表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
162/237

Phase2 第十四話 『欲望の鳴き声』

めちゃくちゃ更新遅れました……。

理由は話せば長いですが、端的に言うと体調不良です。

本日より更新開始します。

 電気の無い、化け物の巣窟と化した真っ暗闇の病院の中に、生きた二人の人間がいた。

 彼らはバリケードを張った病室から外に出ると、通路に化け物がいないことを判断すると、懐中電灯のライトを点ける。


「改めて思ったけど……マジで暗いな……」


 一度は通路へ出た出水だったが、懐中電灯の光無しではまともに歩くことも出来ない病院内の暗さを見て、警戒心を上げる。

 暗闇の中の恐ろしさは、一度体感したことがあるからよく知っていた。

 かつては、日本で敵のアジトである地下施設の中でも出水は同じ暗闇の中を経験しており、その恐ろしさは身に染みていた。

 どこからモルフが現れるかも分からない恐怖感。それは、並大抵の精神力では発狂しかねないほどの心身的な異常をきたすものだ。

 それも、今回は武器なんてものはなく、絶対に見つかってはならないという難易度の高さがある。


「……出水」


「絶対に離れるなよ、琴音」


 出水の裾を掴み、後ろについてくる琴音に、出水は離れないよう指示を出す。

 男勝りでもあり、いかなる状況においても冷静だったあの琴音も、怖いという心の縛りは消せなかったのだろう。今は出水に前を任せて、委ねている様子だった。


「確か、この先の左側に変な奴がいたんだよな? 逆の道はどうなんだ?」


「そっちは……ダメ……」


「……何かいるのか?」


 琴音が遭遇した逆ブリッジの体勢をした奇妙な化け物がいた通路とは逆側の通路を提案した出水だったが、琴音は絶対に行くなと言わんばかりに首を振る。

 その理由が分からず、出水が問いかけると、琴音は物凄い剣幕をして、


「さっきの化け物よりもヤバい奴が絶対にいる。直接見たわけじゃないけど……とにかくダメ」


「わ、分かった」


 よく分からないが、琴音が見た化け物よりもヤバい奴が左側の通路にはいるということなのだろう。

 ともあれ、そういうことならば選択肢は限られてくる。


「もし、さっきの変態野郎が戻ってなかったら……右に進んでもいない筈だろうな」


「大丈夫だと思う、さっき、バリケードから出て後ろの方にあいつの気配は感じてたから」


「いや、それ言って欲しかったよ……めちゃくちゃ怖いじゃん……」


「気づいてなさそうだから言わなかっただけだよ。ほら、さっさと行きなさいよ」


 徐々にいつもの琴音に戻ってきたことに、出水は尻を敷かれる思いではあるが、安心した。

 この状況下では、視覚という感覚が大幅に奪われている現状、琴音の聴力は出水達にとって状況を変える大きなファクターとなる。

 視覚は、人間の五感の八十七パーセントを占める重要な感覚器官だ。人間が生活する上で、視覚は情報を得る為の大部分を使用している為に、それが無いということは他の感覚器官を頼るしかない。


 だから、通常よりも耳が良い琴音の聴力は、索敵においても場を切り抜ける切り札にもなりえる。


「どうだ? いるか?」


「……いない、やっぱり、さっきの一体だけだったようだね」


「なら良かった、じゃあさっさと――」


「……待って」


 先に進もうと、そう言おうとしたその時、琴音は待ったを掛けた。

 どうしたのかと琴音の方を見た出水だったが、彼女は進もうとする先の通路を見ていない。

 彼女が見ているのは、ライトで照らしていない逆側の通路、琴音自身が行くなと言った、もう一つの通路だった。


「な、なに? なんなのこれ……?」


「おい、どうしたんだよ?」


「し、静かに……何か……何かが、そこにいる……」


「――っ」


 かなり焦った様子で、狼狽える琴音に対し、出水も懐中電灯の光を消した。

 そして、彼にもその気配は感じ取れるようになってきた。

 何か、ナニカ、なにかが蠢くような気配がする。

 ゆっくりと、速くもない動きで、何かを引き摺るかのような音が、後ろの暗闇の通路から聞こえてくる。

 そして、それは物音だけには止まらない。


「ァァァアア…………」


 か細く、それでいて高い呻き声を発しながら、何かが出水達のいる通路へと迫ってきている。

 こちらに気づいているのか、いないのか、それは分からない。

 ただ、出水が考えていることは、何がそこにいるのか、それを確かめたいという欲求そのものだった。

 もちろん、見つかれば不味いことは承知の上だ。

 しかし、もう既にこちら側の存在がバレている可能性が否めない以上は、せめてその存在を視認しておかないと対策も立てようがない。


 だから、本当にそれは興味本位に近い言い訳だった。

 出水は懐中電灯の光を、その気配がする先へと向けて照らすと――。


「う……っ!?」


「な、なによこいつ!?」


 出水達がいる数メートル先に、通路を埋めるが如き巨大な化け物がいた。

 それは全身が赤黒く、血肉を周囲にばら撒きながらゆっくりと手のようなものを地面につけて這いずって来ている。

 目は元々無かったのか、瞼の奥はただただ黒くなっており、口元は異常なぐらいデカくて歪だ。

 その奇妙な化け物が、出水達へと向けてゆっくりと近づいてきている。


「っ、琴音、こい!」


「え、ええ!」


 出水達が選択したのは、逃げの一手であった。

 当たり前の判断だ。どう見てもあれは出水達へと向けて、明らかに敵視した動きをしている。

 通路一帯を埋め尽くすあの怪物の横を通り過ぎることも出来ず、出来ることは先の道を進むことだけだったのだ。


「な、なんなのよあれ!?」


「知らねえよ! でも……モルフには違い無い筈だ!」


 もしあれがモルフなら、琴音には反応せず出水だけを狙って動いてきているのかもしれない。

 そうでなくても、琴音を置いていくなんて出水には出来なかった。

 とにかく走るしかない。そう考えて、痛む全身を無理に動かして、出水は琴音を連れて通路の先を走る。


「琴音、どっちだ!?」


「そこを右!」


 琴音の指示に従い、右の道へと進む出水。そこは、下の階層へと続く階段があり、今の出水達にとって最大の目標となる脱出の手段となるものだった。

 そして、その後ろからは出水達を追い縋ろうと、赤黒い血肉を振り撒き散らしながら近づく化け物がこちらへと向かってきている。


「ァァァアアァァァアアッッ!!」


 赤ちゃんのような奇声を発しながら、移動速度は速くもない動きで尚も出水達を追いかけようとする巨大な化け物。奴に捕まれば、どうなるかなんて知りたくもない。


「――っ、階段まで降りればなんとか……!」


 階段を降りる度に、出水の体には軋むような痛みが襲い掛かる。

 とはいえ、足を止めるわけにもいかず、無理矢理にでも体を動かして階段を降りていく出水だったが、


「ダメッ! 出水、この階で逃げるよっ!」


「っ、なんで!?」


「下にいる! 多分、私を追いかけていた奴!」


「そういうこと……かっ!」


 一階まで降りられれば、この病院から脱出出来る最善の判断も出来たのだが、降りてしまえば別の化け物と出会うだけ。それなら、二階でやり過ごすという琴音の判断は間違いではなかった。


「琴音、ここに入るぞ」


「え、ここは?」


 出水に手を握られるままに、連れられた場所は、通路の先にある端に並べられたロッカー。そのロッカーを開けた出水は、琴音をその中へと入れると、


「すまん、ちょっと窮屈だけど……」


「う、うん」


 出水もロッカーの中へと入り込み、狭い密室空間で体を寄せ合う。

 琴音にとっては不本意かもしれないが、今は状況が状況だ。なぜならこうしている間にも、


「……ァァァ」


 少し遠くから、唸り声のような声が聞こえて、それがただならぬ気配であることを二人は悟る。

 あれが、あの巨大な化け物がこの二階へと降りてきていたのだ。恐らくは、同じく二階へと降りた出水達を追って、何が何でも捕らえようとついてきていたということだ。


「…………」


 息を潜めて、出水達はロッカーの中で化け物をやり過ごそうとする。

 あの化け物がこの階に辿り着く前に、既に出水達はロッカーの中へと入っていた。だから、気づかれている筈はないと、そう考えていたのだが、


「ァァァァアアア」


 ズルズルと巨体を引き摺る音と奇妙な唸り声が近くまで迫ってきて、出水は唾を呑み込む。

 大丈夫だと、そう考えていても恐怖は拭えなかった。

 出水達には戦う為の武器がない。琴音が持っていた手術に使うメスはあるが、そんなちっぽけなものであんな巨大な化け物と戦うのは無謀という他にないのだ。

 だから、息を潜めてやり過ごすしか手段はなかった。


「……ァァァ」


 引き摺る音と唸り声が段々と遠くなっていき、それが離れていったものだと考えるには十分なものとなっていった。

 それでも、二人は微動だにしないままにロッカーの中で身を寄せ合っていた。これで出てみて、実はそこにいましたなんてことになれば話にならない。

 完全に気配がなくなるまでは、とにかく動かないようにすべきだと、出水は額から汗が流れ落ちる。


「……もう大丈夫。気配が遠くなった」


「ほ、本当か?」


「他の化け物もいない。今なら出られるよ」


「……分かった」


 琴音がそう言うのなら、特に問題はない筈だろう。出水はロッカーの扉を開けて、通路へと出た。


「なんだったんだ、あいつ……」


「肝を冷やしたね。あのまま別の部屋とかに入ってたらどうなってたかは分からないわ」


「……だよな。で、こっからどうするか」


 上手くやり過ごせたのは僥倖だが、それでも八方塞がりなことに違いはなかった。

 先ほどの階段を降りようとすれば、また別の化け物がいるということであり、もう一方の道は巨大な化け物が通り過ぎていっている。

 通路の地面に残る血の跡がそれを証明しており、この先にあの巨大な化け物がいることはまず間違いないのだ。

 出水は少し考えて、琴音の方を見ると、

 

「嫌がることを前提で話すけど、いいか?」


「いいわ、話しなさい」


「今通り過ぎていった奴の後をつけてみないか? リスクはあるけど、そっちにも下へ続く階段があるかもしれない」


「……絶対嫌って言いたいけど、それしかないわね。確かに、この先にも階段はあるわ。気配があったら大分マズイけどね」


「最悪、戦うしか道はないかもな、――っ」


「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


 先の展望を話している途中で、出水は脇腹の部分を手で押さえて蹲る。

 これでも我慢をしていた方だった。出水の体調は万全ではなく、今も鈍い痛みが全身を襲いかかっている。

 これでは、戦うなんて選択肢はないに等しいものだ。


「戦うのはダメよ。あんたもギリギリなんでしょう?」


「でも……お前に戦わせるわけにはいかない……」


 厳しい顔つきのまま、出水は琴音に戦わせることだけはなんとしてでも避けさせようとした。

 あれがモルフであった場合、一度でも傷つけば感染することは必至なのだ。

 それ故に、そんな結末を望まない出水は琴音を前に立たせようとはしなかった。


「……覚悟を決めなさい」


「え?」


「あんたも私も、感染したら終わりなのは一緒よ。でも、このまま逃げるだけ逃げてどうしようもない状況になったとして、それでも私を守り続けるの?」


 どれほど危険でも、どうしようもない状況は生まれる可能性はある。

 戦わない選択肢は当然としても、それでも仕方ない状況になった時には、出水の判断が最悪を呼び寄せる可能性はあったのだ。

 だから、琴音が言いたかったことは、


「あんたは十分、私を守ってくれたわ。だから今度は私が守る番よ。……あくまで、最悪の状況になった時だけど」


「……すまん」


「とにかく、先へ進みましょう。ここでのんびりしてたら、またあの化け物が戻ってくるかもだし」


 琴音がそう提案して、出水も否定することなく黙って頷いた。

 出水の肩を借りて、琴音は立ち上がる。

 そして、彼らは血の跡が続く通路の先へと進もうとした。


「この階層は歩いたことないけど、建物の構造上を考えれば上と大差ない筈よ。近くに受付があるから、そこに向かってみましょう」


「了解だ」


 懐中電灯のライトで前を照らしながら、彼らは少しずつ進んでいく。

 琴音が持ち前の聴力で化け物の気配を探りながら、それを頼りに暗闇の中を歩くという非常に理に適った方法を彼らはとっていた。

 実際、その力が無ければ二人はそう簡単には先に進むことは出来なかっただろう。それほどに、今彼らが歩く病院の中は圧倒的な暗闇の中となっており、まともな感性を持った人間ならば歩くこともままならないのだ。


「――――」


 二人とも、何一つ言葉は発さず、足音も立てずに通路を歩いていく。

 何が出水達を危険な状況に陥らせるか、それが予測出来ない以上は出来ることをやっていくしかない。


「ここか……」

 

 そして、琴音が言っていた受付がある窓口へと彼らは辿り着いていた。

 窓口らしく、その手前は広い間取りとなっており、待合席が立ち並んでいた。受付窓口の方は仕切りとしてガラス窓があって、そこで客と話をしていくと思われる作りとしてある。

 それも、真っ暗闇の中では怖さを倍増させる雰囲気でしかなかったのだが、琴音は受付窓口のカウンターへと歩み寄ると、


「出水、これ見て」


「ん? どうしたよ」


 琴音に呼ばれて、足を引き摺るようにしてゆっくりと琴音の方へと近づいた出水。彼女が見ていたのは、窓口カウンターの付近に散らばるこの病院に入院していた患者のカルテだろうか? それが無造作に散らばっていて、埋め尽くされるようにしてあった。


「なんか……変な感じがしてね。モルフの確認が取れて、そのまま逃げるだけなのに、こんな資料をばら撒いていく余裕はあるんだなって」


「……そうだな。見た感じ、何かを探していたようにも見えるけど」


 無造作に散らばるカルテは、元々棚に直してあったものの筈だ。それがなぜ、こうもばら撒くようなことをしたのか、当時の状況を予想出来なかった出水にはそれが分からない。


「でもまあ、大した情報にならないんだからいいんじゃないか? こんなもん、何も俺達の役には立たねえよ」


「……うん、それもそうだね」


 それ自体に、出水達がここから脱出することに関わりがないと告げ口をして、出水は琴音に言い聞かせた。

 そして、出水はカウンターの奥をライトで照らしてみると、


「ん? おい琴音、あれって……」


「あ、もしかして」


 二人して気づいた先にあったのは、元々話していた副産物。この病院の電気供給の元となる変電盤だった。

 それを見つけた出水は、受付カウンターの中へと入り、変電盤の手前へと歩き寄ると、


「これで電気が使える。……けど」


「けど?」


「今更だけど、ここの電気は暗いままでもいいのかもしれない。幸いに、エレベーターだけでも起動は確認が出来そうだしな」


「どうして電気をつけないの?」


 その質問はごく自然なものだった。

 電気さえあれば、今琴音達が悩ましいとされている暗闇の中での行軍は改善されるのだ。

 なのに、それを捨てようとする出水の提案には、疑問を投げかけざるを得ないものだった。


「暗闇というリスクを残そうとするのは見つかるリスクを省く為だよ。あのブリッジ型の変態野郎を見ただろ? もし仮に見つかりでもすれば、あのスピードを撒くのは今の俺達にはかなり難しい。だから、エレベーターだけでも起動しておけば逃げ道が増える」


「うーん、確かにそうだけど……」


「こんな暗闇から早く解放されたい気持ちは分かるよ。でも、今はそれさえも利用しないとこれからが厳しくなることは道中で思い知った。お前の聴力もあることだし、まだ俺達にやれることはある」


 リスクは百も承知の上で、出水は電気を一部だけ解放しないことの理由を語る。

 今の出水達にとって、最大の武器は身を隠せるということだ。その上、琴音の異常聴力による気配察知の力があれば、敵との遭遇は避けられる形となる。

 その意味を知って、琴音は「はぁ」と息を吐くと、


「分かったわ。とりあえずまずは下へ降りることが大前提で進みましょう。体の方は大丈夫なの?」


「正直言うとめちゃくちゃ痛いけど……休んだところで何も変わらねえからな。ぶっ倒れるほどじゃないから安心しろよ」


「……そう」


 出水の体の心配をしていた琴音は、出水の言葉を信じて短く返事を返す。

 出水が話したことに間違いこそないが、それでも無茶をしていることには違いがない。

 いつどこで何が起こるか分からないこの切迫した状況では、琴音が出水の身の心配をするのは致し方ないことではあった。


「エレベーターはそこの受付を右に行ったところにあるはずよ。上手く使って、さっさとここから出ましょう」


「おう、そうだな」


 方針をハッキリさせて、二人は病院からの脱出を目指す。

 ただ一つ、大きな見落としをしていることに、彼らはこの時気づいていなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ