表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
173/237

Phase3 第二十五話 『臆病者の力』

年明けから頑張ろうと言った矢先に投稿死ぬほど遅くなった…。

四日後ぐらいに資格試験があるので終わり次第週一か週二で投稿していく予定です。


「十キロほどは走りましたが……今のところ何も起きないですね」


「……そうだな」


 最初のスピードを出していた時と違い、減速した安全運転で先へと進む神田達。今のところ、最初にあったバリケードの時の戦闘からは特段、降りて戦うようなことは起きていない。

 むしろ、逆だとは想定していたぐらいだ。

 もう、アメリカ国内でのモルフウイルステロが起きてから三日も経っている。

 それほどの時間が経てば、都市部はモルフの巣窟となっていてもなんらおかしくはない事実。全くいないわけではなく、ちらほらとモルフの姿こそ見かけはするが、降りるまでもない。

 通り過ぎることもあれば、目の前を塞いでいたとしても轢き殺すだけで事足りるような状況であったのだ。


「しかし……あれから三日だ。モルフは見つかることはあっても、生存者は全く見かけませんね」


「どうやら、モルフウイルスを空中散布させることによってこのようなバイオテロを引き起こしたとされている。ならば、大多数の人間がモルフになっている以上、逃げ道なんてものはないだろうからな」


「つくづく、日本でこれが起きてなかったことがって思いますよ。そんなことが起きれば、俺達も無事じゃ済まなかったでしょうからね」


 雪丸がそう言ったことに対して、神田としても不謹慎ではあるのだが同意見であった。

 隠密機動特殊部隊の一員だった頃は、まだモルフに対する知識も軍人としての経験も皆無に等しかった。

 アメリカと同じようなことが日本で起きていれば、神田がモルフになっていた可能性もあるのだ。


「不知火の様子はどうだ?」


「まあー、大丈夫だと思いますよ? さっき確認しましたけど平常です。吐き散らかした時は大丈夫かと思いましたけどね」


「――ならいい、あいつの存在はこの部隊ではかなり役割が大きくなる。メンタルの面では不安が大きいからな」


「ですね」


 始めは不知火がサクに吐くという中々見たくもないシチュエーションが起きていたのだが、彼女は元々、かなり気弱な部分が強い。

 本番に対する緊張感があまりにも強い為、他所からは不安視する声も少なくはないのだが、彼女の実力に関してはタケミカヅチ第二部隊の全員が認めている。

 決して欠けてはいけないピースであることを誇張しながら、神田は前方を見ると、


「ガソリンはどれくらい持つ?」


「往復だとどっかで給油する必要はあります。まあこんなご時世だ。場所に困ることはないでしょ」


「……何もなければだがな」


 距離から鑑みて、この装甲車の燃費の悪さも含めるとどこかで給油する必要性が出てくる。

 確かに、給油している間に襲われない保証はどこにもないのだが、その時はその時だ。

 戦闘員しかいないこの装甲車の中では、大して不安に感じることはなかった。


「さて、じゃあとっとと行方不明のお姫様を探しに行きますか」


「そうだな。――っ!?」


 安らぎはすぐにでも崩されていく。

 その時、装甲車に衝撃が走り、大きく揺れてハンドルを強く握っていた神田でも制御することができない。

 蛇行運転をしながらも、なんとか横転だけは避けた装甲車だったが、それよりも気にするべきは今の事態だった。


「なんだ!?」


「雪丸! 上に何か乗っている!」


「っ!」


 事態の原因にすぐさま気づいた神田に、雪丸はショットガンを手に握って座りながらでも撃つ態勢を整える。

 何が装甲車の上に乗っているのか、その正体にはまだ誰も気付いていない。

 だが、その正体が明らかになる前に、神田達の身の危険が押し寄せてくることになる。


「っ!」


 雪丸はギリギリで避け、神田はハンドルを片手に握り変えて間一髪で避けきることができた。

 突如、神田達の前方を見ることができるフロントガラスが割れて、外から巨大な鎌のようなものが車内へと襲い掛かってきたのだ。


「神田隊長!」


「停止する! タイミングを見て車外へと飛び出せ!」


「っ、了解!」


 急ブレーキを掛けて、時速四十キロは出ていた装甲車の速度が急激に下がる。

 そして、完全に停止する直前で、神田と雪丸はほぼ同時にドアを開けて車外へと飛び出した。


「ってぇ……ちくしょう、隊長!」


「武器を持て!」


「なっ!?」


 神田からの指示に、咄嗟に武器を構える雪丸。彼の目の前には、信じられない光景が目に浮かんでいた。

 神田達が乗っていた装甲車両、その車両の上に、三体近くの妙な姿をした化け物が乗っていたのだ。

 歪な姿をしたそれは、人の姿とは程遠い別物の姿形をしていた。

 足は二本、しかし、手としてあるようなそれは鎌のような鋭い武器としてあり、左右それぞれに三本ずつ。合計六本の鎌を携えた見たこともない化け物がそこにいたのだ。


「な、なんなんだコイツは……」


「雪丸、呆然とするな!」


 神田が対向から叫び返し、彼は持ち手のショットガンで装甲車の上に乗る一体の化け物へと銃弾を放つ。

 威力の高いショットガンの威力により、ヒットした化け物は装甲車の上から落ちてきて、雪丸の方へと背中から落下した。


「っ、ちくっしょうがっ!」


 ショットガンで撃たれ、装甲車から落下したにも関わらず、六本の爪を持つ化け物は絶命しておらず、立ちあがろうとしている。

 止めを刺そうと、雪丸も応戦したのだが、


「効いてない? コイツ……装甲が硬え!」


 化け物の外殻は何の物質でできているのか、鉄のような硬さを秘めており、威力で言えば必殺でもあるショットガンでも撃ち抜くことができない。

 そうこうしている間に、落下した化け物は立ち上がり、そして装甲車の上に乗っていたもう二体の化け物も降りてくる。


「――ヤバい、装甲車が取り戻せない……っ!」


 装甲車に乗って逃げるにしても、まずはあの化け物の排除が必須だ。

 装甲車から離れた位置にいる以上、雪丸だけでは対処することは不可能に近い状況となっていた。


 だが、神田が離れた位置で加勢が出来ないにしても、雪丸は一人ではなかった。


「雪丸さん! 何ですかコイツ!?」


「き、気持ち悪い……」


 装甲車が止まったことで異常に気づいたのだろう。サクと不知火が装甲車から降りて銃を構えていた。

 ミナモがいないのは恐らく、神田の方へと加勢しに行ったということだろう。


「サク、不知火! コイツを片付けるぞ!」


「「了解」」


 この化け物が敵であることは周知の事実だ。それを理解していたサクと不知火は何も聞かずに、装甲車の上から降り立った六本足の化け物へとすぐにでも銃撃を開始した。


 しかし、


「んだコイツ? 銃弾が効かない!?」


「ど、どうしましょう?」


 雪丸と同様に銃弾が効かないことに驚くサクと狼狽える不知火に、雪丸は舌打ちをする。

 恐らく、今持ってる武器だけでこの化け物を倒すことは困難だ。

 外殻が異常な硬さを秘めている以上、弱点を探すか別の方法で倒す以外に道はない。


 ならばどうするべきか? 一時退避をすべきなのかと、考えている最中だった。


「た、助けてぇぇ!!」


「っ! 生存者!?」


 雪丸達へと助けを呼んだのは、この街に元々いた生存者である一般人であった。

 見た感じ、男性の身なりであったその男は、モルフウイルスに感染した人間に肩を掴まれており、引き剥がすことが出来ない状態となっている。


「サク!」


「了解! ぁ?」


 すぐさま助けに向かおうとしたサクであったが、彼は唖然とした。

 モルフに掴まれて動けない男性のすぐ目の前に、あの六本足の化け物が既に近づいてきていたのだ。

 そして、六本足の化け物は二本の爪を男性の腰へと躊躇いなくブッ刺した。


「ぎっ、ぎゃぁぁぁぁっっ!!」


「ヤバい! 早く助けないとっ!」


 このままだとマズイと、すぐにでも銃口を向けたサク。流れ弾など気にしていられる状況ではないと引き金を引こうとしたその直前だった。


 六本足の化け物は二本の爪を男性の腰へと刺し、動きを止めさせたその隙にもう二本の爪でもって、男性の首を薙ぎ、その首を切断させたのだ。


「うっ……」


「なんてやつだ……」


 あの爪が化け物の武器とは認識こそしてはいても、その凶悪な使用用途に唖然とさえしてしまう。

 生存者であった男性だけでなく、動きを止めさせていたモルフの首も一緒にあの化け物は両断させたのだ。

 あの爪の鋭い切れ味がどれほどのものなのか、たった一瞬の出来事ではあるが、雪丸達にそれを知らしめることとなる。


「雪丸さん! ダメだ、倒しきれないっ!」


「っ」


 化け物の狙いは変わり、雪丸達へと向けて化け物達は近づいてきている。

 走ってくるわけではないので、あの爪に捕まるリスクはまだ低いのだが、それでも装甲車に近づくことが出来ないのが現状だ。

 あの強固な外殻があるせいで、撃つにしても弾の無駄遣いが予測できるために、引き金を引くことに躊躇ってしまう。


「雪丸、退がれ!」


「神田隊長! しかし……っ!」


「装甲車は一旦手離す! 全員、ミナモの後についていけ!」


 向かい側から現れた神田がそう指示を出して、雪丸達は顔を見合わせて頷いた。

 雪丸としても、本当はそうしたくはなかった。ここで装甲車を手放すということは、足を失うことと同義だ。

 そんなことになれば、雪丸達の生存率はこの地獄の環境下の中では格段と下がる恐れがあるのだ。

 しかし、今は躊躇していられる状況ではない。神田の指示に従い、既に建物の扉の入り口へと待機しているミナモの方へと全員が走っていく。


「走れ走れっ!」


「こっちです!」


 足を止めず、ミナモが手を挙げながら雪丸達へと建物の中へと誘導していく。

 そうして、建物の中へと避難した一同はすぐに階段を駆け上り、一時的に身を隠すことになる。


 息を吐く間が出来たのは、ほんの数分経った頃合いだった。


「ふぅ……とりあえず撒いたようですね。とは言っても、追いかけてこなかったという最悪な状況ですけど」


「そ、そうですよね……装甲車の周りから離れなかったですもんね」


「神田隊長、どうしますか?」


「…………」


 ミナモに聞かれ、神田は口を噤む。

 先ほどの不知火の言葉通り、あの六本足の化け物は神田達を無理に追いかけることはなく、そのままあの場に残ることとなった。

 装甲車の周りを陣取られていては、取り戻すという選択が取れなくなってしまうのだ。


「あの化け物をどうにかする手段を探す。各々の意見を聞かせてくれ」


 隊長からの指示は、これからどうするかではなく、あの化け物に対する意見の徴収でもあった。

 これは手が無いことを示してもいるが、悪くない判断ではあるだろう。無理に個人的な意見だけを通しても、それが正解とは限らない。

 情報共有を事前にすることで、突破口を探すというのは、作戦を立てる上でも最も重要な部分でもあるのだ。


「まあ……とにかくクソ硬えことぐらいはってことっすすよね」


 サクがはじめにそう答えて、雪丸と不知火も同じように頷いた。

 それは神田自身も体感していたことだ。

 ショットガンの弾丸の威力でさえ弾き返し、ダメージすら与えられなかったあの瞬間は、軽く絶望さえもした。

 恐らく、今持ち得る武器だけでは、あの化け物に対抗しうる手段はないだろう。


「そもそも、あの化け物が何だっていうところから知りたいな」


「あれもモルフじゃないんですかね?」


「そうは言うが……サク、お前はあれが人間から変異した姿に見えるか?」


「いや、見えないっすね……」


 雪丸にそう言われて、口籠るサクだったが、神田は頭の中ではあれはモルフであるとは考えていた。

 雪丸の言う通り、あれが人間から成り果てた姿であるとは考え難い。しかし、であれば何者であるかは答えが出ない。

 一つ分かることがあるとすればだが、


「あの個体が、全く同じ形態で三体もいることが気になるな」


「確かに……一体だけならまだしも、全く同じ姿で三体は気になりますね」


 神田が指摘したことに対して、ミナモも同意見であるように頷く。

 彼女は茶髪のストレートロングの髪の毛を毛先部分を指で弄りながら、装甲車が見える窓の外を見る。


「あの化け物が何だとしても、私はモルフであると考えています。しかし、現時点では答えが出ないとは思いますので……ここはランチャーを使って木っ端微塵にしてやるのはどうですか?」


「それも無しではないが、ここで使うには勿体無いな。万が一倒し切れなかった時に、弾薬を使い切るのは避けたい」


「……確かにそうですね」


 ミナモの意見も無しというわけではない。

 しかし、限られた弾薬を節約することも生存する為には必要不可欠なことだ。

 神田は隊員達の顔を見渡し、そして物怖じしている不知火の方を見ると、


「不知火、お前に任せてもいいか?」


「ひぇっ!? わ、私ですか!?」


「お前なら時間稼ぎが出来る。俺達だと弾を撃ち尽くすだけで、キリがない状況になりかねないからな」


「で……でも、私なんかじゃ倒せないですよ?」


「倒せなくていい、時間を稼ぐんだ。俺とサクで装甲車を動かす準備をする。ミナモと雪丸はこのビルの中から不知火をサポートしろ」


「了解、不知火、頑張れよ」


「え、えぇーっ!? 本当に私一人だけでですか? 酷すぎますよ……」


 ガクガクと体を震わせる不知火に、周りは誰一人気を使うようなことはしなかった。

 確かに客観的に見れば、何とも酷い扱いに見て取れるものだろう。

 しかし、不知火自身は気づいていないが、他の隊員達は不知火が適任であることを理解した上でのことでもあった。


「な、なんで皆さん何も言わずに準備してるんですかぁっ!?」


「落ち着け、不知火。お前のやることは一つだ。あの六本足の化け物を引きつけて、出来る限り足止めをすること。お前はどれだけ武器を消費しても構わない。俺が許す」


「ほ、本当に言ってるんでですか……?」


「ああ」


 もはや決定事項なその様子に、不知火はこの世の終わりのような表情を見せた。

 とは言え、こんな場面は別に一度や二度ではない。

 メキシコ国境戦線でも同じような状況はあった為、彼女の悲壮な表情はある意味見慣れたようなものだ。

 そもそも、命を賭けて戦う軍人である以上、多少の生き死にの覚悟はしてもらわないと困るものだ。

 神田としても、不知火を失うわけにいかないので、無理をさせるつもりはなかったのだが、これを無理と言わない辺り、それほどの信頼を不知火に寄せていることにも繋がっていた。


「よし、まずはあの化け物共から装甲車を取り返すぞ」


「「「了解」」」


「り、了解……」


 不知火だけがハキハキとしない返事を返して、一同は準備を開始した。

 そして、彼らは準備を整えて、ビルの階段を降りていく。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 不知火弥生は元自衛隊員の一人であった。

 とはいえ、彼女は進んで自衛隊員になったわけではない。大学生が必ず通る道である就職活動で、彼女は色んな企業のオリエンテーションを見てきたのだが、その帰り道に自衛隊員の募集の勧誘に上手く乗せられ、そのまま自衛隊員となることになってしまった。

 言われるがままに自衛隊員となったことに、はじめは後悔した。

 あまり知られていないが、自衛隊員の訓練とは一般人が知るところの普通の訓練なんてものの常識を遥かに越している。

 一般企業にありがちなパワハラなんてものは日常茶飯事であり、明らかにオーバーワークな訓練しかしてこないのだ。

 そう考えると、不知火のような臆病な性格にはあまりにも不向きな職業とも言えるだろう。


 しかし、彼女は泣き言こそ言えども、辞めることはしなかった。

 それに、彼女には自衛隊にいた頃から、ずっと評価されていた特殊な才能があった。


 それを買われて、日本が滅んだあの後も、彼女は神田達率いるタケミカヅチ第二部隊に派遣されることとなったのである。


「ヒエエ……たくさんいるよ……」


 不知火は一人、ビルの外に出ており、目の前には正体不明の六本足の化け物がそこに佇んでいた。

 一体がまず不知火に気付き、それに連なってもう一体、二体と、狩場に迷い込んだ羊を狩りに行くようにして、化け物が不知火へと近づいていく。


「で、でも、やるしかないよね……」


 嫌な気持ちは一杯ではあったが、ここまで来たからには退がるわけにはいかない。

 不知火は手に持っていたサブマシンガンを握り締め、その銃口を一番近くに迫ってきていた六本足の化け物へと向ける。


「――っ!」


 引き金を引いて、無数に放たれた銃弾は化け物の強固な外殻によって弾かれてしまう。

 概ね、想定は出来ていたことだ。分かっていても、不知火には撃たない選択肢はなかった。

 そして、化け物は不知火の銃撃に耐えながら、ゆっくりと近づき、鋭い爪の射程圏内へと入る。


「――ッッ」


 容易に攻めることができるその華奢な体へと、化け物は攻撃に対して躊躇はなかった。

 まずは二本の爪で胴体に刺し込み、動きを止めてからもう二本の爪で首を刈る。この単純な作業を繰り返すだけで、何人もの人間を殺めてきたのだ。

 そして、最初の二本を不知火の胴体へとぶっ刺そうとした瞬間であった。


「ひゃぁぁぁっっ!!」


 不知火は叫びながら、化け物の二本の爪を躱すべく、頭を手で抱えながらしゃがみ込んだ。

 間一髪、避け切ったように見えただけだろう。化け物はすかさず、上二本の爪を真上に振り上げて、しゃがみ込んだ不知火の頭目掛けて爪を振り下ろす。

 まともに当たれば、不知火の頭部は豆腐が潰れるかのように悲惨な結末を迎えることとなる。


 だが――。


「ひぇぇぇぇっっ!?」


 不知火はその攻撃に対して、不恰好ながらも背中を地面につけながら足を振り上げ、後転して避け切ることに成功した。

 この時点で、知能がない化け物は気づくべきであっただろう。どうして視覚外の攻撃に対して、この女性は気付き、避けることができたのか。

 それを理解する脳がない六本足の化け物には、不知火の動作に対して、ただ逃げ回るだけの生物としてしか理解することができなかったのだ。


「こないでえええっっ!!」


 いつの間にか一体だけでなく、二体、三体と不知火は六足の化け物に追いかけられ、その度に爪による一撃必殺の攻撃を掻い潜りながら相手をしきっている。

 決して綺麗な避け方というわけではないが、それでも傷一つつくことがなく、完璧に攻撃を躱し続けてこれている。


 その様子を遠方からゆっくりと隠れ潜み、装甲車へと近づく神田とサクは、六本足の化け物に気づかれることなく、一度は手放した装甲車へと歩みを寄せることが出来ていた。


「不知火のやつ凄いっすね……なんであれで死なないんですか?」


「元より、あいつには備わっていた天性みたいなものだ。こういう場面においては、不知火の能力は発揮される」


「本人は無自覚なようっすけどね……」


 サク自身も、不知火のあの無茶苦茶な動きには真似できない自信があった。

 同じことをやれと言われても、多分二体目の化け物を同時に相手した時点で死んでいる。それほどの確証を、サクは自分でも理解できていたからだ。


「危機感知能力。野生動物にも備わっている死を避ける為にある力だ。ここにいれば死ぬと、不知火は察知してあんな動きが出来ているんだ」


「……予知能力みたいなもんすかね?」


「あるいはそんな見方もできるかもな。ともかく、不知火一人でも十分に三体の足止めが出来る。俺達は俺達で装甲車をなんとか取り返すぞ。万が一、不知火が危険になっても雪丸とミナモがカバーする」


 不知火のことは二人に任せて、神田達はなんとか装甲車を取り戻すことに集中するよう意識を高めた。

 この一帯にはあの六本足の化け物だけではない、通常の感染段階を経たモルフの姿もいる。

 神田達にとっては、不知火が足止めをしてくれているからといって、必ずしも簡単に上手くいく状況ではなかったのだ。

 しかし、それはただの一般人であればの話だ。


「サク、掃討するぞ」


「うっす」


 神田達の存在に気づいていた複数のモルフ達が前に立ちはだかり、二人はショットガンの銃口を向ける。

 時間は有限ではない。限られた時間を有効に使う為にも、彼らは最短時間で装甲車を取り戻す為に行動していく。


「ひゃぁぁぁぁっっ!? なんでそんなしつこいんですかぁぁっっ!」


 そんな傍ら、不知火はたった一人で三体もの六本足の化け物と交戦をし続けていた。

 左右前後、どこからでも振り回してくる爪による攻撃を、不知火は読んでいるかのように避け続けている。

 サブマシンガンによる反撃こそ一切していないが、それでも互いに決着がつかない異様な状況となりつつあった。


「ち、近くで見ると余計に気持ち悪い見た目……。元人間じゃないんですか……?」


 目はどこにあるか分からず、体の中央付近に牙のような歯があることから、それが口であることがよく分かる。

 しかし、どこからどう見ても、不知火にはそれが人間の成れの果てではないような気がしていた。


「な、なんか……虫みたい……」


 どちらかと言えば、同じ生物上で例えるならばそれは虫に近いと、不知火はそんな気がして言葉に出した。

 例える為の生物は推測が立てられないが、異様な見た目から見ても、それが妥当な気さえしていたのだ。


「か、神田隊長には足止めだけすればいいって言われてたけど……でも、どうしよ……」


 不知火は一人、口ずさみながらあることが気になっていた。

 使える武器は使って構わないと、そう指示されていたにも関わらず、決定権を自分に委ねられないことも不知火の弱さだ。しかし、誰もいないこの戦場の中で逃げ回るだけではいけないことを頭で理解した不知火は、もう一つの武器を取り出す。


「い、意味はないかもだけど……えいやっ!」


 不知火が引き金を引いたそれは、部隊員の全員が所持している特殊武器、対モルフ専用武器であった。

 ライフル式のその銃は貫通力を重視しており、体内に残った弾丸が炸裂することによって、炎上させることを目的としている。

 人間型のモルフになら有効なのだが、六本足の化け物には意味がないと神田達は当初、考えていた。

 それをなぜ、不知火が使おうと考えたのか。それは至近距離まで近づいていた不知火だからこそ気づけたことだ。


 どんな銃弾でさえ弾き返す外殻――ではなく、不知火はあえて体の中央部分にある口の中目掛けて、対モルフ専用武器を撃ち放ったのだ。


「キシャァァァァッッッッ!!??」


「――っ!」


 弾丸が炸裂するより前に、異物が突然口の中に入ったことで奇妙な叫び声を上げた六本足の化け物。その甲高い叫び声に、思わず耳を閉じたくもなった不知火であったが、その突如だ。

 化け物の体内に撃ち込まれた銃弾が炸裂し、口の中から火を吹くようにして六本足の化け物が地面にのたうち回る。


「き、効いた……?」


 ただ単に試しただけのことだが、思いの外に効果があったことに驚く不知火。

 その実、不知火の試した方法は六本足の化け物に対しては有効なものだった。

 口の中という体内に銃弾を撃ち込み、更には対モルフ専用武器の性能でもある炸裂弾の効果でもって、内側からダメージを与えるという攻撃手段は、強固な外殻の裏をついた確実な手段でもあったのだ。


「きゃっ!?」


 だが、それが上手くいったからといって、残りの二体も簡単に倒せるわけにはいかない。

 倒されるわけがないと考えていたのか、仲間の一体が悶え苦しむ様を見せつけられた六本足の化け物は興奮し、不知火へと爪を振り抜くスピードを速めた。


「は、反撃できない……」


 なりふり構わないその攻撃に対して、不知火も負けじと躱し続けて対処していく。

 だが、それでも十分であった。元より、不知火の役割は六本足の化け物を引きつける為の囮役。その間に、手放してしまった装甲車を神田達が取り返せば、この状況はすぐにでも好転する。


 視点は変わり、モルフの群れを手早く掃討していった神田とサク。焦り一つない彼らは、ピンチに陥ることもなく、モルフに近づかれることもなくして安全に道を切り拓いていた。


「よし、サク。もうあと五メートル進んだところで雪丸達を召集しろ」


「了解っす」


 たったの五メートルという距離だが、神田達にとっては遠い五メートルだ。

 銃声音に嗅ぎ付いたモルフ達はどこからともなく現れてきており、噛まれる危険性が少ないにしてもキリがない数だった。

 それでも少しずつ前に進みながらいた彼らは、五メートルというラインを目標に定めて、肩の力は抜かずに銃口を前に向けていく。


「クリア」


 それでも、神田達が掃討する方が早かった。

 神田達に近づくモルフはいなくなり、安全に装甲車を取り返す距離まで近づいたことで、サクは無線機を取り出す。

 すぐにでも雪丸達へと連絡を取り、不知火もあの場から離れさせて全員でこの地獄から抜け出すという算段だった。


 ――ようやく安心できる。そんな希望はすぐに絶望へと打ちひしがれる。


 ドンッと、大きな音を立てて、誰もがその音の鳴る方向へと視線を向けた。


 その音の出所は、神田達が取り戻そうとした装甲車の真上だった。

 屋根部分に立ちはだかったのは、見たこともない巨躯な体を持つ異様な姿をしたナニカ。重量級ボクサーにもいないような巨大な体を持ち、その手に握られていたのはモルフの首だった。


 そして、彼らは思い知ることになる。

 この地獄の戦場には、モルフだけがいるわけではないということに――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ