Phase5 第五十九話 『今だけは』
「うおおおおおおんっっ! うおおおおおんっっ!!」
「うるさいぞ、いつまで泣いている」
レイラの傍らでいまだに泣き続けている男、それがレイラの旦那であることを聞かされて、その大胆っぷりさに清水達は引き気味でいた。
というか、感動の再会とは思えない状況となっている。
「だっでぇっ! こんな状況だからもう……ダメかと思ったんだよぉ」
「私の仲間の前でいつまでも恥ずかしい姿を見せつけるな。生きていたんだからそれでいいだろう」
「随分と冷めた言い方してんな……」
あまりにも対照的な二人のやりとりを見て、なんとも言えない雰囲気になっていた清水は、水を差すような発言をした。
それもそうで、聞いていたよりも似ても似つかなさすぎる相性の二人にしか見えなかったからだ。
「うぐ、ぐす……本当に生きてて良かった。しかしどうやってここまできたんだ?」
「ああ、ここにいる日本人の友、清水勇気に助けられてここまで来られたんだよ」
「な、なにっ!? 日本人だと!?」
「あっ……えっと……」
レイラの旦那がそのことを聞いた瞬間、紹介に預かられた清水へと向けてぐいんと顔を向けてきた。
何か言われるのではとたじろぐ清水であったが、それは仕方のない話。日本人とアメリカ人との間では、今も尚ある壁のようなものがある。
日本が滅び、難民として押し寄せてきた彼らへと向いてくる目は心地よいものでは決してなかったのだ。
差別というほどでもないが、軋轢のようなものはあった。だから清水も、何か言われるのではと一歩後ろへと下がろうとしたが、レイラの旦那は清水の背中へと手を回し、勢いよく抱きつくと、
「ありがとう!! キミのおかげでレイラが生き残ることができたんだな!! ありがとう!!」
「うぐっ! いや、そんなたいそうなことは「キミのおかげだ! 是非とも礼をさせてくれ!!」」
「……全然話させてくれへんやん」
ノリと勢いの癖が強すぎるこの男に、清水はレイラと同じ感情になる。
「よかったな清水、お前が感謝されるとこ見たの初めてだぞ」
「お前にそれ言われたらほんま今までの俺の行いを恥じてまうで」
これまでの清水勇気という男がどういう人間だったのかを、出水の発言で思い直しそうになる。
そして、いつまでこの男は抱きついているのだろうか。イライザとの戦闘以来、背中も痛めていたので離れたいのだが力が強すぎて一向に離すことができない。
「おい、清水が痛がっているだろう。離れろ俗物」
「ひどいっっ!! 仮にも旦那なのに!?」
「何を言われても良いとお前はプロポーズした時に言ってただろう。意趣返しするな」
「うぅ……」
扱いが酷すぎる様を見せつけられ、色んな形の夫婦仲があるんやなぁと全身ホールドされながら頭の中で考えていた清水。
出水は楽しそうに見ていて、オーロラは清水の怪我の心配をしていたのか、オロオロとしながら助けに入ろうか迷っている様子だ。琴音に関しては関わりたくないのか、離れた位置でため息を吐いていた。
「改めて紹介する。私の夫であり、同じ陸軍所属のニックスだ」
「そう、俺はニックス! 運動量と銃火器の扱いなら他の隊員にも負けない男だ! よろしく!!」
「まあこんな感じの奴だから仲良くしてやってくれ」
「はぁ……」
ニックスの余りある元気の良い自己紹介に、一同は吐息して返す。
「なぁ……俺いつまでホールドされたままなん?」
いまだに清水へと抱きついた姿勢から離そうとしないニックスに、清水はされるがままに言葉のみで抵抗をする。
ひとまず、良かったと考えるのが正しいだろう。レイラが無事に安全な場所へ来られたこと。旦那であるニックスと再会できたこと。この二つはレイラにとっても嬉しい事実の筈だ。
清水の行いの果てがこの結果であるのならば、少しでも晴れやかになるものだ。
「ここらで私はニックスと離れることにするよ。お前達も会いたい者達に会いに行くのだろう?」
「お、そうだな。俺らはそのつもりだし、レイラさんも陸軍の人達と話すことあるんだよな」
「ああ、帰ってきても忙しないだろうが、お前達の感動の再会に茶々を入れるわけにもいかないからな。私のことは気にするな」
「わかった。また何かあったら連絡してくれ」
ここからは別行動だとそう言ったレイラに、出水も互いのすべきことを優先しようと、特に異論は挟まなかった。
まあこの人数で神田に会いに行くにしても、説明しきるのに何時間かかるやら分からない部分もあったのもある。その原因の八割型はニックスになるのだが。
「オーロラはどうする? お前はアメリカ人だろう? 居心地を気にするならば一緒に来ても良いと思うが」
「あ……私は……」
このメンバーの中で特に関わりの強かった清水とレイラが離れることを聞いて、どちらについていくべきかオーロラは迷っていた。
オーロラのちらりとした目線に気づいた清水は、レイラの前へと歩き寄ると、
「オーロラも会いたい人おらんのやったらこっちでええやろ。な?」
「そ、そうね。清水の友達も気になるところだし、そうするわ!」
清水のその言葉に、オーロラは生気を取り戻したような様子でハキハキと肯定した。
行く宛もないのならばこっちにいた方が楽しい。そう判断しての発言だったのだが、なにやら後ろが気になる。
「おい……あいつ気遣い見せたぞ」
「あれは……脈ありね」
「喧嘩売っとんのかお前ら?」
清水とオーロラのやり取りに後ろでヒソヒソと話す出水と琴音に、清水は拳を見せつけていた。
なんやかんやありつつ、この場でレイラとは別れることになり、再び神田の元へと向かおうとする一同。
まだゆっくり体を休めてはいないのだが、久しぶりに顔を見たい仲間もいる。休むのはそれからにしようと、出水達はミスリル内部の通路を歩いていく。
「……で、これどこに向かってるん?」
「そういえば神田ってどこにいるんだっけか……」
「どこにおるんか分からんのかい!?」
すっとぼけた出水の発言に、ただただ散歩をしていただけだと考えていた清水は驚愕の声を上げる。
これほど広いミスリルだ。そもそも入り組んだ迷路のようなこのミスリル内部を知らない人間が歩けば、簡単に迷子にもなってしまう。
「多分、医務室にいるんじゃない? 静蘭のところよ、きっと」
「おっ、静蘭か。妹思いだなぁ神田の奴。でもなんで医務室?」
神田の居場所に目星がついていた琴音だが、医務室にいる理由が分からずに首を傾げる出水。神田とは清水の救出作戦前に一度再開していた出水であったが、特段傷を負っているような感じはしていなかった。
その出水の発言に、琴音は「あー……」と何か言いづらそうな相槌を打ちながらこう答えた。
「そういえばあんたは知らなかったんだっけか。……まあいけば分かるよ」
「ん? ああ」
「なんかあったんかいな」
事の詳細を知らない出水と清水は、琴音からそれが聞き出せずに違和感を持つ。
よほど話しにくい内容でもあったのだろうが、今は仲間との再開をすることが望ましい。一同は目的地を医務室に定めて歩き出した。
「着いたわ、ここよ」
琴音が指差した先には医務室があり、目的地についたことを告げる。
その扉を開け、中へと入る一同。中は避難してきた民間人達の治療に当たるものとなっており、本来は地下にいる避難民達の一部もこの医務室の中にいた。
その医務室の一番奥の位置にあるベッドに、出水達が探していた者が確かにいた。
「神田!!」
「――出水。それに……清水か。無事に連れ帰ってこられたんだな」
「よう、久しぶりやんけ」
まるで一年振りに再開したかのような、かつては隠密機動特殊部隊として共に戦った戦友同士の再開をした両者は、そうして普段通りの会話をしていく。
「その傷は……大丈夫なのか?」
「ああ、まあ色々あった名誉の負傷や。俺のことは気にすんなや」
「そうか。無事で何よりだ」
「相変わらず仏頂面やなぁ。そんでなんでこんなところにおんねん? 高尾もおるんか」
ベッドを囲むようにして、神田と高尾は椅子に腰掛けていた。
こちらに気づいた高尾は吸っていたタバコを灰皿に押し付けると、
「なんだよ、いちゃ悪かったか?」
「別にそんなんちゃうわ。ヤクザみたいに強面な顔で睨みつけんでくれや」
元はヤクザではあったが、その名残りが残っていたこともあって、高尾は清水へと睨みつけていた。
別に誰がいても清水にとっては構いはしない。仲間外れな意味合いで見られたことに対して、高尾は清水へと突っかかっていただけだ。
噛み合わない二人に、神田は先ほどの清水の問いかけにベッドの方を見ると、
「こっちも色々あったんだ」
「ん? そこにいるのは……静蘭か?」
カーテンが邪魔で見えてなかったが、出水がベッドに寝る一人の女性に気がつき、前へと出た。
そこにいたのは、出水達もよく知る神田の妹、静蘭がいた。
彼女は寝巻き姿でいて、目を覚ました状態で出水達に気がつき、きょとんとした表情で見つめ返していた。
「よう、静蘭。久しぶりだな! 俺と清水に会うの久しぶりだろ?」
「あ……えと……」
「ん?」
「出水、清水、少し待ってくれ」
出水の呼びかけに対して、困惑した表情で見つめ返す静蘭。何を返せばいいのかわからないような、その困惑した表情を見て、出水も清水も違和感を持つ。
何だろうか? 何かがおかしい。そう気づいたのは、ベッドの周囲にいる者達の表情の変化だ。
高尾も琴音も、その原因が分かっているような雰囲気でその場で俯いている。
そして、神田がすかさず止めようとしたが、それは間に合わなかった。
「あの……どちら様でしょうか?」
「…………は?」
「出水、清水、ちょっとこっちにきてくれ」
静蘭からのありえない回答に、頭が真っ白になる二人。その二人の手を掴み、神田は医務室の外へと連れて行こうとした。
そして、静蘭と高尾を残して医務室の外へと出た一同、そこで出水は真っ先に神田へと詰め寄ると、
「……何があった?」
「静蘭は……記憶喪失になっている。誰のことも今は分かっていないんだ」
「だから! 何でそんなことになってんだって聞いてるんだよ!?」
記憶喪失になっていることなど、先ほどの静蘭の発言を聞いて出水は気づいていた。
問題は何があってそんなことになっていたのか、重要なのはそこだ。
「お前達は知らないだろうが、メキシコ国境戦線で静蘭が補給地点にいた時、その補給地点を襲った者がいたんだ。静蘭以外は全員死んで、静蘭だけはその血の海の中でショックで意識を失っていた。それから中々目を覚ますことはなかったんだが……つい先日目を覚ましたんだ。誰のことも覚えていない状態でな」
「なんだよ……それ……っ!」
メキシコ国境戦線には出水も参戦していたが、彼は碓氷氷華との戦闘で同じくして意識を閉ざしてしまっていた。
だから静蘭の事情も知らなかったのだが、裏でそんなことがあったことを聞かされて、怒りで手が震える。
前線を押し上げることが目的だった出水達の任務が、まさか補給地点を狙われて静蘭を危険な目に合わしてしまった自身への怒りだった。
「私のせいよ……」
「琴音?」
「私が無理矢理にでも連れていったら……静蘭はあんなことにはならなかった。でも……私が他の人の助けを呼びに行った矢先に、あんなことになってしまったの」
自身の行いを悔いながら、静蘭の記憶喪失になった原因が自分にあると琴音はそう言った。
あの時、何があったのかを他の者達は詳細を知らない。琴音は補給地点への襲撃者の知らせを聞いた時、怪我人を置いて逃げろと静蘭へと消しかけた。
しかし、静蘭は逃げなかった。ここで逃げようものなら、動けない怪我人は殺されてしまうことを分かっていたからだ。
だから琴音は説得を諦め、マンパワーが必要だと判断して助けを呼びに向かったのだ。
結果的に、襲撃者と入れ違いになってしまったことで静蘭がこのような目にあってしまった。
「……違う」
「神田?」
「悪いのはお前達じゃない。静蘭を……妹を記憶喪失にしたのは、その襲撃者だ」
いつもの仏頂面な表情は変わらない。しかし、そうであっても誰の目から見ても明らかな怒気を神田はその身から滲み出していた。
唯一の血のつながった妹をこんな目に合わせた人物への憎しみ、それが神田の怒りの正体だった。
「……とにかく、間が悪いことはわかった。静蘭のことは今はそっとしておくべきだな。せっかく会えたところだけど、どうすっか……」
本来なら再開の喜びを分かち合いたいところだったが、そんな気分ではもう無くなってしまった。
特に何かをする目的もない一同に残されたことといえば、休むことぐらいだろう。
「オーロラさん、よかったら私と一緒にランチでも食べに行く?」
「え……いいのですか?」
「いいに決まってるじゃない。外に居たんだからろくに美味しいものも食べてないんでしょ? ミスリルの食堂に行ったらまともな飯にありつけるわよ」
「行きたいです!」
「俺はどうしよっかなぁ」
「何言ってんのよ、女同士の話し合いしたいんだから男はいらないわ。しっしっ」
「え、なんで急に!?」
琴音が突然、オーロラへと女同士でご飯を食べに行こうというものだから、清水もそれに乗っかろうとしたが謎に拒否られてしまう。
そして、清水の横にいた出水は無表情で琴音へと目線を合わせていると、
オーロラに清水のことどう思ってるのかこっそり聞いてやるわ。
任せた!!
「なぁ、お前らなんでアイコンタクトしてるんや? 絶対くだらんこと考えとるやろ? なぁ!?」
心の中で通じ合った彼らの声は清水には届かない。肩を揺さぶられる出水だが、彼は狙いを悟られないよう耐えていた。
そんなこんなしている間に、琴音とオーロラは食堂へと向かって走っていった。
残された三人の男子達は互いに顔を見合わせると、
「まっ、とりあえずせっかくだし、どっかでゆったり話でもすっか」
「せやな」「ああ」
やることも特にないと感じた一同はどこかで休憩でもしながら話をすることに決めた。
そして、彼らは体を休める先を探して再びミスリルの広い内部を歩いていく。
ここはあくまでアメリカ陸軍が補給地点として扱っている場所。そのこともあってか、軍人達の人通りも多くなってきている。
ニックスとは違って、他のアメリカ人からの目線は冷たいものだが、そんなことにいちいち気になどしていられない。
役に立つかどうかは自分達の行動で示す他にないのだ。
と、歩きながらいると前から一人の軍人が出水達の方へと向けて近づいてきていた。
「あんたは……」
「誰かと思えば……日本人か。ここは誰彼構わず歩いていい場所ではないのだがな」
そう冷たい態度で接してきたのは、アーネストの部下であるアメリカ陸軍の男、ロイ・バーンズ少佐だった。
それなりの勲位を持つ彼は、態度でかしの雰囲気を醸し出しながら出水達へと軽蔑の言葉を向けてくる。
すると、神田が前に出て、
「一応、許可は得てのものです。何か問題でも?」
「別にないさ。キミも大変だな。任務に駆り出されたと思えば何も果たせずのうのうと帰ってきたわけだ。それで日本の隊長だと言うのだから笑わせる」
「なんやこいつ……」
いきなり喧嘩腰で話しかけてくるロイに、清水はイラつきを見せた。
しかし、神田は物怖じとせず、真正面からロイの前に立つと、
「不徳の致すところはあります。しかし、何も得られない任務ではありませんでした」
「たった一人の敵勢力の男を殺したことがか? はっ、だとしたら簡単な任務だな」
どれだけ熾烈な戦闘があったかも知らないで、ロイは任務失敗の責をネチネチと問い詰めてくる。
さすがに我慢の限界がきていた清水は神田の前に踊り出ようとするが、神田が手で制する。
「返す言葉はありません。俺達にできることは……二度と失敗しないという意思のみです」
強く、怒りの言葉一つ返さずに神田はそう言い切った。
なぜキレ返さないのか、清水も出水も、神田の発言の意味が分からずに拳を強く握り締めていた。
いつでもこのムカつく野郎をぶん殴れるよう、それでもそうしないのは神田が制していたからだった。
「ふん……ここで暴れでもしてくれれば、モルフ巣食う外につまみ出せたものを。余計な邪魔だけはしてくれるなよ」
「――――」
ロイは後ろにいた清水達をけしかけていただけだった。
あそこでロイに暴力でも仕掛けようものならその場で神田達への立ち位置の見直しにも大義名分が立つ。
相手は仮にも少佐の勲位に立つ者だ。神田がそれをさせないようにしていたのは、まさにそれが理由だった。
捨て台詞を吐き捨て、そのまま歩き去っていくロイ。その背中に向けて中指を立てていた清水ははらわたが煮えくりかえる勢いで、
「あんのクソ野郎……っ! 言わせておけばっ!」
「やめろ清水。出水も落ち着け」
「いや……あれはブチ切れるだろうよ……。神田の意図が分かったから俺も我慢したけどよ」
「……皆が皆、日本人に対して何も感じないわけじゃない。ここで暴れたところで奴の思う壺だ」
「ちっくしょうがっ!!」
とはいえ、さすがに言いたい放題に言われすぎだった。
怒りのぶつける先がなかった清水は、その場で壁を思い切り殴りつけるが、結局はそこまでだ。
アメリカ人が日本人を善意で匿っているという現状は正しい。だから何を言われようとも言い返せなどしないのだ。
「悔しい思いはこれからの任務で挽回するしかない。俺達は三人とも、上手くいかなかった同士だからな」
「そう言われると言葉もでねえや」
「うぐ……」
神田の言い分に納得せざるを得なかった二人は、怒りの矛を収めるように落ち着いた。
とんだ嵐に見舞われたようなものだが、文句を言っても仕方ない。
彼らは再び歩き出し、神田が使用する個室へと向かうことにした。
日本の軍人としている神田には、雪丸達も同様にしてそれぞれの個室が割り当てられていた。待遇としては良いものである為、話す場としてもうってつけだ。
彼らは神田の個室へと入ると、特に何もない、ベッドと椅子だけがあるワンルームのその部屋で腰掛けた。
「ふぅー……なんか疲れがドッと押し寄せてくるなぁ」
「せやなぁ。なんか眠たくなってきたで」
「ゆっくりしておけ。俺はまだしも、お前達は外に居たんだから休むべきだ」
柔らかい座り心地の椅子に座るだけで、今までの疲労がまるで眠気から解放されるようにして押し寄せてきた出水と清水の二人は力が抜けてきていた。
しかし、そうはいかないと言わんばかりに出水は自分の頬を両手で叩くと、
「せっかく三人揃ったんだし、何か話そうぜ。思えばこんな機会今までほとんどなかったんだしさ」
「うーん、俺も同感やな。このメンツで話すの割とマジで何ヶ月ぶりや言うレベルちゃん?」
「そうだな。とはいえ、何を話す?」
「決まってんだろ、修二についてだよ」
「「――――」」
急に真剣な顔つきで修二の名を口に出した出水に、二人も同様にして真剣な顔つきになった。
この場にいる三人、同じくしてここにはいないもう一人の仲間、笠井修二のことを話そうと出水は話を持ちかける。
「あいつ……何で俺らに黙って単独行動なんてしてやがんだ?」
「俺は知らんで。そもそも椎名ちゃんの護衛についてからのことは知らんからな」
「……メキシコ国境戦線の後から、あいつは姿をくらましていた」
神田が修二の動向を知る素振りを見せて、ベッドに座ったまま両手を組んで説明を始めた。
「出水、お前が意識不明になり、あいつの部隊のメンバーもお前を除いて全員が死んだんだ。お前を重傷にさせた碓氷氷華という女にな」
「――そう、か。それは……知らなかったな」
出水は知らない。笠井修二と共にタケミカヅチ第一部隊に所属し、共に戦った部隊の一員達のその後についてを。
犬飼、樹、佐伯、司馬。彼らは碓氷氷華によってそれぞれが分断された後、出水も同じくして修二と分断される形となってしまった。
その結果の果てが、部隊の全滅。修二だけが生き残り、そして消えてしまった。
なぜ消えたのか、神田からそのことを聞いて、出水はようやく分かった。
「復讐……か」
「そうだ。あの後……俺は修二と一度だけ顔を合わせている。その時のあいつは隠そうとはしていたが……隠しきれていなかった。抑えきれない衝動をな」
「でもなんで一人やねん。風間さんや桐生さんもおったってのに……」
湧き出てくる疑問を口にする清水だったが、出水はその理由が分かっている様子だった。当然、それは神田自身もだ。
「あいつ、自分を許せなかったんだろうな。隊長なんて重い役割やってたんだ。それが自分を除いて殺されるだなんて……許せるわけがねえよ」
「……それはそうやな」
「だが、その行動の結果、失った仲間もいる」
修二の心境に今になって気づいた出水は、仲間の死を聞いてから複雑な思いを感じている様子だった。
笠井修二のせいではない。そう言おうとしたつもりだったが、神田のその発言で流れは変わる。
「失った仲間?」
「あぁ……実は桐生さんも行方不明になっているんだ」
「は? マジで? どこいったんや?」
「風間さんが言うには……詳細こそ教えてはくれなかったが死んでいる可能性が濃厚とのことらしい。俺は推測こそしてみたのだが、桐生さんがいなくなったタイミングと修二がいなくなったタイミング、これは実はほとんど同じなんだ」
「……修二を追いかけて、その道中で何者かに殺されたってことか? あの人を殺せる人なんているのかよ……」
日本側にとって最大の武力、桐生大我が行方不明になっていたこと、そして死んでいることがほぼ間違いないと断定している風間達の判断に、出水と清水は信じられない様子だった。
ただでさえ、白兵戦においては無敵とも言える強さを誇る男だ。あの男よりも強い人間を、出水達は知らないほどにだ。
「それが……修二が関わってるって?」
「正確には、あいつがクリサリダを追う過程で、桐生さんもクリサリダの奴らに遭遇したという可能性だ」
「……まあ、俺が言うのもなんやけど、クリサリダの連中にヤバい奴らがおるのは事実やでな。俺が会ったイライザって奴も、桐生さんとやってどうなるかやし……」
桐生の強さを知っていても、実際に戦闘を交えて戦ったイライザの強さを知っていた清水は、あのレベルの化け物同士が戦えば結果がどう転ぶかは分からないと考えていた。
清水の考えていたこと、それについては出水も神田も同じ考えのように、思い込む姿勢だった。
この場にいる三人とも、相手は違えど『レベル5モルフ』を見てきている。その強さを知っているからこそ、クリサリダの脅威は生半可なものではないことは明らかだったからだ。
「とはいえ、まさかあいつが『レベル5モルフ』だったなんてなぁ。……まあ、違和感はあったんだけどよ」
「なんや出水? 知ってたんか?」
「知らなかったよ。ただ、メキシコ国境戦線の作戦中、あいつの言動や態度に違和感を感じる場面も多くてな。真実を聞いてしまえば……まあ納得したかな」
この中で、修二が『レベル5モルフ』だと知る人物はアメリカでのモルフテロが始まる前は誰一人としていなかった。
しかし、出水はメキシコ国境戦線の作戦中、何かと不思議に思う場面はいくつかあったのだ。
メキシコ国境戦線で出水はクリサリダの組織の一人だとされる人物、白装束を纏った女と遭遇している。
その時に白装束の女は修二を同類と呼んでいた。それはつまり、修二が『レベル5モルフ』であるという意味に繋がるのならば合点がいくのだ。
このことの詳細は二人にはまだ伝えてはいないが、そもそも修二が『レベル5モルフ』であることは二人も知っている。あえて言う必要もないだろうということて、出水はそこまでは語らなかった。
「あいつが戻ってきたら、皆で一発ずつぶん殴る。これしかないだろな」
「やな」
「――――」
なんであれ、修二が勝手に一人独断で動いていることは間違いない。
それが仲間を差し置いて勝手にやっていることならば、出水達は仲間としてケジメをつけさせなければならない。
友達として、仲間として、あるべき姿に戻してやる。その責任が彼らにあるのだから――。
「っと、重い話ばっかしてたから疲れたわ。ベッドは俺が貰いー」
「あっ、おい俺の方が重傷やねんぞ! ずるいで!」
「取ったもん勝ちだよーん。……あ、おいっ、清水! 俺の毛布奪ってんじゃねえ! 神田ー!!」
「ここは俺の個室なんだが……」
普段通りの振る舞いに戻った一同は、疲れを癒すために休むことにする。
今だけはと、モルフテロによる重圧から解放された彼らは次なる戦いへと備えて体を休めていく。
そして、次の日――。
△▼△▼△▼△ ▼△▼△▼△
モルフテロ発生から六日目の夜、午後八時半現在。
未だ外はモルフが闊歩するその状況下で、ミスリル内部ではその侵入を防ぐ為に出口付近には警備体勢が敷かれていた。
そこは神田慶次が三日目の時に任務で出入りをした区画だ。出入りを可能とする区画は他にもあるが、基本的には外からミスリルへと入る手段は存在しない。
内側にいる警備兵が指紋認証による解除をしない限りは、絶対に中への侵入は不可能だったからだ。
「退屈だなぁ、おいベリック、何か楽しいことない?」
「何もねえよ、ネロ。スマホも圏外だし、全く世も末だ」
「俺の唯一の楽しみな課金ができねえのは本当に辛えぜ」
ミスリルの出入りの管理をしていたベリックとネロは、あまりにも退屈な今の時間に辟易していた。
今のご時世、スマホすら触れないのはもはや拷問のようなものに近い。
日本人はスマホ中毒ともよく言われはするものだが、ネロもそれに負けないぐらいにはスマホ中毒者ではあった為、使い道のないスマホがあっても何も出来はしない。
「いつになったら終息するのかねぇ、外の状況は」
「もう六日目だからな。モルフの駆除に相当参ってると見える」
「たくっ……、今の間に他国から領土奪われたりしたらどうすんだってなぁ」
「知らん。それよりも良かったな。どうやら交代の時間のようだ」
ネロの愚痴を軽くいなしたベリックは、通路奥から歩いてくる足音に気がつき、それが交代の合図だということを悟る。
このミスリルの体制は全員が全員、休み無しで働き続けているわけではない。
十分な休息は必ずあり、それがなければ士気が下がることを上はよく分かっていたからだ。
交代の時間も近いと分かっていた二人は、腰掛けていた椅子から立ち上がり、
「やっと交代かよ。腹減ったからマジで助かるぜ」
「ああ、……ん?」
ネロが何かに気づき、目を細める。
暗闇からこちらへと近づく足音。その姿が鮮明になってきたその時、妙な雰囲気を感じた。
「……誰だお前?」
交代メンバーではない。およそこのミスリルにはいないであろう身なりをした女がそこにいた。
そして、そして――。
「父さん、始めるよ」
そして、開戦の火蓋は切られようとする。
白装束を身に纏いし死神、両手にレイピアと両刃刀を持つリーフェンの手によって――。
次話からPhase6となります。最終章としては全体の四分の三が終了した辺りでもあり、ここからクライマックスに入っていきます。




