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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase2 第二十話 『精神が壊れた者』

「さあ、今ならモルフはいません。行きましょう」


「おう」


「ええ」


 深夜三時の時間帯、休憩地点としていたバーから外へと出たシャオと出水、琴音の三人は移動を開始していた。

 一旦の目的は出水と琴音の帰る場所であるサウスカロライナ州の一端にあるとある場所、そこへ向かえば、仲間達がいる筈であり、出水達のこれからを決める上でも重要になる。

 シャオはただ出水達についていくと言うだけで、特に行き先は決めていないと言っていた。

 出水達についていけば、シャオの姉に近づけると本人はそう言っているが、どこまでが真意かは出水にも図りかねる状況だ。


 ともあれ、どちらにせよシャオの存在は出水達にとっては強力な武器にもなる。


「まずは移動手段が欲しいとこだよな。徒歩で歩くにしても、俺の体が保たねえ」


「そうね。シャオ、それでもいい?」


「問題ありませんよ。こんな状況です、車なんてそこいらにたくさんありますから大丈夫でしょう」


 移動手段に車を使うことに関して、シャオは異論を挟むこともなく、すんなり了承してくれた。

 この大惨事の状況下、私用の車なんてものはそのほとんどが乗り捨てられているのが普通だ。

 実際、使えるかどうかも分からないが、窓ガラスが割れたものや、壁に衝突して全損に近い状態の車はそこら中にある。

 その辺りは使えないだろうが、それでも探し続ければいつかは見つかるだろう。


「んー、それにしても外の空気は美味しいですねえ。僕、室内はあまり好きじゃないんですよ」


「こんな状況で良くそんな呑気でいられるな……俺はいつどこでモルフが襲ってくるかで落ち着いてられねえよ」


「ずっと気を張っている方が疲れますからね。僕がいれば大抵のことは解決するんですから、安心して下さい」


「そりゃ心強いことで……」


 周囲にモルフがいないとはいえ、この暗さだ。いつ、どこから襲いかかってくるかもしれないこの状況で、逆に落ち着けと言われる方が無理があるだろう。

 しかし、シャオがそこまで言うからには、出水と琴音の安全は保証するということだろう。

 どちらにせよ、戦闘はシャオに任せるつもりではあったが、


「そういえばあなたの武器ってその二つの物騒な剣なの? もし拳銃とか持ってるんなら、貸して欲しいんだけど」


「いえ、残念ながら琴音さん。僕は銃火器は基本使わないんですよ。持っているのは見て分かる通り、この二本の青龍刀と……三節棍やらなんやら身に隠し持っていたりはしますが、それくらいです。基本は対接近戦で使うものばかりなんですよ」


「まだ武器持ってんのかよ。よくそれで動き回れるな」


 銃があれば、それを護身用として出水や琴音も戦うことができるのだが、どうやら持ち合わせていないようだった。

 出水自身、琴音が聞くまではシャオが他にも武器を持っているなんて知りもしなかったのだが、よくもそんな持ち合わせているものだった。


「僕が中国の元特殊工作員だったってことは聞いているでしょう? ありとあらゆる武芸は身につけています。最悪全部失っても拳法もありますしね」


「お前を敵に回したら一秒も保たねえだろうな」


「ははっ、面白いジョークを言いますね、出水さん。僕があなた達の敵になることはないですよ」


 皮肉を込めて言ったつもりだったのだが、シャオからすればジョークを言われた気だったのだろう。

 実際、出水が万全の状態で、武器も持って戦うという条件下の中だったとしても、シャオと命の獲り合いをすれば勝てるかは怪しいところだ。

 中国側の人間だったとして、その人間を傍に置いておくというリスクは出水には計り知れない。

 あるいは嘘を吐いて、情報を聞き出そうとしている可能性もあるので、心の底からシャオを信用しきっていたわけではないのだが、


「――今はそれでいいです。僕のこと、信用はしなくても」


「え?」


「分かりますよ、出水さんが考えていることは。僕のことはただの護衛程度に思っていただいて結構なんです。信用なんてものは生きる上で邪魔なもの。僕自身、嘘こそ吐いてはいないですが、そんな証明は出来ないですからね。なので、行動でしっかりと示していきます」


「――――」


 出水の心の内を見透かして、シャオはそう言い切った。

 隠しきっていたつもりなのが、シャオには通用しなかったということだ。

 だからこそ、シャオはあえて信用するなとそう言った。出水の行動に迷いが出ないようにと――そういう意味でだ。


「……なら、そうさせてもらうよ。都合の良い扱いをさせて悪いな」


「ノープログレムです! ええっと、使い方合ってますよね? あまり英語は分からないんで」


「ははっ、俺もだよ」


 今まで気を張り詰めていた出水も、シャオと腹を割って話したことで少しだけ解放された。

 今更、色んなことを考えたところで答えなんて出やしない。

 そう考えてみれば、意外と気楽になれるものだと、改めて気持ちを立て直すことが出来た。


 しかし、出水の立て直した気持ちは、すぐにでも打ち砕かれそうになる。


「待って! モルフがいるわ!」


 琴音がそう言って指を差した方向を見ると、そこにはこちらへと向かって走り向かってくる異形の存在、『レベル2モルフ』の群れが出水達へと迫ってきていた。

 数は数十体、走れる感染段階である以上、逃げることはできない。


「っ、シャオ!」


「はいはい、出番ですねー」


 声を掛けられ、シャオは背中に掛けた二本の青龍刀を構える。

 その構えには一切の隙さえ見当たらず、目の前にいたモルフ達へと刃先を向けた。


「じゃあ、僕の力をまずは見せて差し上げましょうか。いきますよっ!!」


「うおっ!」


 前傾姿勢に入り、そこからトップスピードに乗ったシャオはモルフの群れへと突っ込んでいく。

 いきなり戦闘に入ったことで驚いた出水だが、驚いたのはそこには留まらない。


「ふっ!」


 お互いに走り向かい、距離が一気に縮まるその瞬間だった。

 シャオは体勢を低くした状態で、腕だけは高く振り上げた状態で青龍刀を横薙ぎに振る。

 そうしたことで、切れ味の高い青龍刀はモルフの頭と胴体を生き別れにさせた。


「――しっ!」


 しかし、シャオはそこで止まらない。

 シャオへと噛みつこうと手を伸ばしてくるモルフに対して、シャオは左右にステップを入れながら後ろに下がることもなく、回転して青龍刀を振り回していく。


 まるで、流麗なダンスを踊っているかのように、そう見せつけられているような気分だった。

 しかし、その動きには一切の無駄がなく、シャオへと迫ってきていた『レベル2モルフ』はその全てが弱点である頭と胴体を切り離されたことによって死んでいった。


「まぁ、こんなもんですかね。思ったより早く片がつきましたが」


「……返り血も浴びないって、すごい技術だな」


「ええ、銃を普段から扱う方には縁が無いかもですが、奴らに対して接近戦は危険ですからね。万が一、返り血が口の中にでも入れば感染してしまうでしょう? その対策ですよ」


「分かってでも出来ないわよ、そんなこと」


 琴音の意見には出水も同感だった。

 確かに、モルフ相手に接近戦はあまり良い意味を持たない。

 返り血が少しでも体内に入れば、たとえモルフを倒せたとしても死が確定するのだ。

 だとしても、それを浴びない為に対処して制圧するなんて、普通はできないものなのだが、シャオはそれをやり遂げた。

 これだけ見ても、シャオの戦闘能力が常人を遥かにずば抜けていることは見て取れる。


「ええ、……ところで、今戦ってみて考えてみたんですが、一つだけよろしいですか?」


「なんだよ?」


 特に意見こそしなかったシャオは、何か考えがあるように出水達へとあることを打ち明ける。


「車での移動なんですが、やっぱりやめておきませんか?」


「――何かあるのか?」


「ええ、今戦ってみて気づきました。この状況では車での移動は徒歩よりもリスクが高そうです」


「リスクが高い? どうしてだよ、移動が楽になるだろ?」


「出水さん、モルフの脅威っていうのは、あなたから見てどのように認識されていますか?」


 質問に質問で返されて、出水は戸惑う。

 シャオの嫌らしいところは、自身の意見を結論から話そうとしないところだ。

 とはいえ、そこに何か意味があるのならばと、少し考えてみた出水はこう言葉に表す。


「そりゃ……数の暴力だろ。――あ」


「気づきましたか、それなんですよ」


「ちょっとちょっと、何を二人で納得してんの。私にも説明して」


 数の暴力と口に出して、何かに気づいた出水。琴音だけが何のことか理解出来ていない様子で、問い詰めてきたのだが、答えは簡単だった。


「そうか、もしさっきの数よりも多いモルフが車で移動中の俺達に襲いかかってきたらシャオも俺達を守り切ることができない。そういうことだな?」


「そういうことです」


 まんま、肯定でそう返したシャオに、出水は頭を悩ませた。

 これでは、当初の目的でもあったサウスカロライナ州へ向かうという名目はハナから断たれたと同義だった。


「どうするの? 出水……」


「――――」


 違う。こんな絶望、俺は今までに何度も経験してきたはずだ。

 今更移動手段がないからといって、足を止める理由にはならない。

 考えるんだ。今の俺達に出来ることを、やれることを。

 日本でモルフテロが起きた時も、俺達は生き残ってきた。

 戦龍リンドブルムなんて化け物と戦うなんて無謀なこともやってきた。


 そして、約束したんだ。

 由依に……、俺が生きる限りは、必ずこの世界で足掻き続けてやると。


「……州軍はもう動き始めている筈。この近辺も、その対象になっていてもおかしくはない」


 二人の顔も見ないままに、出水は頭の中で思い浮かべたことをただ言葉にして口に出していく。


「なら、俺達はアメリカ軍と合流することを目的にした方が生存率が高い。上手くいけば、皆のところへ共に避難誘導してくれるかもしれない」


「――ふっ」


 出水の案に、確実性なんてものはない。

 だが、その案を聞いたシャオは薄く笑った。


「やはりあなたは面白い。こんな状況でも、あなたは諦めないようだ。やはり、ついていくと決めて正解でしたよ」


「いいのか? 軍と合流するなんて、お前からしたら問題があるとか言って拒みそうな気はしたんだが……」


「僕の目的は始めにも話した通り、姉さんの所在を知りたいだけです。その為に、出水さんについていけば何か手がかりを得られるかもという僕自身の直感を疑うつもりはありません」


 自身の立場的にも、危うくなるリスクを無視してまでシャオは出水についていくとそう公言した。

 彼ならば、たとえ一人になったとしても十分に姉の行方を探しに向かえる筈だ。

 それでも出水と行動を共にするというその固い意志も含めて、彼の直感とやらはとても崇高なものだ。


 とまあ、そんな冗談は置いておいてだ。


「にしても、やっぱり生存者らしき人間は見当たらないな。全員感染したのか?」


「僕みたいに戦える人間はそうはいませんからね。ウイルステロが起きた初日目の悲惨さ、聞きます?」


「いらねえ……」


 屋内にいたシャオは、そのウイルステロの感染からは上手く凌いだ立場だ。

 その間、眠りこけていた出水とは違って、街中の混沌とした惨状は目に焼き付けてきたのだろう。


「じゃあ、私が聞くわ。どうだったの、シャオ?」


「よく聞けるな……」


「何か情報が得られるかもでしょ」


「ははっ、琴音さんは頼もしいですね」


 人影の無い、狭い路地の上を歩きながら、シャオは初日の状況について語り始めた。


「僕も含めてですが、外がモルフ感染者で賑わっていたその時点でも、生存者はかなりいました。そりゃそうでしょう、空気感染とはいえ、屋内にいた人間はその対象にはならなかったわけですからね。ですが、生き残った人間は運が良かったのか……それはあの光景を見たらそうは思えなかったですね」


 シャオが語るは、同時多発的に発生したモルフ感染者が人を襲い出し始めた瞬間のことだった。

 彼自身、身を守る手段こそあれども、周囲の人間達が襲われる瞬間は何度も見てきたということだろう。


「どこへ逃げても奴らは追いかけてくる。階段を駆け登っても、ドアを閉めても、ベッドの下に隠れようとも、聞こえてきたのは悲鳴ばかりでした」


 それは、出水も日本で見てきた惨状だった。

 モルフ感染者の恐ろしさは、同じ人間の姿をしていながら、底なしの体力で獲物を追い詰めようとする特性だ。

 ことこれが、日本とアメリカという国が違っていたとしても、同じことが起きるということだった。


「まあ……人間の心は脆いものですからね。精神の壊れた人達もたくさんいらっしゃいました。実の子どもを身代わりにする母親も、仲の良かった友人を盾にするような男の人も、片や――」


「シャオ」


 話し始めれば、口が止まらないシャオに対し、出水は間を切って割り込む。


「それ以上はもういい。琴音も……いいな?」


「……ええ」


「シャオ、聞いといて悪かったけど、その話は後にしよう。琴音に対してはそれは……毒だ」


「毒……ですか。それは確かに気が回らなかったですね。気をつけます」


 当時の地獄絵図な状況の話をされても、今の出水達にとっては何の利得にもならない。

 むしろ、心を擦り減らせられる要因にもなりかねない為、毒となることを出水は解釈した。


「先へ進めば、同じような状況に遭遇するかもしれない。そうなったら、助け出すだけだ」


 シャオの言う、混沌とした状況を目の当たりにするのは、この先へ進めば起きてもおかしくはない現状の中、出水はそれでも救い出すことを決意した。

 踏みしめる脚は重く、軋む体はそんなことを可能にできるとは思えない。

 それでも、言葉に出すことで決意を鈍らせないようにした出水の胆力は中々のものと言えるだろう。


「無謀だろうと何だろうと知ったことか。行こう」


「ええ」


「はい」


 出水の意見には何も言わず、二人は二つ返事で了承した。

 そして、彼らは目的地もなくして歩き出していく。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 音を消して、気配を完全に消して、出水達は街灯が点いた街の中を歩いていく。

 いくら戦闘要員であるシャオがいるからといって、戦闘は出来る限り避けておきたいと考えたのは出水の発案だ。

 数時間は歩いた今、それでも生きた人間の気配はどこにも感じられなかった。


 しかし、変化は突然、そこで起きる。


「……ねえ、何か銃声音が聞こえない?」


「いや、俺には聞こえないが、シャオはどうだ?」


「僕にも聞こえないですね」


 よほど遠くから聞こえているのか、出水達が耳を澄ましても聞こえてこない銃声音とやらは、どこから轟いているものか、琴音は目を閉じて耳を澄まそうとした。


「――そうか。琴音には聞こえているんだな」


「というと?」


「シャオは知らないだろうけど、琴音は聴力が異常に発達しているんだ。だから、近くにいるモルフの位置も判別できている」


「……なるほど。それで、最初の僕の戦闘時に一番に琴音さんが気づいたわけだ。凄いですね、僕でさえ、聴覚訓練は受けているのに僕を上回るなんて」


 そこは当然だろう。琴音の異常聴力は先天性のものではない。あくまでモルフの力、琴音から聞くには『M5.16薬』なるものを投与されたから身に付いた能力だった。

 それを口に出さないのは、出水自身、まだ琴音の身体的事情についてシャオに伏せていることに繋がるのだが。


「――ここから西に四百メートル先。どうする?」


 琴音から正確な位置を出されたことによって、出水は琴音と目を合わせた。


 恐らくは、その場所で戦闘が行われており、銃声音が鳴っているということは生存者、もしくはアメリカ軍がそこにいるということだろう。

 ならば、選択肢は一つしかない。


「行くぞ、生存者の扱いで保護してもらいにいこう。そうすれば、道が開けるかもしれない」


 当初の予定通り、出水達はアメリカ軍を探し、そこと合流するという前提通りに動くことに変わりない。

 そうして、琴音とシャオは頷いて、三人は西の方向へと歩みを寄せた。


「上手くいけば、これで風間さん達とも合流出来るかもな」


「感染者と間違えられて撃たれるなんてことも考慮してもいいかもですね」


「怖いこと言うなよ……。シャオこそどうなんだ? そんな物騒な武器持ってたら、逆に怪しまれるんじゃないのか?」


「そこは出水さんの手腕でどうにかして下さい。生憎、この国に頼れる人がいないもんですから」


 投げやりにそうは言われたが、シャオのことを上手く説明できるかについては、正直自信はなかった。

 嘘は吐かず、正直に助けてもらったとでも言うしかないだろう。多分、事情聴取のような扱いで一旦、隔離こそされるだろうが、ついてくると言った手前、そこは出水には関係のない話だ。

 変に暴れられても困るが、その辺の部分については上手く釈明してやるしかない。


 そうして、彼らは銃声音が鳴っていたとされる西の方角へと歩いていく。


「本当だ、確かに聞こえてくるな」


 目的地へと近づくにつれて、琴音が聞いたとされる銃声音の音は出水の耳にも確かに聞こえてきていた。

 だが、その音はとめどなく今も聞こえてきており、ずっと乱射し続けているかのような激戦を予感させる状況だ。

 それほど、大量のモルフと戦闘を繰り広げているのかと、緊張に心が包まれる感覚にもなったのだが、足は止められない。

 出水達にとっては、軍と合流することは最後の生命線にもなりうる。

 ここで失敗だけはなんとしてでも避けようと、避難民らしく振る舞い方を考えていたところだったのだが、それは戦場地帯へと近づいた瞬間、一気に考えを失うことになる。


「……え?」


 そこには、確かにアメリカ軍らしき身を隊服に包んだ者達が、小銃を持って今も銃弾を撃ち尽くしていた。

 しかし、それよりも驚いたのは、地面に横たわる人間達だ。

 アメリカの軍人らしき人間達が、無造作に地面に倒れており、死んでいたのだ。

 残っているのはたったの数名、その相手をしていたのは――。


「あはあはっ! もっともっと遊ぼうよ!」


 アメリカ軍が相手にしていたのは、年端もいかない子どもだった。

 手入れもされていないボサボサとした白髪をした少年がその両手にナイフを持ち、アメリカ軍の銃撃を躱しながら楽しげに笑っている。


「な、なんなんだ?」


「――――」


 驚くのは無理はなかった。モルフを相手にしているわけでもなく、アメリカ軍が相手にしているのは生きた人間だったのだ。

 一体、何が起こってそんなことになったのか、固まっていた出水達を見つけた一人の軍人がこちらへと走り寄ってくる。


「キミ達! ここは危ない! 早く去るんだ!」


「お、俺達、生存者で……」


「――っ、いいから早くここから離れろ! ここにいれば死ぬぞ!」


 何を言っているのか、出水には分からない。

 助けてもらおうとここまできて、陸上戦においては出水なんかよりも経験の高い軍人が、なぜこうも言わしめているのか。

 あの子どもは一体何なのか? 聞きたいことは山ほどに膨れ上がる。


「あはは……あー、死んじゃった……。死ぬなよぉ……」


「――っ!」


 そうこうしている間に、少年へと銃撃をしていた兵士は、いつの間にか少年へと間合いを詰められ、その喉元をナイフで掻っ切られてしまった。

 そして、残ったのは出水と話していた兵士一人のみとなる。


「く、くそ……」


 頼れる人間は目の前にいる一人の兵士のみ。しかし、狼狽えている現状から見ても、それは絶望的に近い状況を示唆していた。


「私が時間を稼ぐ。キミ達は早く逃げるんだ」


「ま、待って下さい。あいつは一体……」


「このアメリカ全土で、人を殺し回っている謎の集団がいる。その一人がこの少年だ。しかし、銃を持った仲間達はなすすべなくこの少年に殺されてしまったんだ。何者かどうか聞きたいのはこちらの方だよ」


 たった一人の少年へと向けて、そう悍ましげに説明する兵士の男は拳銃を向けた。

 しかし、白髪の少年は向けられた銃口に臆することもなく、ニタニタと笑みを浮かべながらこちらへと歩いてきていた。

 一体、どちらが追い詰められているのか、出水達から見ても、それはこちら側だということは肌で感じ取っていた。


 全身に纏わりつく粘着とした薄気味悪い殺気。それが、ここに来てからずっと全身を覆い尽くしていたのだ。

 この少年が只者ではないこと。それを理解しながら、逃げるか戦うか、心の中で葛藤していたその時、


「あ、ぁぁぁあああっっ!!」


「んー?」


「マーチェス!」


 地面に倒れていた一人のアメリカ軍の兵士が立ち上がり、少年へと向けて背中から抱きつくようにして羽交い締めする。

 その片目は抉られたかのように失っており、残る片目だけを少年へと向けて力の限り締め上げようとしていた。


「ポークセン! 俺ごと撃て!」


「っ!」


「邪魔だよ」


 自分ごと、この少年を撃ち殺せとそう言うマーチェスに対し、ポークセンは引き金を引くことを躊躇った。

 躊躇いがなければ、きっと当たっていたのかもしれない。

 その数瞬の間が、少年に時間を与えてしまった。


「がっ!?」


 マーチェスのの背中から飛び出たのは血塗れとなった少年の左手だった。

 あろうことか、少年はマーチェスの腹部をその手で貫き、背中へと貫通させたのだ。


「壊れたおもちゃに興味はないんだぁ。さよなら」


「ぐ……がっ……。ポークセン……早く……撃て……っ!」


「マーチェス……ッ!」


 命を賭してそれでも羽交い締めの力を緩めないマーチェスに、今度はポークセンも迷っていられなかった。

 少年へと向けて向けられた銃口。その照準を緩めないままに、ポークセンは引き金を引こうとしたその瞬間であった。


「ウザいなぁ、早く死ね死ね」


 その時、何が原因でそれが起きたのか、この場にいた者達の全員が理解出来なかった。

 少年へと掴みかかっていたマーチェスのその全身が、まるで内側から爆発したかのように爆ぜたのだ。


「なっ!?」


「い、いや……なんなのよあれ……?」


 夥しい量の血が少年の周囲へと撒き散らかせられ、それでも少年は笑みを崩さない。

 何かの要因でマーチェスは死んでしまったことはわかる。しかし、これだけの酷い真似をして、平気な面をしているこの少年の異常さに、出水と琴音は心の底から恐怖した。


「怖い? 大丈夫、僕がお兄さん達を優しく切り刻んであげるから安心してよ」


「――お前は一体何者なんだ?」


 とんでもない発言をする少年に対し、出水は何者かと問いかけた。

 会話で持ってどうにかなる状況ではない。しかし、その問いかけに対して、白髪の少年は足を止めた。


 そして、


「レベル5モルフ」


 そして、


「僕の名はライ・カルシュタイン」


 そして――。


「死なない体を手に入れたこの力。お兄さん達が最後の実験体だね。簡単に壊れないよう期待してるね」


 全く予想もつかなかった返答を、この少年は出水達へと向けて告げ、両手に握られたナイフの刃先をこちらへと向けた。



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