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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase5 第五十二話 『分断』

「ゲホッ! クソッ! 耳が痛え……」


 耳鳴りと粉塵が聴覚と視界を遮断し、デインは立ち上がろうとした。

 怪我はない。それよりも確認したいことは周囲の安全と皆の状況だ。

 薄く見える視界の先、影が見えた。


「――っ!」


「待て」


 銃を構え、お互いを死人した両者。デインの額と向けた銃口の相手はテオだった。

 お互いに銃を向けあい、それが味方だと認識した二人は銃口を下げた。


「……状況は?」


「知るか。セルゲイもこっち側にいた。多分、サーシャ達はあっち側……ちょうど分断されたような形だな」


「ってことは……椎名もあっちか」


 乗り捨てた車を隔てていた彼らは、それを境界線とするかのようにして綺麗に分断されていた。

 デインにとっても、椎名は最優先で行動を共にしたい者だ。最悪の形で分断させられたと言っても過言ではない。


「合流を急ごう」


「……いや、無理だ。あれを見ろ」


「マジかよ……」


 テオが視線を向ける先、粉塵が収まり、視界が開けた先に白い肌をしたモルフが何体もいた。

 あの爆音を聞いて集まってきたモルフ、『レベル4モルフ』がテオ達を視認したのだ。


 テオはすかさず、持っていた無線機を手に持つと、


「聞こえるか、サーシャ。応答しろ」


『――ザザ、最悪の状況だよ。テオ』


「聞かなくても分かる。こっちも同じ状況だ」


『そうかい、どうする?』


「合流は無理だ。これより二手に分かれて行動、生きている奴らだけでミスリルを目指せ」


『……了解』


 無茶な命令は下さず、端的に次の目的を告げるテオ。

 それに対して、不満を持っていたのはデインだった。


「おい、合流しないでいいのかよ?」


「そんなことが出来る状況だと思うか? あの白い体した変態共に聞いてみろよ」


「……クソッタレだな」


 あの数の『レベル4モルフ』とやり合いながら、合流を目指すのは得策とは考えずらい。

 そして、テオとサーシャのやり取りから分かることは、向こうも同じような状況ということだ。


 下手に囲まれでもすれば、それこそ全員の命が危なくなってしまう。

 だからこそ、テオは二手に分かれての行動を推したのだった。


「隊長……」


「よし、お前ら全員聞け。あの数の『レベル4モルフ』とやり合うのは弾の無駄遣いだ。逃げながら撒くぞ」


 セルゲイが合流し、テオは次のやるべきことを二人に告げた。

 そして、こちらを視認していた『レベル4モルフ』が身震いをする。

 ――その予兆は臨戦体制に入ったことを意味していた。


「来るぞ! 走れ!」


「「了解!」」


 テオが合図を挙げた瞬間、彼らはその場から走り出した。

 数えきれないほどのモルフがテオ達へと向けて襲いにかかるのはその合図を切った瞬間と同時だった。


△▼△▼△▼△▼△▼


「フィン! 相手にしなくていいよ! 早く逃げな!」


「言われなくてもそうしたいっす!!」


 銃声音が鳴り響き、その音は止まらないままにして断続的に周囲を響かせる。

 テオ達と同様、『レベル4モルフ』達に襲われていたサーシャ達は逃げる選択肢を選んでいた。

 しかし、圧倒的なまでの物量から逃げることは難しく、フィンが応戦しなければならないほどに苦しい状況となっていた。


「私が出ます!」


「ちょっ!?」


 混戦状況の中、椎名が前を飛び出したことに驚いたサーシャが止めようとした。

 しかし、勇猛果敢――いや、無謀とも言える咄嗟の動きに反応が遅れてしまう。


「やあああっっ!!」


 一斉に椎名へと向けて襲いかかる『レベル4モルフ』の牙に、椎名は後ろ回し蹴りという単純な攻撃で持って――。


 そう、その一撃だけだった。たったそれだけの動きだけで、椎名に襲いかかろうとした五体の『レベル4モルフ』が目の前から姿を消した。


「え?」


 サーシャの目から見て、姿()()()()()と表現するのが適切な回答だった。

 しかし、解答としては違う。

 椎名が後ろ回し蹴りをした直後、その蹴りに当てられた複数のモルフが蹴り飛ばされたのだ。

 あまりの威力に、サーシャもフィンも何が起きたのか理解が追いついていなかった。


「今のうちです!」


「あ、ああ!」


 一番、この中で守られるべき存在に守られて、その上逃げる手伝いを椎名にさせてしまっている。

 情けない話だが、そんな安いプライドを守る暇はない。

 サーシャはフィンに手招きをして、退路を確保していく。

 そして、数多くの『レベル4モルフ』に対して足技だけで対処している椎名を見て、


「モルフ相手に接近戦を仕掛けるのは馬鹿のやること……なのに、あの子はそんな常識を覆している」


 モルフという存在を知り、その前知識を持っていれば誰でも接近戦という手段は選ばない。

 傷一つでもつくことがあればそれで終わり。そんな圧倒的不利な状況で、傷がつく可能性が高い接近戦を選ぶ人間はこの世にはいない。

 だから、人類はモルフ相手に遠距離による銃撃という方法をスタンダードとして確立させてきたのだ。


 しかし、椎名真希は違った。銃の一つも使わない彼女は、格闘術というマーシャルアーツそのものだけでモルフと戦っているのだ。


「これが……『レベル5モルフ』」


 前線を走ってきたサーシャには、椎名の強さは完全に知り得ているわけではない。

 ヴェノムという化け物を相手にした時、彼女はあの巨体相手に善戦していた。

 それが『レベル4モルフ』に相手が変わるだけでこうまで差が出るものなのかと、サーシャは驚きを隠せなかった。


「姉さん、早く!」


「わかってるよ、フィン」


 椎名が時間を稼いでくれているなら、それにあやかるのが一番の手段だ。

 サーシャとフィンは狭い路地を走り、モルフが集結しようとしている地帯から一刻も早く抜け出そうとする。


「どうするんすか? テオさんは合流はしないって言ってましたけど……」


「ここまできたら仕方ないさ。ミスリルまではおよそ四十キロはあるかどうか……フルマラソンはやったことあるかい? フィン」


「聞いたことはないっすけど……なんか嫌な響きがするんでやりたくないっす」


「はっ、私もだよ!」


 合流は諦め、真っ直ぐ目的地へとこのメンバーだけで向かうことを指針とするサーシャ。そして、彼女は走りながら手に持つウィンチェスターを前へと向け、こちらへと迫ってきていた『レベル4モルフ』を撃ち抜いた。


「あの子が頼りだ。後ろは椎名に任せて、私達は前を切り開くよ!!」


「了解っす!」


 絶望的な状況下の中でも乗り越えられる可能性がある椎名の存在に、サーシャとフィンの二人は希望を抱いて前へと突き進む。

 重い武器を担いでの全力ダッシュだ。当然ながらしんどくないわけがない。

 しかし、足を緩めてしまえば、その隙を狙われて殺される可能性は高い。後ろを椎名に託していても、全部のモルフを食い止めることは出来ないのだ。


「フィン、左きてる!」


「任せてくださいっす!!」


「前はダメだ! 右にいくよ!!」


 鉄骨がひしめく建設現場の地帯を走る一同。右にも左にも、あるいは真ん中でも進むことができる選択肢の多い状況だが、その進む先にもモルフはいる。

 サーシャはその中で進む先を見極めて、フィンへと指示を出していく。

 彼は銃の撃ち手にしては珍しい、走りながらの狙撃を可能とする類稀なるセンスを持つ男だ。

 こういった入り組んだ地帯での戦闘においては、フィンの能力が最大限に発揮できると言えるだろう。


「物陰に注意しな! 死角から攻めてくるよ!」


「ういっす! それとあの子は大丈夫っすか!?」


「椎名なら大丈夫だよ! 生存率でいえば私達よりも高い!」


 ずっと走り続けていたことで後ろにいるはずの椎名の姿が見えなくなり、フィンが気にしていたようだが、サーシャはあえて気にしなかった。

 それだけ椎名の戦闘力を買っていることもそうなのだが、理由はもう一つある。

 この状況、囲まれでもすれば一巻の終わりとなってしまうサーシャ達の現状に、自身のことを考えて動かなければまず助かる気がしないのだ。


『レベル4モルフ』もこちらを視認しているわけでもなく、ただサーシャ達の走る足音に寄ってきているだけだ。

 現れた瞬間、そこを狙って撃ち抜くという作戦に徹することで、『レベル4モルフ』の俊敏な動きに銃弾が避けられるということもなくなる。


「数が減ってきたね! 突っ走るよ!」


「うっす! もう走り疲れたっす!!」


 ラストスパートだと言わんばかりに、二人は更に移動を開始していく。入り組んだ建設地帯の中を走り抜けながら、一体どこをどう向かっているかも分からなくなってきていたのだが、今は安全を確保することが先決だ。


 二人の持つ銃から銃声音が鳴らなくなってきたことで、敵の姿がいなくなってきたことが明らかになったところでサーシャは銃を下ろし、


「……ひとまず、大丈夫だね」


「ひぃぃ、本気で疲れたっすよ……。よく死ななかったっすよね、俺たち」


「ほんとその通りだよ。生きているのが奇跡だ」


 今、生き延びていることが信じられないような様子で二人は互いに感傷的になる。

 あの数の『レベル4モルフ』を相手にしたことは二人にとっては初めてのことであり、ましてや地上戦であれをどうにかするなど馬鹿げているのだ。

 様々な死戦を潜り抜けてきたサイレントハウンド部隊の一員とはいえ、複数体の『レベル4モルフ』とやり合うのは圧倒的に割に合わないのである。


「椎名、大丈夫かしらね」


「ずっと後ろにいたっすもんね。まだやり合ってるとか?」


「だとしても、あの子の力から見ても負けることはないよ。あの戦場に私達がいても足手纏いにしかならないからね」


「そんなヤバいっすか?」


「あれ一人で一個師団並の戦力があるって聞いたら納得するかい?」


「あー……納得っす」


 椎名の強さの底を計り知れない言い回しをされて、フィンは引き気味に頭を掻いていた。


「っても、災難っすよねぇ。なんでこんなことになったんだか」


「……そうね。元を正せばそこなのよ」


 今の状況を振り返るようにして、サーシャはその場で考え込む。

 走ったことで結んでいた髪が解け、金色に染まった髪が銃にかかりながらも、彼女は気にせず頭の中で今までのことを思い出していく。


「テオ達と分断したことも……いや、そもそも車での移動中に引っかかったあれは何? ワイヤーのように見えたけど……どうしてそんな罠のような仕掛けが……」


 なぜ、サーシャ達が徒歩になり、仲間と分断されて、『レベル4モルフ』から逃げなければならないことになったのか、その全ては車のタイヤに引っかかったワイヤーのような仕掛けからが始まりだった。

 あれだけではない。いざ、車から降りてからの建物内部の爆発による倒壊、それらがまるで、テオ達から遠ざけようとしているかのように見えてきてしまうのだ。


「人間の敵がいる? だとしたらクリサリダ……? いや、やり方がまどろっこしい。そもそも、私達を見て仲間だって気づく筈でしょうに」


 人為的な罠と誘導、それが人間によるものだと推測が出来ても、何者かの断定が出来ない。

 少なくとも分かることと言えば、その何者かはサーシャ達に敵意を向けていることだけだ。


 話が難しくなってきたことでフィンも疲れたのか、ため息を吐くと、


「まあ、俺らを狙う奴らがいるにしても、襲いかかってかてないから様子見しているんじゃないっすかねえ」


 フィンは疲れた様子を見せながら、近くにある瓦礫に座ろうと歩き出す。

 ちょうど、罠という言葉が頭の中にあったことがサーシャの勘を働かせることになった。

 ――フィンが歩く先、その地面を見ていた彼女は何かに気づく。


「待て、フィン! 動くな!!」


「え?」


 大声で制止の声を掛けられたことで、フィンはその場で立ち止まる。

 普段は落ち着いた様子を見せるサーシャの必死な形相に、フィンも面を食らって硬直したのだが、それで良かった。

 フィンの足元、そこに目線を向けたサーシャが指を差すと、


「ワイヤートラップがある。右前足より十センチ前……」


「う、嘘でしょ? そんなタイムリーな……」


「そう、いくらなんでも都合が悪すぎる。これは――」


 銃を持ち直したサーシャはフィンへと目を向けるのではなく、周囲へと目線を配り、こう答えた。


「私達は何者かのテリトリーに誘き寄せられたんだ」


 殺意を持ってサーシャ達の命を狙おうとする者の存在がいることを言葉に出し、サーシャは周囲を見張る。

 未だに姿を現さない何者かはサーシャ達の動きをどこからかで視ているに違いない。

 しかし、気配を感じないことから、相手が相当の手練れであることは予測がついていた。


「ど、どうするんすか?」


「……私が先行する。フィン、あんたは私の後ろに――」


 慎重に動こうとサーシャはその場からの移動を促そうとした。

 しかし、その瞬間であった。


「姉さん! 後ろ!」


「っ!」


 フィンの声掛けに、直感に従ったサーシャは持ち手の銃を盾にするようにして後ろを振り向いた。

 そして、ナイフの刃が寸前で銃にぶつかり、あわやサーシャの首を狙った奇襲を防御することに成功した。


 サーシャを殺そうとした人物、その姿を視認したサーシャは目を見張ると、


「女……?」


「あら? 私を女と思って侮ってるのかしら? 随分とナメられたものね」


「――っ!?」


 栗毛色の髪色をし、細い目をした女だった。一般人が着るような軽装でいながら、腰や背中にあらゆる武器を身につけていたその女はサーシャに受け止められたナイフの刃と銃の力の流れを読み切り、受け流すようにして体勢を変えずにサーシャの体を前傾に傾かせる。

 そして、隙だらけの腹部目掛けて膝蹴りを決められる。


「がはっ!!」


「体術は大したことないのね、あなた」


「姉さん!!」


 鳩尾にジャストミートしたことでサーシャが崩れ落ち、それを見たフィンが応戦しようと栗毛色の髪をした女へと迫ろうとする。

 そして、対する女は不敵な笑みを浮かべると、


「素直な動きで助かるわ。軍人は仲間がやられるとすぐ感情的になるものね」


「――っ!」


 サーシャから距離を取らせようとしたフィンの蹴りを読み、女は地面を蹴り、跳躍した。

 避けたわけではない。フィンの脚を自身の両足でホールドし、空いた手でつま先を掴んだのだ。

 その体技が、柔術によるものだと気づくのは手遅れになった瞬間だった。


「サンボだ! フィン!」


「理解が早いわね、――ん?」


「お、あぁぁぁぁっっ!!」


 女の扱う武術がロシア系の柔術であることに瞬時に気づいたサーシャがフィンに情報を伝えたその時、フィンは掴まれた片足とは逆の足を振り上げ、女の顔面目掛けて蹴り上げようとした。


 掴まれたまま地面についてしまえば、全体重でもって締め上げられたフィンの片足が関節ごと折れてしまう。

 それを回避するために、あえて攻撃に転じたフィンの判断は良くも悪くも最悪の事態を防ぐことになる。


「へぇ」


「うわっ!?」


 顔面へと向けられた蹴りを、女は避ける判断をして締めていたフィンの脚から手足を外して後退した。

 体重を乗せられていた脚から急に離されたことでバランスを崩したフィンはその場で片膝をついてしまう。


 一定の距離が離れて、彼らは相対する。

 距離が空いたことで、改めて敵の姿を視界にじっくりと捉えられることになったサーシャはショットガンの銃口を即座に向けると、


「何者なんだい? あんた」


「――こっちの台詞……と言いたいところだけど、ただの一般人とでも言えば納得してくれるかしら?」


「ふざけろってんだよ、ただの一般人がそんな体術を使えるわけがない」


「ふっ、それもそうかしらね。……いいよ、教えてあげる」


 サーシャの問いかけに嘲笑う面構えで二人を見据え、女は続けてこう言った。


「私の名はエレナ。大地に立つ腐った人間共を殺し回っている――クリサリダの幹部だよ」


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