Phase3 第二十七話 『よういドンッ!』
20時に投稿予定だったのですが間違えて明日にしていたのに気づき急ぎ修正…。
「いやー、凄えなあんた。あのヴェノムを倒すなんて中々だぜ? それこそ戦車でも用意しねえと倒せねえ奴なのにな」
口は軽いのか、あの大男……ヴェノムという名前を明かしながらレオという男は楽しげに神田へと話しかける。
対する神田は、目を開けることも辛いぐらいに細めていた。地面に手をつきながら、なんとか体力を回復させようとその場で固まる以外に何も出来ないのだ。
「強い奴は好きだぜ? このアメリカにきてから色んな奴とバトったけど……あいつらはダメだ。てんで話にならねぇ、本当に世界最強の軍隊を持つ国なのかって思うぐらいにな」
「お前……は」
「あん?」
「お前が……『レベル5モルフ』……だと?」
レオという存在を目の当たりにして、一番初めにでた質問がそれだった。
信じられないという気持ちが強かった。そもそも、『レベル5モルフ』という存在自体を神田は直接的に相対したことがあるのは椎名真希のみだ。
しかし、彼女は彼女で超速再生能力という異常な力を持つということさえ神田は半信半疑であったし、未知数な点が多いこともあったのだ。
神田の問いかけに対し、レオは笑みを浮かべると、
「なんだ、知ってるんだな」
「っ」
「そう身構えるなよ。俺は死にかけの奴に止めを刺すほどしょうもない男じゃない。ただ話をしてみたいと思ったんだよ、お前とな」
「話……?」
レオにとって、神田が敵であることは認知している事実の筈だ。なのに、なぜ手を下そうとしないとか、そこに違和感を覚えていた。
「俺が『レベル5モルフ』ってとこに信じられねえ様子だが、事実だぜ? リアムさんも粋な計らいをしてくれたもんだ。この力があれば何でもできる気分になれる」
「リアム……」
「――知らないんだな。そうかそうか、俺達のボスみたいなもんだよ。クリサリダを束ね、この事態を引き起こした主犯格だ」
次々に明かされていく情報に、神田は困惑していた。
なぜ、こうも簡単に情報を明かそうとするのか。話してはいけない情報も必ずある筈なのに、このレオという男は隠す様子がまるでない。
クリサリダ――それがこの事態を引き起こし、日本を壊滅させた組織の名前でもあり、先ほど言ったリアムという男がボスということだ。
「お前も……異常な再生能力を持っているのか?」
「あ? いやいや、それは椎名真希の力だろ? 超速再生能力だっけか? 再生能力は俺も持ってはいるが、あの女ほどの力は俺にはねえよ。俺が持つ固有能力はまた別にある」
「……固有能力」
「ははっ、知らないことばかりだな。そりゃ簡単に制圧できるわけだ。いいぜ、知らないなら教えてやるよ。それじゃフェアでもなんでもないからな」
神田が知らないモルフの情報を、レオは対等じゃないからというよくも分からない理由で話そうとしていた。
この男の性格を理解出来なかった神田だが、今になって分かった。
多分、この男は生粋の馬鹿なのだ。組織よりも自分都合で話をして、ただ楽しく戦えればそれでいい。戦闘狂と呼ぶにも間違いはないが、快楽殺人鬼のそれに近いだろう。
だが、そうであっても神田の立ち位置が安全になるわけではない。今はただ慎重に、この男を刺激しないよう上手く立ち回る必要がある。
「『レベル5モルフ』にはそれぞれが持つ固有能力がある。能力が被る奴を見たことがないということは、多分そいつだけが持つ固有の能力ということなんだろうな。それはそれで、戦い甲斐があっていいけどなぁ」
「それで……お前もその力があると……?」
「ああ、そうだぜ? っても、本当にリアムさんも頭がイカれてるぜ。お前、『レベル5モルフ』になるための条件って知ってるか? あの人は普通じゃないやり方で俺達を『レベル5モルフ』にしたんだよ」
「――――」
『レベル5モルフ』になる為の条件。それは神田だけではなく、他の皆も知らないものだ。
一時期はそれを量産されれば手がつけられないのではないかと予測されていたが、風間の言葉によればそれはないと判断されていた。
たとえ条件とやらがあったとしても、その条件には無理難題に近い何かがあると考えられていたからだ。
そして、レオは軽口のまま、
「『レベル5モルフ』になる為には、『レベル5モルフ』感染者が自身の体液を相手の体内にぶち込む必要がある。そして、当の感染者が非感染者に対して、どれだけ愛しているかが重要になるんだよ」
「愛……だと?」
「ははっ、信じられねえよな!? リアムさんが俺を愛してる? そんな筈ねえのに、あの人は俺を『レベル5モルフ』にしたんだ。それがどういう意味か、後々になって分かったんだ。あの人の愛という定義は、鼻からイカれてるんだ」
レオが話すクリサリダという組織を束ねる存在、リアムという者がレオを『レベル5モルフ』へとそうさせた。
そして、その条件についても初耳ではあったのだが、気になる部分がある。
リアムという者は、レオを愛しているわけではないような言い方だ。ならば、どうやって彼を『レベル5モルフ』へとさせたのか。それは。
「あの人は使える駒をただ愛という気持ちに変換させているだけだ。めちゃくちゃだよな? 生半可な気持ちじゃ、『レベル5モルフ』のなりそこないになるだけなのに、あの人はそれを成し遂げたんだ。どう考えても普通じゃない」
「――――」
そんなめちゃくちゃな話があってたまるだろうか?
日本においても、家族同士が噛み合うことによって感染した人間はいた筈だ。それで『レベル5モルフ』になっていないのだから、生半可な気持ちでは対象を『レベル5モルフ』には出来ないということは分かる。
だが、使える駒という存在だけでリアムという者はそれを愛と解釈させたのだ。
どう考えても普通の人間じゃない。それは、ただ聞いていただけの神田にも理解できていた。
「とまあ、そんなこんなで『レベル5モルフ』になったわけだが、信じられない様子だな。お前、名は何て言うんだ?」
名を聞かれ、神田はふと躊躇した。
この男の思い通りに事が運ぶと、その後がどうなるかが分からない。
考えうるに、尋問をしようという腹なのだろうが、今は抵抗できる立場でもない。
今は、正直に答えるのが正解な筈だ。名前だけなら……それだけならまだ――。
「神田……慶次だ」
「……ん? 神田? お前、日本人なのか?」
「……ああ、そうだ」
名前からして、日本人であることがレオには分かったのだろう。しかし、何か気になることがあるような雰囲気だ。
「そうかそうか、なら聞きたいことが増えたな。お前、笠井修二って知ってるか?」
「っ、修二を……知っているのか?」
突発的にレオから返ってきたのは、笠井修二という名前だった。
なぜ、なんでレオが笠井修二のことを知っているのか? そもそも、その物言いではまるで、笠井修二のことを探しているようにも聞き取られたのだ。
「知ってる知ってる。リアムさんからその笠井修二って奴との戦闘許可も出てるしな。あちこち探し回ってるんだけどまだ見つからねえんだよなぁ。お前、そいつの居場所とか知らねえの?」
「知らない……そもそも、なんであいつを?」
「簡単な話だよ。その笠井修二って奴が『レベル5モルフ』だからさ」
息が、呼吸が止まるかのようだった。
笠井修二が『レベル5モルフ』――そんなことは初耳で、聞かされてもいない。
修二が行方不明だということは先んじて知っていた為、居場所を知らないというのも嘘ではない。
だがそれよりも、なぜ修二が『レベル5モルフ』なのかが頭で理解が出来なかった。
「その笠井修二って奴はリアムさんを殺そうと躍起になっているらしくてなぁ、リアムさんとかち合う前に一度戦ってみたかったんだよ。少なくとも、俺と同等には強いことは間違いないだろうしな」
「意味が……分からない。どうしてあいつが……『レベル5モルフ』に……」
「なんだよ、そんなことも知らねえのか? お前らって本当隠し事ばっかだよなぁ? 仲間にも共有していないなんて意味が分からねえよ」
鼻で笑われ、事実を隠されていたということにも呆気に取られた神田はそこで気づいた。
恐らく、当の本人は知っていたのだろう。そして、風間や桐生もそれを知っていた筈だ。
今になって思い出した。どうして風間は椎名真希に対して異常なまでに固執していたのか。それは、笠井修二が行方不明になった以上、『レベル5モルフ』の力を持つ存在が椎名真希しかいなくなってしまったからだ。
日本側の戦力があまりにも少ない現状では、椎名真希の力も込みとして入れたかったということなのかもしれない。
「それで……お前は修二と戦ってどうしたい? 殺すつもり……なのか?」
「はっ! まあ全力でやり合うなら殺し合いだろうよ。強い奴と戦うのが俺のやりがいだぜ? 殺すことに躊躇する奴となんか相手もしたくないね」
この時、話を聞きつつではあるが、神田は休み休み疲労を少しでも軽減させようと時間稼ぎをしていた。
彼の右手にはまだ弾丸が入ったショットガンが握られている。どこか隙を見つけ出し、このレオという男を殺すつもりで準備をしていたのだ。
話は中核へと迫っていく。
レオという男の目的は笠井修二を見つけ出し、戦うこと。
笠井修二がなぜ『レベル5モルフ』なのか、どうしてそれを隠されていたのか。そんなことは後回しだ。
主導権を完全に握られない為にも、生き残る為に確実な隙が生まれる瞬間を神田は待つ。
「お前は……あの大男のことをヴェノムと呼んだが、あれは何だ?」
「あーあれか? あいつは今回の作戦で場を引っ掻き回す要員で連れてきたモルフだよ。まっ、実験で体を弄り回された可哀想な奴なんだけどな」
「モルフ? だが、どの感染段階においてもあんな姿は見た事がないぞ」
「そりゃあ混ぜ合わさってるからなぁ。……あ、それも知らねーのか? モルフってのはな、他の生物の遺伝子と混じるとかなんとかすると通常の感染段階を踏まなくなるんだとよ。だからあんな形態の奴も存在するんだ」
あの大男、ヴェノムと呼ばれる化け物の正体を聞いて、神田は目眩を起こしそうになる。
他の生物との融合――俗に言うキメラという産物なのだろうが、神田は今の今までで一度もそういった存在と出くわさなかったわけではない。
戦龍リンドブルム、あの化け物も、イヴァンと呼ばれる研究員が言うには多数の生物を混ぜ合わせたと話していた。
確かに、あの姿を見ればどの感染段階にも属さないのは、レオの話していることに嘘はない。
そして、また一つ疑問が生まれる。
「場を……引っ掻き回すと言ったな? お前は……お前達は一体何が目的で――」
「おっと、それはさすがに言えねえなぁ。そのネタバラシをしちまうとその時になったら大して驚きそうになさそうだしなぁ」
「? 何を言って――」
「もうあと三、四日ほど待てば分かるさ。ともあれ、それまでは俺も暇でよぉ、笠井修二は見つからないし、アメリカ軍はへなちょこときたもんだ。そんな時にお前が現れたってわけ。いやー、夜更かししてみるもんだなぁ」
訳知りの様子ではぐらかせられ、レオの興味は目の前にいる神田へと向けられる。
意識を少しでも神田から離す為の会話口だったのだが、それは不可能だった。
レオはどうやら、神田という存在に興味があるのだろう、これでは不意を突くなんてことはとても出来ない。
「虎視眈々と俺を殺そうとするその僅かな殺気……俺が気づかないと思ったか?」
「っ」
神田の前に座り込み、至近距離まで近づいてきたレオは神田の目を見てそう嘲笑った。
レオは全て見抜いていたのだ。神田が時間稼ぎをしながら不意打ちを仕掛けようとしていることも、その僅かな殺気にも――。
これで、神田が抵抗できる手段は完全に失ってしまう。
「ははっ、いやーいいね! やっぱお前面白いよ!」
「なぜ……殺さない?」
「殺す? 言わなかったか? 俺は強い奴が好きだ、弱い奴ならまだしも、戦ってもいないのに殺すなんて勿体無いことはしねえよ」
「なら……どういうつもりで……」
その言動ぶりから、レオは神田と戦いたいような口ぶりさえ感じられた。
しかし、当の神田は疲労困憊で動ける状態にない。何の為に神田を生かしているのか、その理由だけがわからず、
「俺からも一つ聞きたいことがあるんだけどよ、いいか?」
「――?」
これまでと違い、レオから質問を投げかけようとしてきたことで、神田は口を閉じる。
おおよそ予想できたこと。レオが聞きたいことは一つしかない。
「お前、こんな場所に何の用で来てたんだ?」
レオが知りたいのは単純なこと。神田の目的だった。
それはそうだろう。こんな場所に一人――いや、部隊を連れて何をしているのか、敵側からすれば意味が分からないものだ。
しかし、本当の目的を明かすわけにはいかない。
この危険地帯へと出た理由が、行方不明になった椎名真希の捜索であることを話してしまえば、必ずこのレオという男は動き出す。
だから、別の目的を嘘として話すしかない。
「――民間人の救助だ。まだ生きている人間はいることはこちらでも調べはついていた。だから……」
「もうちっとマシな嘘はつけねえもんかなぁ? 俺は馬鹿だけど、それぐらいは分かっちまうぜ、おい?」
「本当だ、でなければ俺達は――」
神田の嘘は見抜かれている。ただ、それでも誤魔化す以外に神田に出来ることはない。
提示できる証拠に限りはあるが、なんとかしようと言葉に出そうとしたその時だった。
「お前……いや、お前達ってあの装甲車使ってどこに向かってたわけ?」
核心を突くようにして、レオは単刀直入にそう聞いてきた。
それは、それは最も神田が話せない目的へと繋がっている。
レオは見ていたのだ。恐らくはあの六本足の化け物がいた時からずっと、神田達が戦っている様を遠くから観察していた。
でなければ、装甲車を知っているはずがない。
「言いたくないなら言わなくてもいいぜ。それはそれで面白い。……そうだな、それならこうしようか。お前達が追っている何かを俺は知らない。だから競争しようぜ、どっちが先にお目当てを手に入れるか」
「……お前、まさか」
「お前のお仲間が目指している場所へ俺も向かう。邪魔したいなら追いかけてくればいい。その方が面白いからな」
「やめろ……」
「やめねえよ。お前はまだ疲れているようだしな。そろそろ意識も落ちる頃合いだろ? ハンデをやるようなもんだ。お前達は目指す目的地の位置は分かるだろうが、俺は知らない。だから俺は先に向かわせてもらうぜ」
唐突にそう切り出されたことで、神田は胸が熱くなる。
レオという男が話していることはつまり、雪丸達が目指している椎名真希の座標地点へと自分も向かうということだ。
そうなれば、レオと雪丸達の交戦は避けられないものとなる。
加えて、神田は意識が朦朧としかけてきている。
これは、単に疲労困憊による要因であることも自身では理解できている。だが、先にレオに動かれてしまえば、神田は後から雪丸達へと合流する他にない。
体力が万全にまでなったとしても、雪丸達へと追いつけるかどうかも確証はないのだ。
「お前が戦えるようになれば、その時にやり合おうぜ。タイマンでも複数人でもかかってくればいい。全部蹴散らしてやるよ」
そう不敵な笑みを崩さず、レオはゆっくりと立ち上がる。
ダメだ、このままこいつを行かせてはならない。
そう頭で理解しながら、簡単に避けることもできる体制でショットガンの銃口をレオへと向ける。
「去り際に一つだけ教えといてやるよ。俺達クリサリダが途中段階で行っていること、その最終phaseの布石というやつのヒントをお前に教えてやる」
「――――」
「お前達が考えている今のこの事態、それを終息させることが出来ると思っているなら大間違いだよ。俺達は既に種を蒔いた。その種が発芽するまでのリミットは多分……あと三日か四日後だ。その先に待っているのはお前達にとって絶望的な展開だろうな。それまで生きているといいなぁ」
もう神田にはレオの言葉は届ききっていない。
指に力を込めて、その引き金を引こうとしたその時だった。
「じゃあ、いくぜ。ようい……ドンッ!」
引き金を引いたその瞬間、レオは真上に飛び、とんでもない跳躍力でその場から離れていった。
普通の人間ではありえない、とんでもない脚力であった。
当然、神田が最後に放った銃弾は当たらず、レオが合図を出した瞬間に綺麗に躱されてしまった。
そして、神田は力が抜ける。
みっともない姿勢で地面に蹲り、立つ事もできない。
そして、神田は気絶してしまった。
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夢を見ていた。
神田にとって、そこは居心地の良いものだった。
誰も死ななくて、誰も戦わず、ただ皆が笑い合っている世界――そんな世界にいる夢だ。
静蘭がいて、修二がいて、出水がいて、清水がいて、皆……皆が楽しそうに会話していた。
神田はただ遠目にそれを見ていた。それだけが彼にとっての幸福だった。
そんな世界を夢見ているだけで、実現するのは遠い夢だった。
いつか、いつかこんな世界が来てくれることを祈って、神田は――。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「――ん、――田君」
「――ぅ」
「神田君?」
声を掛けられ、神田は目を開ける。
いつのまにか、日光の陽射しが差し込んでおり、声と共に神田の目を覚醒させることとなる。
「よかった、生きていたのね」
「……え?」
意識が覚醒したその時、声を掛け続けてきていたその主を見て神田は驚いた。
なぜならそれは――。
「アリス……さん?」
神田の傍にいたのは、あのアリスだったからだ。
次話、2月21日投稿予定




