Phase3 第三十一話 『永遠なる鼓動』
「雪丸君達が言っていたのはこれね……。確かにふざけた挑発だわ」
「椎名真希からの伝言ではないですね。明らかに俺達へと向けられた文章だ」
アリスと神田は、椎名真希の発信機が落ちていたとされる場所まで辿り着き、その壁に残された奇妙な文言を見て淡々と分析した。
「でも、ざまあみろだなんて変な言い回しね。まるで、自分達に被害があったからやり返してやったかのような言い口だわ」
「ですが、これを残した連中が椎名真希を連れ去ったことは明確です。どちらにしても、追跡する必要はありそうだ」
「歯がゆいわ。私の弟子に何か痛い目を合わせているんだったら、相応の報いを受けさせてやらないとね」
言葉としては落ち着いてはいるが、物騒な物言いでアリスはそう吐き捨てた。
アリスにとって、椎名真希は師弟の関係でもある。神田もちらっと見たことはあるが、椎名真希は強くなろうとしてアリスに訓練をしてもらっていたことがあることも知っている。
彼女に対する情がある分、アリスは本気で連れ去った連中と出会えばそうするだろう。
それは、神田も同じだ。
「周囲を探索しましょう。雪丸達が見落とした痕跡があるかもしれません」
「ええ、そうね」
手がかりのないこの場所は諦めて、神田達は周囲の探索を行うこととなった。
だが、三十分近くの探索の結果、ここからどこかへと向かった痕跡は一つも見つかることはなかった。
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浄水場の中、乱立されたプールがある一角で、タケミカヅチ第二部隊の面々は武器を手に持ったまま、立ちながら待機をしていた。
「神田隊長、痕跡見つけられたかな」
「どうだかね、アリスさんがああ言ったんだ。多分、難しいのじゃないかと思うけど……」
ミナモがそう言って、雪丸は苦い表情を顔に浮かべる。
元々、こんな遠征に出ている理由は椎名真希を見つけ出すことにある。
何一つ成果を出せないまま、ただ死のリスクを背負った戦闘を強いられただけだった。
「それにしても、今更このプールの監視も必要ないとは思うんだがな。出口を蹴破るような雰囲気もないし、かれこれ三十分は経ってる。開けたら水死体が浮かび上がるだけじゃないのかな」
「こ、怖いこと言わないでください雪丸さん……」
「なんだよ不知火、……ああ、お前はあんまり人の死体とか見たことないんだったけな。まあ、気持ちは分かるけどな」
水死体という言葉の表現は、不知火には刺激が強かったようだ。
かといって、事実は事実だろう。人間が呼吸なしで水中の中に入れるとしても、限度は五分あるかないかだ。
酸素を取り入れることができなければ、身体は痙攣を始め、失禁し、次第に意識を失っていく。
死に方として、一番苦しい方法でもあるだろう。
「俺達の存在意義なんて戦って人を救うぐらいだ。……っても、モルフの災害なんて、一人助けようとしても百人死ぬ。本当に意味があるものなのかも疑いたくなるが……」
「――そうだね」
これほどの人災は、よほどかつてないものだろう。
雪丸もミナモもサクも、日本でのあの凄惨な現場を見てきた者たちだ。
被害は収まらず、救助した人数とは比較にならない死亡者が発表されてきた。
達成感なんてものはまるでなく、自分達の存在意義さえ見失いそうになりかけたほどでもあったのだ。
「サク、どうだ体の調子は?」
「まあなんとか動けるようにはなりましたね。戦闘はあまり頼りにならないかもっす」
「だろうな。ゆっくり休んでいろ、後は俺達が全部やる」
「……頼りにしてるっす」
背中の傷を応急処置をしたとはいえ、サクの容体は好ましいとは言い難い。早めに帰還しないと破傷風を引き起こす可能性もありうるのだ。
椎名真希の追跡も目的としてはあるが、今は仲間の命を優先したい気持ちが雪丸にはあった。
「ただいま、皆。特に異常はなさそうな感じね」
「アリスさん、……どうでしたか?」
「ダメね、一切の痕跡を消されていたわ。残念だけど、帰還するしかないみたいよ」
「……そう、ですか」
やはりというべきか、椎名真希の行方はどこへと知らずということだった。
これで、神田達に出来ることはもう何もなくなってしまった。
「結局、俺達が命懸けでやってきたことって無駄骨だったことっすかね……」
「そうでもないぞ、サク」
落胆していたサクに対し、壁に背をついて立っていた神田はそう言った。
「プールの様子はどうだった?」
「いや、特には何も変化はないですね。それより隊長、さっきの言葉の意味とは?」
「得られる情報は少ないかもしれないが、一つ試したいことがある。いいですよね、アリスさん」
「ええ、そうね」
神田とアリスの二人の中では既に共有済みなのだろう。雪丸達は首を傾げながら、答えを待っていた。
「サクが閉じたプールの扉を開ける。レオの死体から、敵側の情報を得られる可能性もある」
「ちょ、マジで言ってるんですか?」
「そうだが、何か不満か?」
「いや……もし生きていたりすれば……」
予測外のことが起きる可能性があることを伝えたのは神田自身だ。
雪丸も、まさかレオが生きているなんてことはあり得ないとは考えてはいるが、気が進まないことは真実ではあった。
「動きがまるでないなら問題ない筈だ。万が一を考えて開ける時に構えておけ。それで奴は手詰まりになる」
「……了解です」
「私も神田君には賛成の立場だわ。このまま何も無しに帰るぐらいなら、敵の情報を持ち帰る方がまだいい」
アリスが続けて神田の意見に賛同する形で言葉を挟み、一同は頷く。
サクが閉じたとされるプールの開閉設備のボタン、それを押す係となったサクは皆の方へと顔を向けて、タイミングを待った。
「じゃあ、開けますね」
準備が整ったと同時、サクは閉じられたプールを開けるボタンを押した。
低音の音が鳴り響きながら、ゆっくりとプールの上部に張った鉄の扉が左右へと開いていく。
一同はプールから目を離さず、レオの死体を確認しようと目を凝らした。
そして、そこにあったのは――。
「――何もない?」
「沈んだのかしら? 暗くてよく見えないわね」
「潜りたくねえしな。ライトで照らしたら底を確認できそうです」
レオの姿は見当たらず、雪丸は所持していたライトの点灯させて、プールの中へと向けた。
「……どういうことだ?」
「どうした、雪丸?」
「何も……何もない。レオの死体も……そもそも何も……っ!?」
「ど、どういうことでしょう?」
狼狽える一同に、状況は誰も把握できていない。
レオがいない。その事実は、神田達にとって再び緊張感を植え付けさせるには十分なものとなっていた。
そして、
「俺を探してんのか?」
「っ!?」
声が聞こえたと同時、一同は銃を構えてその方向を見た。
そこには、水に濡れてびしょ濡れの姿でいたレオがいた。
「……どうして生きてるの?」
「ははっ、やってくれたぜ。さすがに暗くて出口が見つからなかったのが災難だったよ。――隣のプールとそこのプールは繋がっていたことに気づいた時は助かったぜ」
「そうじゃない、あなた、今水中から出てきたばかりでしょ? どうして……死んでいないの?」
「――アリスさん、こいつは……」
「やっと気づいたか、神田慶次」
レオがプールに閉じ込められてから約三十分。その間、レオは一切の呼吸が出来ていない。それなのにどうして生きていたのか、神田はいち早くに気づき、レオもそのことに言及した。
「俺の能力は肺にある」
ゆらりとその場で上半身を揺らしながら、レオは自身の能力を説明した。
隙だらけに見えるその体勢に、誰も撃とうとはしない。できなかったのだ。
「無限肺活量。水中であろうが俺は永遠に息が続く。そして、体力が切れることもない」
「無限……肺活量?」
「やっと楽しくなってきた……やっとだ、くくく……光栄に思いな。今からお前達に教えてやるよ。『レベル5モルフ』の本当の恐ろしさってやつをな!!」
「――っ、全員、散開しろ!」
レオに動きがあった瞬間、神田の指示を聞いて全員が距離を取ろうとした。
しかし、それよりもレオの方が圧倒的に速い。レオは地面を蹴って、目で追えないスピードで神田へと迫る。
「かはっ!」
「ちぃっ!」
銃身に取り付けられたナイフとレオの銃剣の刃先が激突し、火花が散る。ぶつかった瞬間、レオは空中へとバク転し、地面に降り立ったと同時にまた駆け出した。
「撃て、撃てっ!!」
「ひえええ、速すぎますぅ!」
指示を聞く暇もなく、雪丸達はサブマシンガンで持ってレオへと銃口を向けて引き金を引いていく。
しかし、照準なんてものはまるで合わなく、レオのスピードに銃弾は空を切るばかりだ。
「遅えんだよ! 何もかもが遅え! それで俺を倒せると考えているなら甘いんだよ!」
「遮蔽物に隠れながら撃て! 相手は銃剣を持ってる!」
壁を蹴りながら縦横無尽に動き回るレオ。それに対して、神田達は止まりながらの射撃だ。レオが反撃して撃ち込みにでもかければ、被弾することは目に見えていた。
「分かってねえなぁ神田!」
「っ!」
真っ直ぐ神田の元へと接近し、再び刃と刃がぶつかる。
力の押し合いならば互角だった。そして、レオは神田にのみ聞こえる距離でこう呟く。
「遮蔽に隠れたところで俺の力なら一人ずつ殺すのはわけないんだぜ? 良い機会だから教えてやる、俺の銃剣は銃としての役割は使えない。水中にいたことで火薬がしけったからな」
「――なぜ、それを教えた?」
「ははっ、分からねえか? もっと楽しませろと言ってんだよ!」
あえて自身の不利になる情報を与えたことも、レオにとっては戦闘を楽しむ為の手段ということだ。
こそこそ隠れながら戦うなと、レオは真っ向からの戦闘を誘っていた。
「少し調子に乗りすぎじゃないかしら!?」
「っ、女ぁ! てめぇは狙いは分かってるぜ!」
神田との競り合いの隙に、アリスがレオの真後ろから足蹴りを喰らわそうとする。
しかし、レオはその場で屈み込み、伏せる姿勢でそれを避けた。
「てめぇは神田と同程度に警戒してる。そしててめぇがでしゃばれば他の奴らは銃撃ができない」
「分かってやってるのよ。舐めるんじゃないわ!」
レオの銃剣による振り抜きを躱し、アリスは手を地面についてカポエイラの要領で足を振り回す。
上下左右から繰り出される蹴りに対して、レオは持ち手の銃剣とは別のもう一つの手だけで受け流し切る。
「スピードはもう分かっている。一度見た技が俺に効くと思うなよ!」
「くっ!」
アリスの技は見切られ、その隙にレオはアリスの腹部へと目掛けて蹴りを決め込む。
『レベル5モルフ』の身体能力で蹴りを受けたアリスは受け身を取れず、真後ろへと吹き飛んでいく。
「アリスさん!」
「人の心配している余裕があるのか、神田慶次! もっと攻めてこいよ!」
動きを止めないまま、レオは神田慶次へと接近戦を仕掛ける。
今度は体術ではない、銃剣の刃先を神田慶次目掛けて振り抜き、確実に命を殺りにこようとしていた。
「――っ」
「お前は対応力がある。俊敏さ、というよりかは敏捷性か? 俺と対等に渡り合える部分があるとすればそれだけだ」
神田の特徴を既に見抜いていたレオは、あえてそれを引き出させる為に接近戦を仕掛けてきていた。
この手の場合、学習能力――というよりは順応性の高さを指すものなのかもしれない。レオは一度交えた戦闘においては、その者が持つ癖に対応できる早さがあった。
「足りねえなぁ、足りないんだよ! もっと俺を楽しませてみろ!」
「――っ!」
「隊長に……近づくんじゃねぇ!!」
「おっとぉっ!」
苦戦する神田と追い詰めるレオとの戦闘の最中に、雪丸が軍用ナイフで斬りかかろうとした。
寸前、レオはそれさえも見切り、反転して足を振り上げ、雪丸の持つ軍用ナイフを蹴り飛ばした。
「良いナイフだな。アメリカに支給されたもんだろ、それ?」
「クソッ!」
「やめろ! 下がれ雪丸!」
雪丸の持つ軍用ナイフに目を光らせたレオは、その矛先の視線を雪丸へと変えた。
警戒し、バックステップをして後退した雪丸。レオはその動作を見て嫌らしい笑みを浮かべた。
「くくく、分かってねえなぁお前も。お前が最初の犠牲者だな」
「雪――」
名を呼び、離脱しろと伝えようとした神田。しかし、それを伝えようとしたところで雪丸には届かない。
レオと雪丸には、銃剣のリーチから離れた距離にある。
そこから仕掛ける方法があるとすれば、真っ直ぐにレオが雪丸へと突っ込んでいくことぐらいだ。
咄嗟に、神田はレオと雪丸の直線上――いわばレオが突っ込もうとするその線路上へと持ち手の銃身に取り付けられたバヨネットナイフで突きの動作をした。
タイミング的には完璧という他になかっただろう。レオが突っ込めば、腰に刺さる勢いでしかなかったからだ。
しかし、レオが選んだのは銃剣による接近戦などではなかった。
「てめえの武器で顔面ごと串刺しだ」
その場でジャンプをして、クルクルと体を回転させるレオ。
神田慶次は読みを外され、意味のなくなった突きの動作を止められていない。
雪丸はレオのその動作に、どう対応すべきかを逡巡している様子だ。
そして、レオが宙空に回転しているおよそ一秒に満たない一瞬、神田は見た。
レオの更に上、その上空には雪丸の手から離れたケーバーナイフがある。
それが、レオの体と高さが一致した瞬間だった。
「――ぁ」
傍目には、何が起きたのかなんて目視では理解し難いものだっただろう。
レオは回転しながら、その勢いに振り任せ、彼の踵と雪丸のナイフの柄がピンポイントで激突し、刃先は雪丸へと向けられた状態で飛びナイフとして雪丸へと飛ぶ。
その進行方向は、雪丸の顔面へと向けられてだ。
コンマ数秒、いや、一秒にも満たない。
神田慶次にはしっかりと見えていた。見えていたが、何もできない。脳が体を動かす為の信号には限界がある。
頭で理解していても、体が追いつかないというやつだ。
ダメだ、絶対に死なせてはならない。
部下を、仲間を、これ以上失ってたまるか。
そう頭で言い聞かせても、時は無情に流れていく。
銃弾の速度で持って飛んでくるナイフ。それに反応が遅れた雪丸は――。
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「俺はあんたを認めてねえからな」
それは、思わぬ挑発的発言であった。
神田慶次率いるタケミカヅチ第二部隊が発足され、そのメンバーの顔合わせでもあった朝の全体会議の最中だ。
初対面である長谷雪丸は、自身の隊の長でもある神田慶次へと向けて、ハッキリと反抗の姿勢を取ったのだ。
「何がだ?」
「何がって……まずは敬語使えよ。そもそも誰なんだよお前? 自衛隊員でもないだろうに……大体どう見ても俺より年下じゃねえか!」
イラつく雪丸は、神田の態度を見て尚更反抗の姿勢を解かなかった。
彼が納得いかなかったのは、自身の命運を託せる隊長が見知らぬ青年であり、そもそも実績もなさそうな若造という認識があったからだ。加えて、年上に対する敬意の足りなさもあれば、彼が逆上するのも無理はなかった。
「俺は風間司令に命じられてここにいる。不満があるなら風間司令に直談判すればいい」
「っ、この――」
「やめなさいっての」
合理的な意見を述べられ、遂に手を出しそうになった雪丸の坊主頭を勢いよく叩き、良い音を出して後ろから止めたのは比嘉ミナモだ。
女性には珍しいベリーショートの髪型をした彼女は、遠慮の欠片もなしに雪丸の頭を叩いたので、雪丸はその場で蹲るほどに痛がった。
「いってぇ……何すんだよミナモ!?」
「こっちのセリフ。手を出そうとした時点であんたの負けよ。大体、隊長さんの言う通りじゃない、嫌なら風間司令になんで何も言わないのよ」
「いや、それは――」
「あー、気にしないでね隊長さん。コイツいまだに時代にそぐわない年功序列型タイプの人間だから、こういうのに慣れてないのよ」
「俺をオッサン扱いしてんな!」
怒りの矛先がミナモへと向けられたのだが、ミナモは意に介してもいない。
年上だという認識は神田も分かってはいたが、だからといってどう接すればいいかはイマイチ分かっていなかった。
神田は隊長で、雪丸は隊員だ。その立場は変わらない以上、神田としてもやりにくい。
「まあまあ落ち着いて下さいよ雪丸さん。俺は別に気にしてないっすよ?」
「お前の意見は聞いてねえよサク」
「ひどっ!? うーん、どうしたもんすかねぇ」
同じ隊員であるサクが雪丸を諌めようとしたが、あまり意味はなかった。
むしろヒートアップしている雪丸を見て、神田は考える素振りをすると、
「俺が気に入らないなら、俺から風間司令に進言する。それでいいか?」
「――っ、いや、それは……」
「何かあるのか?」
埒が開かないと感じた神田は、隊長の任を誰かに託そうと風間へ進言すると言ったが、雪丸はそれを聞いて口籠る。
「大丈夫よ隊長さん。雪丸はあなたが隊長をすることにそこまで嫌がってるわけじゃない。ただごねてるだけよ」
「……意味が分からないんだが」
「まあ今のままで気にせず続けてもらっていいと思うよ。雪丸も慣れたら何も言わなくなるだろうし」
「……うっせえ」
「ほら、またガキみたいにごねてる」
雪丸の真意が読めず、とりあえずミナモに気にすることなく続けてくれと言われて神田は困惑する。
別に、神田も拘りがあって隊長に志願したわけじゃない。ただ、風間に命じられたからやろうとしたまでだ。
隊長という責任も、これが初めてであり、分からないことは多い。
「……笠井修二や鬼塚さんもこのような感覚だったということか」
隠密機動特殊部隊の頃を思い浮かべて、神田は彼らの気持ちが少し理解できた。
思えば、隊員であった神田も、彼らから見れば癖が強い人間であることに違いなかっただろう。
それをまとめようとしていたのだから、彼らの統率力も侮れない。その役割が自身へと返ってきているのと考えると、なんだか申し訳ない気持ちにもなった。
「とにかく、俺がこの部隊の隊長だ。意見があれば何でも言ってくれ。……可能な限り善処はする」
人間関係が苦手な神田は、それだけしか言えず、隊員達をキョトンとさせていた。
そして、静まり返ったその場で一人、隅っこで震えていたメガネを掛けた女性が手を挙げると、
「あ、あのぉ……私のこと忘れてませんか……」
そう言って、存在を忘れられていた不知火が泣きそうな顔でいた。
部隊の初顔合わせは最悪だった。
笠井修二率いる第一部隊は楽しそうな雰囲気であるのとは対照的に、神田慶次率いる第二部隊はそれぞれがバラバラだ。
雪丸は隊長に不信感があるのか、訓練中は独断行動が多く、サクはどこかと抜けている部分があってミスが多い。それに巻き込まれて不知火が臆病になりがちな部分もあって足を引っ張る場面もあったりした。
唯一、ミナモだけは神田慶次の指示に従って動いていてくれていたのだが、他の隊員達に気を配るほどのサポート力がなかった。
神田慶次にとっては、初めてストレスを感じる瞬間でもあったのかもしれない。
隊員をまとめるにも限度があり、そもそもまとめきれていない現状に悩みつつもあったのだ。
一人で悩んでいても、答えが出ない現状はいつもやることは変わらなかった。
神田は訓練が終わり、それぞれの自由時間となった時に一人、射撃訓練をすることがある。
この時間は、神田にとっては一番落ち着く時だった。
他の何かに気を配ることなく、目の前のことに集中してやれる。
それを思えば、自分は隊長よりも隊員の方が向いているのではないかと考えてしまう。
「何一人で背伸びしてんだよ?」
「――雪丸か」
引き金に指を置いたその時、後ろから声を掛けてきたのは雪丸だった。
普段は一切、神田とは口を聞かない雪丸だったが、この時だけは何故か話しかけられることとなった。
「……良いから続けろよ」
「あぁ」
ただの冷やかしだろうと、神田は気にせず拳銃の引き金を引いて二十メートル先の的へと命中させる。
「……お前、日本の特殊部隊にいたんだってな」
「知らなかったのか?」
「まあ……な。極秘に作られた部隊なんてものは空想上だとは思っていたけど、あるにはあるもんなんだな。とはいえ……だ」
「?」
「お前のその銃の扱い、並大抵じゃあない。本当は馬鹿にしていたけど、実力はあるんだな」
どうやら、雪丸には詳細がまだ伝わっていなかったのだろう。
神田慶次の出自やその経歴。それを知らなければ、あのような態度に出るのもなんらおかしくないことだった。
「俺は……」
「ん?」
「俺は年上だとか、その辺の世渡りをあまり経験していない。だから、俺の態度が気に入らないなら謝る。……すまない」
「――――」
チームの不協和音に自身が関わっていることを認めて、神田は素直にそう謝った。
それを聞いた雪丸は、頭を下げると、
「……俺の方こそ悪かった。無駄な時間を取らせたこともそうだし、納得出来なかったんだ」
「俺が隊長であることがか?」
「見ず知らずの人間が自分の上に立つことをだ。でも、あんたは無能の上官じゃない。今もこうして、訓練を怠らない様を見て気付かされたよ。あんたは俺よりも優れた人間だ」
「……そんな筈は」
いくら神田の能力が優れていても、どれだけ上昇志向を持ち合わせていても、元自衛隊員である雪丸達より優れているとは当人は考えていなかった。
そんな神田を、雪丸は上として敬意を払ったのだ。
「あるさ。俺達の戦場は対人間を本質としていない。なら、その経験はあんたの方が培っている。そう思っているのは俺だけじゃないぜ」
「?」
雪丸が親指を別の方向へと向けると、そこには他の隊員達がいた。
「雪丸さーん、ちゃんと言えたじゃないっすか」
「な、何がだよ?」
「ちゃんと素直に謝れたことをだよ。やっぱりあんたってシャイボーイだね」
「うるせえよミナモ」
「か、神田隊長、凄いですね。こんな時間でも訓練なんて……わ、私なんてもう眠たいのに……」
「お前ら……」
神田と雪丸の話を、最初から聞いていたのだろう。サクやミナモ、不知火が話の輪に入ってきた。
彼らは雪丸が神田との蟠りを解消させる一部始終を確認しようとついてきたのだろう。
「まっ、俺は神田隊長のことは最初から認めてますよ。ちょっと感情が読めない表情をされることが多いんでそれは怖いっすけどね」
「それはお前が足をひっぱりまくるからだろ、サク」
「ひどいっすよぉ雪丸さん。……でも、俺は信じてますから」
「あ?」
能天気な面持ちでいたサクは、神田の方へと顔を向けて、こう一言告げた。
「俺達の誰かがいなくなったとしても、神田隊長ならきっとなんとかしてくれる。そんな気がするんす、俺」
「――――」
「一番槍なら俺に任せてくださいよ、それが俺の役割ですから」
サクはそう言って、神田へと親指を立てた。
神田の心の中を、何かが変えた気がした。
出水や修二、清水らといた時と同じような、何かを任せられるそんな気にだ。
信頼とは、正にこういうことを言うのだろう。
それを聞いた神田は、いつもと変わらない表情が読めない顔をしながら一同の顔を見渡すと、
「俺は絶対にお前達を死なせない。……だから、俺に力を貸してくれ。……お願い、します」
きっと、誰も見たことがないであろう。神田は隊員達へとそうお願いをして深く頭を下げた。
「ちょ、ちょ、逆に反応に困りますって!? やっぱり普段通りでお願いしますよ!」
「ははっ、まあ悪くはねえなぁ」
「雪丸、あんま調子に乗るんじゃないよ」
「こ、こちらこそよろしくお願いしまふ……噛んだ……」
隊長と隊員、その関係性を見直した一同は笑い合った。
神田にとっては、初めての部下を持つことになった一幕だ。
今日も、これからも神田のやることは変わらない。
それが、信頼を寄せることだという意味に繋がると、そう信じて――。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ドスッと、ナイフが刺さる音がすぐ近くで聞こえた。
それ以外の音は何もなく、神田は目を見開いてその光景を眺めていただけだ。
何が起きたのか――それは一目瞭然の事態だった。
「かはっ!」
口の中から血を吐き、倒れていく。
それは致命傷で、どう足掻いても治療の余地はない。
そう思わせるには十分なほどに、神田の頭の中は真っ白になっていく。
「サクっ!!」
雪丸が叫び、目の前に急に現れ、自分を庇ったサクの肩を持った。
レオが蹴ったナイフ、それはサクの首元へと刺さる形で残り、サクは力を失って倒れていく。
Phase4の着地点を構想中ですが、かなり構成が複雑になりそうな予感。
肺機能を変異させ、酸素の供給なしで生命活動を行うことができる力がレオの能力です。
ありていに言えば、持久戦にもつれることがあってしまえば有利になるのはレオの方です。
次話、神田慶次編はクライマックスです。




