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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase4 第三十四話 『囚われの豚共』

 夜の街とは、どの国においても賑やかな盛り上がりを見せてくれる。田舎町のような静けさなんてものはまるでなく、騒音のようにやかましささえあるものだ。

 それは、清水とレイラが歩いていた街でさえ、かつてはそうあるべき姿であった筈だ。

 しかし、その賑やかしさはまるでなかった。

 

 ――静寂。ただ、その一言しか感想が出てこない。

 人の気配なんてものはまるでなく、あるのは不気味な気配のみ。それを辿れば、あるのはモルフという死した化け物がいるだけだった。


「――――」


 前を歩いていたレイラが立ち止まり、清水に見えるように顔の横で手をグーの形にして見せつける。

 これは、事前に聞かされていた合図、『止まれ』ということらしい。

 どうやら、レイラが所属していた軍隊では、会話ではなくハンドシグナルでの手信号を使用しているとのことだった。

 清水は言う通りにして、レイラの後ろで立ち止まる。

 その先にいる、数体のモルフを確認できた二人は、まずは様子を窺っていた。


「どこにでもおんな……」


「――――」


 この状況は、既に五回目といったところだろう。

 清水はサブマシンガンを、レイラもライフル銃を持ってはいるが、未だに一度として使用していない。

 使わなかったのは、使う理由がなかったからだ。

 無闇矢鱈に戦闘をしたとしても、銃声音はモルフを引き寄せる要因にしかならない。もし、危険な状況になれば銃器の使用も仕方なくなるのだが、レイラの歩兵術のおかげでそれは起きうることがなかった。


 レイラは再び、清水へと見せつけるようにして人差し指と中指を下に向けて、ゆっくりと前後に振った。

『音を立てずに動け』。そう言った意味合いだった。


「――了解」


 清水はレイラに従い、抜き足差し足で脇道を屈みながら歩いていく。

 夜の暗さも相まって、幸いにして付近のモルフに見つかることもなかった。


 シェルターから出て、もう三時間は経過している。

 道中、時間を確認する時は街中にある時計台から随時確認していたのだが、もうすぐ深夜の一時を過ぎる頃合いだった。

 もちろん、清水とレイラは不眠不休であり、若干ではあるが精神的にも磨耗しつつある状態であった。

 しかし、清水達には休んでいられる余裕はない。


「あのモルフも……もう既に『レベル2モルフ』になっとるやろうしな……」


 清水とレイラが懸念していたこと。それはモルフの感染段階についてだった。

 時間が経てば経つほど、人間の体内にいるモルフウイルスは体組織を変異させようとする。

 それは、より感染力を強めさせる為に――足を変異させ、走ってでも獲物を捕らえようとして、全身を変異させ、体の一部を武器にして、完全に変異した姿は、もはや人間では対処できない運動能力を発揮させて――。

 手がつけられなくなる前に、清水とレイラには休む余裕なんてものはなく、ただ先へと進む以外に選択肢がなかったのだった。


「よし、ひとまず急場は凌いだ。五分だけ休むぞ」


「息が詰まりそうやな……」


「水はあるが、飲むか?」


「いや……大丈夫やで」


「――そうか」


 ペットボトルに入った水を渡そうとしたレイラであったが、清水はそれを拒否した。

 喉が渇いているわけではない。ただ、この緊張感がいつまで経っても拭えないことにストレスを抱えつつあったのだった。


「……清水、あえて聞かなかったが、お前も誰かを探しているのか?」


「――急になんや?」


「いや、ずっとお前からは焦りがあるように感じてな。言いたくなければ言わなくてもいい」


 レイラは清水の不自然な様子に、なんとなく当たりをつけていたようだった。

 それは正解で、清水はシェルターを出る前からずっと考えていたことはある。

 ――椎名真希とデインの所在、その行方についてだ。

 手がかりなんてものは見つからず、結局のところは何も分からず仕舞いで終わってしまっている。


 もちろん、このことをレイラに話したいという欲は清水にもあった。

 しかし、事態はそう簡単な話でもなかった。

 椎名真希とデインの情報は、国家レベルにおいても機密に扱われる極秘的な案件なのだ。それを易々と口に出せるほど、清水は馬鹿でもない。


 馬鹿じゃない……が、


「レイラも……旦那を探しているんやったよな」


「ああ、そうだ。私と同じ軍人でな。私より弱い癖に、私を守るなんて言う変わり者だ。私にぶん投げられては、何度も求婚してきたよ。手合わせして勝ったら結婚してくれってね」


「――――」


「まっ、結局私もあいつの努力を見抜けなかったんだがね。投げ飛ばすところが逆にやられてしまったよ。それで……ね」


「そっか……」


 聞けば聞くほど、レイラも胸が詰まる思いであることが見てとられた。

 大事な人の安否が分からず、それでも冷静にいようとする心構えは、今の清水と比べれば芯の強さがある。


「俺は……探さなあかん人がおる。それは今は話せんけど……」


「お前にとって、大事な奴か?」


「せや、俺にとって……友達、やな。もう一人はあれやけど」


 言葉は濁すが、清水の言いたいことはそれが全てだった。

 デインのことは置いておいても、椎名については清水にとっては友達のようなものだ。

 たとえ、任務という名目でも、そこは譲れない。


「そうか、なら……早く見つけ出さないとな」


「……せやな」


 事情の全てを話したわけじゃないので、レイラの慰めの言葉は清水には大きく響かなかった。

 なぜなら、清水の場合は椎名とデインが何者かに連れ去られた可能性があると考えていたからだ。

 この国の軍隊に匿われるという目的を達成したとしても、そこに椎名達がいる可能性は限りなく低い。


 結果、清水はレイラについていく以外に特に選択肢は残されていなかった。


「五分、経ったな。先へ進むぞ」


 時間は待ってはくれない。ほんの少しだが、体を休めた二人は再び歩き出す。


 それから、彼らはただひたすらに街の中を進んでいっていた。

 人間の姿はいまだ見つからず、モルフという外敵のみしか外にはいなかった。


 そして、街の離れについたところであった。


「清水、少しいいか?」


「あん?」


 レイラが立ち止まり、清水へと話しかける。

 眠気が襲いつつも、休まる場所もない状況で彼女が言いたかったこと。それは――、


「ここまできて、今のところは誰にも出会うことはなかった。……私達以外の生存者がいないと考えてみればそれはおかしくないことだが、一つ腑に落ちないことがある」


「なんやそれ?」


「気づかないか? この事態を鎮圧すべくして、軍隊が動き出してもおかしくない状況だ。なのに、まだそれらしい動きが見当たらない」


「――――」


「それだけじゃない、気づいているなら良かったのだが……私達は今、何者かに視られている」


「――は?」


 レイラの発言に、清水は呆気に取られた。

 確かに、ここに来るまでまだ鎮圧部隊がいなかったことは気になってはいた。

 しかし、誰かに視られているとはどういうことなのか、その意味が分からず、


「休憩して動き出してからだ。最初は気のせいかと感じていたが、明らかに何者かの視線をずっと感じている。……それも、一人だけじゃない」


「ちょ、ちょお待てや。そんじゃあれか? 俺達を尾けている奴らがおるっていうんか?」


「落ち着け。悟られるわけにはいかない。気配の消し方からみても、ただの人間とは思えないんだ。だから、罠を張る」


 清水の動揺を、何者かに気づかれるわけにはいかないと、レイラは落ち着くよう話した。

 清水からすれば、レイラの落ち着きぶりの方が驚きなのだが、そうも言っていられない状況だ。

 清水達を監視している誰か――それは、どう考えてもただの一般人ではないことがわかる。


「な、何をするつもりや?」


「まずは奴らの位置を補足したい。まずはこれを使う」


 そう言って、彼女が手に取り出したのは、先ほど清水へと渡そうとした水の入ったペットボトルだ。

 ほぼ満タンに入り切ったそのペットボトルの蓋を開けると、レイラは迷わずにペットボトルを裏返して地面の砂へと掛けていく。

 そして、水分を得た砂は泥へと変わっていった。


「――?」


「踏むなよ。どの方向にいるかを知る為の罠だ。ただの砂なら痕跡は消せるが、泥だとそうはいかない。消そうとしても、必ずそれらしき痕跡は残る」


「足跡……か?」


「そうだ。このまま先へと進んで一度折り返してここに戻ってくる。違和感は感じ取られるだろうが、前方か後方か、どっちにいるかを絞るだけでも動きやすくなる」


「でも、踏まん可能性もあるやろ?」


「その時はその時だ。あくまで引っかかればラッキーな程度の罠に過ぎない。こっちは武器を持っていて、隙だらけの私達に攻撃を仕掛けてこないことには何かの理由がある筈だからな。なら、こちらから仕掛けた方がやりやすいだろう?」


「そりゃ……せやろけど」


「こんなものは罠にならないと……そう言いたげだな。――その通りだ。手持ち無沙汰だからな」


 清水の納得がいかない様子に、レイラはきっぱりとそう告げた。

 そう、こんなものは確実性も何もないものだ。後で引き返して確認したとして、清水達を視ている連中はその不自然な行動に訝しむことだろう。

 レイラの言いたいことも理解しているつもりだ。そもそも、レイラだって非番という名目上、大した装備を持ち合わせているわけじゃない。

 だから、持ちうる所持品だけで考えた即席の罠を仕掛けようとしていたのだ。


「安心しろ、ちゃんと考えがあってのことだ。奴らを見つけ出す方法は考えている。今、問題なのは連中が私達を視ていて、私達は連中の位置を補足できていないことだ。むしろ、私はその状況が怖くてたまらない」


「――――」


「行くぞ、清水。お前も軍人なら覚悟を決めろ。もう既に、命の獲り合いは始まっているんだ」


 時間は待ってはくれない。レイラの言うことも最もだと、無理矢理納得をせざるを得なかった清水は、歩き出したレイラの後ろをついていくしかなかった。


 そして、レイラの予想は当たっていた。彼らが気づくのはまだ後のことだが、清水達を視ていた何者か達は、清水達の後ろを尾行する形でゆっくりと、距離を離さずに近づきつつあった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 清水達が再び歩き出してから、三百メートルは歩いたところだ。

 頃合いだと判断したのか、レイラは後ろを振り向くと、


「清水、すまない! さっき話していた時に私の大切な物を落としてしまったようだ! すまないが、一旦戻るぞ」


「――お、おう」


 突如、大声で焦り気味な様子でそう言ったレイラに、清水は思わず面食らってしまう。

 分かってはいたが、これは演技だ。少しでも不自然さを無くそうと、レイラが考えた精一杯の――。


「私が合図を出したら走る。遅れるなよ」


「……了解」


 後々になって言うことでもないだろうと、清水は苦い顔つきになるが、もう止まれない。

 そして、二人は罠を張ったあの地点まで戻り始めた。

 レイラも清水も、武器は手に握ったままだ。それは視ている連中に対してなのだが、傍目に見ればモルフを警戒しているようにしか見えないだろう。

 ある意味では、不自然さを消すための上手い形にもなっていた。


 戻り始めてから、レイラは一言も喋ろうとはしなかった。

 それは、彼女も緊張しているからでもあるだろう。どんな人間であれ、この状況で平静を保つのは難しい。

 清水も同じで、この暗闇の中で周囲を見渡しながら索敵を怠らなかった。


 そして、罠を仕掛けた地点まで戻り、レイラがそれを見た時だった。


「清水、走るぞ!」


「――っ!」


 その瞬間、レイラは一目散にダッシュして、清水もその後ろをついていく。

 今までとは全く違う方向、直線距離を歩いていた地点から左側へと全力ダッシュをした二人は、周りなど見えていない。

 この行動を連中が見ればどうなるか、そんなことは分かりきったことで――、


「レイラっ!」


「っ!?」


 何かに気づいた清水は、咄嗟にレイラへと体をぶつけて、庇う姿勢になる。

 その瞬間、レイラが走っていた位置、その前方にあったベニヤ板で建てつけられた看板へ、スコンッと音を立てて何かが刺さる。


「こ、これは……っ!?」


「注射器……? まさか……」


 銃弾ではなく、液体が入った極細の注射器が刺さったそれを見て、レイラはすぐに悟った。


「私達を生かしたまま連れ去ろうという魂胆かっ!」


「ど、どうするんやっ!?」


「このまま走り切る! あの建物の中へ入るぞ!」


 連中の狙いが絞れたことで、レイラは目の前にある大きな建物の中へ避難しようと提言した。

 お互いに敵がいると認識し合った現状、ここでもたつくわけにはいかない。すぐさま、清水達はその建物の出入り口である大扉を開けて、閉める。


 そこは、大きな建物とはいったがかなりの立地としてあり、目立つ装飾をした教会――寺院とも呼ぶべき建物だった。

 恐らくはだが、政治的関係者の国家的行事にも使われる大聖堂とでも言うところだろう。

 しかし、中は人っこ一人いない状態であり、警備の一人もいない。その状況が、逆に異様な雰囲気を発していた。


「隠れるぞ!」


「――っ!」


 中に入ったからといって、すぐに安心はできない。

 レイラと清水は、聖堂の奥にある台座の後ろへと身を隠し、息を潜めた。


「入ってきたら銃撃戦になる。準備を怠るなよ」


「わ、わかっとる」


 敵がどう仕掛けてくるかは分からないが、レイラの言う可能性は十分に起こり得る。

 それから、約一分が経った頃合いだった。敵側の動きはまるでなく、出入り口のドアに触れるような様子も感じ取れない。


「こえへんな」


「用心深いのかもしれない。私の狙いにも気づかれた可能性があるな」


「狙い? ……そういえば、さっきレイラが仕掛けてた罠はどうなっとったんや?」


 気になることを言われたことで、小休止となった今の内に清水はあの罠のことについてレイラへと確認する。

 彼女は目線だけは出入り口へと向けたまま、こう答えた。


「しっかり足跡が残っていたよ。消そうとして、無駄と悟ったのか、諦めたような痕跡がね」


「でも、なんで一目散にこっちに走ったんや? その方向に敵がおった可能性もあったやろ?」


「ゼロではないが、その可能性は低かったよ。あえて左側に走った意味はそこにある」


「左側……?」


「私達が来た道を折り返して来た時、後ろ側にいた奴らは焦ったのだろうね。何も考えず、自分達も左側へと隠れようとしたんだ。心理学の応用だよ、右か左かを選択する時、人は無意識に左を選ぼうとする習性がある。それを逆手に取っただけだ」


「す、すごいな」


 そこまで読んで、レイラは迷わずにこの建物がある方向へと走ったのだ。

 清水一人では、そこまでの考えは到底思い浮かぶことはなかった。レイラだからこそ、実行できた作戦だったのだ。


「さっきは助かったぞ。分が悪い賭けだったとはいえ、お前が身を挺していなかったら私はあそこで終わっていた」


「……気にすんなや。仲間やねんから、助け合うのは当たり前やろ」


「ふっ、仲間か。それもそうだな」


 短い付き合いとはいえ、清水にとってレイラは心強い仲間だ。

 利害が一致するからだとか、そんな軽い関係なんかじゃない。そう思って、言葉にしていた清水だったが、


「清水、奴らを捕縛して、口を割らせるぞ。何かしら、情報が得られるかもしれない」


「ああ、任せろや。……って言っても、ほんまに何もしてこえへんな。諦めたんか?」


「そんなわけがない、むしろ自分達の存在がバレてしまったんだ。躍起になる方が自然だろう?」


「それもそうやな。とはいえ……」


 この状況では、膠着状態が続くのみだ。清水達が動けない以上、向こうの出方を見る以外に何もできない。

 そうして出入り口の扉へと視線を向けていると、音が聞こえた。

 カンカンと、何かを叩くような音。地面に何かを叩きつけているのか、外に誰かがいることを知らせているような感じだ。


「――何だ?」


 何がしたいのか、外が見れない清水達には理解が及ばない。

 確実に、出入り口の扉の奥に誰かがいることは確かだ。

 だが、音なんかを立てて何をしているのかと、その原因を探ろうとしたが、その時であった。


 出入り口の扉が、ゆっくりと音を立てて開かれた。


「っ、構えろ」


「おう」


 レイラと清水は、互いの武器を握ったまま体は乗り出さず、銃口を出入り口の扉へと向ける。

 そして、そこにいたのは――、


「な……に?」


「モルフやと?」


 出入り口の扉の前にいたのは、感染した人間――モルフだった。五体近くのモルフが続々と教会の中へと入ってきて、真っ直ぐこちらへと近づいてくる。


「どうなってるんや!? 敵の姿がないぞ!」


「どういうトリックだ? さっきまであそこに人がいた筈だ。なぜ、教会の中にいる私達を……?」


 敵がわざと音を鳴らして、モルフを呼び寄せたということまでは分かる。

 しかし、なぜすぐ近くにいる敵である人間を襲わず、教会の中へと侵入してきたのか――清水達は気づいていなかった。

 清水達を尾行してきている連中、それが人間であり、ある薬品を投与されていたこと。『M5.16薬』を打った人間であることを――。


「清水、ここは仕方ない。奴らを掃討するぞ!」


「り、了解や!」


 原因を探す方法が無い以上、清水達にできることは限られている。

 身を乗り出した彼らは、すぐさま銃撃を開始。教会の中へと侵入してきたモルフへと銃弾を浴びせた。


「クソッ! 距離があるからドタマをぶち抜けんな!」


「私に任せろ。撃ち漏らしを頼む!」


 中距離射程のサブマシンガンでは、当てることができても急所を当てることが難しい。

 レイラは台座に肘を突き、確実に仕留める為にスコープから狙いを絞らせる。


「死ね」


 ライフル銃から放たれた銃弾は、モルフの眉間へと命中し、そのまま後ろへと倒れる。

 二発、三発と続けざまに撃ち、三体のモルフが息が絶える。


「残りを頼む!」


「よっしゃ! この距離から余裕や!」


 数が減り、こちらへと距離を縮めてきたモルフへと向けて、今度は清水がサブマシンガンで応戦した。

 仮にも、清水はあの日本でモルフと戦ってきた男だ。

 モルフの動きに慣れていたことで、モルフの弱点を撃ち抜くことはそう難しいことでもなかった。


「倒せた! これで――」


 モルフは完全に無力化した。そうして、レイラへと視線を向けた時だった。

 ――レイラは台座の上に倒れる形で、ライフル銃から手を離していた。


「レイラ? おい、おい!?」


 体を揺さぶるが、彼女は力失くしたようにして項垂れている。

 そして、その原因は彼女の肩にあった。

 先ほども見た、極細の注射器が彼女の肩へと刺さっていたのだ。


「――はっ!? クソッ!」


 すぐさまレイラの肩から針を抜くが、何も変わらない。

 即効性の睡眠薬でも入っていたのか、レイラの意識が落ちていこうとしている。


「清水……逃げ……ろ」


「んなことできるか! クソッ! なんでこんなことに!」


「早く……するんだ。このまま……だと、お前……も」


「うるっさいわ! 俺があいつらを倒す! そうしたら――」


「違う……そう……じゃない」


 意識が消えゆこうとする直前、レイラは何かを伝えようともがく。

 そして、彼女の口から発せられた言葉は――、


「奴ら……ただの……人間じゃなかった……あいつらは……私と……同じ……」


「――は?」


 その時だった。清水の肩にチクリとした痛みを感じ、彼は自身の肩を見る。

 そこにはレイラと同じ、極細の注射器が刺さっており、


「――ぅ」


 気づいた時にはもう手遅れだった。

 急に視界が揺れて、前後左右が分からなくなるような感覚になる。

 脳が揺れている。そして、急激な眠気が清水へと襲いかかった。


「同じ……ってのは……まさか……」


 レイラの言いたいことが、その時までは気づけなかった清水だが、そこで気付いてしまった。


 ――清水達へと襲いかかってきている連中。それが、レイラと同じ軍人であるということに。


 消えゆく意識の最中、清水は声が聞こえた。


「やっと寝たな。案外、ちょろい連中だったな」


「傷一つなく連れてこいってのがあの人の命令だからな。もし失敗していたら、俺達があの地獄に付き合わされることになっていただろう……」


「サイコパスすぎるんだよな……あいつ。幹部とは言うが、他の奴らもそうなのか?」


「知らねえ……ともかく、さっさと連れていくぞ。遅くなってあの人の機嫌を損なう方がマズイ」


「……違いないな」


「気の毒な連中だが、こいつらも終わりだな。こう言っちゃなんだが、こいつらの死に様すら俺は見たくねえよ」


「人の原型を保っているかも怪しいからな。まっ、後片付けをするのは俺達じゃねえんだ」


 何かが聞こえる。すぐそばで聞こえる。

 誰の声なのか、話している内容すら頭の中で整理がつかない。


 即効性の睡眠薬。常人ならば抵抗すら難しいそれは、たとえ軍隊経験のあるレイラであっても抵抗は叶わずだった。

 それもそのはずで、たとえ抵抗できたとしても、彼らは既に疲労が蓄積されていた状態だ。

 襲い来る眠気にのしかかるようにして、眠気が押し寄せてきたようなもの。それに抵抗できる余地など、彼らにはできるはずもなかった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「――だこれ! ――んな!」


 やかましい。誰の声や?


「――てやる! ――やがって!」


 なんやねん。せっかく良い気分で寝てんのに、ほんまに……。


 ――寝てる?


「はっ!?」


 眠気が吹き飛び、目を覚ました清水。今がどういう状況なのか、それを知ろうとして目の前に映ったその光景は――。


「ちくしょう! ふざけんな! この拘束具を外しやがれぇっ!」


「うっ……うっ……怖いよぉ」


「お、落ち着きましょう皆さん! まずは冷静に!」


 一体、これは何なのか? 知りもしない人達が、特殊な椅子に座らされ、その手足に枷がついた状態でいる。

 円になるようにして向かい合わせで座らされた一同、その中には、清水もいた。


「な、なんなんや……」


 自身も椅子に座らせられ、手足が動かせない状況にあることをその時に気づく。

 手首と足だけではない。指の一本も動かせないように関節部分を鉄の金具で固定されて、完全に動かないようにさせられている状態だ。

 そしてそれは、清水だけでなく他の全員も同じ状態だった。


「気づいたか、清水」


「レイラ?」


 名を呼ばれて、隣を見ると、一緒に行動していたレイラがいた。

 彼女も清水と同様、椅子に座らさせられ、完全に身動き一つ出来ない状態へとなっている。


「レイラ……これは一体……」


「どうやら、ふざけたショーに招待されたようだ。私達は……」


「ショー?」


 レイラはこの状況に対して、これから何が起こるかを察しているような様子だ。

 これは一体全体どういうことなのか、それを聞こうとしたその時であった。


『いよー! 全員目が覚めたようだなー!!』


「っ!?」


 お気楽な声が密室内の部屋の中を轟かせ、全員の体が強張る。

 天井の四方に取り付けられたスピーカーからだろう。男性らしき男の声が全員へと投げかけられる。


『まあそう緊張するなって。訳わからねえだろうけど、今からお前らには俺の遊びに付き合ってもらうぜ』


 ふざけた調子で話を続ける謎の男。顔も見えないまま、恐らくは遠くから清水達を観ているのだろう。

 そして、謎の男はスピーカー越しにこう言った。


『せっかく集まったんだ。せいぜい俺を楽しませてくれよ? 囚われの豚共』



清水の関西弁ですが、ほとんど自分が話す時の口調で再現してます。関西に住んでるという点から言わせてもらうと、「おおきに」とか「かんにん」とか正直使うところは自分含めて回りでも見たことが無いので清水には言わせてないです(笑)

今回のPhase4、そろそろミラと修二の時のような死闘に近い内容と書きたいなぁとは思いつつ……。最後に出てきた謎の男の正体は既出のキャラなので大体想像がつくかと思います。

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