Phase4 第三十八話 『裏切り者の末路』
『さてさて、ゲーム説明といきたいところだが……なんだなんだぁ? 察しがいい奴らが何人かいるな。お前らの考えの通り、これは簡単ですぐに終わるゲームだぜ』
「こいつ……」
楽しげにそう語る謎の男に、レイラは天井を睨みつけながら何か言いたげだ。
そして、清水もレイラや謎の男が何も言わなくても分かってしまっている。
『マジョリティゲーム』。そのゲームの内容がどういうものなのかを……。
『さっきまでやっていたマイノリティゲームとは逆、今からお前達には一人だけ指名をさせる。そして、指名をされた者が多い者は少数派となり、そいつはマイノリティゲームで少数派、多数派が出なかった周回の札の部位の全てを失うというゲームだ。たった一回だけの投票で済むんだから簡単だろ? なぁ?』
「ま、待ってくれ」
『ちなみに、多数派も少数派も出なかった場合は、特別ルールとして延長戦になる。有り体に言えば、少数派が出るまで何回でもやるということだ。まあ今回に限って言えばそんな簡単に同率になる奴はいねえだろ』
「待ってくれ!!」
謎の男がゲーム説明をしている間に、サミュエルが話を止めようと声を上げた。
彼が焦る理由も、レイラと清水は気づいている。
『なんだよ、話を遮られるのは好きじゃないって……何度目だ? サミュエル』
「い、いや……あの……できれば他のゲームはないんですか? そうだ! さっきと同じマイノリティゲームを――」
『ダメだ』
違うゲームを所望するサミュエルに、謎の男は断言するように否定した。
彼が焦る理由、それは単純明快で、簡単な話だったからだ。
この『マジョリティゲーム』、誰が選ばれる可能性が高いかを、彼自身がよく理解していたのだ。
『俺が決めたゲームに口出しは無用。悪いがすぐにでも始めさせてもらうぜ。さっきと同じように、五分のフリートーク時間をやる。それが終わったらすぐに投票開始だ。……じゃあ、始めるぞ』
「そ……んな……」
いち早くにでもゲームをさせたいと考えていたのだろう。謎の男はサミュエルの意見は無視して、ゲーム開始の強行をする。
五分のフリートーク。それはマイノリティゲームと同じように、話し合うことができるという貴重な時間だ。
今まではその時間を無駄にできなかったこともあり、レイラが主導して攻略法と皆のメンタルケアをしていた。
しかし、今回は前回とは一変している。誰も、誰一人として、この重要な五分のフリートークの時間、口を開く者はいない。
「……ぁ」
この異様な状況を見て、サミュエルは何か喋らなければという使命感に駆られる。
なぜ彼がそのような使命感に駆られるか、それは全員が理解している周知の事実だ。
サミュエルはマイノリティゲームで最後に裏切り、他の十一人が小指を失うという最悪の結果を生み出した。
そして、サミュエルは少数派の権利である五つ目のゲームをスキップできる権利を得た。
続く第二のゲームであるマジョリティゲーム、それは誰か一人を指名して、そいつが死なないと次のゲームへと進むことが出来ないというゲームだ。
そんなゲームで、攻略法すら一切ない最悪のゲームで、一番少数派として選ばれる可能性が高いのは誰がどう見たってサミュエルなのだ。
心象的にもドン底の位置にいるサミュエルを、この中に恨みを持たない者が一人もいないだろうか?
たとえ全員ではないにしても、二人以上はサミュエルへ投票することは明白。謎の男が、リディアがマジョリティゲームで選ばれることがないと明言していたのも、サミュエルが選ばれることを最初から分かっていたからだ。
全ては、謎の男の手のひらの上だった。
マイノリティゲームという端的なゲーム名も、その次に行うマジョリティゲームへの伏線として置いていたもの。例えマイノリティゲームで死人が出ないにしても、これほどに人間の心を抉るような嫌らしいゲームは他にないだろう。
「あ……あの、何か対策を考えませんか……? このままだと……ゲームが……」
とにかく助かりたい思いで、サミュエルは率先して話をさせようとする。
だがそれ自体、火に油を注ぐ行為に他ならない。
「――ふざけんな」
「え?」
「てめえ……この期に及んで自分だけ助かりたくて必死か? ふざけんなよ……お前は絶対に許さねえ……」
五分のフリートークが開始してから、サミュエル以外に初めて口を開いたのはこの中では清水と同年代に近い見た目をした青年、ルークだった。
彼はマイノリティゲームの最中、レイラの意見をしっかりと聞きながら賛同していた者だった。
だからこそ、彼にも許せない立場がある。事前に交わしていた約束を反故にしてまで、他を捨ててまで自分を優先したこの男に、煮えたぎる怒りがあったのだ。
「私も……ルーク君と同じです……。このゲームを終わらせる方法が誰か一人を選ぶしかないのなら、それはもう……サミュエルさんを選ぶしかない」
「ハ、ハリーさん……そんな……」
「クソ……いってぇよ……。どっちにしても……お前を生かしておいてもこの先に邪魔になんのは目に見えてんだ……。死ぬ覚悟は出来てんだろうな……クソ野郎が……」
「……ぅ」
ルークに始まり、ハリーとロバートが追従する形でこのマジョリティゲームの少数派を誰にするか、それをサミュエル一択に絞らせると断言する。
この時点で、圧倒的に不利なのはサミュエルだ。
同調圧力も起きる可能性がある以上、サミュエルに三票以上の投票が起こるのはまず間違いない。
それに、サミュエル以外を選ぶ者がこの中には誰一人いないのだ。その理由は簡単で、サミュエル以外に殺してまで投票したい人物がこの中には一人もいないのだから、このマジョリティゲームは……性質上よくできてしまっている。
満場一致でサミュエルへと投票が進みそうになりながら、サミュエルはなんとしてでも助かろうと言い訳を吐き続ける。
最後に『足』の札を提出したのは怖くなったからだとか、誰かが自分と同じように別の札を選ぶと思っていたからだとか、無理がある言い訳をつらつらと並べ立てていたのだ。
そして、それを聞いた者達は当然、サミュエルに対する不信感を増幅させるだけになり、他の者達も遂にはサミュエルへと罵声を浴びせるようにもなり始める。
この異様な光景を、清水は胃が縮まる思いで見守ることしかできない。
清水も、サミュエルに対して不信感を抱いていないわけじゃない。
しかし、それにしたってこの状況は異様に過ぎる。
だから彼は、ここで他とは違う発言をしようとした。
「……なんで、なんでこうなるんや……」
「清水?」
清水が話そうとしていること、それは自分にとってもリスクを負いかねない発言にならないものに近い。
だがそれでも言いたかった。だから彼は止まらない。
「人が……死ぬんやぞ? なんで……そんな簡単に選べんねん……」
このマジョリティゲームでは、どうあがいても一人だけが死ぬことになってしまう。それを知った上で冷静になって考えてみれば、死人が出ることがわかっていて投票する相手を決めようとしているこの状況が異常だと、彼はそう言いたかったのだ。
「しかし……清水君。誰か一人を選ばないといけないなら……それはもう……」
「人が死ぬところを……見たことあんのか? どんだけキツいか……俺は知ってる……だから嫌なんや……なんで、なんで少しでも全員で生き残る方法を考えもせえへんねん! おかしいやろ!!」
隣にいたイアンが仕方のないことだとそう言おうとしたが、逆に清水は自分の意見を真っ向から対立して述べていく。
何一つ、合理性のない意見だということは百も承知で、清水はそれを言いたかった。
たとえ裏切り者がいようとも、こんな状況では善良な人間でも裏切る可能性がある者がいるのも事実だ。
だから許せないのだ。悪いのはサミュエルではない。本当の悪は――。
「この会話を優雅に聞き耳立ててるクソ野郎……そいつが全部悪いんや……だから……っ!」
今もこの会話を聞いているであろう謎の男が全ての悪だと、清水はそう言い張った。
間違っているわけではない。間違ってはいないが、ことこの状況においては、清水の発言は自身の首を絞める意味でも間違っていた。
「だから……なんなの?」
清水の意見に反発するようにして、リディアの隣いた綺麗な容姿をした女性、オーロラが声を上げた。
「あなたが言いたいことは分かる。こんなふざけたゲームをさせた奴が悪いって、皆が知ってることよ。でも……だから何? 私だって死にたくないの。死にたくないから……サミュエルを選ぶしかないんじゃない。それとも……代案があって話をしてるつもり?」
「それは……」
オーロラの言いたいことは痛感するほどにわかっているつもりだ。
清水は代案も無しにただサミュエルを殺すことを止めようとしているだけ。仮に止めたとして、サミュエルへの投票を食い止めたとしても、状況は何一つ好転はしない。
むしろ、悪化すると言った方がいいだろう。サミュエル以外は小指を失ったことで今も切断面から血が流れ落ちている状態だ。痛みと貧血の状態が長く続けば、命にさえ関わる事態となってしまう。
「……何もないのに、正義感振りかざして無責任なことを言ったの? ふざけないで……」
「――っ」
清水の意見も、サミュエルと同じように怒りを込み上げさせる要因にしかならなかった。
更に言えば、無責任な発言をしたことで清水自身の信頼も揺らぎかねない状況ともなってしまっている。
これではもう、サミュエルが死ぬという悲惨な結末を避けることができなくなってしまう。
「……私に代案がある」
残り制限時間が一分もないその時、今まで一言も声を上げることはなかったレイラがそう言った。
清水には思いつくこともなかったこのマジョリティゲームの攻略法が見つかったのかと、全員がレイラの方を見る。
そして、彼女が言い放ったものとはこうだった。
「全員……私に投票しろ。それでこのゲームはクリアできる……」
「は……? な、何を言ってんねん!?」
「マイノリティゲームで皆を主導したのは私だ。その結果、このようなことになってしまったのは私に原因がある。……だから」
「ま、待てや! そんなん……」
「済まない、時間がないからお前は何も喋るな。――全員、私が死んだら清水の指示に従え。この男なら、残りのゲームもなんとかしてくれる」
およそ投げやりな様子で、レイラは喋りたいことを話そうとしていく。
残りのゲームを清水に託す意味、それすら分かっていない他のメンバーは訳もわからない様子でいたが、
「あえて言わなかったが、清水も私と同じ軍人だ。マイノリティゲームの最中、この男にはある調べものをさせていた。だから、私が死んだ後も清水を頼りながらゲームをクリアするんだ」
「どういう……意味ですか? 調べものって……?」
「すまないが時間がないから質問は無しだ、オーロラ。――サミュエル、お前に言いたいことがある」
オーロラの追求も無視して、レイラはサミュエルへと話しかける。
顔を向けられたサミュエルは、何か言われると思ったのだろう。その表情は恐怖に歪んでいた。
「……お前がしたことは皆を裏切る最悪の行為だった。だが、清水の言うことも間違っていない。この状況で、自分を優先したい気持ちは分かっているつもりだ。そして、今の状況も皆と同じだ。自分を優先したいから、お前を殺そうとしていた」
この状況のままを説明しながら、レイラはこのゲームの胸糞悪さを淡々と話していく。
そう、結局は同じことなのだ。サミュエルが自分を優先して他者を犠牲にしたのも、ルークやオーロラ達のような自分を優先したいからサミュエルを殺す。
立場的に見ればサミュエルに原因があったこともあるが、客観的に見ればやっていることは同じこと。だからこそ、清水の言う諸悪の根源は謎の男にあるという発言も間違ってはいなかったのだ。
「だからこそ済まない。私がそれに気づいていれば、きっとこんなことにならずには済んだんだ。――後は頼むぞ」
もう僅かしか残されていない制限時間を、レイラは自分が犠牲になる為に全てを費やす。
こんなことを言って、サミュエルに投票がされないわけではない。
しかし、レイラは自分に投票されることを堅く信じていた。このゲームの責任を負う為に、その理由を伝わりやすく説明することで、争いの種を少しでも減らそうと試みていたのだった。
――最後の最後、謎の男が終了の合図を切る直前だった。
サミュエルは皆の方を見て、
「お……俺は……」
『そこまでだ、五分経っちまったからな。それじゃあ今からマイノリティゲーム同様、周りを見えないようにさせてもらう』
サミュエルの話を遮る形で、謎の男がフリートークの終わりを告げる声が上がる。
そしてマイノリティゲーム同様、それぞれの者達の周囲を一切見えなくさせる為の鉄の板が競り上がる。
会話もさせないよう、同じようにしてマスクが掛けられる形ともなるのだが、後は今までと変わらない。
全く動かすことができなかった手も、拘束具から外れて自由となり、清水は痛む切断面を手で抑えた。
「――っ」
手も痛いが、それよりもここからが問題だ。
一体、誰を選ぶべきなのか。サミュエルもレイラも、清水には選ぶことなどできない。
モルフならまだしも、清水は生きている人間を殺したことなど一度もないのだ。
今回に限っては間接的な殺しになるとは言っても、それを許容できるほど清水には覚悟が足りていなかった。
『さて、投票の仕方だが簡易的にさせてもらう。……そうだな、投票する相手の方向へと指を向けたら投票オッケーということにしてやる。あと、三分以内に投票しない奴がいれば無効票という形だ。延長戦になる可能性はあるが、それはまあお前らの首を絞めるだけだからなぁ。ゆっくりと考えな』
マイノリティゲームとは違うゲーム形式を伝えられ、清水は歯を食い縛った。
今までは何かしら選択をしなければならないという制約があったのだが、今回はそれがない。
誰も選べないという選択肢がある以上、全員がそうなれば延長戦が起こりうる可能性もあるのだ。
そして、謎の男の狙いはそこにあるのだろう。あえて逃げ道を塞ぐことで、誰かを犠牲にすることを選ばせようとさせているのだ。
つくづく、人の命を馬鹿にしたクソ野郎だと改めて謎の男を軽蔑したくなる。
どうしたらええんや……。
誰か一人が確実に死ぬ。それが分かっていて、清水は誰かを殺すような選択を取ることができない。
しかし誰かを殺さなければ、次のゲームに進むこともできない。時間だけが過ぎていけば、切断面から流れ続ける血が多すぎることで出血多量による失血死が起きうる者も現れるかもしれないのだ。
今、このゲームで死ぬ可能性が高いのはサミュエルとレイラだ。
サミュエルは裏切り者として、レイラは自分を犠牲にすると言って周囲からの投票を促そうとした。
どちらを選ばない選択肢を取ったとしても、マジョリティゲームでは清水だけの選択だけで決まるわけではない。
他のメンバーが二人に投票を偏らせてしまえば、それだけでゲームは決まってしまう。
そう、もうこれは、一人でなんとかするということが出来ないものとして成り立ってしまっているのだ。
今更清水がどう悩んだところで、結果はどうやっても変わらないのだ。
変わるとすればそれは一つだけ。投票が偏ると思われるサミュエルとレイラのどちらかを選ぶことによって、結果を変えること。それをすれば、どちらかが死ぬ可能性を高めることのみだろう。
無理や……俺には……選べん……。
再三言っているが、清水は誰かが死ぬところは見たくない。
レイラもサミュエルにも、誰にも死んでほしくないのだ。
彼がその感情に縛られているのは、人間として当たり前の感情だった。
目の前で人が死ぬところを、果たしてそれを望む人間がいるか? 恐らく大多数の人間はそれを拒むはずだ。
オーロラが言っていた自分が死にたくないからという発言も分からないわけではない。それも自然な意見であり、至って普通の意見なのだ。
問題はそういう風に誘導をさせたこのゲームの方式にあったのだ。
時間がただゆっくりと過ぎていき、もう残り一分も残されていないその時、清水は自分の手を見た。
どうせもう手遅れなら、何も変えられないなら……できることは限られてくる。
意味の無さない行為であってもいい。単なる考えの放棄だと思われても仕方のないものだと、そう捉えられることになる。
でも清水は、この選択が自分の意思だと頑なに信じていた。
そして、彼が選んだ選択は――。
『時間だ。じゃあ、結果発表といくか』
謎の男から制限時間の終わりを告げられて、周囲を見えなくさせていた鉄の板が下がっていく。
マスクも同時に外されていき、誰が誰を選んだか、それがゆっくりと明らかになっていく。
清水はここで、結果を見たくなかったこともあったのだろう、目を閉じていた。
だが自分が誰を選んだか、それだけは理解出来ている。
清水が選んだ選択肢、それは――自分だった。
自分自身を選ぶことで、二人の投票をしないことを選んだのだ。
なぜ無効票ではなく自分か、それは、レイラと同じ判断だった。
自分を犠牲にしてでも、レイラには先へ進んでほしかったのだ。
もっと初めから、最初からこうしておけば良かったと後悔していた。
恐らく、ここで清水へと投票をする者は他にいない。だからこそ、意味のない行為だと分かっていたのだが、自分の意思を示していきたかった。
まだこの後でもある三つのゲーム、それもどうせ、他の誰かが命を失うかもしれない最悪のゲームだと予想がつくものだからこそ、布石を残しておこうと考えたのだ。
そして、第二のゲーム、マジョリティゲームの結果は――。
『おうおう、これはさすがに予想できなかったなぁ。まさかそうなるとは思わなかったぜ』
謎の男の声が聞こえて、清水はゆっくりと目を開けていく。
そして、誰が誰を差しているか、それが明らかになっていく。
清水とレイラは自分自身を、ロバートとルークはサミュエルを、そしてそれ以外のメンバーは――。
「え?」
ベイカーはレイラを指差していた。
恐らく、レイラの意見に賛同しての判断だったのだろう。それよりも驚くべきことは、サミュエルへと投票が傾くと予想された他のメンバーが選んだ者は、無効票の扱いとなる誰も選ばないという選択肢だった。
レイラとサミュエルに同率二票、清水に一票という結果。――これでは、マジョリティゲームは終わらない。
誰かが選ばれるまで、永遠に終わらない無限ループへと続くと思われたのだが、清水は唯一人だけ見ていなかった。
「……サミュエル?」
この中で一番選ばれる可能性が高い者、サミュエルが誰を選んだかだ。
彼は無効票ではなく、ある者を指差していた。
そしてそれが誰に対してか――、清水だけではない。他の者も驚いていた。
彼が選んだのは自分自身。清水とレイラと同じ、自分を選ぶという選択だったのだ。
その選択を取ったことによって、このマジョリティゲーム、その結果が大きく変わることとなる。
多数派が損を被るゲーム、その選ばれし者がサミュエルへと傾くこととなって――。
「な、なんでや……サミュエル?」
よりによって、最後に自分を選んだサミュエルの考えがまるで読めなかった清水は、そう問いかけた。
このゲームで多数派に回れば、どう足掻いても死は避けられない。
マイノリティゲームで同率飛ばしとなった札、『足』と『手』以外の札の全ての部位を失うこととなってしまうのだ。
そうなってしまえば、サミュエルはどうやっても生き抜くことはできない。それを分かっていながら、なぜ彼は自分を選んだのか、その理由は。
「お、俺が……」
震える声で、サミュエルは何かを話そうとしている。
恐怖に全身は震えて、目元は涙がこぼれ落ちていた。並大抵の覚悟ではできない選択を取った彼は、自分の意志を伝えようとする。
「俺が悪いんです……。全部……だから、その責任は俺が……取ります。皆、本当に……ごめんなさい」
こうなってしまった全ての原因は自身にあると、サミュエルは自分の行いを悔いて謝る。
だから自分が死んで許してほしいと、皆へと告げていたのだ。
「俺が生き残っても……もう俺には居場所はない……。だったらもう……死んだ方がマシです。もう……生きることが……ツラい……」
「サミュエル……」
この土壇場での彼の自爆な投票は、ただ周りのことだけを考えての行動だけではなかった。
マイノリティゲームでの自身の行いの結果によって、今後の自分へと降り掛かる災いは、きっとサミュエル自身にとって耐え難いものだと安易に予想出来てしまったのだ。
――そんなこと、マイノリティゲームで皆を裏切る前から分かっていたことなのにだ。
「俺……は……」
人間の心とは、感情とは理屈だけでまともな手段を選べるほどよく出来ているわけではない。
『さぁ、多数派のお前にはペナルティだな』
ほんの少しのきっかけで、正常な判断を損なうことも起きてしまう。
「ひっ」
だから今回のことも、ある種の人間の在り方でもあった。
サミュエルの選択も、皆の選択も、どんな人間であれ誰でも選んでしまう選択だということを。
サミュエルの周りにある拘束具が動き出し、鋭利な刃が一気に動き出していく。
ノコギリに鉈、首を刈り取るためにあるのか、鎌の形状をした刃まで出てくる。
それら全てが、サミュエルの五体をバラバラにする為にあるのだと見せつけるかのようにして、準備を整わせようとしていく。
「やめろ……やめろっ!!」
サミュエルの悲惨な結末を誰もが予測できる中、レイラが声を大にして叫んだ。
彼女の目は怒りに満ちていた。それが誰に向けての怒りか、そんなものは決まっている。
「私をやれっ! もうこんなゲームは不毛だ! 私が死ねば……それでいいだろう!?」
『ダメだね。ルールはちゃんと事前に伝えていた筈だ。死にたいという願望は受け取ってやるが、俺はルールを途中で変えることはしない。黙って見ていろ』
「っ、この……っ!!」
レイラは拘束具から逃れようと、必死で体を動かしている。
そんなことをしたところで外れないことは目が覚めた時から分かっていたことだ。
それでも彼女は諦めなかった。サミュエルが目の前で殺されるという現実を、彼女は認めたくなかったのだ。
刃という刃が動いていき、サミュエルの首、耳、目、手へと収束していく。
それらが準備が整ったと同時、手を切り落とすためにある円形の回転刃が高速回転を始める。
「ふっ、ふっ、ふっ!!」
いよいよ迫る死を前にして、サミュエルは過呼吸状態となってしまったのか、息を荒げて瞳孔を開けている。
彼の目の前には、目を潰すためにある長細い針が二本とある。
首元には鎌があてがわれ、耳にはノコギリ状の刃が上から迫ってきていた。
極限状態とは正に今の状態を指すのだろう。
死を前にして、人間の心は理屈ではない変化を起こす。
それは、場合によっては聞くに耐えない最悪の変化だ。
「い……いやだ! 死にたくない!!」
死ぬことを選んだサミュエル自身が、死を前にして叫んだのは、命を失うことへの拒絶だ。
最後は死ぬことを選んだ彼であっても、生物が元来持ち合わせる本能からは逃げることはできない。
「た、助けて……っ! 助けてくれぇぇぇぇっっ!!」
みっともなくても、愚かだとしても、たとえどう思われても構わない。死にたくないという思いの果てから言葉に出たのは、一分前とは正反対の心だった。
そして、謎の男はそのサミュエルの叫びを聞いても止めることはしない。
『クク……クハッ!』
待ち侘びた瞬間だと考えたのか、謎の男は笑いを堪えきられずにいた。
サミュエルの命乞いも、その心境の変化も、謎の男にとっては大好物なものにしかならない。
最高潮にまで達した絶望は、謎の男にとって待ちに待ち侘びた瞬間になる。
「ぎ……ぎゃぁぁぁああああああああああっっっっっ!!!!」
一切の躊躇もなく、全身へと刃が食い込んでいくサミュエルの体は、水風船が割れたかのように血が吹き出ていく。
尋常ではない量の血と叫びが狭い室内を満たしていく。
「いだいぃぃああぁぁぁぁぁがががぁぁぁぁぁぁぁああっっっっっ!!」
最早、言葉にすらならない断末魔が部屋の中を木霊し、それはもう聞くに耐えないものとなってしまっている。
もう、誰もサミュエルの方を直視できる者はいない。
人が死ぬ瞬間を、こうも惨虐に仕上げたてて見せつけられたことで、皆が目を閉じ、耳を手で押さえていた。
「――――」
次第に声は消えていき、回転刃が回る音だけが残っていく。
肉を抉るような音だけは小さく残り、部屋中には吐き気さえ催すほどの悪臭が漂っていく。
サミュエルは死に、終わった。
第一のゲーム、マイノリティゲームから始まり、第二のゲームとなるマジョリティゲームの終わりを告げて――。




