあり、危なっかしくはあるが、この場で唯一モルフと対抗ができる可能性のある人間だった。


「きやがれ!! このゾンビ共がよぉっ!!」


 ファイトスタイルを取り、高尾へと噛みつきに掛かろうとするモルフへと反撃をしようとする。

 ノロノロとした鈍い動きの前では、高尾にとっては苦戦を強いられることはまずなかったであろう。

 そう、相手が同じ感染段階を維持し続けていなければ――だ。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 なんで、そこまでして私を助けようとするのだろう。

 なんで、今目の前にいる二人は私を死なせないようにするのだろう。


 自分の身の危険の方が大きいのに、それでも戦えない私を守ろうとする。

 そんなに私は、死なせられないほどに重要な存在だとでも言うのだろうか?

 いや、違う。きっとこの人達が守りたいのは私じゃない。

 この人達が守りたいのは、きっと記憶を失う前の私なんだ。


「おらぁっ!」


 今も素手で殴りに掛かり、人を襲う人間? を地面に叩きつける高尾。私はただそれを見ているだけだった。

 八雲琴音は私の前に立ち、盾になる姿勢で庇っている。


 でも、高尾が殴っても殴っても、人を襲う二人の人間はすぐに立ちあがろうとする。

 まるで効いていないのか、何度も何度も何度も何度も立ちあがろうとしている。

 不死身と例えるのはあながち間違いではないのかもしれない。

 高尾は動きが軽やかだから、噛まれることはなかったのだが、いつかは体力が無くなってしまうのは明らかだった。


「クソッ! 応援はこないのかよ!? 何してやがるんだ!」


 高尾が愚痴を溢しながら、今の状況に助けがこないことに悪態をついていた。

 確かに、いつまで経っても助けがこないのは変な話だった。

 私もこのミスリルの中にいたのだから、この要塞の中にたくさんの強い人達がいることは知っている。

 でも、誰も助けにやってこないのは、それってもう既にやられてしまっているからではないのか?

 嫌な考えだけが頭の中を駆け巡り、私はずっと戦いの様子を見ているしかなかった。


 その時、場の状況に変化が起きた。


「――っ!?」


 予想外と言えばその通りの展開だった。

 高尾が殴り倒した二人の人を襲う人間の一人が、立ち上がったと同時に高尾目掛けて走り込んできたのだ。

 今まではノロノロとした動きだったそれが、まるで力を得たかのようにして動きが変わってしまった。

 予想外の動きをされたことで、高尾はその人間? と取っ組み合う形になる。


「この……っ、離しやがれ!!」


 抵抗する高尾だったが、時既に遅しだった。

 動きを止められたことで、もう一人の人を襲う人間? が高尾の腕へと勢いよく噛みついてきた。


「がっ!」


「高尾っ!!」


 腕を振り払おうとしても、その人間はまるで離れない。顎の力がとても強く、振り払おうにも振り払えないのだ。

 高尾の腕には噛まれたことで皮膚に歯が食い込み、血が出ている。

 ただ噛まれただけなのに、八雲琴音は絶望した表情で叫んでいた。

 その理由は私にも分かっていた。あの人を襲う人達に噛まれたら最後、まるで逆らうことも出来ずに、あの二人組と同じように人を襲う側になってしまうからだ。

 ミスリルに来る前から、そうなった人達を私はたくさん見てきた。

 だから、高尾はもうどうやっても助からない。


「はな……しやがれぇぇっ!!」


 高尾は腕へと噛みついていた人の腹部に足を入れ、そのまま蹴りを決めていた。

 その勢いで噛みついていた腕を引き離し、なんとか引き剥がすことに成功はしたのだが、高尾の様子が変だった。


 力の押し合いで取っ組み合いになっていたもう一人の人に抵抗していた筈の高尾が、力が無くなったかのようにして押し倒されたのだ。


「っ!」


「ちょっと……嘘でしょ!?」


 押し倒された高尾に、八雲琴音は助けに入ろうとした。

 しかし、高尾は顔だけはこちらへと向けると、凄まじい形相で、


「くるなっ!!」


「――っ!」


 助けるなと、彼は声だけで制止させようとした。

 その理由は突き詰めれば色んな思いがあったのかもしれない。

 私はずっと、その光景を眺めていただけだ。

 そうして、高尾は押し倒しに掛かった人間に首元を噛みつかれる。


「早く……逃げろ。静……蘭を連れて……」


「でも……っ!」


「俺は……ここまでだ……。頼む、俺の最後の……頼みだ。静蘭を……」


 抵抗する力ももうないのか、高尾はやられるがまま噛みつかれていた。地面には高尾の血が広がっており、彼の意識も衰弱してきている。

 こんな状況でも、彼は私をなんとか助けようとしている。

 どうしてそこまでして私を助けたいのか、私には分からない。

 分からない。だって私には記憶がないのだから、仕方ない。

 私だって、逃げられるなら早く逃げたい。でも、体は恐怖に駆られて震えも止まらず、動いてはくれない。

 怖いのだ。殺される二つの恐怖、それが私にどっしりと乗っかってくる。


 記憶が戻れば、今の私は死ぬ。

 そうでなくても、このまま噛み殺されて死ぬ。

 どっちにしても、私に居場所なんてない。どうしてこんな地獄を目の当たりにしなければならないのか。


 誰か……誰か一人でも、私を助けてくれる人はいないの?


「高尾……」


 いつの間にか、蹴り飛ばした人も高尾の脇腹へと噛みついており、その肉を抉っていた。

 血溜まりが広がり、高尾ももう動きを見せなくなってしまっていた。

 そうして、高尾へと噛みついていた二人の人間? は噛みつくのをやめると、その場から立ち上がろうとしていた。

 そして、次の獲物へと噛みつきに掛かろうと、虚ろな目を私へと向けてくる。


「ひっ……」


 思わず、声が漏れてしまった。

 次はお前だと言わんばかりの敵意の目。それが怖くて、私は声を上げてしまった。


「静蘭、私の手を握りなさい」


「え?」


「私があなたを守るわ。絶対に、動いてはダメよ」


 八雲琴音は、こんな状況でも私を守ろうとしている。

 一人でもいいからさっさと逃げればいいのに、そうしない。私だけじゃない。後ろでパニックになっている人達がいるから、私だけを連れて動くことができないのだ。


 そして、もう動かなくなっていた高尾にも変化は起きていた。

 あれだけの血を垂れ流しながら、高尾はその場から立ち上がろうとしていたのだ。

 生きていた、そう最初は考えていた。でもそれは違っていた。

 彼の目は虚ろとしており、目の前にいる二人と同じ目をしている。

 そうしてノロノロとした動きで、彼も私へと近づこうとしている。


 八雲琴音は私の手を握っていた。

 絶対に離さないと、私が抵抗しても絶対に離れない力強さを感じる。

 私は何も出来なかった。守られようとする自分に甘えていたのだ。


 死にたくない。死にたくない。どんなことが起きても、助かりたかった。


 声も出せず、こちらへと迫り来る三人の人達。


 そして――。


「静蘭!!」


 私の名を呼ぶ声が聞こえた。聞いたことのある声。でも、なぜか私にはそれが懐かしく聞こえてしまった。


 銃声が鳴り響き、私へと襲い掛かろうとしていた二人の人間を撃ち抜き、颯爽と前へと躍り出た一人の男。


 なぜ、その声を聞いて懐かしく感じたのか、それは分からない。

 彼は私に視線を向けると、すぐに前を向き、


「無事か?」


「ええ! 助かったわ、神田!」


 彼は私の兄と名乗っていた青年、神田慶次だった。

 一瞬にして二人の人間? を撃ち殺し、助けに入った彼は、目の前にいる高尾を見て、唇を噛み締めると、


「何をしている……っ、高尾!」


「もう彼は手遅れよ! 感染してる!」


 状況の説明をする八雲琴音だが、そんなことは分かっている様子の神田は銃の引き金を引けないでいた。

 彼が手をこまねいていると、後ろのパニックになっていた人達もこちらの状況に気づいたのか、声を上げている。


「お、おい、助けが来たぞ!」


「早く殺してくれ! 早くっ!!」


「何やってんだ!! 早く殺せよ!!」


 いつまでも銃の引き金を引かない神田に、罵声を上げ始める民衆。立場上の関係から見ても、その声は正当なものだ。

 しかし、神田は明らかに躊躇していた。

 目の前にいるのが彼の知人でもあったからなのか、発砲を仕掛ける様子がまるでないのだ。


「高尾……っ!」


 神田が手をこまねいていると、高尾が先に動き出した。

 神田目掛けて襲い掛かろうと腕を使って神田の体へと掴み掛かろうとする高尾。神田はその手と頭を掴み、取っ組み合う形になる。


「――――」


 私はその光景を眺め続けているだけだった。

 このままなら、きっとあの神田慶次も噛まれる。噛まれてしまえば、高尾のように人を襲う側になってしまう。

 そうすれば次は私だ。せっかく来た助けも、希望にはならずに絶望と化してしまう。


 死ぬ。死ぬ。死ぬ――。

 恐怖が身を包み、私は何も考えられなくなってしまった。

 そして、私はあの神田慶次の背中を見た。


 なんで彼の背中を見ると、懐かしく感じてしまうのだろう。

 あの人が私の兄だから? だとしたら、私は記憶が戻りかけてでもいるのか?

 そんなことになれば、記憶がない私は消えてしまう。


 嫌だ、消えたくない。私は私だ。

 でも、だからって彼らに死んで欲しいとも考えない。


 この気持ちは何なのだろうか? 記憶なんてない筈なのに、私の内側にある何かが顔を表そうとしているような気がする。


 その時、私の頭で何かがフラッシュバックした。

 記憶がない私にとって、それは存在しない筈の記憶。


 そこは、私も知らない場所。刺青が入った怖い人達に囲まれている私。そこで、ある青年が拳銃を持って暴れ回り、私を助けようとしていた。


 次に見たのは、また知らない場所だった。

 医務室のような場所で、さっきの青年とは別の青年と私は話をしていた。

 なんだか嬉しそうな、楽しそうに話をしている私。

 どういう心境なのか、その瞬間では分からなかった。


 次に見たのは、それも知らない場所。

 今のような地獄のような世界ではない。高尾も、神田慶次も、八雲琴音も、その他にも知らない人達と一緒に楽しくいた私。


 吸い込むようにして、私の中に知らない記憶が入ってくる。

 足りない部分を補うようにして、私の中へとあらゆる情報が流れ込んでくる。


 いつしか、フラッシュバックは止んでいた。

 私はその光景を眺めていた。神田慶次は、今も高尾と取っ組み合いになったままだ。

 しかし、次第に押し負けかけようとしており、このままでは押し倒されてしまう。


「――っ、クソッ!」


 動揺に駆られ、それでも負けじと抵抗を続ける神田慶次。


 私は、その光景を眺めているだけ――。でも、次第に私の中では抑えきれない、とても強い想いが湧き出ていた。


「――ちゃん」


 震える声をなんとか押し出そうとする。怖い、怖いけど、それでも言わなければいけない。

 私は――神田静蘭なのだから。


「お兄ちゃん!!」


△▼△▼△▼△▼△▼


「――っ! うおあぁぁぁぁっっ!!」


 お兄ちゃんと、自分のことを呼ぶ声が聞こえた。

 とても記憶を失くした今の静蘭とは違う、本心からのその声に、神田も呼応した。

 モルフとなり、自我も何もかもを失った高尾へと、神田は躊躇もなくしてその頭へと頭突きを食らわす。

 噛みつきに掛かろうとしていた高尾に対して、その行為はかなり危ない賭けだった。しかし、上手く当てたことで、取っ組み合いの姿勢から離すことができ、二人の間に距離が空く。


「神田!」「お兄ちゃん!!」


 琴音と静蘭が神田を呼ぶ。しかし、神田は背を向けたまま返事は返さなかった。

 目の前にいる高尾に対して、神田は手に持つ銃を持ち上げ、その銃口を向ける。


「すまない」


 一言そう告げて、神田は迷わず引き金を引いた。

 一度感染し、モルフとなった人間は既に死んでいる。今、体を動かしているのはあくまでウイルスが脳に作用して操っているからに過ぎない。

 だから、神田もいつまでも迷いはしなかった。


 銃声音が鳴り、神田はモルフと化した高尾の頭を吹っ飛ばした。


「――――」


 硝煙の匂いが漂い、モルフと化した高尾は背中から地面へと倒れる。

 片目を貫き、脳へと辿り着いた銃弾は確実にモルフの弱点を抉っており、完全に絶命していることは確かだった。


「……高尾」


 高尾とは今も仲良くなれたわけではなかった。

 かつては日本にいた時、まだ神田組があったあの頃は話をした記憶もある。

 しかし、静蘭の一件があって以降、神田は高尾とは付き合いを良くしていたわけではなかったのだ。


 彼に記憶を失くした静蘭を託してから、少しずつそれは変わっていったのだが、もう彼と話をすることはなくなってしまった。


 ――まだ、礼の一つも言えていないというのに。


「くそ……」


 神田らしくもない、悔しさを露わにした様子で彼は歯軋りする。

 仲間であることには違いない。だが、モルフと化した人間は誰であっても殺す以外に手段は残されていないのだ。

 手を下したのが自身になってしまったことを、今のこの状況を、神田は悔しくて仕方がなかった。


 でも、高尾に手を下すことができたのは背中を押す者がいたからだ。

 そう、それは――。


「静蘭」


「お兄ちゃん……」


「記憶が……戻ったのか?」


「うん……全部、思い出したよ」


 地面にへたり込んでいた静蘭を見て、神田はゆっくりと妹である静蘭の元へと駆け寄ろうとする。

 あの瞬間、確かに静蘭は神田のことを兄と認識して声を掛けてくれた。

 とてもじゃないが、嘘を吐いていたとは思えなかった。


「そうか……」


「私……高尾さんにずっと迷惑を掛けっぱなしだった。高尾さんがいたから……ここまで来ることができたの」


「そう……か」


「だから……私……ぅ」


 目の前で高尾が死に、その高尾がどういう存在だったのかを声を震わせながら伝えようとする静蘭。我慢が出来なくなったのか、静蘭はボロボロと涙を流しはじめていた。

 

 高尾と神田の仲が良くないことは静蘭も知っていた。

 記憶を失くしていた時、高尾は親身に神田との関係性を話してくれていたことも知っている。

 いつか、絶対に謝ると彼は熱心に話していたことも知っている。


 だから、高尾が死んでしまった今、彼の想いを無碍にするわけにはいかなかったのだ。


「大丈夫だ、静蘭」


「お兄……ちゃん」


「あいつは俺の仲間だ。それはずっと……変わらない」


「うん……うん……っ」


 たとえ死んだとしても、高尾の意思は確かに神田へと届いた。静蘭をここまで守り抜いたことを、神田も知っているからだ。


 だから、今やるべきことを神田は見据えた。


「静蘭、お前はこのまま八雲と一緒に地下へ避難するんだ。そこなら安全だからな」


「お兄ちゃんは……?」


「俺はまだやるべきことがある。そうじゃなくても、まだ仲間が戦ってるんだ。安心しろ、必ず帰ってくる」


「……うん、待ってる」


「八雲、頼めるか?」


「任せなさい。私が必ずこの子を守るわ」


「すまない」


 静蘭のことは琴音に託し、地下の安全な場所へと避難させることを促す。そうして、神田は今もパニックになった民衆達へと顔を向けると、


「ここはもう大丈夫だ! 俺がモルフを食い止める! 順番にゆっくり避難をしてほしい!!」


 声を張り上げ、安全であることを民衆へと伝えようとする神田。

 少しでも落ち着きを取り戻すことができれば、民衆も取り乱すことなく動いてくれる筈だ。

 すると、固まっていた民衆の後ろにいた男性が振り向くと、


「も、もう大丈夫なのか?」


「ああ、俺がいる。だから落ち着いて行動してくれ。急いで乗ろうとしてもそのエレベーターは動いてはくれない。ここにいる人間は誰も死なせはしない」


 軍人としてやるべきことを果たす為に、神田は避難誘導の先頭に立つと決めた。

 その様子を見た民衆は少し落ち着きを取り戻したのか、互いに顔を見合わせると、全員が神田の方へと振り向き、


「ありがとう! 日本の人!」

「本当に助かった! あんた達日本人達を見直したよ!」


 それぞれ、皆が神田に感謝の言葉を述べて言う通りに行動をしていく。

 これでひとまずは静蘭の安全も確保されることとなるのだが、神田の心も落ち着きを取り戻しつつあった。


「ふぅ……」


 一息吐き、モルフが来ないかどうかを警戒しながら見守る神田。

 そうしていると、前から何人かの見知った者達が走ってきていた。


「神田隊長! ここにいたんですか!」


「うええ……生きてて良かったですぅ……」


「雪丸……他も皆いるのか」


 前からやってきたのは、応援にきた神田の部隊員達、雪丸と不知火、ミナモだった。

 彼らも武装しており、この緊急事態に準備が整っている様子だった。


「全員、無事なんだな」


「当たり前ですよ。もうレオとかいう奴にやられた傷も治りましたし、俺らも戦わせて下さい!」


「わ、私も戦わないといけないんですかぁ……?」


「軍人なんだから当たり前でしょ、不知火。私達はチームなんだからいざという時は守るよ」


 いつもと変わらない部隊メンバー達の様子を見て、笑みを浮かべる神田。これなら、十分にモルフとも戦える強力なメンツだ。


「ここを守り切ったら俺達もB区画に向かう。装備は万全に固めておけ」


「俺達は問題ないですよ。それよりも神田隊長の方が隊服来てないんだからそっちから準備して下さい。俺、神田隊長の分も持って来ましたから。モルフが来たら俺達がなんとかしますよ」


「……助かる」


 雪丸に神田がいつも使用している隊服を渡され、それに着替える。

 今から雪丸達もいるので、特に問題なく準備も行えるだろう。


「避難民ももう大丈夫そうですね」


「ああ……静蘭。後はもう大丈夫か?」


「うん、お兄ちゃんも無理しないでね」


「ああ、全てを終わらしたら迎えにいくよ」


「うん」


 エレベーターにほとんどの民衆が乗り込み、残されたのは静蘭と琴音だけだった。

 必ず会いに行くという約束をして、静蘭と琴音の二人はエレベーターへと乗り込んだ。

 そして、琴音は神田の方を見ると、最後にこう告げた。


「出水のこと、よろしくね!」


「ああ、任せろ」


 その会話を最後に、下へと続くエレベーターの扉が閉まった。

 そして、ここには非戦闘員は誰もいなくなった。


「さて、そろそろ行くとしよう」


「少し待って下さい、神田隊長」


「どうした、ミナモ?」


 安全が確保された現状、この場に居る理由は特にない。

 ミナモが何かを話したがっていたので、神田は続きを促すと、彼女はこう尋ねてきた。


「今のこの状況について、隊長は何かご存知ですか?」


「いや……俺もまだ分かっていないが」


 ミナモのその聞き方は、何か慎重な雰囲気を漂わせていた。

 そう聞くということは、何か知っているということなのだろうが、その真意はまだ分からない。


「何があったんだ?」


 単刀直入に、神田は今の状況の説明をミナモへと促した。

 そして、彼女から語られるは、神田の感情を昂らせるには十分なものとなる。


「今、このミスリルに侵入しているモルフ、その原因は……あの白装束の女が仕掛けているとのことです」


 この言葉を皮切りに、本来の動きと違う行動を神田達は取ることになる。

 白装束の女、それが神田にとってどういう因縁があるのか、神田自身がよく知る上でだ。

まだもう少し先ですが、笠井修二サイドの話も入ってきます。

今はまだ混乱の最中ですが、人間側にとってどんどんややこしい展開になっていくので、投稿頻度を早めていきます。

ここから先は地獄絵図になっていきます。読む人を選ぶ話になるかもしれません。

しかし、絶対に書きたいつもりで第一章からこのプロットを考えてきたので、やりきります。

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