Phase2 第二十一話 『knives the killinger』
投稿が大分と遅れました。
仕事が忙しすぎる……。
脳が、全身が悪寒に包まれた。
この少年は、自身のことを『レベル5モルフ』であると、そう答えた。
なぜ? どうして、こんなところにそんな奴がいる?
分かることがあるとすれば一つだけ。この少年、ライがアメリカ軍を一人で相手にしていた理由は、この少年が敵組織の一味であることを証明していることであった。
「お前が……『レベル5モルフ』?」
「あはっ、お兄さん、『レベル5モルフ』のこと知ってるんだ? 凄いよこの力。世界が変わったよ、オモチャと遊ぶのに、こんな楽しくなるなんて思いもしなかったんだから」
「ま、て……わけがわからない。なら、お前は――」
「出水さん」
問答を仕掛けようとしたその時、隣にいたシャオが前に出る。
そして、彼の両手にはいつの間にか青龍刀が握られており、いつでも戦闘態勢に入れる状態だった。
「この少年に会話は無駄です。既に、心は壊れてしまっているようだ」
「心が……?」
「ええ、善悪のモラルが身につく前に、敵側に飼い慣らされたってことでしょう。下手に話しかけて、集中的に狙われてしまえば守りきれない」
心の整理が付く前にシャオにそう言われて、出水は思わず口を閉じた。
この妙な威圧感。それはメキシコ国境戦線の時にも感じたことがある。
あの白装束を纏った謎の女。あの女と同じ雰囲気を、目の前にいるライは醸し出している。
「やはり、あなたについてきて正解でした。これで、姉さんに近づく手がかりを手にすることができそうです。感謝しますよ」
「な、何を言っているんだよ?」
「隠していたわけではありませんが、僕があなたと行動を共にしようとした理由が正にこの状況です。あなたなら、いつか敵側の誰かと接触する可能性がある。そうなった時、姉さんのことをよく知るであろう奴らから情報が聞き出せる」
頑なに、シャオは出水と行動を共にすることを選んできたが、その理由がそれだった。
出水と共にいれば、いつかライのような存在と相対する。
そいつらと出会うことができれば、敵側にいるであろうシャオの姉の手がかりを問いただすことができるのだ。
「さて、ライ君、と言いましたか。キミには聞きたいことがある。キミは――」
「あはっ!」
シャオがライへと問いかけようとしたその瞬間、十メートルは開いていた距離を瞬時に詰めて、ライがシャオへと手に持ったナイフで目を突き刺そうとした。
「シャオ!」
「ふっ!」
危うく目を潰されそうになるその直前で、シャオは青龍刀でナイフの刃先を受け流し、間一髪の所で攻撃を防いだ。
「落ち着きがない子ですね。人と話すのが苦手ですか?」
「これから壊れるオモチャに何か話すことがあるの?」
「ははっ、面白い!」
互いに皮肉を込めたそのやり取りをした後、シャオは青龍刀を振り抜き、ライの体ごと真っ直ぐに吹き飛ばす。
そして、追撃をしようとシャオは前のめりになり、一気にトップスピードでライへと迫るが、
「遅いなぁ」
「――っ!?」
シャオの視界から、ライの姿が突然消えていなくなる。
目で捉えていたはずだった。しかし、ライはその場から瞬間移動をしたかのように忽然と消えて、気配さえもなくなってしまう。
「シャオ、後ろよ!」
「はっ!」
琴音からの声を聞いて、シャオは振り向く姿勢のままに青龍刀を後ろへと薙ぐ。
それが偶々、シャオの後ろへと襲い掛かろうとしていたライのナイフの刃先とぶつかり、上手く凌ぐことができていた。
「助かりました琴音さん。どうやら一筋縄じゃいかないようですね」
「あはあはっ!」
ナイフを受け止められても、ライは止まらない。
後ろへと跳躍し、そのまま地面へと着地した瞬間に、ライは再び高速移動をして、シャオの視界から消えようとする動きを開始した。
だが――、
「同じ手に引っかかると?」
今度はシャオも見失わない。ライの高速移動にはついていくことが出来ないことをシャオは十分に理解していた。
だから、シャオはあえてその場から動かずに、待ちの姿勢を取ったのだ。
「――ここだ」
シャオとは違い、尋常ではない速度で動き回り、一気に接近してきたライのナイフによる首斬りを、シャオは青龍刀を振り上げてカウンターを仕掛けた。
まともに受ければ顔面が真っ二つに切り裂かれるその攻撃に対し、ライは、
「ふひっ!」
振り上げられる青龍刀の刃の側面を手で押し込み、ライは寸前で躱し切った。
その反応速度の速さに、さすがのシャオも目を見張った。
あれほどの高速移動をした状態で、こちらの攻撃を認識してからの対応があまりにも早かったのだ。
一筋縄ではいかない。それは分かっていたが、ここまでとは考えていなかった。
「お兄さん、凄いなぁ。簡単に壊れないオモチャに出会ったのは初めてだよ。そうだなぁ……」
「僕もキミみたいな化け物と相対するのは初めてだよ」
「ふふふ……じゃあ、これぐらいしても耐えられるよねぇ?」
憎たらしい笑みを崩さないまま、何かを仕掛けようとするライ。シャオも、臨戦態勢は解かず、ライの動向を注視していたが、
「頼むから、簡単に壊れないでね?」
ライがそう言った直後、ライは自身の上着の内側を外側へと向けるように開く。
その内側には、大量のナイフが装備されており、ライはそのナイフを一気に空中へと放り投げた。
「――っ!」
シャオも、その時点でライの狙いが読めた。
その時、ライはとんでもない動きで空中にあるナイフを手で掴み、それをシャオの方向へと投げてきたのだ。
「あはっ! あはっ! そらそら!!」
「くっ!」
無数に投げつけてくるナイフを、シャオは青龍刀でもって弾き返す。しかし、ライの方はただ無造作に投げつけてきているわけではない。
飛んでくるどのナイフの軌道も、人体の急所とも言える箇所を狙い撃ちしてきており、一本でも当たればシャオの動きを制限される致命的なものだ。
五本、十本と、弾き返すナイフに混じり、それでも全てを躱し切ることができないナイフはシャオの肩や膝へと刺さってしまう。
「シャオ!」
その時、出水からシャオを気遣う声が聞こえた。
シャオは気にも留めず、飛んできたナイフの一本を弾き、目の前で回転するそのナイフを手で掴み、ライへと投げ返す。
「ふはっ!」
まさか、自分にナイフを投げ返してくるとは予測していなかったのだろう。
しかし、ライは自身へと飛んできたナイフを持っていたナイフで弾き返した。
「お兄さん、思ったよりやるなぁ。こんな楽しませてくれるなんて最高だよ」
「そういうキミこそ、随分と痛めつけるのが好きなようですね」
「あはは、だってそうでしよ? オモチャは遊ぶもの、壊れるまで遊ぶのに悪い意味でもあるの?」
「……何をどうすればそこまで壊れるのか興味がありますが、悠長に話す余裕はありません。今度は僕も本気で相手をしましょう」
シャオはそう言って、二本の青龍刀の構えを解いて、地面へと刃先を下げる。
その様子を陰から見ていた出水達は、戦闘に介入することもできない。
ただ見ていることしかできず、シャオとライの戦闘の行く末を見守っていた。
最初に動き始めたのは、ライの方であった。
「壊れろっ!」
ライの動きを、離れた位置から見ていた出水の目でも追うことができない。
それほどに異常な速度でシャオへと一気に接近したライは、ナイフを振り下ろし、シャオの頭部を破壊しようと試みたのだが、
「しっ!」
シャオにも、ライの動きの全てが見えていたわけではない。
だが、目で見えていなくとも狙いは読める。
ライの攻撃は、その全てが人体の急所を狙ってきている。ならば、その部分だけを守り切ればいいだけのことだ。
「へぇ」
「ふん!」
右手に握られた青龍刀でライのナイフを受け止め、左手に握られた青龍刀でライの胴体を真っ二つにしようと振り抜くシャオ。しかし、ライには当たらず、空中姿勢から器用に体を動かして、その剣の軌道から逃れる。
だが、シャオの反撃はそこで終わらなかった。
「あばっ!?」
ライの視覚外から、何か別の棒状のような何かが頬をぶち当たり、そのままライは吹き飛ばされた。
何が起きたのか分かるまでもなく、ライはそのまま建物の壁へと吹き飛び、背中から崩れ落ちた。
「ふぅ、まさか三本目を使うとは思いもしなかったですが、効果はありのようですね」
シャオの左手には、さっきまで持っていた青龍刀はなく、青龍刀よりかは少し長めの棒のようなものが握り締められていた。
その棒の節々には、接続するかのように切れ目のようなものが存在している。
「三節棍。あなたが避けた瞬間に青龍刀を離して、背中から取り出しただけなんですがね」
視覚外からの攻撃手段を、シャオは答えを出してそう語る。
その瞬間を、出水だけは見えていた。
あの瞬間、シャオは左手の青龍刀を振り抜いた時に青龍刀を放り投げて、左手が背中へと向かい、隠し持っていた三節棍を抜いてライの顔へと殴打させたのだ。
一分の隙さえも緩めない、完璧なカウンターであった。
「こんなものでキミがやられるわけがないことは分かっていますよ。早く立ち上がったらどうですかね?」
「――ふ、ふふ」
三節棍によって吹き飛ばされ、背中から崩れ落ちていたライは、シャオの言葉を受けて立ち上がる。
頬についた殴打の痕は、たちまちに再生していき、柔和な肌へと戻っていく。
「お兄さん、最高だよ。ナメて掛かってたのは僕の方だったみたいだ。……本当は、すぐに壊れるから使わなかったんだけど、お兄さんなら僕の全力をちゃんと受け止めてくれるよね?」
「……さっさと本気を出せばいいじゃないですか。出さない内に殺しますよ?」
「あはっ! やっぱり最高だ!」
今度は本気で相手をするというライに、シャオは構うこともなく挑発を繰り返した。
あれでまだ本気を出していないということは、その力はまだ未知数であるということなのだが、シャオの様子から見ても望むところなのだろう。
お互いに向き合い、互いの武器を向け合った両者はその場から動かず、初手の動きを見計らっていた。
そして、最初に動き出したのはライの方だった。
「ふはっ!」
「――――」
今までと変わりはない、それでも目では追い切ることも出来ない超スピードでシャオを翻弄しようとするライ。目まぐるしく動き回るライに、シャオは当初と変わらず、待ちの姿勢で立ち向かおうとする。
「ふっ!!」
「っ!?」
青龍刀をライのナイフでいなした直後だった。
シャオの左手に持つ三節棍が、その節部分を三つに分かれさせて、分離する。
完全に分離したわけではなく、間には細い鎖が繋がれており、それがライにとって読み切ることができない動きと化していった。
「腕は頂きました。これで動きも止まる、終わりですね」
「ひひっ!」
「死ぬ最後まで笑っているとは、さすがの狂人ですね」
言うまでもなく、追い込まれているのはライの方であった。
分離した三節棍がライの腕に絡みつき、そのせいで動きを封じられてしまっている。
その状態のまま、シャオは右手の青龍刀でもって、ライの胴体を生き別れにせんと強く振り抜いたのだが、
――ガキンッと、胴体に刃が触れた瞬間に、鋼と鋼がぶつかるような音を立てて、シャオの青龍刀がライの体に当たり、そこで止まる。
「なっ!?」
「僕からしたらお兄さんの方が狂人だよ? まさか、そんなあっさり攻めてくるとは思わなかったなぁ」
何が起こったのか、それさえも分からずに瞠目するシャオに対して、ライはその場で跳躍する。
腕に三節棍が絡み付いたその状態から空中で回転し、裸足となったその足をシャオの頭部へと蹴り抜こうとする。
「そんな華奢な体で――っ!?」
シャオにダメージが通るわけがない。
そう目論んでいたのだが、そうはならなかった。
三節棍を離し、左腕でガードの姿勢を取ったシャオ。その腕にライの右足が触れた直後、シャオの左腕はまるでナイフに切り裂かれたかのように爆ぜたのだ。
「シャオッ!?」
「あれは……何?」
遠目に戦闘の様子を見守っていた出水と琴音にも、何が起きたのかが分からなかった。
なぜなら、シャオは打撃攻撃を受けただけだ。
なのに、なぜ防御した腕に切り傷が生まれたのか、戦闘の一部始終を見ていたにも関わらず、その原理に気づくことができない。
「っ……」
「痛い? 痛いよねぇ? オモチャはいつだってそうだ、自分の体に傷がつけば、泣き叫ぶようにして叫ぼうとする。もっと聞かせてよ? お兄さんの叫び声を」
隙だらけのシャオに向けて、目の前に立ち竦んだままにそう挑発するライ。いつでも殺せる筈なのに、そうしないのは痛ぶる様を見せつけるのが趣味だとでも言うのか、その口振る舞いからでもよく分かるものだった。
「随分と……妙な体の構造をしているんですね?」
「あはっ! もう気づいたの?」
「――――」
シャオは血が流れる左腕を庇うこともせずに、出水達のいる方へと飛び、着地した。
そして、目線だけはライへと向けたまま、出水へと小声であることを伝える。
「出水さん、ここからできるだけ離れて下さい」
「な、なんでだよ?」
「僕の見込み違いでした。この少年を倒す為に、あなた方を守りながら戦うことは困難です。ですから――」
「ひゃはっ! 何を話しているのかなぁっ!?」
悠長に会話をする暇も、ライは与えるつもりがない。
反撃の可能性も考慮せずに、ライはその全身をぶつけてくるようにして突進を仕掛けてきたのだ。
「ちぃっ!」
舌打ちをして、片手に持った青龍刀でライの突進を受け止めようとするシャオ。しかし、ライは今度は持ち手のナイフを振り抜こうとはしなかった。
体全体で突進してきたことで、青龍刀の刃がライの体へと食い込もうとしたその時、また鋼と鋼がぶつかる金属音のような音を立てて、シャオの青龍刀がそれ以上、刃先が動かない。
「隙あり!!」
「がっ!」
青龍刀を止められたことで、隙だらけとなったシャオの肩へと向けてナイフを振り下ろしたライ。その攻撃によって、シャオは防ぐことも出来ずに肩が抉られる。
「……見間違いではなかったようですね」
至近距離でライのその全身を見渡したシャオは、なぜ青龍刀の刃が受け止められたのか、その原理について理解した。
「体を刃に変異させている。だから、僕の青龍刀がキミに届かなかったわけだ」
「なっ!?」
ライの体の秘密を聞いた出水は、目の前にいながらその事実に驚愕する。
そして、それは至近距離でライの全身を見たことで納得することとなる。
彼の腰部分、否、それだけではない。先ほど足でシャオを蹴り上げたその部分にも、刃の形状をした歪なものが確かにあったのだ。
「僕の能力は全身を刃に形状変異させる力」
「――――」
「全身刃物として扱うことができるこの能力。死角なんてあると思わない方がいいよ、ズタズタに切り裂いてあげる」
自身の能力を躊躇いもなくそう言葉にして明らかにするライに、シャオは右手に握る青龍刀に力を込めた。
そして、強く振り抜いてライの体ごと前へと吹き飛ばした。
「行ってください! 出水さん!」
「っ!」
もはや、出水達にはここに残る選択肢なんてものはない。
しかし、シャオを置き去りにすることをできかねていた出水は、数瞬の間、躊躇ってしまったのだが、
「行くぞ、キミ達!」
その時、すぐに行動を移したのはアメリカ軍の兵士であるポークセンだった。
彼は出水と琴音の手を掴むと、すぐにでもここから立ち去ろうと足を動かす。
「ま、待ってくれ! まだシャオが!」
「あんな化け物相手にキミに何が出来る!? いいから来るんだ!」
言われるがまま、手を引かれて出水達は戦場地帯から離脱していく。
遠くなっていくシャオの背中を見て、出水は顔だけをシャオの方へと向けて、
「シャオ!」
「後でまた会いましょう、出水さん」
出水の心配など無用な様子で、シャオは振り返らないままそう告げていった。




