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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase5 第五十五話 『仮面の奥底』

「お前は俺達から離れて動け」


「はぁ?」


 突然、テオからそう言われたデインは何の為にそうするのか分からずに首を傾げた。

 椎名達と離れ離れになり、大量の『レベル4モルフ』を撒いて、少し休憩を取っていた中での出来事だ。


「正確には俺達が見える位置にいながら追跡してこい。隠密に動くのは苦手じゃねえだろ?」


「いや……何の為にそうするんだよ?」


「三人で堂々と街中を歩くのはリスキーだからだ。俺達がよくやるやり方でな。面倒な敵が出てきた時に、一人だけでも敵の警戒に入っていなければ崩しやすくなる」


「それなら俺じゃなくてセルゲイがやればいいんじゃねえのか?」


「俺とセルゲイなら連携が取りやすい。お前は単独でも動けるタイプの人間だろ。その上での判断だ」


「……そうかよ」


 テオの戦術的な作戦を聞いて、納得せざるを得ないデインは素直とは言えない態度で渋々了承した。

 椎名といれば、恐らくはそのような作戦を思いつくこともなくいただろう。テオという男のリーダー性を知らなかったデインは、今一度この男の強さというものを再確認した。


「何かあれば呼べ。すぐに応援にいく」


「はいよ」


 テオの指示に従い、その場から離れた位置へと移動するデイン。別行動には違いないが、あくまでテオ達を捕捉できる位置に距離を置くだけだ。

 正直、一番安全な場所にいると思われてもおかしくはない立ち回りにはなるが、取りまとめ役がそう指示したのだ。デインとしても、損な役回りでは無い為に断る理由はなかった。


「セルゲイ、残弾はどれだけ残っている?」


「ほとんどの弾丸を車の中に置いていくことになりました。なのであるのは予備のマガジンが三つというところですね」


「ちっ、俺も似たような感じだ。近くに軍人の死体でもあれば補給できるんだがな」


 数少ないが、テオ達の武器は銃弾に限られている。その貴重な残弾をどう使うかは、戦闘になるタイミングを見計らう以外にない。

 かつてはロシアの軍人がよくやっていた、味方の死体から武器を調達するという手段を行使したいテオであったが、生憎とそれらしい死体はこの近くにはない。


「ミスリルまでの距離は?」


「およそ三十キロ地点ですね」


「慎重に進めば日が暮れちまうな。やはり足がいるか」


 ミスリルまでの距離はまだまだ遠い。その上で急ぐ必要もあったのだが、『レベル4モルフ』が蔓延るこの都市の中を歩いていくには慎重に動かざるを得ない。

 ただでさえ、人口密度が高いとされる地帯だ。五体以上も出てきてしまえば厄介な奴らを数百体も相手にするには無理難題に過ぎる。


「車が欲しいが……さっきみたいな状況がまた起きれば今度は逃げ場が無くなる。クソッタレだな」


「斥候の気配は感じられないですが……」


「万に一つの可能性があれば推奨はしない。恐らくはサーシャ達の方に向かったのだろうが、敵が一人とは限られねえからな」


 サーシャ達と別行動になった要因、それは人間による敵がテオ達に妨害を仕掛けてきていたのだろうと彼はそう推測していた。

 あれ以来、テオ達にアクションを起こしてこないところを見るに、その推測に間違いはないだろう。

 ただし、それは敵が一人であればの話に限られる。テオの考えでは、あの状況を引き起こした敵は一人ではないということだ。

 もし、敵が複数いるのであれば、別行動をしているテオ達の方にも誰かが潜んでいる可能性は否定しきれない。

 その可能性があるから、テオはデインを別の位置に離させたのだ。


「中々思い通りにはいかねえもんだな」


「いつものことです」


 良いか悪いかでいえば悪いと言える今の状況に、セルゲイは毎度のことと吐き捨てたが、それはその通りだ。

 サイレントハウンド部隊を結成してから今に至るまでアクシデントが起きなかったことなど一度もない。

 それらの死線を潜り抜けてきたからこそ、今のテオ達がいるのだが、文句を言ったところで何も変わらない。


「死角に気を遣いながら歩け。それが姿を現すとしたら、恐らく一瞬の内だ」


「……了解」


 何が姿を現すのか、曖昧な返しをしたのは何が出てくるか分からないからだ。

 

 それから彼らは沈黙し、明るい昼の街中を気配を殺しながら歩いていく。

 普段は賑わいを見せるであろうその景色は殺風景そのものを表している。まるでゴーストタウンの中にでも迷い込んだかのような――というよりはそうなったと形容するのが正しいほどに静けさに溢れている。


「――――」


 銃口は下げないまま、テオとセルゲイの二人は地道に前方の安全を確保していく。

 彼らには見えていないが、その後ろの離れた位置からデインも後をつけてきている。万が一があれば無線機を渡していた為、連絡を取り合うことが出来るのだが、今はその必要性はない。

 歩兵としての今の役割は、どれだけ戦闘を減らして進んでいけるかどうかだ。

 テオもセルゲイもそれは分かっている。だからこそ、視野を広くして前進を続けていた。


「都心部に近い割にモルフの数が少ねえな。数千体はいてもおかしくはねえ状況だが……」


「屋内に潜んでいる可能性が高いですね。そうなると建物の中から進むのもリスクがあります」


「あえて外を歩く方が生存率が高いってか。メンタルが心配になってくるぜ」


 今のテオ達にとって最も回避したいのはモルフの群勢に出くわすことだ。

 人が集まる都心部こそモルフの巣窟となるのは必然だ。目的地であるミスリルがその地帯に構えているからこそ、テオ達は都心部の真ん中を歩く以外に道はないのだが、心臓に悪いことには違いない。

 ともかく、何が起きてもおかしくない今の状況では慎重に動く以外に何もすることはない。


「このペースなら――」


「隊長、止まって下さい」


「……なんだ?」


 セルゲイに止められ、その言葉を聞いた直後にテオは足を止めた。

 前方、数十メートル先の交通量の多いであろう交差点のど真ん中に立ち尽くす何かがそこにいたことに気づいたからだ。

 その何者かは黒いコートに身を包み、正体を隠す為か顔部分に仮面のようなものをつけていた。


「一般市民……じゃねえな。とち狂った野郎じゃないのならば、あれは……」


「隊長が推測していた敵……ですか?」


「構えろ、セルゲイ。野郎はこっちに気がついている」


 よほどのバカでもない限り、あれは敵で間違いない。そう判断したテオは、セルゲイへと戦闘準備の合図を鳴らす。

 射程圏内にいる以上、分があるのはこちら側だ。あの仮面の男は武器も持っていない。何をもってあのような無防備を貫いているのかは不明だが、地の利を活かすならそれを使わない手はない。

 テオとセルゲイは互いに距離を離し、建物の壁を利用して陰に伏せる。


「――――」


 ハンドシグナルでセルゲイへと指示を飛ばし、来たる瞬間への準備を取る。

 仮面の男はテオ達の存在に気づいている筈。その上で、何を仕掛けてくるか分からないとあれば、自分達の身の安全を確保しながら仕掛けるのは定石だった。


「よし」


 この距離ならば狙える。そう考えたテオは武器をサプレッサーが取り付けられた拳銃に持ち替え、その銃口を仮面の男へと向けた。

 銃声音を抑える役割があるサプレッサーを取り付けたのは、周囲のモルフに気づかれないようにする為だった。

 最後の最後まで、テオは生存確率を上げる為の動きを取り計ろうと試みていた。

 そして、テオの拳銃から銃弾が飛び、仮面の男へと真っ直ぐ向かっていく――その刹那だった。


 仮面の男は待っていたかの如く、その場からとんでもない脚力で真上へと飛び、信号機の車両用灯機の部分へと手を掴み、テオの放つ銃弾から躱すことに成功する。


「なっ……!?」


「――――」


 普通の人間であればあり得ないであろう動きを見せられたことで、テオは驚きの表情を浮かべる。

 どんなオリンピック選手であろうと、あのような跳躍力を見せる人間は存在しえない。

 ならばあれは――。


「っ!」


 答えを導き出す寸前、車両用灯器を掴んでいた手を離し、地面に降り立った仮面の男はその着地と同時にテオの方角へと真っ直ぐに直進してくる。

 それも普通の人間には考えられない速度、いわばチーターが獲物を追いかけるが如き速さで接近してきたことで、テオはすかさず構えていた拳銃を引き、後方へと走った。


「ちっくしょうが!!」


「隊長!!」


 テオへと迫り来る仮面の男を迎撃するべく、道路の向かいにいたセルゲイが仮面の男目掛けて銃撃を開始して牽制を図る。

 しかし、仮面の奥にある目から見えているとでもいうのか、仮面の男はその全ての銃弾をステップを組むだけで避け切った。


「こっちに……こい!!」


 セルゲイへと狙いを絞らせないように、テオは再び仮面の男へと銃弾を撃ち、そのまま建物の窓から屋内へと逃げ込む。

 まともにやり合っても勝てる相手ではない。先ほどのセルゲイの銃撃を避け切った時点で、形勢は明らかに仮面の男が押してくることとなっていたからだ。


「クソが!! こんなところで鉢合わせるなんて聞いてねえぞ!!」


 武器を中、近距離武器の小銃に持ち変え、なりふり構わずに建物の中を走るテオ。もう彼には、敵が何者かが見えてきていた。


「クソクソクソ!! なんで『レベル5モルフ』がこんなところにいやがる!?」


 あの仮面の男は間違いなく『レベル5モルフ』だった。

 その確信は一度目の攻撃の時点で気がついていた。

 秒速において千に近いスピードを誇る銃弾を避ける人間なんて、よほどの超人でも無い限りはありえない。加えてあの跳躍力とスピード、どう見ても運動能力が人間のそれを遥かに超えている。


「うおっっ!?」


「――――」


 敵は待ってはくれない。突如、別の窓ガラスを突き破って屋内へと侵入した仮面の男が、その手に鎌のような形状をした武器を握ってテオへと攻撃を仕掛けてくる。

 テオはこれを持っていた武器で咄嗟に防御に徹した。しかし、激突と同時に仮面の男は跳躍し、壁から壁へ、天井から床へと変速的な動きでテオの視界を揺るがしながら攻撃を仕掛けてくる。


「くっ、この……っ!!」


 まともにやり合っても勝てる相手ではない。それでもギリギリの状況でテオは仮面の男の攻撃を掻い潜りながら戦うことができていた。

 しかし、それは反撃の一切を捨てて防御に集中していたからできた所業であった。

 反撃に徹することが出来ない今の状況では、いつ致命傷を与えられてもおかしくなかった。


「スーパーマンかよっ! 調子に……乗るんじゃねえ!!」


 一手でも間違えれば死ぬギリギリの瀬戸際で、テオは足元の小さな瓦礫を蹴り上げ、仮面の男の下腹部にぶつけた。

 一瞬、身じろいだその瞬間を見計らい、テオは持っていた小銃の引き金を即座に引いた。


「――――」


 仮面の男は冷静だった。狭い通路の中を飛び回りながら、テオとの距離を離して銃弾を掻い潜っている。

 ただの一発も当たらないのが最悪なのだが、テオの判断は正解であった。

 あのまま防戦一方の状況が続けば、危ないのはテオの方であったからだ。


「うおっ!?」


 しかし、距離なんてものは相手には関係なかった。

 仮面の男は持っていた鎌をテオ目掛けて投げつけてきて、それを持っていた小銃で跳ね返す。

 その隙を見計らい、仮面の男は十分にあった距離を一瞬にして縮めてくる。


「クソッ!!」


 すぐさま反撃を仕掛けようとしたテオであったが、仮面の男の読みは鋭かった。壁の側面を忍者のように走り抜け、テオの真後ろに着地した彼はそのままテオの首を抉り切ろうと鎌を振りかぶる。


「お、ぁあああああっっ!!」


 一瞬の判断でも間違えてしまえば死が確定する瀬戸際で、テオは小銃を前に出して盾のように防ぐことに成功する。が、仮面の男はお構いなしに鎌を引く力を弱めず、テオの首を圧迫させて窒息に追い込もうとした。


「がっ……ぁ……」


 人間と『レベル5モルフ』では圧倒的に力の強さが違う。それを証明させるかのようにして、徐々にテオの首が絞められていく。


 死ぬ、殺される。それが頭をよぎったその時だ。


「隊長!!」


「――――」


 窓際から顔を出したセルゲイがテオと仮面の男目掛けて小銃の銃口を向けて放とうとする。

 その瞬間、テオの首を絞めにかかっていた仮面の男はその場から後退し、あわやのところでテオが殺されることを防ぐ結果となる。


「がはっ、げほっ!!」


 限界まで首を締め上げられていたことで咳き込むテオであったが、その隙をカバーするようにしてセルゲイが仮面の男目掛けて銃撃を開始する。

 その途端、仮面の男は闇に紛れるようにして通路の奥へと高速の動きで逃げ込んだ。


「隊長!」


「俺に気にかけるな! 外に出るぞ!」


「――了解」


 生かすべきは頭ではないと、そう暗に告げたテオに従って二人は屋内から窓の外へと飛び出す。


 そして、仮面の男を見失った状況のままテオとセルゲイの二人は銃を構え直した。


「助かったぜ。それでもって気は抜くな。あいつは『レベル5モルフ』だ」


「……どうしますか?」


「決まってんだろ、ここで叩く」


 逃げるという選択肢を捨てて、あえて迎撃の選択を選ぶテオに、セルゲイは不満一つなく了承した。

 現状、圧倒的に不利なのはテオ達なのは変わりない。仮面の男は姿を眩まして、隙あらばテオ達を殺しに掛かろうと虎視眈々としているのだ。

 真っ向からこられても厄介なあの戦闘力を持ちながら、それでもあえてこちらの嫌がる戦法を取る仮面の男にテオは慎重さがあるのだと勝手な推測をしていた。


「だとしても、こっちに手が無いわけじゃねえ」


「――――」


「セルゲイ、俺達であの野郎の隙を生ませるぞ。タイミングが重要だ」


「了解」


 そう、テオ達にとってこの状況は全くの手が出せない最悪の事態ではない。

 その理由は彼が伏線として残していた第三者の存在によるものだ。


「くるぞ!! 上だ!」


 策を考えさせる余裕を与えさせないのか、仮面の男は真上からテオの頭部目掛けて鎌を振り下ろしにきていた。

 互いに別れるようにしてその場から避けた二人は仮面の男を挟撃する形で左右に分かれた。


「今だ!!」


 互いに誤射しないよう、斜めの方角に分かれた二人は仮面の男へと銃撃を放つ。

 しかし、『レベル5モルフ』の力を持つ仮面の男は冷静だった。

 銃口から射線を読み切ったのか、バク宙をして全ての弾丸を避けていく。

 そして、仮面の男を建物の壁へと押しやった彼らは銃撃を止めた。


「追い込んだぜ、クソ野郎」


「――――」


「随分と余裕だな、この距離でも十分に避けられますよ? とでも言いたげだが……」


 テオの語りかけに対して、仮面の男は何を考えているのか分からないがその全身に動きの変化はない。

 おそらく、テオの言葉通りなのだろう。ここで銃撃をしたところで、仮面の男は躱せる手段があるということだ。

 そしてそれは、テオ自身もよく分かっていた。


「お前は一つ、読み違いをしている」


「――――」


「教えてやろうか?」


「――そんなに、死にたいか?」


「……ようやく喋ったと思ったら不吉な野郎だなおい。死ぬのはお前なんだよボケが」


 仮面の男からその一言が聞こえた直後、テオは手を挙げて合図を出した。

 その瞬間、テオの視界から見えていた仮面の男の真上、そのビルの窓からデインがナイフを構えて飛び降りた。

 文字通り、仮面の男からは死角であるその奇襲を奴は避けられない。そう考えていたのだが、


「うおっ!?」


 デインのナイフによる振りをサイドステップで躱した仮面の男。しかし、それはギリギリによるものであり、デインのナイフが仮面へと届き、切り裂いた。


「撃て!!」


 この瞬間を逃してはならないと、テオ達は仮面の男目掛けて銃撃を放つ。

 その攻撃に対し、仮面の男は羽織っていた黒コートを投げ、目眩しのように放つことでテオ達の銃撃を躱した。


 状況は一変する。切り札であったデインの奇襲を躱されたことで、仮面の男を殺す為の唯一の手段が無くなってしまった。


「ちくしょう……すまねえ」


「いや……いい。それよりも見ろ、あのクソ野郎の顔面が拝めるぞ」


 パキパキと割れていく仮面、それはデインのナイフによる奇襲で生まれたものだ。

 正体が分からないままではない、この男が何者なのか、その顔面が露わになる直前、仮面の男はこう言った。


「……なぜ、キミがここにいる?」


「あ? ……いや、待て。その声は……」


 デインへと向けて語りかけられたその一言を聞いて、デインは目を見張った。

 聞いたことのある声色、それはデインの知る人物の声だったからだ。記憶を辿ろうとするも、それは必要のないものとなる。

 なぜなら気づく前に仮面が割れていき、その顔が露わになったからだ。


 そして気づく。仮面の男の正体が――。


「……ボリス?」


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