Phase1 第十一話 『嘘の仮面』
ミラ・ジノヴィエフという名は、親が名付けたものではない。
名付け親は彼女を育ててくれたもう一人の男、リアムだった。
前の名前など、もう思い出したくもない。名付けていた親の名前も知りたくもない。
彼女は裕福な貴族の生まれだった。特段、暮らしも不便なものではなく、むしろ快適さえ普通の一般人と比べてあっただろう。
そんな彼女の平穏を奪ったのは、全く関係のない人間。そう、人間だ。
人間はミラとミラの元家族を騙し、財産だけでなく、人権すら奪った。
人間は嘘を吐いてミラの元家族に言い寄り、家を焼いて、財産を奪い、終いには失った財産を越える借金を払わせようと強制労働をさせた。
何度も、何度も吐いた。
涙も流した。ただ生きていただけで、どうしてこのような苦渋を舐めさせられるような仕打ちをされなければならない?
幼かったミラはそんな重労働に耐えられるわけもなく、何度も吐き、何度も泣き、何度も殴られた。
ドブの水よりも、血の味を味わうことの方が多かった。
精神は壊れかけ、それでも彼女は頼りにしていた存在がいる。
それは、ミラを産んだ育ての親でもあり、元は裕福な暮らしをしていた家族だった。
幼きミラを宥められるのが肉親のみだったから、同じ独房に入れられていたのだろう。
だから、ミラも彼らを頼りにするしかなかった。
「大丈夫、私達があなたを守るから」
ミラの元母は、そう言って娘であるミラを安心させようとした。
嬉しかった。こんな最低最悪の状況でも、味方がいることは心の拠り所だ。
少なくとも、家族と離れ離れにされていれば、ミラは今よりも役に立つことはなかっただろう。
そんな母に、父に、感謝していた。
しかし、その想いはすぐに裏切られることとなる。
「お願いします……あの子を差し出す代わりに、私達を許して下さい……」
ふと、お手洗いに行って、戻ってこようとした時だ。
労働中である筈のミラの元家族は、何かを管理者へと伝えている。
「あの子は女の子だ。もう少し成長したら、身売りも出来る筈。なんだったら今からでも連れて行ってくれても構わない! だから、私達をここから出してくれ!」
一体、何の話をしているのか、ミラは頭の中が真っ白となっていた。
ただ分かることは、元家族が話しているあの子とは自分のことということ。
差し出す? 身売り? 代わりに自分達を助けてほしい?
きっと、冗談だと思った。
これは家族の何かの作戦なのだと、そう思うしかできなかった。
でも、確かめたら分かる筈だ。実の娘である自分に、隠し事なんてしないはずなんだからと――。
「身売り? 何の話をしているんだい? 私達がお前を見捨てるわけがないじゃないか」
「そ、そうよ。疲れているんじゃない? ほら、膝枕してあげるからこっちにおいで」
同じ独房の中で、元家族からその言葉を聞いて、ミラは声を失った。
何で……何で嘘を吐く。
隠し事なんて意味がないのに、もう全部気づいているのに、どうして嘘なんか吐くんだ。
その時、ミラは人生で二度目の絶望をした。
頼りにしていた元家族も、ここでミラ達を管理している人物達と同じ嘘つきだ。
人を騙して、人を食い物にする、あの時の目と何も変わらない。
そして、ミラはそれ以来、誰とも会話をすることもなく、口を閉ざしてしまった。
もう、どうでもよかった。信じていた元家族に裏切られ、ゴミのような人生を歩むであろう自分自身に対してもだ。
しかし、ミラの人生はある日を迎えて転機が訪れた。
ミラや元家族を拉致し、働かせていたその収容施設が何者かによる襲撃を受け、そのほとんどが死んだのだ。
ミラは偶々一人でいて、襲撃をしたとされる一人の男が目の前に現れる。
背まで伸びた長い銀髪の色をした、特徴的な男だ。
見たところ、二十から三十歳ぐらいの歳をしたかのようなその若い男はミラの顔を見ると、優しげな表情をしながら手を差し出し、
「もう大丈夫だよ。キミの敵はもうどこにもいない」
そう言って、ミラを安心させるように小さな手を取った。
それから、ミラは後から知ったのだが、ミラを収容していた連中は巷で噂のギャングだったとのことだった。
彼らは金を持つ家などを中心に襲撃し、時には詐欺をしてお金を騙し取り、果ては人身売買にも手を貸す連中だったとのことだ。
ミラ達もその人身売買の中に入り、後で売り捌かれる予定だったとのことだが、その前に銀髪の男、リアムがそのギャングを殲滅したとのことだった。
「私はね、キミみたいな身寄りのない子どもを匿っているんだ。行くべき場所がないなら、一緒に来ないかい?」
彼はそう言って、どこも行く宛がないミラへとそう尋ねた。
ミラの目は既に死んでおり、ついていく以外に選択肢なんてなかった。正直なところ、この時点ではリアムのことさえも信用していたわけではない。
彼も他と同じ、嘘の仮面を被った畜生だと思い込んでいたからだ。
「……人を信じられない。そんな顔をしているね」
「え?」
そんなミラの心を読み取るかのようにして、リアムはそう言った。
態度に出てしまっていたのかもしれない。しかし、リアムはミラの小さな手を取ると、
「少し残酷だけど、キミには知る権利があるからね。真実を教えてあげるよ」
「――――」
そのまま、ミラはリアムと共にある場所へと連れて行かれた。
そこは、ミラが元々住んでいた場所。元家族と共に住み、生活していた家だった。
そして、その家に着いた時、ミラは言葉を失った。
「……そんな」
「これが真実だ。どうやら、私が襲撃をした時に彼らはどこかで抜け出していたんだろうね。それに、それだけじゃない」
目の前にあったのは、ミラが住んでいた家。一度全焼し、建て直したのだろう。その庭には、ミラの元家族が何事もなかったかのように楽しそうな様子で暮らしていたのだ。
「これはキミも知らないだろうが、彼らはキミが死んだと公にしたそうだよ。でも、そんな嘘がまかり通る筈がない。ポリス部隊も、本当はキミが生きていたことを知っていた。なのに、なぜ彼らは何もしなかったんだろうね?」
衝撃的な事実を明かされ、ミラは膝をついた。
ミラの元家族も、ギャングを取り締まる人間達も、皆がミラのことを無かったことにしようとしていたのだ。
「答えは面倒だったからだ。たったそれだけの理由で、キミという命は虫ケラのように捨てられた。それが、事の顛末ということだよ」
何も、何も考えられない。
誰も、誰もが信用できない。
ならば、自分が生きていた理由とは何だったのか、それさえも分からない。
「彼らをどうしたいか、キミの意見を聞きたい。もちろん、私はキミの意見を尊重するよ。あんなクズ共、殺そうと思えばいつでも可能だからね」
「……俺がやる」
「ん?」
「俺が……あいつらを殺す」
憎しみは、言葉で持って吐き出される形となった。
リアムはその言葉を聞いて、薄く笑うと、
「やはりキミは、私と同類だね」
それからのことは、ミラ自身もよく覚えていた。
リアムの助けもありながら、彼女はミラの元家族が住んでいた家ごと焼き払い、元家族ごと殺してやった。
後悔なんて一ミリも感じられなかった。
あったのは、虚しさだけだ。
全てが終わった後、彼女はリアムの元へと戻り、彼の手を掴むと、
「……なんでもします。だから、あんたと一緒にいたい」
ミラの頼りは、全てを明かしてくれたリアム自身だった。
彼は震えるミラのその手を優しく握り返すと、
「構わないさ。――私達は、世界を壊す為のテロ組織でもある。もしキミがいいなら、キミも一緒に戦ってくれないかい? もちろん、断ってくれても一緒にいてあげられるよ」
そう言って、リアムは嘘偽りなく自身のことを説明した。
だから、ミラも彼のことを心の底から信用することができた。
「お願いします……俺も、あいつらを殺してやりたい」
「……いいだろう」
そして、ミラはリアムの仲間となった。
ミラ・ジノヴィエフという名も、後からリアムに名付けられたものだ。
まだ幼き彼女は、世界の知識も何も知らない。
既に、クリサリダと呼ばれるこの組織にはミラよりも先にいた子ども達がいる。
「――おい」
「ん? ああ、キミか……」
「今日こそ俺と戦え。今ならお前に勝てる」
「……キミはまだ、そんなことを考えていたんだね」
「何?」
そんなある日、物騒な剣を携えて、リアムへと話しかける男がいた。
ミラはリアムの傍らにいて、何も口を挟もうとしなかったが、恐らくはこの男も同じだろう。
身寄りのない孤児達。雰囲気からして、力もないような見た目をしていなかったのだが、
「彼はね、私のお気に入りなんだ。名は桐生大我。もしかしたら、いずれキミとも仲良くなれる存在かもしれないな」
桐生と呼ばれる男が去っていった後、リアムはミラへとそう告げた。
でも、彼はもう戻ってくることはなかった。
リアム自身、そのことに対しては何も思うことはなさそうな様子でいて、それがミラにとっては不思議で仕方なかった。
しかし、それも時が経てばミラにとってはどうでもよいものとなっていった。
それから数年後――、クリサリダという組織自体が大きく変わる転換期が訪れる。
日本という国の領土でもあり、本土から離れた島――御影島で活動していたクリサリダの研究機関が見つけたとされる隕石から、特殊な細菌の採取に成功したという報告だ。
何の因果か、その隕石は地下研究所の真上に落ちてきたらしく、回収には手間取ることはなんら無かったのだが、問題はその細菌だった。
解析が完了するその手前で、何人かの研究員がウイルスに感染し、まるでゾンビにでもなったかのように人を襲いだしたのだ。
全てが落ち着き、そのウイルスはモルフと名づけられることとなったのだが、ミラの人生はそのモルフウイルスによって大きく変わることとなる。
まず初めに、ウイルスに感染した者は必ず死ぬとされたモルフウイルスに適合し、死なずにモルフの力を扱える存在が現れる。
その者は、ミラよりも後にクリサリダにいた者だが、後に『レベル5モルフ』と呼ばれる希少な存在として扱われることとなった。
次に、方法こそ謎に包まれていたが、同様に『レベル5モルフ』になった存在がいた。
それは、ミラも慕う存在であるあのリアムであり、彼はその力を得てから少し経った後、ミラへとこう告げた。
「キミも、私と同じ力を得られるよ。怖くはない、あの出来損ないのようなものにはならない、ちゃんとした力がね」
そう言って、彼は問答無用でミラをモルフへと感染させた。
意識が混濁し、もうダメかと思うぐらい、本当は怖かった。
でも、ミラは生きていた。
リアムや世良望と同じ、『レベル5モルフ』の力を得ることが出来たのだ。
以来、ミラは潜伏要員として、日本の要人に擬態能力を使って情報収集として駆り出されたのだが、これは凄い力だと思えた。
見た者と全く同じ姿に変貌し、声帯でさえも変えることができる為に、全く疑われることなくスパイ活動を行うことが出来たのだ。
ミラはモルフの力を得て変わった。
無力だった自分は、『レベル5モルフ』という力を手に入れることによって、世界を変える力がある。
あの時から、今に至るまで信念は何も変わっていない。
人間は嘘つきだ。嘘の仮面を被り、嘘をついて生き、人を騙し、人を殺し、人を苦しめて、何食わぬ顔をして生きている。
そんな人間をミラは許さない。
モルフウイルスがあれば、世界は新しく生まれ変わる。
人間という旧人種は消え、嘘の無い世界が生まれる。
父、リアムも同じようにそう言ってくれた。
だから、ミラは必ず人類を滅ぼす。
たとえ誰であろうと、彼女を止めることなどできはしない。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「――っ!」
「あははははははっっ!!」
舞台は巻き戻り、笠井修二とミラ・ジノヴィエフとの戦闘は過激さを増していく。
今までのミラ・ジノヴィエフは本気こそ出してはいても、本来は笠井修二を殺すつもりはなかった。
殺す気がないのと殺す気があるのは大きく違いがある。
刃の打ち合いだけを意識するのと、相手の息の根を止める為に攻撃を仕掛けることに違いがあるように、ミラは笠井修二の息の根を止めようと、型のない動きで追い詰めていた。
「がっ!?」
「ひゃはっ! 死ねよ!!」
笠井修二はそんなミラの動きに翻弄されながら、防戦一方となっていた。
スピードは間違いなくミラの方が上で、技術は笠井修二の方が上回っていても、ミラの動きは笠井修二の技術ではカバーがしきれないほどに手数も追いつかない。
再生能力があれば問題ないことだが、それでも傷が生まれていくのは笠井修二の方であった。
「ちぃっ!」
ミラの調子に乗せられてはダメだと、笠井修二は一度その場から後ろは後退した。
しかし、
「逃がさないよっ!」
ミラは後退する笠井修二へと一気に間合いを寄せて、再び爪による連撃を加えていく。
受け止めきれず、笠井修二は頬に、腕に、肩に傷が生まれていく。
ただの切り傷程度ではない、抉られたかのようなその傷は痛みとして襲いかかり、笠井修二に苦しみを与えていった。
「どうしたのかなっ!? 俺を殺すんじゃないのかい!?」
「――っ!」
「所詮、キミの力なんてその程度なんだよ! 何が皆を守りたいだ! 日本でも話していたけど、そんな戯言、今の状況を見ても同じ言葉を吐けるのかな!?」
「てめえっっ!!」
「俺の信念とキミの信念、勝った方が証明されるんだよ! キミが負ければ皆死んでいくんだ! 謝るなら今のうちだよ、もう俺は手加減なんてしない!」
痛い所を突きながら、笠井修二へと猛攻を加えていくミラ。あくまで、勝った方が正義だという姿勢は崩さずして、全能力を発揮して笠井修二を追い詰めていく。
「――――」
笠井修二はその時、完全模倣能力である力の使い方を変えた。
桐生大我の身体能力+反射神経。
アリスの柔軟性+技能であるカポエイラ。
神田慶次の敏捷性はそのまま。
それらを複合させた状態でもう一つ、彼は完全模倣能力である力をプラスさせた。
「へ?」
呆気ない言葉は、取って出たものだった。
笠井修二は直立したその状態で、剣を下に下げたのだ。
あまりにも無防備だった。当然、その隙をミラが見逃すはずも無く、爪による攻撃を笠井修二の胸へと仕掛ける。
何も、何も防御の姿勢を彼は取らなかった。
そのまま、笠井修二の胸からは多量の血が舞い散り、諦めたのかとミラがそう考えついた時だった。
笠井修二の目は、先程の怒りに燃えたものと違い、薄く閉じられた状態となり、そこから――。
「なにっ!?」
ミラが驚いたのは、その極端な変化であった。
笠井修二は今までとは遥かに違う速度でミラの懐へと迫り、その首元へと一気に刃が入り込もうとして――あわやミラの首が飛ぶ寸前で爪でガードした。
「――っ!」
地に足がついたまま、互いに剣を爪をぶつけ合い、今までの防戦一方だった戦いは互角に近い勝負へともつれ込ませていた。
笠井修二には今、周囲の様子はまるで目に入っていない。
彼の目に入っているのは、ミラという存在のみであり、それ以外の情報処理は全て捨てたものとなっている。
この力は桐生大我だけが使っていた力。
身の回りの情報の全てをシャットアウトし、極限集中状態でミラを追い詰めようとしていたのだ。
「まだ……抗うのかよっ!」
「――――」
諦めの悪さはミラと同じだ。
笠井修二は全てを懸けてでも、ミラを殺すつもりだった。
だが、ミラは後ろには下がらない。
ここで下がれば、負けを認めたのと同じだ。
スピードはまだミラの方が上で、しかし、そのスピードを活かし切れない形となったことで不利になったのはミラの方だった。
そして、ミラは笠井修二の剣戟の一部を避け切れず、胴体に僅かながら剣先が当たる。
「くっ!」
たまらず、後ろへと後退するミラ。
笠井修二は先程のミラ同様の動きで、ミラの元へと一気に迫り寄ろうとする。
終わる、終わらせる。必ずここでこのクソ野郎を殺す。
腕を捥がれようが、足が無くなろうが知ったこっちゃない。
この命が燃え尽きるまでは、笠井修二は全力でクリサリダをぶっ潰すと誓いを立てている。
だから、だから――。
「修二……」
唐突に、それは本当に唐突だった。
笠井修二の耳に聞こえたその声は、彼がよく知る幼馴染の声、椎名真希のものだった。
彼の目の前にはミラがいた筈だった。
しかし、その見た目は違っていた。
ここにいる筈のない幼馴染の姿、椎名真希がいたのだ。
「――っ!?」
雑念が頭の中を過り、笠井修二の剣を持つ手が止まる。
その瞬間を、ある者が見逃す筈もなく、
「――あはっ、やっぱり彼女は特別なんだね」
そんな、椎名真希が言う筈もない言葉で、椎名真希の姿をしたそれは、両手の五指の爪を長く伸ばしたそれで、笠井修二のサブマシンガンを持つ左腕を抉り切った。
「がっあぁぁぁあぁぁっっ!!」
痛みは問答無用で笠井修二の脳を焼きつかせる。
左腕が、左腕がなくなった。
肘から先にかけてあった左腕が丸ごと消えて、それがミラの爪によるものだと気付くのは失ったと同時。
全てを理解したのは、椎名真希の姿をしたそれをもう一度見た時だった。
奴は、ミラは自身の姿を変異変貌させ、椎名真希の姿へと擬態したのだ。
だが、その事実は、より一層笠井修二の逆鱗に触れるものとなる。
なぜなら、
「なぜ……お前が椎名真希の姿を知っている?」
椎名真希のその姿は、日本にいた時の彼女の姿ではない。
その姿は、アメリカへと一緒にいて、時が経った頃の彼女の姿だったのだ。
ずっと、長い時間を共にいた笠井修二だからこそ、その違いはよくわかっていた。
つまり、ミラは笠井修二の知らない場所で、椎名真希と遭遇していたということでもあり、それは――。
「ふへっ、気になるー? 気になるよねー? どうしようかなー教えようかなー。あはあはっ!!」
どうしようもなく悪辣な態度で、絶対に本人はしないであろう醜い表情を浮かべて、ミラは椎名真希の姿をしたまま笠井修二へと狂笑を浮かべていた。
それが、笠井修二をより怒らせるものとわかっていてもだ。
「答えろっっ!!」
失血の量は甚大で、再生能力があろうと止血をしないと命に関わるその状況下でも、笠井修二はミラへとそう問いかけた。
「彼女に会った」
「――っ」
ただ一言、それだけを答えて、笠井修二ははらわたが煮えくりかえる思いとなった。
「てめえ、椎名に何をした!?」
「何もー? 彼女とは一度やり合った仲だったからさー、友達にもなれたんだよー? 彼女凄いんだ、俺とタメを張るぐらい速くて、強くて……あれは最高だったなー……。その後も知りたい? 彼女がどうなってるかについて……」
「――っ! 死ねっ!!」
もはや、これ以上続きを聞く気は笠井修二にはなかった。
椎名真希の安否は知りたいが、この嘘つき野郎には何を言っても真実にはなりえない。
ミラが生きている以上は、誰でも同じようなことがこれからも起き続けるのだ。
だからこそ、ここで殺るしかない。
「――腕、一本で俺とやりあえるとでも思っているのかなー?」
超高速軌道で薙ぎ斬ろうとした笠井修二の剣閃を、ミラは椎名真希の姿をしたままその腕でわざと受け止めた。
「痛い……痛いよ、修二」
「っ!」
ミラの腕から飛び散る血。それに呼応するように、ミラは椎名の声真似をして痛がる素振りをする。
それが、笠井修二の動揺を誘うものと分かっていても、笠井修二は抗うことができない。
そして、再び笠井修二に隙が生まれる。
「がっ!」
「ふふふ」
わざと、ミラは笠井修二の傷口を狙いすまして、爪で同じ箇所を抉る。
胸から血が飛び出し、痛みという痛みが笠井修二の全身へと襲いかかる。
「キミが彼女のことを特別に想っていることは知っているよ。分かっていても攻撃なんて出来ないだろ? 当然だよね? 幼馴染を傷ものになんて出来やしないんだから」
「……っ」
「もう終わりにしようか、キミの大好きな友達に殺されて、キミは人生を全うするんだ。最高の結末だろ?」
膝を突き、体勢を立て直せない修二へと向けて、ミラはゆっくりと近づいてくる。
ミラの言う通り、笠井修二は攻撃に躊躇が生まれていた。
椎名真希ではないと分かっていても、本人ではないと頭の中では理解していても、笠井修二の本能が体にストッパーが掛かり、動けなくなってしまっていたのだ。
死が徐々に近づいてくる。
憎むべき敵が、殺すべき相手が、手負いの獣をゆっくりと追い詰めるようにして、近づいてくる。
許したくない。認めたくない、
笠井修二の心の中では、ミラに対する称賛も敬意も何一つない。
それも、大事な幼馴染の姿に化けたこの女に殺されるなど、屈辱もいいところだ。
「じゃあ、バイバイ」
片腕を上げ、血に濡れた鋭い爪を振り上げるミラ。それが、笠井修二へのトドメを刺すものだということは、誰の目から見ても明らかなものだった。
その時、笠井修二の体感する時間は極限なまでに圧縮し、走馬灯が頭の中を駆け巡った。
最初に見たのは、子どもの頃の記憶。
公園でボール遊びをしていたあの頃の記憶、リクと椎名と三人で当て合いっこをしていた。
次に見たのは、笠井修二が中学生の頃の記憶。
リクと椎名と三人で学校へ登校する朝の記憶。
そして、次に見たのは、笠井修二と父、笠井嵐と共にハワイへ行った時の記憶。
拳銃を持ち、父に勧められた時に嫌々ながら拳銃の引き金を引いた記憶。
父に拳銃の腕前を褒められ、嬉しかった記憶。
そして、その瞬間の記憶。
「お前がもしも俺と同じように守りたい存在がいて、その人が危険なら、どんなことをしてもいい。どんな手を使っても守ってやるんだ。例え、周りの誰もがそれで敵になっても、俺はお前の味方でいてやるよ。――だから、もしもそん時がきたら遠慮なくいけ」
父にそう言われた。父は仲間が危ないなら、どんな手を使ってでも守れと、そう言われた。
あの頃の言葉を、修二は一度も忘れたことはない。
椎名を、皆を、これ以上危険な目に遭わせない為に、笠井修二は修羅の道を歩くことを決めた。
だから、同じなんだ。
――今も、これからも、やることは何一つ変わらない。
どんな手を使ってでも、皆を守ると、そう誓ったんだ。
『完全模倣能力』。
桐生大我の身体能力+反射神経+極限集中状態。
アリスの柔軟性+技能であるカポエイラ。
神田の敏捷性。
+――――――。
次話から、基礎としていたキャラの視点が入り乱れる形となります。
書きやすいというよりかは、こういった演出をしてみたいが故の判断なので、読みにくいと感じればそれは申し訳ないです。
次話、五日以内に投稿予定




