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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase4 第四十九話 『グラウンド・ゼロ』

 イライザの手刀がレイラの腹部へと突き刺さり、彼女の腹部からはとめどない血が足へと伝って地面へと落ちる。

 清水の目から見ても、その手刀がレイラの急所を捉えていることは明らかだった。


「レイラッ!」


「おっと、そう焦るなよ清水。まだ殺していないぜ」


「……あ?」


 急いでイライザへと攻撃を仕掛けようとする清水を牽制するイライザ。腹部から手を引き抜き、彼はレイラを掴んでいた胸ぐらから手を離して地面に落とした。

 レイラはその場から動かない。地面に横たわったまま、砂地に血が滲むほどに血を流し続けている。


「殺そうとするなら手を貫通させていたからな。何もしなければレイラはもうすぐ死ぬだろうよ。さて、どうする? 俺を殺せば、まだレイラは死なずに済む可能性は残されているぜ?」


「この野郎……」


「簡単に殺すのが一番つまらねえじゃねえかよ。俺は苦しむところが見たいんだ。……戦えるのはもうお前だけ。さて、お前は最後に何を見せてくれる?」


 小さな希望を与えて最後に絶望させる。なんとも性悪な性格をしているものだった。

 しかし、イライザの性根なんてものは分かりきっていたことだ。

 第一のゲームから今に至るまで、この男が何をしてきたか知っているはずだ。


 とにかく考えろ。レイラはまだ生きている。イライザをどうにかすればレイラを助けられる可能性は残されている。


 でも、どうやって? 弾丸も効かない。刃物による攻撃も、榴弾による爆発もこの男には一切通用しない。

『レベル5モルフ』という特性を最大限に活用したこの男にダメージを与えることができたとして、その後は?

 再生能力があることは分かっている。ならば、少々の傷は清水達にとっては利するところにならない。


 考えろ、レイラが助からなくなってしまうならもってあと数十分。その間にイライザの絶対硬質化能力を破らないといけない。


 どうやって? 考えろ。分からない。弱点を探す。そんなものがあるのか? 考えろ。考える頭もないのに? もう戦えるのは俺だけ。勝てるのか? 死ぬんじゃないのか? 死にたくない。生きたい。死なせたくない。誰も、誰一人として。


 イライザは全身を硬質化して全ての攻撃を無効化している。硬質化、それは簡単に言えば硬いということだ。

 硬いから武器は通らない。なら、勝ち目なんてない。


 違う! ネガティブな発想ばかりしたらあかん! つけ込む隙を見つけるんや。日本でのあの戦いの時、話でしか聞いてないけど、修二は恐竜みたいな馬鹿でかいモルフ相手に弱点を見つけ出して討ち倒した。

 出水陽介や神田慶次はリンドブルム相手に装甲をガソリンスタンドの大爆発によって砕いていた。


 ――皆に出来たことや。俺にも出来る筈や。


 見つけ出すんや。イライザの弱点を。


「――――」


「お?」


 清水がアサルトライフルの銃口をイライザへと向けたことで、イライザは清水へと近づく足を止めた。


「くく、何をするかと思えばまた鉛玉をぶち込むつもりか? いくらなんでも思考放棄に過ぎるだろ」


 無意味だとそう断言するイライザに、清水は一切聞く耳を持たなかった。

 イライザへと向けて放たれる銃弾。当然の如く、全身を硬質化した身体には一切の銃弾は貫通することなく、皮膚の表面上で弾かれてしまう。


「無駄なんだよ。いい加減悟ればどうだ?」


「――――」


 清水の無駄な攻撃に嘲笑うイライザ。しかし、清水はイライザの言葉に耳を傾けていない。

 彼はずっと、イライザの動きだけを見続けていた。


 そして、清水のアサルトライフルからは銃弾が放たれることはなく、銃撃が止んでしまった。


「弾切れか。最後の最後で呆気ない終わり方だなぁ。ヴェノムとの戦いの時、俺はお前にだけは期待していたんだぜ? お前なら何かを見せてくれるんじゃねえかってな。期待外れにも程があるよ」


 イライザにとって、命を懸けて戦う者を見たのは初めての経験だった。

 大抵は命乞いをして泣き叫ぶか、恐怖に打ちひしがれて何も出来ずに死ぬ者がほとんどだったからだ。

 その中でも清水とレイラ、この二人は現状を打破しようとポジティブに立ち回ろうとした稀有な例だったのだ。


 それこそ、イライザが清水達をここに連れてきた一番の理由でもあったのだが、最後の最後は失望する懸念で終わろうとしてしまう。


「もういいか。これ以上、お前には何も期待はしない。最後くらいは一思いに殺してやるよ。RPGですら傷一つつかない硬質化したこの手と、身体能力強化をした力でお前を頭から潰す。するとどうなるか、お前の体はトマトが潰れるようにして血をぶち撒けるだろうよ。まっ、避けられるものなら避けてみな。無理だろうけどな」


 わざわざ殺すやり方まで事前に教えたイライザに、清水はその場から動かない。リロードの素ぶりも見せないことから、既に銃弾のストックは存在しないと打ち明けているようだった。


「もう手持ちはないようだな。じゃあ……死ねよ」


 今までとは違い、イライザはその場から清水目掛けて突っ込んでくる。

『レベル5モルフ』の身体能力強化でもってのそのスピードは、清水には避ける隙すら与えないほどの速さだ。


 文字通り、清水はトマトが潰れるようにしてイライザに潰されようとしたその時だった。

 弾切れかと思われた清水のアサルトライフルから銃弾が飛んだ。


「なに!?」


 弾切れではなかった。わざと弾切れと見せかけた清水の仕草に騙されて、イライザは攻撃を中断して立ち止まる。


 そして、状況に変化は起きた。


「全身を硬化している……って言ったな。なのに銃弾は効いた。ってことはや」


「――っ」


 イライザの全身はダイヤモンドの如く硬質化している筈であり、銃弾は通らない。その筈であるのにも関わらず、イライザの脇腹と股関節あたりの肉体へと銃弾が通っていた。

 もちろん、全てが通ったわけではない。幾つかの銃弾は硬質化した皮膚に阻まれており、通ったのは数発だけだ。


 なぜ、銃弾がイライザに通ったのか、その理由は、


「お前が攻撃を受ける時、お前はその時は全部その場から動いてなかった。でも、冷静に考えたらおかしいことやろ? 全身を硬質化しているその身体で、どうやって攻撃を仕掛けるねんってな」


「――――」


「お前は攻撃を仕掛ける時、一部分の硬質化を解かんと動くことができひん。違うか?」


 清水の指摘に、イライザは強く清水を睨みつけた。

 その反応から見ても、清水の推測は当たっていたのだろう。事実、イライザにはダメージが通っている。


「お前は自分にダメージが通らへんことを頑なに説明してきた。それは俺達に何をされても無駄やということの先入観を植え付ける為や。そうなったら、どうしようもないって誰でも思うやろからな。だからこっちの弾切れを誘ってたんや」


 ここまでの流れを見てきて、イライザがしつこく能力の説明をしてきたことにも違和感を感じていた清水。

 その答えが清水の発言に全て詰まっていた。

 清水達が手詰まりになったその瞬間を狙いさえすれば、イライザは問題なく清水を潰せる。硬質化の一部を解いたとしても、そんなことには気づく間も無くだ。


「はじめから気づいていたのか?」


「いや? 本当に今試して分かったことや。これで違うかったら死んでたやろしな」


「くく、ふざけてやがるな。どんな胆力してやがる」


 撃たれた箇所を手で押さえながら、イライザは清水の度胸に賞賛の言葉を浴びせかけた。

 イライザとしても、今動くわけにはいかない。その場から動かなければ清水はイライザに何も出来ないことを知っていたからだ。

 待てばイライザの体は再生能力によって回復させることができる。

 いわば時間稼ぎをしているのだった。


「で? それが分かったからどうしたって言うんだよ? お前にも時間は残されていない筈だろ? レイラを助けられる可能性を自分から潰してるんだぜ?」


 弱点を知られたところでイライザの優勢が覆るわけではない。

 レイラが受けた致命傷は彼女が死ぬまでのタイムリミットがあり、イライザを殺さない限りはレイラにも近づくことが出来なくなってしまうのだ。

 そして、そのことは全て清水の中で織り込み済みだった。


「動かれへんなら、動かすまでや」


「あ?」


 動かないイライザへと向けて、隠し持っていた銃弾のストックを入れ替えた清水は再びイライザへと向けて銃口を向けた。

 その銃口は、清水がイライザへとつけた銃撃した傷口へと向けてだ。


「――っ!」


 狙いが読めたイライザは咄嗟に横へと飛び、清水の射程から逃れようと逃げる。


 なぜ、彼がそうしたのか、理由は清水には分かっていた。


「再生と硬質化は同時に行われへん。俺が『レベル5モルフ』の知識が無いって、そう思ってたんか?」


「……椎名真希か」


「せや、あの子も再生能力を行使している間は動かれへんかった。同じじゃないわけないよな? ――ここにいる誰よりも俺は今、怒ってることに気づけや、クソ野郎が」


 再生能力と固有能力は同時に使えない。それは椎名真希が『レベル5モルフ』としての実験で唯一把握していた清水のアドバンテージだった。

 それを知っていた彼は、イライザが再生箇所を治している間に撃ち込めばイライザにダメージが通ることを理解していた。


「よくも皆を殺してくれやがったな」


「ははっ! 今更死んだ奴らに未練でもあるのかよ!? そいつらは皆、弱かっただけだろうが!!」


「うるっさいわ!!」


 清水の銃撃から逃れようと、血を流しながら煽るイライザに清水は怒鳴った。

 そう、清水はブチギレていた。ここまでした張本人を目の当たりにして、殺せる可能性を見出した時点で清水の行動は早くなっている。

 清水はもう迷わない。殺せる可能性があるなら、イライザはもうここで確実に殺す。

 彼の信念は強く強固に固まっていた。


「絶対に逃がさへん! お前はここで死ねや!!」


「それだけで俺を倒せると思うな! どうせお前は大した能力も持ち合わせていない新米の軍人だろうが! だったら再生能力を使わずにお前を攻撃するだけだよ!」


 避け続けることに限界を感じたイライザは、あえて再生能力を止めて硬質化能力をフルに使い、清水を殺そうと接近を試みた。

 そうすれば清水は逆に何も出来ずに死ぬ。筈だった。


「がっ!?」


 清水の射撃はイライザの傷口へと正確に撃ち込まれ、イライザの動きが止まる。

 精密すぎる射撃は、硬質化できない箇所へと再び傷を生んでしまう。


「俺が大した能力もない軍人やと侮ったやろ? なめんな! 俺があの三人に追いつく為にどんだけ努力したと思ってんねん!」


「――っ」


 イライザにとって、清水勇気という青年は知っているようで知らない。

 特段、何か才能らしい才能の片鱗はこれまでに見ることもなく、ただの一般人と同格に見られるほどに侮っていた。

 ヴェノムとの戦いで見せた自身の命を厭わない覚悟を見せたことが清水の真骨頂であると位置づけていたこともそうだろう。


 イライザは知らない。清水勇気の努力の過程を。


 周りに迷惑を掛けても、役立たずだとしても、それでも、そんな自分を変える為に、隠れて努力してきたことを清水以外の誰も知らないのだ。


 だからこそ彼はここまで生き残ってこられた。

 半端な覚悟では、清水を殺すことは簡単にはいかない。


「再生の隙も与えへんからな。まだ銃弾のストックはある。絶対にお前は――」


 殺すと、最後まで言い切ることはできなかった。

 イライザ自身、清水を完全な敵と見据えて、プライドを捨てたのだろう。彼が次に取った行動、その狙いに一瞬で気づいた清水は喉に息が詰まる。


 突如、イライザが清水ではなく、オーロラへと向けて走り出したからだ。


「この……っ!」


「撃てねえ、撃てねえだろ!? 俺を撃てばあの女に当たるかもしれないからなぁ!」


 イライザの走る直線距離の方向には、戦闘から離れるよう伝えていたオーロラがいる。

 そのイライザの真後ろに位置していた清水は、イライザを撃つことが出来ない。なぜなら、撃てばオーロラに被弾する恐れがあったからだ。


「あの女を人質に取ればお前は何もできない。……くく、良いことを思いついた。そのまま人質に取ってから時間稼ぎをしてレイラが死ぬまで待つ。何も出来ずに苦痛に顔を歪めるお前を見るのも面白そうだなぁ!」


「清水っ!!」


 接近してくるイライザに助けを求めるオーロラ。


 イライザにとって、真正面から清水を相手にしないという選択はプライドを捨てた判断でもあった。

 しかし、オーロラを人質に取ればそれだけでまた楽しみが増えると感じたイライザは捨てたプライドに未練はなかった。

 とにもかくにも、このままでは清水は何も出来ず、オーロラの命まで危ぶまれてしまう。


「クソッ!!」


 その場から走り、イライザへと追い縋ろうとする清水。


 見立てが甘かったと、そう自戒したくなる瞬間だった。

 イライザの性格から見て、たかだか普通の人間である清水に圧倒されようものなら、意地になってでも殺しに掛かるという予測があったのだ。


 しかし、彼は清水を倒せないことを悟るや、どんな汚い手を使ってでも状況を変えようとする行動に出た。


 このままではイライザの思惑通りに事が運ぶことになってしまう。


「オーロラ!!」


 イライザを止めようと走る清水だが、とてもじゃないが追いつけない。

 このままではイライザがオーロラへと辿り着く方がどう考えても早い。

 最悪の状況を想定したその時であった。


 イライザのいた位置、その地面が地雷でも踏んだかのようにして爆発が巻き起こる。


「――っ、なんや!?」


 砂埃が周辺一帯を包み込み、清水は目の前が何も見えなくなってしまう。

 イライザやオーロラがどうなったのかも何も分からない。

 そもそも何が起きたのか、分からずにいた清水へと何者かの声が掛かる。


「そこのジャパニーズ! 伏せな!」


「――っ!」


 声が聞こえたその瞬間、清水は自分への声掛けだと気づき、言う通りに伏せた。

 そして、イライザのいる位置へと再び爆発が断続して巻き起こる。


「うおっ!」


 凄まじい爆風がこちらまで届くほどの勢いがあった。

 まるで爆発物を連続してぶち込んでいるかのような、圧倒的な物量攻撃だった。

 目を細め、清水は周囲を見渡した。そこには、


「標的は一体だ! 相手を人間と考えるな! 確実に殺し切る!」


 清水達を取り囲む壁面の上にある観客席、その全方位に軍服を着た兵士達が銃器を携えている。

 それを取りまとめる人物なのか、声を上げて指示を出すガタイの良い白人の兵士がいた。

 彼は清水の方に視線を向けると、すぐに目を逸らしてイライザのいる爆心地へと目を向けて、


「撃て!」


 合図が切られた瞬間、すぐさま周囲にいた兵士達が持つM203グレネードランチャーからグレネード弾がイライザのいる地帯目掛けて撃ち込まれる。


 人間を相手にしているとは思えないほどの大火力で持って殺しに掛かる手際だった。

 ここにアメリカ陸軍が現れたこと、それは清水達を助けに来てくれたことと同義であることはわかる。

 問題はなぜ清水達が囚われていること、そうじゃなくてもイライザがここにいることをアメリカ陸軍が知れたのかということだ。


 その疑問を解消するように、清水へと向けて手を振る者が清水の視界に入り、その方向を見ると、


「清水!」


「……出水?」


 懐かしいその声は、清水の戦友である出水陽介だった。

 どうやって探し出したのか、その詳細は分からないままだとしても、これだけは清水の中で理解した。

 彼が清水を助け出しに来てくれたのだと。


「清水! こっちだ! この梯子を使え!」


「――――」


「おい!?」


 清水を安全地帯に戻すために、出水陽介は高い壁の上から梯子を下ろして脱出の道を作った。

 しかし、清水は何かに逡巡しているのか、下ろされた梯子の方へと近づこうとしない。


 そして、清水は未だ絨毯爆撃を受け続けているイライザの方を見ると、


「まだ……助けなあかん奴がおる」


「は?」


「オーロラが……まだそこにおるんや!」


 この戦場地帯には清水だけではない、オーロラもいるのだ。彼女を助け出さないと、流れ弾によって死ぬ可能性もありうるのだ。

 傷だらけの重い体を無理やりに動かし、清水はその場から走った。


「おいっ!?」


「はぁっ、はぁっ!」


 傍目から見れば、頭のイカれた者が戦場に割り込んできたと思うしかなかっただろう。

 清水はイライザのいる爆心地に近づくようにして走っていたのだ。

 具体的には爆心地から少し離れた位置を遠回りする形で反対方向にいたオーロラの元へと向かっていたのだが、それでも危険な立ち回りをしていることには違いない。


 清水が爆心地に近づく過程でも止まらない爆発音は、清水の命よりもイライザを殺すことをアメリカ陸軍が優先している良い証拠だった。

 しかし、そんなことはどうだっていい。イライザの動きを止めてくれているだけでも、清水にとっては有難い話だったからだ。


「し、清水っ!」


「オーロラ……こっちや!」


 目の前で巻き起こる迫力ある爆発に、怖気付いて見ていることしか出来なかったオーロラが清水の存在に気づいて、急いで駆け寄ってくる。

 そして、その勢いのまま清水へと抱きつくと、


「こわ……かった……」


「せやろな……いくで。向こうに行けば助かる。俺の仲間が来てくれた」


 少なくともオーロラに怪我がない事に安心した清水は、すぐにでもその場から離脱する為に出水が下ろしてくれた梯子がある方角へと向かおうとする。


 ――未だにイライザのいる地帯へは止まらない爆撃が続いている。

 ここまでやるかと思いもしたが、イライザの能力のことを思えばここまでしないと倒せる気はしなかった。

 イライザの持つ絶対硬質化能力は榴弾ですら防いでいたのだ。

 今の奴の状況が気になりはするが、まずは自分達の安全確保が第一だ。


「……見えた! こっちや!」


 梯子が見えてきて、走る速度を早めた二人は急いだ。

 そして、オーロラを手を握って梯子に掴ませると、


「先いけや」


「あ、ありがとう」


 一般市民を助けるのが清水の役目。その役目通り、清水はオーロラから先に梯子を登らせるようにさせた。


「その子は?」


「あそこで無茶苦茶やられとるクソ野郎に囚われてた人や。安全なところに頼む、出水」


「ああ、お前も早く――」


「まだ……や」


「あ? 何言ってんだよ? もう大丈夫だろ?」


「まだ、レイラがおる! 出水、衛生兵がおったらここに連れてきてくれ! あいつの方が命が危ない!」


 清水はまだ梯子を登るわけにはいかなかった。

 ここに来るまでに共に戦った者、レイラが瀕死の状態で今も横たわっているのだ。

 彼女を助ける為にも、清水は一人安全なところに逃げるわけにはいかない。


 清水の必死な形相を見た出水は状況を理解したのか、頷くと、


「分かった!」


「頼む!」


 戦友に指示を託し、清水は急いで横たわっていたレイラの方へと向かう。


 そして、イライザのいる爆心地に変化があった。


「ひゃははははははっっ!!」


「――っ」


 爆音と共に聞こえてくる笑い声。それがイライザのものであることに気がついた清水は思わず手に握っていたアサルトライフルに握力が籠る。

 そして弾幕が止み、砂煙が収まると、


「随分なご挨拶じゃねえか、クソアメリカ人共がよ!! この程度で俺を殺せると思ったのか!? ああ!?」


「嘘やろ? なんであれで死んでないねん」


 清水に受けた傷はそのままに、イライザはアメリカ陸軍から受けた弾幕の全てを絶対硬質化能力で完全に防ぎきっていた。

 あの能力はもはや、その言葉通りの意味を為してしまっている。

 ダイヤモンドの如き硬さには、あらゆる武器は通じないことを証明しているようなものだ。


 そして、イライザは清水の方に気づき、狂気的な笑みを浮かべると、


「面白くなってきたなぁ清水!! まだまだ戦えるだろぉ!? お前もここにいる偽善者野郎共も全員まとめてぶち殺してやるよぉ!!」


「っ、もうお前に構ってられる余裕なんてないねん!」


「そう言うなよ? これからが楽しくなるんだからなぁ!」


 全方位から放たれる銃弾を気にも留めないイライザは、清水目掛けて全力ダッシュで接近してくる。

 そのタイミングで、イライザへと向けて放たれる銃弾は止まる。

 当たり前だ、今も乱射し続けてしまえば、清水へと被弾する恐れが十分にあったからだ。


 今の清水にはやれることは限られている。

 それはもう一度、イライザに与えたあの傷元へと銃弾をぶち込むことだけ。

 そうじゃなくても、イライザは全身全てに硬質化能力を張ることができなくなっている。移動しているこの瞬間が勝負だ。

 やるなら今しかない。


「死ねや!」


「はっ、同じ手を何度も喰らうかよ!」


 アサルトライフルの銃口を向けられたイライザは、その瞬間に左右へと飛び回りながら清水へと接近を仕掛ける。

 その動きは、清水が照準を上手く合わせられなくなる対策ともいえる手段だった。


「がっ!?」


「捕まえたぜ」


 首元に手で掴まれ、そのまま地面に押し倒された清水は背中から落ちて苦鳴を上げた。

 このままではマズい。そう考えた清水の咄嗟の判断は一つしかなかった。


「っ!」


「くく」


 アサルトライフルの銃口をそのままイライザの腹部へと押し当ててゼロ距離による射撃。

 気づかれる間もなく射撃した清水だったのだが、イライザの方が一枚上手だった。

 イライザは清水の反撃を読んで、既に絶対硬質化能力で腹部を硬化させていた。

 そのせいで、ただの一発もイライザにはダメージが与えられない結果となってしまう。


「さあ、お前の命もチェックメイトだ! 良い声で鳴いてみろよ! ほら、ほらぁ!!」


「ぁ……がっ……」


 メキメキと、清水の首元を掴んだイライザの手が強く握り締められ、清水は呼吸が出来なくなってしまう。

 それどころか、イライザはこのまま清水の首の骨ごとへし折るつもりだ。

 口を開け、抵抗の余裕もない清水は目をひん剥いてイライザの手を掴んだ。


 ――殺される。そう予感したその瞬間、清水の視界に機械のような何かが映った。

 そして、その機械的な何かが近づいてきたその時、清水の上に乗り掛かっていたイライザが突然吹き飛ばされる。


「ぐぁっ!?」


「かっ、かはっ! ゲホッ!!」


 ギリギリまで首を絞められていた清水は肺の中に酸素を送り込もうと必死に呼吸する。

 そして、彼の前に先ほど見た機械――人間の形をした機械のような装備を携えた何かが立つ。


「大丈夫か?」


「あ、ああ。……あんたは?」


 奇怪な姿をしたその者は、先ほど周囲のアメリカ陸軍へと指示を出していた筋骨隆々のガタイのいい男だった。


 彼は清水の安否を気遣うと、清水を背に向けたままこう言った。


「私の名はアーネスト。キミの体にあるGPS情報を頼りにここまで来た者だ。……どうやら我々の第一目標は達成出来ないようだが、別の目標が目の前に生まれたようだな」


「第一……目標?」


 清水の体の中にあるGPSを頼りにという発言から聞き逃せない部分があったのだが、第一目標という部分に特に気に掛かった清水はアーネストへと問い返した。

 しかし、彼は視線を前へと向けると、


「その話は後にしよう。先にあの男を片付ける」


「ま、待ってくれや……あいつは『レベル5モルフ』。全身をダイヤモンドのように硬化して全て跳ね返してくる。普通にやっても勝ち目なんて……」


 イライザにダメージが通らないことはこのアーネストも見ていた筈だ。その上でイライザを一人でどうにかしようとするアーネストに清水は戦わせないよう促そうとする。

 せめて、作戦か何か立ててから臨むのが正しい判断だと、そう伝えようとしたのだが。


「情報提供感謝する。ならば尚更、試験段階のこのアーマーが役に立ちそうだ」


「あ?」


 先ほどからも気になっていたが、アーネストは特殊なアーマーを装着していた。

 全身を武器化させたかのような、異様な姿だ。とてもじゃないが、まともに走ることもできない機動力が無いそれでどうするつもりなのかと気になったのだが、


「痛えじゃねえかよテメェ。随分と怪力な野郎だが、そのチンケな装備がそうさせてんのか?」


 清水から引き剥がされ、地面へと投げ飛ばされたイライザがアーネストの方へと向けてそう言い放つ。

 確かに、異様な力だった。アーネストはガタイこそあるが、片手で人を投げ飛ばせるほどの尋常ではない力があるとは思えない。

 その力の秘密に、アーネストが言うアーマーに関係しているとするならば納得できるが、納得できる理由が思いつかなかった。


「これはお前達、テロリスト集団が日本を滅亡に追いやった際、日本人が自らの頭脳で編み出した対モルフ専用武器を軸に考案したものだ。ただのモルフ相手ならば銃で事足りるが、お前達のような化け物相手なら効果的に能力を発揮させる。試験段階のものだが、名付けるとすれば……『対モルフ戦闘駆動鎧』――」


 自らの体の外側に装備した駆動鎧をそう命名したアーネスト。

 対モルフ専用武器は知っている。モデルはライフル銃でありながら、射出された銃弾が的へと撃ち込まれた際、特殊弾であるそれが炸裂し、対象を炎上させるもの。

 燃えやすい特性を持つモルフだからこそ有効なその武器を、アメリカは独自に改良したということだ。


 しかし、それにしてもだ。対モルフ戦闘駆動鎧と呼ばれるそれは、見た限りでは鎧としての重さも相待って機動力が大幅に下がっているようにさえ見える。

 これがモルフであれば、数の暴力に押されて負けてもおかしくないほどに感じてしまう。


「さぁ、終わりにしようか。このふざけたゲームを――」


 右手の武具をイライザへと向けて、終局への宣言をするアーネスト。

 互いに対峙し、それを見守る清水。彼が思うところは、どうなってしまうのかという疑心だけだった。

 


本当はこの一話でPhase4を終わらせる予定でしたが、文字数がそれどころではなかったので二話に分けることとなりました。

次話、近日投稿予定。

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