Phase5 第五十八話 『報告』
デインと椎名真希がミスリルを目指す同刻、ミスリルでは日本のメンバーが合流しようとしていた。
アーネスト大尉率いる陸軍達がミスリルへと帰還し、生存者三名を連れての凱旋だった。
「ここに皆がおるんか」
「会えるの楽しみにしてたよね。清水は」
「せやなぁ、出水とも会えたし、神田や琴音ちゃん、みんな元気にしとるやろか」
ヘリの中で、オーロラから仲間のことを聞かれた清水は久しぶりに会える仲間のことを楽しみにしていた。
なにせ、椎名真希の護衛任務についてからというもの、仲間達と会うことはなかったのだ。
アメリカがこんな状況の中、生き延びているのは本当に嬉しい事実なのだ。
「レイラの旦那さんもミスリルにおるんやろ?」
「ああ……こんな姿を見られたら多分、泣いてしまうだろうがな」
「……ちなみにレイラの旦那さんってどんな人なん?」
後ろの座席で寝込む体勢でいたレイラへとそう尋ねた清水。彼の表情はどこか落ち着きのない様子だった。
そして、旦那のことを聞かれたレイラは旦那の特徴を語る。
「マッチョな人間とだけ言っておこう」
「いや待ってくれ! 絶対俺ぶっ飛ばされるやん! なんで守らんかったんやって!!」
身体的特徴だけを聞いて、レイラの重傷具合を見たレイラの旦那が清水へと突っかかってくる可能性を考慮した清水は、泣きそうになりながら悶絶する。
「安心しろ、あいつはそんな太々しい男でもない。どちらかというとナヨナヨした奴だ」
「……どうしよ、ヘッドロックとかされへんかな?」
「お前は私の夫を何て目で見ているんだ」
およそ失礼な発言が止まらない清水に、レイラは清水へと毒を吐く。
イライザの仕掛けた地獄のゲームを切り抜け、アーネスト率いるアメリカ軍に匿われた清水達はミスリルへと向かっていた。
帰路に何かあるようなことはなかった。なにせ空中を飛んでいるのだから、地上にいるモルフも手出しはできない。
そして、聞くによればミスリルもモルフに襲われることはない要塞として君臨していると聞く。
身の安全を確保できた一同は、モルフの襲撃に警戒をすることもなく、安心してリラックスすることができていた。
「着陸します。念の為シートベルトの確認を怠らないように」
「おっ、もう着いたんか」
操縦士からの声を聞いて、目的地に到着した事実を聞かされた清水達は安全のためにシートベルトの確認をした。
レイラに関してはまだ安静にしなければならない為、そのまま寝た体勢のままでいたのだが、それは仕方がない。
そして、無事に着陸したヘリコプターは回転翼が回る速度を弱めて制止する。
「こう見るとすごいやん。こんなもん作ってたんやな」
高い位置にいた清水はヘリコプターから降りると、ミスリルの全貌を眺めてそう感想を述べた。
避難所としては完璧と言ってもいい、モルフからの襲撃を防ぐ為に全方位に高い壁を建設されたそれは、『レベル4モルフ』が壁を登ることも防ぐ為に返しのような作りとなっている。
その壁の上には機関銃が至る所に備え付けられており、近づくモルフを一掃する為に用意されていた。
あれがあれば、何千と現れるモルフも一網打尽にできる。加えて補給地点がこのミスリルにあるのだから、弾切れになる心配もない。
まさに要塞と呼ぶに相応しい、貫禄を備えた場所だった。
「清水、もう先に着いてたか」
「出水か」
後ろから声を掛けてきたのは、清水とは別のヘリコプターに乗っていた出水陽介だった。
彼もアーネストと共に同行し、囚われていた清水を助け出す為に遠征に出ていた身だ。
後で聞くによれば、出水も万全の体調ではなかったようだが、無理を言って来てくれたらしい。
本当に、いつもと変わらない無理をする男だと清水は考えていた。
「ここならもう安全だよ。っと、アーネストさんに礼を言わねえと」
「その必要はないよ」
ここまでしてくれた大元であるアーネストに礼を言わねばとそう言った出水に返事を返したのはアーネストだった。
彼は出水の肩に手を置き、清水達の方を見ると、
「後の処理はこちらでやる。キミ達は仲間達のところへと行くといい。詳しい話はまたその後でしよう」
「「ありがとうございます!!」」
事情聴取も無しに、先に仲間達との合流を優先させてくれたアーネストに一礼をした二人は、オーロラとレイラを連れて仲間達のいる場所へと向かおうとする。
正直、アーネストには大きな借りができてしまったと、出水は心の中でそう感じていた。
この戦いが終われば必ず返さねばと心に誓いながら、一同はミスリルの日本メンバーがいる区画へと歩いて向かった。
そして、ちょうどその区画に入ろうとしたところで人影が見えた。
「あれは……琴音か?」
「あっ、出水!? それに清水も! 良かった、生きていたのね!」
こちらに気づいた八雲琴音が出水と清水の名を呼び、走ってきた。
彼女は近寄るや否や、出水の体をペタペタと触ると、
「大丈夫? 痛いところないのあんた? とりあえずベット準備してたからそこで寝なさい」
「いや、待て待て。お前は俺のお母さんか。むしろ体調は前より大分良くなってるから安心しろって」
「あんたの言うことを真に受けて良いことなんてなかったじゃない。とりあえず救急治療室にいくわよ」
「そんな重傷人じゃないんですけど!?」
心配性すぎる琴音にツッコミを入れる出水だが、あながち琴音は間違ったことを言っていない。
出水は体調が悪くても良いと平気で嘘をつく人であることは清水もよく知っていたのだ。
そのいつも通りの光景を眺めていた清水は「ぷはっ!」と笑うと、
「変わらへんなぁ。こないな状況やから元気ないかと思ったけど元気そうで良かったわ」
「清水……あんた顔どうしたの? いやごめん、どう見てもあんたの方が治療しないといけないじゃない」
「平気や平気。一応応急処置は受けてるしな。左目は失明してもうたし、小指も無くなってもうたけど……生きてるだけでも十分奇跡やったからな」
「何があったのよ……。というか、そちらのお二人さんは?」
清水の悲惨な体の状態を見て、ギョッとしていた琴音であったが、清水は問題ないと手をヒラヒラと振りながらいた。
何があったのか気になっていた琴音であったが、それよりも後ろにいる二人の女性のことも気になっていたようで、人見知りなのか、目線だけをチラチラと向けていると、レイラが前へと出た。
「私はこの清水という男と行動を共にしていたアメリカ陸軍の一人、レイラだ。キミの仲間には命を救ってもらった恩がある。加えて感謝を述べたい。この清水という男を強くしてくれたのはキミ達だからね」
「あ、は、はい。どうも」
「私はオーロラ……です。私も清水に助けられたアメリカ人の一人なのだけど……ありがとうございます」
清廉そうなレイラにたじたじとしていた琴音だったが、その後のオーロラの自己紹介を聞きながら琴音は何かに気づく。
何やらオーロラの目線が清水へとチラチラと見るような視線で、その表情が女の顔になっていることにだ。
「――っっ!?」
突如、雷でも落ちたような驚いた顔つきになる琴音。そのまま出水の肩を引っ張り、彼の耳元で琴音はこう呟く。
「あれって……そういうこと?」
「そういうことだよ、隅に置けねえだろ?」
「聞こえてんねん、ぶっ殺すぞ」
デジャブのような反応を琴音にされたことで全否定を仕掛ける清水。冗談でもオーロラに対して弄らないであげたいという清水の強い意思がなぜか感じられる。
「ところで……キミ達日本人部隊のいる区画はここでいいのか?」
「そうだな、レイラさんはミスリル初めてだっけか? たまにアメリカの軍人さんも歩いたりしてるけど、一応俺達の専用の区画として用意されてるんだよ」
「ほう、まあ私もあちら側にいるべきなのだが、キミ達とはできれば情報は共有しておきたいからな。可能であれば、キミ達の上官と話をすることはできたりするのか?」
「上官っていうと……」
「風間司令……やな。ええんちゃう? レイラは俺も信用できる奴やと思ってるし」
出水と顔を合わせ、レイラが話をしたい人物に目星がついた清水は、風間との面会に対しては賛成的だった。
確かに清水達にとって、風間とアメリカ人との面会は慎重になりうる部分はあったりもする。
理由は清水も薄らとしか分かっていないが、恐らく椎名真希の存在が関わっているのだろう。
彼女はモルフの中でも例外中の例外、『レベル5モルフ』の力を持つ。その力がアメリカ側に完全に知れ渡っていないのは、知られた時に椎名真希がアメリカ側に奪われる可能性を考慮していたからだ。
だからメキシコ国境戦線の始まる前、月島率いる護衛部隊と共に他国への避難、合わせてモルフに感染しない体質を持った体質の男がいると噂される者の保護を目的として、アメリカ側の干渉を防いできたのだ。
しかし、レイラなら大丈夫だと、清水は心からそう言い切れる自信はあった。
「俺も別に構わないと思うよ。つーか、風間さんも最近はそこらへんあまり気にしなくなったしな」
「そか、じゃあそうしよか」
「助かる」
出水と清水の双方の許可を得て、レイラは礼を言った。
この中では清水と同じく怪我人であるレイラだが、イライザにやられた腹部はそこまでの致命傷にはなっておらず、体調だけでいえば清水と出水と変わらない立場だ。
ただ、話をする程度であれば何も問題はないと結論づけた出水と清水は、風間の元へと連れて行こうと決める。
「すぐそこだ。帰還したことと……伝えなきゃいけない情報を伝えにいこう」
出水の言葉に皆が頷き、すぐ近くにあった扉を開ける。
日本メンバーがいつも作戦会議室として利用している一室、そこには二人の男がいた。
「帰ってきたのか!」
「ただいま、多々良さん」
出水と、連れ帰ってきた清水の顔を見て驚きの声を上げる多々良。彼は日本支部のメンバーの一人であり、海外のモルフ騒動における避難の要請を一挙に受け入れる重鎮でもある。
そして、ついさっきまで会話をしていたのであろう、今の日本支部を取りまとめる男、風間平次もそこにはいた。
「おかえり、出水君。それに清水君も」
「風間司令……すんません! 俺は……しくじってもうて……」
「気にするな。キミだけでも生き残れたことは僥倖だ。部隊を編成したのは私だ。責任は全て私にある」
風間と顔を合わせた清水はまず初めに任務を失敗したことに対する謝罪として頭を下げていた。
一切の責任を追求することもなく、不問とする風間であったが、清水としては情け無い限りだった。
その詳細を語ろうとする清水の前に、風間は一同を見渡すと、
「積もる話はあるだろう。コーヒーでも呑みながら話そうか。後ろのキミ達もぜひ」
「ありがとうございます」
清水の後ろにいたレイラとオーロラを見て、許可を得る前に風間は話し合いに折り混ぜるつもりだったようだ。
そして、一同は円卓のテーブルにそれぞれ腰掛け、多々良がそれぞれの前へとコーヒーの注がれたコップを置いていく。
「さて、まずは無事に帰ってきてくれたことを喜びたいところだが……清水君、その指と目は……」
「ああ、もう戻ってこやんのですけど、名誉の負傷です」
「誰からつけられた?」
「間接的ですけど……『レベル5モルフ』の力を持ったクソ野郎に……」
「……なるほど」
話せば長くなるそれを、清水は手短かに結論だけを述べて風間へと自身の傷の理由を明かす。
そして、清水の説明を聞いた風間は大して驚く様子もなく、真剣な顔つきになると、
「どうやらこのアメリカ各地にある異変、クリサリダ側が寄越した『レベル5モルフ』の力を持った者達の大暴れと言ったところか」
「クリサリダって……知ってんすか? 風間さんは?」
「清水、話せば長くなるけど、俺も出会ってんだよ。お前とは別の『レベル5モルフ』に」
「なんやて!? ど、どうなってんねん!?」
清水だけではなく、仲間である出水もイライザとは別の『レベル5モルフ』と遭遇していたという事実に驚愕の声を上げた清水。
今、このアメリカで起きているモルフ騒動については清水もわかっていることだが、そこに『レベル5モルフ』の力を持つ者達が関わっていることまでは知らなかったのだ。
「落ち着きたまえ、清水君。出水君だけじゃない、神田君も別の『レベル5モルフ』と遭遇しているんだ。これがただの偶然とは考えにくいことは我々も承知している」
「その……クリサリダの組織の一員ってことなんか……」
「そうだ。奴らはこの五日間、モルフ掃討に当たっていたアメリカ陸軍を各地で葬っている。お陰で収束がつかない最悪の事態となっているわけだが……」
「そのことについて、私からも話があります」
今、このアメリカで起きている状況を説明する風間に割り込んで話を持ち出したのはレイラだった。
彼女が前に出たと同時、風間は眉を顰めると、
「キミは?」
「アメリカ陸軍所属のレイラ・シモンズです。私は清水と共に行動をして、イライザと呼ばれる『レベル5モルフ』に囚われていた者の一人です。奴らのことについて、いや……奴らの目的に関して話しておきたいことがあります」
「……それは私に話してもいい内容なのか?」
「――?」
「風間司令、レイラは――「わかっている」」
清水がレイラを信用できる人物だと伝えようとしたその時、風間は手で制して止めた。
「彼女をここに連れてきた時点でキミ達が信用して連れてきたことは分かっている。――レイラ君、私はこの日本支部を統括する風間平次というものだ。その上で、キミは私にその情報を話す信頼性があるということか?」
「ええ、元より清水の上官と聞いたその時点であなた方には聞く権利があると私は踏んでいます。私の上官よりも……ね」
「……なるほど、キミとは気が合いそうだ」
レイラの発言を聞いて、納得の姿勢を見せる風間。清水と生き死にの連続を共にしてきた一人だからこそ、互いに信頼が生まれていることは彼女自身もよくわかっていることだ。
風間は目の前に置かれたコーヒーの注がれたカップを持ち、それを一口飲むと、
「続けたまえ」
「はい、私と清水、そしてオーロラが出会ったイライザという男は残虐性に満ちており、モラルのカケラもない男でした」
「ああ、他の『レベル5モルフ』もそうだったと聞いている。どうやらそういった者達の集まりのようだろうね」
「そして、清水から聞いた話によればですが……奴らの狙いは、今のこのモルフによる混乱だけではないように思えます」
「……ほう」
レイラから語られるは、イライザの語っていた裏の真意に関するものだった。
このアメリカ国内で起きているモルフ騒動がただのきっかけであるに過ぎないと、おおよそ断定のできない話。
しかし、聞き逃すことのできない情報であることを知った風間は、レイラの話に聞く耳を持つと、彼女は続けてこう語る。
「奴は私達に殺し合い紛いのことをさせて、それを暇つぶしと言っていました。モルフテロを引き起こし、その収束を食い止める為には一刻の時間も惜しい筈のあの男が……。食い止めるだけの力があるにも関わらず、そうして遊んでいたのは、遊んでいても問題がないというなにかしらの理由があったと考えられます」
「――なるほど」
「何が起きるのか、それは私にも分からない。しかし、それなりの備えをする必要はあるかと思われます。奴らは一枚岩ではないことは、ここにいる清水と同様に私自身も感じたことです」
イライザの行動から見て、端的にそう結論付けたレイラ。もちろん、単なる憶測に過ぎないし、可能性としては低いものとも取られる。
しかし、その推測を聞いた風間は険しい表情のままだった。
「私も……レイラ君と同じ考えだった。奴らはまだ何かを仕掛けてくると予想を踏んでいる」
「マジすか」
「そうだ、出水君は途中、清水君の救助に当たっていたので聞かされていないだろうが、神田君が遭遇したとされる『レベル5モルフ』のレオと名乗る人物も、今のレイラ君と似たような発言をしていたとのことだ。……今の時間にしてあと一日かそこらで、何かを引き起こす種を蒔いたと」
「種? なんかまた変なウイルスでもばら撒いたのかな」
「そんな遅効性のウイルス聞いたことねえけどな」
琴音と出水がそれぞれの所感を語り、首を傾げていた。
彼らが遭遇した『レベル5モルフ』のライはそれらしい発言は一切なかった。殺人衝動に駆られていたあの少年には、そもそもクリサリダ側から何も知らされていなかった可能性も考えられるのだが、二人には知る由もない。
「あらゆる可能性を想定すべきだが……我々にできることはその目論見を事前に食い止めることだけだ」
「何か手立てでもあるのですか?」
レイラの問いかけに、目線だけを逸らして見せた風間は多々良へと顔を向けると、多々良が代わりに話を切り出す。
「今、このミスリル内部にはクリサリダに通ずるスパイが潜んでいると考えている。『レベル5モルフ』の力を持つ者達がこぞってこのミスリルを目指してきていたことからも、何か狙いがあると踏んでな」
「……つまり、このミスリルに奴らの目論見を果たす何かがあると?」
「そうだ。アメリカ陸軍に所属していたキミなら何か知っていたりするのではないのか?」
「私はただの末端の兵士です。知っていて隠す理由もない」
多々良の疑いの目を向けた問いかけをするりと躱すレイラ。無論、レイラがそれを知るわけがないし、知らないことも多々良は理解している。
これは単なる鎌掛けのようなものだった。多々良自身、まだレイラを信用する要素が足りていなかったのだ。
失言だと判断した多々良はレイラへと向けて深く頭を下げると、
「――失礼、気を悪くさせたなら謝る」
「いえ、今のあなた方の境遇を鑑みれば当然の反応です。……それで、これからどうするつもりで?」
多々良に対して、何一つ怒る様子も見せないまま、レイラは風間へと今後の動きについて問いかけた。
これまで話したことをまとめるとするならば、もはやこちら側に与えられた時間は少なくなっている。
何かしらの手立てもなければ、クリサリダの目論見通りに事が運ぶ恐れがあるのだ。
レイラの問いかけに、風間は迷いなくこう答える。
「策はある。しかし、その内容は今はまだ話せない。極秘に行う必要性が必須になるのでね。今はキミ達も休息を取るんだ。十分に休めてはいないだろう」
手立てはあると、その内容までは分からずとも今はまだその時ではないと伝える風間。
レイラだけではなく、この場にいる者全員への伝令だった。彼らもずっと、アメリカ国内でモルフによる災害から逃げ回ってきた者達だ。
疲労が蓄積しているのは誰の目から見ても明らかだったのだ。
「せや、風間さん。その前に話さなあかんことが……」
「わかってるさ、清水君。かの特異体質の者と椎名真希のことだろう?」
「……はい」
「隠さなくてもいい。レイラ君、清水君が外に出ていた理由については知っているか?」
任務の報告をしようとした清水だが、風間はトップシークレットに値する二人の情報を隠さずにレイラへと情報の詳細を尋ねた。
「いえ、何か理由がある事はわかっていましたが、話したがらないことから話せないことと判断して聞かないようにしていました」
「そうか。キミにも共有しておこう。今、我々には『レベル5モルフ』の力を持つ人間が一人いた。その者と共に、清水君へと国外である者の捜索をお願いしていたんだが……その帰路でキミと清水君は出会ったということだな」
「……なるほど」
「我々はある国でモルフに噛まれても感染しない男がいるとの情報を秘密裏に得ていた。その者を連れ帰り、モルフウイルスの抗体、あるいはワクチンなるものが作れると踏んでいたわけなんだが、清水君、それについてはどうなったか話せるかな?」
清水の任務内容を打ち明け、驚きの表情と共に情報を整理しようとするレイラ。モルフに感染しない者とは、デイン・ウォーカーのことだ。
彼を連れ帰ってくる任務、その詳細がどうなったのかを風間はまだ知らない。
話しにくい様子で、清水は俯きながら任務の報告をしていこうとした。
「一応、任務はアメリカに来るまでは成功してました。やけど、デインも椎名も……ホテルの中で何者かに連れ去られてもうて……俺は……」
「……そうか」
「俺のせいや……。俺が目を離すなんてしょうもないことせえへんかったら……何のために月島達は死んだのか……」
「清水君」
自分の責任だと、任務失敗の言い訳もしないままに清水は自身を自戒する。
月島達が命懸けで繋いだ二人を、清水自身が無駄にしてしまったことは明らかでしかない。ただでさえ、椎名を護衛していた時ですら一切の目を離さない環境を築いてきたにも関わらず、最後の最後でやらかしてしまったのだ。
自責に駆られる清水の様子に、風間は真っ直ぐ清水の顔を見つめると、
「今、考えるべきは任務を失敗したことなのか?」
「それは……」
「必要なのはこれからどうするべきか……少なくとも私はそう考える」
「――――」
「彼らならきっと自らの力で乗り越えてくれるよ。どの道、奴らの目論見さえなんとか出来れば、自然と瓦解することになるのは分かることだろう」
過去ではなく未来を見ろと、任務失敗の責を問わない風間の発言に、清水は唇を噛み締めた。
今更何を考えたところで、過去は変えられない。ならば、今すべきことをすべきだと言う風間の発言は、上官としての正しい部下への諭し方とも言える。
「……必ず、挽回します」
「期待しているよ」
意気込む清水は、今後の自身に全力を出すという意志を示した。
そして、彼らは注がれたコーヒーカップを飲み干して、日本支部の部屋から退席していった。
残された多々良と風間はその場に残り、まだ残っていたコーヒーカップの取手を掴み、それを飲み干すと、多々良が風間へとあることを確認する。
「いいのですか? 彼らに作戦の概要を伝えなくても」
「いいさ、彼らはまだ若い。それに、十分に働いてくれた。今度、体を張るのは我々の番だ」
「しかし、何が起きるか分からないです。せめて神田君を連れていくべきでは……?」
「多々良君、この作戦が成功した時、罰を受けるのは我々になる。それをこれからの未来を紡ぐ者達に責任を押し付けるのは酷と思うのは私だけか?」
「……いえ、仰る通りです」
「ならばやることは変わらない。明日、決行することは決定事項だ」
風間達がこれからやろうとすること、それは出水達へは一切話すつもりはない。
その作戦がどれほどの責任を背負うものなのか、まだ若い彼らにそれをさせるわけにはいかなかったからだ。
準備は整った。やられっぱなしでは終わらせないと、日本のメンバー達はそれぞれ思いを募らせて明日への準備に取り掛かろうとしていく。
△▼△▼△▼△▼△▼
「いやー、それにしてもびっくりしたな。お前が椎名ちゃんと一緒にいたなんて」
「黙ってて……ごめんな」
「気にすんなよ、俺がお前を助けに来た時、その時のお前を必死さを見ていたんだから何も言うことはねえしな。お前はやることやったんだから胸を張れって」
落ち込む清水の背中を叩き、出水は優しく元気付けようとした。
彼らは退席した後、まだ帰ったことを報告していない神田を探してミスリルの中を歩いていた。
「しかし驚いたぞ。まさかお前達の身内にイライザと同じ『レベル5モルフ』の者がいたなんてな。一体何があったのか聞きたいところだが……」
「いやー、レイラ。話しておきたいんやけど死ぬほど話が長くなりそうやからな。落ち着いた時でもええか?」
「ふっ、構わないさ。私とお前の仲だからな。それに、悪い奴じゃないことは聞いている限りでは理解している」
「そう言ってくれるだけ、椎名ちゃんも救われるわ……」
あの恐ろしい力を目の当たりにして、『レベル5モルフ』の力を持つ者がどれほどの危険性を秘めているのか、それを知りながら椎名真希のことを軽蔑する姿勢を見せないレイラには頭が上がらない。
ともかく、今は情報が多すぎて清水の頭の中でも整理がしきれていない。
少し体を休ませて、それからまた考えようと一同は先にやるべきことをやろうとする。
そうしていると、前方からこちらに気づいたある一人の男がその場で立ち止まり、何やら体を震わせている。
「――なんや?」
「あ」
レイラが何かに気づいた様子で、彼女はその場で立ち止まった。
そして、何を考えたのか、前方にいた男はいきなりその場で全速力でこちらへと走ってきた。
「うおおおおおおおおんっっ!!」
「うわっ、なんや!?」
突然の奇行にびっくりする一同、レイラだけは落ち着いた様子で、レイラへと突っ込んでくる男を彼女はするりと避け、そのまま男は壁へと激突した。
「敵襲か!?」
「いや……違う。こいつはな……」
何事かと驚いていたのだが、レイラが落ち着いた様子で説明しようとした。
そして、壁へと激突した男は大粒の涙で顔をぐっしょり濡らしながら振り抜くと、
「レイラァァァ!! 生きてたんだなぁ!! ぼんどうによがっだぁぁぁっっ!!」
「こいつは……私の旦那だ」
「えええええええっっ!?」
予想外の言葉に、一同は揃って驚きの声を上げていた。




