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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
167/237

Phase2 第十九話 『レベルモルフ』

修正に修正を重ねてようやく投稿できます。

「見た限りだと三十人前後だが……いや、まだいるな」


 リアムの視界前方を埋め尽くすようにして散らばる黒い隊服を着た特殊部隊達は、総じてリアムへと向けて小銃を構えている。

 今にも撃ち出しそうなそんな状況だが、リアムは既に動ける体勢を整えていた。

 相手もまだ撃たないのは、そう簡単に当たらないことを分かっているからだろう。

 リアムが動くとすれば、連中が引き金を引こうとするその瞬間だ。

 リアムは集中して、そのタイミングを掴もうとしていたのだが、


「――っ!?」


 全身を包む強い悪寒。それは、ここにいれば死ぬという直感的予測だった。

 その瞬間、地上ではない真上から銃撃音が鳴り響き、リアムは咄嗟に後ろへと飛んだ。


「ドローンかっ!」


 リアムへと銃撃を開始したのは人間ではない。

 無人のドローン機が空を三機飛んでおり、そこからリアムへと向けて無数の弾丸を飛ばしてきたのだ。


 間一髪で避け切り、常人離れした超スピードで動くリアム。しかし、その隙に特殊部隊をまとめているらしき男が手を振り下げると、


「そうきたか!」


 ドローンからの地上攻撃に手一杯のリアムへと向けて、地上にいた特殊部隊の面々が小銃の引き金を引いて、銃弾を連射する。

 これだけでも、避け切るのは至難の業だったリアムだが、『レベル5モルフ』の力は侮れない。

 とんでもない高速スピードで銃弾を躱し、ただの一発も掠ることもなく、リアムは地上を駆け抜ける。


「FIRE!!」


「っ、ちぃっ!」


 だが、それは特殊部隊側も想定済みのこと。銃弾を躱すことに精一杯で近づくことさえ出来ないリアムに対して、右翼側にいた特殊部隊の面々がRPGを構えて、一斉に掃射する。

 一斉に放ったことで、とんでもない爆音が都市に鳴り響き、その弾頭がリアムへと向けて放たれる。

 爆発範囲だけで見れば、ここら一帯が吹き飛ぶことと同意であり、リアムも無事では済まない。


 そして、爆発がリアムのいた地帯を轟かせた。


「――――」


 散開した特殊部隊の真ん中に位置する隊長らしき男は一度手を上げた。

 その時、合図を受け取るようにして特殊部隊の隊員達が小銃の構えを止める。

 確実に仕留めたと、そう判断していたわけではない。

 生死の確認もそうなのだが、リアムが死んだという事実が明らかになるまでは、特殊部隊側は気を抜くことはしなかった。


 しかし、これだけ見てもなんたる呆気なさとも言えるだろう。

 たった一人の人間に対して、これほどの武力をぶつけるなど、人類史においても恐らくはこれが初だ。

 それほど、リアムという存在がアメリカにとって脅威と知らしめていたということだろう。


「……くくくく」


 爆炎が巻き起こり、姿が見えないその地帯から、抑えきれない笑い声が聞こえる。

 それが意味することが何なのか、聞いていた者達は瞬時に把握出来ていた。


 ――まだ、リアムは生きている。

 あれほどの弾幕をぶつけて、それでも尚、奴は生きているというのだ。


 しかし、それさえも特殊部隊側は想定済みだった。


「撃てっ!!」


 生きているならば殺すだけのこと。

 今度は、逃げ場さえも許さない。散開していた特殊部隊は小銃を構えて即座に銃弾を連射、空中にいたドローン爆撃機がリアムのいた地帯へと機銃掃射の如く撃ち出し、避けることすら許されない圧倒的な物量でリアムを追い詰めようとする。


 ――が、しかし、


「まずは一体」


 声が聞こえたと同時、空中に飛んでいた一機のドローンが突如爆発し、地上へと落ちていく。

 何が起きたのか、見えていた者達からは明白な事実だった。


「上だ! 空中にいるぞ!」


「判断が遅いな」


 銃弾の弾幕を避ける為に、リアムは一気に空中へと飛んで、一機のドローンを破壊したのだ。

 しかし、気づいてすぐに射線を変えたところでもう遅い。地上へと落ちゆくドローン機の側面を蹴り上げ、二機目のドローンをすかさずリアムは持ち手の剣で真っ二つにした。


「遠隔で動かしているのだろうが、このような動きには即座に対応はできまい。一機まで減らせればこちらも動きやすくなる」


 そう言って、二機目までを破壊したリアムは再び地上へと降り立って、特殊部隊がいる方向へと真っ直ぐに走り向かった。


「ちくしょう! 本当に人間か!?」


「構うな! 撃て!」


 そのとんでもない超人ぶりを見せつけられ、焦る特殊部隊の隊員達。リアムは小銃による連射に臆することなく、二十メートルはあった距離を一瞬で詰め切ると、


「がっ!」


「さぁ、ここからは将棋崩しだ」


 特殊部隊の隊員の一人を、リアムが持つ赤黒い剣が防弾チョッキごと貫通させて串刺しにする。

 たまらず、距離を離す他の隊員達だが、その判断は間違いではない。

 間合いに入られている以上、リアムの速さでもってすればあっという間に命を殺られかねないからだ。


 だが、リアムが相手にしていた特殊部隊は、リアムが考えるよりも覚悟を持った人間達だった。


「俺ごど……撃でぇっ!!」


「ほう」


 串刺しになりながら、盾のような扱いをされる特殊部隊の隊員がそう叫び返し、即座に他の隊員達は躊躇うこともなく小銃をリアムへと向ける。

 そして、流れ弾など気にせずに小銃の引き金を引く特殊部隊達に、リアムは剣を引き抜いて再び超スピードで距離を引き離す。


「どうやら一味違うらしいな。面白い」


 まさか、仲間の生死すら気にも留めずに撃ち出してくるとは、さしものリアムでもそれは想定外であった。

 もし、今の勢いで肉の盾を離さずにいれば、もう二、三人は殺せたのは間違いなかったのだが、それさえも阻止されている。

 つまり、この特殊部隊の本質はただのテロリスト制圧部隊が名目ではなく、


「私を殺す為だけに作った部隊か。考えたな」


 弾丸を躱し、縦横無尽に駆け抜けるリアムに、戦況は停滞していた。

 ただの一発も当たらない銃弾。その状況こそあり得ないものなのだが、お互いにやるべきことは変わらない。

 特殊部隊側の意識としては、とにかくリアムを近づけさせないこと。それにさえ一貫していれば、いずれ体力が尽きる瞬間を袋叩きにできる。

 そう考えているのだろうが――。


「キミ達は知らないだろうが、私は既に能力を使っている。そのことを念頭において、これだけは伝えておいてやろう」


 わざと聞こえるようにリアムは特殊部隊の面々へとそう語りかけて、笑った。

 何が言いたいのか、それは相手には分からないだろう。

 リアムだけが使える『レベル5モルフ』固有の能力。戦闘向きと言われるとそういうわけでもない。

 ただ、リアムがそれを使えば、この戦闘に参加した人間は誰であろうと――。


「もうキミ達は逃げることも許されない。計二百十一人。全員、私が葬ってやろうじゃないか」


 特殊部隊の数を明確に割り出したリアムに、ただ一人、特殊部隊をまとめる隊長格の男はその防護ヘルメットの中の目を見開いていた。

 それは、リアムが言ったこの特殊部隊の総数が間違っていないことを示しており、奴が今も足を止めない理由は一つだった。


「狙撃手がいることも既に把握しているよ。ならば、まずは一つ一つ切り崩していくとしよう」


 リアムが足を止めないのは、止めたその瞬間にスナイパーによる狙撃を狙われるリスクを無くす為でもあった。

 事実、それは間違ってなどいない。この戦場地帯の三百メートル四方のビルの中から、リアムへと照準を合わせている人間が約二十名規模が潜んでいる。

 だから、リアムは足を止めないままにして戦場地帯に散開していた左翼側の数十人はいる方向へと猛スピードで迫り寄ろうとする。


「プランα!!」


「「「了解」」」


 声が飛び交い、左翼側にいた特殊部隊の面々が後ろへと下がっていく。

 それを追い縋るリアムであったが、彼らの動きは間に合っていた。

 特殊部隊達がいた後方にあるビルの中に特殊部隊達が逃げ込み、その屋内でリアムを迎え討とうとしたのだ。


「狭い場所なら私の動きを鈍らせることができると? 甘いな、むしろ追い詰められているのはキミ達の方だ」


 短絡的な作戦だと、そう吐き捨てたリアムは迷わずにビルの中へと突入する。

 そして、分かりきった展開の如く、狭いビルの中で特殊部隊がリアムへと小銃を発砲するが、


「壁や天井があれば、平地よりも動きやすくなることをよく理解していないようだな」


「――くっ!」


 バッタが跳ねるようにして、リアムは縦横無尽に壁や天井を使って跳ね回る。

 その動きに翻弄されながらも、食らいつかんとする特殊部隊のエキスパート達だが、


「遅い」


 天井から一気に超スピードで回転斬りを仕掛けるリアム。その攻撃によって、瞬く間に五人の特殊部隊が首を抉り切られる。


「さぁ、あと八人というところか。数が減っているが大丈夫かな?」


「ナメるな!」


 数が減ろうと、構わずリアムへと撃ち続ける特殊部隊達であったが、状況は何も進展しない。

 再び、縦横無尽に駆け回るリアムには弾丸の一つも掠りもせず、ただ無駄に弾を消費するばかりだ。


「残り二人」


 たったの数秒で、リアムは正確に特殊部隊の首を斬り、完全に絶命させる。

 武装した兵士と違い、リアムが持つのは世代遅れの剣一本のみ。たったそれだけなのに、この戦力差ときたものだ。

 しかし、特殊部隊達がなぜこのビルの中に後退したのか、その目的はリアムの想像とは違っていた。


「何か手があるのかな?」


 動きを止めて、戦意喪失こそしていない残り二人の隊員達を見てリアムは剣を下げる。

 普通、この状況に追い込まれれば絶望する筈だ。

 なのに、彼らの目は死んでいない。

 それは、何かまだ奥の手が残されているものだと、リアムは警戒していたのだが、


「D隊、離脱する」


 無線でそう伝えた一人の隊員がそう言った瞬間だった。

 彼は足元にあったケーブルを足で引っ掛けており、蹴り上げるようにしてそれを引っこ抜く。

 それが意味するものは何か、答えはすぐに明らかになる。


「――なにっ!?」


 反応が遅れてしまったのはどうしようもないことだった。

 リアムに視界に見えたのは、光だった。

 周囲の全てを見えなくする程の光。それが視界を遮った瞬間――リアム達がいたビルが一階から上階にかけて一気に爆発を引き起こし、倒壊する。


 ここまでのことを、自身の命を賭してまで犠牲にする特殊部隊はそうはいない。

 彼らの目的は生きることにあるのではない。ただ任務を達成させるという目的だけだった。

 たとえそれが、自身の死を招くことになろうと、覚悟は既に出来ていた。


 ビルが倒壊し、砂煙が辺りを見えなくさせる。

 外に待機していた特殊部隊達は、ただ待っていたわけではない。既にビル周辺を取り囲むようにして、数百人に渡る特殊部隊員が手持ちの武器を整えている状態だった。

 これだけやって、死なない人間はいない。そうは分かっていても、彼らは手を止めることはない。

 必ず、リアムの生死を確認するまでは、彼らは動きを止めることはなかった。


「――――」


 特殊部隊をまとめる男、ユリーは倒壊したビルの方を注視していた。

 最悪は、隊員を自爆させるという攻撃手段を持った作戦、プランαを使ったことを彼は後悔していない。

 元より、ここにいる部隊員達は皆、同じ想いで戦場へと降り立っている。

 彼らの命を無碍にしない為にも、必ずや作戦を成功に導かせると、そう誓ってきたのだ。


 そして、砂煙が止むその寸前であった。


「……私をここまで追い詰めるとは、さすがだね」


「――っ、構えろ!」


 予想していなかったわけではない。

 ここまでやって生きている可能性については、ユリーも想定はしていた。

 しかし、無傷とは言い難く、生きていたとしても五体満足ではいられない瀕死状態だとそう仮定していたのだ。


 だが、この圧迫感は何だ?

 まるで、追い詰められているのが我々だとそう言いたいのか?


 まだ、リアムは生きている。それは、倒壊したビルの中から聞こえてくる奴の声でも分かることだ。

 すぐさま、隊員達へと戦闘態勢に入るよう促すユリーだったが、


「ここまでやったお礼だ。キミ達にはお返しをしてあげようと考えている。『レベル5モルフ』の身体能力強化、それを今からお見せしよう」


 姿はまだ見えない。しかし、確かにそこにいるはずだ。

 見えた瞬間、一気に特殊武器を使用しながら奴を追い詰める。

 そう考えていた矢先だった。


「がっ!?」


 その時、何故か横合いにいた特殊部隊員から声が漏れた。

 何事かと目で追ったその瞬間だけ、ユリーには見えていた。

 リアムがいつの間にか、こちら側の懐へと近づき、一人の特殊部隊員の胸元を剣で貫いたのを――。


「――う」


「遅い」


 撃てと、そう言いかけた時にはもう遅い。

 僅か一秒にも満たないその時間で、リアムは目では追いきれない速度で次々と左翼側にいた特殊部隊員を葬っていく。


「ジェルグレネード!」


「り、了解!」


 指示を咄嗟に聞いた特殊部隊員は、味方構わずリアムがいた地帯へと擲弾を投げ込む。

 それは、爆発を手段として用いた手榴弾ではない。

 擲弾が地面についた瞬間、パンッと弾ける音を鳴らして、辺り一面に滑倒(かっとう)させる為のジェルがばら撒かれる。

 走ることも許されない、機動力を奪う為のジェルグレネードだったのだが、リアムはそれさえも意に返さず、


「全部、目で追えているんだよ」


 辺り一面にジェルが撒き散らかせられる瞬間、リアムはその場から瞬間移動をするかの如く移動し、さらにもう一人、特殊部隊員の首を切断させていた。


「ドローン部隊! R9X!」


 隊長からの指示からすぐに、遠方から操作していた大型のドローン機がリアムへと向けて大型の筒を発射させる。

 それはただのミサイルなんてものじゃない。放たれたミサイルは弾頭のみが爆発し、その中から無数の回転刃が飛び出す。

 まともに受ければズタズタに肉体を引き裂かれるそれをリアムは、


「見えていると、そう言っている」


 逃げ場などあるはずが無い。それなのに、リアムは回転刃を安易と躱し続けて、無駄のない動きで特殊部隊員達へと攻撃を仕掛け続けていく。

 

 どれだけの小細工を労しようとも、どれだけの最新兵器を使おうともリアムには意味などなかった。

 まるで動きも止められない特殊部隊側は、一秒一秒が過ぎる内にどんどんと数を減らされていく。


「化け物め……」


「ユリー隊長、俺に突撃させて下さい。自爆して時間を稼ぎます」


「無駄だ、奴に何をしたところで全部対処してくる。意味のない無駄死には許可しない」


「ならば……このまま死ぬのを待つだけなのですか?」


 こうして話をしている間にも、リアムは部隊の者達をどんどんと殺していっている。

 なすすべもなければ、逃げることも許されない。

 何か手を打たなければ、あと数分も経たぬ内に部隊は壊滅することは必死だ。


「隊長!」


 そもそも、特殊部隊とは武装した敵を制圧する為に存在するものだ。

 ここにいた計二百余名の隊員達も同様。

 平地部隊が八十名、市街戦要員に八十名、無人ドローン部隊に十四名、狙撃手部隊に二十名、その他を含めても、たった一人の男にぶつけるには余り余った戦力である。

 しかし、そのどれもがこの男には通用しない。

 たとえ対地ミサイルをもってしても、確実に殺せるどうかも怪しいところだ。


 今、リアムを支えているあの動きの要因。それは見た限りでは三つというところ。

 一つは言わずもがな、あの驚異的な身体能力だ。

 二つ目はその動きに対応しうる体幹能力。

 そして三つ目は、あれほどの動きをしながら自由自在に飛び回れる空間認識把握能力だ。


 どれか一つでも奪えれば、恐らくはリアムの動きに何か遅れが出てくるのは間違いないのだが……。


「全員、聞け」


 ユリーは手に持っていた通信機を使い、この戦闘地帯にいる全ての特殊部隊員達へと繋いだ。

 それは、彼が持ち得る最後の作戦を伝える為でもあった。


「今からB部隊は対白兵戦にてリアムを足止め。ドローン部隊と狙撃部隊は待機。それ以外は全員、――を準備しろ。今から作戦を伝える」


 全員が、反論も無しに黙って隊長の言葉を聞く。

 そして、B部隊のメンバーも全員が頷き、リアムへと特攻を仕掛けていった。


 もちろん、軍事格闘術でもってしてもリアムの命には到底届かないことはユリーも判断している。

 B部隊がここで全滅したとしても、残った全員でリアムを殺し切ればそれで構わない。

 そうして、彼は全部隊員達へとある作戦を伝えた。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


『レベル5モルフ』の身体能力強化を使用したリアムは、もはや誰一人目では追い切れることすらできない一方的な戦闘となっていた。

 元より、身体能力強化を使用していない状態でも弾丸の一つも掠らない異常染みた状況だったのが、より凶悪な存在へと成り果ててしまっている。

 赤子の手を捻るかのように、リアムは一人一人、確実に特殊部隊員の命を奪っていく。


 そして、状況に違和感が生じたのはそのすぐだった。


「銃撃を止めて特攻? それは一番愚策という手だろう」


 いつの間にか、リアムへと銃撃を仕掛ける者はあなくなり、代わりにナイフ術や格闘術で攻めてくるようになってきている。

 変化が必要なことは分かる。どれだけ銃撃を繰り返したところで、弾の無駄遣いになることは必至だ。


「だが、この私相手に格闘術は些かナメてはいないかい?」


「うおおおおおおっっ!!」

 

 ナイフを逆手に持ち、リアムの首筋へと斬りかかろうとする特殊部隊員の攻撃を刃先ギリギリで避け切り、リアムは持ち手の剣を振り上げてナイフを持った特殊部隊員の右腕を切断する。


「ぐ、ぁぁぁぁあああっっ!!」


「聞くに耐えないな。痛覚の耐久訓練は受けていないのか?」


 右腕を失い、痛みに叫ぶ特殊部隊員の鳩尾へと蹴りを入れて吹き飛ばす。

 その勢いに、後方にいた他の特殊部隊員の何人かとぶつかった瞬間を狙い定め、リアムは持ち手の剣で三人の腹を一気に串刺しにする。


「キミ達の動きは全てが鈍い。全部がスローモーションに見えるよ。このまま同じ作戦を続けるつもりかな?」


 当初は死ぬ可能性すら考慮していたリアムであったが、いざ戦闘になればそれは期待外れと感じてしまうのも無理はなかった。

 速さでものを言わすならその脚をと、リアムの脚目掛けてレスリングのように突っ込む特殊部隊員もいたのだが、


「蛮勇だな」


 まるでサッカーボールを蹴るかのように、リアムは脚を振り上げただけだった。

 しかし、その蹴りの威力は『レベル5モルフ』の身体能力強化を上乗せした状態でもあり、顔面へと蹴りを受けた特殊部隊員の頭部は風船が割れたかのように爆散する。


 脳味噌が、血が、脳漿が、目の玉が、辺り一面に飛び散ったことで周囲にいた特殊部隊員は動きに躊躇いが生まれる。


「キミ達にはガッカリしたよ。よもや、死なないつもりでここにきたわけでもあるまいのに……」


 生きるか死ぬか、死なないつもりで来たのならば、それは何とも浅ましきことだろうとリアムはそう吐き捨て、剣を振るう。

 リアムへと特攻を仕掛けた部隊員は総勢三十名前後。その八割近くが既に血の海に沈んでいる状態だ。


 このまま接近戦を未だ続けるつもりならば、さっさと片付けて残りを始末しようとそう考えていたリアムだったが、


「うん?」


 視界の中に、何か違和感を感じた。

 格闘術を仕掛けてくる特殊部隊員とは別の、小銃を持って待機していたメンバーの方だ。

 その全員が何かを投げるかのような態勢になっており、リアムはその方向を見る。


「何か仕掛けてくるのか?」


 今更、手榴弾如きでどうにかなるものでもあるまい。

 それは、相手側も十分に理解している事実であろうが、特殊部隊員達は迷わずにその擲弾をこちらへと投げつけてきた。


 そして、リアムの視界は一気に煙の中へと消えていくことになる。


「煙幕……? 毒ガスか? いや……これは――」


 あらゆる可能性を想定した。化学兵器とする毒ガスならば息を止めればいい。

 目を腐らせる腐食性ガスを使用してきたのならば、効果が現れるまでに範囲外へと逃げ切るだけだ。

 しかし、これはそんな単純なものとは思えなかった。

 そう、答えを出し兼ねていた時だった。


「――ぐっ!?」


 リアムの肩に、突然として熱い感覚が込み上げてきた。

 そして、それに気づいた刹那の後に、脚や腹部へと、同様の感覚がリアムへと押しかかってくる。

 その後に押し寄せてきた感覚は、強烈な痛みそのものだった。


「そういう……ことかっ!」


 肩や脚、リアムの腹部へと突き刺さる強烈な痛みの正体、それは弾丸だった。

 あろうことか、今までただの一つも当たらなかった小銃の弾丸が、予測不可能な角度から襲いかかってきたのだ。


 特殊部隊側が今やっていること、それは――。


「奴らもこちらの位置が把握出来ていない……見えないことを利用して乱射しまくっているのか!」


 リアムの位置も、特殊部隊側の位置も、お互いに見えていない条件を作り出し、特殊部隊側は煙幕の中へととにかく小銃で撃ち込むことによって、攻撃を仕掛けてきているのだ。

 確かにこれならば、リアムでさえも避けるという動作が出来ない。実際、当たっているのは数発だけだが、それは特殊部隊側がリアムの位置に当たりをつけられていないからだ。

 ――それでも当たった。特殊部隊側が一番に欲しかった変化が今、リアムの形勢を逆転しようとしていたのだ。


「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!」


 隊長の声を聞いて、部隊員達は小銃の引き金を引き続ける。

 集中砲火とは正にこの状態を指すと言ってもいいだろう。それほどに、ユリーが立てた作戦は上手く機能していた。

 ここで殺し切る。逆に殺し切れなければ、弱ったところを追い討ちして確実に殺す。

 命を賭して死んでいった部隊員達の覚悟を踏み躙らない為にも、必ずリアムをここで殺す。


 その一方的な集中砲火は、約十数秒程だっただろうか。

 次第にスモークグレネードの煙幕が晴れていき、見えなかった地帯が露わになっていく。


「――――」


 最初はただただ注視していた。

 これで一発も当たらず、その場にいなかったなんてことになれば、ユリーにはもう代案なんてものはない。

 それこそ、突撃自爆という最悪の手を使ってでも殺すしかないとそう考えていたぐらいだったのだが、その考えは煙幕が晴れ上がったその瞬間に霧散した。


 そこにいたのは、膝を突き、全身から血を垂れ流したリアムの姿だった。

 透き通るような銀髪は血に濡れ、着ていた服はボロボロに破れており、満身創痍の様子だった。


「……A部隊、構えろ」


 ここでユリーは勝利を確信した。

 待機させていたA部隊の隊員達八名へと、リアムへ向けて撃つよう指示を出して、それに従う。

 あとは、ユリーが手を振り下げれば、全てが終わる。

 この事態を引き起こした元凶、その男を殺すという任務も、これで達成される。


「――?」


 それまで、ただの一人もここからのリアムの形勢逆転なんてものは考えてなどいなかった。

 そんなことは当たり前だ。たとえ、笠井修二であろうと、出水陽介であろうと、神田慶次であろうと、桐生大我であろうと、この状況を目の当たりにすれば誰であろうとリアムが死ぬことを予感していた筈だ。


 そして、その瞬間、突如としてだった。


 この地帯一帯に通っていた風。それがピタリと止んで、完全に音が消えて無くなる。


「レベル……モルフ」


 そこから先に起きたことは、一瞬のことだった。


 大地が、空が、何もかもが反転する。

 特殊部隊とリアムがいた地帯が、ハリケーンが発生したかのように暴風が吹き上げて、そこにいた者達全員が呑み込まれていった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「――っ、がはっ!!」


 意識が揺らぐ。しかし、確かに意識を取り戻したその瞬間、ユリーは喉の奥に溜まっていた血の塊を吐いた。

 全身が痛む。腕と脚、恐らくは両方とも折れてしまったのだろう。まるで動くことさえ出来ない。


「な……なにが……」


 あの後、何が起こったのか、それはユリーでさえも分からなかった。

 分かることは、突然の暴風がユリーを含む特殊部隊員達へと襲い掛かり、それに巻き込まれてしまったということ。

 他に意識の無い倒れた隊員達の姿を見るに、生き残ったのは遠方に隠れ潜んでいた狙撃部隊のみだろう。


 だが、それでも……一体どうして……?


「キミ達では分からないだろう」


「――っ!?」


「分かる筈もないさ。キミ達は進化の道を諦め、自ら退化の道へと進んだ。そして、滅亡への道もな」


 後ろから聞こえる、聞き慣れたあの声色。

 どうして……どうして生きている?

 いや、生きていたとして、この夥しく全身に針を突き刺されたかのようなこの殺気は何だ?


 どう見ても、重傷人が出せるようなものなんかじゃない。


「この姿を人間に見せたのは、キミが初めてだよ。そして……この私を怒らせたのも同じくしてね」


 特殊部隊の一員となり、ユリーは様々な訓練を経験してきた。

 あらゆる地獄だって経験してきた。その経験があるからこそ、ユリーは恐怖という感情が希薄になっていた。その筈だった。


「お……お前は……」


 しかし、今この体に起きている震えは何だ?

 この男は、いや、これは一体何だ?

 こんな生物が、この世に存在するのか?


「ああ、するさ。キミ達旧人種には知り得ない、モルフの到達点だからね」


 そして、ユリーは抵抗する余力もなく、無惨にその五体をバラバラに切り裂けられ、一瞬にして意識が途絶えることとなった。



 

 ユリーが最後に見たリアムの姿。死ぬその間際に感じたその所感とは正しく、一言で表すならば、こうだった。


 ――蝶、と。



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