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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase4 第四十六話 『ヴェノム・ダムナティオ』

 現在、生存者は八人。最初は十二人もいた頃から、既に四人の死亡者が出ている。

 残された八人はそれぞれ二人一組になり、その片足には手錠でそれぞれ繋がっている。

 まともに走ることも困難なその状態での最後のゲーム。それは生きるか死ぬかを賭ける戦闘形式のゲームだ。


 二人一組になったのはヨシュア、ルークのペアにオーロラ、リディアのペア、イアン、ベイカーのペアにレイラ、清水という組み合わせだ。


 イライザの部下達、クリサリダの構成員に清水達が捕らわれてからおよそ三日が経過している。外の状況が分からないこともそうだが、外にいるよりも悲惨な状況に目の当たりにしているのが正に今だった。


 そして、清水は後ろの方を見てあることに気づいた。


「あれは……武器か?」


「――――」


 清水が指摘して、レイラが目を細める。

 清水達の後方の壁には、どこから調達したのか、多種に及ぶ銃器が立てかけられていた。


『さて、対戦相手を呼ぶ前にゲーム説明の続きを始めようか。枷をかすと言ったが、そのまま戦わせたら全滅するのは間違いないからな。お前らには後ろにある武器を好きなだけ選ばせてやる。それを使うかどうかは自由だ』


「何か仕込んでいたりするんじゃないのか?」


「かか、心配症だなレイラ。安心しろ、それは全部お前のお仲間から拝借しただけで何も弄ってないぜ」


「……貴様」


 今までのことを考えて、武器に仕掛けがあるのではと怪しむレイラだったが、イライザの言葉に苛立ちを隠せなくなっていた。

 レイラの仲間とは、恐らくアメリカの軍隊が所持していたものを引っ張ってきたのだろう。

 そしてそれは、使用していた者達から殺して奪ったものということだ。


『お前達が勝つ可能性を残してやったんだ。さぁ、選びな』


「……清水」


「ああ、わかってる」


 清水とレイラの二人は、互いに歩きにくい中でありながら足を揃えて壁に立てかけられた多種に及ぶ銃器に手を掛ける。

 カービンと称される、日本語で騎兵銃と呼ばれるそれを二人は手に取り、感触を確かめた。

 アサルトライフルに当たるものであるが、近、中距離戦闘においては無敵に近い性能を誇る銃だ。


「扱いは問題ないか?」


「俺がよく使う奴よりかは軽量なタイプや。むしろ使いやすいで」


「それは良かった。弾も持っておけ、NATO弾は荷物にはなるが消耗が激しい。あと、射撃時の反動が大きいタイプだからな、命中制度は個人の力量に左右されるぞ」


「助かるわ、その説明がなかったら意味わからん方向にぶっ放してそうやからな」


 清水が今まで扱ってきた銃器はサブマシンガンやライフル銃のみだ。それも日本製のものであったが故に、アメリカ陸軍が使用する銃器の知識は疎い。

 予め教えてもらうだけでも、戦闘においては生死を左右されるものでもあったのだ。


「あ、あの……僕達はどうするべきですか?」


 清水達が銃器を選定する中で、何をすべきかを分からないでいたヨシュアが話しかけてきた。

 彼らもここまで生き残ってきた者達だ。自衛の武器を持たせないという選択はありえない。


「経験が無い者に私達と同じものは扱いにくい。逃げ回ることを前提に動いてほしいが……万が一の為に持つならこれだろうな」


 非戦闘員であるヨシュア達に、レイラは逃げ回ることを勧めたが、実際はどうなるかは予想がつかない。

 そう考えていたレイラはヨシュア達に拳銃を渡す。


「使い方は分かるな? 実家に一つはあったはずだ。持ち手と反対の手はグリップの下部分を押さえて撃て。そうすることで反動は抑えられる」


「……はい」


 アメリカという国では、銃社会という名の下に銃の所持が認められている。

 もちろん、それで撃った経験があるなしで言えば、大半は無いと答えるだろう。

 最低限の使い方だけを教授して、レイラは一人一人に拳銃を渡していく。


「オーロラ、済まないがリディアを頼む。この中で一番危ないのはお前達二人になるだろうからな。様子はどうだ?」


「ダメね……今も上の空って感じかしら。この子には銃は持たせない方がいいかも」


「そのようだな」


 半放心状態のリディアに銃を持たせることは危険と判断して、オーロラには事前に戦闘から離れておくよう指示を出すレイラ。

 第二のゲーム、マジョリティゲームを経てから彼女は精神が崩壊したような状態が続いている。

 今でこそ何も起こっていないが、狂乱状態に陥れば最悪の事態を招きかねないだろう。


『準備は出来たな? それじゃあそろそろ対戦相手を呼ぶとするぜ。もう待ち侘びて仕方ないって様子だからなぁ』


 レイラ達の準備が整うのを待っていたイライザは、粛々と最後のゲームの対戦相手を呼ぼうと告げる。


 言いようからして、モルフではない何かを呼ぼうとしている雰囲気はあるが、その可能性は低いと清水は読んでいた。

 わざわざこちら側に銃器を持たせるというアドバンテージを寄越したのだ。相当厄介な相手を呼んでくると考えている。


 そして、前方に見える壁――その鉄格子が上へと競り上がり、暗闇の中から重い足音が聞こえてきた。


「清水……いいか?」


「ん?」


「今からやることを伝える。絶対に間違えるなよ?」


「――わかった」


 緊張が全員の顔に露わになる中、レイラと清水は二人だけで話をした。

 それを聞いた時、清水は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、生憎と話し合う時間はない。


 そうこうしている間に、イライザが用意したとされる対戦相手が現れようとする。


「な、なによこいつ……?」


 姿を見て、驚愕した声を上げたのはオーロラだった。

 そしてそれは、全員が心の中で同時に思ったことだ。


 清水達の目の前に現れたのは、とてつもない体格をしたナニカ――身長だけで見れば四メートル近くはある巨体に、筋骨隆々とした悍ましい姿をした生物が歩いてきていたのだ。

 頭部には中世ヨーロッパの騎士がつけていたかのような兜を被り、バケツ頭のような見た目をしたその頭部には一切の銃弾を通さない装備となっている。

 上半身は半裸の姿こそしているが、浮き出たかのような筋肉は鎧のように分厚い。

 そして、両の巨腕には普通の人では絶対に持つことができないであろう巨大な斧が握られている。


『ヴェノム・ダムナティオ、俺らは愛称を込めてこいつを処刑人と呼んでいる。説明が遅れたが、腰の部分を見てみな』


「――――」


 イライザがヴェノムと呼ばれるその相手の腰部分を見ろと言ったことで、目線を向けた一同。そこには、これがゲームであることを示すかのようにあるものが取り付けられていた。


「私達の足を縛る拘束具を外す鍵……か」


『大正解だ。そいつに勝てば、お前達は自由に――』


「なら、先手必勝だ」


 イライザが話を終えるより先にレイラがそう言ったその時、レイラと清水は同時に射撃を開始した。

 後先も考えない連射、断続的な銃声音が鳴り響き、オーロラやベイカーは耳を塞いでいた。


「足を狙え!」


「――っ!」


 声を大にして叫ぶレイラの声に、清水は返事をせずに指示に従う。

 ぶちゅぶちゅと肉が抉れる音が聞こえ、ヴェノムの両足には無数の銃弾が埋め込まれていく。


 そして、清水達に近づくことも出来ずにヴェノムは足元から崩れ落ち、両腕が地面についた状態で倒れ込んだ。


「やった……んか?」


「まだだ!」


 いかにもフラグらしい言葉を立てた清水に対して、レイラは容赦しない。

 すぐさまリロードを開始して、事前に準備していた弾倉をアサルトライフルに取り付けて、発砲を止めなかった。


 それを見た清水も、一歩出遅れた形で同様に弾倉を切り替えてリロードを開始する。


「絶えず撃ち続けろ!! これが人間でないなら再生能力がある! ここで確実に息の根を止めるんだ!!」


「っ、わかったで!!」


 このヴェノムと呼ばれる怪物が何なのかを知る術はない。しかし、人間でないなら大方の答えは割れている。


 ヴェノムはモルフだ。なら、モルフの能力である再生能力を有していることは絶対なのである。

 ここで殺し切らなければ、清水達は嬲り殺しにされてしまうことが必然となってしまうのだった。


「おおおおおおおおおおっっっ!!!!」


 夥しい数の薬莢が地面に落ちていき、その数の分だけヴェノムへと銃弾が撃ち込まれていく。

 後手に回っていたヴェノムは、先手を取られたことで対応することができない。

 弱点である頭部だけは兜によって守られていたが、胴体部分はそうはいかない。いつかは脊椎へと届くことは間違いなく、それは誰の目から見ても明らかな状況だった。


 そして、終わりなき銃撃はある瞬間を経て終わりを迎える。


『さぁ、嬲り殺せ。ヴェノム・ダムナティオ』


「ヴオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」


「――っっ!?」


 突如、けたたましい叫び声を上げたヴェノム。その叫び声は耳を塞がないと鼓膜が破られかねないほどの大音量であり、清水とレイラ、他のメンバー全員が耳を塞いでしまうこととなる。


 ――耳を塞ぐ、それはつまり、アサルトライフルの引き金から指を離したことを意味していた。


「クソッ!!」


「うっそやろ!? なんであの傷で立てんねん!?」


 清水達からすればほんの数秒の間、攻撃の暇を空けただけだった。

 あれほどの銃弾の雨を浴びせられてなお、ヴェノムは立ち上がったのだ。

 蜂の巣のような穴だらけの状態でありながら、その圧倒的な生命力は清水達にとって誤算の結果を生み出そうとする。


「ヴオオオオオオオオオオッッッッ!!」


「――っ! しまっ――」


「ヨシュア!!」


 再び叫び声を上げたその時、一同は反射的に耳を塞ごうとした。しかし、その判断は誘導されていた。

 ヴェノムは叫び声を上げたまま、手に持つ巨大な斧を振りかぶり、それを振り投げてきて――。


「――ぁ」


 斧が飛ぶ方向を読んでいた清水は、咄嗟にヨシュアの方へ声を掛けた。が、耳を塞いでいた彼らには清水の声は届かない。


 猫が車道に飛び出して来た時、車に轢かれる寸前の状況というのが例えとして正しいだろう。

 持ち味である反射神経と動体視力があれば、造作もなく避けることが出来た筈のその状況をなぜか猫は避けられない。

 それは、突然の状況に硬直してしまうという猫の本能。


 その本能と全く同じ硬直を、ヨシュアは今、起こしてしまっている。


「――っ!」


 ヨシュアとルークの方へと投げられた斧に対して、ルークはなりふり構わずに横へと跳ぼうとした。


 そして――、勢いよく飛んでいた巨大な斧に反応することも出来なかったヨシュアは、顔面から刃の部分が食い込み、上半身の半分が縦に切り裂かれて、体内にある出てはならないものが飛び出してしまう。


「あ……あ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 血の雨が降り、すぐそばにいたルークはとてつもない量の血を浴びて叫び狂う。

 すぐそこから離れようと踠いても、肉塊となったヨシュアの足部分はルークの足と繋がってしまっているのだ。

 二人三脚となった今の状況では、片割れが死んでしまってはまともに動くことも叶わない。


 そして、恐怖は伝染して連鎖していく。


「いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


「落ち着け! 全員、あのヴェノムから距離を取るんだ!」


 悲惨な状況を目の当たりにして叫ぶオーロラに、レイラは落ち着くよう鼓舞しようとする。

 しかし、そんな声が届くわけもなく、事態はどんどんと悪化していく。


「ちょ、ちょっ! 何してるんですか!?」


「か、体が動かないんだ……」


 その場から動こうとするイアンだが、足が地面に突き刺さっているかのように動こうとしないベイカー。

 その二人へと向けて、ヴェノム・ダムナティオは武器も持たぬままにして近づこうとする。


「させるかぁぁぁぁぁ!!」


「はよ逃げろ!!」


 これ以上の死人を出させまいと、レイラと清水はアサルトライフルの引き金を引いて、銃弾を連射していく。

 しかし、二度目は通じない。ヴェノムは身を固めるようにして左腕を盾にするようにしながら、なおもベイカー達の元へとゆっくりと歩み寄ろうとする。


「く、くるなぁ!!」


 死が迫り、焦ったイアンが持っていた拳銃でヴェノムへと銃口を向けて撃つ、が、その狙いは間違っていた。

 あろうことか、一番攻撃が通らないであろう兜を被った頭部へと向けて撃ってしまったのだ。

 当然ながら、高い金属音が鳴り響き、銃弾は逸れるようにしてどこかへと飛んでいってしまう。


 そして、ヴェノムが遂にベイカー達の元へと辿り着こうとする。


「クソッ! 清水!」


「ちょっ!?」


 もはや猶予もないと感じたレイラは、銃撃での攻撃は意味を為さないと判断したのか、自身の体を動かしてでもベイカー達を助けようと試みた。

 しかし、互いに足を繋がれた今の状況では走ることはおろか、移動すらままならない。

 突然、片足を引っ張られた清水はそのまま地面に転がり落ちてしまう。


「つっ!」


「立て! 早く!!」


 急かすレイラに、清水もすぐに立ち上がろうとした。

 でもそれはもう出遅れだった。


 清水が顔を上げたその時には、ヴェノムの手にベイカーとイアンが掴まれてしまっていたのだ。


「や、やめて……っ! やめて下さい!」


「ひっ!?」


 必死の命乞いも、言葉が通じないヴェノムにはまるで意味を為さない。

 イライザはヴェノムのことを処刑人と称していた。

 だからこそ、ヴェノムはイアンとベイカーを殺さない選択をするわけがなかった。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 手を伸ばし、無惨な光景を目の当たりにする数秒前、レイラはヴェノムへと呼びかけた。


 しかし、何度も説明した通り、ヴェノムには言葉など通じない。


「いたいいたいたいたいたぃぃぃぃうぎぃぃぃっっっ!!!」


「あぁぁぁぁいぃぃぃッッ!! やめ――」


 まるで、緩んだ紐を引っ張るような動作だった。

 ヴェノムはそれぞれの手にイアンとベイカーを鷲掴みしたその状態で、二人の繋がれた足を離そうとでも考えたのか、一切の手加減もなしに引っ張った。


 そんなことをどうなるか、分かっているかのようにだ。


 イアンとベイカーは凄まじい膂力でもってヴェノムに引っ張られたことで、繋がれた片足に限界までの圧力が加わり、そして――耐えきれなくなった足は足首から千切れることとなってしまった。


「――ぁ」


 ただ見ていることしか出来なかった。

 たった数十秒の出来事だ。そんな短時間で、こうも悲惨な状況になってしまうのか。


 イアンとベイカーは凄まじい痛みと出血に耐えきれなかったのか、ショック死してしまっている。


 そして、ヴェノムは死んでしまったイアンとベイカーを、まるでポイ捨てをするような感覚でその場に投げ捨てた。


「早く……立て」


「え?」


「立て! いつまでそこで呆けているつもりだ!? お前は軍人だろ!? お前が立たないと更に人が死ぬんだぞ!?」


 理不尽なまでの言いようで、清水へと怒りを飛ばすレイラ。

 わかっている。わかっているつもりだ。今の出来事も、清水が早く立ち上がり、レイラと合わせて動くことができていれば、結果は変わっていたかもしれない。


 呆けていた。そうなのかもしれない。


 他人任せで、清水はいつも誰かがなんとかしてくれるとばかり考えていた。

 第一のゲームも、第二のゲームも、レイラがなんとかしてくれると考えて碌に意見を出そうとはしなかった。


 俺の……せい?


 この現状を生み出したのは紛れもなくヴェノムだ。

 しかし、清水は咄嗟に考えてしまった。

 悪いのは自分なのではないか――と。


「は、はは……」


「リディア?」


 混沌とする場で、乾いた笑い声を上げたのはリディアだった。

 この土壇場で、彼女が感情らしき反応を見せたことに驚きを隠せなかったオーロラは、彼女の顔を見た。


「やっと……わかった」


「な、なにがよ?」


「……うん、大丈夫だよ。そうだよね、私が――理由」


「え?」


 何かをボソボソと独りでに呟くリディアに、オーロラはまたおかしくなってしまったのかと一瞬考えてしまった。


 そして、リディアはオーロラへと顔を向けると、


「オーロラちゃん、それ……貸して」


「え?」


「それ、その拳銃」


 手を差し出し、オーロラが持つ拳銃を渡してくれと懇願するリディア。

 ことこの状況において、彼女が拳銃で何をしようとするのか。何か起死回生の策でも思いついたのかと、絶望的な状況に希望を見出そうとしたオーロラは持っていた拳銃を渡そうとする。

 しかし――、


「渡すな! オーロラッッ!!」


「――っ!」


 レイラからの声が聞こえて、拳銃を掴む手に握力を加えようとするオーロラ。しかし、間に合わない。

 リディアはオーロラから拳銃を手に取り、オーロラの方へと顔を向けたまま、拳銃を自身のこめかみへと向けて、


「さよなら」


 ドンッと、目の前で大きな銃声音が鳴って、オーロラは驚いて目を閉じた。

 そして、バタンッと何かが倒れる音が聞こえた。


 薄ら薄らと、オーロラは目を開けようとする。

 鼻につく硝煙の匂い。それが拳銃を発砲したということは明らかなもの。

 そして記憶を辿る。リディアは最後、どこへ向けて銃口を向けていたのか――。


「――ぁ」


 背筋が凍るような、全身に鳥肌が立つような感覚を覚えて、オーロラは膝から崩れ落ちた。


 彼女の目の前には、頭から血を流し、瞳孔が開いたまま死んでいたリディアの姿があって――。


「あ……ああ……いや……っ!」


 非情なまでの現実を受け入れられず、オーロラは耳を塞ぎ、頭から地面に踞ろうとする。

 凄惨な死を避けるために、リディアが取った自決という手段。それを目の当たりにしたことをだ。


「――――」


 レイラも清水も、ルークもその場から動こうとしなかった。

 ルークに関してはヨシュアの死体があることで上手く動けるわけでもなく、レイラは拳を強く握り締めているのみで、何らかのアクションを起こす気配はない。


 そして、清水は呆然としていた。

 いまだに彼は立つこともせず、その場に両肘と両膝をついたまま、この凄惨な現場を眺めていただけだ。


 何も、何もしなかった。


 何も、何も助けようとしなかった。


 誰のせいなのか。――お前のせいや。


 どうしたらいいか分からなかった。――分からんかったら見殺しにしていいんやな?


 どうして、自分が悪いのか。――お前が何もせんからや。


 体に異常があるわけではない。しかし、清水の視界はまるでぐるぐると目が回っているかのように焦点が合わない。


 何を考えても、どう言い訳しても全てが自分に跳ね返ってくるようなそのような感覚。

 ヨシュアもベイカーもイアンもリディアも――全部殺されてしまったのは、



 ――俺のせい。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 清水勇気はどんな人間だったか。どのような人生を歩んできたのか、それを説明するには一言では言い難いものだ。


 彼は大阪の生まれで、貧乏でも金持ちでもない普通の家庭で育った。

 小学生の頃はわんぱく坊主と呼ばれるぐらい陽気で、中学生の頃はエロガキだなんて噂されるぐらい調子に乗っていた時期もあった。


 では高校生の時の彼は、周りからどのような評価を下されていたのか?


 一言で言うなればそれは――姑息なクソ野郎、だった。



次話、最後の名前回です。

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