Phase2 第十六話 『最後の関門』
「さてと……そろそろいいかな」
密室空間であるエレベーターの中、約五分ほどの休憩を取った出水は、落ち着いた様子でそう言った。
先ほどまで、命まで危うい場面に立ち会った状況だった。それは、心身を疲弊させるには十分すぎるものとなっていたのだが、切り替えは早かった。
「琴音、もういけるか?」
「うん、いつでも」
「無理すんなよ。この中なら誰も襲いにはこねえ訳だしな」
エレベーターの中にさえいれば、この病院内の化け物は襲いかかってくることはまずない。
それこそ、上へ下へと昇り降りする為のボタンさえ押されなければという意味なのだが、知能の無い化け物にそんなことをするのは不可能に近い。
だからこそ、万全の体調で臨むことが大事とされる局面ではあったのだが、両者共にその点は問題なさそうな様子だった。
「一階までいけばあとは出口を目指すだけ……。あとはどんな化け物が登場してくるか、だな」
「いないことを祈るわ。一階まで降りたら、私も気配を察知できるし」
「んじゃ、まあ早速ポチッとなっと」
善は急げと、出水は一階のボタンを押す。
そして、それまで動くことはなかったエレベーターが下へと降り出す。
三階と二階。この二つの階層をどうにか乗り越えた出水達は、妙な自信さえついていた。
あとは出口を目指すだけ。階段を降りるよりも、選択肢がまだ多い最後の関門はきっと楽なものだと、そう考えていたのだが、
「……待って、嘘でしょ?」
「ん、どうした? 琴音」
「何……この数? たくさん……いる!」
「っ」
一階へエレベーターが降り切ったところで、琴音は冷や汗を浮かべてそう答えた。
その焦りの意味は、琴音の異常聴力が一階にいる化け物の気配を察知したからに違いない。
具体的な数字を出さない理由、それは数え切れる数ではなかったということが聞かなくても分かるものだった。
「すぐ近くに二体。その近くにまだ何体かいる。ど、どうする? 出水」
ドアが開く直前、琴音は最も重要な現状だけを伝えて出水に確認を取ろうとする。
今からエレベーターのドアが開いてしまえば、すぐに閉めることはもちろん可能だ。
しかし、二階へもう一度舞い戻ろうとして、あの血塗れの怪物が待ち構えている可能性を考えれば、戻るなんて選択肢は選べない。もちろん、それは三階も同じだ。
もう、戻るなんて選択肢を選べない以上、ここでどうにかするしかない。
「――ぁ」
考えている間に、エレベーターのドアは開いていく。
そして、その直後、すぐだった。
エレベーターの目の前には、あのブリッジ体勢の気味が悪い化け物がいて――。
「――っ!」
たまらず、ドアを閉めるボタンを押す出水。開いて、すぐに閉まろうとするエレベーターのドアだったが、目の前の化け物はそれに気づくまでもなく、ただドアだけが閉まって、再び密室空間に閉じ込められる二人。
状況は、最悪と言っていいほどであった。
「クソッ! ここまできてそれかよ……」
「危なかった……。運良くバレてなかったね」
「でも、動けないのは事実だ。あの変態野郎の側を通り過ぎるなんて出来ないぞ」
一階も、二階も三階も出水達には降りる選択肢がない。
戦うことが出来ない以上、出水達に出来ることはただ隠密に動くことだけ。唯一の希望を失ったことで、気分がどん底まで下がった出水だったが、琴音はここであることを提案する。
「ねえ、地下一階にも降りられるんだよね? このエレベーター」
「あ?」
「遠回りだけど、今出来ることはそれしかないわ。それに、地下なら今みたいな状況は避けられるかもしれない」
「……どうしてそう思ったんだ?」
理屈が分からない出水は、琴音にその理由を尋ねる。
最も、ここまできて遠回りという現状を受け止めきれない自分がいたのだが、琴音は真剣な顔つきで出水の方を見ると、
「地下には窓も何もない。階段を使って降りでもしなければ、目の前で出くわすことなんてない筈よ」
「…………」
「化け物の数が少ない地下なら、一階へ上がる道はたくさんある。それなら――」
「まだここから出られる可能性があるってことか」
地下なら、感染者がいる可能性は十分に低いと考えられる。
それは、空気感染という推測が正しければという前提に基づくもの。
しかし、出水もその推測はまず間違いないものと見ている。噛まれてもいなければ、あんな数の化け物が二階三階と存在する筈がないからだ。
「信じるぜ、琴音」
「信じて反対のことが起きたらそれはごめんなさいね」
「気にしねえよ……十分だ」
たとえ、琴音の推測が外れようとも、出水は琴音を恨むことはしない。
どちらにしても、出水達には選択肢は他に残されていないのだ。
ならば、あとはやるかやらないかのどちらかに絞られる。
「行こう、最後の関門だ。ここまで来たらやるしかねえよ」
「ええ」
琴音の提案通り、出水は地下一階へと降りる為のボタンを押す。
そして、エレベーターは目的地から離れるようにして一階から下へと降下していく。
「――――」
ドアが開いた瞬間、そこにモルフがいればお終いだ。
どうかいないでくれと、そう祈りながら、エレベーターが地下一階に止まった時であった。
「……大丈夫、いない」
「ほ、ほんとか?」
「こんな状況で嘘なんか吐かないわよ。ほら、開くよ」
琴音が気配がないことを伝えた直後、エレベーターのドアはゆっくりと開き、その全貌が明らかになる。
「……いない」
ホッと、心に安心感が生まれて、出水は息を吐く。
まだ何かを成し遂げたわけではない。そうは分かってはいても、最初が肝心であることに気は抜けなかった。
とりあえず、全くの八方塞がりではないことを目の前の状況が教えてくれたことで、出水はすぐにエレベーターから出ようとする。
「……本当にいないんだよな?」
「いないってば」
「本当の本当に?」
「あんた……そろそろいい加減にしないとぶつわよ?」
しつこい確認に、琴音がマジギレした雰囲気を出したことで出水は平謝りをする。
もちろん、琴音の異常聴力を疑っているわけではない。
ただ、あまりにも推測通りの展開に、出水も肩透かしを覚えていたのだった。
この階に化け物がいない理由は、考えられる可能性は二つ。一つは、さっき琴音が挙げていた、アメリカ全土で巻き起こったとされるこのウイルステロ。それが空気感染によるものだとして、窓のない地下なら感染する可能性がほぼ無いということ。
もう一つの可能性は、出水自身が冷静に考えていたことなのだが、この階自体に人がそもそもいなかった可能性だ。
日本の病院の中だけしか分からないが、地下に病室があるなんてことはあまり聞いたことがない。
せいぜい、倉庫や遺体などを安置する霊安室があるくらいで、病人を匿う部屋はある方が珍しいだろう。
だから、この地下一階には化け物がいなかったのだ。
「久しぶりに安心して歩けるな」
「……気配が感じられないからいないとは思うけど、気は抜かないでよ。それに、どちらにしても一階の状況が変わるわけじゃないんだから」
「一階……か」
今が安全な状況とはいえ、ここから出るにはどの道一階を経由することは必要不可欠だ。
そして、その一階には化け物共がたくさんいる状況であり、ここをなんとかしない限りは出水達には生き残ることさえ許されないのだ。
「琴音、覚えている範囲でいいんだけど、一階に降りた時点でどのくらいの数がいたか分かるか?」
「少しパニックになったから正しい数かは分からないけど……数十体はいた筈よ。それも、出口の方にね」
「……なるほどな」
出口となる付近に化け物がいるとすれば、抜き足差し足で通り抜けることは難しいだろう。
今、この場が安全地帯である以上、何か策が必要にはなる。
「どうするか……さすがに頭が痛くなってきた」
「大丈夫?」
「ん、体調とはまた別の話だから問題ないよ。琴音こそ、大丈夫か? さすがに疲れただろ?」
「私は大丈夫よ。……でも、精神的に参っていないと言えば嘘になるかも」
「……そうか」
こんな状況だ。普通の人間ならば、頭がおかしくなってもおかしくはない。
今が安全な状況なのであれば、休ませてあげたいというのが出水の本音でもあり、その為に問いかけてあげたのだった。
琴音は一瞬、考える素振りをすると、出水の方へと顔を向けて、
「ねえ、いっそ、ここで立て篭っちゃう?」
「え?」
キョトンとした表情で、出水は琴音の方を見た。
その表情は、その瞳はなんだか、何と形容していいか分からない、出水だけを見つめていて――。
「どうせ、外に出たって一緒よ。病院の中も外も化け物だらけなら……出られたとしても生き残るなんてとても無茶だわ。だから……」
「――――」
「ここにいれば、いつかはアメリカがなんとかしてくれるでしょ? 私は……そうしたい」
諦め気味に、ここに残ることを出水に諭させようとする琴音。それは、琴音自身の本音でもあるのだろう。
しかし、琴音が言いたいことの真意はそんなことではなく、
「だから……もういいじゃない。あなたも頑張ったわ。体調も万全じゃないんだし、ここで――」
「……琴音」
「ここでもう立て籠っちゃいましょう? それなら……」
「琴音」
出水の呼びかけに無視して、続けて諭し続けようとする琴音に、出水は琴音の名を呼んだ。
その表情は先ほどとは違い、悲しく、辛そうな表情をしており、出水ももう何が言いたいかは分かっていた。
「お前の言いたいことは分かるよ。二人じゃないと嫌、なんだろ?」
「――――」
こくりと、顎を下げて肯定する琴音。出水は琴音の方を見ながら、目だけは逸らさずに、
「……俺も、そうしたいのは山々だけど、そうもいかないんだ。こうしている間にも、皆はきっと戦おうとしている。修二は神田、清水や静蘭、椎名ちゃんや弓親さんに、高尾や風間さん、桐生さんだって同じだ。俺達だけサボるわけにもいかねえよ」
「何も……何も出来ることなんてないじゃない……。私は……あんたに――っ!」
その先、言葉を詰まらせる琴音に、出水は何が言いたいかはもう分かっている。分かっていて、尚も出水は否定するつもりだった。
「確かに、冷静に考えたら馬鹿な行動だと思われるのは仕方ないかもな。でも、何も出来ないわけじゃない。一人でも助けられる努力は惜しまねえつもりさ。俺は軍人なんだから」
「……嫌」
「ん?」
「嫌って言ったの。私はあんたに……あんたに死んで欲しくない。なんで私があんたの側に付きっきりだったか……それも……」
言い淀み、顔を下げる琴音。その言葉の真意は、彼女の心の中だけにあったもの。
でも、それも……出水は分かってあげられる。
「――分かるよ」
「え?」
「分かるって言ったんだ。修二じゃないんだ、そんな鈍感じゃねえさ」
「――――」
何もかもを分かった気でいる出水だが、琴音の表情だけ見ても、それは間違いではないことは分かっている。
それら全てを分かった上で、出水が琴音にしてやれることは一つだけだった。
「お前は俺が必ず守る。安心しろ、こんな困難、何度だって潜り抜けてきたんだ。だから……」
「――――」
「お前も俺を信じてついて来てくれ。琴音なら楽勝だろ?」
「……バカ」
ワガママだろうと、バカと揶揄されようが、出水の意志は変わらない。
これ以上は何を言っても無駄だと感じ取ったのか、涙目気味だった琴音は指で目を摩る。
「それに……多分立て篭もるのは良くない気がする。勘だけどな」
「え?」
「なんとなくだから気にしなくていいよ。だけど多分、立て篭もると大変なことになる……そんな気がするんだ」
出水が感じている妙な危機感。それは、確かなものではないのだが、そんな予感が確かにあった。
もちろん、ただの直感でしかないのだが、出水はその勘は捨て切ることが出来ないでいた。
何かはまだ分かっていない。ただ、その何かは一つのピースが当て嵌まることで確信に変わる、そんな気がしながらも、出水は一旦話を変えて、
「それと……お前が弱気なとこを見せてくれたお陰で良い方法を思いついた。ここから出る為のな」
「うるさいわね、叩くよ?」
「いや、怖い怖い。一応真面目な話だから聞いてくれって」
どうやら弄られることは不本意だったらしく、琴音に睨まれる出水であったのだが、とりあえず手を合わせて謝る素振りを見せながら先を続けようとする。
「単純な方法だけどな、俺なりに考えてみたけど……これならなんとかいけそうな気がするんだよ」
「で、何をするつもりなの?」
「ああ、つまり――」
楽観的な出水の考えが読めず、琴音は何をするつもりか尋ねて、出水は説明を始める。
そして、情報を共有して動き始めたのはすぐだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
午前二時過ぎ。外はまだ暗転に沈み、一切の光も差し込まない病院の一階で、未だ蠢く存在がそこにいた。
それは一体に留まらず、数は数十体に及び、目的もなくしてただその場を徘徊している。
時たまに、その化け物は奇声を上げてはいるが、特に意味はないものだろう。聞く者にとっては、不快に感じられずにはいられないだろうが、脅威としては確かにそこにあった。
今まで、出水達はその生物をモルフとは呼称せず、化け物という扱いで口に出していたのだが、これは確信が持てなかった部分があったからだ。
通常のモルフの感染段階とは違い、見たこともないものを目の当たりにすれば、それはモルフと呼んでいいのかどうかも分からなかった。
しかし、今も外で起きている惨状を思えば、モルフと同列に扱われる存在と見て間違いないだろう。
この病院で見てきた化け物達は、そのいずれもが元人間だった存在。単に、モルフウイルスの感染段階が特殊なものに変わっただけで、実のところは何も変わってなどいない。
奴らに襲われれば、同じ仲間入りになるという点は何一つ変わらないのだ。
「……準備はいいか?」
「うん」
出水達はその病院の中、地下から一階へと階段を昇り、その壁際で様子を窺っていた。
彼らは準備をしていた。モルフがいない地下一階で倉庫からあるものを物色しながら、使えるものだけを選別して、それらを全て持ってきていたのだ。
出水の手に持っていたのは、病室によくある花瓶の瓶だ。落とせば簡単に割れるそれを握りしめていた出水は、通路の先へと投げる。
パリンッと、瓶は音を立てて割れた。
そして、その音に釣られて、二体のブリッジ型モルフが瓶の方へと集まってくる。
「よし……いこう」
「そこを曲がった先にはいないわ。出口の近くに三体まだいる」
上手く引きつけておいた隙に、出水達はいなくなった通路へと忍足で移動を開始する。
出水達がやろうとしていることは単純なことだった。
一階に蔓延る圧倒的な数のモルフ。それらを相手にすることは論外であり、奴らの側を通り過ぎることも出来ない。
ならば、上手く陽動させて、空いた道を進みながら出口を目指すというやり方であった。
実際にやってみて、最初は上手く出来ていた。
琴音の異常聴力があれば、この一階にいるモルフの位置は割り込めることができる。
それが出来れば、あとはクイズを解くように道を切り開くのみなのだ。
「右に二体、左に三体」
「オッケー、左側が出口だから、右に投げ込もう」
琴音からの指示が飛び、出水は気配を消したまま右側の通路へと花瓶を投げ込む。
再び、音を立てて割れる瓶に反応して、左側にいた三体のモルフは慌てるようにして右側の通路へと走り寄っていく。
音に過敏なモルフは、気配を消していた出水達に気づくこともなく、そのまま通り過ぎていった。
「順調だな」
「まだ出口側に二体いるわ。もう誘き寄せる通路はないけど、どうするの?」
「あと二体なら十分だ。出口とは逆側の通路に投げ込んで、その隙にダッシュで出口を目指そう」
「……分かった」
最後は最後で、賭けに出る作戦には違いなかった。
しかし、琴音は何も言わない。ただ、出水の作戦を信用して、ついていくつもりだったのだ。
「ラスト一本。ミスれないな、これは」
ちょうど、持っていた花瓶は残り一つとなり、ミスは許されない状況となる。
しかし、作戦は途中までは上手く機能している。これならば――。
「いくぞ……」
「――――」
振りかぶり、出口が見える逆側の通路へと向けて、出水は瓶を投げる。
ちょうど、モルフの真上を通る形で過ぎていった瓶は、重力に従って落ちていき、音を立てて割れる。
その瞬間だった。
「今だっ!」
出口の自動ドアの近くにいたモルフが、出水の投げた割れた瓶へと近寄ろうとするその同時、出水達は走った。
今までとは違い、どうして待ちに徹しなかったのか、それは待つ余裕がなかったからだ。
今まで、二回も出水は陽動作戦でモルフを別の通路へと動かせたのだが、それはあくまで一時的なもの。
時が経てば、何もないことに気づくモルフ達は再び徘徊を再開し、出口の近くにいる出水達に気づく恐れがある。
それを防ぐためにも、出水達はこの瞬間、一気に脱出を目指そうと走り出したのだ。
「もう少し……っ」
あと十メートル。まだモルフ達は気づいていない。
出水達が投げ、割れた瓶を興味ありげに見ている。
あと五メートル。颯爽と出口へと走る出水達に気づいたモルフ達は身を翻し、すぐさま追いかけようとする。
もう少し――もう少し――。
自動ドアを開けて、閉めるだけ。それだけ出来れば、病院の中にモルフを閉じ込めた状態で脱出できる。
あと……もう少し――。
「う……おおおおっっ!」
自動で開くことのない自動ドアを力業で無理やりに開いて、出水は先に琴音を外に出す。そして、そのまま出水も外に出て、自動ドアを閉めようとするが、
「っ!」
が、そんな簡単に上手くいくわけがなく、閉めようとする自動ドアの隙間に挟まる形で、モルフは意地でも出水へと襲い掛かろうとしていた。
「こんにゃろ……っ!」
「出水、どいて!」
「うおっ!」
無理矢理にでもドアを閉めようとしていた出水の肩を押して、琴音が挟まったモルフの顔面に蹴りを入れる。
蹴りを入れられたモルフは病院の中へと吹き飛び、その瞬間に出水はすかさず自動ドアの扉を閉めた。
「はぁっ……はぁっ……。い、いけたか?」
扉が閉まり、中から五体近くのモルフが自動ドアへと体をぶつけてはいるが、それだけでは外に出ることは叶わない。
無事に外に出られたことに安堵した出水は、琴音の方を見ると、
「や、やったな」
「ええ、これでなんとか――」
なんとかなった。そう思った瞬間であった。
病院の中にいたモルフ達は、それまで自動ドアへと体を擦りつけているような状態だったのだが、そのまま後ろへと下がっていき、暗闇の中へと消えていく。
「なんだ? 諦めたのか?」
外にいる出水達を襲いかかれないと判断したのか、モルフ達は出水達の視界からいなくなった。
が、しかし、それは全くもって違っていた。
その時、暗闇の中からモルフ達が勢いをつけて飛び出し、自動ドアのガラスを突き破って外へと出てきたのだ。
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
いくらなんでも力業に過ぎるやり方であった。
多少は知能を兼ね備えていることは分かっていたのだが、ガラスを突き破れないと悟るや、勢いをつけて割りにかかるなんて予想だにしていなかったのだ。
これでは、逃げ場なんてありはしない。
「こ、琴音!」
「い――」
迷わず、琴音を逃がそうと盾になる出水。当然、琴音が逃げることなんてする筈もなく、外に出たモルフ達が一斉に出水へと噛みつこうとしたその時であった。
「やれやれ、奇遇……なんてものじゃないですね。これは」
背後から聞こえた知らない声を聞いて、出水は振り向く。
が、振り向く先には誰もいなく、代わりに出水達を襲いかかろうとしていたモルフ達のいた場所から奇声が聞こえた。
「な、何が?」
「その答えは単純ですよ。あなた達は助かったんです」
日本語で話し、少し訛り口調のその声を聞いて、出水はモルフがいた方を再び振り向く。
そこには、先ほどまで襲いかかろうとしていたモルフの惨殺死体だけが取り残されており、他にいたのは見知らぬ男だった。
彼の両手には、血に濡れた青龍刀があった。
白いコートを身に纏い、見た目はまだ子どものようにも見受けられる。
「誰……なんだ?」
出水はこの男のことを知らない。
まして、銃などを使わなく、青龍刀なんてものを扱うこの男がただ者じゃないことだけを理解しながら、警戒して問いかけると、男はこう答えた。
「久しぶりですね、出水さん。あなたにとっては初対面ですが、僕にとっては二度目の邂逅というところでしょうか?」
そう言って、男は出水のことを知っているかのように自身のことを告げた。




