Phase3 第三十話 『Non stop gunblader』
随分と投稿が遅れてしまいました。
「クソッ! どっちに進めばいい!?」
「こっちは行き止まりだよ! 逆!」
迷路のように広がる浄水場の中を走り回る雪丸とミナモ。彼らはサクと不知火から分断され、合流出来ないことを理解してすぐに回り道して急ぎサク達の元へと向かおうとしていた。
「ちくしょう! これ以上誰も死なせてたまるか!」
サクと不知火だけで、あの怪物とやりあえるとは到底考えられない。
それは、雪丸達が合流しても同じことかもしれないが、それでもだ。知りもしない浄水場の中を走り抜け、とにかく合流を急ぐ。
「雪丸! 銃声音が近い! こっち!」
「っ! 頼む……生きててくれよ!」
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『レベル5モルフ』――、実際に戦闘をしたのは人生でこれが初だが、それはあまりにも規格外だった。
サク達が撃つ銃弾を軽々しく避け続け、足場の悪いこの地帯でも難なくレオは動き続けている。
「おらおら! そんなんじゃ当たらねえぞ!?」
「くっ!」
水の上を走っている。そんな物理的にはあり得ないことをレオは成し遂げている。
サク達はその場で動かずして撃ち続けるのだが、一発も当たりはしない。
「女、てめえは面白え! いくぜ!」
「ひぃぃっ!? やめてくださいっ!」
先ほどの躱しを見てからか、レオの攻撃目標は不知火へと一貫している。
しかし、銃剣による振り抜きは不知火には当たらない。ギリギリ寸前――常人なら躱し切れない速度でもったそれを、不知火は事前に察知したかのようにして身を屈めて避けた。
「くくっ、どういう理屈だ? いや、本能みたいなものか、動物みてえだなてめぇ!?」
「わ、私は人間ですぅ!」
当たらないことを逆に面白がり、レオは不知火へと追撃していく。
不知火はただ避け続けるのに必死なだけだ。余裕なんてものは決してなく、ある意味奇跡的に避けられているだけだった。
このままではいずれ、不知火の体力が底を尽きる。その瞬間を狙われれば終わりだ。
「不知火っ! クソがぁぁっっ!!」
たまらず援護射撃をしようとサブマシンガンでレオへと向けて撃ち込もうとしたサク。それをレオは気づいてか、その場から後退しようとしたが、あえて動かなかった。
「どこ狙ってんだ?」
サクの銃弾はレオに掠りもしない。あろうことか、レオの周囲へと向けて撃たれただけだった。
だが、その狙いは別だった。
「――っ!?」
レオの右肩へと向けて、何か重量のあるものが勢いよくぶち当たる。それは、パイプが弾けて行き場を求めた多量の水であった。
意識外からのそれに反応して、レオは不知火とサクへの反応が遅れる。その瞬間をサクは見逃さない。
「がっ!? やる……じゃねえか!」
サクへの警戒が疎かになったその瞬間を狙って、レオの左肩へと銃弾が被弾する。しかし、当たったのはたったの二発だ。連射したつもりだったが、レオの反応速度の速さから、一気にその場から離れ出すことによって避けられてしまう。
「不知火、大丈夫か!?」
「は、はい……」
集中的に狙われていた不知火だったが、見たところでは怪我らしいものはない。
一旦、体制を整えようとしたサクではあったが、レオは薄く笑みを浮かべて、
「くくく、分かってねえなぁお前ら。俺を相手にするなら一気に崩さねえと意味はねえんだぜ?」
「……どういう意味だ?」
「こういう意味だよ」
レオの意味深な言葉に訝しむサク。その答えは、レオの左肩の変化を見て明らかになる。
「――再生能力っ!」
「くははっ! せっかくの不意打ちも無意味になっちまったなぁっ!? 誇っていいぜ? 俺に傷をつけたのはこのアメリカ国内じゃお前が初なんだからよ」
左肩に被弾した傷痕が少しずつ、ほんの少しずつではあるが塞がりつつある光景を目の当たりにして、サクは唇を噛み締める。
サク自身、その情報を知らないわけではなかった。
しかし、全ての『レベル5モルフ』に再生能力が共通するかどうかについては、不確かな部分はあったのだ。
「さてさて、十分お前らとの戦闘は楽しめたところだしなぁ、そろそろギアを上げていくぜ」
「っ、不知火! 走るぞ!」
「え、え?」
「ここだと足場が悪くて対抗出来ない! 広い場所まで出るんだ!」
真っ向から対峙するのではなく、まずは自分達に有利な地形戦を作る為に、サク達はその場から駆け出す。
事実、サク達の足元は水が溢れかえっており、完全に機動力を奪われている状況だ。それに対し、レオは水の上を走るという異次元の動きを見せつけてくる。
そんな相手と戦うなど、客観的に見れば愚かと取られるのは当たり前だろう。
「ひゃはっ! いい選択だ! だが間に合うかなっ!?」
「がっ!?」
「サクさん!」
背を向けて走り出したと同時、いつの間に接近していたのか、レオの銃剣によってサクの背中が斬られる。
だが、浅い傷で済んだのだろう、持ち堪えたサクは構わず走り続けた。
「っ、あの野郎、あの銃剣で撃っちまえば殺せた筈なのに……俺らで遊んでやがる!」
「ど、どうするんですか!?」
「構うな! 傷は浅い! なんとか切り抜けるぞ!」
血が流れ落ち、痛む背中を無視してサクは後ろへ向けてサブマシンガンで無我夢中に連射しながら前へと進んでいく。
それに釣られて、不知火もサクの真似をするようにして後方へ向けて銃弾を撃ち込む。
「おっとっとぉっ!?」
サク達を追い縋ろうとしていたレオであったが、無造作に撃ち込まれようとされたことでその場から跳躍――壁から壁へと瞬時に移動しながら全ての銃弾を躱していく。
「――カエルみてえな野郎だなっ!」
「サクさん! 足場が!」
「っ、よしっ!」
上手く撃ち続けたことが功を成した。段差のある少ない段数の階段を登り、水がない足場のある場所までサク達は辿り着く。
しかし――。
「ひゃはっ!」
「っ!?」
辿り着いた寸前、目で追いきれない速度でレオがサクの目の前へと接近、その手に握られた銃剣を振り抜く姿勢に入っており、それがサクの首元へと軌道を描きながら迫りくる。
「――なろうがっ!」
「おっ?」
銃剣の刃を、サクは持ち手のサブマシンガンの銃身を盾にして防ぐ。
盾としての役割などないサブマシンガンの銃身は耐えきれず、少しだけ曲がってしまうが、サクの首には届かなく済んだ。
「くく、いいのか? 銃口はお前を捉えているんだぜ?」
「しまっ――」
わざと受け流すようにして、レオの銃剣の刃先がサクの胸元へと寄せられる。そして、レオの持つ銃剣はその名の通り、銃と剣の両方の役割を担うものだ。
刃先の上にある銃口はサクの心臓部分を捉えており、レオが引き金を引けばそれまで――。レオは楽しげな様子で、躊躇なく銃剣の引き金を引こうとしたが。
「っ!?」
目の端で捉えた違和感に気づき、咄嗟に後ろへと後退するレオ。そして、先ほどまでいたレオの位置へと向けて、数発の銃弾が飛んだ。
「サク! 大丈夫か!?」
「ゆ、雪丸さん! 遅いっすよ!」
「不知火も無事だね! やるよ、雪丸!」
「ああ、反撃開始だ!」
分断されていた雪丸達がサク達の元へと辿り着き、そのまま援護射撃を繰り出す。
傍らにいたミナモは、背中を斬られていたサクの元へと駆け寄って傷の手当てをしようとした。
「意外と早かったじゃねえか! だが、人数が増えたところで俺を倒せると考えているなら早計に過ぎるぜ!」
「――っ!」
レオのその発言は、嘘なんかではなかった。
実際、雪丸が撃った銃弾はただの一発も掠めてなどいない。
レオはずっと、恐らくはサク達と相対していた時からずっとぶっ続けで動き続けている。
「なんて体力だ……っ!」
「くく、いい線突いてるぜ。その調子だとお前らの銃弾が足りなくなるのは時間の問題だな」
レオの指摘は的を得ていた。
雪丸の持つ残弾数には限りがある。長時間の戦闘を予期して大量のマガジンを持ち込んではいたが、その半分以上は既に撃ち尽くされた状況だ。
このまま当たらない攻撃を繰り返し続けていても、レオの言動からみて体力が尽きるのを待つのは得策ではない。
「そろそろ終わりにしてやるか。もう一段階ギアを上げさせてもらうぜ!」
これまでの戦闘は余興だと言わんばかりに、レオは体勢を深く沈み込ませた。
それは、これまでとは違う戦闘が始まることを予感させるには十分なものだ。
現状、動くことができるのは雪丸と不知火のみ。ミナモはサクの手当てを急いでおり、加勢に回ることができない。
再び、あの超スピードで翻弄されながら近づきでもされれば、雪丸にはなすすべがない。
そして、その瞬間が訪れようとした時だった。
「俺の仲間に何をする?」
「っ!?」
妙な殺気を感じ取ったレオが取った行動は、自身の頭を防ぐようにして腕を構えたことであった。
その瞬間、レオの右腕へと数発の銃弾が撃ち込まれる。
「がっ!? かはっ! やっと来たな、神田慶次!」
「隊長!」
浄水場の入り口にいたのは、一時は離れ離れになっていた神田慶次だった。
彼はショットガンを撃ち、レオの右手へと撃ち込むことによって利き手の封じ込めを見事に果たしていた。
「待ってたぜ! さあやり合おうじゃねえか!」
「余裕の様子だけど、生憎と彼だけじゃないわよ」
「っ!?」
その瞬間、後ろからの気配を感じ取ったレオは頭を屈めて体勢を低く沈めた。
そして、後ろからのアリスの回し蹴りを見事に避け切り、レオは笑った。
「援軍か」
「ええそうよ。それも、とびっきり強いね」
「面白えっ!!」
続々と仲間が集結し、孤立していたレオではあったが、むしろテンションは高まる一方だった。
近接戦闘に持ち込もうと、足蹴りでレオへと攻撃を仕掛けようとしたアリスに対し、レオは上半身を器用に回しながら避けていく。
反撃しない理由は一つ。神田に撃たれた右腕により、銃剣を振ることも撃つことも出来なくなっていたからだ。
「いい動きだ、女! もっと仕掛けてこいよ!」
「舐めんじゃ……ないわよ!」
回し蹴りを避けられ、そのまま地面に倒れ込むアリス。その行動の意味が分からず、レオは一瞬動きを止めてしまったが、それはミスであった。
「がっ!?」
上半身を軸に回転しながら足を振り上げ、アリスはレオの顎へと蹴りを決め込む。
顎に直撃したことで、レオは脳震盪を起こしたのか、一瞬ではあるがふらつく。
その瞬間を他のメンバーを見逃さない。
「今よ!!」
「「了解」」
雪丸と神田がその隙を見逃さず、間髪入れずにサブマシンガンでレオへと銃弾を撃ち込もうとする。
「ぐっ、がっ!!」
その場から跳躍して射線から逃れようとしたレオではあったが、全てを避け切ることは叶わない。
左脇腹と右肩に銃弾が被弾して、レオの血が体外へと出ていく。
「待ちやがれ!」
「くく、思いの外コンビネーションが良いなお前ら。随分としてやられたぜ」
「余裕のようだけど、それがあなたの本気なのかしら?」
「っ!?」
地面を走り抜けながら、背後から声が聞こえたことで反応が遅れるレオ。その瞬間、アリスがレオの背中へと強烈な蹴りを加えて、レオは地面を転がるように吹き飛んでいく。
「存外、大したことないのね。『レベル5モルフ』固有の能力があるんなら、さっさと見せたらどうなの?」
「――ふ、ふふふ。詳しいじゃねえか女。俺の固有能力だって? そんなもの、とっくに使ってるぜ」
「なんですって?」
「俺を追い込んでいるつもりとかそう考えているんだろうが、本当にそうか? 戦闘が続けば続くほど、お前らは死に近づいているんだぜ」
「……神田君達の弾切れを狙っているなら生憎ね。ここに来るまでに補給は済ませている」
「ふはは! わかってねぇなぁっ!!」
血塗れになりながら、普通の人間ならば満身創痍な状態であるにも関わらず、レオはその場からアリス目掛けて駆け出す。
「アリスさん!」
「っ、こいつっ!」
「ふはっ!」
一直線にアリスへと接近し、その間に右手に持つ銃剣を左手へと持ち替えたレオは、空いた右手を前へと振るう。
そして、傷口からとめどなく出続けていた血が、アリスの顔部分へと飛んでくる。
「目眩しっ!」
「胴体がガラ空きだぜ!」
「っ!」
目潰しの如く、血を飛ばしてきたレオに対して、アリスは腕で前を庇うが、その隙にレオはアリスの胴体目掛けて銃剣を振るおうとする。
アリスの持ち味はカポエイラの技術もそうだが、一番はそれを活かした類稀なる体幹能力にある。
どんな体勢にも持ち込める身体の柔らかさ、それはさながら体操選手を彷彿とさせるほどの柔軟さでもある。
「っ、あぁぁぁぁっっ!!」
レオの振るう銃剣の横薙ぎを、通れば上半身と下半身が生き別れになるその攻撃を、アリスは地に足をつけたまま、上半身だけをのけぞらせ、ギリギリお腹の部分を掠める寸前で攻撃を躱した。
「嘘だろ、これを避けんのかよ!」
「――っ、はぁっ!」
「がっ!?」
確実に当たる筈だった振り抜きを避けられ、驚愕していたレオに、アリスは片手を地面につけて、後方二回宙返り――いわゆるムーンサルトを決めて、レオの顎へと再び蹴りを決め込んだ。
「危なかった……まさかあの傷でまだあそこまで動けるとは思わなかったわ」
「くくく、それはこっちのセリフだ。舐めてたのはこっちだったようだな」
互いに動きが止まり、膠着状態になる。
神田と雪丸はレオへと銃口を向けたままで、動きを読み計っている様子だ。
「こんなに楽しませてくれるとは思わなかったが……お前は何もしてこないのか? 神田慶次?」
「――――」
「くく、遠慮しなくていいんだぜ? 俺はお前とも本気でやり合いたいんだよ」
「口車に乗っちゃダメよ、神田君」
挑発するレオに、乗るなと言うアリス。神田慶次自身は特に言葉を発するわけでもなく、ただ静観しているだけだ。
「何か仕掛けてくるな?」
警戒心を上げるレオは、動きの見えない神田を視界に捉えながら銃剣を構える。
アリスという予想外の存在もあったが、レオにとって一番に警戒している存在は神田慶次だ。
『レベル5モルフ』という力を持っていたレオではあるが、ただの人間である神田慶次のことは高く買っていた。
普通にやり合えば、レオが圧倒することは間違いない。それでも、この中でレオを脅かす人間がいるとすれば、それは神田慶次しかいない。そうレオは認識していた。
「くくく」
アリスや雪丸への警戒は怠らず、レオは神田へと向き直る。
そして、神田は銃口を下げて、レオとの距離をゆっくりと詰めた。
互いの距離がゆっくりと縮まりながら、約八メートルの距離まで近づいてきたその時であった。
先に動き出したのはレオであり、銃剣を左手に握りながら神田へ目掛けて横へと振り抜こうとする。
「――――」
銃剣による振り抜きを、神田は躱す動きをしない。まともにくらえば、胴体が生き別れになるにも関わらず、代わりに彼がしたのは左手を前へと突き出したことだった。
「っ!?」
その瞬間、二人の左にある浄水場のプールの水面が弾け、爆音を立てて水飛沫が舞う。
何が起こったのか、レオの振り抜きは予想だにしない現象に振り抜きの手が止まってしまう。
「ブラフだ」
手が止まった瞬間に、神田は持ち手のショットガンの先に取り付けられたナイフで槍のようにして扱い、レオの顔面目掛けて刺突を繰り出す。
「っ、危ねえ!」
間一髪でこれを避けたレオは、神田のソードオフショットガンを手で掴み、武器を奪おうとした。
しかし、武器を掴まれたからといって焦る神田でもなかった。
「がっ!」
両手が使えないレオの腹部へと、神田はすかさず蹴りを決め込み、両者に再び距離が空く。
武器を離したレオへと向けて、再び銃口を向けた神田ではあったが、
「何度も当てられると思うなよ!」
「ちっ」
その場で横移動をし、瞬間的な速度でもって躱す動きをするレオ。当然ながら、移動を繰り返すレオに銃弾は当たらなくなる。
「ちょこまかとうっとうしいわね。……それにしても、体力が有り余りすぎじゃないかしら?」
「確かに」
超スピードで動き続けるレオに対して、アリス達はその疑問を口に出していた。
レオは神田達が来る前からずっと動きっぱなしの状態だ。
それこそ、あの銃剣という重量武器を担いだ上でのあの動き、常人ならば疲労で足が止まってもおかしくない状態だ。
「……何か秘密がありそうね」
「分析している場合か、女? そろそろギアを最大まで引き上げていくぜ」
異常な速度で動き回るレオは、武器を持たないアリスへと狙いを定めて一気に接近を仕掛ける。
そして、銃剣による猛攻を身体能力だけで上手く躱し続けながら、彼女は対応し続けた。
「っ」
「ほらほら! 腰がガラ空きだぜ!?」
速度はレオの方が圧倒的に上だ。攻撃を対処したとしても、どこかで隙が生まれてしまう。
その隙をレオは見逃さず、アリスの腰目掛けて蹴りを決め込むことでアリスの身体が宙へと浮く。
「空中で銃弾は避けられねえよな?」
「しまった!」
この瞬間を狙っていたかのように、レオは宙へと浮いたアリス目掛けて銃剣の銃口をアリスへと向けた。
雪丸も神田も、助け出そうとレオへと銃口を向けるが間に合わない。
そして、レオが銃剣の引き金を引こうとしたその時であった。
「りゃぁぁぁぁぉっっ!」
「ぐっ!?」
突如、レオの脇腹目掛けてミナモの足が届く。ミナモがどうやってレオに接近したのか、それは彼女が上から急に横合いへと現れたことによるものだった。
ミナモは上階から荷物を運搬する際に使用するロープを使い、それを掴んで飛び降りることによってレオの視界から外れて飛び蹴りが通ったのだ。
「サク、今よ!」
「ういっす!」
蹴りを受けたレオは吹き飛び、受け身を取れずに浄水場のプールの中へと落ちる。
水深は約十メートル。二メートル近く深く沈んだレオは、顔を上げた。
――なるほどな。俺をここに落とし、水面に顔を出したところを銃弾で蜂の巣にするってところか。
あのミナモという女がレオへ飛び蹴りを仕掛けたのも、この浄水場のプールに落としたのも偶然なんかじゃない。意図して計画した作戦ということだ。
――だが甘いな。その程度で倒せるほど俺は甘くない。
その気になれば、水面に出た瞬間に飛び出ることだってレオにはできる。
普通の人間を相手にしていない以上、たかだか水の中に落とされたことで動揺するレオではなかった。
しかし、
――? なんだ?
レオの視界に違和感を感じさせたそれは、水面にあった。
ゆらゆらと揺らめく水面が、左右から黒い板金のようなものによって消えていっていたのだ。
それは、ドアがゆっくりと閉まるかのように、着実と水面が消えてなくなっていこうとしていく。
その原因が何か、レオはすぐに気づいた。
――まさか、俺をこの中に閉じ込めて窒息死させるつもりか!?
気づいたところでもう遅かった。
ゆらゆらと揺らめく水面は、浄水場プールを密閉するための鉄の素材でできた板によって確実に閉められていっている。
今から泳いで水面へ向かったところで、レオには脱出する術などなかった。
――考え……たな。
神田達との戦闘の時、レオはサクとミナモの二人には警戒を全くしていなかった。
サクは負傷者で、ミナモはそれを手当てしていたが、二人とも参戦できる立ち位置になるとは考えていなかったからだ。
結果、嵌められることになったのはレオの注意不足が原因に他ならないものだった。
――くく、やっぱり最高だな。
完全に密閉され、空気のない暗闇の水中の中で、レオは笑った。
呼吸もできない、何もできない暗闇の中で彼は――。
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「……やったの?」
「そう、みたいですね」
無我夢中で戦っていたアリスと神田は、レオが浄水場のプールに落ちてからの出来事がよく読めていなかった。
なぜ、プールの水面を閉めるドアがあり、それが機能したのか。どう見ても人為的なものにしか考えられなかったからだ。
「サク、お前がやったのか?」
「正解っす、雪丸さん! さっきの管理室で見た資料がこんなことに使えるとは思わなかったっすけど……見た甲斐がありましたよ」
「不純物を入れないよう水面にバリケードを張るってやつか……。いや、本当によくやったよ」
浄水場の探索時、サクが見つけた浄水場の仕組みが記載された資料を見ていたことが功を成した結果となる。
一切の空気も入らないよう水面にバリケードを張って不純物を入れないようろ過装置を機能させるという仕組みのようだが、レオがプールの中に入ったことで閉じ込めることに成功し、結果的に窒息死させるという手段に至ったということだ。
「危なかったわ、あなた達が仕掛けてなかったら多分あいつに殺されていたところよ。ありがとうね」
「あ、はい! それにしても、アリスさんがここにいるなんて……神田隊長と合流していたんですね!」
「ええ、そうよミナモ。あなたも久しぶりね」
「はい! 訓練の成果が出せて光栄です!」
かしこまるミナモは、意気揚々とした様子でアリスと会話する。彼女はアリスのファンでもあるので、普段は見せない興奮した雰囲気でいた。
「ミナモ、サクの容体は問題ないのか?」
「大丈夫です、神田隊長。もう応急処置は済んでいます。動けないほどの傷ではなかったようですから」
「めっちゃ痛いんすけどね……あの野郎、思いっきり斬りつけてきやがった」
レオに斬りつけられたサクの背中には巻きつけられるようにして包帯がグルグル巻きにされていた。
上半身はほとんど裸の状態だが、命に別状が無いことを知った神田は安心した。
「アリスさん、どうやら俺の勘は当たっていたようですね」
「ええ、あのレオという男、思ったよりバカだったわ」
「バカ……というのは?」
ミナモが首を傾げて、二人の意味深な会話に間を挟み込む。
それについて、神田がまずは説明をしようとした。
「あの男は思想や信念に囚われて行動しているようには感じなかった。どちらかというと純粋な好奇心だけで動いている感じさえある。だから、そこにつけいる隙があると思ったんだ」
「好奇心……確かに戦いを楽しんでいる節もありましたもんね。その言い方だと、神田隊長はあのレオという男と一度会ったことがあるのですか?」
「お前達と別行動を取ってからだが……な。その時もなぜかあいつは俺を殺さず、どちらが先にここに辿り着けるかのようなゲームを提示してきたんだ」
「そんなことが……」
冗談ではなく本当のことだが、言ってみればふざけた提案に改めて考える。
敵であれば、目の前の危険因子は排除することは誰であってもすることだ。
しかし、レオはあえて神田を生かし、自分を追うように仕向けさせた。その結果がこれだ。
「性格が仇になったのが幸運だな」
「それで、とりあえずは危険な橋は渡れたことは良いのだけれど、椎名ちゃんは見つけたの?」
アリスが間に入って、そう雪丸達へと問いかけた。
神田達の目的は、行方不明となった椎名真希の捜索にある。後のことを雪丸に託していた神田は、アリスと同様にどうなっているのかを知らない。
アリスの問いかけに対し、雪丸は表情を曇らせながら、
「……残念ながら、ここにはいなかったです。発信機の類はあったのですが、手がかりらしきものは何も残っていませんでした。それも、安否は不明な状況です」
「――手がかりがない? 追跡も出来ないの?」
「そうです。挑発的な文章を残したものはありましたが、それ以外は何も」
「……なるほど。つまり、椎名ちゃんは何者かに連れ去られている可能性があるわね」
「どういうことです?」
雪丸とアリスの会話に、神田はすぐに理解が追いつけず、疑問を口にした。
「発信機に気づいて、わざわざ文言まで残して、尚且つトラッカー対策までしている。普通に考えてそこらのチンピラ集団に出来る芸当ではないわ。確実に、椎名ちゃんと一緒にいる存在は軍人か、元軍人なのは間違いない」
「……なるほど」
追跡の基本は、主に痕跡を辿ることにある。
雪丸達がわざわざ調べたからには、その痕跡が見つからないわけがないはずだろう。それで見つからないとなれば、それは痕跡を一つも残さずにここから立ち去ったということだ。
追跡を主とした専門部隊はトラッカーと呼ばれるが、神田達もそれらの訓練を踏んできている。
つまりは、椎名真希の居場所が分からなくとも、何かしらの手がかりは見つけられると考えていたのだ。
「まだ完全に調べきったわけではないです。特にこの浄水場の外は特に……。外周は砂の地面だったので、足跡の痕跡を辿れる可能性はあります」
「なら、今からでも探しに向かいましょう。私と神田君で探索するわ」
「サクはここで休んでいろ。雪丸と不知火、ミナモは念の為、閉じたプールの監視を頼む」
「どうして監視を?」
サクが怪我人であるから休ませるということは理解できるが、どうして雪丸達がレオが沈んだとされるプールの監視をする必要があるか、それが理解できなかった雪丸はその理由を神田へと尋ねる。
「普通の人間ならばもう死んでいるだろうが、相手はあの『レベル5モルフ』だ。万が一があった時でも、出てきたところを撃ち殺せる」
「まさか……あれで生きているわけが――」
「モルフを相手にしてきて、今まで予想通りに上手くいったことがあったか?」
「――――」
神田がそう言ったことに対して、雪丸は口を噤む。
雪丸も神田も、モルフの恐ろしさは身をもって体験してきている。
聞いてきた情報と違う状況に陥ったことなど、無かったことの方がほとんどだ。
もし、もしもだ。既に十分は経過したこの状況で、レオがまだ生きていることなんてことがあれば、神田達は一気に窮地に陥ることになる。
そんなごく僅かな可能性を懸念して、神田はプールの監視を部下へと命じたのであった。
「了解しました。椎名真希の痕跡を見つけられることを祈っています」
「ああ、頼むぞ」
「では、行きましょうか」
神田とアリスはそのまま雪丸達を残して、椎名真希の痕跡を探そうと動き出す。
この判断が正しいかどうか、それは誰にも分からない。
度重なる状況の変化。それは、神田達を良い方向へと導くか、それとも――。




