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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
204/237

Phase5 第五十六話 『Parallel thinking silent killinger』

 デインに生きる上での道を示した者、デインの殺しの才能を見抜き、レジスタンスに加入させた者、それがボリスだった。

 彼は国家転覆を図り、最終的に成し遂げたのかどうかはデインは知らない。

 そのボリスが今、目の前にいる。殺す為だけに使うのであろう、両の手に鎌を携えて――『レベル5モルフ』の力を持っていて――。


「なん……で、お前が?」


「こちらの台詞だ。キミがどうしてここにいる?」


「ぁ?」


 お互いにここにいる理由が分からず、押し掛け問答となってしまう。

 互いに分かる筈もないだろう。ボリスは知らないだろうが、デインは自身がモルフに感染しない体質であり、ボリスは何故か『レベル5モルフ』の力を持って襲いかかってきていた。


 何がなんなのか分からず、二人はその場から動かなかった。


「……お前ら、知り合いか?」


「ああ、俺のいた国でレジスタンスとして活動していた長だ。でも、なんでこんな所に……」


「敵なのか味方なのかどっちだ?」


 テオにとって、二人の関係などはどうでもよかった。知りたいのはこのボリスという男が敵なのかどうかだ。

 それを問いかけられたデインは口を噤む。


 その理由は彼自身が知るところであり、


「ボリス、あんたがなぜクリサリダなんかに手を貸している?」


「――――」


 端的に、デインはボリスへとその一言だけを問いかけた。

『レベル5モルフ』の力を持ち、人間相手に殺し回っている時点でボリスはクリサリダの一味の一人であることは明白だ。

 だから単刀直入にデインはそれだけをまずは問いかけた。


「理由を知れば、納得してくれるのかな?」


「納得だぁ? 質問に答えろよ。てめえは国家転覆は企んでいても、人類滅亡を企むような人間じゃなかった筈だ。何がてめえを歪めた?」


 臆することなく、強気な姿勢でデインはボリスへと語気を強めてその心の内を探ろうとする。

 デインの知るボリスは、今のようなことをする人間ではないことを彼が誰よりも知っていた。

 なのに、どうして――、デインは苦虫を噛み潰したように表情を歪めていた。


「そうか……キミはあの後に起きたことを知らないんだったな」


「あの後? 俺がレジスタンスを抜けた後のことか?」


「そう……私は知ってしまった。一個の国よりも、この世界の真実に」


「……何が言いてえ?」


「キミになら理解できるはずだ。見たところ、キミも世界を渡り歩いて今、ここにいるのだろう? ならばこそ、この世界の現実を知ってきた筈だ。人間という生物の愚かさに」


 ボリスの一言一言を聞くにつれて、デインの中のボリス像が明らかに食い違っていく。

 それと共に、失望感が生まれていく。少なくともあの時のボリスならそんなことは言わなかったと、デインは唇を噛んだ。


「愚かさ……ね。確かにお前の言う通りだ。人間は愚かだよ」


「そうだろう? ここでキミと私が再開したのは偶然ではない筈だ。キミなら私の理想の世界を理解してくれる……共に戦わないか?」


 そう言って、手を差し伸べるボリスに、デインは真っ向からボリスを睨みつけた。

 ボリスは変わってしまった。何があったのかは知らない。知らなくても、理解したいとは思わない。


「……俺の為にも、人類は愚かであるべきだ」


「ん?」


「あんたが言ったんだ。金さえあれば人は変われるってな。なら、その為にも人類は愚かでいてもらう必要があるんだよ」


「――――」


「俺の知るボリスはここにはいない。お前、誰だよ?」


 煽るように、デインはボリスへと何者かと問いかけた。

 ボリス本人であることは分かっている。しかし、ボリスの信念をここまで変えた今、目の前にいる男はもうデインの知るボリスではない。

 そう真っ向から否定して、デインはボリスと敵対の意思を示した。

 それを聞いたボリスは目を細め、デインを見据えると、


「……そうか。キミは人類を生かす方を選ぶのだな」


 哀愁漂う表情を見せると、ボリスは鎌を握る手を強めた。

 それを見たデインは手を振ると、


「くるぞ!!」


「ちっ!」


 かつては信念を共にした間柄であろうと関係ない様子で、ボリスはデインへと向けて一直線に走り出し、その手に持つ鎌を振り上げた。

 咄嗟の戦闘開始の合図に、舌打ちをして構え直すテオとセルゲイだが、その引き金を引くには間に合わなさすぎる。

 圧倒的なスピードによる接近を仕掛けられたことで、デインにも被弾する恐れがあったからだ。


「かかってこいよ!! ボリス!!」


「ふっ!」


 臆せず、煽るデインに対してボリスの殺意は変わらない。単調な動きだろうと、『レベル5モルフ』の身体能力強化を使えば見切ることは不可能に近い。


「死ね」


「死ぬかよ!!」


 ボリスの鎌の振り下ろしを、デインは寸前でサイドステップをして躱しきる。そして、同時に片足だけを残していたデインは突っ込んできたボリスの足に引っかけて転ばせた。


「――っ!?」


「あん時の仕返しだよ。馬鹿野郎が!」


 デインとボリスの初めての出会い頭の出来事。あの時はボリスに上手くあしらわれたデインだったが、今回は逆の立場となる。

 地面を転がるボリスへと向けて、デインは拳銃の銃口を向けて即座に引き金を引いた。


「当た……らねぇっ!」


「――――」


 隙だらけの筈なのに、ボリスはデインが引き金を引く直前に地面に突いた手を押し上げてその場から横っ飛びした。

 体勢が元通りとなったことで再び超人的なスピードで移動をするボリスに、デインの銃弾は当たることはなかった。


「加勢する!!」


 デインとボリスの一対一では決着は一瞬だ。だからテオとセルゲイも、デインの方へと移動しながらボリスへと牽制する意味での銃撃を開始していた。


「無駄なことを……」


 どれだけ銃撃を浴びせようとも、『レベル5モルフ』の力があれば無力だとそう言いだけなボリスは、持ち前の身体能力を使って建物の側面を駆け抜けていく。


 そうして牽制の時間が続いていく中、テオはデインのすぐ側まで駆け寄ると、


「おい、車の中で話していたこと、覚えてるか?」


「あん?」


「レベル5モルフを追い詰める方法だよ」


「……ああ。覚えてるよ」


「死ぬ気でやれ。死ぬことは許さんがな」


「どっちだよ」


 作戦を伝えたテオは、矛盾した発言をデインに突かれたところを最後に離れた。

 そして、残弾も気にせずに再びボリス目掛けて銃弾を撃ち込もうとする。


「おらおらおら! そろそろ疲れてきたんじゃねえのか!?」


「無謀なことを、人はそれを蛮勇と言うんだよ」


「蛮勇で結構! それともそうやって言葉でしか吹っかけられねえのか!? 俺達が今やってんのは殺し合いなんだぜ!!」


 テオはボリスと言葉による煽りをして注意を引いている。

 無論、それをしているのはわざとに過ぎなかった。蛮勇と言われようと、蛮勇と思われる方が都合が良かった。

 なぜならテオ達は後先を考えずに銃撃をしているわけではなかったからだ。


「死ね」


「お前がな!」


 痺れを切らしたボリスは狙い撃ちをしてくるテオ目掛けて弾丸の射線を潜り抜けながら接近してくる。

 それを臆せず立ち向かおうとするテオ。側から見れば無謀極まりない愚行なのだが、そのリスクを取ってしてもやる価値のある作戦を彼は立てていた。


「――っ!」


 鎌による変速軌道の攻撃を見切り、テオは足元目掛けて銃撃を放つ。懐まで迫ってくるボリスに対しての牽制であり、本体を狙わないのは避けられたその隙を狙わせないためだ。


 読み合いはテオが競り勝ち、ボリスと再び一定の距離が開く。


「おらおらおらおらぁぁぁぁ!!」


 わざと大声を張り上げ、銃撃を重ねていくテオ。しぶとく見られるその行為に、ボリスの集中はテオへと向いていく。


△▼△▼△▼△▼△▼


 時は少し遡り、テオ達がまだ別行動を取る前の車中へと移る。

 まだ追っ手もなにもなく、平和な車中の中でテオは後部座席へと振り向くと、


「おい、そこの『レベル5モルフ』の嬢ちゃんに聞いておきたいんだが」


「あ、はい! なんですか?」


「お前のその身体能力強化ってのは……自分でどこまで制御できるんだ?」


 ふと、疑問を口に出したテオに、椎名はきょとんとした表情を浮かべる。

 質問の意図が読めず、デインも欠伸をかきながら、


「制御ってなんだよ。こいつ、なりふり構わず動き回れるんだぞ」


「重要なことなんだよ。例えばだが……自分の速すぎる動きにお前自身の頭は追いついてんのか? ってな」


「それは……」


 改めて今までの自身の行動を振り返ろうとする椎名。彼女の考えていることは、テオの言おうとしていることに図星の様子だ。


「……やはりな。どれだけ速く動くことができても、頭は人間のままってことか」


「何が言いてえ?」


 一人で答えを出したテオに、邪険な顔で見つめ返すデイン。

 椎名が使えないことを水を差すつもりなら反論してやろうというつもりだったのだが、テオは否定的な顔つきで見返すと、


「もし、この先クリサリダとかち合うことがあるのなら、『レベル5モルフ』とやり合う可能性は限りなく高くなる。そうなった時、対策もなしにやり合うのは馬鹿のすることだ」


「対策……」


「私達の装備だけじゃ太刀打ちできるかも怪しいからね」


 サーシャが付け足すようにそう言い流して、テオも頷いて見せる。


「嬢ちゃんの動きが凄まじいことは俺達も知っている。だからこそ、つけ狙う隙があるとすればそこにあると俺は踏んでいる」


「というと?」


「どれだけ動きが速かろうと、処理能力が追いつかない攻撃を仕掛けてしまえば簡単に崩せるってことだ」


△▼△▼△▼△▼△▼


 人間対『レベル5モルフ』。アメリカ陸軍ですら赤子の手を捻るようにして殺戮してきた超人的な相手と今、テオはたった一人で戦っている。

 あくまで今の状況は奇跡的に近い、テオが生き残っていることは相手を殺すことよりも自身が死なないように立ち回っていたことがその理由だ。


「おらおらおらおらぁぁぁぁ!!」


「――――」


 銃口を向けられ、殺意の込められた銃撃をされても、ボリスには関係がなかった。

 銃口の先から弾道を予測し、『レベル5モルフ』の身体能力強化を使えば避けることは然程難しくもないからだ。

 しかし、それは距離にもよって変わる。

 テオとの距離が近ければ近いほど、ボリスへの被弾する可能性はゼロではないのだ。だから、ボリスはテオとの距離の間合いを測るために後方へと下がる。

 そして、ボリスは信号機の柱へと背中を当てて、その場で止まる。


「ここだ!!」


 テオが叫び、合図を出した直後だった。

 ボリスの左右後方、視界に入らないその位置からセルゲイとデインの二人が同時に銃を構えていた。


「っ!?」


 気づいていなかったボリスは反応が間に合わない。どれだけ動きが速かろうと、どれだけ力があろうと知ったことではない。

 身体能力強化はあくまで肉体の限界を超えた動きをすることだけ。扱う者は視界に見える情報を事前に処理しながらあらかじめ動く先を決めているに過ぎないのだ。

 それはボリスに限らず、修二、椎名、ミラや他の『レベル5モルフ』も同様だった。


 頭で処理が間に合わない全方位射撃。それが位置を把握していればまだ話は変わるが、ボリスの意識はテオへと集中しきってしまっていた。


「チェックメイトだ!!」


 同時と言ってもいいタイミングでボリスを囲む三人の銃口から銃弾が放たれる。

 今から全方位を視認したとしても次の動きを考えさせる暇はボリスにはない。

 絶対絶命の数瞬のその時、ボリスは手に持つ武器としてあった鎌を持ち上げた。


 何の意味もないように見えたその動作、それはテオ達にとって想定外の展開を生む。


「……は?」


 見えていない――否、見えている? ボリスは手持ちの鎌を巧みに操り、自身に迫る銃弾の全てを弾き飛ばした。

 この時、テオの胸中には嫌な予感が湯水が湧き出るようにして溢れてきていた。


 ボリスが銃弾を弾いたという事実、ではない。どうして全ての銃弾の弾道を読み切り、その全てを捌き切ることができたのか。

 見えていても頭の中でその全てを処理することを不可能に近いそれをやり通したボリス。ならばこれは――、


「そう難しく考えることでもねえだろ」


「あ?」


 三者離れた位置からの銃撃が無意味と判断したのか、デインがテオの考えを理解したかのような発言を介してすぐ目の前に立っていた。


「隊長、これを」


「……おう、サンキュー」


 セルゲイもデインと同じく目の前に立ち、テオへと銃弾のストックを渡す。

 弾切れ直前となっていた今の状況では非常に助かる。持ち手の武器を失えば、手足をもがれた虫と変わりないからだ。

 そして、テオは先ほどのデインの発言が気になっていたのか、リロードをしながら、


「それで? さっきのはどういう意味だ?」


「……椎名は身体能力強化以外にもう一つ、あいつだけが持つ力がある。そして俺は別の『レベル5モルフ』と対峙した時、椎名とは違うめちゃくちゃな能力を扱うところを見ている。つまり、あれがボリスの能力ってことだろ」


「能力……だと?」


「あの同時射角攻撃を喰らってもなお最善の動きを組んで動ける奴は椎名でもミラでも不可能だ。となると、あの野郎、頭が複数ありやがる」


「複数……。はっ!」


 抽象的な言い回しをしたデインの発言に、テオもようやく気づいた。


 あの男、ボリスの『レベル5モルフ』の力、その固有能力は――。


「並列思考能力、ですね」


「俺のセリフ取ってんじゃねえよセルゲイ。……しかしまあ、そういうことだろうな。目に何か仕掛けがあるのかとも考えていたが、あいつが目線を向けたのは一瞬だけ。()()()()避けてはいなかった」


 些細な体の動きからボリスの能力に関して読み切った一同。簡単に説明すると、ボリスは瞬時に行動パターンを頭の中で処理をし、テオ達の銃撃を防いだ。

 人一人が持つ脳の処理能力では不可能。それが出来たのは複数の攻撃パターンを同時に処理させるという並列思考能力を有しているからだ。

 プロゲームプレイヤーでもその力を持つ者はいる。しかし、戦闘においてそれを体現させられる人間はそうはいない。


 それがボリスの『レベル5モルフ』の固有能力。もちろん、予測の範疇でしかなく、推測で挙げているに過ぎないのだが――。


「ふむ、武器が壊されてしまったか。さすがに刃で銃弾を防ぐのはナンセンスだったな」


 持ち手の鎌の刃は刃こぼれし、武器としての役目が果たせないことに言及したボリスはその持ち手の鎌を地面へと投げ捨てた。

 その体には傷一つはついていなく、代わりに攻撃手段を失ったように見受けられたが、


「まあ問題はない。キミ達を殺すのに武器はこの五体があれば十分だ」


「へっ、かっこつけてくれるじゃねえか。防ぐ武器がなくなって一ミリも焦ってないってか?」


「強がりを言うなよ、軍人。そうだな、言葉で説明するよりも行動で示す方が早い……な!」


 テオの煽りを受けて、ボリスは無手の状態で三人へと突っ込んでくる。


「くるぞ!」


「ここは俺が」


 真正面からの突撃に対し、セルゲイがテオの前へと立ち、ボリスへと対抗しようとする。

 だがしかし、


「力の差は変わらない」


「がっ!」


 高速に近い動きでセルゲイの懐まで迫ったボリスは腹部を殴りかかろうとしてきただけだ。

 それを防御の姿勢で受けようとしたセルゲイだが、気づくのが遅かった。

 ボリスは身体能力強化で動きが速くなっている。速くなるということは、力が膨れ上がっているということだ。

 圧倒的な腕力をそのまま受けたことで、セルゲイの体は宙に浮き、物を投げられるようにして吹き飛ばされる。


「ボリス!」


「次はキミか、デイン」


 セルゲイがやられたことで後がないデインは体術でボリスに対抗しようと蹴りを仕掛ける。

 持ち手の拳銃は握ったまま、隙を見て発砲を仕掛けようとするデインだが、ボリスには見えている。


「私からすれば象のように遅く見える。その程度で抗うつもりか?」


「くっ!」


「人間のまま私を殺すなどバカのすることだよ」


「ぐぁっ!!」


 デインの蹴りを躱し、その勢いでボリスの顔面へと拳銃の銃口を向けようとするデインに、ボリスは体を反転させて遠心力に任せてデインの顔面へと蹴りをぶち込む。

 それと身体能力強化で強化された蹴りであり、デインの体は地面へと二度叩きつけられて吹き飛ばされた。


「隙だらけなんだよ!!」


「――――」


 蹴りを入れられ、デインが吹き飛ばされた瞬間に小銃から銃撃を放つテオ。それもボリスには意味を為さない。

 並列思考能力。ボリスはテオの銃撃に対して保険をかけていた。

 地面に残った片足を踏み込み、バク宙をして銃撃を躱し切る。


「クソがっっ!!」


「たった三人で私と戦おうとする……もう一度言おうか? それはただの蛮勇だ」


 何をしようとしても無駄だと、絶望の言葉を浴びせるボリスに、テオは止まらない。

 ここで止まっても嬲り殺しにあうだけだ。テオにできることは抵抗することだけ、諦めることは死を意味するのだ。


 まだ、まだ何も成し遂げてない……! 俺は奴らに報復するんだ。烏丸の……レスターの……あいつらの意思を殺させてたまるか!


 心の中で意思は崩さず、無謀だとしても立ち止まるわけにはいかないと、テオの目は死んでいなかった。

 しかし、意思が崩れなかっても状況は好転しない。

 圧倒的なまでの力の差は、将棋で言う詰みのような状況へと追い詰められてきてしまっていた。

 そして、そのタイムリミットは目の前だった。

 

「――っ」


「弾切れか。そのおもちゃが無ければ戦うこともできない。なぁ軍人、ハッキリ言うがお前は何がしたかった?」


 引き金を引いても、テオの持つ小銃から銃弾は放たれることはなくなった。

 唯一、ボリスを倒せる可能性のある武器を失い、テオはボリスを睨みつけた。


「殺される時までも目は死なない……か。その心構えだけは認めてやる」


 最後まで絶望しないテオを認める発言をしたボリスは、一思いに殺してやろうとその手を振り上げた。

『レベル5モルフ』の身体能力強化で力を底上げさせれば、素手であろうとテオを殺すことなど造作もない。


 戦いの終わりの時は近い。

 デインは地面に倒れ、その場から動かない。気絶しているのだろう、あれほどの蹴りの威力を受けてしまえば仕方のないこと。

 セルゲイは……。


 ――セルゲイは?


「うおおおおおおおおおお!!」


 テオとボリス、その二人の間に割り込んでくるセルゲイ。その手には銃はなく、あるのはコンバットナイフのみ。

 その武器だけでボリスを制圧しようとするセルゲイだが、悠々とナイフの軌道を読み切り、避けていくボリス。

 大人と小さい子供が喧嘩をしているような――それほどの圧倒的な力の差を見せつけられる。


「……キミは、キミ達は何の為に足掻く?」


「生きる為だ……!」


「そうか……。ではその先に何を求める? 死ねば楽になれる、何も残らない、痛いも疲れもない、そう考えるとホッとしないか?」


「黙れ……!」


 言葉の応酬の間に繰り出されるナイフの振りを難なく避けていくボリス。聞く意味を感じないと悟ったセルゲイはお構いなしにナイフの振り抜いていく。


「その行動が死にたいことだと私は解釈しよう」


「ぐはっ!?」


 ナイフによる横薙ぎを避けたその隙にセルゲイの懐へと迫ったボリスは、セルゲイの腹部へと膝蹴りを入れた。

 肺の中にあった空気が喉から吐き出され、嗚咽を吐くセルゲイに、ボリスは躊躇しない。怯んだセルゲイへと向けて回し蹴りをして、セルゲイを横合いへと吹き飛ばした。


「セルゲイ!! おい!?」


 吹き飛ばされ、壁へと激突する寸前だった。

 セルゲイの吹き飛ばされた先には折れ曲がった鉄骨があり、その先は鋭利な刃になっている。

 その先へとセルゲイは吹き飛ばされ、抵抗も出来ないセルゲイはその尖った鉄骨部分へと右肩から貫かれた。


「がっ、ぁぁぁぁあああああああああっっ!!!!」


 想像を絶するほどの痛みが込み上げ、叫び声を上げて少しでも痛みを緩和させようとするセルゲイであるが、そんなものは意味を為さない。

 十センチに及ぶ鉄骨が右肩を貫いたのだ。そこから溢れ出る痛みはセルゲイ以外には分かりようもない。


「まず一人目か、もうあの男は助からない」


「てめぇぇぇぇ!!」


「怒りに身を任せたところで結果は変わらない。世界も人も……同じだ」


「わけわかんねえことを……のたまってんじゃねえよ!」


 仲間をやられて怒りの沸点が限界まで達したテオは、もう武器も何も持たずにボリスへと攻撃を仕掛けようとする。


「次はお前が死ぬか?」


「――っ」


 テオの抵抗など、ボリスからすれば駄々をこねた子どものようにしか見えていない。

 拳にやる打撃など、『レベル5モルフ』のボリスからすれば避けることなど容易い。例えフェイントを織り交ぜた攻撃を仕掛けたとしても同様だ。ボリスは並列思考能力であらゆる攻撃パターンを瞬時に頭の中で整理できてしまっている。


 避けて、その腹部を自身の拳で貫いてみせよう。


 ボリスがそれを実行に移そうとした直前であった。


「どけ!!」


「――デイン?」


 無謀な攻撃を仕掛けようとしたテオの横腹を蹴り、ボリスの前へと躍り出たデイン。突如、横合いから現れたことでボリスも反応が遅れ、一瞬ではあるが硬直する。


「おらぁぁぁ!」


「ふん」


 地面に落ちてあった鉄の棒をデインはその手に持ち、それをボリスへ目掛けて叩きつけようとする。

 しかし、ボリスは躱すこともなく、腕でガードして鉄の棒を難なく受け止めた。


「おい! お前はさっさと先にいけ!」


「は? 何言ってやがる?」


「セルゲイを連れてさっさと行けって言ってんだよ! こいつは俺がなんとかする!」


「無理なことを言ってんじゃねえよ! そいつは――」


「てめえの目的はこいつが最終じゃねえだろ!!」


「――っ」


 デインの言葉に、何が言いたいのかを察するテオ。どういう結末を迎えようと、テオの目的はクリサリダへと報復をすることだ。

 ボリス一人を片付けたとしてもそれは終わりではない。そして、この場に残るということは死を意味するのみ。だからデインはここに残り、先へと行けと言ったのだ。


「ボリスと因縁があるのは俺だ……っ! お前の因縁はこいつじゃない。だから行け!!」


「……悪い」


「謝ってんじゃねえよ。こいつボコしたらすぐ追いつくからよ。早くしろ! 足止めできんのは今だけだ!!」


 たった一人でこの化け物とやりあうなんて馬鹿げている。そう心の中で考えていたテオだが、薄らと気づいてはいた。

 デインはここに残り、死ぬ気で戦おうとしているのだと――。


「……死ぬなよ」


「おうよ」


 その会話を皮切りに、テオはその場からセルゲイの元へと走った。

 振り向くことはしない。テオがデインを認めた瞬間でもあった。


 右肩を貫かれ、意識が曖昧となっているセルゲイの元へと駆け寄ったテオは、セルゲイの容体をまずは確認しようとした。


「おい! しっかりしろ! 生きてるか!?」


「隊……長……」


「……元気あるな。抜くとかえって失血死しちまうか。後ろの鉄骨を切り離す。肩を貸すからこの場から逃げるぞ」


「ぅ……」


 セルゲイの体のダメージは深刻だ。この場で鉄骨を引き抜きでもすれば、逆に体内の血液が外へと溢れ出てきてしまう。

 人体の体にある血液はおおよそ四から五リットル。出血したとして、一リットルもの血液が失ってしまえば生命に関わるとされている。

 この状態ならむしろ鉄骨を引き抜かずにそのまま移動する方が生存率は高いとそう判断したテオは、セルゲイの後ろにある折れかけた鉄骨を切り離し、セルゲイの肩を担いで立ち上がった。


「あの野郎がなんとかしてくれる。俺達は先に行くぞ」


「――――」


 ボリスはデインに任せる。互いに託しあった彼らは、目線も合わせることもなくその場から離れ合っていった。


△▼△▼△ △▼△▼ △▼△▼


 ――寒い。まるでロシアの雪原の中にいるような、そんな感覚だ。

 いつからだろう。死を覚悟しないと感じたのは。いつだって生きることを優先とし、助けるよりも助けられてきた。

 いつからだろう。死を怖いと感じなくなってしまったのは。頼れる仲間達がいたことで、自身の死を予期することはなくなってしまった。


 セルゲイは仲間に恵まれてきた人生だった。

 今の今まで、セルゲイが生き残ってこられたのは仲間が代わりに死んでいっていたからだ。


「――ゲイ」


 それがまさか、自分が死ぬ役目になるとは考えもしなかった。

 死ぬのは怖い。人間であれば誰でも思うその感情を、セルゲイは久しぶりに思い出していた。


「セルゲイ、……セルゲイ!」


「――ぅ」


 意識が朦朧としながら、テオに名を呼ばれて目を開けるセルゲイ。

 焼けつくような痛みが今も尚、セルゲイの右肩へと襲い掛かり、腕も上がらない。右腕の感覚がないということはそういうことなのだろう。


 もう、セルゲイの右腕は一生使えることはない。

 それは軍人としての生命が絶たれたことを意味しているのだが、そんなことよりも深い傷が重くのしかかってきている。


「しっかりしろよ。お前は俺が絶対に死なせない。ミスリルまで辿り着けば……アメ公の力を借りるのは癪だが、なんとかしてくれるはずだ」


 テオはこの状態を見ても希望的観測を捨てなかった。

 仲間思いの彼だ。烏丸やレスターの時と同じようにして、セルゲイも仲間として見てくれているのだろう。


「……隊長、俺を……」


「止血できるものがあれば良かったんだがな。そこは我慢してくれよ、男だろ?」


「俺を……」


「ミスリルまであとどんくらいだ? 結構歩いたが、道を間違えたなんてないよな」


「俺を……置いていって下さい」


「――うるせえ」


 セルゲイの言葉を無視し続けて、最後の言葉を聞いてテオはようやく言い返した。

 セルゲイは悟っていた。もう自分が助からないことを。もうあと数分もしないうちに自分は死んでしまうことを。


「もう……俺はここまでです。だから……」


「てめえの死を勝手に決めつけてんじゃねえよ!」


「……アフガンにいた頃を思い出しますね」


「ああ?」


 何が何でも生かせようとするテオを見て、セルゲイは自身の過去を語ろうとした。


「あの時も……そうでした。仲間が死にかけているところを……俺が肩を担いで……それで仲間は言いました。俺を置いていけ……と」


「……もう喋んな」


「役割が俺に……回ってきただけなんです。きっと……これは抗えないサイクルなんだ」


「死なせねえって言ってんだろ!!」


「もう手遅れなんだ!!」


 反論するテオへと、声を絞り出してそう言ったセルゲイ。その声を聞いて、喉を詰まらせるテオは、セルゲイの目を見た。

 彼の目はもう、死へと近づきつつあったのだ。


「ここは……モルフの巣窟だ。俺の血の匂いに釣られて……奴らが集まってくる」


「っ、だとしても、お前を置いてなんて……」


「あなたにはやるべきことがある筈だ。奴らに報復するんでしょ?」


「だから……お前らが死んでまで……それを……」


 テオの目的は裏切ったクリサリダへと報復。しかし、仲間を切り捨ててまでそれをやり遂げたいと考えたことは一度もない。

 全員で生き延び、奴らを殲滅する。今頃になって気づいた。それがどれだけ理想論なのかを。


 そして、肩を担いでいたテオから離れようとしたセルゲイは、テオの胸を手で押した。


「……セルゲイ?」


「待っています……レスターさんと、烏丸と一緒に……隊長が来るのを……」


「セルゲイ……っ」


 覚悟は決まった。もう、テオにはこれ以上何かを言うことなんて出来はしない。

 もう決まってしまっているのだ。これほどの覚悟を決めた人間を、テオは止めることはできない。


「だから……行ってください」


「……わかった」


 穏やかな表情をしているセルゲイ。それがどれほどの痛みを我慢して作った表情なのか、テオには分かっていた。

 分かっていたからこそ、テオも覚悟を決めなければならない。


「俺の……武器を……」


「ああ」


 セルゲイの持つ武器の全てをテオへと託し、託されたテオはもう一度セルゲイの顔を見た。


「俺は必ず奴らへ報復する。烏丸とレスターに……よろしくな」


「待っています。……ご武運を」


「……ああ」


 その会話を最後に、テオはセルゲイへと背を向けて走った。

 もう、振り返ることはしない。

 もう、会うことはない。

 次に会うことがあるとしたら、それは死んだ後の話だ。


 だから、もう二度と振り返りはしない。



 一人、棒立ちの状態で立ちすくんでいたセルゲイ。彼の右肩からは今も止めどなく血が溢れ出てきており、その血は足元の地面を赤く濡らしていた。


 足音が聞こえた。ヒタヒタと、忍び寄るような気配。およそ人間とは思えないそのなにかは、鉄臭い血の匂いに釣られてやってきている。

 セルゲイもその存在には気づいていた。

 逃げようにも逃げられない。万全の状態であったとしても同じことだが、セルゲイの命の終わりはゆっくりと近づきつつある。


「俺も……ここまでか」


 聴力だけはまだ健在ではあるが、視力ももうダメになってきている。

 視界はぼやけ、血液が全身を巡りきっていないことで頭痛も激しくなっていた。

 しかし、一番は力が抜けてきていたことだ。

 これが死なのだと思い知らされながら、セルゲイは腰に巻きつけた最後の手榴弾を手に取る。

 テオが持っていかなかった最後の一つ、彼が持っていかなかったのは、この為であったのだろう。


「本当……最後まで助かります」


 この場にはいないテオへと向けて感謝の言葉を並べながら、セルゲイはその信管へと手を伸ばす。


 それと同時に、セルゲイへと噛みつきにかかる『レベル4モルフ』の群勢。肩、足、手と、あらゆる箇所を噛みつかれながらも尚、セルゲイは構わず手榴弾の信管の取手を掴む。

 もう痛覚もほとんどなくなっていた。だから、モルフに襲われたところで何も痛みに叫ぶこともなかったのだ。


 信管を引っこ抜き、爆発するまでの残り数秒、セルゲイは天を――空を仰いだ。


「どこにいっても……綺麗だな」


 それがセルゲイの最後の言葉となった。


△▼△▼△ △▼△▼ △▼△▼


 走った。

 走った。

 走った。


 息継ぎの間もないくらいに、体力の限界を超えるほどに走った。

 後ろから聞こえる爆発音。それが何を意味するかを理解しながらも、彼は走った。


「ちくしょう……」


 止まらない。止まってなどいられない。

 この生命、託されたこの生命を失わせるわけにはいかない。

 もう二度と、あんな地獄はごめんだ。


「ちくしょう!!!!」


 テオパルド・フィンガーは叫んだ。これ以上ないほどの悔しさを込めて――。


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