Phase4 第三十五話 『少数派>多数派』
『とは言ったものの……いきなり始めるのもなんか違うからなぁ。そういや、お前らまだ自己紹介の一つもしてなかったよな? とりあえずそっからやるか』
清水達、他十一名余りの人間達へと向けて、悪辣につらつらと喋り続ける謎の男は、こちら側の事情など知ったことなどない体でそう言った。
清水自身、目覚めたばかりで今の状況にすぐさま理解が及んでいない。
そして、それは清水だけではなく、
「ざけんな! てめえが主犯か! 俺をこんな目に合わせやがって!」
大声で謎の男へと捲し立てたのは、清水が目を覚ますきっかけとなったガタイの良い丸坊主の男だった。
落ち着きのない様子で、彼は罵声を上げ続けていた。
『おうおう、活きの良い奴もいるじゃねえか。てめえの質問はイエスだ。それが分かったらさっさと自己紹介始めろ』
「ふざけ――」
丸坊主の男の怒りが頂点に達し、続けざまに言い返そうとしたその時だった。
彼を拘束していた椅子、その椅子が一部分だけ変形し、鋭利な刃が目の前を通過する。
そして、その刃は彼の指部分へと当てがわれて――。
『話を遮ったり俺の言う通りにしない奴は好かねえんだ。あー、この意味わかるかな?』
「――っ!」
『よーし、分かったな。じゃあ早速始めていくぞ。――そうだな。じゃあそこの日本人からいこうか』
「お、俺か?」
『お前以外に日本人いねえだろ』
いきなり指名をされて戸惑った清水は、思わずそう返してしまう。
この謎の男に従うのは危険だ。しかし、従わなければ何をされるかもたまったものではない。
それは、先ほどの丸坊主の男とのやりとりで分かった事実だった。
「清水……ここは奴に従え。死ぬぞ」
「……レイラ」
レイラにもそう言われて、清水は唇を噛んだ。
これから何が起きようとするのか、脱出の糸口を探る為にも、まずはこの謎の男の言うことに従うしか今はない。
「俺は……清水勇気や。こん中では珍しいかもやけど、日本の生き残りの一人……。これでええんか?」
『いいねぇ、トップバッターは日本人の清水君だ。はい拍手拍手!』
謎の男が清水以外のメンバーへとそう促したが、誰一人拍手なんてことはしなかった。
そんな気分になれないこともそうだが、そもそも拍手なんてできるはずもない。
『あー、そういえば手が使えねえんだったな。失敬失敬、まあいいだろう。じゃあ次、右から時計回りに自己紹介していけ』
清水だけでなく、他の全員にも自己紹介をさせようとした謎の男は、清水の右側にいるスーツ姿の男性から順番に挨拶をするように促した。
そして、自分のことだと気づいたスーツ姿の男は、
「わ、私はイアンだ……。外にいた怪物から逃げ回っていたら突然後ろから眠らされて……」
『あーあー、いらねえからそういうのは。はい次』
「――――」
ここに連れ込まれた経緯など、謎の男からすれば興味ない話だということだろう。
名前だけ言えと、そう暗に告げられたことで、次から話す者達は簡潔に答えようとしていく。
「ドミニクだ」「リ……リディアです」「ベイカーです」「……ロバート」「オーロラよ」「ルーク」「ヨシュアです」「サミュエル」「ハリーと呼んでくれ」
それぞれが自身の名前だけを語り、時計回りに順々に答えていく。
その表情は楽観的ではまるでなく、険しい雰囲気を醸し出している。
それもそうだろう。一体何を持ってこんなことをさせられているのか、まるで分からない状況だ。
順番は清水から始まり、最後の一人へと回る。
清水の右側にいた女性、レイラへと――。
『さあ、お前が最後か』
先ほどまでは清水へと謎の男の指示に従えと促したレイラだ。
何か反感を買うようなことを言わないかと不安になりながら、清水は沈黙を続けるレイラを見ていた。
そして、
「……レイラ・シモンズ。この中では多分、私だけでしょうけど、軍人をやっている。よろしくね」
「え?」
『クク……』
レイラの自己紹介、そこに違和感を示す清水に、笑うような声が天井に備え付けられたスピーカーから聞こえた。
どちらでも良いだろうが、なぜ自分だけが軍人だと答えたのか。カミングアウトすることは良いが、清水もレイラと同じ軍人であることを彼女は知っている筈。
レイラはなぜか、清水のキャリアについては伏せさせるような素振りで挨拶をしたのだった。
「で、まだ何か話し足りないのか?」
『いやぁ、十分だぜ? さて、自己紹介も済んだところだ。そろそろ本題に入ろうか』
全員の自己紹介が終わったところで、謎の音は話を進めようとする。
『クク、ここから出してほしい、そんな顔しているなぁ? もちろん、自由にしてやってもいいんだぜ?』
「……早く本題を話したらどうだ?」
簡単に自由にさせるつもりはないと、頭から分かりきっていたレイラは謎の男へと続きを催促した。
嘘の可能性の方が大いにありうることを理解していた一同は、緊張感を露わにして天井にあるスピーカーへと目を移す。
そして、
『今からお前らにはゲームをしてもらう。ちょいと奥が深いから、耳をかっぽじって聞くんだな。ゲームは全てで五つ、それらをクリアしたら、晴れてお前らは自由になれる』
「ゲームやと?」
『良い表情だな清水、その通りだ。お前ゲーム好きそうな顔してるもんな。信じられないかもしれないが、俺は嘘はつかない男だ。五つ、これらをクリアした者は外へ出してやる』
確かな形として二度同じことを告げる謎の男に、周囲はざわつく。
自由になれる、その言葉は希望を持たせるには十分なものだ。
しかし、レイラと清水、他数名だけはそうは考えていない様子だった。
ただでさえ、この謎の男は清水達の命の主導権を握っている状態であり、いつでも殺せる立ち位置にある。
いくら言葉で信じさせようとしたって、信じられないと考えるのは自然なのだった。
『さて、ゲームの内容だが、ちょうど十二人もいるからな。質問は三個までとする。まず一つ目のゲームは――マイノリティゲーム』
「マイノリティ……ゲーム?」
ネーミングセンスのないゲーム名を明かされ、清水は眉を顰めた。
マイノリティ、その意味合いは少数者、または少数派という意味合いだ。ゲーム名だけではその内容を読み取れる者は誰もいなく、隣にいたレイラも目を細めている。
『まずはお前達の目の前にある札を見てみろ』
「――? これは」
各々の目の前には、最初から置かれていたトランプの大きさをした札があった。
色彩だけは鮮やかな色をしたそれは、同じものはなく、人間の部位を表したかのような絵がある。
あるのは頭、目、耳、手、指、足首と六枚の札が皆同じようにして目の前にあった。
『ゲームの内容を説明するぞ。今からお前達には五回戦投票をしてもらう。一度に出せる札は一枚だけ、一斉に提出された投票札を開示した時、少数になっていた者は何もない。ただ、多数になった者は……その札に載っている部位を失う』
「――は?」
『五回やって、少数に立ち回れた者だけが無傷で生還できるということだ。そして、少数派にはもう一つの権利も与えられる』
「ちょ、ちょっと待てや! いきなり何を言い出すねん!」
話を遮り、声を荒げる清水。それもそうで、提示されたゲームはあまりにも残虐に過ぎる内容だ。
マイノリティゲームとは、少数派になった者が何も失わずに済むというもの。そんなふざけたゲーム、最初からやれるわけがない。
『話を遮られたりすんの嫌だって言ったよな? 次、喋ったら問答無用でお前は殺すぞ』
「――っ、いや「清水!」」
殺すと言われても、納得がいかなかった清水はまだ言い返そうとした。が、その直前でレイラが声を張り上げて、清水を呼び止めた。
「やめろ……こいつは本気だ。まずは最後まで話を聞こう……」
「……レイラ、でも……」
「死にたいのか?」
真剣な眼差しでそう詰められて、清水は口籠る。
レイラの言う通りだった。ここで言い返したところで、清水にとっては無意味な抵抗にしかならない。
酷く、残虐なゲームを強制的にさせられるという忌避感は普通の人間ならば耐え難いものだ。
それでも耐えるしかない。そうしなければ、清水は死んでしまうのだから――。
「……悪かった、続けてくれや」
『ものわかりが良くて助かるぜ。じゃあ続きを話すぞ。さっき伝えた、少数派が得られるもう一つの権利というやつだ』
清水が何も言わなくなったところで、謎の男はゲームの説明の続きを話し始めた。
『まず一つ目のゲーム、このマイノリティゲームで少数派になった者は、一回につき最後のゲームから一つずつスキップすることが出来るという権利だ。つまり、四回でも少数派に回ることができれば、このゲームだけで自由になることが出来るということだ』
「な……に?」
希望に目を輝かせる者、恐怖に表情を強張らせる者とそれぞれがいる中で、レイラだけが何かを考えるようにして息を詰まらせた。
このゲームの概要、それを知った者達の反応。そして、少数派が得られる最悪の権利。
俯瞰して見てみれば、この一回目のゲームだけで酷い有様になることが手に取るように分かってしまうのだ。
『ルールとしてはそんなところだ。質問は三つまでなら聞いてやる』
マイノリティゲーム。そのゲーム内容の全てを話し切った謎の男は、ゲームに参加するメンバーへと質問を受け付けると言う。
そして、戸惑う者達がいる中で、清水の対角線に座る男、ヨシュアが口を開いた。
「ひ、一ついいですか? この札を選ぶ時、その時は他の人と話すことは可能なんですか?」
『いい質問だ。そこはこれから話すつもりだったが、投票までの間に五分の制限時間をやる予定だ。五分後、お前らの口から声が出せないよう拘束具が自動的に動き出す。それまでの間であれば何を話してもいいぜ。何を選ぶか、誰が多数派になるか、誰が少数派になるか、存分に話し合うといい』
「――っ」
たったの五分、それだけの間で自身の運命を自身が投票した札に委ねないといけないのだ。
だが、事前に知っておかないといけない重要な情報であることには違いなかった。
予め知っておかなければ、五分という制限時間を無為に使う恐れもあったからだ。
「おい! 本当に全部クリアしたらここから出してくれるんだろうな!?」
「ばっ……!」
大声をあげて意味のない問いかけをしたのは、清水が目を覚ます前から声を張り上げていた男、ロバートだ。
たった三つしかない質問の一つを、分かりきった返答が返ってくるにも関わらず、ロバートは謎の男へと問いかけた。
『クク、だからそう言ったじゃねえか。ちゃんと自由にしてやるよ。言質が欲しいならこう言おうか。殺さず、ちゃんと生かした状態で解放するとな。……さて、最後の質問は誰だ?』
「――っ、最悪やないか……」
そんな確証もない返答を聞かされたところで、このゲームに対する情報とは無縁だ。
むしろ、今は終わった後のことよりもこのゲームの内容を深く把握する必要性があった。
それを一つ無駄にさせたロバートという馬鹿に対して、清水は怒りではらわたが煮えくり返りそうになる。
「――最後の質問は私がする」
そして、レイラが他の者達が何かを聞こうとしないように、自分が質問をすると答える。
その質問とは、
「このマイノリティゲーム、もし多数派と少数派が出ないことがあれば、その時はどうなる?」
「――あ」
レイラのその質問を聞いて、清水もハッとした。
このマイノリティゲームでは、あくまで少数派と多数派のそれぞれの処遇についてしか説明がされていない。
十二人いる参加者の中、例えば投票が同率に回ってしまった場合、多数派も少数派もなくなってしまうのだ。
『良いところに勘づいたな。多数派と少数派、どちらも出ない周回があった時、その時は何もない。ただ、次の周回へと進むだけだ』
「……なるほどな」
『クク、光明を見出せたようだな。だが本当に上手くいくかな? さっき知り合ったばかりの連中ばかりだ。お前の考えている通りになるかは分からないぞ?』
「ゲスめ……」
レイラの心中を察したかのように、謎の男は嘲笑った。
レイラが何をしようとしているのか、その意味は清水も既に理解出来ていた。
『さてと、そろそろゲーム開始といきたいところだが、せっかくだ、ボーナスタイムを与えてやる。十分間の間、お前達にはフリートークをする時間を許してやろう。何を話しても構わないぜ。ゲーム開始した時の対策だろうとなんだろうとオッケーだ。手も動かせるようにしてやるよ。それじゃ……スタート』
待ったもなしに、謎の男は勝手に話を進めて、フリートークの時間を与えてスタートさせた。
その瞬間、十二人の手首を拘束していた金具が外れて、一同は手だけは動かせるようになった。
突然の状況に戸惑う一同であったが、ここで先にレイラが口を開く。
「全員聞いてくれ。このゲーム、一見するとかなり悪辣なゲームだと思えるだろうが、攻略法がある。怖いかもしれないが、よく聞くんだ」
「こ、攻略法? そんなものがあるんですか?」
レイラのその言葉に、オドオドとした落ち着きのない様子でリディアが尋ねかける。
他のメンバーが黙って聞いていたのは、レイラが自己紹介の時に軍人であることを明かしていたからだろう。
そして、レイラが語る攻略法とはこういうことだった。
「多数派も少数派も出さないよう、全員が同じ札を選び続けるんだ。そうすることで誰一人負傷者を出すことがなく一回目のゲームを終えることができる」
マイノリティやマジョリティなどと、そんなものを生み出さない為の必策、それが全員が同じ札を選ぶことであった。
確かに、清水もレイラの質問を聞いた時、その方法が真っ先に頭に浮かんでいた。
誰一人、無傷で終えることができる完璧な攻略法と言うべきやり方に近いだろう。
「しかし、もし誰かが裏切りでもすればどうする? このゲームを無事に終えられたとしても、あと四回もゲームが残されているんだ。それをスキップすることが出来る権利があるとすれば、それは……」
レイラの攻略法に対して、そう口を挟み込んだのは清水の二つ隣にいた紳士風な男、ドミニクだ。
彼の一言は周囲を惑わすに等しい迂闊な発言に近いものだったが、レイラもその返答は予測済みだったのだろう。彼女は続けてこう言った。
「そんなことをしたところでそいつが得することはない。確かに権利としては大きいが、他に危害を及ぼしてその後も続けて少数派になり得ると思うか? どう考えても全員が混乱して、少数派が周回ごとにバラつくのは目に見えている。これを仕掛けた男が狙っているのはそれだと……私は考えている」
「……確かに」
レイラの意見を聞いて、ドミニクも納得せざるをえない。
ここで誰かが裏切れば、その後に待ち受けるのは疑心暗鬼のバラバラな感情。その瞬間を謎の男は狙っているのだということに、皆が頷く形で理解していた。
「その上で、最初に選ぶ札だが……まずは頭にする。いいな?」
「なんで頭からなんや? どれを選んでも同じやろ?」
札の種類はどれも人間の体に当たるもの。つまりはどれから選んだところで変わりはないものだと清水は考えてそう口に出していた。
「先に一番死ぬ可能性が高い部位を選んでおきたいからだ。この中で一番死に直結するのが頭だからこそ、先に潰しておけば精神的にも楽になれる。……こんなゲーム、普通の精神力でやれる人間はそうはいないだろう」
「でも……そうなると余計に怖いですね……」
「せやな。逆に言えば最初から裏切り者が出たら他の多数派は死が確定する。そうなったら少数派同士の食い合いになるんやろけど……」
「それもレイラさんが言っていた少数派のデメリットに繋がることだよ。確実性のない賭けに出たところで、損をするのは少数派だ」
「めんどくせぇ……とりあえず全員同じにしたらいいんだろ?」
各々が意見を出し合いながら、このマイノリティゲームをどう乗り切るかを話し合っていく。
少々の食い違いはあれども、皆が一致しているものは同じ札を選ぶことだ。
そこに絶対的な抜け道がある以上、このゲームの完全な攻略法をレイラは見出すことができていた。
そして、レイラは皆の顔を見て、
「そろそろ時間がない。精神論で申し訳ないが、これだけは聞いてほしいんだ」
「――――」
静かに、誰も返す言葉はなく、皆がレイラの顔を見る。
この中で、まだ一言も言葉を発していない人間もいた。まだ、互いを信じるには無理があるだろう。それでも――それでもだ。
「全員で必ず生き残る。その為なら私はいくらでも知恵は出すし、犠牲になっても構わない。だから頼む。今この時だけ……信用してほしい」
信用してもらう為には、必ず証明が必要になる。
しかし、皆と同じように拘束された今の状況では、できることは言葉による対話しかない。
だが、レイラを信用しようとする者達もいた。それは彼女が軍人であることを公言していたことと、進んで攻略法を口に出したことだ。
このゲームに、自分だけが生き残る為の手段なんてものはない。ただただ、疑心暗鬼という感情を作り出させる最悪のゲームでしかなかったのだ。
「俺は……それでいい。あんたを信じるよ」
「わ、私も!」
レイラの訴えに、言葉でもって返したのはハリーとリディアだ。
二人とも、最初の恐怖の目は無くなり、希望に満ちた目をレイラへと向けている。
そして、他の者も続けて、
「私も信用します!」「俺も……」「生き残れるのならなんでもいいよ」「頼りにしてます!」
次々とレイラに賛同する形で自分の意見を言う者達。
それを聞いて、レイラは少しだけ安心した。
一人でも意見が違えば、もうレイラには打つ手がなかったのだ。泣き落としにも近い方法だが、全員の意見を一致させることはかなり重要だった。
そして、隣にいた清水も同様に、
「俺はずっとお前のことは信用してる。それに、犠牲になんか俺がさせへんからな」
「……清水」
「さっさとこんなふざけたゲーム、クリアして旦那に会いに行くで」
「ああ、そうだな」
犠牲になってでもという言葉に、嘘偽りはない。
それでも、レイラはできれば無事にここから脱出したいとは考えていた。
その胸中を読み取ってくれた清水に、レイラは心の中で感謝しながら、顔を天井へと向ける。
「さぁ、始めるぞ」
準備は整った。彼らは強い意志を持ったまま、マイノリティゲームをスタートさせていく。
これをニヤけた面で眺めていたゲームマスターの男は、攻略法を聞いていたのにも関わらず、何も手は打とうとしなかった。
それはなぜか? 簡単な話だった。
――人間の心、感情は、そんなに単純なものではないと知っていたからだ。




