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Levelモルフ  作者: 太陽
最終章 『終末の七日間』
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Phase1 第五話 『接近する悪意』

デイン・椎名視点


 テオ達が刑務所内へと侵入する二十分も前の出来事だった。

 椎名とデインは当初の予定通り、烏丸が残したとされるあるデータの解析に使用するのに必要なPCを探しに、建物の中を次々に調べていた。

 しかし、状況はそう簡単に好転するわけにもいかず――。


「ちっ、ここにもいるな」


「外の方が多いと思ったけど……建物内にもモルフがたくさんいるね」


「めんどくせぇ……モルフってのはアウトドア派なんじゃねえのかよ」


 壁際に身を隠し、建物内にいるモルフの姿を確認したデイン達は中のモルフ達に気づかれないようにしながら減らず口を叩いていた。

 デイン達がいるのは、オースティンの都市の中でも一際大きなショッピングモールの外だ。

 彼らがその場所にいたのは、単に電化製品がある場所としてならショッピングモールがいいだろうという椎名の提案もあってのことだ。

 電化製品の専門店ならば、新しいPCも置かれており、直接電力を繋げる為の付属品などもよりどりみどりだ。

 しかし、その案に乗っ取って目指して見れば、ショッピングモールの中は歩くことも困難なほどにモルフで溢れかえっていたのだ。

 これでは、PCが置かれている専門店に着く前に終わらないモルフとの戦闘があるだけで、先に進むこともままならない状況ともなっていた。


「さすがに戦闘は回避したいところだからな。いくらお前がいても、無限にモルフが出てきたら体力が尽きちまう」


 このオースティンにおいては――いや、アメリカであればどこであろうと同じことだが、モルフとの戦闘は基本的には意味が成さないものだ。

 特定の場所へ行く為ならば、多少の戦闘は止む無しというところだろうが、それにしても数が比にならない。

 街中にいたほぼ全ての人間がモルフに感染している辺り、生存者なんてものは宝クジを当てるが如き極小の可能性だ。

 だからこそ、モルフとの戦闘をしてしまえば、終わらない戦闘になってしまい、さしもの椎名であっても完全に倒し切るのは不可能とされていたのだ。


「他の入り口を探すべきか、それとも別の場所を捜索するか……どうするよ?」


 いつもはデインが指示を出す側であったのだが、この時だけはどうすべきかの判断がつかず、思わず椎名へとそう問いかけてしまう。

 椎名はデインの問いかけに対し、顎に手を置いて考える素振りをすると、


「焦って無理をする必要はないと思う。テオさんやレスターさんもいるわけだし、今は私達に出来る範囲でやらない?」


「それもそうだな」


 安全策と言えば安全策であるだろう。

 テオやレスターが目的のPCを見つけ出せることが出来たならば、わざわざ椎名達が戦闘のリスクを負う必要性はないのだ。


「じゃあ……とりあえず他の建物を調べてみるか」


 結果、彼らはショッピングモールの中へと進むことは諦め、別の建物を調べることを選ぶ。


「ねえ、デイン。二人で話すタイミングが今だから言うんだけど……」


「あん? どうしたよ?」


「清水さん……大丈夫かな?」


「あ」


 椎名に言われて、デインもすっかり忘れてしまっていた。

 椎名の護衛としていた日本人の男だ。あまりにも余裕が無かった状況だったので、今の今まで頭から抜けてしまっていたのだが……。


「まあ……大丈夫じゃねえか? あいつも軍人だろ? そう簡単には死なねえだろ」


「でも……今回のテロってウイルスを空中散布させていたんだよね? 事前に知らされていなかったわけだし、建物の中にいなかったら……」


「――――」


 椎名の言う通りでもあった。

 あの時、モルフウイルスを空中から地上の人間を感染させるという情報を把握していたのはデイン達だけだった。

 情報を知らされていない清水は、恐らくいなくなった椎名達を探していたに違いない。

 だが、今の地上の惨状から見ても、彼の生死は絶望的観測に見てとれるのだ。


「――いない奴のことを今は考えても仕方ない。今更奴を探しに行くなんて言わねえだろうな?」


「分かってる。今はそんなことを出来る時間はないってことは……。ただ、心配だったから……」


「生きていると信じるしかねえよ。なんやかんや、あのネパールで生き残ったんだ。奴のしぶとさを信じるしかねえ」


 ほとんど投げやりにも近いが、デインから伝えられることといえばそれくらいのものだった。

 テオ達に誘拐され、二者択一を迫られたあの状況では、例えテオ達に同行しないとなっても清水の状況は変わりはしなかっただろう。

 ならば、生きているという希望に縋る以外に何もないのだ。


「俺がいれば、この状況は変わるかもしれないんだろ? だったら、今は最善を尽くすことだけ考えてろ」


 真剣な表情をして、椎名にそう諭して、デインは前を向くように言った。

 椎名もそれ以上は何も言わず、少し考える素振りをしながら数秒経つと顔を上げて、


「――うん、そうだね。今はやるべきことをやろう」


 迷いを捨てて、椎名はこれまで通りの動きでいくとそう決める。

 それを聞いたデインも頷くと、再び周囲を見渡して、


「で、ちょっと気になってたんだけどよ。次はあそこに行かねえか?」


「あれって、ガンショップ?」


「テオから支給された武器だけじゃ心許ないかと思ってな。できるなら補充しておきたい。長丁場になるのは目に見えてるからな」


 デインが提案した先は、椎名達からも見えるいわゆる銃などを取り扱う店だ。

 民間人に銃の所持が認められるこのアメリカでは、そういった店もあったりしたのだ。

 ことこの状況においては、銃を扱うデインには必需品のようなものであり、その案には椎名も賛成するだろう。


「そうだね、今は戦闘を避けられているけど、何が起こるか分からないし、あそこに向かおう」


 方針を決めた二人は早速、ショッピングモールと隣接したガンショップへと向かう。

 ショッピングモール自体がかなり大きい建造物であったのがそうかもしれないが、ここもかなり規模の大きなガンショップだった。

 中は電気の一つも点いていないが、そこは銃だけを取り扱う店ではない。

 どうやら、射撃場も一緒に作ってあるらしく、奥にその通路があったのだ。


「よりどりみどりだな。これなら弾の枯渇は防げそうだ」


「私も初めて来たけど、こんな感じなんだね」


 普段は立ち行かないガンショップの中を見た椎名は落ち着かない様子で銃などが置かれたガラスケースの中を見渡していた。

 ありとあらゆる種類の銃がそこにはあり、どう見ても護身用といった名目だけで売っているとは思えないものもある。

 デインはその中から、壁に立てかけられていた小型の拳銃を手に取ると、


「型はこれでいいか」


「いつも思ってたんだけど、デインって拳銃しか使わないんだね?」


「俺をあいつらと一緒にすんなよ。なんだかんだ、これが一番手にしっくりくるんだ。同じ種類の弾丸だから、切り分けもしやすいしな」


 デインが拳銃のみしか使わない理由は実に単純なものだった。

 なぜ、ショットガンやサブマシンガンのような一発の威力が高いものや連射性が高いものを選ばないのか、それはあくまで手に馴染む以外の何物でもなく、それだけの理由だったのだ。


「お前が銃を持たないのだって、扱いずらいからだろ? 似たようなもんだ」


「それもそうかな」


 例えとしては分かりづらいが、言いたいことはなんとなく椎名にも伝わっていた。

 椎名はこれまで、拳銃しかり実銃を扱った経験はなく、そもそも引き金を引く勇気も持っていない。

 第一、椎名には『レベル5モルフ』としてのとんでもない脚力を持ち合わせているので、拳銃を使うよりかは楽にモルフと戦闘が出来たのだった。


「とりあえず弾を補充したいが――」


「誰だ?」


「――っ!」


 誰もいないと思っていたその時、見知らぬ声を聞いてデイン達は振り向いた。

 そこには、いつのまにいたのか、初老の男性がショットガンの銃口をこちらへと向けており、後ろを取られていたことにデインも唇を噛む。


「生存者か? ここは俺の隠れ家だ。勝手に入ってきてるんじゃねえよ」


「……すまねえな。生きる為だ。少しぐらいは分けてもらってもいいだろ?」


 状況を瞬時に理解したデインは、あくまで生き残りであることを初老の男性へと伝えて、この場を切り抜けようと考える。

 ショットガンを向けてはいるが、あくまで脅しを掛けてきているだけだと言うことを分かっていたからだ。


「あんたは感染していないんだな?」


「こっちの台詞だ。今、外で起きているのは日本でも起きていたことだろう。お前達よそ者の相手をしているほどこっちも暇じゃないんでな。さっさと出て行ってもらおうか」


「――出て行く前に一つ確認したいんだがいいか?」


 駆け引きを掛けられるほどデイン達に選択肢があるわけではないが、必要なことだと考えたデインは初老の男性に問いかける。

 椎名も、デインが何を聞こうとしているのか分かっているかのような様子だ。


「なんだ?」


「ここに使えるPCはあるか? 少しだけでいい、調べ物がしたいんだが」


「そんなものはない。……いや、この奥の射撃場に昔使ってたものがあったな。動くかは知らんが」


「それだけ貸してくれたら、俺達はあんたの要望通りすぐに出て行くよ。それだけでもお願いできないか?」


 沈黙が流れ、初老の男性はデインの一挙手一投足を目で追いながら、


「いいだろう。ただし、それが終わればすぐに出て行け」


「ああ」


 交渉が成立し、椎名も安堵していた。

 これで、テオの求めるPCから烏丸のメモリーデータを解析することはできるだろう。

 彼らを呼ぶ必要はあったが、今はPCが動くかどうかの確認が先決だ。

 そのまま、射撃場がある奥の通路へと歩く二人であったが、


「……なぁ、せめてその銃口は下ろしてくれないか?」


「お前達が俺に危害を加えない保証はどこにもない。いいから行け」


「たくっ、アメリカ人ってのはこれだから――」


 嫌味を言われながらにして言われた通り、デインは初老の男性にショットガンの銃口を向けられた状態で奥の通路へと進む。

 その扉の取手を掴み、中に入ると、後ろにいた初老の男性は一緒に入ろうともせず、そのまま扉を閉めた。


「なんだ、あんたはこないのか?」


「用が済んだらノックしろ。怪しい真似をすればすぐに射殺してやるからな」


 物騒なことを告げられ、それから初老の男性の声は届かなくなる。

 随分と手厳しい扱いを受けてしまっていたが、デインも納得はしていた。

 こんな状況だ。自分の命を守る為ならば他人のことなど誰一人信用には値しないだろう。

 それこそ、デイン達が救助に来た軍人でもない限りは、初老の男性も面倒は避けたなかったのだ。


「まあ……これでお目当てのものが手に入るんだからオッケーだな」


「そうだね……」


 とにもかくにも、これでテオが探していたPCを確認することができそうだった。

 射撃場は広く、デイン達がいるのは金網が設置し、四角く切り取られたその場所から射撃の練習をするのであろう通路にいた。

 金網の向こうは奥行きがあり、射撃の的としてある人型の木製で出来たものもあった。


「あれか」


 デインが見る先に事務室のような部屋があって、そこのガラスの先には確かにPCの形をした機器が置いてあるのがここからでも見て取れた。

 あとは、あのPCが動くかどうかを確認するのみだ。


「とりあえず見てみるか」


「ちゃんと動くと良いんだけどね……」


 もし、PCが起動しなければ、この場所にはもう用がない。

 動くことを確認できれば、すぐにでもテオ達を呼んで中を改めるのみだ。

 その時の初老の男性の対策は、テオ達に任せればいいだろう。

 そう考えて、デイン達は事務室の中へと入り、古そうなPCの電源スイッチを探し、それを見つけて押そうとした時であった。


 何も音がしなかったその建物の中で、とてつもない衝撃音が聞こえた。


「――っ! なんだ!?」


「ビックリした……、今の音は何?」


 ビクッと体を強ばらせるほど、強い衝撃音を聞いた二人は何事かと周囲を見渡す。

 この射撃場の中じゃない。先ほど、初老の男性がいたガンショップの中からだった。


「ショットガンの銃声音……じゃなかったな」


 初老の男性が何かしたのかと、事務室から出たデイン達は警戒していたが、それだけで収まらない。

 その瞬間、ガンショップと射撃場を挟む鉄製の扉が強い衝撃を持って凹んだのだ。


「な……何?」


「――椎名、下がってろ」


 ドンッと、立て続けに鉄製の扉が形を保てなくぐらいに凹み、それがただならぬ状況だということに二人は焦る。

 これは、初老の男性が何かしたものとは思えない。

 鉄パイプで扉に殴り掛かったとしても、こうはならないだろう。というよりかは、人間の力であんな衝撃を起こすことはまずあり得ないのだ。


 デインは万が一を考え、射撃場の金網の奥へと椎名と共に移動し、逃げ場を確保できるようにしていた。

 そして、更なる衝撃音と共に、鉄製の扉は吹き飛んでしまう。

 心臓の鼓動が早くなるような感覚だ。

 一体、何が起きたとでも言うのか。その答えはガンショップの方から射撃場へと入ってくる存在を見て明らかになる。


「――っ! おいおい、冗談だろ?」


「な、何なの……あれ?」


 それは、二人を怯えさせるには十分すぎるものであった。

 あのデインでさえも、その存在を見ただけで鳥肌が立ってしまったのだ。

 その存在は、図体だけで言えば人間の三倍近くはあった。

 しかし、デイン達が恐れていたのはその図体の大きさなんかじゃない。その巨体が手に持つ異常なまでに大きな大剣。血で赤く濡らし、その重量も相まってのものか、化け物は大剣を地面に引き摺りながらゆっくりと歩いてきている。


 その歩む先をデイン達へと向けて――。


「洒落にならねえぞ、どこのスプラッタマシンだ。それに、あの見た目は……」


「あれって……ヴェノムに似てる」


 凶悪なまでの風貌然り、その見た目にはデイン達も見覚えがあった。

 ネパールでの騒動から脱出に至るまで、ストーカーの如くデイン達を追い詰めてきたあのヴェノムと遜色がない見た目をしていたのだ。

 唯一違う部分があるとすれば、それは今奴が持ち歩いている巨大な大剣と身に纏う服装ぐらいのものだ。


「……逃げるぞ」


「戦わないの?」


「お前……あんな大剣をぶんぶん振り回してきそうな奴と戦えってのか? いいから行くぞ!」


 ヴェノムとタイマンをしたデインだからこそ、今目の前にいる化け物を相手にすることがどれほど馬鹿げていることか、それだけは脳裏に染み付くぐらいに忘れていなかった。

 射撃場の金網を上手く使いながら回り込み、デイン達はガンショップの壊れた扉の前へと走って、大剣を持つ怪物から逃れる。


「よし、あの野郎、あんな重てえもん持ち歩いているからか、足はトロいぞ。このまま一気に引き話そう」


「きゃっ!」


 大剣の重さに怪物は引き摺るようにしてしか近づくことが出来ず、これならば余裕で逃げ切ることができる。

 そう言葉に出した時、椎名はガンショップの中を見て声を上げた。


「何だ!?」


「あ、あれ……」


 椎名が指を差したその先、地面には何と形容したらいいのかも分からない肉塊が転がっていた。

 人の姿など保っておらず、頭頂部からつま先をプレス機で無理矢理圧縮させたかのような異物が異臭を放ちながらにしてあったのだ。


「まさか……あのジジイか?」


 それが、あの初老の男性であると考えたのは、ここにいたのが彼しかいなかったからだ。

 しかし、問題としてはそもそも、断定すらできない程にグチャグチャにされたその異物は、もはや死体として見ることも出来はしなかったことだ。


「――デイン!!」


 その瞬間、何を思ったのか椎名がデインへと飛びかかり、そのまま銃などが立て掛けられた壁へと二人して激突する。

 突然のことだった為、デインは肺の中の空気が一気に吐き出されるハメとなったのだが、むしろその方が良かった。

 なぜならその時、デイン達がいたその場に、後ろから迫っていた怪物が巨大な大剣を勢いよく振り下ろし、床がブイの形を作るようにして割れたのだ。


「おいおいまさか、あの気持ち悪い死体ってあの大剣でミンチにされたからだっていうのか?」


「じゃあ……やっぱりあれってさっきのお爺さんってこと?」


「マジで洒落にならねえぞコイツ! 椎名、今はPCなんかに構ってられない! 逃げるぞ!」


「う、うん!」


 あまりにも常軌を逸した存在を目の当たりにして、デインは焦っていた。

 なぜなら、さっき椎名がデインを突き飛ばしてくれなければ、間違いなくデインは今の攻撃で死んでいたのだ。

 多少の傷なら椎名が治してくれるとはいえ、即死レベルの攻撃ともなればどうしようもない。そんな相手を目の前にして、デインは椎名の手を掴んでいち早くガンショップから立ち去ろうと駆け出す。


「幸い、あのクソ重たい大剣のおかげで奴はウスノロだ。でも、これじゃあPCを探しながらやるなんて無理だ」


「テオさんと合流した方がいいかな?」


「だな。まずはあいつを撒くぞ。ついてこい!」


 PCを探すどころではなくなったデイン達は、まずはあのヴェノムに似た怪物を撒くことを大前提とし、その後にテオ達と合流することを選んだ。

 しかし、ガンショップから出た後も問題は残っていた。


「ちっ、モルフがいやがるな。建物の中を移動しながら行くぞ!」


「うん!」


 忍び足で地上を走り抜けることは難しいと判断したデインは、椎名と共に近くの建物へと避難し、そこから建物伝いに移動することを選択する。


「二階から行くぞ! 一階にモルフがいたら戦闘になるし、あの怪物も迫ってくる!」


 一階でモタモタしていたらあの大剣を持った怪物を撒くことが出来ないことをいち早くに察したデインは二階から建物伝いに移動することを決めた。

 そうして、誰もいない二階の上へと階段を登り、


「誰もいないな……これなら――」


「デイン待って!」


「うおっ!」


 安全を確認し、安心を得ることはそこでは出来なかった。

 椎名が呼び止めたその時、デインが歩こうとしたその足元から大剣の刃が勢いよく飛び出してきたのだ。


「この野郎っ! どうあっても逃がさないつもりかよ!」


 誰が何をしたのか、その飛び出した大剣を見れば一目瞭然だった。

 あの怪物が一階から大剣を二階へと突くようにして刺し、デインへと攻撃を仕掛けていたのだ。

 あわや、デインの足を踵から真っ二つにされかねなかったその凶悪さに、二人は様子を見ながら、


「先回りされてるってことだよね……でも、どうやって?」


「んなもん、壁を大剣でぶっ壊せばいいだけのことだ。奴が大剣を引っこ抜くまでに走り抜けるぞ!」


 先回りした方法はそれ以外には考えづらく、今はあの怪物が次の攻撃を仕掛ける前に逃げ切ることを考えてデイン達は走った。

 どれだけ先回りをしようとしても、二階に来たデイン達の足のスピードに追いつくことは難しいだろう。


「走れ走れ! 絶対に止まるんじゃねえぞ!」


 立ち止まる時間なんてないと、デイン達は自分達の命を守るためにただ全力で走り続けた。

 あの怪物はどうあっても、走るなんて行為をすることは不可能だ。

 デイン達に追いつくことがあるとすれば、それはモルフとの戦闘に手間取るか、今のように怪物との距離を引き離せていないかのどちらかに限られる。


 だから走った。走って走って、奴が追いつけない程の距離を離すことができれば、もう奴はデイン達を襲うことは出来ない。


 隣接した建物の二階を走り、どんどんと先へ進んでいくデイン達。そのスピードを落とさないまま、デインは胸ポケットからテオから預けられた通信機を取り出す。


「聞こえるか? 今からそっちへ向かう」


『ザザッ――。どうした?』


「緊急事態だ。今は説明している暇はない。どこにいる?」


『……了解だ。こっちも目当ての物がある場所を見つけた。お前達は南に行っていたな? 北へ進んだ先に刑務所がある。その壁沿いに中へ入る穴がある筈だ。そこまでこい』


「分かった」


 テオには手短かに説明を済ませて、デインはそのまま通信機を切った。

 刑務所に向かっていた理由は恐らく、セキュリティが厳しいからという観点からであろう。

 それは、デインの生まれ育ったあの国でも似たような経験があった為、テオが刑務所にいる理由については察することが出来た。


「椎名」


「うん?」


「……いや、なんでもない」


 情報を共有しようとしたデインだが、今はどんな不可抗力な場面に出くわすかが予測出来ない状況だ。

 だから、彼らは走り続けた。

 今、どこにいるのかも分からない怪物を撒くために――。



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