Phase4 第四十話 『反撃の狼煙』
この一話に関しての時系列は、前話の清水視点二日目→ミスリル四日目の内容になります。
物語はアメリカでのモルフテロが起きてから三日目、その日付が変わる少し前に遡る。
難攻不落ともされる巨大な防壁を四方に兼ね備え、一切のモルフの侵入を防いでいた要塞、ミスリルの中での話だ。
深夜に差し掛かるこの時間帯に、ミスリルの外壁にある門が開かれ、その中へと入り込む一つの車両と一台のバイクがあった。
それは、二十四時間前に出発したとされるタケミカヅチ第二部隊、神田慶次達の帰還を意味するものであったのだ。
「帰ってきたか」
「あら、随分と深刻な表情をしているじゃない。帰ってきて困ることでもあったのかしら? 多々良さん」
神田慶次達の乗る大型車の外装は、モルフの血で赤く塗装されたかのような様相だった。
それを見て深刻そうな顔を浮かべていたのは、風間の部下にあたる多々良平蔵である。
アリスはバイクで乗ってきた為、いち早くに多々良のその表情に気づいたのだが、彼の心配は少し理由が違っていた。
「椎名真希が戻ってこられたかどうか……それが心配だったのだ」
「……そうね。そのことは神田君と一緒に話すわ。結論から言うと、彼女はいなかった。何も持ち帰るものがなかったわけでもないのだけれど」
「なぜ、お前も同行していたんだ?」
「? 知らなかったの?」
「ん?」
話が噛み合わない様子で、互いに顔を見合わせていた両者。その合間に、大型車の前席から神田慶次と雪丸が降りてくる。
「多々良さん、ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。無事だったようだな」
「そう……ですね」
「……ここではなんだ、落ち着く場所で話をしようか」
「わかりました」
人が多いこの場所では密談はできないという多々良の判断なのだろう。
神田もそれに了承して、後に続いて車両から降りてきたミナモ達と一緒に多々良の後ろへとついていく。
その後ろにいたアリスが足早に多々良の隣へと並走すると、
「私もご一緒して良かったかしら?」
「構わないよ、聞きたいことはあるからね」
この場にアリスがいたことすら状況が掴めていなかった多々良は、アリスが同行することに否定なく了承した。
ミスリルの中は、かなり入り組んだ施設となっている。
万が一のモルフの侵入を許した際、逃げ場を確保するための措置でもあるのだが、何も知らない人間がこの中を歩けば、たちまちに迷子になるだろう。
その施設の中を、神田達は道を知るかのようにして立ち止まることなく歩いていく。
そして、向かいから歩く二人の者に目がついた。
「――出水?」
「神田! お前もここにいたのか! っ」
「ちょっとっ! 無理しちゃダメだって!」
メキシコ国境戦線以来に神田と出会った出水は、感極まって声を上げたが、痛む脇腹を押さえ込むようにして隣にいた琴音に肩を預けてしまう。
それを見た神田も、普段は仏頂面でいた神田は喜びを隠しきれずに出水の元へと駆け寄った。
「目を覚ましていたのか。それにしても……どうやってミスリルに?」
「まあ色々あったんだよ。俺の力なら余裕でここまでこれるってな」
「あんたじゃなくてシャオのおかげでしょう」
「うっ……それを言うなよ琴音……」
相変わらずの毒舌ぶりで、出水は琴音に言いくるめられてしまう。
それを見た神田も、出水の容体に問題がなさそうな雰囲気に安心した。
元より、出水はあのメキシコ国境戦線での最中で意識不明の重体ともなっていた身なのだ。
目を覚ますかどうかも分からず、ましてやこのモルフテロで危険な状況に身をおいていた筈。それすら生き残り、ミスリルへと避難してきたのだからさすがと言う他にないだろう。
普段と変わらない出水の立ち姿を見て、神田は笑みを浮かべると、
「そうか……よかった」
「お、おう。というか神田らしくないな。お前のことだから『そうか』とかだけ言ってきそうなキャラなのに」
そう言いながら出水は自身の目尻を指で上に上げて神田の真似のようなことをする。
おふざけ調子が過ぎたのか、琴音が出水の頭を叩くと、
「あんたもう少し配慮ってものを覚えなさいよ」
「あでっ! わ、悪い」
久しぶりの再会をおふざけ調子でいつづけていた出水を叱る琴音。もちろん、出水だって再会を喜んでいたからこその態度でもあるのだが、そこは神田も理解していたのだろう。というか、出水の性格を知っている為に、何も思うことはなかったようだ。
そんな再会の後、多々良は出水達の方を見ると、
「キミ達も一緒に来てもらえるかな? 出水君、八雲さん」
「え、ああ。大丈夫ですけど、何かあるんですか?」
「これから神田君達と大事な会議があってね。キミ達がここに来るまでの出来事も含めて話し合っておきたいんだ」
「なるほど」
出水達がミスリルへと避難出来た道中の話と聞いて、納得がいったかのような反応を示す出水。
神田はその詳細は知らないが、情報共有自体には賛成だ。
再び、歩き出そうとした一同であったがその時、後ろから音もなく近づく者の存在の気配を感じ取った神田は後ろを振り向くと、
「お、一人気づきましたか。やりますね、あなた」
「お前は?」
気配もなく近づいてきた存在、白いコートに身を包み、アジア系の見た目をした青年だった。
初対面であった神田は警戒心を示していたが、出水が前へと乗り出すと、
「シャオ! もう自由になったのか?」
「ええ、聴取はもう終わりましたよ。不法入国に関しては否定出来ませんでしたが、まあこの状況ですからね。出水さん達との出来事を理由に特別免除してくれました」
「出水、この男は?」
シャオという男のことを知っているかのような話し方をする出水に、神田は素性を尋ねかけた。
ただならぬ雰囲気を醸し出していたこともそうだが、シャオが発した不法入国という発言にも意味深なものを感じ取ったからだ。
「こいつはシャオ、成り行きっていったら成り行きみたいなもんだけど、俺と琴音をここまで連れてきてくれた立役者だよ。まあ……俺に関してはシャオに二度も救われてるらしいけどな」
「二度?」
「メキシコ国境戦線でな、俺が死にかけていたところを応急処置してくれたのもシャオだそうなんだ。そういえば修二ともその時に会ってたとかなんとか……」
色々と情報量が多いこともあって整理がしきれない神田ではあったが、徐々に理解していく内にシャオに対する警戒心は緩めていくことになる。
そして、笠井修二の名を出した出水はその途端、真剣な表情を浮かべて、
「そう言えば……修二のことなんだけどさ」
「俺も……確認したいことがある」
二人して、修二の話題になった途端に何かを考えるようにして俯く。
彼らの考えていることはお互いにまだ理解し合っていないが、まるで同じ内容のような様子だった。
「――そのことについてだが、ここではなく会議室で話そう」
二人の肩に手を置いた多々良は、まるで事情を知っているかのようにしてここでは話すなと暗に告げる。
このミスリル内部は監視カメラが大量にあり、声でさえ記録が残るほどのセキュリティとなっていた。
だからこそ、聞かれてはならない機密情報をここで話すわけにはいかなかったのだ。
「シャオ君、キミも来てくれるかな?」
「構いませんが、よろしかったのですか? 僕はどう見ても部外者な気はしますが」
「いや、残念だがキミは部外者にはなりえないよ。必ずついてきてもらわないと困る」
「――いいですね、その気概。分かりました、面白そうだし、ついていきますよ」
なぜかシャオにまでついてこさせようとする多々良に、神田と出水も訳がわからない様子だった。
それもそうでこの時、神田と出水は多々良平蔵達上層部に対して不信感を抱いていたのだ。
その理由はただ一つ。なぜ、前線に立たされていた自分達に対して、まだ隠している情報を明かしていなかったのか。
そしてその情報とは、神田や出水にとって大事な仲間のことについてでもあったからだ。
「では、行こうか」
考えても答えなど出ないこの場では、誰一人追求することもせず、今はただ言われるがままに多々良の後ろをついていく。
そして、日本が管理している大会議室の扉の前まで辿り着いた一同は、そのまま中へと入っていった。
その部屋には、中央に丸い巨大な円卓のある奥の椅子に座る一人の男がいた。
神田や出水、笠井修二や清水にとっての上司にも当たる人物、風間平次だった。
「ごくろう、多々良君」
「いえ……。それじゃあ全員、空いている椅子に座ってくれ」
立ち話をするわけではなかったのだろう。多々良は一同に椅子に座るように促した。
そして、それぞれが空いている椅子に座っていき、それを確認した風間は皆の顔を見てこう言った。
「皆、話したいことは多々あるだろう。が、これだけはまずは言わせてほしい。――よく生き残ってくれた」
それは、神田と出水にとってはなんとも反応しずらい言葉と態度そのものだった。
上層部に対する不信感があることは先ほども述べた通りであり、今もそれは変わっていない。
だからこそ、待ちきれないでいた出水は先にそのことを聞こうとして――。
「風間司令、聞きたいことは多々ある……って言いましたけど、それは何のことか知っていての発言、ですか?」
およそ、失礼な発言に違いないものだろう。しかし、出水を叱ろうとする者はこの場には誰一人としていなかった。
「……その通りだ。キミが聞きたいことも十分に把握している。弁解をするつもりはないが、まだそれを話すより先に整理をする必要がある。それまでは耐えられそうか?」
「そう……ですね。善処します」
出水の心の内の感情を見抜いた上で、風間は出水に腹を割って話す姿勢でいた。
我慢が出来るかどうかは出水も分からないが、ひとまずは大丈夫だと今は告げていた。
そして、風間は話を続けていく。
「今回のモルフテロ、これは我々にとっても不測の事態だったことは事実だ。そして、あらゆる作戦をこれまでに行使してきたわけだが……そうだな。まずは報告を聞こう。神田君、いいかな?」
「――はい」
名を呼ばれ、席から立ち上がる神田。重々しい表情を浮かべていた彼は、三日目の午前からの出来事でもある任務の詳細を語る。
「我々、タケミカヅチ第二部隊は行方不明となった椎名真希の捜索に向かい、そのGPS情報から該当地点への到着に成功しました。が、椎名真希の存在はそこにはなく、発信機が外された状態のものを発見。別行動をしていた雪丸達はミスリルへの帰還を第一目標にして、それを目指しました。が……」
任務の詳細を語りつつ、その経過報告をしていく神田。多々良も風間も、神田が椎名真希を連れ帰っていない時点で失敗に終わったことは理解できていた。
しかし、その後に語られる神田の発言は予想だにしていないものだった。
「帰還の間際、クリサリダと呼ばれるモルフテロを起こしたとされる組織の幹部構成員、レオという『レベル5モルフ』の力を持つ男との交戦になりました。俺とアリスさんが合流してから応戦し、なんとか殺し切ることに成功しましたが……」
神田慶次から語られるは、誰もが驚くものに違いなかっただろう。
クリサリダという組織名、その幹部構成員であるレオという男との交戦。そしてその男が『レベル5モルフ』の力を持っており、そんな化け物を相手に勝ったこと。
どれもが、新しい情報としては有益すぎるものであったのだ。
そして、神田は言いづらそうに口を閉じ、その後の顛末を話そうとした。
「激しい戦いの末、タケミカヅチ第二部隊の一員の一人、鳴瀬佐久間は名誉ある……戦死を遂げました」
それを聞いた一同は表情が曇り、何も返す言葉もなく黙ってしまう。
神田自身も、サクのことを話すのは辛かった。
隊長である自身が部下の戦死を告げる。その重みがどれほどのものか、今ほど分かる瞬間はなかった。
「……そうか。よく……戦ってくれたな」
「風間司令……」
「司令! 頼みがあります!」
労う言葉は他に思い浮かばず、ただ悲しげに俯く風間に対して、神田の隣にいた雪丸が勢いよく立ち上がる。
そして、彼が泣きそうな表情で話そうとしたのは、
「俺達が乗ってきた車両……中にはサクの遺体が今もあります。どうか……どうかあいつを弔ってくれませんか?」
「俺からもお願いします。こんな状況でも、火葬はしてやりたい」
「もちろんだ。私が責任を持ってそうしよう。キミ達に無理をさせたのは私に原因がある。……本当に済まなかった」
そう言って、深々と頭を下げる風間。神田達も、そんな風間の姿勢や態度を見るのはこれが初めてだった。
とても神田達を騙そうとしているかのような人間とは思えないその態度に、神田も何も言わず席に静かに座る。
「頭を上げて下さい。サクの死は無駄ではなかったことは事実です。おかげで……敵の正体が分かってきた」
「その通りだ、神田君。クリサリダ……か。噂でしか聞いたことがないが、本当に実在していたとはな」
「何か知っているんですか?」
「世界を席巻するような大組織でもない、小規模の麻薬密売組織であるとは聞いたことがある。しかし、組織の構成員も素性も何も分からない謎な部分が多いことから、かのICPOも特に動くこともない目もつけられないでいたとされる組織だ。しかし……それが間違いだったのだろうな。奴らはモルフウイルスという武器を手に入れたことによって、世界を震撼させる凶悪な組織へと変貌してしまった」
クリサリダという組織について、知りうる情報を話していく風間。
風間以外の全員、クリサリダについて詳細を聞いたのはこれが初めてであり、モルフテロを起こしたとされる組織すらこの時までは分かっていなかった。
神田の言う通り、敵の正体が判明してきたという瞬間でもあっただろう。
「そして、レオと名乗る『レベル5モルフ』の力を持つ者が現れた……と。興味深い話だが、出水君達も別で『レベル5モルフ』の力を持つ者と相対していると聞いている。各地で暴れ回っている連中はその力を持っていた……そう考えるのが妥当だろうな」
「出水が……?」
「まあ俺が戦ったというよりかはシャオが戦ったんだけどな。全身を刃物に変異させる頭のイカれた子どもだったよ。改めてあの時を思い出して見ても……よく勝てたと思ったな」
神田だけでなく、出水も『レベル5モルフ』の力を持つ者と相対していたという事実を聞いて、神田は息を呑む。
その時の状況を出水が説明したが、聞きながら納得することが出来てきた。
シャオという男がなぜ出水と仲が良かったのか。それは、シャオに助けられたからということだからだ。
そして、出水を助けたとされるシャオは腕を組みながら納得がいかない表情を見せて、
「あの少年は生かしたまま捕えたかったのが本音なのですけどね。殺さないとこちらが殺される、それほどの相手でした。実際、他の『レベル5モルフ』の力を持つ者も同じだと思いますよ? 一度暴れ出せば、あれは手がつけられない」
「私から見ても、『レベル5モルフ』に関するデータは少ない。桐生から聞く限りでは身体能力が人間の限界を超えているとは話していたが……」
「身体能力だけではないです」
風間の言葉に対して、意見を出したのは神田だった。
シャオもその言葉に対しては頷いて見せて、同じ考えであることを示した。
「というと?」
「レオの言うことによれば、『レベル5モルフ』にはそれぞれが持つ固有能力があるとのこと。――レオは自身の能力を無限肺活量と呼称し、体力の底が尽きることなく動き続けていました。椎名真希と世良望の能力から比較しても……奴の言うことは間違いではないと思われます」
「固有能力……か。確かに、これまでの情報を照らし合わせてみれば間違いなさそうだ。しかし……そうであるならば……」
『レベル5モルフ』の力の秘密の一端を知ったことで、風間はある考えが浮かぶ。
そして、その考えを読んだ出水は、この瞬間がチャンスだと踏んだのか、手を挙げて、
「修二にも……何か能力があると、そう考えているのですか?」
「出水、それは……」
「もう隠す必要はないでしょう。俺はもう……あんた達がそのことを隠していたことは知っている」
この場で修二のことを話に出した出水を止めようとした琴音だが、出水は止まらない。
必ず、何があろうと話させるという意思さえ感じられる目をしていた。
「……俺も、出水と同意見です。レオから聞くところによれば、笠井修二は『レベル5モルフ』であると、そう聞きました。そして奴らは笠井修二を探していた。なぜ、そのことを俺達に伏せていたんですか?」
出水に続いて、神田もそのことを口に出した。
風間達上層部が修二のことを伏せていたことは、先ほどの多々良の発言から理解出来ていたことだ。
だからもう、これ以上仲間のことを知らないわけにはいかない。
「……そうだな。もう隠す理由もない。キミ達の怒りも最もであるし、今更言い訳なんて見苦しい真似はしない。隠していて……済まなかったな」
そう言って、頭を下げる風間。この会議が始まってから、風間は自身の立場も顧みない姿勢と態度を出水達は何度も見てきた。
しかし、今はその態度を見たいわけじゃない。
「理由を教えて下さい。俺達にはどうして、どうしてあいつのことを教えてくれなかったんですか? あいつは……俺にとっても神田にとっても大事な仲間だ。裏切るなんて……ありえないのに」
「キミ達の信頼関係は関係がなかった、と言えば嫌らしい言い方になるな。結論から言おう、我々の中に裏切り者がいる可能性があると踏んでいたからだよ」
「え?」
「日本でのあの事件以来、笠井修二君が『レベル5モルフ』の力を持つことが判明された。それとは別の話にもなるが、椎名真希が誘拐された時、なぜか一部の人間にしか知らされていなかった椎名真希の所在が敵側に漏れていた、このことを我々がリスクマネジメントを図らないわけにはいかなかったんだ。特に笠井修二君については、敵側にどれだけ情報が漏れているか、少なくともメキシコ国境前線の時点では分かりようがなかった」
笠井修二が『レベル5モルフ』だったことを隠していた理由を淡々と語っていく風間に、出水も神田も他の皆も黙って聞いていた。
そして、話は続けられていく。
「裏切り者はおそらく、我々の誰かに姿を偽装して情報を聞き出していたと推測されていた。日本での弓親君の証言に食い違いがあったからね。それが分かった以上、キミ達に情報を与えてしまえば、笠井修二君と椎名真希君の二人の命が危なかった。だからこその判断だったのだ」
「――――」
「もちろん、私がしたことは二人にとって危険を回避させたとは考えていない。椎名真希はアメリカ側の人間による追跡を避ける為に海外へと飛ばし、ある任務を託して帰るよう伝えていた。キミ達の友人でもある清水君と共に行かしてな。結果的に、彼らが戻るまでに事態は最悪の状況へと続いてしまったわけだが……」
全ての顛末を話し切った風間は、ライトで照らされていた天井を見上げた。
これまでの作戦は、全て風間本人が決めたものだ。
結果的に、二人ともこの場にいない状況を考えれば、それは正しい判断とは言い難かったのかもしれない。
「全ては私に責任がある。キミ達の怒りも全て受け止めるつもりだ」
「そんな責任……今は押しつける余裕なんてないでしょう」
「出水の言う通りです。俺は理由を知りたかった。あいつが溜め込んでいたもの、それを知れただけでも十分です。今はこれからどうするかを話し合うべきかと思います」
後手後手に回ってばっかであった風間は、不甲斐ない自身を咎めるようにいる姿勢だった。
だから、先ほどからの上官にはあるまじき態度が現れてしまっていたのだ。
風間は真っ直ぐな目をした二人を見ると「ふ」と笑い、
「隠密機動特殊部隊の訓練生の時はまだまだ若い子達だと思っていたが……成長したな」
「む」「――――」
「無論、これからのことはちゃんと話すつもりだ。賭けにもなるが、このままやられっぱなしでいるわけにはいかない。私やキミ達にとっての反撃の狼煙になる作戦を考えていた」
現状の整理が終わり、すぐにでもこれからのことを話そうとする風間。しかし、話す前に彼は多々良へと目線を向けて、何かの合図を出す。
「かしこまりました」
多々良は風間の意図に従い、ポケットからスマホを取り出した。そこから誰かに連絡を取り始めていく。
「神田君には椎名真希君のGPS情報を辿って、彼女を保護するように頼んでいた。結果的に失敗に終わったわけだが、まだもう一つの線が残されている」
待っている間に、風間は話を続けようとしていく。
神田慶次にとっては無意味な作戦に終わってしまったもの。それを無駄ではなかったように話そうとする風間の次の作戦は、先ほどの話に伏線が残っていた。
「椎名真希君と共に行動をしていた清水君。彼のGPS情報は別の場所を差していた。もしかすればだが、彼は今も椎名真希と一緒にいる可能性があるということだ」
「……そうか、その手があった」
「しかし、我々だけの戦力と物資だけでは到底、清水君のいる場所まで辿り着くことはできない。そこでだ、私は助けを借りることにしたのだよ」
その言葉を皮切りに、会議室の入り口の扉が開かれた。
風間の言う助けを借りるという意味、それはこの会議室に入ってきた人物を見て明らかになる。
「ミスリル直属防衛軍、大尉のアーネストです。風間司令から話はお聞きしている。お前達の仲間が危険な目に合っているとな。我々も手を貸そう」
「大尉って……そんな偉い人に頼んだんですか!?」
自己紹介をするアーネストを見て、大尉という役職に驚いたのはミナモだった。
このミスリルにでの風間の立ち位置はあくまで日本人としての代表。それだけの地位でしかなく、アメリカとの繋がりとしては立場上、高いわけでもないのだ。
それなのに、こんな大物が手を貸してくれるとは、風間の人脈の凄さにも驚かされてしまう。
「いや、私自身が交渉したからに過ぎない。椎名真希に関しての情報を伝えたからね。彼らにとっても、彼女の存在は失ってはならないものだ」
「椎名真希は我々にとってもこの状況を変えることの出来るかもしれない重要参考人だ。無論、今に至るまで隠していたことは我々から見れば不遜なれども、協力しないわけにはいかない。キミ達の友人も含めて、全力で手を貸す」
「……それって」
アーネストの話を聞きながら、出水が訝しげな反応を示す。
風間が言った賭け――まさにそれはアメリカ側の思惑に繋がるのではということだ。
おそらく、この話し口からしてアーネストは笠井修二が『レベル5モルフ』であることは知らされていない。
そして、椎名真希が『レベル5モルフ』であることを知ったアメリカ側が、椎名真希に対して行うことは彼女にとって危うい結末を生む可能性がある。
その可能性を考慮して、風間は賭けという言葉を口に出したのだろう。
――人体実験や研究。富豪達の醜い欲によって椎名真希が潰される、そのような可能性をだ。
「俺も行かせて下さい」
清水勇気のGPS情報を辿ると聞いて、真っ先に手を挙げたのは神田だった。
ミスリルへと帰還したばかりだというのに、彼は疲れを見せない様子で立候補する。いや、疲れていないわけがないだろう。彼が作戦に参加したい理由は、清水と椎名を助けたい思いがあったからだ。
しかし、風間は神田の意見に首を振ると、
「残念だがキミは行かせられない。今やキミはこのミスリルで日本人の中でも貴重な戦力だ。流行る気持ちは分かるが、休んでいてほしい」
「ですが……っ」
「なら、俺が行きますよ」
「出水!? ちょっと、あなたも怪我人でしょ!?」
神田が動けないのならばと、出水が代わりに向かうことを進言する。当然、琴音は出水の容体を知っているために、反対をするのは至極当たり前のことだった。
風間もそのことは知っていたために、同じく首を振ろうとしたのだが、
「私は構わない。大部隊を投入する以上、安全は保証できる。それに、清水という男の顔を知る者の一人は来てもらいたいというのが本音だ」
「アーネスト大尉」
「戦闘は我々が全て担う。出水君の命については必ず守ると誓おう。それでも不満ですかな?」
アーネストの提言に、風間は何も言い返せない。
そうなってしまったのは、これまで椎名真希の情報を伏せてしまっていたという立場上の不利もあったからだ。
しかし、出水自身が自ら立候補している立場もある。だから風間は少しだけ考える素振りをすると、
「分かりました。では、出水君をお願いいたします」
「ええ、では出水君。一時間後に大門前入り口に集合してくれ」
「分かりました」
用意は整っていると、アーネストは出水に今後の予定を明かした。
どうやらこの事態に際して、風間は事前に入念に準備していたのだろう。彼は本気で、クリサリダへの対抗措置を考えていたのだった。
「では、私はこれで失礼する」
「ありがとう、アーネスト大尉」
アーネストは風間へと敬礼の姿勢を向けた後、そのまま会議室の外へと出ていった。
そして、少しの間が置かれた後だった。
「というわけだ。すまない出水君。私としてはキミを行かせたくはなかったのだが……」
「俺が決めたことです。気にしないで下さい」
出水自身の我儘を風間は聞いてくれただけ。だから出水は、風間に対して何も思うことはなかったのだった。
「――ここまでのことを話し合って、かなりの情報を集めることができた。そして今、我々には三つの問題を抱えている。一つは笠井修二と椎名真希の二人の行方、二つ目はクリサリダの具体的な目的、三つ目は我々の今後の動きについてだ」
風間はここまでの内容を整理して、現状の課題を口に出す。
情報としてはかなりの手がかりにもなったが、まだ光明が見えたわけではない。その理由は今の三つの問題点もそうなのだが、
「ここにいる何名かは気づいているかもだが、このミスリルにはクリサリダの人間がいると私は仮定している。内部情報が漏れている現状と、今も外で暴れているクリサリダの構成員達がこのミスリルを目指している現状から見てもおおよそ間違いがないはずだ」
「奴らが……ここを?」
風間の言葉に、出水は気づいていなかった側の立場として思いのまま言葉に出す。
それが何の為なのかと問われれば、先ほどのクリサリダの目的にも合致する内容に移るだけで、結果的に現状で分かることは何もない。
「つまり……我々がこれからすべきことは、ミスリル内部にいるクリサリダの構成員を見つけ出すことにある。それが出来れば、奴らの思い通りにはならないだろうからな」
「それに対しては概ね賛成なのだけれど、風間さんはクリサリダの連中の目的ってのは何か予想でもあったりするのかしら?」
これまで一言も会話に参加してこなかったアリスが、ここぞというタイミングで風間へとそう問いかける。
予想は予想に過ぎないものなのだが、風間は何かあるような雰囲気を醸し出しつつ、頷くと、
「このミスリルは、アメリカの軍事施設の外部周壁を大きく広げた要塞だということは知っているな?」
「ええ、ミサイルでも何でもあるって聞いてはいるけども」
「キミのクライアントでもあるシェリル副大統領から聞くには、このミスリルには核ミサイルも保管されているとのことだ。――奴らはアメリカを狙い撃ちにしているが、私はこれが一国だけを狙ったストーリーだとは考えていない。つまり――」
「核ミサイルを使って、全世界を滅ぼそうとしているってこと?」
風間の言おうとしたことを、アリスは自身の言葉として風間に確認を取ろうとした。
しかし、風間は首を振って否定の意を示し、
「ありえない。シェリル副大統領から聞くには、核ミサイルというのはそう簡単に飛ばせる代物ではない。大統領の許可無しに撃つことは不可能の他、発射には二人以上の同時パスコードの入力、他は教えてはくれなかったが、飛ばす為の条件があるとのことだ。クリサリダがどれだけ躍起になろうと、核ミサイルを撃つのは無理難題に近いものになるだろう」
「じゃあ、結局奴らの目的ってのは……」
「それは私にも計りかねている。ともあれ、全てはミスリル内部のクリサリダ構成員を見つけ出せば答えが出ることだ」
結局、アリスの問いかけはあべこべになってしまうものとなったのだが、詰まるところはそういうことだ。
クリサリダがミスリルを目指す理由は軍事施設に関わる何かの可能性が高いのだが、具体的な部分は不明であり、それらを明かす方法はクリサリダの構成員そのものを捕らえること。
そうすれば、自ずとクリサリダの目的というものは見えてくるものなのだ。
「……話が長くなったな。少し休憩しようか」
ここ会議を経て、風間や他の皆が知らぬことを共有できた。しかし、その情報量の多さを整理する為にも時間は必要だ。
その為に、風間は休憩という時間を作ることに決めた。
「神田君、アリス、少しいいかな?」
「はい」「どうしたの?」
名を呼ばれた二人は立ち上がり、風間の元へと歩いてくる。
そうして、他の誰にも会話が聞こえない距離で風間はこう言った。
「さっきはああ言ったが、私はミスリル内部の敵をおおよそ予測がついてきている。確証が無い部分がある以上、あくまで予測なのだがな」
「それは……本当ですか?」
「ああ、だからキミたちに聞いておきたいことがある。神田君、キミはレオという『レベル5モルフ』と戦ったそうだが、状況をもう少し細かく教えてくれないかい?」
あの時の状況の説明を求められた神田は、アリスへと目を向けてから風間へと目を移し、説明を始めた。
見たこともないモルフとの戦闘の果てに、雪丸と別行動を取って一人で撃退したこと。体力が切れ、ギリギリの状況下であのレオという男が現れたこと。
そして、あの浄水場での戦いの軌跡を、神田はこと細かく説明をしていった。
風間は眉一つ動かさず、神田の話を聞いていた。
そうして全てを聞き終えた風間は、顎に手をやり、
「……なるほどな。キミが『レベル5モルフ』と出会ったと聞いた時点で薄々気づいてはいたが、もしかするとレオと出会ったのは偶然ではなかったのかもしれない」
「え?」
「アリス、キミが神田君と合流したのはキミの判断か?」
「いいえ、違うわ」
「――そうか」
「あの……どういうことですか?」
風間の考えが読めず、神田は我慢できずに問いかける。
あれが偶然でないのなら、それは風間が先ほどから話していた話の内容にも繋がってくるのだ。
神田達がミスリルから外へ出たこと。その機を狙い、神田達へと刺客を刺し向けた者がいるとすれば――。
「これで、全てのピースは揃った……か」
「?」
「ああ、すまない。もう隠し事はしないと言った側で申し訳ないが、少しだけ待ってくれ。キミ達には今だけはまだ知らない立場でいてほしい。敵に気づかれるわけにはいかないからな」
「……ミスリル内部のクリサリダ構成員が誰か、分かったということですか?」
「そうだ」
そのことだけは隠すわけでもなく、風間は躊躇いもなくそう答えた。
それは、こちら側の陣営にとっては是が非でも必要な情報。今、打ち明けないのは敵に気づかれてはならないという風間の裁量あっての判断だった。
「キミ達にも近いうちに共有するつもりだ。……とは言っても、今のところは八十パーセントぐらいの可能性でしかないのだがな」
「おおよそは割り出せているってことね。私は構わないわ、来たる反撃に備えて待つわよ」
「ああ、すまないアリス」
「ええ、じゃあ私はそろそろ会議から離れさせてもらうわね。一応、クライアントに報告はしないとだし」
「アリス、分かっているとは思うが……」
「知ってるわよ。ここでの会話は話すなってことでしょ?」
「……あぁ」
風間とアリスの関係性から、アリスは口外禁止の情報は他人には言いふらさないことを知っていた風間は念を押してそう伝えた。
このミスリルにクリサリダの構成員が潜む危険がある以上、この会議の内容を漏らされるのは非常にマズイという風間の判断でもあった。
「じゃっ、いくわね」
それを最後に、アリスは手を振って会議室から出ていった。
風間と神田はアリスの出ていくところを見届ける。その後、風間は神田へと顔を向けると、
「――神田君、もう一つだけいいかな?」
「? はい、なんですか?」
「私はさっき、その者がクリサリダ構成員である可能性は八十パーセントだと断定した。しかし、今からキミに問いかけた返答次第でそれは変わると考えている」
「――――」
「その上で聞いてほしい。――アリスはレオとの戦闘時、アリスが殺されかけた瞬間があったかな?」
その質問だけは、低い声音だった。
まるで尋問されているかのような風間のその問いかけに、神田は記憶を辿った。
そして、確かにその記憶は残っていた。
「はい、ありました。俺がサポートに入って一命を取り留めたのですが、あれが無ければきっと……」
「……そうか。それが聞けて良かった。これで……もう確実だな」
「つまり、風間司令の疑う人間が……クリサリダの人間だと?」
「まず間違いないだろうな。キミにも後ほどそのことは伝える。ようやく、反撃を仕掛けられる」
これまでは後手後手でやられっぱなしであったこちら側の陣営だったが、風間は今の会話を機に表情を変えた。
正直、今のこの瞬間までは頼りないと思っていた神田だったが、今は違う。
人をまとめるリーダーとしての顔つきをした風間のその立ち振る舞いを見て、神田もようやく信じることができたのだ。
だから、神田もまだ伝えなければならないことがあった。
「風間司令、実はまだ話しておかないといけないことがあります。レオが話していた情報ですが、どうやら奴らはこの先、何かを仕掛けてくる妙な発言をしていました。それと……『レベル5モルフ』の感染条件についても……」
「そのことは後で皆で共有しよう。サク君のこともあってこう言うのも悪いが、向かわせておいて正解だったよ」
「いえ、軍人としてサクは立派に務めを果たしました。俺は……後悔していません」
「うむ、ではそろそろ休憩は終わりにしようか。出水君も急いで向かわせないといけないしな」
「はい」
一通り話し終え、彼らは会議を続けていった。
これまで謎に包まれていた情報が次々と明らかになりながら、彼らはこのモルフテロの実状と背景が判明していくことになる。
そして、風間達にとって二つの反撃の狼煙が、時間差を経てこれから起ころうとしていく。
7000文字ぐらいで終わらせる予定が13000文字ぐらいになってしまいました。
次話から清水視点の二日目へと戻ります。
本話の反撃の狼煙は最後の語りでも示した通り、ダブルミーニングになっています。




